深海棲艦の戦闘から約三時間が経過。
戦艦棲鬼と金剛の戦闘はそろそろ終盤に近付いていた。血を流し、咆哮を上げ、拳を握る。周辺の事など一切気にせず、ただただ戦っていた。
攻撃を受けた摩耶、陸奥は第一水雷戦隊によって救助。左脇腹を殴られた摩耶は左腕の複雑骨折、肋骨の数本骨折と重症かつ大破状態。陸奥は正面から殴打を受け、両前腕の骨折、右肩の脱臼とこちらも重症かつ大破状態。
第三主力艦隊も到着し、その他の雑魚と空母棲姫を相手にしている。第二主力艦隊は一時後退。戦況は徐々に傾いてきた。
「ソロソロ死ネヨ……何ナンダ、オ前ハァ!!」
「グッ……!!」
艤装の巨大な拳を片手で受け止めた金剛。あれだけ攻撃を食らっていながら一向に死ぬ気がしない。何度殴っても、何度砲撃しても立ち上がってくる。不死身とも思えるその姿を不気味に感じた。
「アレダケノダメージデ何故戦エル!? アマリニモ馬鹿過ギルダロ!!」
もう一方の巨大な腕で正面から殴る。
金剛は片手でまた受け止めた。少々衝撃で後退るも踏みとどまる。
「死ぬ訳には……いかない……!」
「ッ!?」
「私がこんな所で死ぬ訳には……いかないんだ!!」
徐々に巨大な拳が押されていく。
再度力を入れても僅かながらに反抗してきた。
「私は……少し耐久力があるだけの……大馬鹿ネ……ッ!!」
金剛は巨大な拳を再度放り投げる。
しかしそこで戦艦棲鬼が零距離で砲撃。
金剛は撃ち飛ばされ、海面を引き摺った。膝を着き、血を吐く。
戦闘による興奮で一時的に身体能力が向上しているとはいえダメージは積み重なっている。金剛であろうと耐え切れる訳ではなかった。意識は朦朧としており、片目は見えていない。
「金剛、大丈夫!?」
「川……内……」
「酷い傷……後は私達に任せて!! 鈴谷!!」
第一護衛部隊と第二水雷戦隊が援護に来てくれた。第二主力艦隊の鈴谷も駆けつけてくれたようだ。
正直な所、もう戦いたくはない。戦艦棲鬼のダメージに比べ、こちらは瀕死状態。戦えているのが不思議なくらいな程だ。
それでも金剛の中では戦艦棲鬼を自分の手で倒さなければならないという使命があった。その使命で今の金剛は動いている。仲間の為に、姉妹の為に。
だがもう手足共に身体が限界だと嘆いていた。このまま戦闘が続けば本当に死ぬかもしれない。川内達に任せれば、痛い目に会わずに済む。だが──、
『お前に艦娘達を屑だと言う権利は無いぞ■■少尉!!』
提督の声が聞こえた。恐らくまた自分達に聞こえるようにしたのだろう。前任と会話をしているのが分かる。
提督がまるで自分達の事を指しているように語り出した。何かの為に生物は戦うと口論を述べる。
──何かの為。
──自分は何の為に戦っているのか。
──姉妹の為、仲間の為、理由がありすぎて分からない。
──……でもそれで良いんだろうな。
──理由があればある程、私は戦える。前を向ける。
「ウグッ……!!」
──骨が折れた。物凄く痛い。泣きたい程痛い。
──もう無理だ。
──もう静かにしていたい。
──もう無理をしなくていい。
──私は今までよくやった。褒められるほど戦った。
──もう戦わなくてい……
『今までお前に虐げられたから苦しい思いや悲しい思いを全て経験している。だから色んな想いを持ってる……!』
──……!!
金剛は立ち上がる。骨が軋み、血が傷から流れ出ても。必死に歯を食いしばり、瞼近くの血を腕で拭う。二本の足で重い身体を支え、空気を掴むように両手をグッと握る。
僅かな呼吸で酸素を取り込み、雄叫びを上げる。
『それぞれ想いがあるからこそ……! 海で戦ってるアイツらやここに居るコイツらは……! 必死になって頑張ってんだよ!!』
──提督も頑張ってるんだ。
「ウオォォォァァァァ!!!」
──こんな所で挫ける訳にはいかない。
雄叫びを上げた後に戦艦棲鬼の位置を確認。
直後に急発進、急加速。少々転びながらも海面を滑っていく。
水しぶきを上げながら、方向を定め、駆け抜ける。既に方向感覚は失っていた。だが金剛は火事場の馬鹿力と勘で真っ直ぐ直進。
『それを何も知らないお前が……!!』
「何ッ!?」
──自分が決めた大事な事だから。
「へへっ……捕まえタ……!」
一気に母体まで接近。母体に抱き着き、足で腕の自由を奪う。両手で母体の頭を掴んだ。
そしてニヤリと微笑む。
『彼女達の尊厳を……』
「マサカッ!?」
「うあぁぁぁぁァァァァ!!!」
『踏み躙るなよ!!!!』
金剛の渾身の頭突きが炸裂。
鉄と鉄が衝突するような音が響き渡る。
衝撃波が広がり、水柱が上がった。
「ガハッ……!!」
「ッ……!!」
戦艦棲鬼はフラフラと立ちくらみ、後退する。頭を抱え、血を吐いた。頭から大量の血を流し、海面に膝を着く。
衝撃で頭が揺れ、意識を失いかけた。まだ意識は保てているが、いつ失いかけてもおかしくない。
立ち上がれない。痛くて痛くて立ち上がれない。前を向く事が出来ない。
「ッ……!?」
誰かの足が見えた。誰だなんて考えなくても容易に判断出来る。赤い液体が少しずつ海に溶けていく。
「ハァ……ハァ……」
「金剛……ッ!!」
金剛が目の前で立っている。恐らく次の攻撃を仕掛けるつもりだ。早く立ち上がらなければならない。
「私ガ……私ガ……オ前ナンカニ……ヤラレルハズガナインダァァァ!!!」
「ッ!!」
母体の細長い右腕で金剛に殴り掛かる。金剛も壊れかけの右腕で顔を殴った。お互い殴り飛ばされ、後退する。
「私ハ……私ハ……強インダ……強インダ……アノ人ノ為ニ、強クナラナキャ……」
自分に念じるよう唱える戦艦棲鬼。必死に自らの腕で起き上がり、重い艤装に支えられる。まだ視界が霞み、歪む。これだけの負傷を負ったのは久々だった。今まで傷を負う事すらなかった。
「強クナラナキャイケナインダ……!!」
『君が噂の最強の深海棲艦かぁ! 凄いね、艤装がとても逞しいよ!』
褒めてくれた。
敵味方共に怯えられたその艤装と姿で戦艦棲姫は孤独だった。別に寂しかった訳では無い。ただどこかで頼れる存在が欲しかった。心の隙間を埋めてくれる存在が欲しかった。その存在が唯一褒めてくれたが今は亡きあの人。警戒していた自分でも直ぐにその心は解けてしまった。
『君はとても強いからね。その強さで人類に目に物見せてやるんだ! 一緒に強くなろう!』
自分が強いからあの人は共に居てくれる。
強いから一緒にいる。強いから頑張ってくれる。
もっと強くなっていい所を見せれば、もっと興味を示してくれる。
今の自分がいるのも全て自分の強さとあの人のおかげだった。
だから強くならなきゃならない。
強くならなきゃあの人は戻ってこない。
自分が最強の存在になって世界に広まればどこかであの人は気付いてくれる。
きっと何かが起きるはず。
そう思って各海域を暴れ回った。
敵艦隊を薙ぎ払い、輸送船を破壊し、巨大な偵察機を撃ち落とした。
どこかであの人が居ると信じて。
「死ンデ……タマルカァァァァ!!!!」
咆哮を上げ、立ち上がる戦艦棲鬼。赤黒い稲妻が周辺に発生。空気が揺れ、海面がざわめく。風を纏いながら、ゆっくりと構えた。
「起き上がった!? まだ体力が残ってるというの!?」
「まずいな……更にパワーアップしたと見える。例え我々でも倒せるかどうか分からんぞ……アレは」
戦艦棲鬼のおぞましく、恐怖を戦慄させる姿に圧倒された。金剛に致命傷を負わせられたのにも関わらず、艤装を展開し、近接戦闘体勢に入る。
「金剛……!! オ前ノ気持チガ漸ク理解出来タ様ナ気ガスル……オ互イ、死ヌ訳ニハイカナイヨウダ……!!」
「グッ……!」
「ソレゾレ満身創痍、戦ウ力ハ残ッテイルカドウカスラ分カラナイ……! ダガ金剛ハ……私ヲ殺シタイノダロウ?」
金剛も警戒し、再度構える。とはいえ既に身体は限界を迎えていた。到底戦えるような相手では無い。ただでさえ一方的に蹂躙された位だ。パワーアップしたとなれば戦況は絶望的と思える。だが金剛は引かなかった。
「……今決メタ……ココデオ前ラヲ殺ス……! ココニイル全員デカカッテコイ!! ソレゾレノ存亡ヲ決メル、決戦ダ!!」
戦艦棲鬼は全艦隊を敵に回した。全ての艦隊、艦娘を相手にするという。ガングートや川内が軽く微笑む。
面白い、やってみろと。
金剛も静かに笑みを浮かべた。
死ぬ訳にはいかない者同士、覚悟を決めているようだ。
「戦ウ前ニ聞イテオキタイ……金剛、オ前ハ何ノ為ニ戦ウ」
「……姉妹ノ為……ッ!」
「ソウカ……私ハアノ人ノ為ニ戦ウ。オ互イ……悔イノナイ戦闘ヲ、シヨウ……」
二人とも息は上がっている。今だに衝撃は身体を巡っている上に常に激痛が迸るような状態。死ぬのは簡単だろう。だが死ぬつもりは毛頭無い。
自分はもう駄目かもしれない。
何故なら──、
「戦艦棲鬼ィィィィァァァァ!!!」
「金剛ォォォォァァァァ!!!」
──この戦闘をどこかで楽しんでいる自分がいるからだ。
「オラァァァァ──」「ソコマデダ」
「ッ!?」
戦艦棲鬼と金剛の間合いに突如現れた。現れた深海棲艦の名は戦艦水鬼。巨大な艤装の腕で二人の拳を軽く受け止め、衝撃を流す。
何故か誰も気付かなかった。索敵範囲内にいるはずが誰もその存在を把握出来ていなかった。金剛やガングート、その他の艦娘が感じた。全身から危険信号が発している事を。
戦艦水鬼は金剛を投げ飛ばし、艤装で戦艦棲鬼を掴ませる。そして急いで撤退していった。すると突然戦艦水鬼の艤装に砲撃が当たる。
「来たか……!」
「すいません遅れてしまいました!! 援護に来ました呉鎮守府第一主力艦隊、第二前衛部隊到着です! 戦闘を開始します!」
何時間か遅れて駿河鎮守府と呉鎮守府の援護部隊が到着した。旗艦大和が率いる総勢二十四名の強者が援護に入る。流石に分が悪いと察したのか戦艦水鬼は周辺の深海棲艦の撤退を告げた。
「……何ヲスル戦艦水鬼!! 勝負ハマダ終ワッテナイゾ!!」
「アイツカラ撤退シロ、トノ命令ダ。作戦ハ失敗ニ終ワッタ。帰還スル……無駄ナ戦闘ハ避ケルンダ」
「ヤメロ! 何ヲシテイル! ヤメ──!!」
深海棲艦が海の奥に姿を消していく。空母棲姫や敵増援部隊は砲撃しながら逃げていく。霧島率いる第一主力艦隊は追いかけた。
「こちら霧島。敵艦隊が撤退していきます、援護部隊も到着しました。深追いしますか?」
『……いい。援護部隊に、任せろ……戦闘は終……了だ……、それぞれ……帰還──』『提督!!』
提督の声が突然消える。周辺から心配する声が聞こえた。ガチャガチャとマイクを手に取るような音と共に長門が先に答える。
『長門だ。提督からの命令により、後始末は援護部隊に任せろ、各艦隊は海域を掃討後に帰還。との事だ』
「提督は!? 提督は大丈夫なのか!?」
『大丈夫……とは言えない。今■■医師が懸命な治療を──』『提督! しっかりして!!』
提督の様態が急変したようだ。皆としてはいち早く向かいたい所。摩耶自身も焦っている。
「提督が危ない! 早く帰還しよう摩耶!!」
「あ、あぁ……」
「では大和さん、後はお願いします……!」
「後は私達に任せてください!」