「止めなくていいの?」
「日常茶飯事だ」
「だな」
「ええ……」
食堂で騒ぎが起きている。瑞鶴と加賀が口喧嘩、取っ組み合いになっているそうだ。両者共に手を握り、睨んでいる。
「何が鳥頭ですって~? 青い方も随分と提督さんに似てきたようで……!!」
「そちらこそ……氷河期とかいう変なあだ名は止めなさい!」
「へっへーんだ!! お、どうやら一航戦の青い方はプリンがお嫌いのようだ、私が食べ――」「殺すわよ」
プリンを取ろうとした手を掴む加賀。あからさまに瑞鶴を睨んだ。そして装った笑みでその場を誤魔化した。
「ごめんなさいね、とっておきは最後に残しとく派なの」
「それはそれはごめんなさい、てっきりお嫌いなのかと」
「誰かに似たのかなー」
「さーて誰だろう」
途中で蒼龍と合流し、塩鮭定食を注文、二階のテーブル席で食べる四人。瑞鶴と加賀の喧嘩を催しとして見ているようだ。朝から元気なのはよろしい事だがうるさいのはただの迷惑に過ぎない。
「まるで提督みたいだねー」
「似せられてもこちらが困るだけだ鈴谷、お前は一度南極圏に行って地下世界に通ずる穴でも探しながら一週間ほど暮らしてくるといい」
「辛辣だねぇ~」
「当然の報いだ、俺の下についた事をあの世まで後悔させてやるから覚悟しろ!!」
「食べてる時にぺちゃくちゃ喋るなァ!!」
また一日が始まる。
元帥が遊びに来るまで後三日、演習は後四日。いつも通り提督が組んだ訓練のローテーションを回していく。参加する者もいる他、参加せず見下す目で眺める者もいる。訓練は自由参加なので、決定権は艦娘達にある以上は提督は何も言わない。
「調子はどうだプリンツ」
「はい! 相変わらず人数は少ないですが真面目に取り組んでくれています!」
「そうか……」
「あ、古鷹さん。少し距離を詰め過ぎですよ!」
プリンツが古鷹の艤装に触れ、射角を合わせて一歩後ろに下がる。古鷹はされるがまま動き、もう一度砲撃。
「あ、当たった……!」
「古鷹さんは急ぎ過ぎて距離を詰め過ぎな所が見受けられます。落ち着いて様々なパターンを確実に処理していきましょう!」
「あ、ありがとう……」
「とまぁこんなものです」
「悪くない教え方だ、この後も頼む」
「Vielen Dank! 任せてください!」
九時から十二時までの訓練、後一時間休憩。十三時から十七時までの訓練。参加した艦娘の練度は成長がよく見られた。演習で挑む編成はまだ決めていない。鈴谷、金剛、加賀は決定しているが、他三名の席は埋まっていない。
「あーやっと終わったー!」
「今日も見境なく言われたわ……」
「それは貴方が鳥頭だからでしょう」
「何か言いたいの氷河期さん?」
「何ですって?」
「やってみる?」
「あー二人ともうるさいネー」
鈴谷と金剛、加賀と瑞鶴が訓練を終え、自部屋に戻ろうとしている。夕方十七時過ぎ、訓練が終わり、皆身体を休めていた。
「ご飯です、長門さん」
「……」
長門の食事を渡す鳥海。夕飯の時間と少し早いが気遣いで持ってきてくれたようだ。手錠が外され、黙って食べる長門。出来ることなら反抗して逃げ出したいが摩耶を前にそれは容易では無い。
「では私達も食べましょう、摩耶」
「あぁ」
摩耶達も持ってきた定食を口にする。三人でテーブルを囲み、一緒に食べた。この二人は何がしたいのか分からない。
「……何の真似だ」
「鳥海がお前だけじゃ寂しいだろうからあたし達も一緒に食べようって誘ってきた」
「不快じゃないのか」
「別に」
「……バカバカしい」
沈黙が走る中、食事を終える三人。
長門は大人しく手錠をされ、部屋の片隅に居座った。鳥海が三人分の食事分を片付け、食堂まで運ぶ為に部屋を出る。部屋には摩耶と長門だけとなった。
「……」
「……なぁ長門」
「何だ」
「楽しいのか? あんな事やって」
「……楽しいわけが無いだろう」
手足を拘束されて長門は床を見つめた。艶のある黒髪がゆっくりとたなびく。床を見つめるその目はどこか哀しげだった。
「何故こうなってしまったのか理解が出来ない。私の理想はこんな地獄では無かった」
「まぁこの鎮守府の噂は広まってたからなぁ……気の毒だよ」
「同情はよせ……何回も反抗したさ、解体される覚悟で反抗した、だが全て無駄だった」
「一人でか?」
「いや反撃の狼煙をあげた艦娘は私と赤城しかいない。解体されてもおかしくはなかったが奴がそれを許さなかった。何度も言っていたよ、ビッグセブンだから戦力になるし重宝するって。結局私も差別する側の仲間入りだ、もう抗う力すら無くなった。今になって響く、あの男の言う通りだよ、私達は何も出来ない力も無いポンコツ兵器だ」
「……」
赤城と共に前任に抗った長門。だが既に仲間を集めた前任を前に蹂躙され、拷問を何回も受ける。やがて戦力になると判断されれば途端に優遇され、赤城が行方不明と聞けば最早反抗する力は失ってしまった。もうどうでもよくなっていた、
自分には力が無い、陸奥を守る力も、仲間を救う力も、人を救う力も持ち合わせていない。何も出来ない鉄屑だ、提督の言っていた事は正解だった。何が世界が誇るビッグセブンだ、聞いて呆れる。
「私は……何の為に、生まれてきたのだろうか……」
「そこまで言ったらお前の価値は道具以下だぞー」
男の声が聞こえた。勿論この鎮守府に男はアイツしかいない。
提督だ。壁に寄りかかり、手を組んでこちらを見ている。驚く長門に提督はゆっくり歩み寄った。
「長門、お前が自ら前任に反抗した事は素晴らしい事だ。俺も事実を知った時は驚いたよ、だがそれと同時に失望もした」
「だろうな。今では■■に踊らされてる道具でしかない。笑うなら存分に笑ってくれ」
「あぁ大いに笑ってやるよ、だが知ってるか? 例え使えないと判断された道具でも存在意義を見つければ新たな道具として生まれ変わる」
「……何を言ってるんだか」
「お前の腐った脳みそじゃ理解出来なかったか? お前はまだ使えるって言ってんだよこのポンコツ兵器」
提督の言葉に目を見開く長門。自分はまだ使える、初めて言われた言葉だ。
「お前は誰よりも先に抗った、何言われようとも抗った。だが結果は痛ましいモノだった、優遇制度で踊らされた、仲間も行方不明と聞けばその力も失ってしまった。この世界では失ったモノは二度と戻らないし帰らない、物も、人間も、艦娘も」
「……」
「だがお前は失ったわけじゃない、隠してしまっただけなんだ。優遇制度で失ってしまったその反抗する力は隠れて眠ってしまっただけなんだよ。あの時のお前が全力で抗った様に今お前にその意識があるのなら火山のようにマグマの如く燃え上がる……隠れて眠った力が」
提督は長門に近づき、顎をクイッと上げる。目と目を合わせ、話を続けた。
「長門、さっきお前は何の為に生まれたのかと自問したな? だったらその姿や艤装はお前にとって何なんだ?」
「戦う……為……」
「そうだ戦う為だ、お前は戦う為に生まれた兵器なんだ。それなのに何で兵器がネガティブモードに入ってんだ、んな事考える暇があるならさっさと訓練に参加して力を取り戻せ!! お前の力はこんな荒くれたクソだめの様な場所で発揮されるような力じゃないんだ、かつてはビッグセブンと呼ばれた最高の軍艦なんだろう!! だったらそれぐらいの意地を俺と差別した兵器共に証明して見せろ、ポンコツ兵器!!」
顎を上げられ、指で指される長門。顔の距離は五センチメートル程、目を合わせて怒鳴りつけた。
「……上等だ」
顎を上げる腕を掴み、遠ざける。その言葉はかつての自分のような勇ましい感じがした。力は眠っている、ならば目覚めるまで戦うべし。
更に提督の両腕を掴み、立ち上がった。お互い睨み合っている。
「提督の口車に乗ってやろうじゃないか……チカラを取り戻した私は恐ろしく強いぞ……!」
「やれるものならやってみろ!! 精々足掻くんだな、お前の身体が燃え尽きて朽ち果てるまでこき使ってやる、俺に使われる事をあの世で後悔させてやるからなぁぁぁ!!!」
「だったら私はその上で提督に恥をかかせてみよう、少しはその減らず口が治るかもしれんからな!!」
「上等だ、やってみろ!!」
「はい、そこまで」
提督と長門が睨み合っている間に手を挟み、喧嘩を中断させる摩耶。しかし一向に収まらないので頭を殴って落ち着かせた。殴られた二人の頭にはたんこぶが出来ている。
「摩耶、拘束を外せ」
「え、外してもいいのか?」
「構わない、もう三人の件はバレてる訳だし隠す必要も無いからな」
「分かった……」
手足の拘束が外され、再び自由の身となった長門。腕をぐるぐると回し、自由を味わっている。
「さて長門、お前には訓練と演習に参加してもらう」
「訓練は分かるが演習か?」
「そうだ、奴らの前で見返してみろ。そして陸奥を救え」
陸奥はどこか隠された場所にて治療を受けている。勿論提督は把握済みだが自爆装置が取り付けられている以上、下手には近づけない。
自爆装置は現在、摩耶、鈴谷、金剛、加賀のみ取り除かれている。まだ半数の艦娘が死と隣り合わせだ。
「任せろ……!」
――朝、演習まであと二日。
「もっと……もっとだ!!」
「まだ……立てる……!!」
港付近で海柱が立つ。いち早く起床していた鈴谷と加賀、金剛はプリンツと摩耶によって扱かれていた。この二人には何回か勝負を挑むも全て敗退。絶対的強さを誇る二人に鈴谷と加賀、金剛は誰よりも先に訓練に参加していた。
「朝から参加とは励むねぇ~お前も」
「うるせェ!!」
中庭では天龍が剣を何回も素振りしている。上半身裸で包帯を胸に巻き、汗を流しても腕を止めない。それを提督は二階の連絡通路の窓から眺めていた。
「っし……素振り千回終わった……次は……」
次に天龍は港付近の海へ向かう。鈴谷達と合流し、訓練に混ざった。
「……お前も懲りないねぇ~瑞鶴」
「うるさい、気が散るわ」
提督が向かった部屋は多目的ホール。そこで瑞鶴は弓道場として訓練を受けていた。勿論この後瑞鶴も港付近に合流する予定の様だ。暁達や木曾もいつの間にか参加している。
「なぁ瑞鶴」
「何? 集中出来ないんだけど」
「赤城は本当に行方不明なのか?」
提督は現在行方不明とされている赤城の存在について瑞鶴に問いかけた。解体や轟沈とかではなく行方不明という扱い。過去の報告書には深夜に誰かに襲われ、右腕の喪失、身体に複数の斬り傷を抱え、窓を突き破って逃走。その後行方不明と判断されており、今も生きているか定かではない、と書かれている。
提督はこの文献がどうも不思議でしかなかった。
「……分からないわ。赤城さんは主力艦隊の中でも洗脳に支配されなかった、私達にとって唯一の希望よ。でもあれだけの重傷を負えばもう生きてるかどうかすら……」
「……そうか、んまぁ追々調べるとしよう……瑞鶴、そこまで演習に出たいのか?」
「いいえ、そこまで出たいとは思わないわ」
「んじゃ何でそんなに頑張ってる?」
「……分からない。けど何故か強くならなきゃいけない気がした、だから提督さんのいう訓練に参加してる。提督さんがこの鎮守府を変えようとしてる様に私達も……変わらなきゃいけない」
そう言って瑞鶴は矢を放ち、的を少し左に外す。少し溜息を吐いた後、また弓を構えた。
「……そうかい、まぁ精々くたばらない事を祈るよ」
「えぇ、祈ってて頂戴」
港付近では長門も早く起きたのか、参加している。演習する仲間として真面目に取り組んでいるようだ。変わらなきゃいけない、提督を手を組んだ艦娘は少しずつ変わっているようだ。それに安心してしまう自分がいる。
「手の平返しも良い所だ……」