「今日の仕事は編成についてだ」
灰色が着任して三日が経過。今まで書類の片付けをしていた灰色。初めて司令官らしい仕事が来て、少し喜んでいた。提督はホワイトボードを使ってダラダラと説明していく。
「ただのハーレムを夢見る腐れ切った暴走族の学校で学んできた通り、提督になった者は艦隊を一つ持つ事になる。だからヒーロー志望のお前にも艦隊を持たせてやる、編成については分かってるな?」
「は、はい!」
海軍兵学校で一通りの事は学んできている。成績が普通とはいえ、自分なりに努力はしてきた。何度か演習もした事がある。
「ならばよし。うちの艦娘を使って自由に編成したまえ、そして今回の出撃任務で勝利で勝ち取るんだ。失敗したらドラム缶にコンクリートを敷きつめ、バケツの中にいれた味噌汁の池で溺れさせてやる」
「わ、分かりました!」
脅迫まがいな事を言われ、少し緊張する灰色。しかし提督としては自分の部下を預けている身だ、蔑ろには出来ない。失敗して沈んでしまいましたでは話にならないだろう。
「えーっと……旗艦が時雨で……」
「扶桑とかどうかな?」
「緊張してるな」
「だろうなぁ」
「初めての出撃任務が鎮守府近海海域とはいえ、大丈夫なのか?」
「なぁに駆逐艦ぐらいだろう。何せ、わざと警戒を緩くして確認したからな」
艦娘達の警戒網をわざと緩くし、迷い込んだ深海棲艦を誘っていたようだ。予めこの事は計画していたらしい。摩耶は驚きながらもため息を吐いた。
「はぁ……そのまさかかよ」
「キシシシシ……」
艦隊が決まり、司令塔を展開させる。いつも提督が座っていた席を譲ってもらった。
「え!? 使ってもよろしいのですか!?」
「当然だ。君が決めた艦隊は君が指揮する権利がある。君がこの司令塔を使いこなし、無事に勝利を勝ち取りたまえ。あ、壊したら弁償な」
灰色が決めた艦隊は旗艦時雨改二、夕立改二、五十鈴改二、球磨改、霞改、照月改。典型的な水雷戦隊編成だ、初心者にはうってつけだろう。
――二時間後。
「お、終わった……」
「疲れただろう、だが次の仕事だ。書類を書いてもらうぞ」
「は、はい……」
やっと戦闘指揮が終了し、艦隊が帰還する。今回の戦果は勝利したが、夕立と照月が小破状態になってしまった。提督は休む時間すら与えず、出撃の報告書と各艦娘の成長記録書をまとめさせる。
「はい次は掃除」
「はい……」
書類を書かせた後は執務室の掃除。箒とちりとりを渡され、時雨と一緒に部屋を掃除する。
「次は夜の見回り」
深夜の見回りを任され、各寮で動きがないか懐中電灯で確認する。時雨と交代して、色んな場所を回った。こんな日が二日続いていく。
「なんだかんだで司令官も面倒見がいいですね」
「散々嫌だと言っておきながらちゃっかり教えてる辺り、抜けてるよな」
「いや私は少し違うと思います」
涼月と天龍が講堂で提督の対応について話していた。散々人前で嫌だと言っておきながら何かと指示を与える提督に少し安心感を感じる。
しかし不知火は違うと否定した。
「何かあるのか? 不知火」
「はい。指令は底知れぬ何かに警戒しています。■■よりも底知れぬ……何かに」
優遇制度や差別意識よりも特別な何かに警戒しているという。■■達がやってる事よりも遥かに超えた何かを。
「不知火さん……口にご飯粒ついてます……」
「気の所為です」
「背中にガムテープついてるぜ~」
「ファッションです」
即答して帰る不知火。
あまりの屁理屈に二人は言葉を無くした。
「どんなファッションだよ……」
「天龍さん……背中にセロハンテープがくっついてます……」
「ファッションだ」
「いや違いますよね」
「次は遠征任務の報告書作成だ」
「……すいません……白さん」
「何だね?」
「何故こんなにも手を尽くしてくださるのでしょうか……?」
暇さえあれば指示をしてくれる提督に灰色は少し違和感を感じていた。他ではまだ手伝いぐらいしか出来ていないと聞いている。
しかしこの鎮守府では手伝い以上の仕事をこなしている灰色。別に忙し過ぎて、休みが欲しい故に言っている訳では無い。提督が何故そこまで手を尽くしてくれるのか、ただの疑問だった。
「他ではこんなの聞いていないと?」
「……はい」
「機密情報共有は犯罪だぞ」
「うっ、すいません……仲の良い友人と話してました……」
スマホのLINEで仲の良い友達と休憩時間に話していた灰色。うっかり気が緩んで鎮守府の状況を伝えてしまった。提督が言うには鎮守府での全ての仕事は機密情報として扱われている。その為、一般人は鎮守府で提督と艦娘達が何をしているのか、戦っている事以外は全く知らない。逆に知らせてはいけないので簡単に外へ漏らせば重罪に問われる可能性があるのだ。
「話した事は全てこちらで記録させてもらった。まぁどれも他愛のない会話だ、別に機密情報は漏らしてないから罪とはならないだろう」
「いつの間に……いやでも……すいません……」
「謝るだけまだマシな方だ、許してやろう」
事前に川内から灰色がスマホをいじっている所を勝手に隠し撮りしてもらっている。青葉のカメラにて記録されており、プライバシーなど関係ない。
「……白さんがこの鎮守府に着任した時、どういう環境でしたか?」
「君の想像を遥かに超える程の凄惨さだ。各寮や広場は大荒れ、入渠施設や工廠はボロボロ、艦娘同士の関係の軋轢は絶えず、オマケに着任当日から俺を殺そうとした。もしお前が着任してたらそこでゲームオーバーだぞ」
執務室のドアを開ければ即砲撃され、幾度も性交渉を仕掛けられては艦娘達のリンチに会い、自爆装置で脅されながらも深海棲艦と前任に立ち向かってきた。今思えば波乱万丈な日々である。摩耶がいなければここまで来る事は無かっただろう。
「……そこまで酷いものだったんですね……白さんはどうやってここまで立ち直したのですか?」
「簡単だ、欲を掻き立てた」
「欲?」
「そうだ欲だ。最初コイツらは野望すら持たない部屋の隅で縮こまるだけのアホ丸出し指示待ちポンコツ兵器だった。コイツらを動かせる為には欲を掻き立てる必要がある。だから俺は最初に出来る限りやりたい事を叶えてやると言ったんだ」
尚、そのやりたい事は今でも続いている。時々艦娘達が言いに来るので、暇さえあれば手伝っている。暇さえあればの話だが。
「今お前がヒーローになりたいという欲があるようにコイツらにもその何かをやりたいという欲がある。俺はそれを手伝っただけに過ぎない。後は勝手に馴れ合ってくるだけだ」
「そう……ですか……」
提督に倉庫の資材確認を頼まれ、灰色と時雨は第一倉庫から順に確認していた。新しく建てられた倉庫は強度が高められ、壁や天井に防火素材が使われている。二階の管理室には多くの妖精が仕事をしていた。
「……はぁ」
「どうしたんだい、灰さん」
「いや、どうしても白さんが優しい人には見えなくて……」
初めて会った時から少しだけ違和感を感じていた灰色。最低最悪の環境だったこの鎮守府で艦娘達は心に傷を負っているはずだ。もし提督が何かしら行動して艦娘達を懐柔させたのかもしれない。しかし提督の行動や言動からして、そう思える印象が全く無かった。
「仕方ないさ。僕達も嫌いだったもの」
「嫌っ……何で?」
「だって僕達の事をポンコツ兵器だとか罵って、口答えすれば百倍にして返してくるし、最早いつも話す時は罵詈雑言は当たり前。屁理屈並べて徹底的に捩じ伏せてくる……最低最悪の提督だった。前よりはマシだけど」
前任がやってきた事よりはまだ良い方だと思っている。恐らく別ベクトルで嫌がられる上官ではあるが。
だが今はその印象はあまりない。
「だった……て事は、今は違うのか?」
「うん。鎮守府襲撃の時に僕達は遠い海で戦ってたんだけどね……少しだけ嬉しかったんだ」
『今海で戦ってるアイツらやここにいるコイツらは、必死になって頑張ってんだよ!!』
『自分勝手に彼女達の尊厳を……踏み躙るなよ!!!』
「あれだけ悪口を言っても、心のどこかでは僕達の事を思ってくれている。提督の言ってる事は全て本当だし、今まで僕達が如何に駄目な艦娘だったかも再確認出来たんだ。悪い印象は変わらないし、嫌いって気持ちは薄れてきたけど……信じてもいいかなって思ってる」
「……そっか」
提督から何かしら恩は感じているようだ。印象は悪くとも信頼しようとしている。ある意味提督が思っている一番理想的な関係かもしれない。
だが灰色にとっては少し腑に落ちなかった。
「どこで道草食ってたんだー?」
「すいません……少し時間がかかりました」
「そか、なら書類を手伝ってくれ。摩耶」
倉庫の確認が終わり、提督の書類を手伝う事になった。ドアから正面奥にある執務室で提督と摩耶は黙々と書類を書き潰し、その横の窓際に急に設置された仮の机で灰色と時雨も黙々と書類を書き終える。
「……白さん」
「何だね」
「時雨から聞いたのですが……前は艦娘達の事を罵り尽くしていたのですか?」
「あぁしてるよ」
現在進行形で答える提督。
つまりは今も艦娘達を馬鹿にしている、という事だろうか。
「何故……馬鹿にするのですか」
「簡単だろ、ロクに戦争の意味も知らなかったポンコツ兵器共だ。本当の事を言って何が悪い」
「艦娘達の心を癒そうとは思わなかったのですか?」
「ちっとも」
提督は迷いなく灰色の質問に答える。気楽な声で答える提督に灰色は憤りを感じた。
「何故ですか……!! 何故、艦娘達を救わないのですか!?」
「感情的だなぁ灰君。何故俺がそんな事をしなければならない、一々兵器の感情まで考えて行動する時間が勿体無いじゃないか」
「艦娘は兵器ではありません!! 私達と同じ人間です!!」
「どうしてー?」
「何故なら私達と同じ身体があり、感情があり、心があるからです!!」
灰色が立ち上がり、提督の執務机を強く叩いた。
どうやら灰色も■■医師と同じく、艦娘を人間として見ているようだ。別に予想出来なかった事ではない、いずれはぶつかる事だろうと察知していた。だがどうしようもないほどの常套句に腹が立つ。
「……あぁそう。お前はそう思ってるのね」
「いえそうあるべきです!! 我々と同じ物を持っているのであれば、それは正しく人間です!!」
「やっぱ君は愚かだなぁ~」
「何がですか、白さんは兵器だと仰るのですか?」
「当然だ。艤装を瞬時に展開、超人的な身体能力、砲弾や爆弾が直撃しても服が破れる程度、食べなくても永久的に生きていけるエネルギー機関。数えれば数えるほど兵器らしいじゃないかぁ」
提督は椅子から立ち上がり、灰色の元まで近づく。思い付く限りでの理由を述べ、艦娘が兵器である事を証明した。
しかし灰色は納得せずに反論する。
「ですが感情を持つ兵器など……!」
「いたらダメなのか?」
「そういう訳では……」
「人間になるのがそんなに偉い事なのか? この世に嫌になるほど愚かな人間なんて無数にいるのに? 愚かな人間に成り下がるのか? 兵器でいたらダメなのかな?」
「それは……」
全てがそうだと肯定出来る程、灰色は馬鹿では無い。逆に否定する事も出来ない。人間が自身を優位な存在だと思い込んでいる故に気付かない事だ。誰もがその事に気付けていない。
「兵器だって格好良いし可愛いじゃないかぁ、強く逞しい艤装に戦場を駆ける美しい戦乙女の姿。惚れ惚れする程だぁ、何で艦娘を貶める理由になるんだ? 悪いが俺は素晴らしく強い誇り高き兵器だと思っている。だがこれはあくまで一つの価値観だ、誰もがそう思っているとは限らない。だが……」
提督は艦娘が兵器だと思い込んでいる事に意味は無い。必ずしも艦娘に対してそれぞれ違った価値観がある。その価値観をどう構築しようが人間の自由だ。人間だと思うのも良し、兵器だと思うのも良し、はたまた新生物だとして思うのも良し。考えるのは自由だ。
「お前が言っているのは個人的な価値観の押し付けだ。この世の誰もがそう思っていると信じて疑わず、感情や心を持っているなどといった元々持っている人間からの上から目線による同情で元々兵器であった艦娘達を哀れんでいるだけに過ぎない」
「っ……」
「勝手に他人の存在をお前が決めるな。誰かが勝手に決めるから艦娘達に自由と尊厳が無くなる」
知らず知らずに誰かが決めてしまうから艦娘達の居場所が無くなる。だから提督は艦娘の価値観を艦娘自身で決めてほしいと思っているのだ。押し付けてくる他人の価値観を否定し、自分が考えた価値観に自信を持ってほしい。誰にも囚われやしないように、自由に生きていけるように。
「……とは言え、結局この事も俺の個人的な価値観の押し付けになってしまっている。いくら押し付け合ったってキリがなく、話し合った所で時間の無駄なんだよ。それが愚かな人間の自由さなんだから」
「ではどうすれば……」
「どうしようもない。これが人間だ、本能のままに生き、欲望のままに死ぬ。ならば徹底的に自身の価値観を押し付け合い、相手を捩じ伏せるまで、ありとあらゆる手段を用いて自身の価値観に他人を馴染ませる。生憎人類はこうしてきたんだ、俺とお前が今さっき押し付け合った様にね。酷く言えば洗脳と何ら変わりないんだよ……今日はもういい、休め」