「さーて今日も一日張り切ってやりましょー!!」
大声を上げる提督。この鎮守府に来て一日が経過、依然として絶望的な状況に変わりはない。艦娘よりも先に起きた提督は広場へ向かった。
「窓ガラス百三十一枚、注文あざーした!!」
「こちらこそあざーした!!」
割れた窓ガラスの修復の為、大本営から送られた新品の窓ガラス百三十一枚。これから建物の修復に入るところだ。
「さて摩耶君、この運ばれた窓ガラスを使って全ての窓を補修します。割ったら許しません! 番号! いち!」
「にぃー……」
「さん!」
「よーしいい声だ! 三人合わせて頑張る……三人?」
広場には提督と半強制的に起こされた摩耶しかいない。それに艦娘達はまだ寝ているはずだ。声が聞こえるはおかしい。すると手を伸ばしてピョンピョン跳ねている艦娘が一人増えている。
「朝潮型駆逐艦の一番艦、朝潮です! 司令官、本日からよろしくお願いします!!」
「おーおー朝潮か! 元気のある奴はいいぞー! んじゃ早速作業始め!!」
三人でこの鎮守府全ての窓ガラスを補修する。古くなった窓を新品と取り替える形でスムーズ良くはめていく。何故朝潮が手伝ってくれたのか分からないが、これはこれで使えるので提督の中ではオーケーだった。
「よし、駆逐艦寮終わり! 次は軽巡寮だ!!」
「はい!」
「……面倒くさい」
朝から威勢のいい提督と二人は次々に窓ガラスを補修していく。時には口笛を合わせながら仲良く補修作業を繰り返していた。並ならぬテンションに摩耶はついてはいけず、一人で作業をしている。
「よーし軽巡寮終わり!! 次は重巡寮だー! 行くぞー朝潮ー!!」
「はいー!!」
「……寝る」
「おいおい摩耶、まだ朝は始まったばかりだぞ!! 元気出せ、殴るゾファッ!!」
遂には睡魔に耐えきれず、摩耶は重巡寮に入るなり自分の部屋へ戻った。ウザい提督を殴り飛ばして。しかし二人はそんな事など全く気にせず作業に取りかかった。次々に音速並みの速さで窓を補修、やがて司令本部だけとなる。
「いやー楽しいなー! 誰かといると本当に楽しい!!」
提督であれど警戒はする。いきなり馴染み始めた朝潮の存在を考えていた。何故この時間に起きていたのか、何故か広場に集まる事を知っていたのか、何故警戒心が無いのだろうかといくつもの疑問が生じる。
試しに提督はある言葉を持ち掛けた。
「朝潮ー!」
「はい! 何でしょうか?」
「えーっと……罰」
罰と言った瞬間に朝潮は光の速さで土下座。額を床につけ、何度も自分の存在について謝り続けた。恐るべき反応速度に驚かされる提督。対応に困ってしまう。やはりここの艦娘は罰という言葉に相当敏感らしい。
「はぁ……朝潮?」
「ごめんなさいごめんなさいごめ――は、はい……」
「何で俺らと一緒に手伝ってくれたんだ?」
「それは……その……解体されない為に……」
「は?」
思わず声が漏れてしまう。何故そこで解体という言葉が出てきたのかよく分からない。
だが恐らく前任の提督から何かしらの処遇を受けてきたのだろう。
「手伝う事で自分は優秀ですよだから捨てないでくださいアピールか」
「はい……妹達は全員轟沈か解体、私だけ生き残りました……」
「……オッケーじゃあ、手伝ってくれ」
「え?」
話も聞かずに提督は作業を続ける。
「俺はお前達の昔話を聞いているほど暇じゃないんだ。話す暇があるならほら、スタンドアップ! スタンドアップ!」
天龍時にも見せたスタンドアップ連呼。両手で立つ事を促す様に上下に動かし、ジャンプしながら連呼している。
「は、はい……」
今まで騒がしく作業していた二人。提督は相変わらず口笛を吹いているが、朝潮は黙り込むままだ。気分はあまり落ち着かない。
「朝潮、お前は今後何がしたい?」
「え?」
提督は話し掛けるも作業は続けたままだ。話してる暇が無いと言いながら矛盾な行いだ。
何を考えているか全く分からない。
「何がしたいって聞いてるんだけど?」
「は、はい! 私は……今後何もしたくない……です」
「そうか、分かった」
結局全ての窓の補修が終わるまで会話は続かず、最後の会話だった。朝潮は終わった後に食堂で朝礼する事を伝え、艦娘達を招集させる事を命じた。その間提督は使った工具や雑巾を工廠に放り投げ、身体を洗う。そして軍服に着替え、一足先に食堂へ向かった。
食堂の中はある程度綺麗な状態だった。艦娘達が食事をする場所として一応清掃はされているようだ。しかし大の潔癖症の提督、大きい溜息を吐いた。
「後で掃除しなきゃな……川内」
「……やぁ提督、久しぶり」
「相変わらず目にクマが出来ていて安心したよ川内、さぞかしここは辛かっただろうに」
川内は提督と面識があるらしい。目にクマが出来ていて、酷く眠たそうだ。とはいえ川内自体も提督と出会えて嬉しかった。
「ごめん……本当に辛かった。抱きついてもいい?」
「……はぁ……仕方ない、特別だ」
提督の許可を得て川内は涙を浮かべ抱きついた。川内自身も辛い思いをしていた、期待していた新たな生活が全て破壊され、精神が混濁しかけていた。面識のある提督と出会えたのは奇跡とも言える。
「さて泣きじゃくる暇があるなら慣れない仕事だ川内」
「……提督も相変わらずだね」
「相変わらずで結構。頼むぞ川内、報酬は後で聞こう」
「これやれば寝る事も出来るの?」
「あの時まで夜戦バカと呼ばれたお前が寝るって相当な劣悪環境だなオイ!」
「ごめん……もう眠たくて仕方ないんだ夜戦は一日一回でいい」
「あ、一日一回になのね」
「でも分かった、やってみるよ」
「頼むぞ」
久しぶりに笑顔を見せ、姿を消す川内。
提督は二階に昇り、テーブルへ座る。太陽の光が差し込み、自然に食堂の内部を照らしていた。テーブルには掘られた文字で『死ね』と書かれていた。思わず笑いそうになりスマホで写真を撮る。すると扉から朝潮から連れ出された艦娘達が中に入ってきた。最後尾には摩耶がいる。
「よーしよく集まったなポンコツ兵器共!」
遠くでも聞こえる程の大声で呼ぶ提督。
上を見上げる艦娘達は陰口が止まらない。案の定、敵対心は普通の人間であれば怖気付く程恐ろしい。しかし提督には無意味だ。
「一回自己紹介したが改めて挨拶しよう! 私は先日このクソのような鎮守府に自ら配属させた■■■■だ!! 以後よろしく頼む!」
一部から軽蔑の視線を送られるも提督は全く気にしていない。むしろこの状況を面白がり、にやけが止まらない。
「お前らポンコツ兵器共を心身ともに鍛え上げろと上からの通達でね、これから色々やっていこうかなー……いややっぱ面倒くさいな」
どっちだよと心の中で思いつつ、一人の艦娘が手を挙げた。
「先程からポンコツ兵器って耳障りなのだけど、私達も安く見られたものね」
落ち着いた口調に凛々しい瞳、加賀型航空母艦の加賀だ。正装に着替え、提督の言い方に反論を問い掛ける。
「当然だ、反抗も出来なかったポンコツ兵器共だぞ? 散々前任に反抗出来なかった癖に俺が着任したとなれば殺そうとするまさにポンコツの名に相応しい兵器共だ。スーパーの格安セールで売られてもおかしくないだろ」
「貴方は何も知らないでよくそんな事――」「シャラップ!!」
「……お前らの過去話を聞いたってインスタントラーメンが出来上がるぐらいだ。だったら黙ってその場で耳を澄ませ開かせこじ
「ここにいる全員は貴方を提督とは思っておりません」
「思わなくて結構。お前らが思わなくても俺がここの鎮守府の提督にさせたんだ、なんとでも言え氷河期」
全く怯むつもりもない提督に艦娘達はどよめく。徐々にイラついているのがよく分かる。しかし煽るのが大好きな提督にとっては都合のいい状況。
「殺していいか?」
「殺せるものなら殺してどうぞ。勿論俺は反抗するけどウチの摩耶が何するか分からないからなぁ、気をつけたほうがいいぞ」
最後方に立っている摩耶を見る艦娘達。摩耶は臨時戦闘態勢に入っていた。艤装は展開していないが、出す動作をしている。そして敵視するように艦娘達を睨んでいた。
「どうせ人間なんてゴミクズしかないのよ」
「そういうお前らもゴミクズならぬ鉄屑だけどなぁぁぁ!!! 自覚すらしてないとは何ともおめでたい頭だ流石鳥頭だなぁアングリーバードォォォ!!」
「何よアイツ!!」
「今日の朝ごはんのおかずはー?」
「今日の朝ごはんのおかずはー、塩鮭でーす!!」
「好きな食べ物はー?」
「好きな食べ物はー、寿司でーす!!」
沈黙が走る食堂内。場違いな空気に艦娘達は困惑していた。提督が一人だけ笑っている。
「……話がズレたな。さてさて、お前達はこの先どうするんだ?」
上から見下ろす提督は狂うように言葉を投げかける。
「出撃したいか? 憎き深海棲艦をぶちのめしたいか? 憎き前任に復讐したいか? 俺を殺したいか? 整備したいか? 掃除したいか? 休みたいか? だらけていたいか? 決めるのはお前達だぞ?」
また不気味な笑みを浮かべる提督。まるでやりたい事を促すかの様に囁く提督。そして大声でまた喋り始めた。
「俺は大声で! 聞こえるように言ったはずだ!! お前達がやりたい事、叶えたい事、俺が出来る範囲で答えてやるってな!!」
自身の真意を動かす為にわざと煽る提督。本当の言葉の意味に気付かせる為にここまで言っている。自分が今何をしたいのか、何をするべきかを考えさせるのだ。そうして初めて言葉の意味を知る。
「俺はヒントを与えたぞ!! よく考えるんだな!! ってな事で以上! 解散! おやすみ! 寝る!」
提督は駄々を捏ねるように身体を横にする。本当に眠ってしまったようだ。
提督の言葉で招集は終わり、朝食の時間を迎えた。他の艦娘達は二階を使わず、一階で食事をしている。提督は食べるつもりは毛頭なく、摩耶も同じだった。
「食べなよ」
「ん?」
摩耶に話し掛けたのは軽巡の阿賀野。一人で何もせずに壁に腰をかける摩耶を見て放っておけなかったのだろう。姉妹艦の長女故に面倒見はいいらしい。
「あの人と一緒に来た艦娘なんだろうと思うけど、別に差別はしないわ。皆新しい仲間だと思ってる。それに――」
阿賀野の視線は何も気にせず寝ている提督に向いている。あの朝礼で皆テンションについていけない状況だ。食堂の雰囲気はかなり不気味になっている。
「――貴方の苦労が伺えるわ……」
「……おう、そうか……」
「ほら、一緒に食べましょ?」
「……それはありがたいがあたしはまだ食べるつもりは無い。じゃあな」
摩耶は阿賀野の誘いを断り、提督の元へ向かう。一部視線を感じるが摩耶もそれほど気にしていない。というよりも慣れてしまった。
二階に昇り、寝ている提督の前まで歩く。
「何寝てんださっさと起きろォ!!」
「ウメボシッ!!」
寝ている提督の頭を踏みつけ、強制的に起こす摩耶。その怒号に一階にいる艦娘達は驚いていた。
誰かは思っただろう、殺さなくても摩耶が殺しそう、と。
摩耶は気絶した提督を引き摺り、食堂から出ていった。