突如現れた空母水鬼と接敵し、その戦闘に勝利して翔鶴を取り戻した瑞鶴と不知火は地下軍事施設唯一の出口となる輸入港の安全を確保する為、徘徊中の可能性がある深海棲艦を警戒しながら動いていた。空母水鬼との戦闘によって瑞鶴は指一本足りとも動けないような大破状態であり、空母水鬼の束縛から解放された翔鶴も意識が無い状態になっている。
その為か現在動けるのは損害の少ない不知火のみであり、動けない瑞鶴と翔鶴は岩陰に身を潜めて不知火だけが行動していた。
「大きい……」
輸入港の扉は輸送艦一隻が丸々入れるほど大きく硬い鉄の装甲が何枚も重ねられて出来ているのが分かった。扉の両脇には人が出入りする専用のドアと足場が用意されている。
不知火は戦闘になる事を前提に身構えてドアを蹴破ろうとしたその時だった。
「っ!? まずいですね……!」
予備動作なく輸入港の扉がガガガガと重い音を鳴らしてゆっくりと動き始めた。扉のすぐ側にあったパトライトが回転しながら黄色い光を放って点滅し、重く開かれる扉の隙間から海水が水飛沫を上げてなだれ込んでいく。
不知火は敵の深海棲艦が開けたと考えて速やかに近くの岩場へ身を隠した。
完全に開き切った重い鉄の扉が最後に響き渡るような衝突音を出して止まる。なだれ込んでいた海水が徐々に落ち着きを取り戻して灘らかになり、点滅していたパトライトが光を失った。
不知火はゆっくりと岩陰から扉の奥の全貌を覗き見る。
「何も見えませんね……少し近付きますか」
扉の奥は非常照明で照らされているものの、詳細が全く分からなかった不知火は音を立てないよう忍び足で接近を試みる。
扉が開いた以上は何か出てきてもおかしくないと細心の注意を払いながら扉の奥を覗いた。
扉の奥には貿易港湾に似た小さな港があった。
三つの航路と防波堤、黄色いダウンライトに照らされて貨物を引き出す軽量のガントリークレーンが設置されていた。
「開いたな。さて、後は不知火達と護衛艦隊を待つだけか……」
聞き覚えのある声が聞こえた不知火は姿を目に映すまで身体を少しずつ動かして視界を広げる。
そこにいたのは──、
「天龍さん!」
地下軍事施設に潜入していた天龍だった。
味方だと確信して身を乗り出した不知火は輸入港の中へ入り、防波堤まで跳躍して天龍の元へ近付く。
「不知火! よかった、先にいなかったからどうしたものかと思ったぜ」
「すいません、こちら側で少しトラブルがありまして……互いに戦闘は避けれないようですね」
右腕や脇腹に火傷跡を残した天龍を見て激しい戦闘を繰り広げた痕跡が確認できた。
天龍から聞いた話では捜索中に待ち伏せしていた【
不知火は作戦の状況が思った以上に危機的である事を察した。
今ここに天龍がいるという事は叢雲は七壞星の戦艦棲姫と戦闘しており、提督の捜索時間が逼迫しつつあるという事になる。
何か不吉な予感がした不知火は手に顎を乗せて考える姿勢を見せた。
「そっちも何かあったみたいだな……酷ぇ怪我だ。大丈夫なのか? 瑞鶴はどうしたんだ?」
「現在は外を出た崖の岩陰にて休んでもらっています。何せ輸入港へ向かう途中にあの翔鶴の身体を奪った空母水鬼と接敵し、戦闘になったので。最初は危うい状況になりましたが瑞鶴さんが決死の覚悟で空母水鬼を打倒し、翔鶴さんを取り戻す事に成功しました。ですが……」
自身の右腕全体が流血によって赤く染まっているのを心配がる天龍へ不知火は今まで起きた出来事を簡単に説明した。突然空母水鬼の襲撃を受けて戦闘が勃発し、瑞鶴が一人で翔鶴を取り戻さんと勇敢に戦った事を。
翔鶴に扮した空母水鬼の襲撃やその後の戦闘の話を聞いて天龍は驚きの声を隠せなかった。
「翔鶴って……まさかウチの翔鶴か!? 何で奴がここに……ってそれよりも、あぁもう情報量が多過ぎるな!! 頭がイカれそうだ」
「とりあえず今は作戦に集中しましょう。金剛さんはどうしました?」
「金剛? あぁ、金剛ならあの馬鹿デカい扉のレバーを引いて、このコンテナ倉庫の奥にある輸入港のコントロール室から来るぞ」
唯一外へ繋がる輸入港の重い扉を開いてくれたのは金剛のようだ。
輸入港から地下軍事施設の間にある広々とした地下コンテナ倉庫の角に輸入港全体を仕切るコントロール室があったらしい。
幸い地下コンテナ倉庫や輸入港には深海棲艦の姿は無く、照明も閉ざされたまま放置されていたようだ。天龍の背後には両脇に巨大なコンテナが淡く黄色く照らされて積み上げられており、一番奥には地下軍事施設へ繋がる扉が小さく見えた。
「それはよかったです。しかし何故天龍さんと金剛さんがこちらに? 司令の捜索中かと思いますが」
輸入港に現れたのが天龍と金剛の二人という事に不知火は一瞬頭の中で提督が見つかったのかと淡い気持ちを抱いていた。
だが天龍の表情から察するに提督に関する事ではない事を不知火は内心気付いており、提督について言おうとした言葉が喉に引っ掛かる。天龍は視線を背後に移してコンテナ倉庫のコンテナの陰に母親と娘の親子二人が隠れていた。
「捜索中に収容施設で拘束されていた人達を見つけたからな。作戦中とはいえ、捕らえられている人達を見捨てる事なんて出来ない。例外って事で俺たちはこの人達を保護する事にしたんだ」
「なるほど、そのコンテナ陰に隠れている人達が捕らえられていたのですね……少し不吉ですね、一般人の捕虜など戦争勃発当時から数々の深海棲艦の施設を占拠しても全く無かったのに」
天龍の傍へ不安そうに寄る親子二人を見て不知火は手に顎を乗せて顔を俯く。
一般人の捕虜は今この地下軍事施設で確認されたのは初めてであり、拭えない一抹の不安が頭の中を過ぎっていた。長い深海棲艦の戦争史の中においても一般人の捕虜の事例は全く前例が無く、人類の滅亡を狙う深海棲艦が一般人を捕虜にするのは珍しい。
不知火は何か嫌な予感がしてならないと心をざわつかせていた。
「確かにな……この地下軍事施設も何か胡散臭いし、戦艦棲姫の奇襲も含め色々と怪し過ぎる」
「天龍! 不知火!」
二人が話している最中にコンテナ倉庫の端から金剛が名前を呼びながら手を振って走ってきた。
不知火と合流出来たのが嬉しかったのか安堵した表情で天龍の元へ合流する。
「金剛さん! 大丈夫ですか? その怪我は?」
「私は大丈夫ネ! それよりこの人達を外へ──」「皆!!!」
金剛が親子二人を急いで外へ脱出させようとしたその時、コンテナ倉庫の奥から聞いた事のある声が聞こえた。
三人が振り向くとそこには意識を失った提督を背負い込んで走る川内がいた。提督の姿を久しぶりに見て笑みをこぼした三人は川内の元まで急いで走り飛ばす。川内も急いで走って来た様子で汗を流して息を切らしながらやっとの思いで輸入港に来たようだ。
「川内!! 見つけたんだな!! 流石だぜ!!」
「よかった、やっと提督の姿が見れた……川内、ナイス!」
「意識は無いようですが呼吸はしてますね……よかった……!」
三人へ合流した川内は両手を両膝に乗せて何度も大きく呼吸し、乾いた喉を潤そうと唾を飲む。川内の背中に乗る提督の姿を見て三人は安堵した表情を隠せずにいた。反応が無い提督の容態を確認すると、どうやら意識を失ったまま身体が動かない状態のようだ。
走って疲れきっている川内の負担を少なくしようと金剛が川内の代わりに提督を抱え、また提督の負担にもならないよう細心の注意を払ってゆっくりと背中に乗せる。
身が軽くなった川内は荒れた呼吸を徐々に落ち着かせ、金剛たちの顔を見るやいなや必死の表情で大声を上げた。
「緊急事態だよ!! 早く提督を救出してこの施設から脱出しないと大変な事になる!!!」
「ど、どうした川内!!? 何があったんだ!?」
「この救出作戦は最初から
川内はこの作戦と状況が逼迫しつつある事を伝えようと頭の中に出てきた言葉で精一杯伝えた。もう立ち止まっている余裕など無いと川内は不知火の顔を見て肩に手を乗せ、急かして何度も身体を揺らす。見た事のない慌て様に不知火は慌てる川内を落ち着かせようと冷静に声を掛けて話を聞いた。
「お、落ち着いてください川内さん!
「【
川内の恐るべき陰謀の内容を聞いて三人は同時に動揺して驚きの声を上げた。
この提督救出作戦中に起きた『
外では日本の各海域にて七壞星と思われる深海棲艦が出現し、担当の鎮守府が対応にあたっているようだ。
更には摩耶や叢雲が七壞星と戦闘中だと聞いて作戦の状況が予想以上に差し迫っていた事に焦燥感を覚えた。
「……分かった……色々考えてはみたが……今俺たちに出来るのは提督と親子の救出だけだろ。摩耶と叢雲の援護に行ったところで足手まといになるのは目に見えてる……」
「そうネ……それで私達はこれだけの怪我を負ってしまっタ……まだまだ力の差はある」
出来れば加勢に行きたかった天龍と金剛は最初に接敵して戦闘となった『
力不足の自分たちが摩耶や叢雲の加勢に入れば却って邪魔になってしまうのは明らかだ。
七壞星との力の差は未だ歴然であり、今ここに生きている事さえ奇跡としか思えない。提督の救出が完全に成功するまでは戦ってもらうしかないと力不足故の悔しさと分かっていながら見て見ぬふりをしてしまう罪悪感に飲まれながら提督の救出だけを考えた。
「そうですね……今はとりあえず提督と親子の救出を最優先に動きましょう。貴女がたは天龍さんと金剛さんについていくように。外へ出ましょう!」
不知火たちの目的は提督と親子二人を安全に保護し、この地下軍事施設から一刻も早く脱出する事。四人の目に映るのは輸入港の扉から見える朝日が徐々に登って青みと明るみを取り戻しつつある水平線。
天龍と金剛が親子二人を抱えて川内が提督を背負い、不知火が前に出て護衛を担当する。
不知火たちはコンテナ倉庫の中央を駆け走り、輸入港の扉へと向かった。
「誰ダ!!」
不吉な声が聞こえた。
その声は敵意を剥き出しにした警戒を周辺に促す声。気付けば輸入港の扉周辺には深海棲艦の水雷戦隊が帰還してきていた。
「艦娘ダト!?」
「ナゼ奴等ガ此処ニ!?」
不知火たちを見た深海棲艦は起きるはずのない地下軍事施設への侵入に驚き、咄嗟に艤装の砲口を向けて威嚇した。
予想外の出来事に更に焦燥感に苛まれた天龍と金剛は親子二人を降ろして背後へ守るように誘導し、艤装の調子を見ながら深海棲艦の方へ視線を移して戦闘態勢に入る。
深海棲艦の水雷戦隊は輸入港の扉を潜り、コンテナ倉庫の手前にいる不知火たちへじわじわと追い詰めていく。
「まずいな……! 連合艦隊のとこから補給してきた奴等が戻ってきたぞ」
「ざっと見た数は十二隻……どれも手負いっぽいネ」
「とはいえ状況は変わらない……外で隠れている瑞鶴さんが心配です」
戦闘になる事は避けられないと悟った川内は親子二人に意識を失った提督を任せ、コンテナ倉庫の積み上げられたコンテナの陰へ避難させる。
金剛の言った通りに現れた深海棲艦は十二隻、恐らく連合艦隊との戦闘から離脱して補給や修復を目的にここへ来たのだろう。
どの深海棲艦も赤い血を流しており、腰や腕の艤装が黒煙を上げている。
「こうなったらもうやるしかないようだな」
「私達だって手負いだけど死ぬつもりはないヨ」
「早く摩耶達を助けたいんだ! こんなとこで躓いてられない!」
「そうですね……では……」
天龍は艤装の大太刀を持って刀先を深海棲艦に向けて構え、金剛は拳を握って殴り構える体勢になる。
川内は口元まで隠していた白いマフラーを首元に全て寄せ体勢を低くし、不知火は左手へ白い手袋を再度身に付けて拳を握った。
「奴等ハボロボロダ! マトメテカカレ!!!」
「行きましょうかッ!!!」
──地下軍事施設最下層、ヘカントケイルの間。
「ッタク……運命ッテノハ理不尽デシカナイナヨナ」
頭上の景色を仰ぐ【
三本の黒い塔「ヘカントケイル」の中心で輝く紅白い光に照らされながら戦闘相手の叢雲の方へ振り向いた。
「何事モ無ク順調ニ進ンデイタハズガ突然降リ掛カッタ災厄ニヨッテ全テガ壊サレル……ソウ思ッタ事ハ無イカ?」
叢雲は必死の形相で金色の鎗を横にして南方棲戦姫の脚撃を受けて防いでいた。
無理やり押し潰そうとする南方棲戦姫の力があまりにも強過ぎて叢雲は力を踏ん張るのにも精一杯で押されていく一方だった。
既に呼吸は荒れて左目は流血によってほぼ見えないような状態であり、全身の至る所に紫がかった打撲跡が夥しく残っていた。
「ナァ……叢雲?」
声を掛けた南方棲戦姫は踏み潰されそうな叢雲を更に踏み潰そうと力を込める。
その瞬間に叢雲の周囲の地面が隆起して凹み、コンクリート床の破壊音が轟いた。
二人の辺り一帯が地震の如く激しい揺れを起こし、叢雲は赤く染まる歯を食いしばって踏み潰されないように全身に力を入れる。南方棲戦姫の放つ凄まじい衝撃で身体全体の筋肉や骨が赤子のように悲鳴の声を上げているのが分かった。
「そりゃ……! 勿論ッ……! 嫌なほど……経験してきたわ……!!」
それでも叢雲は南方棲戦姫の力に反発して全ての腕と脚に力を込めて徐々に低くなっていた腰を上げていく。
金色の光を身に纏い始め、叢雲の足の周囲で更に地面が割れて隆起した。
「でもね……! その運命のお陰で……! 私はッ……!! ここまで来れたッ……!!!」
段々と反発する力が増幅していく事に気付いた南方棲戦姫は嬉しそうに口角を上げて笑みを浮かべる。
対して叢雲も南方棲戦姫を見上げて余裕そうに嘲笑した。
「簡単だったわ……! アンタの攻撃……!! 今ならやれそうね……!!!」
実際に叢雲にそんな余裕はない。
ただの痩せ我慢に過ぎず、南方棲戦姫の気分を少しでも崩そうと嫌味を込めて煽った。
「ヘェ~……ソウカ。ジャア、コウイウノハドウダ?」
腕艤装と腰艤装全て合わせた計十六門の砲口が叢雲の目前に向けられた。
叢雲が息を飲んだその刹那、大爆発。
その大爆発の黒煙から叢雲と【
互いに走り駆けながら隙を与えぬ攻撃を挟んでいく。
叢雲の金色の鎗による斬撃と南方棲戦姫の黒い鋼鉄の拳による打撃が交差する。
擦れ合い、弾き往なし、受け流す度に火花が散っていく。
超人同士の剣戟のように目に追えぬ乱撃が続いた。
が、南方棲戦姫は叢雲の金色の鎗の斬撃を弾き、大きい隙が出来た叢雲を蹴り飛ばす。
広間の壁に激突し、南方棲戦姫を覆うように土煙が立ち上った。
土煙の頂点から金色の十字光が穴を開けて現れる。
叢雲は身体を回転させ、金色の鎗を片手で持って勢いよく振り下ろした。
南方棲戦姫は黒い鋼鉄の腕艤装で防御。
瞬時に叢雲は稼働可能な砲塔で至近距離から砲撃。
金色の光を浴びた南方棲戦姫は直後に砲撃を食らう。
その衝撃で南方棲戦姫は後方へ撃ち飛ばされた。
南方棲戦姫から距離を取れた叢雲は出方を探って金色の鎗を構える。
叢雲の視線の先には黒煙に包まれた南方棲戦姫の姿が見えていた。
残り少ない砲撃を至近距離で食らえば南方棲戦姫だろうと無傷では済まされない。
先程の叢雲の砲撃で南方棲戦姫の脇腹と左頬が浅い火傷跡が残っていた。
「戦ウ事ニ夢中ナノハ構ワナイガ……オカシイト思ワナイカ?」
「何が言いたいのよ……!」
黒い鋼鉄の艤装の左腕を上げると南方棲戦姫の顔は企んだような表情で叢雲に話し掛ける。
突然何を言い出したのかと思えばと苛つきを露わにする叢雲は荒れた呼吸を落ち着かせながらも周辺を見渡した。
奇襲を受けて損害を受けた長門達は逃がせているはずだ、近くにいるのは自分が倒した【
が──、
「まさか……!!」
「私ニ夢中ニナルバカリ周リニ気ヲ配レテナカッタヨウダナ」
この大きな広間の中に自分が倒したはずの【
何度も左右を振り向いて辺りをくまなく探してもその姿が全く見当たらない。
これから起こりうる最悪の運命を予測した叢雲は初めて顔を青ざめるような戦慄した表情を見せて声を上げる。
「まずいッ……!! 早く──」
声を上げたその時、プツンと何かが途切れたかのように叢雲は身体を仰け反らせる。
直後、叢雲は膝を着くも金色の鎗を地面に突き刺して杖代わりに何とか倒れるのを我慢した。
叢雲の口や鼻から大量の血が溢れ出し、嗚咽と吐血を何度も繰り返す。様子がおかしい叢雲を見た南方棲戦姫は不思議そうに声を掛けた。
「ン? ドウシタ叢雲……? アァ……成程、ソウイウ事カ……」