不確かなまま、また一日が始まった。早めに起きた古鷹は洗面所で顔を洗っている。鏡の前に立ち、少し考え事をしていた。
「また変な夢見たなぁ……」
それはこの鎮守府とは程遠い、自分達の日常の風景。皆楽しそうに時間を過ごしていた。加古も、自分も。少しばかり涙が出そうだった。もしこんな日常が手に入るのなら何としてでもやり遂げたい。涙を拭って鏡に精一杯の笑顔を見せ、古鷹は部屋を出る。
「「あ」」
部屋を出た途端、加古と目が合ってしまった。同じタイミングで部屋を出たようだ。流石に少し気まずい。
「……加古、おはよ……」
「……チッ」
気安く挨拶する古鷹を無視し、加古は別の場所へ行く。ここ数日間、何回も話しかけているが食堂の件以外は話し合えていない。
「はぁ……ダメダメ挫けてちゃ! 元気を出すのよ古鷹!」
古鷹は両頬を叩き、自分を励ます。何回も続けると自分で決めた。まだ挫けてはいけない。古鷹は加古とは反対方向の執務室へ向かった。
「提督! おはようございます!」
「何でコイツらは朝からうるさいんだ、頭が痛くなる」
「元気になった証拠だろ。んで、どうしたんだ古鷹?」
「いえ! 挨拶がしたかっただけです!」
えらく上機嫌な古鷹に惚ける提督と摩耶。流石に提督も手が止まってしまった。ペンが転がり、床に落ちる。
「……何か気持ち悪いな」
「何でそう否定的に捉えるのかあたしには理解出来ないね」
「うるさい、今日分の書類を書き終えたらやる事があるんだ。さっさと終わらせるぞ」
遠征の報告書や改修工事のリスト、申請書など書類は山ほどある。それを終わらせて提督はαに関する事件について調べたかった。
「あー疲れた……」
午前が過ぎ、書類を粗方終わらせた提督は広場で背を伸ばしていた。気分転換に外に出てみたがこれもまた一興だ。摩耶からはマスコミが張っているかもしれないから変装しろと注意されている。提督は整備兵の格好で西騎士の仮面を被り、長い黒髪のカツラを被った。そのおかげか凄い気が楽だ、ベンチに堂々と横になれる。
「そんな所で寝ていたら風邪引きますよ司令」
「うるさい黙れー、俺は寝たい時に寝るんだー。邪魔するなー」
「折角話し掛けてあげたのにその言い分は理解しかねます」
「って言いながら何故隣に座る不知火。訓練はどうした」
不知火が訓練を抜け出し、提督に話し掛けてきた。
提督が寝ているベンチに座る。
「休憩です。少し休みたい気分なので」
「落ち度があり過ぎて頭も相当おじゃんのようだ。後で医師にもう一度脳みその奥まで顕微鏡でしか確認出来ない間抜け専用の細菌をレーザー治療で駆除してもらうといい」
「勝手にそうさせていただきます、元司令」
元司令官。
不知火は提督の元部下のようだ。川内や摩耶と同じく提督に育てられた艦娘。道理で馴れ馴れしいはずだ。
「流石に私が居なかったのは堪えましたか?」
「別に、何とも思わなかったな」
「そうですか。まぁそう言うと思いました。膝枕でもどうです?」
「ぜひ頼む」
掌を枕代わりにしていた提督は即座に頼んだ。不知火はいつもの司令官だと微笑みながら太腿に司令官の頭を乗せる。司令官は嘘が得意だ、話した時少しばかり声が震えている。
内心寂しかったはずだ。だが司令官は声には出さない。この時間が不知火とっては懐かしく思えた。
「相変わらずですね、司令官は」
「お前も相変わらずの氷河期だなぁ、そんな奴をどこかで見た事がある」
懐かしいあだ名だ。表情を表に出さないままクール気取りの艦娘として一時期そう呼ばれた事がある。恐らくこの鎮守府の加賀も呼ばれているのだろう。
司令官と話すだけ、あの時の思い出が甦る。当時の自分達と共に戦ってくれた事や司令官の過去の真実を聞いて驚いた事。時々暴言を吐かれてイラつくような事もあったが、司令官は絶対に自分達を見捨てたりしなかった。自分達が間違いを犯しても司令官は必死に庇ってくれた事もある。とても楽しい毎日だった。仲間と共に過ごし、共に戦い、互いに笑い、互いに励まし合ういつしかの日常。
だがその日常は司令官が大本営に勤務する事なった日に崩れ去る。
「地獄……でした……」
不知火は泣きながら語る。自分達を兵器としてぞんざいに扱い、非人道的な罰を受け、仲間同士が罵倒し合う思い出したくない地獄。川内と共に改めて戦う鎮守府は深海棲艦以上に残酷だった。
「常識が何も通じなくて……ルールも関係無くて……非人道的で……最悪でした」
「だろうなぁ」
「あの時はいつも思ってました……私がこの世に生まれた意味は何なのか、と……」
不知火は優遇制度により前任に迎えられたが、洗脳は効いていなかった。それに気付いた前任は不知火を殺そうと追い掛け回され、■■医師によって匿われた。大した外傷は無くとも心に精神的なダメージを受けてしまう。川内はどうなっているのか分からない。何度も悪夢に苛まれ、自分は何なのか精神崩壊をした事もある。
「でも司令は言ってくれましたよね? 私達が存在意義を自身に問い掛けたら兵器でも人間でも無くなってしまう、と。その言葉を思い出したから私は、今まで生き残る事が出来たのかもしれません」
「まさかまた問い掛けていないだろうな?」
「まさか。大丈夫です、私は誇りある名を持つ兵器であり気高き人間です。もう揺るぎません」
「……ならいい」
「……でも、もし私の中に司令がいなかったら……私は、自殺してました……」
あの言葉を思い出さなかったら不知火は自暴自棄で自殺していた。姉妹は全員沈んだ、自分は何故生き残った、何故こんな事になった、訳が分からない、何の為に自分は生きているのか。精神を脅かされ、何度も自問自答し続けた。
「貴方のおかげです。本当に……」
「そりゃ良かったぁ」
不知火は改めて司令官に感謝した。司令官のおかげで立ち直れた事、そして再び出会えた事に。もうこの人がいれば百人力だ、この鎮守府なんて敵ではない。
「あ、皐月達と久しぶりに話しました。相変わらず元気で良かったです。北上さんもまた強くなってて驚きました」
「やっぱ観てたんだな、あの演習」
「はい、観てました」
■■に匿われていた不知火はテレビ越しに演習を観戦していた。早く司令官に会いたいと思いつつも敵の北上や味方の加賀や鈴谷の事を密かに応援していたのは秘密である。
「あれ不知火、何してるの?」
古鷹が傍を通り、不知火と提督に話し掛ける。古鷹も訓練が終わり、休憩の為に来ているらしい。珍しい二人の組み合わせが気になったようだ。
「司令が疲れてたらしいので少し膝枕を」
「コイツが頼んできた事だ、俺は悪くないぞ古鷹」
「分かってますよ。提督、後で話があるので夜にお時間いただけますか?」
「ロクでもない話なら速攻追い出すからな」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます!」
古鷹は提督と約束した後、訓練に戻っていった。古鷹の後ろ姿を見て、不知火が気付く。他の艦娘とはただならぬオーラのようなものを感じた。
「古鷹さん、強くなってますね……」
「やっぱお前でも分かる?」
「はい。身体中から物凄い戦闘意欲が溢れ出ています」
あの雰囲気はあの北上と少し似ている。実力はまだまだというものの潜在能力は無限大の可能性を秘めているようだ。提督もその事は少しばかり気付いていた。
「……そうか」
時間が流れ、夜となる。古鷹と約束していた提督は古鷹が来るまでαに関する資料を纏めていた。摩耶には先に終わらせて部屋で休ませている。机のライトだけ照らした暗い執務室には提督一人しかいない。その中で古鷹が執務室に入ってきた。
「んで古鷹、話ってのは?」
「はい、近日中に演習を申し込みたく思っています!」
古鷹が演習の申し込みを要請してきた。自信満々に話すその表情は活気に溢れている。確かに訓練とあの戦闘で経験値は稼げている事だろう。それを聞いて提督はニヤリと微かに笑った。
「ほう……そうか。演習メンバーは決まったのか?」
「いえまだ私と加古、長門さんと雲龍さんしか決まっていません!」
「……なるほど。分かった、こちらで埋め合わせはしておこう。演習相手も選ばせてもらう。いいな?」
「はい! お願いします!」
元気に古鷹は執務室を去る。提督は執務室でまた一人、資料を纏めた。深夜一時まで黙々と書き写していく中、物音が聞こえた。
「……聞いてたろ……□□」
ドアの向こう側から声が聞こえる。だが■■の声ではない。もう一人の別の存在だ。
「よくお気付きで」
「わざと気付くようにしてたのはどこのどいつだと思ってる」
流暢に会話する二人。提督は事前に□□の気配を感じていた。少し物音を立てて気付かせるように面倒臭い真似までしている。
「あら分かっていただけましたか? それはありがたい限りです」
「早く本題を言え」
「せっかちですね貴方は……まぁ前置きはもういいでしょう……明石の事なんですが──」
「──別に殺しても構いません。もう必要では無くなったので」
「……」
前明石を助ける気もなく、殺しても構わないという。流石は提督を一度欺いただけの事はある。前明石を助けるような奴がいたら捕まえるつもりだった。分かりやすい罠には引っ掛からないようだ。
「分かった。こちらで処理しておこう、まぁお前らも慈悲が無いな。明石をトカゲのしっぽ切りにしたか」
「それは勿論、失態を犯した艦娘は裏切り者として処理するのがルールですので」
「殺伐としてるねぇ~」
「……では、お願いしますね」
足音が徐々に遠くなって聞こえる。話が済んだのか帰っていったようだ。提督は別の存在□□との話で警戒する。
「……仕掛けてきたか」
提督との話が終わり、暗い夜の寮の裏道を進む□□。月の光は影が出来るほど輝いており、広場を照らしている。艦娘達は就寝し、見回りする者は誰もいない。
すると裏道の闇影から青白い目が光った。
「計画はドウダ、□□」
「■■や提督にはバレていませんよ。大丈夫です」
「……ソウカ」
謎の存在と会話をする□□。静かに話す二人は誰も気付かれていない。
「貴方達はまだ潜伏を続けて下さい。合図次第向かってもらいたいと思います」
「分カッタ」
「……思い通りに行くと思ったら大間違いですよ……■■、提督」
■■や□□の正体を分かっている方っているのでしょうか。
この時点で□□が誰か分かったらそれはそれで凄いと思います。
あ、因みにもう登場していますし、台詞も出ています。