遡ること数分前。
摩耶と川内は集積地棲姫の部屋から応急処置済みの提督を担いで八階の輸入港に向かって走っていた。瀕死の提督を見つけてから既に一時間以上が経過し、応急処置をしてもらった集積地棲姫から脱出していい頃合いだと提督を返してもらっていた。
提督の救出に成功して作戦が成功しつつある状況の中、叢雲が『
希望の光が見えたその時、摩耶は突然走っていた足を止める。
「何でお前がここにいるんだよ」
摩耶が相対した人物に対して顔を
「【
摩耶と川内の行く道を塞ぐように突然前方から現れたのは【
名前を呼ばれた摩耶と川内に対して振り向きもせず、最下層で戦艦棲姫を撃破した叢雲の状況を眺めていた。
「……摩耶にちょっとした話がしたくて会うのを待っていた、と言えば信じてくれるかしら」
「信じる訳無ェだろ、嘘つき野郎が……
深海鶴棲姫は摩耶との遭逢と会話を望んで七階の螺旋階段前に待ち伏せしていた。
生気のない表情で振り向きもせず返答する深海鶴棲姫を見て信じられるはずがないと摩耶は過去の因縁を仄めかして
「酷い言い草ね。まぁ別に何言われようと気にしないけど、取り敢えず話だけでも聞いてくれないかな」
「そいつは出来ない相談だ。あたし達は暇なお前と違って急いでる、今お前と話なんてしてられないんだよ! さっさとあたし達の前から消えてくれ」
「じゃあ私もそれは出来ない相談だな。この状況は必ず成すべき事の一つ、絶対に避ける事は許さない」
摩耶の要求に対して一歩も食い下がらない深海鶴棲姫は半ば強制的にでも話をしようと脅迫じみた言動を見せる。
その瞬間、地下軍事施設内が大きく揺れ始め、凄まじい轟音が鳴り響いた。
「何だ……!? 今の音は!?」
「ぐっ……摩耶! 下! 下を見て!!」
提督を抱えていた川内がバランスを崩して割れた窓に寄りかかり、最下層の状況が見えた途端に摩耶へ下を見るように促す。
そこにいたのは──、
「【
「やっと現れたか」
殺戮機姫と恐れられた戦闘狂の七壞星【
紅黒い稲妻や十字光を輝かせながら黒い鋼鉄の艤装を何度も擦れ合わせ、火花を散らし白く細い躯体で動かす様はまさに絶望そのもの。
『
南方棲戦鬼の戦闘能力は他の深海棲艦や七壞星よりも遥かに高く、陸上戦闘や砲雷撃戦などのありとあらゆる戦況に対して柔軟に対応出来る特殊な変形艤装を持ち合わせている。
更に南方棲戦鬼は護神厄討艦隊の艦娘全員の戦闘形態を記憶しており、それぞれの艦娘に対して一番効果のある戦闘方法を編み出している為、言わば対護神厄討艦隊の深海棲艦と警戒されていた。
「まずい! 援護にいかないと──」「本当にいいのか? 行って」
摩耶が叢雲の援護へ向かおうと窓枠に身を乗り出したその時、深海鶴棲姫が止めるように声を掛ける。
その声を聞いて摩耶はハッと我に返って深海鶴棲姫の方へ顔を振り向いた。
深海鶴棲姫は初めて摩耶達の方へ身体を向けて光の無い目で合わせ、感情のこもらない声で思いがけない脅迫を仕掛ける。
「アナタが叢雲の援護に行けば取り残された川内とそこで死にかけている提督は私に殺されるかもしれない。逆にアナタがそこの川内と提督を逃がして叢雲の援護に行ったとしても、私が川内と提督を追い掛けて殺すかもしれない。一人の仲間の為に他の仲間を見捨てたいと言うのなら、援護に行っても構わないけど」
「お前……! まさか……!!」
「何を悟ったのかは知らないけど、話を聞くつもりはなった?」
川内の前に出て守るように腕を広げた摩耶はその脅迫を聞いて深海鶴棲姫の本当の目的を知った事により顔を青ざめさせる。
「あたし達の前に現れた理由は叢雲を孤立させる為……
「半分正解で半分不正解。私は
静かに無表情を続ける深海鶴棲姫は焦りを見せる摩耶に対し、落ち着いた様子で答えていく。
摩耶と話がしたい事に一心で今の状況がこれからどうなろうと頑なにその意思を譲らず押し通してきた。
深海鶴棲姫はゆっくりと一歩ずつ前に進み、後退する摩耶と川内に歩み寄っていく。
足底全体がフローリングの床を踏む度に心臓を直に撫でられたようなプレッシャーが身体の芯の奥まで染み渡った。
摩耶の背後で提督を背負っていた川内はこの深海鶴棲姫という存在が他の深海棲艦よりも逸脱した存在だと言う事に自身の身体が先に気付き、計り知れない力とプレッシャーの前にたじろいでしまいそうだった。
「そういやアナタたちは知らないだろうけど、アナタたちの仲間がここを攻めている最中で日本は大パニックになっているよ」
「どういう事だ……!」
「この塔の起動の為にどうやら日本やマーシャル諸島の各主要湾に私たち七壞星を展開させている。仙台湾だったら【
「何だとっ……!?」
深海鶴棲姫は他人事のように七壞星が日本の主要湾やマーシャル諸島海域へ出撃している事を伝える。
小笠原諸島父島の地下軍事施設に潜入している摩耶たちは当然この事を知らない。
一人で一つの国を潰す事が出来る七壞星が日本の各湾に出撃しているという絶望的な戦況に摩耶たちは驚愕の声を上げた。
「そ、そんな……!! 日本が……!」
「まぁ安心するといい。別に国を滅ぼす程の力は出さない、いわゆる陽動みたいなものよ。アレの計画が漏れていたのか知らないけど何故か出撃を制限された君達の仲間が戦闘してるから、わざわざ君達が心配する必要は無い」
自分達が地下軍事施設に潜入している間に日本が危険な状態に陥っている事に動揺を隠せず不安がる川内を見て深海鶴棲姫は付け加えるように説明していく。
アレの計画と言って地下軍事施設の中心に聳え立つ塔『ヘカントケイル』を横目で見ていた。
「……さて、そろそろ話がしたいんだけど、そんなに引き下がられても困る。来てくれないなら私から近付くよ……──」
ゆっくりと近付く深海鶴棲姫から距離を取ろうと摩耶と川内は一歩ずつ後退る。
深海鶴棲姫は引き下がる摩耶たちな痺れを切らして川内の眼を見た。
川内が瞬きの為に瞼を閉じた瞬間──、
「──えっ」
瞬きし終えたその刹那には深海鶴棲姫の右掌が川内の顔全体を覆っていた。
僅かに反応できた川内にはその一部始終が全て遅く見えていた。映画で見たスローモーションのように身体や深海鶴棲姫の姿、周辺の状況が鈍く動いていた。
思わず川内は掌の指の隙間から深海鶴棲姫の生気のない眼を見る。
眼は澄んだ橙色をしているはずが、その眼の奥にはドス黒い憎悪と殺意を込めて研ぎ澄ませた一閃の光が薄らに輝いていた。
「ッッ!!!」
その刹那、深海鶴棲姫の右掌を無理やり摩耶が素早く左手で受け止めて握る。
川内は後方にバランスを崩すも背負っている提督に負担が掛からないようにうつ伏せに倒れた。
深海鶴棲姫は残った左手で拳を作り、摩耶へ殴打を仕掛ける。
しかしそれよりも先に摩耶が深海鶴棲の左頬を強く叩き殴った。
そして殴られて怯む深海鶴棲姫の腹へ前蹴りで蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた深海鶴棲姫は空中で体勢を整えて綺麗に着地した。
「反応するのか……流石
先程の摩耶の攻撃が何事も無かったかのように無傷だった深海鶴棲姫は平然とした表情で立ち上がる。摩耶に蹴られた腹部の埃を手で払い除け、それぞれの腕の関節を鳴らして摩耶達を見た。
摩耶は深海鶴棲姫の攻撃を受け止めた拳を開いては握って感覚を確かめ、こちらに歩み寄る深海鶴棲姫を警戒しつつ背後にいる川内へ声を掛けた。
「……川内、立てるか」
「う、うん……大丈夫……」
「良かった。なら今すぐ立ってこれから言う事を聞いて提督と逃げてくれ。遠回りにはなるけどさっき通った道から逆戻りして真反対の螺旋階段で八階に登れば輸入港まで辿り着ける。出来るか?」
「出来るけど……摩耶は!?」
「あたしはコイツと一回ケリをつけてから向かう。心配しなくていい、あたしも叢雲と同じ艦隊の一人……コイツらと戦うのは慣れてる」
摩耶は提督を背負った川内が無事に地下軍事施設内から脱出できるように深海鶴棲姫の引き付ける役になる事を考えた。『
しかし川内は前に起きた提督の誘拐を目的とした鹿島と集積地棲姫の襲撃に摩耶が関わっていた件で摩耶に対して一抹の不安を抱いていた。
もしかしたらまた裏で何か隠しているかもしれないという摩耶の秘密主義に近い性格を完全に信じる事は今の川内にとって難しいものだった。
「……っ……分かった……今度こそ信じるよ……! だから、無理しないで……!」
「あぁ任せろ。だから川内……提督を任せた」
「うん……!」
悩みに悩んだ末に川内は摩耶を信じて今まで通ってきた道を戻って走り駆ける。
摩耶を一人にして迫り来る深海鶴棲姫の脅威から逃げる為に後ろを振り返らず全力で走った。
川内は考えた。
摩耶の原動力の全ては
ならば提督を背負う自分を騙して危険を冒すような真似はしないだろうと摩耶の心を信じた。
摩耶の過去と真実を数少なく知っている川内はそう断言できる確証があったからだ。
川内は喉を枯らして足の筋肉が千切れるまで走るのを止めない。
叢雲や摩耶が身を呈して傷付いてまで戦っている最中、提督の救出と脱出という作戦の成功を担っているのは自分なんだと自覚して川内は足を精一杯動かした。
「さて……お前の望み通りに動いてやったんだ、悪いけど時間無いから手短に済ませるぞ。なに企んでるのか知らないが、痛い目を見る覚悟は出来てんだろうな」
「様子が……変わった……」
川内の走る後ろ姿が見えなくなるまで見届けた摩耶は深海鶴棲姫と一対一になった瞬間、身体に紅い光を纏わせて深海棲艦化した紅い右眼から深海鶴棲姫を鋭く睨む。
普段の様子から豹変したその姿を見て深海鶴棲姫はいつもより警戒し、攻撃しようと前方に伸ばしていた右手を下ろした。
場の空気が鉄のように重くなって肩に伸し掛るような感覚が深海鶴棲姫に襲う。
摩耶の紅い右眼から放出される紅い十字光は身体の奥底に刻まれた永遠の従属という縛りを思い出して身体が僅かに痺れていた。
「全て上手くいくと思うなよ、深海鶴棲姫……言っておくが叢雲は簡単にヤラれるような
「……ならば私も一つ、摩耶が気になる事でも言っておこう」
臨戦態勢の摩耶の警告を受けて深海鶴棲姫は自身も同乗して言葉を返し、摩耶の眼を強く見た。
摩耶は深海鶴棲姫の姿を見て僅かに身体を動かす。
摩耶が瞬きした瞬間、目の前には右拳で殴り構えた深海鶴棲姫。
それは瞬間移動、対応できる者は誰一人いな──
「ッ!!!」
目の前に現れても摩耶は左足を前に出して強く床を踏み、右拳を握る。
右眼から紅い光の光線を出しながら深海鶴棲姫の眼を睨み返した。
予想以上の反応に深海鶴棲姫は目を見張るも冷静に話を続ける。
「黒■■は──」
互いの拳がすれ違って頬に触れるまで、あと数センチメートル。
それぞれ睨み付け、深海鶴棲姫は口を開く。
「──私だよ」
その後、重く鈍い音が重なって響いた。
──大本営
「──もしこの世界の他に、別の世界が存在しているとしたら……君は信じれるかい?」
元帥ほ部屋にて窓の景色を眺めながら一人の老人が若き軍人に対して異質な質問を投げ掛ける。若き軍人の■■■大佐は拳銃を向けながらも当然■■元帥の質問を理解できず質問を投げ返した。
「どういう事でしょうか。私の解釈ではこの世界とは別次元の世界と呼ばれた並行世界、つまりはパラレルワールドがあると仰っているように聞こえましたが」
「そう、それさ。それがもし本当に実在しているとしたら君は信じれるかい」
並行世界やパラレルワールドと言った普段から聞き慣れない言葉を耳にして大佐は沈黙を続けて深く考えた。
パラレルワールドとは現実世界と並行して存在する決して干渉する事のない別世界。
現実世界では平凡な会社員の主人公が別世界では大企業の執行役員になっている等と相互の世界がそれぞれ違って存在している可能性があるという考え方である。
SFの映画やアニメ、漫画でしか有り得ないような空想上の設定が大佐が生きている世界で起きている事に若干の恐怖を感じた。
「……俄には信じ難いのですが、もしその世界を立証できる確かな証拠さえ確認できれば……私は信じます」
「そうか」
脂汗を流す大佐の返答に元帥は淡白な返事をする。
その返答に満足したのか元帥は大きく息を吸って目を瞑り、慎重に全ての過去について語った。
「最初は一人の男と女が突然現れた時からだった」
それは今から約三十年前の話だった。
現代と呼ばれたこの世界はかつて平和が保たれていた。
各地で起きた無数の戦いや過去に起きた二度の大戦を乗り越え、国と国同士が協力し合い国際問題や環境問題について考えていく平和的な世界。
その世界で突然、決して起きる事が無い異次元の現象が日本で始まった。
「日本国の神奈川県横須賀市楠ヶ浦町横須賀海軍施設の敷地内の山で突然轟音が発生、近くにいた関係者が現場を確認した地点で国籍不明の男性と女性が意識不明の状態で発見された」
救助されて手当を受けた男性はその日から一週間後に状態が回復、意識を取り戻し自力で立てる程まで回復した。
女性については何故か既に状態や体調共に回復していて意識も取り戻していたので男性の手当てを手伝っていたという。
何故海軍施設の敷地内に突然現れて倒れていたのか、二人の素性について調査しても日本国籍が不明だった為、直接二人へ話を聞く事にした。
「その男はこう言ったという……『時が止まる退屈な世界から逃げてきた』……とな」
彼等は別の世界から来た、と訳の分からない事をひたすら声に出して言っていた。
当時の調査班は当然その内容を信じられず、現れた時間帯は嵐が吹き荒れていた事から最初は落雷に打たれたショックによる記憶喪失と診断していた。
しかし
「もう一人の女性は普通の人間の身体とは構造や組織など身体を構成するモノ全てが違っていた。更には海上を浮遊する装置と過去の戦艦を模倣した艤装……」
「それが最初の艦娘……!」
「そうだ」
その存在は正に異質。
見た目は華奢で可愛い女の子が全身に艤装を身に
その力はまるでゲームや漫画から現代から飛び込んできたような逸脱した力で、世界の常識を根本から覆してしまうほど影響を及ぼしかねないと有識者達は口を揃えてそう言った。
更に男は艦娘を開発できる術を知っていると告げ、艦娘の開発技術を応用すれば様々な問題を解決に導く事ができると誘い囁く。
現代では実現不可能な技術が宝の山のように溢れており、日本政府と米国政府はこの情報を秘匿する事に決定。
そして数々の協議の末、米軍と協力して艦娘の開発計画が始まった。
「まずは男……いや、●
「三十年前も前から……!?」
当時の開発計画には元帥や元帥の娘、黒■■もプロジェクトメンバーとして参加していた。
●
最初はエネルギー核と呼ばれる艦娘の根本的な力となるモノを開発し、エネルギー核を埋め込む事で艦娘の開発が出来るという。そこでアンドロイド又は人型機体を使用しての開発実験を開始したものの全て失敗に終わり、計画に難航の兆しが見えていた。
「そこで黒■■がアンドロイドではなく生身の人間の方が成功率は上がるはずだと女性死刑囚を複数人連れて実験体として連れてきており、計画メンバーの有無を聞かずに実験を何度も行った。言い訳に聞こえるが私は反対だった、死刑囚と言えど人権は保障されている。いくら計画の為とは言え倫理に欠けている行為だと訴えたが、黒■■や●
しかし艦娘の開発実験はそう簡単に上手く行くモノでは無かった。
アンドロイドではなく生身の人間で実験を行っても尽く失敗。実験体となった人間は酷く身体が漂白化して禍々しい黒い艤装を身に付けたまま死亡しており、要らぬ失敗作として処分されていた。
女性死刑囚にも限りがあると貴重な実験体を無駄に費やすばかりで計画の進行が一切進まない中、
「艦娘の開発装置の調整をやっていた私の娘が誤って装置の中に入ってしまい、それに合わせて動いたかのように装置が起動。私は何とか助けようとありとあらゆる手段を使って装置を止めようとしたが、黒■■に押さえられ止める事が出来なかった」
「え……? いや、まさか……!」
当時は中尉だった元帥は装置の中で悲鳴を上げて苦しむ自身の娘を何も出来ないまま見つめる事しか出来なかった。
何度止めろと叫んでも計画メンバーは聞く耳を持たず、自身の娘が実験体となって作り替えられていく様を嬉々揚々として眺めていた。
「そして実験は終了。装置の中を開けると大量の白煙と共に赤い液体が溢れ出し、開発装置が置かれた部屋一帯を赤い液体で水浸しにさせた。実験はいつも通り失敗だと思ったその矢先、装置の中から白い手が伸びているのが見えた」
「っ……!」
その時、その場にいた全員は●
開発装置の中からゆっくりと現れたのは全身白い肌の人間と禍々しい怪物の口のような艤装。
長い白髪に紅い宝石のように輝く目、所々片腕や脇腹などに黒くひび割れた痕が残っており、その痕から紅い光が放出されていた。
「そう……現れたのは私の娘……いや……今は深海棲艦を司る存在……【
☆衝撃の真実――!