『金剛、もし君が挫けそうになった時、こう唱え続けてほしい』
『私は不屈だ、ってね……ってやめろ■■!』
『――確かにカッコ悪いね……でも、僕は――』
『――君には諦めてほしくないんだ』
誰もが注目していた。
ダイヤモンドの様な輝きを放つ姿を。
誰もが圧倒されていた。
その凛々しく気高き艦娘の姿を。
金剛が咆哮を上げる。
その咆哮は海域に響き渡り、この場にいる生きとし生けるものへの絶望と希望の鐘として鳴らした。
他の艦娘達も雄叫びをあげ、戦闘意欲を高める。そして再び戦闘が始まった。
「何ダ、何ガ起コッタ、奴ニ何ガ……」
金剛は満身創痍の姿でゆっくりと戦艦棲鬼に接近する。光を纏い、風が周りを漂う。金剛までの距離は約五百六十二メートル。
「フザケルナッ!! ソレデ強クナッタツモリカッ!!」
身体中から危険信号が発せられた。この金剛は将来最悪の敵になる。ここで倒さねば未来は無い。
戦艦棲鬼は照準を定め、全門斉射。
薄らく光る砲弾の雨は金剛に直進。
直撃するかに思えた。だが──、
「何ッッ!!!?」
今、何が起きた。
砲弾が一斉に金剛を避けるように逸れた?
そんな事など有り得ない。有り得るはずがない!
確かに狙ったはずだ、それなのに何故砲撃が全て当たっていない!!
変な重力場でも発生しているのか!?
「ッ……」
金剛は身を屈め、両手を海面につける。まるでリレーのクラウチングスタートの様な姿勢になった。
そして急発進。
あまりの速さに水柱が遅れて上がった。
「速イッ……!! ダガ、マダマダァァ!!」
急加速する金剛に迎撃する戦艦棲鬼。頭をフルで考え、移動地点や速度計算などを即座に処理。出来る限りの砲撃で金剛を撃ち落とそうとした。
砲弾の雨を回避し続ける。
走行速度は衰えず、更に加速。
水柱を回避、迂回、突破していく。
金剛の背後では巨大な水しぶきが上がっていた。ソニックブームを発生させながら接近してくる。
「(マズイ、近ヅカレタ!!)」
いつの間にか目の前まで来ている。
だが接近戦ではこちらが有利だ。
咆哮を上げながら艤装の巨大な腕を思い切り横に振る。至近距離からの近接攻撃。当たらない訳が無い。
だが金剛は跳躍して回避。
高く飛び越え、空中に逆さまの状態で砲撃する。
戦艦棲鬼の背後に着弾、少しばかりダメージを受けた。
「グッ……!!」
その後金剛は綺麗に着地。
しかし着地狩りを狙った戦艦棲鬼はすかさず砲撃する。
金剛の地点で大きな水柱が上がった。
水柱の中から金剛が姿を現す。
また戦艦棲鬼に接近。
背後に周り、右拳で母体を殴った。
本物の腕で受け止め、痛みを噛み締める戦艦棲鬼。
もう一方の艤装の巨大な拳で金剛を殴る。
それを金剛は片手で受け止めた。
しかし戦艦棲鬼は受け止めた金剛の片手を握る。母体から離れさせて海面に叩きつけた。
空中に浮かぶ金剛。受身を取れず、吐血する。
再度戦艦棲鬼は金剛を殴り潰す。
金剛は両腕で受け止め、海面に何とか踏ん張る。
衝撃で海水が空に舞い、衝撃波が海水を斬った。
「調子ニィ……乗ルナァァァ!!!」
空いた艤装の巨大な拳で殴り潰した。
だが金剛はまた片手で受け止める。
隙を見逃さない金剛は受け止めたと同時に砲撃。母体に直撃する。思わず怯みそうになり、吐血した戦艦棲鬼。
しかし激痛を堪え、戦艦棲鬼は金剛の身体を鷲掴み。
再度海面に叩きつけ、空の彼方へ殴り飛ばした。
空中に浮遊する金剛。雲の位置まで飛ばされたようだ。血のアーチを作り、身体の正面を雲夜空に向けている。
「金剛お姉様!!」
「金剛!!」
皆が声を掛けた。
少し強くなっているとはいえ先程の戦闘でのダメージは計り知れない。不屈の金剛と言えど意識を失ってもおかしくはないのだ。
だが金剛はすぐ意識を取り戻す。
そして──、
「何ッ!?」
雲夜空に向かって砲撃、砲撃、砲撃。
砲撃の反動で軌道を修正、空中を移動していく。そのまま重力の落下で加速し、戦艦棲鬼の元へ向かった。
途中航空戦を繰り広げている敵艦載機をついでに破壊し、爆発の衝撃で更に加速する。
そして身体を回転させ、右腕を引く。左手を前に出し、殴る体勢に入った。
血が流れる必死な顔で咆哮を上げる金剛。
戦艦棲鬼も迎撃体勢、殴る動作に入った。
両者共に叫び、そして衝突。
――鎮守府執務室
「ゴホッゴホッ……さぁ話し合いに戻るとしよう」
一方で鎮守府の執務室内では膠着状態が続いていた。艦娘と深海棲艦が艤装を構えている。一部の軽空母と空母はおらず、木曾が天龍を抱えている状況だ。明石は腕の止血後に縄で拘束、スイッチは破壊され、安全な場所にて眠っている。倉庫の鎮火はまだ済んでおらず、燃え盛る炎が執務室の中を照らす。
それさえ気にせぬ提督と前任がそれぞれ前に出た。
「お前の企みも、分かった……洗脳の仕組みも、理解出来た。後は……鍵の内容だけだな」
「何て生命力の高い野郎だよ、そりゃ手こずるわけだ」
「こちらとしては……お前の無能さに敬意を表したいくらいだよ。こうやってまた、集めてくれた事に感謝している」
前任が危機感を察し、外で戦っている深海棲艦達を集合させなければ提督は本当に死亡していた可能性があった。今は医師の懸命な治療により、何とか生命を繋げているが口はまだ達者のようだ。動かないでと怒鳴られるも提督は気にしない。
「でもここにダラダラと居ていいのか? じきに大規模の警察や憲兵隊、艦隊がここに来るぞ? お前を捕まえようと己の昇級目当てに躍起な連中がゴロゴロといる」
「その前に澄ませばいい話だ。少しトラブルはあったが作戦に支障は無い。むしろ予想内の事だ……そこのゴミ共もいずれは片付けてやる」
前任が以前の部下である長門達を睨む。長門達も前任を睨み返した。復讐心は更に燃え滾る。
「黙れ、もう貴様に慈悲は無い。ここで捕まえて復讐する。それだけだ」
「フン……所詮は俺に操られていた人形であり兵器なんだよ。兵器が人並みの感情を得ていい気になるなよ鉄屑が」
「その鉄屑にお前は射抜かれる事を知らないの? 言っとくけど簡単に死ねると思ったら大間違いだからね」
「おーおー鉄屑が良く騒ぐ。このクソみたいな男に唆されたか。こいつが今までどんな事をやってきたか知らない癖に呑気に慕っていいのか?」
確かに提督の事は何も知らない。
階級は中将、底を知らない権力と軍事力、徹底的な調査力など果てしない力を有している。一方で弱点はあるもののそれを他人に見せようとはしない。そして理不尽な言動に相手を罵り続け、屁理屈を並べる捻くれ者だ。
こんな人を慕う者などいないだろう。
「別に慕ってなんかいないですよ。ただ私達の目的を果たす為に手伝ってくれる人です。信じてる訳でもありませんし、優しい人だとは思ってません。ただの駒に過ぎませんよ……多分」
「生憎俺もコイツらを利用してる所でね。折角だから駒になってあげようと俺の優しい心遣いでやってあげてるのだよ。そうとも知らずにコイツらが駒とか出しゃばって調子に乗っているだけだ。勘違いも甚だしいところだ、このクソガキのヒステリックアングリーバードで氷河期馬鹿トカゲのポンコツ兵器共!!」
「それを言うなら提督だって頭のおかしい減らず口のアホ丸出し白髪クソジジイでしょうが!!」
「という訳で俺らはお前に復讐したい限りだから全力で抗う所存だよ。覚悟したまゴホッゴホッ」
「だから動くなって言ったでしょ!!」
「あーあーあーあー……」
喋り過ぎて喉に血が流れ、咳込む提督。医師に怒号を投げられ、艦娘達に心配させられる。これでも提督は瀕死状態、軍刀で刺された左胸の傷は治りかけているが毒はまだ身体を巡っていた。前任に何度も顔を殴られ、各所が腫れているが仮面で隠れている。
「何仲良くしてるんだか……兵器に情が移ったか」
「いいや、全くしていないんだなこれが。コイツらが勝手に馴れ初めてくるだけだ、俺は寧ろ迷惑している」
「鉄屑がクズに懐くのも仕方ないか」
「お前に艦娘達を屑だと言う権利は無いぞ■■少尉!!」
「ッ!?」
提督が突然大声で怒鳴る。表情の豹変ぶりに思わず前任は驚いた。場の空気が一気に変わり、提督が話し続ける。
「……お前の言う通り、コイツらは何も出来なかった鉄屑だ。お前が課した様々な制度によって友情は引き裂かれ、仲間との軋轢が絶えず、感情や大切な者を失った。この鎮守府の環境は最悪だった、最早放棄する為に全ての艦娘を旧式解体する案さえ出る程だった」
旧式解体、つまりは艦娘の処刑、死を意味する。もし提督が来なければここの艦娘達は今、この世に存在していない。初めて聞いた情報に艦娘達が揺らいだ。
「……賢明だな」
「だがその鎮守府の状況を見て面白そうと思った俺が直々にここへ赴いた。予想以上にこの鎮守府は廃れており、矯正不可能と言われてもおかしくなかった。だから俺は考えた……野望を持たせようと」
「野望?」
「そう、野望だ。どうせコイツらは欲すらない鉄屑だ、だったらその欲を掻き出すしかこの先、生き残る道は無い。欲は万物を動かす、最高の材料なんだ」
皆を安心させる為、前任に復讐する為、自分達の強さを証明する為、己の愚かさを証明する為。皆は欲の為に動いていた。それぞれ欲しいと思う何かを求める為、身体を動かし、その何かを得た。
「そしてその欲に駆り回され、立ち上がったのがこの艦娘達だ。コイツらはまだポンコツだが、少なくとも鉄屑ではない。私利私欲の為にこの鎮守府を捨てたお前がコイツらを鉄屑という権利は無い」
「お前がそれを一方的に決めつけるか。そういうのは傲慢だと知らないのか? なぁ?」
「傲慢の塊の様な奴がよく言えたもんだな、クソ無能が」
前任が提督の左頬を殴る。
提督は前任の腹を蹴り倒した。
怯んだ提督は艦娘達に支えられる。盛大に血を吐き、軍服が赤く染まっていく。
「提督!!」
「提督ガ……ッ!?」
「ゴホッゴホッ……あーやっぱり毒が効いてんなぁー……」
「チッ……ふざけた仮面しやがって……!」
お互い怯み、再度立ち上がる。提督は顔面を殴られた事により仮面が崩壊。仮面は粉々になり、初めて前任と深海棲艦に顔を見せる。
「……何デ……ココニ……!」
「嘘ダ……アリエナイ!!」
「ヤッパリ……ソウ、ナノカ……」
その顔を見て深海棲艦は驚いていた。あまりにも有り得ない事に皆、動揺している。提督の苦渋な表情が真剣な表情に変わり、息が続くまで話した。
「……コイツらは何の為に戦ってるのか知ってるか? 国の為? 人の為? 仲間の為? 理由は様々だ……」
ゆっくりと提督は立ち上がる。医師や艦娘達の差し伸べた手を振り解き、前任を睨んだ。身体は震えながらもゆっくりと動き始める。
「生物はいずれも何かの為に戦っている。国の為や人の為と唱え続け、戦い続けたらいつの間にか己自身の為に戦ってた奴もいる。戦ってきた中で何かを知り、記憶に植え付けられ、何かの為と言っていた」
戦闘は何かの為と言う原動力から動いている。何かを失い、何かを求め、何かを得る。ごく単純で当たり前の行動だ。痛い目に合ってから気付かない事もある。
「今までお前に虐げられたから苦しい思いや悲しい思いを全て経験している。だから色んな想いを持ってる……!」
「ほざけ……」
前任も軍服を整え、ゆっくりと前に出る。口から僅かに血が出ていた。提督のあの蹴りで多大なダメージを受けていた前任。意識が飛びそうだった。右腕を引く提督と前任。
再度殴るつもりだ。
「それぞれ想いがあるからこそ……! 海で戦ってるアイツらやここに居るコイツらは……! 必死になって頑張ってんだよ!!」
「黙れ……」
初めて感情論で言い放つ。前任以外の深海棲艦、艦娘達が聞き入っていた。
提督は自身の銃で貫いた右手を握り締める。包帯が赤く染まり、血が漏れた。互いに左足を踏み込み、殴る体勢に入る。
「それを何も知らないお前が……!!」
「黙れェェェェ!!!」
前任が怒りに身を任せ、先に殴った。だが提督は毒で重く感じる身体を動かして回避。左に身体を大きく反る。
そして──、
「彼女達の尊厳を……踏み躙るなよッッ!!!!」
血が流れ出る右拳を思い切り振り下ろし、全力で前任を床に叩き殴った。