『ガングートだ! 第三水雷戦隊、天龍が南方棲鬼を撃破した! その他駆逐棲姫、軽巡棲鬼、潜水棲姫の撃沈を確認済みだ!』
天龍が旗艦の南方棲鬼を撃破。第三主力艦隊旗艦のガングートが提督や他の艦隊に朗報を知らせる。今の指揮は摩耶と川内に任されているはずだ。
「分かった! んじゃガングート達は金剛の援護に行って!! うわッ! 私達はまだ目が離せないの!!」
『了解した、金剛の援護へ向かう。しかし天龍は大破状態だから第三水雷戦隊に帰還させてもらった。我々第三主力艦隊もすぐに移動しよう』
『こちら霧島です。貴方達より早く重巡棲姫を撃破しました。これから敵増援部隊と接敵、殲滅します』
「霧島もオーケー! 把握したよ! 皆、魚雷発射して!! 提督とは繋がったの? 摩耶!!」
『いいや駄目だ繋がらない!! 恐らく例の前任と出会ったんだろ!! 誰か通信機から会話が聞こえないか!?』
摩耶と川内の通信から空母棲姫達の戦闘が如何に激しいものかよく分かる。話すだけでも精一杯のようだ。
『こちら古鷹! 確かに少しだけ聞こえるよ! 空母機動部隊の人達はどうなの!?』
『瑞鶴よ。摩耶の言う通り、今じゃ鎮守府も戦場になってる!!』
「な、何でっ!?」
『奴が連れてきた深海棲艦と飛行場姫護衛部隊の長門達が戦ってんのよ! おかげで私達も巻き込まれて凄い事にッ──うわッ!!』
瑞鶴の報告によると、前任が連れてきた深海棲艦と長門達で戦闘が始まったらしい。港付近や鎮守府内広場で暴れ回ってるとか。
「だったら第三水雷戦隊を援護に向かわせよう!」
『長門だ。その件については大丈夫だ、安心しろ』
「長門!? どういう事?」
『先程深海棲艦と戦闘に入った。私は戦艦レ級を倒し、これから他の援護にあたる。空母機動部隊の援護もあるのでこちらは大丈夫だ。提督からの伝言により、木曾と筑摩を交代させる。今は戦艦棲姫に集中してくれ。との事だ』
「……わ、分かった! んじゃ天龍と木曾はそのまま帰還して! 第三水雷戦隊は私達の援護を!!」
『分かったわ! すぐ向かう!』
執務室では戦争が始まったとは思えないほど静かだった。近くで爆音や建物が崩れる音が響き渡るも気にしない。壁にはヒビがはいり、埃や欠片がパラパラと落ちていく。大本営からの通信を切断し、提督は応接間へ向かう。
「まぁいいだろう。戦況は優勢のようだし……さて前任の。お互い利益のある会話をしようじゃないか」
「何がしたいんだ……貴様は」
「なに、ただの世間話だよ。俺も大本営に引き篭ってた身だからねぇ、色々と話が聞きたいんだ」
戦場の中とはいえ応接間のソファで堂々と寛ぐ提督。命の危険に晒されてもなお、余裕の表情だ。
「なぁどうやってあの馬鹿共に強い洗脳を施した? 玄人だろうとあそこまでの強い洗脳を施したのは滅多に無いぞ?」
「私の類まれなる力だ。実に容易かったよ、あの兵器共を操れるのは」
「俺が聞いてるのはどうやって洗脳を施したかだ、方法を聞いているんだよ。別にお前の力なんぞ聞いてない。どうやったんだ?」
提督は拳銃を後ろの飛行場姫に向け、脅すように仕掛けた。何がなんでも話は聞きたいらしい。
「……ッ!! 脅しか……!」
「あぁそうだ」
言った途端にまた発砲。銃弾は飛行場姫の腹を掠め、壁に当たった。提督の目は赤黒く、そして光が無い。
「ヒィィ……!!」
「早く言え、次は無いぞ」
先程の暁のように例え作戦だろうと見境無く撃つ男だ。断れば本当に飛行場姫を射殺しかねない。今は大人しく従った方がよさそうだ。
「チッ……あの洗脳は元々明石に作らせたある液体だ」
「液体? 艤装展開不可薬とかか?」
「それに近いモノだ。それらの類は艦娘の脳や核に強い作用が掛かる。例えば貴様が言っていた艤装展開不可薬は脳に直接暗示をかける、言わば洗脳に近い作用をしていた。他の薬や戦闘能力増進剤も同等だ、だから私は考えた」
艦娘は身体の構造や内部を含め、一般的な女性と変わらない。脳や消化器、性器も存在しており、人間と同じだ。
しかし艤装を持てば話が違う。旧大日本帝国海軍の軍艦の主砲などを模した艤装は通常の人間ではまともに扱う事は出来ない。艦娘は身体の中に核を有しており、この核によって艤装が展開可能。砲撃や魚雷など攻撃を行えるのだ。
核は様々な役目を果たしており、戦前の艦としての記憶や人間の身体の維持、身体能力の超人的な向上。また非戦闘時と戦闘時に不必要な機能の制限など。艦娘の唯一の弱点であり、生命源とも言える。場所は胸の鳩尾辺りにあり、肉体と骨によって保護されている。核があれば大体の砲撃やその他の攻撃にも耐え、主砲の凄まじい反動にも順応。また艦載機の発艦や索敵もお手の物である。
だが弱点故に、核自体はかなり脆い。成人男性が少し力を入れて握り潰せる程柔く、簡単に破壊出来る。その為か超人的な身体能力や砲撃に耐える防御力で守る様にしているのだろう。
つい近年では核を取り除く事で人間に生まれ変わる事が判明した。艤装を外した状態で身体を仮死状態にし、拒絶反応を起さないように丁寧に速やかに取り除く。そして蘇生する事で新たな人間として生まれ変わる。妖精との協力で全自動化され、今現在の解体の方法として馴染んでいた。
核は命に等しいもの。
だがその核を利用して人類はある物を生み出した。妖精との協力で生み出されたのは、高速修復材のような似たモノ。
艦娘の戦闘意欲を向上させる戦闘意欲増進剤。
艦娘の身体能力を一時的に向上させる身体能力向上薬。
艦娘の艤装を展開不可能にする艤装展開不可薬。
艦娘の身体を一時的に自動で修理する応急処置薬。妖精が修理する応急修理女神とは少し違う。
その他も多く作られ、戦闘効率は大幅な成長を見せていた。
しかし一方でこの薬を悪用する者も現れた。それぞれの増進剤や薬の構造を無理矢理改造し、自分の良い様にさせる。戦闘には関係ない様な他人の好嫌の関係を変える薬やそもそもの肉体を変えてしまうような薬、性欲を増進させる増進剤が開発されてしまった。
挙句の果てにはこれらに関した傷害事件も発生した為、薬や増進剤の使用や製造又は開発等の行為は今後一切禁止とされている。現在は大本営が全て押収し、厳重に保管されている。
「戦闘意欲増進剤の構成組織図を一部改良したんだ。艦娘の中枢を担う核には人間の言う事を聞くプログラムのようなものが存在していた。そのプログラムようなものを強制的に発動させ、常時実行されるような組織図を戦闘意欲増進剤の構成組織図に挿入。そして艦娘に飲み込ませ、私に深く従順するようになった」
「成程。その為今でも差別している奴らがいる、と。流石敵の親玉になれただけの事はある」
「いや既に終わってるんじゃないのか?」
「……は?」
頭にはてなマークを浮かべる。前任は差別意識は既に終わっていると言った。それはおかしい、であれば何故今でも艦娘達が差別しているのか。
矛盾が発生した。
「は? って……私達人間の言う事しか聞かないようにしてるはずだぞ? 何故貴様しかいないこの鎮守府でまだそんな事が起きているんだ?」
確かに人間の命令に従順なら艦娘の命令など聞かないはずだ。それこそこの鎮守府に人間は提督と医師しかいない。
あまりにも辻褄が合わない、提督はてっきり前任の元秘書艦が操っていると思っていた。
「お前の元秘書艦である■■にはこの事を教えているのか?」
「極秘情報だ。教えるわけなかろう」
「……嘘はついてないようだ」
監視室から覗く青葉からの返事はイエス。嘘はついていないらしい。
しかしどうしてだ。あまりにも不自然過ぎる。差別意識が生まれたのはこの前任による優遇制度。その優遇制度は洗脳によるもの。そして洗脳は一部改造された戦闘意欲増進剤を使用した事。
何かがおかしい。一つ抜けている様な気がする。
艦娘を操っているのは■■では無い。
とすればあの時まで地下に引き篭っていた■■医師だろうか。いやあれだけ感情的ならその可能性は低い。が、そうとも言い切れない。
どこかで生き残っている別の人間の可能性。■■医師がしたように死亡に見せかけ、この鎮守府のどこかに隠れている。
もしくは自分が無意識にやっている可能性。人間の命令に従順であれば、特定じゃなければ自分が意識させている可能性も否定出来ない。そうすれば──、
──いや待て。
前任は最初に何て言った。
『元々
「……まさかッ……!!」
「どうした貴様、うわッ!」
提督は鬼の形相で前任を睨む。無意識で軍刀を前任の左肩に刺していた。力のあまり、ソファが真っ二つに破壊。前任は床に叩きつけられた。
「……おい前任の。お前は改造した戦闘意欲増進剤を使ったと言ったな?」
「あぁそうだが」
「その改造した戦闘意欲増進剤を作ったのは誰だ?」
もし提督が予測した事態なら一番最悪だ。
「開発員と……明石だが」
やはりだ。何故洗脳が今でも続いているのかようやく分かった。
明石が全ての元凶に近い存在だ。唯一改造した戦闘意欲増進剤の製造方法を知り得ている。前任が考えたように艦娘が艦娘の命令に従順させるのも難しいことじゃない。幾らでも方法はあるはずだ。
更には自分も差別された側の艦娘として皮を被っていた。言動や行動が不自然だったのが今になって説明がつく。
だが全て明石が元凶とは限らない。何らかの方法で知ってしまった元秘書艦の■■がそう促した可能性もある。これは大規模な調査が必要だ。
そう考えてる中、突然倉庫が爆発。爆煙を上げ、炎が燃え盛った。
「畜生しくじった!! やりやがったな明石!! 青葉ァ!!」
「はい何でしょうか提督!!」
「今すぐ長門と一緒に工廠へ行け、そして明石を捕らえろ!! 金剛がマジで危険だ!!」
「了解しました!」
監視室から急いで来た青葉が駆けつける。長門も執務室を通して倉庫に向かっていた。今すぐ明石を捕らえろと命令する。
初めて提督が焦っている。これは緊急事態だ。
「さて、そろそろ頃合いですかね」
工廠でただ一人佇む。明石がある物を手に持ち、出撃ハッチを眺めていた。工廠と出撃ハッチが同時に設備されているこの場所でニヤリと微笑む。
「流石に分からなかったでしょう。私もその一部だと」
今までの行動は全てバレていない。提督は改造した戦闘意欲増進剤の存在を知らなかった。つまりは何故差別意識が生まれたのかも知らない。この事さえ隠せば明石はいつでも提督の事を騙す事が出来た。
「後は金剛を殺せば□□さんと■■さんの安寧は保たれる……全て上手く行くと思ったら大間違いですよ……提督」
「開けェェッ!!」
鍵で閉めた工廠の扉を無理矢理蹴り飛ばす青葉。
艤装を構え、中に入る。すると出撃ハッチの方で明石が海を眺めていた。明石の手には何らかのスイッチ装置。
恐らく自爆装置を作動させる物だろう。今すぐ止めなければいけない。
「青葉さんでしたか。急いでいるって事は私達の計画に気付いたようですね! ですがもう残念、そろそろスイッチを押しちゃいま──」「させるかッ! 」
性格が豹変する明石。ゲス笑いで青葉を見下した。スイッチを押そうとしたその時、後方から長門が明石を奇襲する。
しかし帰還した空母機動部隊が行く手を阻んだ。
「あっぶな……! ありがとうございます皆さん」
「いえいえ計画の為ですよ」
明石の周りを龍驤、祥鳳、葛城、飛鷹、隼鷹が守るように囲む。飛鷹と隼鷹以外は長門達を差別する艦娘達だ。飛鷹や隼鷹は見るからに怯えている。恐らく脅されて無理矢理やらされているのだろう。
膠着状態に入り、それぞれ身構える。
「邪魔するな祥鳳!! これがどんな事か分かっているだろう!!」
「そちらこそ私達の邪魔はしないでいただきたいですね」
「何故こんな事を!? 貴方達はそこまで私達が気に入らないんですか!?」
「気に入らへんからまずは手始めに金剛を殺すんやで。あ、このスイッチにはあの提督の指紋がついているんや、言い逃れは出来へんようにな」
スイッチを指さす龍驤。明石は手袋をしている。後で提督に罪を擦り付ける為に指紋を付けたのだろう。それを見て長門達は激昴する。
「どこまで弄べば気が済むんだッ!!!」
「同じ艦娘として恥ずかしくないですのかッ!!!」
「ほら聞いてないで明石さん、早く押してくださいな」
「了解でーす!」
長門達は明石達を挟んで止めようとする。しかし人数の多い軽空母達を前に抵抗は虚しく、身体を床に抑えられた。
「スイッチを押させるなァァァ!!!」
「うわぁぁぁぁ!! くっそォォォォ!!!」
抵抗も無意味。
もう間に合わない。
スイッチ押す親指が近付いてきてる。
金剛が殺されてしまう。
そんなのは嫌だ。
誰か止めてくれ。
誰か、誰か──、
「残念でーしーたァァァァァ!!! ……あれ?」
手の感覚が無い。スイッチは押せたのか分からない。明石はスイッチを持つ左手を恐る恐る見た。そこにはスイッチを持つ左手が無い。血飛沫を上げ、痛みが急激に腕から込み上げる。
皆、明石の手が無い姿に驚いていた。
何故だ、何故左手が無い。誰がこんな事をした。誰が腕ごと手を斬っ──、
「まさかッ──」