32. オセロは角を取れば勝ち
「……これで良かったのですか?」
「あぁいい」
「それでは負けた私達は解体ですね」
「……何故主力である君達を解体しなければならないんだ?ルールに怯え過ぎだ」
「まぁ提督が優しい事ぐらい分かってましたけどね」
「……うるさい」
演習が終了して一日が経過。朝の九時十五分、相も変わらず艦娘達は訓練に勤しんでいる。あの演習以降、鈴谷と加賀と艦娘達の関係は僅からながらに回復。
あの二人が望んだ関係が戻るのかもしれない。一方で――、
「何でコイツらを呼んだ瑞鶴」
瑞鶴が何故か長門、金剛、古鷹を連れて執務室に来ていた。理解出来ない行動に頭を悩ませる提督。
「言わなくても分かるでしょ」
「まぁ大体は察せるなぁ」
あの演習の事だろう。絶対に勝つという約束を提督と結んだこの三人。しかし勝利とは思えない敗北に不安な表情をしていた。
「ごめんなさい……勝てなかった……」
「何度言えば分かるのかなぁ、確かに傍から見れば敗北だろうが相手がルール違反したと同時にあれは勝ってるんだ。クソジジイ共とあの奴らもそれに気付いている」
奴らとは差別している艦娘を指す。実際にリストに載ってある艦娘達は何とも言えない表情をしていた。影響は地味に広がっている。
「各々納得はいかないだろうが良くやったんだ俺に褒められてる事ぐらい光栄に思え。それともまさかこれで終わりだとでも思ってないだろうな?」
「え……またじゃあ……!」
「当然だ演習なんていつでも出来るし、出撃なんていくらでも出来る。あの演習が最後だと思ったらそれは大間違いだ! お前らは何の為にここにいるんだ、戦う為じゃないのか? 戦う意志を持てと俺は言ったはずだ。だったらさっさと訓練に参加して誰よりも強くなって来い! 見返したくなったらいつでも俺に言え、お前らに相応しい最高の舞台を用意してやる」
両腕を広げ、言葉で言い殴る提督。勿論あの演習で全てが終わった訳では無い。まだこの先には強い艦娘や得体の知れない深海棲艦が待ち構えている。それに挑み、戦うのは艦娘達だ。
「コンティニューはいつでもという事か……残機は相当残っているようだな」
「わざわざ毒みたいな緑色をしたキノコを取らなくても亀の甲羅を少し蹴る事を繰り返すだけで残機が増える様な世の中だ、無限にあると思うがいい」
「計画は大丈夫なの?」
「依然快走中だ。逆に進み過ぎて怖いぐらいだよ」
再び椅子に座る提督。
計画が順調過ぎる事に警戒していた。
「奴らも何か考えがあるはずだ、慢心はしない。お前らも注意しろ、
執務室を出ていき、広場の港に座る瑞鶴。提督の最後の言葉が少し気になっていた。
「味方が常に味方とは限らない、か……」
それはつまり自分達の中にスパイらしき人物がいるという事なのだろうか。いや、昨日の出来事があったのに突然裏切るなんて行為は出来ないはずだ。
かといってそう言える道理も無い。瑞鶴は深く溜息を吐いた。
「怖い事言うなぁ提督さんは……」
「頑張ったわね瑞鶴」
広場の港で一人座る瑞鶴に姉の翔鶴が呼び掛けた。言葉からして翔鶴もあの演習を見ていたらしい。
「翔鶴姉見てたの? 恥ずかしいなぁあまりいい成果は出せなかったし」
「いいえそんな事無いわ、あれだけ嫌ってた加賀さんと協力して戦ってたものとても素晴らしい事よ?」
確かに加賀と瑞鶴は四六時中口喧嘩をしていた。別に好きでやっている訳では無いが、加賀の事が嫌いなのかと言われれば嫌いとは言い切れない。
「まぁあれは成り行きというかそうならざるを得ない状況だったというか……」
「関係が戻ってきて私も嬉しいわ瑞鶴、提督もちゃんと考えてくれてたのね……少しは信じてもいい人なのかも。そろそろお昼ご飯よ一緒に食べましょ?」
「うん……ありがとう、私もお腹空いた!!」
昼食の鐘が鳴り、艦娘達が食堂に集う。
一方提督は暇を潰す為にボードゲームをしていた。深く考え込む摩耶と提督。だが突然摩耶が驚く表情をする。
「っ!!!」
「どうした摩耶ー。その顔は煽りとして受け止めていいのかぁ、であればマジで不正するぞコノヤロー」
驚く摩耶を煽りだと見てイライラする提督。だがその驚き方は普段とは違った、何かを恐れているような表情だった。
「提督……マジでヤバい状況だ……」
「よっしゃ煽りだな、オセロで勝ってる摩耶が言う事じゃない」
「いや……予感が……!」
やっていたボードゲームはオセロ。摩耶が圧勝の中、突然『予感』が起きたようだ。しょっちゅう『予感』には振り回されている提督は摩耶が驚いても自分は驚かない。
「……はぁ……んで規模は?」
「およそ、二百……鬼と姫クラスが十二体……」
堂々と不正しようとした途端、手を止める提督。聞き間違いだろうか、鬼と姫クラスが十二体。決戦にでも来たのかというレベルだ。
「それ本当に言ってるのか?」
「……あぁ本当だ」
「……とうとう攻めてきたか……あー面倒くせぇー……」
ソファに寄り掛かり、事の面倒さを嘆く。
久々の大仕事に頭を悩ませた。
「正直私が戦っても勝てる見込みは殆どない。提督、他の鎮守府の協力が必要になる!」
「落ち着け摩耶、まだ来てるわけじゃないんだ冷静に対処するぞ」
口を動かしながら提督はオセロを片付ける。危機的状況に追い込まれるこの重大な時に提督は落ち着きながら命令を下した。
「さて……プリンツ、話は聞いていたな」
「はいAdmiral」
「空母寮に伝達、偵察機を常時飛ばしとけってな。あといつの間にか居たのか分からないけど皐月達にも戦ってもらう、いいな?」
「了解したよ!!」
「分かりました」
「任せておけ」
皐月達がここに三日間残ってくれたのは不幸中の幸いとも言える。あの元帥もたまにはやってくれるようだ。正直摩耶とプリンツだけでは恐らく戦力が物足りない。
「奴らは摩耶の『予感』を知らない。恐らく奇襲を仕掛けてくるだろう、空襲か遠距離からの一斉砲撃……幸いにもここは街から五キロも離れている。とはいえ被害が出ないとは限らない、住民の避難を急ごう」
「こちらも奇襲を仕掛けるか?」
「いや下手にこちらが気付いた事がバレるのはあまりよろしくない、ある程度引き付けた後にこちらから先制爆撃が良いだろう」
深海棲艦達は奇襲が得意だ。他の鎮守府でも時たまに深海棲艦による空襲がある。まるで戦前の日本の様に。
「恐らくこの戦闘も苦労するだろうな」
「察しが良くて助かるよガングート、流石戦艦棲姫と一度殴り合っただけの事はある」
「フン……あれは私が勝っていたがな」
某連邦国弩級戦艦Гангут級一番艦ガングート。威勢のいい彼女は単騎で姫クラスを撃破する程の戦闘能力を有している。その所為かプライドも高い。
景気良く話している途中、ドタバタと執務室に向かう足音が聞こえた。入ったきたのは長門や鈴谷、瑞鶴などの前演習メンバー。
「提督、プリンツの件は本当なのか?」
「本当だ、面倒な事に近々深海棲艦もここを攻めてくる。お前らも知ってる通り、アイツが送ったんだろう」
たった一つの鎮守府、ましてやボロボロの鎮守府相手に決戦仕様の艦隊を出撃させるなど余程の事が無い限りは到底有り得ない。となれば深海棲艦の提督である前任が何か後ろめたい理由でこの鎮守府を破壊しに来た可能性がある。
もしこの鎮守府が破壊、突破されれば海域は奪取され、深海棲艦の侵入経路を作る事になる。それは提督でさえも避けたい事だ。
「戦う前に入念な準備が必要だ。加賀、瑞鶴、瑞鳳は偵察機を発艦、他の空母にも連絡して時間交代で常に警戒網を張れ」
「Admiral! 大本営から通達です! 只今和歌山県■■町の住民達に避難指示が発令、急ピッチで移動が開始しています!」
「ご苦労プリンツ、この近くに人村は……一つだけあったな」
プリンツはすぐ大本営に伝達。決戦レベルの艦隊と聞いて動き出したようだ。呉鎮守府の後輩からもいくつか支援艦隊を出撃させるとの事。政府も事の重大さに気付き、近くの町に緊急避難指示を発令。着々と事は進んでいるようだ。
「今も住んでいる人がいるそうです。恐らく避難警報も届いていない可能性があります」
「だったら直接俺が行く。この海域を守る鎮守府の責任者だ、愚かな国民共には避難してもらわなきゃこちらが困る」
「分かりました! 随伴艦は如何がしますか?」
「そうだなー……皐月と古鷹と木曾を連れていく」
「分かりました、ではそのように手配しておきますね!」
皐月と木曾を連れて、近くの村に赴く提督。必要な物を揃え、鎮守府を出ていった。摩耶の『予感』は大体二日後から三日後にかけて起こる。今日は必ず来ないという確証は無いがこの鎮守府の責任者として一般人を戦争に巻き込むなど言語道断。住民の避難が最優先なのだ。
「んじゃ早速行くぞ皐月、木曾、古鷹」
「やったー! お出掛けだー!」
「何で俺まで……」
木曾と古鷹は何故連れてこられたのか分からないまま途方に暮れていた。こんな事をする暇があるなら訓練がしたいと嘆いている。森の中にある一応整理された道を通り抜け、一般公道に出る三人。人影は無く、車が走る音はしない。
「誰も通らない田舎道ってやつかぁ……」
「まぁこの鎮守府を知らない方が多いからな、車は時々通るが人は滅多に通らない」
木曾はこの周辺の土地について良く知っているようだ。恐らく連れてこられた理由はこれだろう。何故なら木曾はこの鎮守府の古参の一人だからだ。道路の端を歩き、道なりに進む。
すると海岸線沿いに着き、遠くから村が見えた。
「もはや廃村だな」
「前任のミスでこの村に空爆を許してしまったのさ。おかげで死傷者は村の六十七パーセントを占め、生き残った多くの負傷者は前任の横暴な対応に呆れて引っ越したんだ。皮肉な事にまだ電気、水道、ガスはまだ通ってる」
「ふーん……」
興味無さそうに提督は歩く。皐月はステップを踏みながら楽しそうに走っている。木曾の言った通り、家は半壊状態で取り残され、草木が這い出ていた。畑は全く耕されておらず、ただただ被害の惨状を物語っている。
「……あの提督」
「何だ」
「提督は……どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」
「慣れたから」
即答され、何も言えない古鷹。
村は一切都会の音を感じさせず、春風が吹く静かな音が周りの風景を綺麗に写した。田舎さながらの光景とも言えるだろう。とても心地が良いものだ。ここに住むのも良いかもしれない。
「……怖くないんですか?」
「怖いよ」
「んじゃ何で……?」
「別に慌てる様な事じゃないだろ、すぐ来るわけじゃあるまいし」
「……じゃあ提督は……どうして私達を助けてくれるんですか…?」
提督の歩幅が少しゆっくりになる。今まで早歩きだったのが海を眺めるようにゆっくりと歩き始めた。後ろにいる木曾と古鷹を見もせずに口を開く。
「……よくもまぁ助けてくれたなんて綺麗事を言えるなぁ古鷹。言っとくが……お前らを助けた覚えは一度も無い。俺はお前らがやりたい事を叶えただけだ」
「だがそのおかげで救われた艦娘もいる。助けたも同然じゃないのか」
「それは木曾、願いの内容に対する報酬がそれに近いものだったからだろ。結局はハッピーエンドがお好みなのだよポンコツ兵器共は」
大体の願いの内容による報酬は当人が求めた幸福。
提督はそれをあまり好まない。
「手を組んだからって馴れ馴れしく近寄ってくるのも俺は嫌いだ、やりたい事を聞くのは省いてな」
「であれば摩耶や皐月達は何故提督に懐いているんですか? 以前は部下だったんですよね?」
「まるで尋問だなぁ古鷹。懐いているのか分からないが、皐月達は本当の意味を理解している。今のお前らはこれから関西へ向かうド田舎の高校の修学旅行と同等だ、
提督の言葉を聞いて、首を傾げる二人。
提督はその後何も言わなかった。
「……さて、人はいるかな?」
「恐らくあの赤い屋根の家にいるだろう」
木曾が指さす方向には至る所に修繕された跡の民家があった。他の民家は半壊で内側が見えている状態だがあの家だけは何故か修繕されている。
「じゃあ突撃隣の晩御飯でもしますか」