あのもう一つの地獄から一週間が過ぎた。救助された天龍達はすぐ近くの南方の鎮守府にて治療され、二ヶ月間の入院を強いられた。高速修復材を使うには体力と精神が戻った後で使われる。
前任には大佐の方で説得してもらい、何とか了承をもらった。この頃から前任の悪い噂は流れていく。
南方の鎮守府で入院していた天龍は窓に映る青空を眺めていた。目に光は無く、上の空だ。
「やぁやぁ」
「……」
「……って無視かい」
南方の鎮守府の大佐が声を掛けてきた。だが全く反応が無い。
「……まぁ、災難だね」
「……」
「その目を見ればお前の辛さが良く分かる。空でも見てなきゃ生きる意味なんて考えなくて済むものね」
「……」
「きっとお前の鎮守府も酷い所なんだろう? 噂は広がっているからねぇ、よく頑張ったよ」
虚ろな天龍を慰めるかのように大佐は話しかける。天龍の綺麗な髪を整え、目を見る。
「……なぁ」
「なんだい?」
「俺は……死ぬべきなのか?」
天龍が初めて口を開いた。だがその最初の言葉は死ぬべきなのかどうか。人に死の選択の悩みを言い出したのだ。
「……どうしてかな?」
「守れなかった、共に生きた仲間を、龍田を、守れな……かった……」
泣きながら後悔に悩まされる天龍。腕で目を隠し、涙を拭う。それを大佐は黙って天龍を撫でた。
「……そちらの龍田ちゃんに何か言われた事はあるのかい?」
勿論ある。絶望的な状況で投げ飛ばされた自分に聞こえるように言っていた言葉。
それは──、
『生きて』
「もし何かしら希望を持って言ったなら、その言葉を守れば良いんじゃないかしら?」
「守る……?」
「そちらの龍田ちゃんが何言っていなくなっちまったのかは知らない。けど、天龍ちゃんが捨て身の覚悟で龍田ちゃん達を護りたいと思ったように龍田ちゃんも例え自分が死んでも護りたいと願ったはずだよ」
大佐の優しい声に涙が止まらない。天龍の手を握り、一生懸命訴えた。
「逃げちゃ駄目だよ天龍ちゃん。いつまでも逃げちゃダメ、まず目の前の事から始めなきゃ」
「目の前の……」
「いきなり山頂を目指したら疲れて登れなくなっちゃうでしょう? まずは下準備が大事、山を登る為に体力をつけて、登頂に必要な物を買って集めて、リュックバックに入れるの。そしたら山登りの開始だよ。でも山頂まで登る道は険しくて果てしない道。半端な体力と物じゃ到底辿り着けない。だけど登る前につけた体力と山登りに必要な物があれば難なく乗り越えられる」
山を登るには相当な体力とそれに似合った物が必要だ。多くの登山家が事前に情報を集め、身体を鍛えているように。準備不足では何も出来ない上に始まらないのだ。
「そして諦めちゃうのもダメ。諦めるのは自分に負けたなによりの証拠だよ。下準備を諦めず取り組んで、山を登る時も諦めない事を軸にして頑張るんだ」
「諦めない事……」
「そう。だからまずは下準備だよ。何事も準備があったから色々出来たんじゃないかい?」
「……」
「焦りは禁物。大丈夫、必ず導いてくれる人がいるから。きっと天龍ちゃんを強くしてくれる指導者が――」
それを聞いても天龍は興味さえ示さなかった。話を聞いても受け流していただけ。その後の事はあまり思い出したくない。
今思えばこの事は自分の人生の中で一番大事な事かもしれない。いや一番大事な事だ。
そうだ、まずは目の前の事から始めるべきなんだ。
まずは力をつけて強くならなきゃいけなかった。
それなのに自分はその話を受け流して無視していた。とても大事な話のはずなのに、何故今まで気づかなかったんだろう。
今までの自分は醜かった。いつも焦ってばっかで、人の気持ちを考えずに突っ走って、後先考えない馬鹿野郎だ。だから今の提督もそれを含めて暴言を吐いたのかもしれない。
提督がやりたい事を聞いたのは明確な目標を見出す為、前の訓練も自分達を強くする為。全ての下準備は完了していた。あとは南方棲鬼とあの前任に復讐するだけだった。
提督に復讐出来ると聞いた時は嬉しかった。でもそれは後先考えないで言った事。早く前任を見つけることが出来て復讐も早く出来ると思っていた。
でもそれは間違いだった。未だに自分は弱かった。それこそ南方棲鬼に勝てるような力は無くて龍田や皆を救える力すら無かった。ましてや前任に刃向かえる力も無かった。
『峰を使え!! それで敵をぶん殴るんだよ!!』
『馬鹿言えサラリーマンなんてこれ以上働いてんだぞ甘ったれるな、ほら立て』
『天龍、砲弾を斬るような高等技術はお前ぐらいだ。だからあたしの訓練を受ければ更に洗練されるぞ』
『その刀を照準にして砲撃した方がいいですよー!』
でも今は違う。自分は強くなれた。今まで険しくて果てしない道だった。自分を導いてくれる提督もいる。
下準備はもう済んだ。もう顔を下に向けない。前と後ろだけ見て生きていく。
「……ここは」
白い空間に一人、立ち尽くす天龍。
感覚が無い、音も無い、誰もいない。辺りを見渡しても白い背景がずっと続いている。不思議な感じだ、天国なのかと思った。
天龍はひたすら歩いた。道らしき道も、影を作る光も、何もなくてもひたすらに歩み続ける。恐らくこの空間は虚無、死んだ者が来る場所なのだろう。天龍は自分の死を悟った。
「■龍さ■……」
「っ!?」
後方で誰かを呼ぶ声がした。
思わず天龍は振り向く。
天龍を呼んだのは仲良くしていた駆逐艦、そして龍田。皆笑顔でこちらを見ている。ノイズばかりであまり聞き取れないが言ってる事は理解出来た。
「皆……龍田……」
涙を流す天龍に龍田達は何かを言った。それは希望を混ぜ、これからの天龍を励ますようなただの一言。
「頑■って、生き■」
ノイズが混じりつつも、明確にその言葉は聞こえた。その言葉を聞いて天龍は涙を拭い、後ろを向く。
そして一直線に走った。
白い背景がやがて闇のような黒い空間に包まれる。後ろを見ると龍田達が笑顔で見届けていた。
この黒い空間は虚無と現実を繋ぐ通路だ。段々と感覚が戻ってくる。自分が歩むべき道も、影を映し出す光も徐々に戻ってきた。すると前に悍ましい雰囲気を出し続ける何かがいる。
その何かとは南方棲鬼や前任の姿。天龍達を陥れた元凶だ。
前の自分だったら怖気ついていたかもしれない。だが今の天龍は違う。
天龍は傍にあった自分の刀を持ち、堂々と身構える。
「あぁ……頑張るぜ……!!」
それが悪い道でも、醜い道でも、他人に笑われるような道でも、例え正しくない道でも。
皆は望んでいないのかもしれない。
それでも、これだけは自分にとって最良の選択である事を信じていたい。
だから頼む。
戦うチャンスを。
俺に蓄えた全ての力を。
解放させてくれ。
「……ありがとな」
そう言って天龍は高速で南方棲鬼の元へ向かった。
五十鈴達を置いて。
「何テ、バカ力ナノカシラ……」
「それは……お前もだろう……」
ガングートと南方棲鬼が膠着状態に入っている。戦艦同士の殴り合いは凄まじく、周辺を巻き込むほどだった。
二人とも息は上がっており、相手の出方を探っている。
「次こそトドメ──」「オラァァァ!!」
「ッ!?」
謎の攻撃が南方棲鬼を襲う。殴ろうと右腕を引いた瞬間、誰かに硬い物で殴られた。南方棲鬼は海面に叩きつけられながらも態勢を変えて受身を取る。
「天龍!? 何故……!」
「ナニ天龍ダト!?」
「……や、やったわ!」
「天龍さん!!」
南方棲鬼を吹き飛ばしたのは天龍だ。挫けながらもゆっくりと立ち上がるその姿はまさに龍そのものだった。
勇ましき龍の眼光が闇夜に輝く。
南方棲鬼を睨み、静かに刀を構えた。
「戻ってきたぜ、南方棲鬼……!」
風を纏い、刀を肩で支える天龍。前の姿とは大違いだ。微かに身体も光っている。怪我も少しばかり治っていた。
天龍は刀を構え、戦闘態勢に入る。
同じく南方棲鬼も戦闘態勢に入った。
膠着状態が続く。
しかし天龍が先手を撃った。
突然、高速移動。
目の前で刀を突き出し、砲撃する。
着弾の衝撃で思い切り吹き飛ばされる南方棲鬼。
転がるように海に打ちつけられる。
あまりの速さと衝撃で思わず怯んでしまった。
だが南方棲鬼はすぐに大跳躍。
天龍の後方に周り、勢いよく回転、右拳で殴る。
それを天龍は高速で回避。
急いで距離を取り、南方棲鬼の横に回り込む。
「クソ野郎ガァァァ!!!」
南方棲鬼はやけくそだ。移動地点を予測して全門斉射。砲弾の嵐が天龍を襲う。
しかし天龍は自ら嵐の中へ。
目に見えぬ速さで砲弾を斬り落とし、南方棲鬼の目の前まで接近。
身体を斬り上げ、零距離砲撃を食らわせる。
その戦姿を見ていた深海棲艦とガングート達は圧倒されていた。
「凄い……!」
「何テ力ダ……」
「天龍さんが、強くなった……?」
「いや違う。アレは天龍に元あった潜在的な力だ。アイツの訓練もあってか動きやタイミングが洗練されている」
――――――――――――――――
「チッ……こんな時に何の用だ」
提督は銃を構え、前任と話をしていた。しかし途中で呉鎮守府から連絡が来る。仕方なく提督は連絡の内容を聞くことにした。
「駿河鎮守府と呉鎮守府の支援艦隊が現在交戦中? 何でだ?」
何とそろそろ来るはずの支援艦隊が謎の敵艦隊によって足止めされているという。更には横須賀鎮守府近海でも戦闘が始まっていると報告された。あまりにも都合が良すぎる展開に提督はある事を察知する。
「まさか……」
その時、前任は僅かにほくそ笑む。
――――――――――――――――
「フザケルナァァァ!!!」
南方棲鬼が跳躍し、天龍に殴り掛かる。
天龍は拳を紙一重で回避。
身体を横にした事で一撃は間逃れた。
だが着地したと同時に足を踏み外す。
膝を着き、海面に手の平を乗せる。まだダメージは残っていたようだ。
「ソウダロォ!! マダ、ダメージハ残ッテルハズダ!! ウオォォォァァァァァ!!!!」
「ウオォォォォォォ!!!!」
南方棲鬼は再度殴り掛かる。
それに合わせ天龍も刀の峰で殴った。すかさず次の攻撃に移る。
息する間もない激しい猛攻が始まった。刀、鉄拳、砲撃、鉄拳、刀、鉄拳、砲撃と次々に攻撃を仕掛けていく。
お互い一歩も譲らず、咆哮を上げながら無茶苦茶に殴り合っている。
だが天龍の刀の峰が南方棲鬼の顔に直撃。
怯み声を上げながら殴り飛ばされた南方棲鬼。今までのダメージが今になって襲ってきた。思わず血を吐いてしまう。
だがそんな事を言っていられな──、
「これで、終わりだ……!!」
天龍が刀を構え、高速で接近してきた。
まずい、立ち直らなければ。
相手はすぐに向かってくる。
反撃態勢を──、
「ヤ、ヤメッ──」
光輝く一閃が南方棲鬼の身体を斬り裂く。血飛沫を上げることなく、断末魔すらなく、南方棲鬼の身体は静かに朽ちていった。
水しぶきが遅れて飛び、衝撃波が周囲に広がる。
そこにはたった一匹の龍がいた。
「感謝するぜ……南方棲鬼。お前のおかげで俺は──
──まだまだ……強くなれる」