あの日榛名は逃走後、行方不明。比叡や霧島は洗脳された金剛により解体。自らの手で妹達を死に追いやった。
目を覚ました時にはもう遅かった。
部屋には自分一人だけ、思い出の写真や物は全て破壊され、部屋で金剛は泣き叫んだ。あの日の事は鮮明に覚えている。洗脳された自分は榛名を逃がし、妹達を解体させ、自ら微笑んでいた。
断末魔が今でも聞こえる。
自分に縋る妹達が呆気なく押し潰されていく様を。
肉片と化した妹達を。
この目で記憶してしまった。
死にたい。
とてつもなく死にたい。
だが手錠と足枷がそれをさせてくれない。口轡もされ、舌も噛めない。
泣いた。涙が枯れるまで泣いた。
金剛は一週間、部屋に閉じこもった。
やがて数週間が経ち、金剛が鎮守府内で呼び出された。勝手に部屋へ押し入られ、憲兵達に連れていかれる。執務室に入った金剛は手足の拘束、口轡から解放された。瞼の下にクマが出来ており、目は虚ろ。精神状態は崩壊寸前だった。
前任に強制的で入渠させられた。数週間ぶりの風呂だ、だが金剛は何も浮かばない。表情は一切顔に出る事は無く、無感情のまま入渠を終わらせた。用意された正装を身にまとい、再び執務室に入る。
「あ、お姉様だ!!」
「金剛お姉様!!」
「お姉様がいてくれて良かったわ」
目の前にはかつて自分が逃がして殺した妹達が。突然の事に理解が追いつかない。何故妹達を呼んだのか意図が不明過ぎる。前任から戦力強化の為だと言われた。
あまりにも理不尽だった。だが感情を失った金剛は妹達を前に何も表せなかった。
金剛は妹達の教育艦として任命された。感情の無い金剛に少しは疑問を持つもそんな事などは気にせず、背中についていった。
最初は少しだけ良かったのかもしれない。元気そうな妹達を見て、何も表せる事は出来なくても少しだけ良いと思ってしまった。感情が無くても、どこかで夢を見てしまう。
だがその思いが金剛の事をより苦しめる。あの笑顔や仕草、言葉までもが心を苦しませた。
この鎮守府の闇を、自らの手で妹達を解体した罪を、知ってほしくなかった。このまま平和なままでいてほしかった。
守りたいと思った。
罪を償いたいだけかもしれない、それでも金剛は次こそは守りたいと思った。かつての妹達の様にならない為に、厳しく鍛え上げた。時には反感も買われたが、それでも妹達はついていく。
いつしか金剛のように妹達は改二になり、大きな戦力として迎え入れられた。
心なしか、少しだけ嬉しかった。これなら解体されるような事もされない。妹達ならどんな敵でも倒してみせる。そう思って出るはずのない涙を流し、妹達に抱きつかれた。
だがすぐにその感情は消え去る。
「近寄らないでいただけますか?」
改二に改装され、数日経ったある夕方の頃だった。突然金剛を蹴り、ゴミのような扱いをする妹達。
原因は簡単だった。
前任が妹達に金剛の愚行を教え込み、その後に洗脳を施していたのだ。まるで正気のある金剛が自分達を殺したかの様に伝えられ、前任が操っていた事は何一つ伝えられていなかった。
金剛は上手く利用されていたのだ。妹達の練度強化の為に教育艦を任せ、金剛を差別させる事で自分達は強いんだと思わせ続ける為に。全てはこれを実行させる為に金剛は利用された。
だが金剛は不思議と驚かなかった。元々感情を失っていた事もあるが、それ以前に自分への報いとして受け入れていた。のうのうと前任に操られた自分が悪い、妹達を殺した自分が悪いんだと思い込み続けた。
それからの日々は地獄だった。常日頃にストレス発散としての暴行は当たり前、イタズラに服を汚され、嫌がらせに食事に生ゴミを入れられたり、面白半分で爪の間に釘を入れたり、足の指を丁寧に一本ずつ折られたりと凄惨だった。誰も手を出せず、ただ見るだけ。日に日に妹達の蛮行はエスカレートしていった。
それでも自分は報いだと信じて受け入れた。今まで自分が犯してきた罪の代償として。
前任が夜逃げした後も、妹達の蛮行は止まる事を知らない。鈴谷や加賀の様に何故か目を覚ます艦娘がいた。もしそのように妹達も目を覚ますのかと思い、■■に言われて信じ込んだがそれは元々無理だった。あの話を聞いて嫌う様になったのだ、提督の言う通り、例え洗脳から解放されたとしても当然妹達は嫌うだろう。
結局自分は利用されるまま利用されるだけの無能な鉄屑だ。妹達を見殺しにして、新しい妹達を育てた結果、更に虐められ、差別意識を継続させる為だけの道具。
これは報いなんだ。受けるべき罰なんだ。
そう思い続けた。自分が身をもって反省すればいつか必ず何とかなる。
馬鹿正直に思い込み、今まで生き抜いてきた。
きっと比叡達は自分が前任に操られていた事なんて知る由もないだろう。言ったところで言い訳だと思って聞かないはずだ。
前任に操られていた、なんて言い訳を信じる馬鹿なんていない。
こんな惨めで愚かな自分を助けてくれる妹達はいない。
自業自得なのだから仕方ない。
だって私は──、
──死んでも当然だから。
「ン? 何ダ?」
一つの砲撃が戦艦棲鬼の巨大な腕に着弾した。痛くも痒くもない攻撃に戦艦棲鬼は物が当たったような感覚で確かめる。
「や、やめろォォ!!」
「……ひ、比叡お姉様……!?」
砲撃したのは比叡だ。目に涙を浮かべ、必死に叫んでいた。壊れ掛けの艤装で、ぐにゃぐにゃに曲がった砲身で、最後の一撃と思える攻撃をやっていた。
比叡は迫真の声で訴える。
「私は金剛お姉様が……かつての私達を見殺しにする人には、見えません!!」
自然と手が震える。今まで自分は何をしていたのか、今自分が何をしているかちゃんと理解しているからこその震え。周辺の仲間の反感を買い、戦闘に関係の無い言葉を並べ、空気を変えてしまった。
震える手をもう一方の手で抑える。涙を零し、話を続けた。
「だって……前任に操られていたって聞いたから……あの時私を、庇ったから……!」
それは提督が着任して、差別意識の正体を耳にした時だった。洗脳、そんな言葉など初めて聞いた。そんなはずが無い、何故なら過去の姉の話を聞けば誰だって憎悪を持つからだ。かつての自分達を見殺しにした。そんな事を聞いて、信じられる訳が無い。比叡の心の中に不安の種が出てしまった。嘘だ、そんな訳ないと自分を言い聞かせて。
だが心の奥のどこかでその不安の種は芽を出した。今までの姉の行動を見て、本当にそう思える確信が掴めるのだろうか。自分達の一方的な虐めに黙って耐え続け、すれ違いざまに謝って、自分達に何一つ反抗してこないその姿を見て姉が、かつての自分達を見殺しにした悪逆非道の鉄屑に思えるのだろうか。
本当は違うんじゃないのか。
聞けばあの男は自分達が操られているという。戦闘意欲促進剤とかいう訳の分からない物を飲まされ、自分達を操っていた。それこそ信じられなかった、でも当たる節があるのも事実だった。確かに前任に何かを飲まされた記憶が今でも残っている。不安の芽は成長し、蕾が出来ていく。
だからこそ確信したのかもしれない。今まで自分達を操っていたと言うのなら、自分達を見殺しにした姉が操られていた可能性もあるからだ。
そう思っていた時、姉が演習に参加する日の前日。部屋にある手紙が置いてあった。妹達のお手書きか、そう思って開くとそこには衝撃の内容が書かれていた。
『姉は前任の洗脳によって操られ、姉妹を解体してしまった。もし貴方達に心が残っているのなら今すぐにでも暴行をやめてほしい』
最初は嘘の様に思えた。
でも嘘だと思いたくなかった。
姉は確かにかつての自分達を解体、見殺しにした。
だがそれはかつての自分達だ。姉は今の自分達に何か酷い事をしたのだろうか。いいや何もしていない。むしろ教えられる事ばかりだった。自分達を改二まで厳しく育て上げ、改装時は感情は無くとも自分の事のように抱きしめてくれた。
そんな聖母の様な姉が──、
「比叡……」
──そんな姉が私達を見殺しにする訳が無い。
「私は!! それでも差別に加担してしまいました!! 何を言っても信じられないかもしれませんけど!! 私は……!! 金剛お姉様を、心の底から尊敬しています!!」
比叡は堂々と金剛へ伝わる様に叫んだ。自分が犯した過ちと尊敬の意を赤裸々に伝え、差別の意識を完全に無くした。
周囲の艦娘達は驚いていた。今まで差別してきた艦娘として恐れられていた比叡が初めて差別された側の艦娘である姉の金剛に初めて話したのだ。鈴谷や加賀のように洗脳から目覚めた者がまた一人現れた。
「何ヲ訳ノ分カラナイ事ヲ……戦闘中ニ邪魔トハココノ連中ハ横ヤリガ好キナノカ……ソレトモ死ニタガリカ……ドチラニセヨ全員金剛ノヨウニ沈メテ……ン?」
真下で違和感を感じる。上へ上へと押し上げられるこの感覚。まさかと思い、無理矢理力を入れる。艤装の巨大な拳に押し潰されようとも、その力は抵抗を増していった。
「沈……ませて……ッ!!」
「何ダコノ力ハ!? ドンドン大キク……!!」
海面と巨大な拳との狭間である艦娘が抗っていた。両足だけで身体を持ち上げ、巨大な拳を両手で押し上げる。衝撃で周囲にいくつもの水柱が上がった。
「たまるかァァァァ!!!!」
瀕死の金剛が血を吐き、吼えながら、折れた両腕で巨大な拳を持ち上げる。次第に立ち上がり、血塗れの姿を晒した。水しぶきが止まらない、衝撃波が広がる。
「ナニィィ!!!?」
予想外の馬鹿力に困惑する戦艦棲鬼。圧倒的な威力を誇る艤装の巨大な拳が両腕骨折の瀕死寸前の艦娘にまんまと持ち上げられたのだ。ここに来て火事場の馬鹿力と言うべきか。
金剛は巨大な拳を両方に放り投げる。
母体が丸見えになった。ガードする暇も与えない。
すぐさま母体の前まで近づき、頬に右拳の一撃を食らわせた。
「どわりゃアアアアアアア!!!!」
雄叫びを上げ、戦艦棲鬼を殴り飛ばす。
味わった事の無い殴打に戦艦棲鬼は怯み、何百メートル先かで留まった。頭がクラクラする、視界もあまり見えない。思わず頭を抱え、膝をついた。
そして金剛は再度叫ぶ。
「……私は死なない!!!」
決して壊れない。
「どんな事があっても!!」
決して壊させはしない。
「決して諦めない!!」
誰にも壊せやしない。
「例え逆境の最中だろうと!!」
不屈を意味する金剛の名を──、
「立ち向かい続ける!!」
──背負う者として。
「私は……!! 不屈だァァァ!!!」