──過去、小笠原鎮守府奇襲時。
建物を灼き尽くす紅い炎。
崩れ落ちゆく壁の煉瓦。
瓦礫の隙間から垂れる赤い液体。
資材倉庫が爆発し、周辺の建物や木々に火を纏った瓦礫が降り注ぐ。
炎は周辺の木々にまで燃え盛り、留まる事を知らない。
曇り空には森のように黒煙が幾つも立ち
火の粉が舞い、屋根が焼け落ち、血溜まりに炎の光が煌めいて反射する。
汗が顎から一滴、下へ落ちていった。
身を焦がす熱さが肌に染み渡り、喉の奥を火の粉が突き刺す。
呼吸は荒れ、煤に塗れたボロボロの身体は悲鳴を上げていた。
『コノ私デモ渡リ会エルノカ……天才ダナ、叢雲……!』
槍を構えて臨戦態勢に入る叢雲を一人の深海棲艦が物珍しい目で此方を見下ろしている。
叢雲の身長の倍を越す逞しく細い躯体と怪物の口のような黒い艤装。溢れ出すエネルギーが紅い炎となって具現化し、身体の至る所に小さく現れて燃えていた。
白く透き通った肌に長い白髪のツインテール、女性でありながら堂々と胸を晒している。
『舐めんじゃないわよ……!
荒れた呼吸の中で乾いた喉を唾液で潤し、精一杯振り絞った声で威嚇する。頭から流れ出た血で顔全体が赤く染まり、右前腕や左腕の付け根は痛々しい濃い青紫色の痣。
長年戦ってきた叢雲からすればどの深海棲艦よりも凶暴を体現したかのような強さだった。
戦っているだけで自分の事で精一杯、他の仲間や民間人の事を気にしている暇は無い。
初めて叢雲の中で敗北という字が見えてきた相手だった。
『イイゾ、モットダ……叢雲。モット私ヲ楽シマセロッッ!!!』
殺戮機姫こと南方棲戦姫は両腕の黒い艤装を複雑に変形させ、ガシャンガシャンという機械音と共に急突進。
黒い鉤爪の拳の隙間から放たれる紅い光の鉄拳で叢雲に殴り掛かった。
「ッ!!!」
過去から現在へ変わって今。
南方棲戦鬼の鉄拳を叢雲は跳躍して回避。
跳躍で空中にいる叢雲は金色の鎗を振り下ろした。
南方棲戦鬼は空いた片腕の鉄拳で鎗を弾き飛ばし、再度右の鉄拳で殴打。
叢雲は鎗の柄で防御、衝撃で殴り飛ばされた。
小笠原諸島地下軍事施設の最下層にて叢雲と【
最下層の中心に地上を超えた空まで聳え立つ三本の黒い塔「ヘカントケイル」の周辺でぶつかり合う度に爆音と衝撃波が広がる。埃一つ無かったタイル床は跡形もなく崩れており、隆起した地面や削れた瓦礫で埋め尽くされていた。
三本の黒い塔「ヘカントケイル」の中心から放出される紅い光線によって最下層全体は紅く照らされている。
南方棲戦鬼は笑い声をあげながら連続砲撃。
拳を前に突き出して殴るように砲撃していく。
叢雲は走り駆けながら放たれた砲弾を躱し、鎗で弾き飛ばす。
紅黒い軌跡を放つ砲弾を次々と躱して行く叢雲。
南方棲戦鬼は両腕艤装の砲塔だけでなく腰艤装の砲塔も展開。
軽機関銃のような凄まじい連射速度で砲撃した。
今まで一定間隔で向かってきた砲弾が束となって突如一斉に叢雲の目の前へ。
叢雲は金色に目を輝かせ鎗を握り締める。
右足を前に出して瓦礫の破片が舞うほど強く踏み、そして──、
「ッッッ!!!」
金色の鎗で迫り来る砲弾の数々を瞬速で斬り刻み、弾き飛ばす。
火花が散り、金色の光が煌めく。
全ての砲弾を捌き切った直後に急発進。
瞬く間もなく叢雲の突進による鎗の突きが南方棲戦鬼を襲う。
南方棲戦鬼の背後でドーナツ状の衝撃波が重なり、瓦礫が舞った。
しかし鎗の刃先は右腕の黒い鋼鉄の装甲。
突きの深さはかなり浅く、損傷はあまり見られない。
南方棲戦鬼は黒い鋼鉄の左拳で叢雲に殴打。
叢雲は直ぐに金色の鎗を抜いて南方棲戦鬼の殴打を弾いて往なす。
次に黒い鋼鉄の右拳で叢雲に殴り掛かった。
弾いて往なした直後、軽く跳躍して回避する。
左足を前に突き出して南方棲戦鬼の右頬を蹴り飛ばし、更に砲撃。
爆煙で互いの姿が見えなくなる。
その隙に叢雲は南方棲戦鬼の近くで倒れていた古鷹と時雨を回収しようと走り出して手を伸ばした。
が、南方棲戦鬼は灰黒い爆煙の隙間から紅い眼光を滾らせ即座に叢雲の位置を掴み取る。
叢雲の背後を取った南方棲戦鬼は灰黒い爆煙を掻き分けて突進。
黒い鋼鉄の鉤爪を持つ左手で捕まえようと左腕ごと薙ぎ払う。
反応に遅れた叢雲は無理やり高く跳躍して回避。
空中で不安定な体勢のまま地面に不時着する。
何度か転倒して地面を引き摺りながらも体勢を整えて立ち上がる。
鎗を地面に突き刺して身体を支え、気付けば回収済みの長門と木曾の場所に戻っていた。
「そう簡単に……上手くは行かないか……!」
軽い息切れを起こして決死な表情を崩せない叢雲は鉤爪で金属音を鳴らす南方棲戦鬼から視線を外さなかった。
七壞星きっての戦闘狂である【
頭部損傷による出血と血が滲んで視界が不良な左目、筋肉や骨に残った疲労が蓄積して限界を迎えている。艤装の砲身は一部折れ曲がって黒煙をあげ、エネルギー効率は徐々に低下していく状態。
南方棲戦鬼と戦うには最悪ともいえる身体の状態だった。
「ソンナニ仲間ガ大切カ叢雲。ソリャソウダロウナァ、モウ二度ト失ウ訳ニハイカナイモンナァ……! 失イタクナイヨナァ~……!!」
黒い怪物の口のような艤装に乗り込み動いている南方棲戦鬼は肩を何度も浮かして薄ら笑いを両手の黒い装甲で隠す。
叢雲の見離せない性格や暗い事情を事細かに五年前から知っている南方棲戦鬼はそれを利用して戦闘で優位に立ち、叢雲の行動が制限されている事に対して存分に嘲笑った。
「
「ッッ!!!」
南方棲戦鬼に煽られ続けて遂に頭にきた叢雲は目の周辺に血管を浮き出して限界にまで瞳孔を開かせた。
「フヒヒッ……ドウヤッテオ前ヲ焚キ付ケラレルカ分カッタンダ。コウスレバ良インダ──」
南方棲戦鬼が右手の艤装の砲口を時雨に向けた途端、何かが衝突して照準がズレた。
衝突した勢いで右腕全体が後方へ持っていかれる。
その間僅か一秒、右手の艤装に重みを感じた南方棲戦鬼は思わず振り向く。
そこには右手の艤装の上に乗る叢雲がいた。
「ッ!? 早ッ──」
気付いた瞬間には叢雲の左脚の蹴りが南方棲戦鬼の右頬を歪ませていた。
直後に南方棲戦鬼は蹴り飛ばされ、地面に何度も転倒する。
南方棲戦鬼は側転して跳躍し、空中で体勢を整え着地。
倒れている古鷹と時雨の場所を確認した。
「イナイ……!?」
残っていたのは土埃と砂煙の過ぎ去っていく跡と金光の残穢。
そこに古鷹と時雨、叢雲の姿は全く見えなかった。
周辺を見渡しても姿は見当たらない。
「消エタ……!?
右腕の黒い艤装の装甲の陰から金色の一閃が南方棲戦鬼の胸を穿つ。
か、に思えたが南方棲戦鬼は左手で鎗の穂を掴んで防いでいた。
鎗を持つ好敵手の顔は殺意に溢れた鬼の形相をしている。
「ッ……!!」
「ヤルジャンカァ……!! ホゥラ!!!」
戦闘に専念する叢雲の姿を見て南方棲戦鬼はニヤリと口角を上げる。
その直後に南方棲戦鬼は掴んだ鎗の穂を引っ張った。
鎗を持つ叢雲ごと内側へ引き寄せ、空いた右拳で殴打を仕掛ける。
それよりも先に叢雲は引っ張られながら南方棲戦鬼の艤装を足場にして跳躍。
南方棲戦鬼の顎に渾身の膝蹴りを食らわせた。
南方棲戦鬼は大きく怯み、後方へ仰け反る。
「くたばれッッ!!!」
左拳を強く握り、叢雲は南方棲戦鬼の右頬を殴打。
そのまま力を入れて遠くの壁の奥まで一気に殴り飛ばした。
南方棲戦鬼は壁に衝突し、大きな穴が開く。
粉塵と土煙が舞って小さな瓦礫が天井から零れ落ちた。
それを確認した叢雲は回収した長門たちの方へ跳躍して向かう。
「長門、起きてる?」
「すまない……! ついさっき……戻った、所だ……」
「なら良かった。その様子を見た限りじゃ立てそうね、時間が無いから端的に言うわよ」
叢雲は地面に横たわる長門達の隣に膝を着いた姿勢で突き刺さった鎗を支え、壁の穴の奥まで南方棲戦鬼の方向を見て長門へ話し掛けた。
八階のコントロールルームで南方棲戦鬼の奇襲に遭い、長門達は強い衝撃で意識を失っていたが叢雲が戦闘中の所で長門だけ意識を取り戻していた。
南方棲戦鬼の奇襲により長門は息頭部から血を流して胴体や腕へ斑に酷い焼け焦げた痕があり、若干身体は小刻みに震えている。
「木曾と古鷹、時雨を連れてここから脱出しなさい。作戦の失敗は考えないで、貴女達の命が最優先よ」
「だが、提督が……」
「提督については恐らく既に摩耶たちが保護してる可能性があるわ。さっき上で弱い光が一つ見えた、今はそれに賭けて」
叢雲は作戦変更を話しながら長門の方を一切見ずに殴り飛ばした南方棲戦鬼の方を見逃さない。
作戦の状況を鑑みた叢雲は長門たちに地下軍事施設からの脱出を命令した。提督救出作戦が突如現れた『天魔』によって全て掌握されていた事実と【
作戦の障害があまりにも危険過ぎる事から叢雲は脱出を最優先する方向に考えた。
提督については叢雲自身の索敵感知内で二人の艦娘の反応の他に小さな反応が見えている。提督は限らなくとも可能性はゼロではないという事を長門達に伝えた。
「私が南方棲戦鬼を惹き付けるから早く脱出して。すぐに私もタイミングを見てここを抜ける、私の事は気にせず早く脱出しなさい……!」
「ヘェ~逃ゲルノカァ」
「っ……!」
声の方向へ振り向く長門と金色の鎗を構えて戦闘態勢にはいる叢雲。
壁の奥を突き抜けた照明の無い暗い部屋から紅い円球の光が際どく
紅い円球の光を中心にエネルギーを具現化した紅白い炎が左右にゆらゆらと動いて燃え輝いた。
まるで歩いているかのように左右に揺れ、コンクリートの床を穿つ音が一つずつ聞こえてくる。
「構ワナイゾ逃ゲテモ。元々貧弱ナオ前等ニ興味ハ無イカラナ、死ニタクナカッタラ逃ゲタ方ガ身ノ為ダ」
「アレが……【
「ッ……!! いや、違うわ……!」
壁の奥で輝く紅い光を見て叢雲は険しい表情で歯を食いしばった。
それは【
「ソレニシテモ叢雲。今ノハ凄カッタゾ? 前ノ私ヤ
「やっぱり
最悪の事態になってしまった叢雲は普段は出さない焦燥感を露わにした。
【
理由は接敵や戦闘をする度に相手の戦い方に応じて艤装が複雑に変形し、他の深海棲艦に似てしまうほどありとあらゆる性質や力に特化した姿に生まれ変わっている事からだった。
その集合体の仮の名前として【
だが──、
「アァソウサ。今ノ叢雲ノチカラナラバ多少本気ヲ出シテモ充分ト見タ。ココカラガ本番ダゾ……! ナァ!!!」
【
鬼クラスから姫クラスへ一気に戦闘能力が上昇した南方棲戦鬼の本当の姿。
先程搭乗していた黒い怪物の口のような艤装は左右に別れて腰艤装や腕艤装の一部となり、先程は艤装で隠れていた両足が生えて堂々と立っている。
身体の装甲は剥がれて白い肌の裸体が晒されており、前よりもエネルギーが具現化された紅い炎は紅白い炎となって燃えて輝いていた。
「コノ姿ニナルノモ久シブリダァ! 流石ハ唯一ノ好敵手、ヤッテクレルト信ジテイタゾ!! サァ思ウ存分戦オウジャナイカ!!」
『
髪留めや身体の至る所で燃え盛る紅白い炎がより一層と燃え盛り、黒い鋼鉄の艤装を擦れ合わせて火花を散らし甲高い音を上げた。
南方棲戦鬼は白く細い右足を前に出して地面を踏む。
踏んだ地面の地表がひび割れて衝撃と共に舞い上がった。
「早く逃げて……!! 巻き込まれる前に早く!!!」
「ぐっ、あぁ……!」
「逃ゲレルカナアアァァァァァァ!!!!」
叢雲が叫び、長門が起き上がる瞬間だった。
南方棲戦鬼は紅白い幻影を残して急発進急加速。
叢雲も迎撃の為にと金色の光を身に纏い、鎗を構えて走り駆ける。
金色の鎗と黒い艤装の鉄拳が衝突。
互いの攻撃を武器で弾き返し、火花が散る。
叢雲の鎗を持つ右手全体が後方へ、南方棲戦姫の右鉄拳も後方へ。
体勢が不安定になるも即座に次の攻撃手段に移る。
その間、一秒。
弾き返された瞬間に無理やり腕を動かして攻撃する。
金色の鎗と鉄拳の攻防は激しさを増し、互いに寄せ付けない。
目に止まらぬ瞬速の攻撃による猛攻。
「ぐっ!!」
その猛攻に勝ったのは南方棲戦姫。
叢雲の金色の鎗を弾いて出来た隙を狙って前蹴りを食らわせた。
蹴り飛ばされた叢雲は頬が膨らむほどの吐血をして長門の地点を通り過ぎ、奥の壁に衝突。
濃い土煙と共に壁に大きな穴が出来た。
「叢雲ッ!!」
意識不明の古鷹と時雨を両腕に抱え、木曾を背中に乗せた長門は思わず蹴り飛ばされた叢雲を見て名前を叫んだ。
意識が揺らぐ頭とボヤけた視界、とてつもない激痛が広がる両足で立っているのが精一杯の長門は歯を食いしばって何とか歩き始める。
摩耶と川内による提督救助の成功を頼りに叢雲の命令に従って一歩進めた。
「くそッ……! 行かなく──」
大勢を抱えた長門がその一歩を歩んだ瞬間、右方から瞬間移動のように殴り構えた南方棲戦姫が現れる。
気付いた時には既に黒い装甲の鉄拳が目前まで来ていた。
「させるかッッ!!!」
大きな穴に佇む濃い土煙を掻き分け、金色の光を身に纏う叢雲が突進。
それに反応した南方棲戦姫は即座に身体を叢雲の方へ振り向かせ、殴り構えた鉄拳を長門から叢雲へ変えた。
「来タナッッ!!!」
クロスカウンター。
叢雲の金色の鎗は南方棲戦姫の左肩に深く刺さり、南方棲戦姫の鉄拳は叢雲の左脇腹に直撃していた。
互いの攻撃による衝撃が身体を伝って地面に伝播し、転がる瓦礫が吹き飛ばされる。
叢雲は鉄拳の殴打を食らって更に吐血し、顔を俯かせて膝を着いた。
一方で南方棲戦姫は鎗が右肩に突き刺さろうとも何事も無く左の鉄拳で殴り掛かる。
顔を上げた叢雲は高く跳躍して回避。
南方棲戦姫の鉄拳で地面が抉り取られ、瓦礫が空に舞う。
「行かなく……ては……!」
叢雲と南方棲戦姫の激しい戦闘を背景に三人を抱えた長門は唯一出口として機能している扉まで歩いていた。疲労が限界まで蓄積された両足をゆっくりと一歩ずつ動かし、喉が涸れるほど息を切らして汗を垂らす。
出口である扉は半分瓦礫で半壊し、自動開閉機能は壊されてしまったが中途半端に開いて通行可能だった。
一刻の猶予も許されない状況下で長門は叢雲と南方棲戦姫の戦闘による衝撃で身を揺さぶられながらも扉だけを見て歩き続ける。
「早く……! 八階まで……!!」