うざい提督とブラック鎮守府   作:あばずれ

52 / 199
52. 月夜に照らされる紅星と白影

 フローリングの床に倒れるのは前任。

 その前に達は鋭い目をした提督。

 

 提督の渾身の一撃が前任に直撃。余す事無く力を振り絞った右拳は前任の左頬に当たり、食い込むように床に叩きつけられた。地震のように建物が揺れる。

 目の前にはまるで死神とも思える提督が立ち尽くしていた。

 

「提督……!」

 

 一言も発さず提督は深海棲艦を睨みつける。前任がやられたとなって少しばかり怖気ついていた。提督は右腕を伸ばし、深海棲艦達に指をさす。

 

「……やれ」

「ッ!!」

「聞いたか! 戦闘に入るぞ、かかれ──」「そレは無理カな~」

「何っ!?」

 

 夜空の見える壊れた天井から深海棲艦が現れた。天使の様にゆっくりと落ちていき、執務室の床に立つ。その姿はとても歪で、身体の所々が紅くひび割れ、長い白髪。紅いオーラを放ち、その場に君臨した。

 

「まだこレを死なセル訳にはいかなイノ。だかラ撤退させてモラうよ」

「っ!? そんな事……」

「させるわけないだろ!!」

 

 深海棲艦の中枢を担う、人類の敵をまとめるボスとして君臨する中枢棲姫。わざわざこの鎮守府まで赴いてきたらしい。

 前任を逃さないと木曾と加賀が前に出ようとした。しかし──、

 

「提督ッ!?」

「何故止める!!」

動くな……死ぬぞ……

 

 提督が腕を広げ、木曾と加賀を止めた。

 

 どこかの国で聞いた事がある。戦艦五隻、艦娘六十隻の大艦隊が中枢棲姫討伐の為に戦闘に入り、全て殲滅されたという報告を受けた話を。

 底知れぬ強さと恐怖が提督と艦娘達を包んだ。

 

「……まァちょっトした下見、かな。あ、安心シて? 戦ウツもりはないし、私はこコを襲うつもリモないから」

 

 中枢棲姫は倒れる前任を抱え、フランクに話し掛ける。どうも不気味で手が出しずらい。紅いオーラが空気をピリピリとさせる。この場にいるだけで息苦しくなりそうだ。もし手を出せば提督ごと全員殺されるような気がする。中枢棲姫は立ち尽くす提督に接近し、身体に触れながら耳元に口を寄せた。

 

「……頑張って」

 

 そう言い捨てた中枢棲姫は深海棲艦と共に海の中へ姿を消していった。自ら深海棲艦が撤退した事により、鎮守府内での戦闘は終わりを告げる。

 

 提督は黙ったまま、壊れた机に向かい、マイクを拾った。

 

『こちら霧島。敵艦隊が撤退していきます、援護部隊も到着しました。深追いしますか?』

「……いい。援護部隊に、任せろ……戦闘は終……了だ……、それぞれ……帰還──」

「提督!!」

 

 霧島達に指示を出した途端、提督は口から大量に血を吐いて倒れる。仰向けになり、意識を失ってしまった。すぐに■■医師が救命処置に入る。

 

「加賀さん! 医務室からAEDを! 後、医療器具、輸血パックも持ってきて!! 暁ちゃん達はお風呂から洗面器を!」

「分かりました……!」

「わかったわ!!」

 

 提督の口に耳を当てる。呼吸をしていない。心肺停止状態だ、非常にまずい。医務室か病院で適切な治療がしたいが無理に身体を動かせば負担が大きくなる。ここで命を繋ぐしか方法は無い。

 

「左胸の傷は……治ってる。なら心肺蘇生法は出来るか……」

 

 ■■医師が軍服を脱がせ、上半身を裸にさせる。提督の裸を見て■■医師は驚いた。全身傷だらけだったのだ。刀や鞭、ありとあらゆる武器で怪我を負ったような古傷が斑にあった。

 

 だが驚いている場合では無い。人の命が掛かっている。人工呼吸は難しい、胸骨圧迫をさせるしか無い。

 

「死ぬんじゃ……ないわよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時々夢を見る。

 

 

 

 

 得体の知れない何かに虐められる自分を誰かが助ける夢。

 

 

 

 

 誰かに助けられた。誰だか分からないけど、美しい女性のような気がする。

 

 

 

 

 夢であればありがたいが、何故かその感覚が手に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘から帰還した艦娘達はすぐ様に執務室に向かっていた。鎮守府は崩壊し、瓦礫は散乱、倉庫は一部焦土と化している。食堂や風呂は埃や瓦礫で汚れ、廊下の窓ガラスは殆ど割れていた。如何にこの鎮守府でも激しい戦闘があったのかを物語っている。摩耶達は急いで走って、執務室のドアを開けた。

 

「提督!!」

「死なないで提督!!」

 

 飛龍達や暁達が必死に訴えている。■■医師がAEDを使いながら、心肺蘇生法で救命処置を施していた。洗面器には大量の血、絶望的な状況に摩耶は恐れた。

 

 提督は執務机の前で倒れていた。口から大量の血を吐き、顔や頭に複数の殴打跡。目を瞑り、身体に力が感じられない。

 

「何やってんのよ!! 貴方がここを仕切るんじゃないの!? こんな所でくたばってんじゃないわよ!!」

 

 必死に胸骨圧迫で命を繋ごうとする。感情的になりながらも懸命に胸骨圧迫をした。皆涙を浮かべている。古鷹や鈴谷がすぐに駆けつけた。

 

「提督! 嫌だ、死んじゃ駄目!! 提督が死んだら前任に復讐出来ないじゃんか!!」

「やりたい事を手伝ってくれるんじゃないんですか!? このまま死ぬつもりですか!? そんなの私は許しません!!」

 

 摩耶はその光景を見て、かつての事を思い出す。

 あの時、提督が死ぬまで暴行の限りを尽くされていた事を。何も言わずに、自分を庇ってくれた事を。死にかけても自分の事を心配してくれたあの地獄の事を。

 

 過呼吸を起こしてしまう。提督を失うという現実を認めきれなかった。

 自分を認めてくれる、愛してくれるたった一人の存在を失いたくない。

 自分の為に戦ってくれた提督を失いたくない。

 

 

 

 

 

「……ッ……ッ……ッ……ッ……!」

 

 何分か経ち、■■医師が心肺蘇生法を止める。止めた■■医師に摩耶が叫ぶ。

 

「ややや止めるなよ……! まだ生きてるんだからさ……!!」

「……摩耶」

「ッ……だったらあたしがやる。退けよ邪魔だ!」

 

 摩耶が見様見真似で胸骨圧迫を施す。皆は黙ってその姿を見ていた。沈黙が重くなる一方だった。

 

「摩耶」

「うるさい! 止めないでくれ!! 提督は──」「摩耶ッ!!」「うるさい黙ってろ!!!」

「もう……確認したわ……」

「ッ……!! うぅ……」

 

 ■■医師に肩を掴まれる。手は明らかに震えていた。

 初めて弱い姿を見せる摩耶。涙を流し、手を止めてしまった。プリンツと鳥海が傍に寄り添い、摩耶を抱き締める。

 

「……二十二時四十九分」

 

 ■■医師が腕時計で時間を確認する。作戦開始から約五時間が経過していた。戦う意志を持った艦娘は戦った。成長した艦娘もいた。得る物は多かった。

 

 

 その分、失った物はとても大きかった。

 

 

「そんな……」

「嘘、でしょ……」

 

 悲しみに打ちひしがれた。認めたくない提督の死に。

 自分達の為に強くしてくれた提督が死んだ。戦う意志をくれた提督が死んだ。捻くれ者で減らず口で艦娘をポンコツ兵器呼ばわりしてくるロクでなしだった。悪い印象しかないはずがこれまでの行動や言動から考えてからは良い印象もあった。

 

 今度も何も出来なかった。戦う事は出来ても、刃向かえる力は出来ても、人は救えない。あの時のように己の無力さに嫌気がさす。改めて理解出来た。

 

 

 

 

 

 

 何も出来ないのはどれだけの後悔を生むのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、そう焦んなよ」

「ッ!?」

「えっ!?」

 

 男の声が聞こえた。その声に誰もが驚く。摩耶が恐る恐る提督を見ると、提督は目を開いていた。夜空を眺め、静かにしている。

 

「はぁ……あー死ぬ所だった」

 

 ゆっくりと起き上がり、軍服の汚れを払う。近くにいた■■医師の白い衣装で口周りの血を拭い、手足が動くかどうか確認する。

 

「提督……っ?」

「あぁお前ら所望の有能な提督様だぁ、何かご用件が?」

 

 提督がいつも通りの口調で声を聞かせる。そこには何も変わらない提督の姿が。艦娘達は一斉に安堵し、中には抱き締める艦娘もいた。

 

「提督っ!!」

「ンボゲェ!! やめッ死ぬッ、殺す気かお前らァァ!!」

「あ、ごめん」

 

 最初に提督に抱き着いてきたのは摩耶だ。その次に暁や響、鈴谷に押し倒される。首を苦しめられ、本当に死にそうになった。暁達は一旦、そばを離れる。

 

「提督……」

「……すまんな摩耶。少し時間掛かっちまった」

 

 心配してくれた摩耶の頭を撫でた。提督自身も摩耶がどれだけ大切に想ってくれているか分かる。摩耶も提督がどれだけ大切なのか、お互い理解している。あの惨劇を乗り越えたからこそこの二人は支え合う関係にいるのだ。

 

「ど、毒は大丈夫なのか提督?」

「あぁもう慣れた。今は順応しているよ……それ以前に……!!」

 

 若干嘘混じりのように聞こえたが提督が言っているのだから大丈夫なのだろう。提督は■■医師の頭を鷲掴み、高く持ち上げた。

 

「何勝手に人の事殺してくれてんのお前ェェ……!!」

「痛い痛い痛い痛い! だってあの状態じゃ死亡してるとしか思えないでしょ!!」

「うるさい!! 勝手に人の服を脱がせ、勝手に電気ショックで心臓を動かそうとして勝手に心肺蘇生法をやりやがって!! こちとら迷惑でゴホッゴホッ!!」

「あーあーあーあー……」

 

 喋り過ぎたのかまた咳き込む提督。血溜まりの洗面器を借りて、血を吐いた。またやっちゃったと暁と響が提督の背中を摩る。

 

「提督……その、大丈夫なの?」

「んなわけないだろ飛龍!? 後でコイツに適切な治療を受けるつもりだ、勿論タダでなぁ~!」

 

 ■■医師をコイツ呼ばわりし、無料で治療を受けると提督が宣言した。無料有料以前に治療しなければならない義務がある以上は治療を施すのが医師の役目だ。一応仕方の無い事である。

 

「さて……お前ら、ちゃんと命令をこなしたんだろうなぁ?」

「も、勿論だ!」

「……まぁ結局、前任は途中のトラブルや邪魔があって捕まえられなかったし、戦艦棲鬼にもあと一歩で逃げられた……だがそれを覆す程の戦果があるのも事実。更には敵の作戦が失敗し、撤退したという事は俺達が如何に強かったのかを証明出来る最高のチャンスだったという訳だ……誇りに思え、馬鹿共」

 

 通信では援護部隊がこの鎮守府近海海域を見張ってくれている。当分攻めてくる事は無いだろう。

 

「大成功、大勝利とは言えないが……とりあえず……今は盛大に喜べ!!!」

 

 皆腕を上げ、歓声が外に響いた。

 

 深海棲艦の大艦隊による鎮守府襲撃。それを迎え撃った提督と艦娘達はその壁を見事に貫き破った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。