70. 人間は二つの変態で別れている
「ビスマルク」
「グーテンターク。私はビスマルク型の戦艦のネームシップ、ビスマルク。よおく覚えておくのよ」
「サラトガ」
「ハーロー! 航空母艦、サラトガです。提督殿、サラとお呼び下さいね。よろしくお願い致します」
「ローマ」
「ヴィットリオ・ヴェッ……出来ない!」
「ウォースパイト」
「もっと無理!! っていうか何なのこれ!!?」
「お前、意外と何でもやるんだな」
執務室にて提督と摩耶、瑞鶴が暇を持て余していた。提督は椅子に座りながら机に足を乗せている。瑞鶴は提督に言われた海外艦の真似をさせられていた。途中で噛んでしまい、我慢ならずに不満を訴えている。
「提督さんがやれって言ったんでしょ!?」
「やっぱお前芸人の才能があるなぁ。どうだー? その物真似を活かして海外艦に成り済ますのは」
「何の為なのよ」
「兼ねてから夜戦出来る空母が欲しい所だったんだ。そこで海外艦を誘致してもらいたい。作戦指揮の時に私がやりやすくなる」
提督は立ち上がり、手前の応接間のソファに寄り掛かる。予め用意されていたコーヒーカップを手に取り、淹れたての珈琲を飲む。摩耶も同様に珈琲を飲んでいた。
「くだらない。一人でやってよ、そんな事。あ! 海軍一の減らず口さんはやらないよね?」
「お前ぐらいならグラーフ・ツェッペリンあたり成りすませるだろう。今度某独国に赴いて元帥に尻の一つでも触らせれば異動なんて簡単だ。今度改装設計図でも作ってみよう」
「私は海外なんて絶対嫌だけどね。日本の方がまだ安心出来るし」
瑞鶴が摩耶の隣に座り、舞鶴の榛名から貰った土地のお土産を一つ頬張った。摩耶や提督も珈琲の休憩に食べていく。
「ヒステリックなお前なら簡易な感情表現でも伝わる上、複数の敵艦隊を殲滅出来る最適な場所だと思うが? なぁ摩耶ー?」
「それはさておき、そのグラーフが海軍で一騒動を起こしてるみたいだけどな」
「あーそうらしいなー」
提督はリモコンを持ってテレビをつけた。テレビのチャンネルを回し、昼のニュース番組を珈琲を飲みながら見ている。未だにニュースにはなっていないが、海外艦であるグラーフ・ツェッペリンが数々の軍人と肉体関係を持ってしまい、寝取られた軍人が怒りをあらわにしている。こんな戦争中によくも馬鹿な事をやれるものだ。
「多くの軍人と肉体関係を持ち、軍人同士がいざこざを起こすっていうね……」
「どんな考え方したらあんなドスケベサキュバスみたいな事出来るんだ……」
「「そこじゃないだろ(でしょ)!!」」
「はーい、今日の仕事終わりー!!」
「お疲れ様だ、提督」
二人にツッコまれた後に提督は今日分の仕事を終えた。夕方十六時、鎮守府襲撃以降に破壊された寮や司令本部は徐々に補修されていた。
「いやー梅雨が来る前に補修が間に合って良かったよぉ。雨漏りでもすればこの偉い俺の顔にキズがつく」
「確かに間に合って良かったな。各寮の補修も終わったようだし、後は……ん?」
「どうした摩耶」
「いや、これ……」
リストに載せられていたのは憲兵や整備士などの寮建設。この鎮守府の補修工事は元々大本営が賄っている。その為建設については任せていた。
「ちょっと待て、俺が知らない所で何やったあのクソジジイ」
「憲兵や整備士の寮の建設って……」
「何て仕打ちだぁ、今までやってきた事は全て他の人間が干渉していない事から始まっていたと言うのに。馬鹿共の意見すら聞かずに建設かぁ、相変わらず大本営の横暴ぶりには反吐が出るな」
「失礼します」
執務室に鳥海が入ってきた。手には何か手紙のようなものを持っている。少し不吉な予感がしたが、仕方なく提督は受け入れた。
「何だ鳥海」
「大本営からお手紙が来ています」
「はぁ……摩耶」
「はいはい」
手紙を摩耶に取らせて読ませる。不吉な事が予感している以上、提督自身は読みたくない一心だ。鳥海も気になったのか摩耶と一緒に読み始める。
「ったく、今度は何の厄介事を持ってきた?」
「……司令官候補生の面倒だって」
「ふざけるなァ!! 何故新人の面倒を俺が見なければならない!! ただでさえこの鎮守府の面倒事が多いというのに、また更に面倒事を持ってきやがって!! あのクソジジイ……!!!」
あまりの理不尽さに提督は激昴する。司令官候補生の指導など真っ平御免だ。鎮守府の闇がまだ祓えていないというのに、何故このタイミングで教育なのか。今はそれどころではないというのに。
「しかもこのタイミングでか……」
「あー本当に最悪だー……」
最も提督が警戒しているのは憲兵や整備士、司令官候補生がこの鎮守府に来た場合、敵になる恐れがある事。敵とはつまり、■■の味方になる可能性だ。人間は欲に忠実である以上、■■に唆れて提督達を貶める手段を投じてくる。それは新しく着任した艦娘にも言える事だが、艦娘ならまだ何とか出来る。
しかし人間は艦娘以上に厄介な存在だ、例え提督だろうと一筋縄ではいかない。更にはこの鎮守府の艦娘は人間に対して臆病でもある。前任の優遇制度により差別された側の艦娘はその他の人間に弄ばれた事がある為、トラウマを呼び寄せて騒がれたらそれこそ本当に面倒だ。
「んで、引き受けるのか?」
「百%断りたい所だがあのクソジジイに逆らうのはこれより面倒だ。引き受ける他は無いだろう」
「権力って怖ェな」
「全くだなぁ」
「提督の事も言ってるんだけどな」
権力は欲に忠実な人間の中で最高の武器だ。権力のある者は無い者を淘汰し、ぞんざいに扱う。例え権力のある者が優しい心の持ち主だろうといつかは必ず豹変する。提督はその前者に例えられるだろう。摩耶に指摘されながらも提督はある事を考えていた。
『私達はある記憶を失っている、そして改竄されている』
舞鶴の榛名から聞いた彼女の意味が含まれた言葉。記憶を失っている、つまりはαに関しての記憶が都合良く消え、前任が元々提督だったという改竄を仕掛けたのだろうか。
しかし色々と不明点が残る。何故αを存在ごと抹消させたのか。何故他の人間ではなく艦娘達だけの記憶から消し去って改竄したのか。色々あの■■医師に聞かなければならない。あの女は明らかに何かを隠している。
「……さーて仕事終わったし、何しよーかなー!!」
「風呂にでも入ったら?」
「あーそういえば入ってねーなぁ……」
この鎮守府に着任してから提督は一度も風呂に入っていない。身だしなみは整えているも、少し臭うと大和から言われた。確かに風呂に入って時間を潰すのも悪くない。
「はぁ~極楽極楽~」
入渠施設もとい、風呂に浸かる提督と摩耶。久しぶりに風呂に浸かる提督は溶けるバターのように蕩け出した。疲れを癒やせる事が出来たのか緊張が解けた声を出している。
「何ヶ月ぶりの風呂だ?」
「恐らく一年」
「覚えてないだけだろ……」
摩耶が考えるには約二ヶ月前だ。久しぶりなのか浸かる際も少しだけビビっていた。長い白髪をポニーテールでまとめ、腰にタオルを巻き、最低限のマナーは守ってくれている。とはいえ最初は全裸で入り、摩耶に殴られたが。
「つか提督と入るのも久しぶりだな」
「大本営の後方勤務からはシャワー室だからな。お前の身体を見るのも久しぶりだ」
「……それあたし以外に言ったらセクハラだぞ。いやあたしのもセクハラだけどさ」
「だとしてもお前の身体を見れるのは俺くらいだぁ。その逆も然り、お互い苦労してるな」
提督の身体は全身傷だらけだ。刀や鞭、鈍器などでやられた痕が隙間無く残っている。初めて見ようものなら引かれてもおかしくはないだろう。摩耶も同然、傷が残っている。そして深海棲艦のような白い肌が各所にある為、タオルでその場所を隠していた。この事を知っているのは提督しか知らない。それ以前に誰にも教えていない。
「まぁ提督の身体は一度見られてるけどな」
「アレは応急処置だ、仕方あるまい」
「許してんのか? ■■先生の事」
「許してはないが人命救助の為だ、不本意だが見られても仕方あるまい」
提督は風呂の端を顎で支え、お湯で身体を浮かすようにしている。誰もいないから出来る事ではあるが、見た方からすればマナーは最悪だろう。
「やはり風呂という物は人を癒してくれる万物の行動だ。これを考えた人間を神として崇めたいね~」
「行儀悪いなオイ」
「今日も疲れたよね~」
「ゲッ」
風呂に鈴谷、最上、熊野が現れた。提督がいないのが普通のこの場所で全裸で入ってきたようだ。三人は何のリアクションもなく、洗面台で髪を洗っている。
「おっ、響じゃん。摩耶と一緒ってのは珍しいね」
「やぁ」
「(裏声で答えてる……)」
どうやら提督の事を響だと勘違いしているようだ。実際風呂のお湯は緑色で底が見えない為に提督の頭しか見えていない。更には白髪と誰かに成り済ましやすい色だ。バレれば騒がれるのは当然なので、提督は面倒そうな表情になりながら裏声で答える。
「しかし珍しいですわね、お二人さんが一緒なのは」
「本当だね。仲良くなったのかな」
「どうやらお前らの目は節穴のようだー、一度公共の水道水で目の奥まで洗い流してくると良いー。少しは視界が澄み渡り、周りを見渡せるだろうー」
「何々? 提督の真似かな?」
「いや真似にしては上手すぎるような……」
三人が一斉に顔を背後に向ける。そこには――、
「えっ提督!?」
「バレたか……」
「いやバレるだろ」
我慢ならずに裏声で特徴ある言い回しを言ったのでバレてしまった。三人は裸を見られたのか赤面している。提督は嫌そうな顔で反応した。
「覗くなァ!!」
「それは場面が違う台詞だゾファッ!!」
鈴谷が叫びながら風呂桶を投げ飛ばした。提督は立ち上がって注意するも風呂桶が額に直撃。風呂の中で水しぶきが上がる。仕方なく摩耶は溜息を吐きながらも説明に入った。
「あーだからこの時間帯に入ってたのね。気付かなかったわー」
「確かに提督がお風呂に入ってるイメージってないね」
「とはいえ裸を見られたのは嫌ですわ」
最上達は訓練で汗を流し、身体を洗う為に来たらしい。額に赤く腫れが出来た提督はまた身体を浮かせている。気分は最高から最悪まで落とされたようだ。
「うるさい黙れー、お前らの所為で気分が最悪だー」
「そりゃどーも」
身体を洗い終えた最上達が摩耶と提督がいる一番広い風呂の中に入る。鈴谷はニヤニヤしながら提督の横に座った。
「何で俺の近くに来るんだ!! 暑苦しいだろ!!」
「えー何~? 提督、恥ずかしがってるの~?」
「んな訳ないだろ!! 暑苦しいから邪魔だって言ってんだ!!」
「提督! 何故勝手に風呂へ入ってるんですか!!」
――五分後。
「何故だ摩耶」
「何が?」
「何故先程まで静かだった風呂がこうも騒がしいんだ」
「さぁねー……」
風呂に提督がいると聞いて、興味本位に来た艦娘が集まってきていた。この時間帯は余程の事が無い限りは絶対に来ない。がその余程の事がちょうどよく的中したようだ。提督は嫌々な顔をしながらも大和に肩を揉んでもらっている。
「うわぁ……本当に提督がいる……」
「人を見世物みたいに見るんじゃなーい。さもなくばお前ら全員逆セクハラで訴えてやる、覚悟しろー」
「それ提督がまずいんじゃ……」
「何を言っている大和。俺はあらゆる手段で人の上に立つ男だ。お前らの証言なんぞ不明瞭にして、俺の証言を確立あるものにし、お前らに慰謝料を請求してやる。あ、そこいいじゃん」
「うわ汚い」
この入渠施設及び風呂にいるのは提督と摩耶、最上達、大和と武蔵、蒼龍と飛龍。何故ここに来たのかよく分からない。
「お前らの所為で広々と足を伸ばす事も出来ないとは不便利な世の中だぁ」
「ね、提督」
「何だ鈴谷」
「言いにくいんだけどさ……その身体の傷痕は、何?」
提督が瀕死になり、意識を失った際に心肺蘇生法をしていた時だ。提督の身体には見るに堪えない程の傷痕がついている。鈴谷はその事が気になっていた。
「あーこれか。まぁ……そういう危ない事してアレ受けちまったって所かな」
「あー……」
妙に納得出来てしまうのが悔しい。この提督ならあらゆる手段を使うはずだ。例え危ない事だろうと必ず手に触れ、やり遂げてしまうだろう。提督ならやりかねない。
「でもその危ない事って何?」
「うーん……そうだなー……」
腑抜けた声で考える提督。蕩けそうな表情で答えた。
「禁忌を犯した……代償かな」
「禁忌?」
「後は全て片付いたら教えてやるよ、エセJK」
「あ! 司令官だ!」
今度は第六駆逐隊と古鷹が入ってきた。提督がいる事には驚かず、当たり前のように接してくる。後ろに朝潮型の連中が来た。提督は更に嫌な予感に苛まれる。
「司令官も来てたのですね!」
「あら~司令官。い、いたのね~」
「え? 何でここにクズがいるのよ!! この変態!!」
提督は聞き捨てならないといきなり立ち上がり、朝潮型に指を指した。
「黙れ!! 人の恥部を先に覗きながら変態と叫んでるお前らが一番の変態だ!! 胴体や身体を見ればいいものを恥部が気になって仕方なく見てしまい、それは相手も見てるだろうと勝手に勘違いしている愚か者なんだよ!! お前らはその変態そのものだ!! この薄ら馬鹿共め~!!」
「んじゃ提督は気にしないんですか?」
「気にしない訳がないだ──」
直後に全員から殴られたのは言うまでもない。
「殴る事ねーじゃん……」
「当然の報いだ」