「いつもありがとね」
「いえいえ、仕事ですから」
「これはオマケよ」
「あ、ありがとうございます!」
南方の鎮守府で司令長官を務める■■大佐。彼女は年老いた老婆でありながら鬼の大佐と呼ばれた威厳ある軍人だ。だが艦娘達にはとても優しく、今もこうして資材を少しだけ多めに分けてくれる。
勿論、あの鎮守府の出来事は知らない。南方の鎮守府を去り、鎮守府へ帰還する事になった。
「うっし、いつも以上に資材が調達出来たぞ」
「後はこのまま帰るだけね」
「あぁでも油断は禁物だ。警戒しながら行くぞ」
いつものようにあの忌まわしき鎮守府へ帰還する天龍達。南方まで赴いたおかげか少し遠く感じる。
「ねぇ……やっ──」「何の事かなー」
曙が口を開く事を提言する。天龍がそれを阻止した。通信機によって場所は明白、会話も盗聴されている。
全て経験済みだ。
「ハァ……」
確かにあの大佐に言えば状況は変わるかもしれない。あの地獄から脱出出来る可能性だってある。
だが前任がそれを許さない。あらゆる手で艦娘達の口を封じている。もし、刺し違えてでも前任を殺す事が出来たのなら、自分達の世界は変わるだろうか。自分が犠牲になって皆を助ける事が出来れば良いのかもしれない。
そう考えながらも南方海域を抜け出す天龍達。だが一発の砲弾が龍田の頭に直撃した。
「龍田ッ!!」
「龍田さん!!」
多くの資材を落とし、倒れる龍田。頭の艤装は跡形もなく破壊され、頭から大量の血を流している。大破以前の問題じゃない。早急に応急処置しなければ致命傷になる負傷だ。
「アラアラ迷ッチャッタノカナー?」
「その声は……!」
南方海域にて暴君と呼ばれたその深海棲艦の名前は南方棲鬼。鬼クラスの戦艦型深海棲艦。
と言いながらも艦載機や魚雷を装備している反則もいいところのオールマイティな敵だ。
「警戒シテタ癖ニ、マンマト攻撃サレチャッタネー?」
「子日、最悪な日だよー!」
「畜生、運が悪かったかッ……!」
即座に天龍は前任に報告。いつもなら自分達でやれと言うはずだが何と今回に至っては救助隊を出してくれた。意外な行動に驚くも落ち着いて申請する。
「……分かりました、お願いします」
「何カ伝エテルヨウデ悪イケド、ソノ資材ヲ奪イニキタノ。提督カラノゴ命令デネ?」
「ふざけるな! 誰がてめぇなんかに!!」
戦える力はまだ残っている。相手が艦隊ではなく南方棲鬼一人ならまだ持ち堪えられる可能性は高い。電達を逃がして救助隊が来るまで時間稼ぎすればまだ勝機はある。
「電、龍田を抱えて先に逃げろ。俺が戦ってる間に……!」
「でもそんな事をしたら天龍さんがぁ!!」
「大丈夫だ、俺は勝てる」
天龍の言葉を受け止め、電達が龍田を背負い、この場から離れる。
だが──、
「行カセル訳ナイデショウ? 馬鹿ナノ?」
「逃がすつもりは無いってか……!」
天龍達を囲む様に深海棲艦が海から現れた。
軽巡ト級五体、雷巡チ級三体、重巡リ級四体、重巡ネ級二体、戦艦ル級五体、戦艦タ級二体、戦艦レ級一体、そして南方棲鬼一体。どうみても勝てるような相手ではない。歯向かえばそこで死亡だ。
であれば──、
「……分かった、資材はやる。その代わり、俺達を見逃してほしい」
取り敢えずは自分達の命が最優先だ。資材に関しては前任が怒り狂うだろうが、責任は全部自分が負えばいい。罰だろうが拷問だろうが解体だろうが全て受けてやる。
「ンーソレハ……無理♪」
「……何でだ」
「ダッテー未来ノ危険因子ヲ潰サナイ理由ガ無イデショウ?」
「俺達がお前らの危険因子だとでも?」
「ソウソウ。ット言ッテモ本当ハ……」
突然南方棲鬼が砲撃。
それを天龍は刀で一刀両断。
斬れた砲弾は二つに別れ、天龍達を避けるように後方で着弾する。
南方棲鬼は天龍の姿をみてニヤリと笑った。
「一方的ニ殺シテミタイダケナンダヨネー!!」
「性格悪ぃ……奴だな……てめぇ……」
「ッテナ訳デ、ココデ今カラ沈ンデモライマース」
南方棲鬼と同じく他の深海棲艦も主砲を構える。逃げ場は無い、まさに四面楚歌だ。龍田は負傷で倒れ込んでいる。龍田と電達を外へ投げ出して逃がそうとしても他の深海棲艦が追い掛けるだろう。ただでさえこちらは南方棲鬼で手一杯だ。手負いの艦娘を運びながら戦うなど無理がある。練度が低ければ尚更だ。
「クソ……やるしかないか……!!」
援軍が来るまであと十二分。その時間まで持ちこたえれば援軍と救助隊が来る。
その時間まで耐えれば──、
「電! 曙! 若葉! 子日! いつも通りの攻撃をすればいい、全力で自分と龍田を守れ!」
「りょ、了解!!」
「沈メェ!!」
南方棲鬼と天龍の掛け声で同時に攻撃が開始。他の深海棲艦と電達も一斉に砲撃する。
――だがそれは悲劇と化す。
電達の攻撃は虚しく、あまり当たらない。それに比べ軽巡ト級や戦艦タ級の攻撃は全て着弾する。
天龍も砲弾を跳ね返し、弾き返したりと防御で精一杯だ。
後ろにいる電達の悲鳴を聞いて、援護に出る。
砲弾の雨が鳴り止まない。確実に沈めようと容赦なく攻めてくる。最早自分の事しか考えられなくなっていた。
ただ一方的に、慈悲など無く電達を蹂躙する。いくら泣き喚こうとも、いくら怯んでも、いくら謝っても、深海棲艦達は砲撃をやめない。
腹を抉られ、腕をへし折られ、足を落とされても深海棲艦は砲撃をやめない。
悲鳴すら聞こえなくなったその時、南方棲鬼は他の深海棲艦の砲撃に合わせ、全門斉射でトドメをうった。
爆煙と水柱で天龍達の姿が見えない。圧倒的な力を前に沈んだか。試しに砲撃で爆煙を払い、姿を確認する。そこには傷だらけで前に立つ天龍と龍田と同じく倒れる電達がいた。
「ヘェ~マダ戦エルンダ。関心~」
身体中から血を流し、震えながらもその場に立つ天龍。電達は容赦ない砲弾の弾幕の餌食となり、大破状態になる。意識はあるものの、もう立つことはままならない。
「ク……ソがッ……!!」
「……ネェ、貴方コッチニ来ナイ?」
諦めず戦おうとする天龍を南方棲鬼は誘い出す。この状況で誘い出すとは余程暇らしい。
「今ノ貴方ニ少シ興味ヲ持ッチャッタ。ドウ?」
どうやら天龍の事に少し興味を持ったのだろう。あれだけ砲撃の餌食になりながら味方を護り、自分も守る。到底他の艦娘には出来ない高等な技術だ。それを見て南方棲鬼は判断した。
「そっちに……行けば、こいつらは……見逃して……くれる、のか?」
「ンーソレモ無理。危険因子ハ全テ排除ダヨ」
「なら……断る。仲間の、敵に……なるような事はしたく、ない。てめぇ……みたいなこんなふざけた事、をッ! する……ぐらいなら、尚更だ」
どのみち断るのは知っていた。知っていて尚、南方棲鬼は誘ったのだ。
出来るだけこの時間に居られるように。
ただの愉悦だ。
「ソウカ……ンジャ死ネッ!!」
南方棲鬼が腕を伸ばし、手を広げる。
それは一斉砲撃の合図。電達諸共天龍を殺すつもりだ。二度目の弾幕がやってくる。
今度は自分一人だ。背中を任せる仲間もいない。電達は意識不明の大破状態だ。それでも狙ってくるだろう。
一斉砲撃が開始された。
それに合わせ天龍は身構える。
そして悟った、ここが自分の墓場だと。
それでも構わない。龍田や電達を守れるなら死んでも本望だ。
この先どんな結果になっても、絶対に──、
「護るんだッッ!!」
天龍は身体を低くし、砲弾同士を衝突させる。だが砲撃の弾幕の嵐は止まることを知らない。
次々に来る砲弾を斬って、曲げて、跳ね返して、斬って、曲げて、斬って、斬って、跳ね返して、斬って、斬って、護って、斬って、曲げて、斬って、斬って、護って、跳ね返して、護って、斬って、受け流して、斬って、曲げて、斬って、斬って、護って、斬って、曲げて、斬って、斬って、跳ね返して、斬って、斬って、護って、斬って、受け流して、斬って、曲げて、斬って、斬って、護って、斬って、曲げて、斬って、護り続ける。
後方に回り、電達を狙う魚雷を受ける。
また南方棲鬼の前に戻り、砲撃を受け流す。
魚雷で足を挫いてしまった。思わず膝を着く。
頭に砲弾が着弾した。だが意識はまだある。
腹を抉られた。片足の骨を折られた。肩の肉を削がれた。刀を使わない片腕が失くなった。
絶え間ない猛攻に時間の感覚すら無かった。痛覚さえ無かった。
ただ斬って、護るだけ。その二つの手順が今の天龍の全てだった。
「ウオォォォォァァァァァ!!!!」
咆哮を上げ、刀を全力で振り下ろす。だが撃たれた砲弾は徹甲弾。刀を持つ右前腕を貫いた。
「両腕ヲ失ッタヨウダナァ!! サァ次ハドウスル? モウ手段ハ無イゾ!!!」
南方棲鬼が艤装を構え、天龍に砲口を向ける。恐らく満身創痍の天龍にトドメを刺すのだろう。
「コレガ最後ノ攻撃ダァ!! オ前ハ最後ニドウ踊ルノカナ!!!」
もう刀を、それを持つ腕すら無い。弾薬も無い、燃料も底を尽きた。意識も朦朧としてきた。流れ出る血が視界を邪魔をする。
万事休すか。
だがその時──、
「グッ……うわッ!!」
急に背中を引っ張られ、深海棲艦の包囲網から脱出する天龍と電達。何が起こったのか一瞬理解が出来なかった。
包囲網にいるのは──、
「龍田ァァァ!!!」
叫んだ直後、大爆発。
意識を取り戻していた龍田は天龍達を投げ飛ばし、一斉砲撃の身代わりになった。投げられた電達を抱え、海面に着地する天龍。足の骨が折れようとも自力で立ち上がった。
大爆発する前の一瞬、龍田がこう言っていた気がする。
『生きて』
「龍田ァ!! た、たつ……何でッ……! そんなッ……嘘だろ……なァ!!」
必死に龍田の安否を確かめる天龍。だが艤装の故障と足の怪我で動く事すら出来なかった。深海棲艦の包囲網の中は爆煙に包まれている。
「成程……ソウ来タカ。マァ面白イ物ヲ見セテクレテッ──」
南方棲鬼が龍田の轟沈を確認する。あれだけの砲撃を食らって生きているはずがない。そう思っていた。
が、何故だろうか腹に違和感を感じる。恐る恐る顔を下に向けると一本の槍が南方棲鬼の腹に突き刺さっていた。思わず爆煙の中を見る。
そこには沈みながら命尽きていく龍田の姿が。右脚と左腕を喪失し、頭部と左胸が無い。
「クソガァァ!!! ッ!?」
諦めの悪い龍田に苛立つ南方棲鬼は外の天龍達を狙おうとする。
だが天龍が呼んだ支援艦隊と救助隊が向かってきていた。流石に弾薬を使った今の状況では戦うのは少し分が悪い。撤退する必要がある。
「チッ……撤退スルゾ!」
南方棲鬼は深海棲艦に資材を持たせ、撤退する。支援艦隊に攻撃されながらも力づくで去っていく。天龍達は救助隊に保護され、深海棲艦による一歩的な蹂躙の地獄は終焉を告げた。