うざい提督とブラック鎮守府   作:あばずれ

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76. 職場体験という名の社畜体験

 

 

 青年はヒーローになりたかった。

 

 

 

 困った人を助けるヒーローに。

 

 

 

 悪い奴らをぶっ飛ばすヒーローに。

 

 

 

 誰もが頼れるヒーローに、なりたかった。

 

 

 

 でもそれは妄想という名の夢でしかなかった。

 

 

 

 周りに否定され、嘲笑され、馬鹿にされた。

 

 

 

 それでも青年はヒーローに──

 

 

 

 

 

 

 ──多くの人を救える、正義のヒーローになりたかった。

 

 

 

 

 

 

「あージメジメするー……」

「見事に梅雨の季節だな」

 

 季節は夏、そして梅雨の時期を迎えていた。連日から雨がずっと降り続けている。こうなっては気分も落ちる事だろう。そして提督がなにより気にしているのは──、

 

「そして今日は一番の面倒な日だ」

「確か今日だったな。司令官候補生の来日は」

「ったく、何で俺がわざわざ駆け出しヒヨっ子の面倒を見なければならない。横須賀とか呉でやればいいのに」

 

 今日は司令官候補生が研修に来る日だ。一年間の間に様々な仕事を体験してもらう。提督にとっては面倒事でしかない。するとドアの奥でノックする音が聞こえた。

 

「来たようだぞ、提督」

「はぁ……どうぞー……」

「失礼します!!」

 

 提督と同じ新調された白い軍服をまとい、大きな声で執務室の中に入る。髪を剃りあげた野球部のような髪型だ。恐らくかなりの真面目者と見える。

 

「海軍仕官学校を卒業し、この度司令官候補生としてこの鎮守府に着任しました、灰■■■です!! これからご迷惑をお掛けしますが、何卒よろしくお願いします!!」

「はい、どうもー。んじゃ挨拶も兼ねて少しお話しようか。そこに座ってくれ」

「は、はい! 失礼します!」

 

 応接間のソファに対面に座る提督と司令官候補生。まるで面接のようだ、候補生は緊張している。

 

「えーっと俺はこの鎮守府の最高責任者の中将だ。悪いが名前については色々あって教えない趣味でね、偽名として白と呼ばせてる。これから人の面前では白さんと呼ぶように」

「分かりました!」

「まぁ大体お前の情報は把握してるよ。正直可もなく不可もなくだ、成績は普通、体術や剣術もそれなり。少しばかりは感謝しなければな」

「いえ! こちらこそ褒めて頂き感謝しています!」

「いや別に褒めてる訳じゃないんだけど」

 

 候補生のデータは一応は把握している。学校では目立つような事はなく、成績普通、体術や剣術も普通。普通だらけの少し頭がいい一般人のようなものだ。提督としては普通でいてくれた方が色々と扱いやすい。

 

「うーん……まぁ候補生だし、期間は約一年間……やり方次第じゃそのまま配属も有り得る、と。お前はどうしたい? 知ってるだろ、この鎮守府の……闇を」

 

 提督の言う通り、初めて元帥に呼び出され、その事実を知った。この鎮守府は通称、荒くれ鎮守府。前任の非人道的な支配に脅かされ、悪逆非道の限りを尽くしたと聞いている。

 そして何故かその前任は多くの金と資材を持ち出し夜逃げ。そのまま一ヶ月間放置されていた。しかしそこに中将が現れ、この荒くれ鎮守府を立ち直している。

 

「はい、教えられた限りは知っております。ならば私は……艦娘達も出来るだけ、救いたいと思っています」

 

 考え方が提督とはどうやら合わないらしい。

 当然と言えば当然だろう。今まで配属された親米司令官の大体は、艦娘を人間だと思っている。提督は勿論兵器だと思っているが、これはあくまで提督の価値観。本来それを決めるのは艦娘であり、誰が別に個人の価値観までとやかく押し付ける事やわざわざ言う必要は無いと思っている。

 

「ふーん……因みに軍に入ったキッカケとかある?」

「はい。私はヒ、ヒーローになりたいと思ったので軍に入りました」

 

 

 ヒーローになりたい。それが候補生のキッカケ。

 

 

 提督は一瞬理解出来ずに首を捻った。摩耶に起こされ、正気を取り戻しながらも話を続ける。

 

「……まぁ英雄志望も結構だが、そうヒーローになれる程容易い世界じゃない事ぐらい腐りかけた頭でも分かるだろ?」

「は、はい。存じております」

 

 覚悟は承知の上というわけか。この先どんな困難だろうと立ち向かってやるという意志が見て取れる。とても真面目な分、意志の強さは硬そうだ。このまま誘惑しても答えは変わらないだろう。

 

「そうか……まぁ一々考えるのも面倒だ。んじゃこれからよろしく頼むよ、灰君」

「灰君、とは?」

「あだ名だ。名前呼ぶのも面倒だから名前から漢字一文字抜き取った、これからは艦娘達やその他の人間にもそう呼ばせる。文句あるか? ヒーロー候補生」

「いえ! ありません!」

 

 提督は立ち上がり、執務机の上に座る。候補生は拒否もせずに簡単に受け入れてくれた。立ち上がって提督の機嫌を確かめている。

 

「ならよろしい。あ、そうだな……秘書艦がいなかったな、誰にしよう」

「失礼するよ提督」

 

 候補生がいる事を知らなかった時雨が入ってきた。手元には購買申請書とお金が入った茶封筒がある。時雨は提督と候補生がいる場面を見て硬直した。まずい、これでは提督に怒られてしまう。そう思った時雨は身体を震わせたままドアノブを握る。

 

「あ、お取り込み中だったかな……ごめ──」「よーし!! お前に決定ー!!」

「ふぇ!?」

 

 突然何かを決められ、困惑する時雨。事情を摩耶に説明してもらい、何とか納得してもらった。

 

「そういう事なんだね……僕は白露型の時雨だよ。よ、よろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「敬語じゃなくていいよ灰さん。これからは僕達の上官なんだから」

「分かりま……いや分かった。ありがとう時雨」

 

 敬語を改め、灰色は普通に話す。少し違和感を感じるが、いずれは慣れるだろう。互いに握手して、パートナー関係が成立した。

 だが何故だろうか、握った時雨の手は怯えるように震えていた。

 

「さて今日も書類を片付けるとしよう。あ、早速手伝ってもらおうかなキシシシ」

「あ……」

 

 嫌な予感がした摩耶と時雨が声を零した。何とか楽したい提督は今日の書く書類を全て灰色と時雨に手渡したのだ。今はそのノウハウを摩耶が忙しく教えている。

 一方で提督は執務室に訪れた木曾の購買申請書を貰い受け、札束を数えていた。

 

「で、仕事を全て丸投げとは……えげつない事をするな、提督は」

「なぁに教育だ。一度は忙しさを体験してもらった方がいい」

「まぁその忙しさを体験してるのは摩耶だがな」

「寝てないで手伝え!! クソ提督!!」「グォァ!!」

 

 ボールペンを提督に投げ、見事的中させる。額に直撃し、椅子から転げ落ちた。なら提督は仕方ないとプリンツを呼び出す。

 

「んで殴られても尚、プリンツを呼んだ、と」

「いやーこれで摩耶も楽に──」「なる訳無ェだろ提督が教えろやァ!!」

「アベバッ!!」

 

 自分のスマホを提督に投げつける。また額に直撃し、椅子から転げ落ちた。その時昼飯の鐘が鳴る。

 

「昼飯か。一旦休憩としようー!!」

 

 提督が喜ぶように飛び上がり、急に元気を取り戻す。摩耶達も一旦仕事を中止させ、食堂へ向かう。提督の何とも言えない不気味な印象に灰色は違和感を感じていた。

 

「白さんはいつもあんな感じなのですか?」

「あーまぁ、あんな感じだよ」

「あんな感じだね」

「えぇ……」

 

 二人が即座に答える。いつもの光景だと二人は口を並べて言う。あのテンションがずっと続くのか、灰色は少しこの先の未来に不安を感じた。

 するとその提督が何かを思いついたのか急に振り向き出す。

 

「あ、ちょうどいい。一度、艦娘達の前で自己紹介したらどうだ?」

「え?」

 

 提督達は食堂へ向かい、いつものように二階のテーブル席で食べる。

 しかしその前に新しい司令官候補生の紹介を始めた。何も知らぬ艦娘達は新たな存在に驚き始める。

 

「あれ、新しい司令官さん?」

「あ、本当だ!」

 

 二階の一番目立つ場所に向かい、一階を見下ろす。下には物珍しそうに艦娘達が見つめている。

 少しばかり緊張する。大勢の前で話すのは久しぶりだ。落ち着く必要がある。

 

「わ、私は灰と名付けられた司令官候補生です。皆さん、これから一年間の間、お世話になります。よろしくお願いします!」

 

 元気な声でハツラツと。誰もが聞こえるように自己紹介する。艦娘達は何気なく拍手して迎えた。真下にいる鳳翔や間宮も拍手している。飛行場姫は不思議そうに首を傾げているが。

 

「中々良い人そうじゃない?」

「見た目で惑わされてはダメよ瑞鶴」

「全くもって同感だ」

 

 瑞鶴は受け入れているが、加賀や木曾は警戒している。飛龍と蒼龍は少しはしゃぎながらも拍手して落ち着いていた。

 

「提督より優しそう」

「提督より話しやすそう」

「ちょっとカッコいいかも」

 

 駆逐艦や潜水艦達が正直な気持ちを言葉にする。

 捻くれた提督より好印象を持っているようだ。

 

「第一印象は抜群だな」

「その分提督の言われようも酷いけどな」

「構わん。俺は馴れ合うつもりはないからどう思われようが知った事じゃない」

「だろうな。心配しなくても私は提督の味方だぜ?」

「はいはい、ありがとさん」

 

 自己紹介が終わり、提督と摩耶と時雨とで初めて食堂のご飯を食べる。今までの鎮守府のイメージでは衛生環境に不安だったが、意外にもその不安は消え去った。ご飯はとても美味しい、掃除や片付けもちゃんと行われている。これも提督がやってきた事なのだろうか。

 

「灰君、これから鎮守府の案内がある。君の秘書艦である時雨に教えてもらいたまえ」

「わ、分かりました!」

「任せといて、提督、灰さん」

 

 昼食が終わり、午後は鎮守府の案内。地方の鎮守府とはいえ設備はかなり整っており、呉や横須賀に引けを取らない。今でも改築工事は進んでいるが、最悪の状況が思いつかないほど見違えていた。

 

「ここが入渠施設もとい、お風呂。であそこが工廠と出撃ハッチ。んでその隣が近い順に第一倉庫から第六倉庫。そして今ここが駆逐艦寮。どうだい? 把握出来た?」

「……」

 

 一気に説明され、理解が一瞬遅れる灰色。何回もメモ書きして覚えていくが、覚えられる気がしない。

 

「んーちょっと難しいかな……」

「仕方ないね。ここは少し広くなったし……それに……」

「それに?」

「少しだけ……楽しくなったしね」

 

 楽しくなった。

 元帥からはこの鎮守府は最低最悪の環境だったと言われている。艦娘を人として扱わない、数多の恐ろしいやり方で貶めていた。提督が配属されるまで、時雨達はどんな心境だったのか。どれだけ提督が手を尽くしたのかも分からない。恐らく立ち直っても尚、心の傷は完全に癒えていないだろう。

 

「……時雨も苦しかったのか?」

「そうだね……この鎮守府が襲撃されるまでは辛かったな。でもね今は少し違うよ?」

「違う……ってのは?」

「今はやっと前を向けそうなんだ。まだまだ茨の道ではあるけれど、立ち向かえる気がする……多分……」

「……そっか。良かったね時雨」

 

 

 

 

 

 

 

「川内」

「なに?」

「久しぶりの仕事だ、報酬は休暇二日間」

「……了解」

 

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