──朝、九時半。
「司令官、荷物が届いているよ」
「重いのです……!」
「響も手伝って~!」
「こんなのへっちゃらよ!」
第六駆逐隊が大きなダンボール箱を力を合わせて持ってきた。感情豊かな第六駆逐隊は手前のテーブルに置く。提督は溜まった書類をそろそろ終わらせる所だった。
「……朝から騒がしい連中だな、頭が痛くなる。ここの艦娘共は朝から騒ぎましょうキャンペーンでもやってるのか?」
「ラジオ体操とかやったら面白そう」
「俺も少しだけ思ったぞ摩耶。つか何送ってきたんだ大本営の奴らは」
テーブルに置かれたダンボール箱を確認する提督。周りの第六駆逐隊が物珍しそうにダンボール箱を眺めている。伝票には何も書いておらず、大本営の住所しかない。中を雑に開くと、艦娘の名前が書かれた茶封筒が隙間無く埋めれていた。茶封筒は分厚い物から少し薄めの物まで多様である。茶封筒の中にはお金が入っていた。
「これもしかして給料か? なんで茶封筒に入ってんだよ、手渡ししろってか?」
「らしいな。全員分、用意されてある」
ダンボール箱の中身は艦娘達の給料だった。前の鎮守府襲撃、深海棲艦との戦闘を確認した大本営はそれに見合った報酬を送ってきたのだ。しかし何故茶封筒で渡さなければならないのかが分からない。
「ったく、こんな事しなくても金は入るだろ……何やってんだ大本営は」
「司令官……」
「んー何だ、雷」
「きゅうりょうって、何?」
雷の質問に凍りつく提督。摩耶も驚きの余り、身体が静止する。
はて、今なんと言ったこのガキは。本当の馬鹿なのか。
「すまん雷……もう一度言ってくれ?」
「いいわ。きゅうりょうって何かしら?」
その言葉を聞いて提督は頭を抱え、ソファに寄り掛かる。頭痛が再発し、状況を嘆いた。
「嘘だろー……」
「まぁ……仕方ないさ、提督」
「え!? 何か私、酷い事言ったの? ごめんなさい!!」
「あーいや謝る事じゃないんだ雷。ただ単に提督は──」「あぁ酷過ぎて言葉に表せない程絶句している。お前らがこれほどまでに馬鹿だとは思わなかった」
摩耶の言葉を遮り、暴言を放つ提督。提督の様子に雷はアタフタしている。暁達も給料の意味は理解していないようだ。この様子だと他の艦娘も知らない可能性がある。
「摩耶、緊急招集」
「分かった」
食堂に全艦娘が集まり、ガヤガヤとしている。提督からの緊急招集と聞いて不安がっているようだ。一部の艦娘は警戒すらしている。提督は二階から見下ろし、その様子を眺めた。
「はい集まったな馬鹿共」
「緊急招集とは何事だ提督、また襲撃か?」
「いやそういうのではない。個人的にお前らに聞きたい事があってだな」
戦闘や厄介事とかでは無く、提督が個人的に聞きたい事。それを聞いて艦娘達は少し安心する。
「聞きたい事?」
「そうだ。これからお前らにはある質問に答えてもらう。青葉、嘘ついてる奴がいたら指をさせ」
「了解しました!」
二階からは提督と摩耶、そして青葉が見下ろしていた。青葉は嘘と本当が分かる艦娘な為、呼び出されたのだろう。
「この中で給料って言葉の意味、知ってる奴は手を挙げてー?」
手を挙げたのは川内と不知火、プリンツのみ。信じたくない光景に頬を引き攣った。
「青葉」
「手を挙げた者以外本当です提督」
「青葉」
「いや本当です信じてください」
「青葉」
「だから本当ですって! やめてくださいよ、その目は!!」
青葉を蔑むような目で睨む。思わず青葉はカメラで顔を隠した。提督は頭を抱え、溜息を吐く。青葉が言うのなら本当なのだろう。
「提督……」
「何だ多摩」
「給料って何?」
その言葉を聞いて提督はその場で後方に滑って転げ落ちる。床にめり込み、天井を見つめた。
「あー給料も知らないのかー……ここの艦娘共はー……」
「立ち上がれるか提督」
「無理だから摩耶ー、立ち上がらせてくれー」
「はぁ……」
摩耶が溜息を吐きながら提督の腕を引っ張る。柵に寄り掛かり、空気の無い風船のようにだらけた。摩耶は提督の頭にチョップし、両脇を掴まれる。猫のように持ち上げられ、立ち上がった。
「あー……お前ら、お金は知ってるよな」
艦娘達が首を縦に振る。
「お金は何の為に使うのかも知ってるよな?」
再度艦娘達は首を縦に振る。
「それがお金=給料だ」
艦娘は一斉に驚く。初めて知ったような表情に提督と摩耶も驚いた。
川内や不知火、プリンツならまだしも差別している側の艦娘が知らないのは今初めて知った。成程、金に関しては前任が支配していたと言う事らしい。
「何でお金は知ってて給料は知らねぇんだ!! おかしいだろ!!」
「恐らくだが提督……前任が最初から全員分の給料を奪っていたのかもしれない。建造された時から一度も給料を貰ってないんだと思う」
「はぁー……まぁあの野郎ならやる事か……仕方ない。摩耶、後で全員分を用意するぞ」
給料が入ったダンボール箱を摩耶に持たせ、一階へ下りる。一斉に摩耶の元へ集まり出し、提督が邪魔だと大声で怒鳴った。
「ったく……すまないが最初は手渡しだ、各自金庫とかに保管して誰かに盗まれないようにしろよー。全ては自己責任だ、俺は何言われても動かないからなー。プリンツ、手伝え」
「了解ですAdmiral」
傍にいたプリンツを呼び出し、給料の配りを手伝う。名前が呼ばれた者から順に渡し、各自注意するように呼び掛けた。時たまに他の鎮守府で艦娘による金絡みの厄介事がある為である。
「ほい天龍、お前は特別厚いな」
「当たり前だろ?」
「まぁ南方棲鬼を単騎で撃破したからそれなりの報酬なのもおかしくはないな。次も頑張れ」
「あぁ任せときな!」
天龍は南方棲鬼を単独撃破している。そのおかげか改装で天龍改二として生まれ変わった。といっても仲間の協力が無ければ今の自分はいないだろう。その分の見合った報酬として茶封筒がとても厚い。
「ほい金剛、お前も特別厚いな」
「えへへ……」
「戦艦棲鬼を単騎で瀕死に追い込むぐらいだからな。それに見合った戦果として報酬も多めなんだろう。注意する事だな」
「分かってるヨ」
次に金剛。金剛は最強と呼ばれた戦艦棲鬼を単独で瀕死に追い込ませた戦果がある。それに見合った報酬として天龍のより少し厚い。
「何買おっかなー、ビスマルク姉さまにお土産買おうかなー」
「んー新しい小説を買うのもアリだな」
「後で俺も確かめよ」
やがて全員分の給料が配り終わり、金額を確かめる摩耶とプリンツ。この二人は常に貰ってる分、少し余裕だ。提督も後で確認しようと思いながら食堂を出ていく。執務室へ行こうとしたその時、誰かに声を掛けられた。
「提督さん、ちょっといいかしら」
「何だエセ医師」
「……まぁ悪口は置いといて、少し話に付き合って欲しいのだけど」
「断る。お前の話なんてろくなもんじゃない」
「薬について、の話よ」
通り過ぎろうとした途端に気になる事を言い出した。薬について何か知っているようだ。鎮守府襲撃の際には一番安全な地下医療室に避難していた■■医師。勿論提督と前任の話も聞いていた。■■医師は提督を倉庫裏まで連れ出し、日陰の所で話をする。
「洗脳の原因が改造された戦闘意欲促進剤なら私にも心当たりがあるわ」
「何でそれを早く言わない」
「心当たりよ? 本当に原因が薬だなんて分かるはずないじゃない」
「まぁいい、んで本題は?」
「あの改造された戦闘意欲促進剤は艦娘が人間の命令に忠実になるもの。今は艦娘が特定の艦娘の命令を聞くように作り替えられている」
■■医師の言う通り、洗脳の原因は改造された戦闘意欲促進剤。本来なら人間の命令を聞くはずが今は艦娘がある艦娘の命令だけ聞いている。それを作ったのは開発者である前の明石。だが開発書類は全て火災によって消し炭になってしまった。しかも彼女だけがその開発方法を知っている。してやられたと言うべきか。
「だけどそれには穴があった」
「穴? お前には三つも、ブファ!!」
「……話を戻して、その穴っていうのは時間制限があるという事」
頬を叩かれ、赤い手形が出来る提督。咳き込みした後に■■医師は話を続けた。
「だけど前任や■■ならあるペースに合わせて摂取させていた可能性がある。だけど前明石はいなくなって、使えなくなってしまった……言いたい事が分かるでしょ?」
「つまりは時間が経てばいずれは戻ると言いたいんだろう? まぁ確かにどの薬にも時間制限は付き物だ、それは俺も最初思った。だが……」
「だが?」
「もし改造されているのなら時間を引き伸ばす事だって出来るはずだ。もしくは永続か。その可能性があるのなら俺は計画を実行しなきゃならない」
確かに■■医師の推測は正解だ。提督もそれは何回か考えている。
だが艦娘が人間の命令に忠実になると言った無茶苦茶な薬が開発出来るのであれば効果時間を引き伸ばす事など有り得る話だ。もし■■が時間を考えて、摂取させているとしたらまだ希望はある。
だが効果が永続となれば話は別だ。
「計画? 何の?」
提督が口に指を当て、目線を上に向ける。それは誰かに聞かれているかもしれないと言う警戒の合図だった。■■医師は少しヒヤッとするも落ち着きを取り戻す。事の状況を察知し、取り敢えず頷いた。
「そういう事ね……ま、取り敢えず私が持ってる情報としてはこれくらいよ」
「まるで珈琲を淹れた後の抽出カスみたいな情報だなぁ、何がしたいんだ?」
「そんな睨まなくても、私は元の鎮守府に戻したいだけよ……そう、元の……」
「ん?」
意味が含まれたような言い方をする■■医師。とても悔しい表情で手を握っていた。何か思いついたのか、提督に詰め寄る。
「因みになんだけど記憶関係を操れる薬とか無いのかしら?」
「あるにはあるが最重要危険薬だ、今は使えない」
「そう……」
記憶関係の薬は改造されて出来た物であり、最も危険視されている。発覚時は大本営が一斉に取り締まり、火による完全撲滅で荒事は終わっている。現在は誰も開発方法を知り得ていない。
「あ、これも教えとくわ……前任が来る前には──
──もう一人、
「……そうかい。情報提供どうも」
「んじゃ私はこれで」
■■医師との話が終わり、提督は執務室に戻る。いつもは書類など早く終わるはずが時々手が止まっていた。ペンを机に何回も突いたりと落ち着いていない様子だ。
「どうしたんだ提督」
「いや、少しイラついているだけだ」
提督がイラつくぐらいの出来事だ。また何かあったのだろう。摩耶は提督の書類を少し持っていき、書きながら話し掛ける。
「イラついてるって何があったんだ」
「少々引っ掛かる事があってだね……」
トントントントンとペンを何回も突く。静かな執務室が少しうるさく思えた。すると突然提督が突くのをやめる。
「……どうやら摩耶、俺らはまだ闇の深淵には辿り着けていないようだ」
「まだヤバい事があったのか?」
「ヤバい所の話じゃない。この鎮守府の全ての事情を、いや大本営ごとひっくり返す様な話だ」
提督はニヤついた顔しながらも焦っている。額から汗が流れているのが見えた。これだけ提督を焦らすぐらいだ、大事なのだろう。現に手が震えている。
「前任は元々提督じゃなかった可能性がある」