──痛い。
──頭が痛い。
──ムカつく。
──ムカつくんだよ。
──ボロクソに弱かった奴が調子乗ってんなよ。
──強いのはあたしだ。
──お前より上なんだよ。
──……。
──……。
──……悲しい。
「……」
不確かなまま、また嫌な今日が始まる。起き上がった加古は顔を洗い、髪を整え、鏡で自分の顔を見る。表情が固く、暗い顔でも加古は気にしない。いつもの薬を飲んで食堂へ向かう為にドアを開ける。
「「あ」」
また古鷹とタイミングが合ってしまった。最早確信犯かと思える行動に早朝から苛立つ加古。軽く舌打ちし、古鷹を避けるように反対側の階段から下りようとした。
「……チッ」
「ま、待って加古!!」
遠ざかる加古を呼ぶ。
無視したらキリがないので一応は聞く。不本意ではあるが。
「……んだよ」
「どうかな? 私……強くなれたかな?」
「ッ!!」
やはり話を聞いてもイラつく事ばかりだ。早朝から胸糞悪い事ばかりで限界が来てるというのにこの古鷹は容赦が無い。殴ってやろうかと考えるも、怒りを抑える。
「うっせぇんだよ。黙れよ分かんないのか!? この反応見りゃわかんだろ!! あたしはお前が物凄く嫌いだ! 話しかけんなって言ったよな!?」
「加古……」
「一々人の神経逆撫でしやがって……あの時まで何も使えなかったゴミクズが調子乗ってんじゃねーよ!!」
「加古……待っ──」「ついてくんなァ!!」
古鷹はそのまま廊下に取り残された。違う、加古を怒らせたかったんじゃない。
ただ私は──、
「今日も訓練始めますよー!」
プリンツの模擬訓練は人気だ。今日もまた多くの艦娘が来てくれている。初めてやった時とは比べ物にならない。
「今日は特別に摩耶さんが相手してくれまーす!」
「そのスペシャルゲストみたいな扱いやめてくれプリンツ」
艤装を展開した摩耶がウォーミングアップをしている。提督お墨付きの艦娘、そして認められている艦娘の一人。あの鎮守府襲撃時にも空母棲姫達の艦載機を幾度となく破壊した。どれだけ強いのかは見ても分かる。
「えー実際そうじゃありませんか?」
「んなわけないだろ。あたしは提督に出す報告書に練度を確認しなきゃいけないからこうして相手するんだ……あ、何人でも相手になるぞ」
調子づいて複数相手でも大丈夫だと豪語する摩耶。集まって来た艦娘達は摩耶の強さを図る為に話し合う。
「じゃあこの人数で……!」
「……」
合計二十一人。時雨、夕立、白露、磯風、浜風、秋月、涼月、球磨、多摩、木曾、天龍、阿武隈、最上、熊野、金剛、比叡、武蔵、大和、雲龍、飛鷹、隼鷹。
火力が桁違いな連中ばかりだ。
「……プリンツ、お前も来い」
「へ? いやさっき摩耶、何人でもって──」「馬鹿言え、この数を無傷でこなせると思うか!?」
「何で無傷でいる事が前提なんですか……」
流石に相手し切れないと判断したのかプリンツに助けを求める。胸倉を掴んで小声で訴えた。
「あれだけ期待されてる眼差しされて応えない他は無~い~だ~ろ~!!」
「いやそれ摩耶の自業ーじーとーくー」
前後に振り回されるプリンツ。調子に乗った摩耶の自業自得だと話を受け流す。プリンツが殺気を感じて、摩耶の顔を見た。
「とにかくだ、お前も来い」
「だからそれは貴方の……やめてやめて、その、眼が殺す気なのやめてください! 分かりました、やりますから!!」
「よっしゃー! 全力で来ーい!!」
「はぁ……何故こんな事に……」
プリンツも艤装を展開し、摩耶の横暴っぷりに頭を抱える。一体誰に似たのやらと困り気味だ。
「んじゃ始め!」
お互い距離を取ったところでプリンツがホイッスルで開始の合図を送る。一斉に艦娘達は動き出し、射程距離まで詰めていく。
「(それぞれ左右に展開……あたしが対空に強いってのが分かってるのか一向に出さないな……)」
「(戦力がちゃんと分散されてますね……更に移動地点を予測した砲撃……教えた甲斐があったようです)」
「少し本気出してもよさそうだ、プリンツ!」
「えぇ! そのようですね!」
摩耶とプリンツが互いに見つめ、直後に急発進。同じくそれぞれ左右に展開し、間合いを詰める。
「川内のような蛇行走行!」
「少しトリッキーだな!!」
大和や武蔵も参加している以上、アウトレンジ戦法は使えない。飛鷹達はプリンツに向けて艦載機を発艦している。一方で摩耶には戦艦や駆逐艦が迫ってきている。
「見境なくやるぞ……!!」
「海外艦の恐ろしさをとくとご覧あれ!」
──────────────―
「負けたー」
「あーやっぱ強い……」
勝負は摩耶達の勝利。
艦娘達は大破や中破状態が多く、摩耶とプリンツは共に損害ありと被害が少ない。出撃ハッチから出てきた後は皆、身体を休めている。地面に寝そべる者や壁に寄り掛かる者と疲れているようだ。
「やはり提督の妻だけあって底知れぬ強さだ……」
「妻はやめろ」
「痛っ!」
磯風が摩耶に頭を軽く叩かれる。いつも提督の傍にいる艦娘としてそう思われていたようだ。摩耶本人は満更でもない様子になっているが。
「そろそろお昼ですね、休憩にしましょう!」
プリンツの掛け声により、訓練は一時終わり休憩に入る。皆がお腹を抑えて食堂を向かっていった。摩耶とプリンツもその後を追う。しかし海で二人の艦娘が立ち尽くしていた。
「あれは古鷹と加古……」
「勝手に始めるのか」
「まぁいいじゃないですか。別に強制されている訳では無いので」
休憩するとは言ったがそれをするのは艦娘の自由だ。休憩しなくても訓練をしたければ自由にやって構わない方針でいる。プリンツが笛を加え、開始の合図を準備する。
「……」
「加古……」
「始め!!」
「ッ! 行くよ!!」
笛の音とプリンツの声により、模擬訓練が開始。古鷹と加古は鳴った瞬間に瞳孔を開かせて突撃。互いに引いた右拳の殴打を直撃させる。
「いきなり近接戦闘ですか……」
「武闘派だな、あそこまでいくと」
お互い表情を変えずに攻撃を繰り返す。殴打や蹴りを受け流し、次の手を出していく。
単なる殴り合いに見えるが、とても高度な近接戦闘だ。
加古は蹴りを躱して、殴ると同時に零距離砲撃。
古鷹は身を屈めて砲撃を回避。右腕を蹴り上げ、零距離砲撃。
──ふざけるな。
互いに躊躇いなく猛攻を仕掛ける。
拳を腕で防御し掴む、足で蹴り飛ばした。
だが蹴り飛ばそうとした足を手の平で受け止め、空いた拳で殴り掛かる。
──お願い、加古……。
一旦距離を離れ、左右に動き出す。加古は相手の移動地点を予測、砲撃。
古鷹は魚雷を発射し、砲撃を回避する。
発射された魚雷を跳躍で回避、古鷹に接近した。
互いに拳が衝突、直後に砲撃。海がざわつき、爆煙が二人を包む。
風で黒い爆煙が消え去る。古鷹と加古は拳を衝突させたまま、じっとしていた。
──クソがッ!!
──目を覚まして!!
拳を離した瞬間に二人は後ろ回し蹴りを始めた。互いの頬に踵がめり込み、怯んで退ける。
二人共息は上がっており、目の前の相手を倒す事に必死だ。同じ戦闘スタイル、同じ攻撃、同じ戦闘能力。
全て同等な事に加古は激昂した。
「ッ!!!」
「待って加古──」
古鷹の顔を掴み、砲撃。吹き飛ばされた古鷹は一瞬意識を失いかけた。
加古は急発進し、一気に古鷹の懐へ接近。
鳩尾を殴り、古鷹は空へ殴り飛ばされる。
古鷹は反撃に出ようと、跳躍した加古の蹴りを空中で躱した。
だが加古は空いた左腕を使って古鷹の首を掴む。
その瞬間に砲撃の反動で急降下。水柱が上がり、古鷹は海面に叩きつけられた。
「カハッ……!」
「……分かったかよ、これで……! これでお前は──」「諦めるわけないでしょッ!!」
古鷹は両足を揃え、加古の顎を蹴り上げる。
加古は咄嗟の攻撃に怯み、何歩か後退した。意識を失いかけ、口から出た血を拭う。立ち上がった古鷹を敵視するように睨んだ。
「弱いだって……? そっちこそふざけないで!! さっきから私の攻撃が通用してんじゃんか!!」
「……れ」
──痛い。
「加古より強い艦娘なんて腐るほどいる! あそこにいる摩耶やプリンツだって加古の何億倍も強いよッ!!」
「黙れ……!」
──頭が痛い。
「確かに加古は強いよ!! 姉の私だって憧れる程に強いよ!! だけど今の加古は確実に弱くなってきてる!!」
「黙れよ……!」
──叫びたい程痛い。
「私と加古が戦って一度でも私に勝った時なんてあった!? 一度も勝負なんてしてないのに勝ち誇った気なんてしないでよ!! 自分だけ見て誇らないでよ!!」
「黙れよ……!!」
「私より強いんだって、そうやって何回も自分に問い掛けてるんだったら!! この勝負で勝って見せてよッ!!! 加古の馬鹿ァァァ!!」
「ッ……! 黙れェェェェェ!!!!」
両者、激昴。同時に急発進。
互いに右拳を後方へ引き、左足を前に出す。
右腕の砲台は装填完了。砲撃準備、共に良し。
咆哮を上げ、右拳を互いの左頬へ殴り向ける。
古鷹が初めて見せた怒り、それは単なる感情任せに言ったのかもしれない。自分をくだらないと笑って見下す加古に限界が来たのかもしれない。
所詮は勝負だ。
だが二人にとってこの勝負は──、
「二人共、そこまでです!」
摩耶とプリンツが止めに掛る。本物の弾薬を使っている事に気付いたのか、とても必死だ。古鷹と加古の砲台を空に向け、砲撃させる。それでも殴り合おうとする古鷹と加古。摩耶とプリンツが中間に入り、阻止させる。
「訓練するのは大いに結構だが……本物の弾薬を使うのは少し違うぞ、古鷹」
「加古さんも仲間を沈めるつもりですか? 別に貴方達がどう争うが構いませんが……仲間同士の殺害は重罪です」
模擬訓練で使用しているのは模擬弾薬。当たってもダメージは無く、ダメージを受けた様な状態に見せる物だ。数時間後には自動で回復する。
だが古鷹と加古が使用していたのは深海棲艦との戦闘時に使用する本物の弾薬。それは艦娘といえど慈悲無く、ダメージを与える。
「……す、すいません」
「お互い一時的に謹慎させます。一回頭を冷やすように。あと提督にも報告、入渠の許可を貰ってください。二人でですよー?」
「……チッ」
流石に本物の弾薬を使用した事が重かったのか古鷹と加古は謹慎処分を受けた。提督に報告するよう、即座に帰ろうとする加古に向けて話すプリンツ。
そこに岸辺沿いである艦娘達が演習を観戦していた。
「……相当ヤバいねぇ、この鎮守府」
「提督から耳にしましたけどここまでとは……北上さん、どうします?」
「んー今は昼でも食べてゆっくりしよー。考えるのダルいし」
「あ、そんなお腹空いてないや」
「もう! 北上さんのお茶目!!」