「おい提督!!」
「どうしたー?」
「緊張事態だ! 早く来てくれ!」
摩耶に急かされ、部屋を出る提督。すると摩耶が慌てた様子である部屋を指差していた。小走りで向かう提督。
余程の緊張事態なのか摩耶は提督の腕をいきなり引っ張りあげた。
「これだよこれ! まだ生きてんじゃねーか!?」
摩耶が指差す部屋には体型からして駆逐艦である艦娘が二人、横たわっていた。ギリギリ息をしている状態で身体は全く動いていない。声もか細く、途切れ途切れだ。
「だったら助けてやれ摩耶」
「言われなくても、邪魔だどけェ!!」
摩耶は部屋の扉を無理矢理蹴り飛ばす。提督が今にも消えそうな二人の安否をすぐに確かめた。
「大丈夫だ、まだ脈がある。摩耶、医務室に連れていくぞ」
「分かった!!」
「何をしている」
二人をそれぞれ抱え、医療室へ向かう提督達。しかし廊下に出た途端に誰かに道を塞がれた。前にいるのは長門だ。長門の後方では朝潮含めた多くの艦娘がとても冷たい目で睨んでいる。
「提督、ここは私達にとって禁忌の場所とぐらい分かるだろう? 何故掘り起こすような真似を――」「うるせえ!!」
「今はそれどころじゃないぐらいてめぇらの腐った脳みそでも分かるだろがァァァ!!!」
――医務室。
「何とか命は繋げたらしい……だがいつ壊れてもおかしくはないって……」
摩耶が状況報告をする。念の為に提督は医務室の前で待機する事にした。艦娘達の手によって二名の駆逐艦の命は繋がるも、意識不明の重体。衰弱死寸前の事。前任の提督が逃げて約一ヶ月、よく生き延びたものだ。
「……そか。川内、二名の駆逐艦の名前は?」
「雷と暁だよ」
「だと思った。あの体型は第六駆逐隊ぐらいだからな、後で響に聞いてみよう……であればだ川内」
「何だい?」
「依頼だ、これを頼む」
「了解したよ」
摩耶と川内と提督が廊下で話している途中、急いだ響が横を通り過ぎた。向かっているのは医務室。
さりげなく二人は響の後を追い掛けた。
「長門さん!!」
「響か!? 今は部屋に……ッ!」
医務室のドアを勢いよく開け、中に入る響。長門からこっぴどく部屋に居るよう言われたらしい。が、いてもたっても居られず慌てて走ってきたようだ。
「あぁ……そんな……嘘だ、違うアレは……!」
顔を歪ませ、目の前の状況を否定する響。過呼吸を起こし、
今にも発狂寸前だ。叫び声をあげるかと思いきや提督が後首を叩き、意識を失ってしまった。
「提督は引き下がれとあれ程……!」
「シー……患者が寝てんだ、静かにしろポンコツ兵器共。あ、天龍は来い」
口に指を当て静かにと合図する提督。医務室内で騒ぐのはあまり好ましくない。提督は意識の無い響と天龍を連れ、医務室を出ていった。
「――ここは……?」
目を覚ます響。
見えるのはあの忌まわしき前任の執務室の天井。嫌な思い出が甦る。
「目を覚ましたようだな」
新しい声が聞こえた。
新任の提督だろうか、一昨日の昼に一度会っている。
摩耶と一緒にいたはずだ。
「おーい大丈夫かー? 大丈夫じゃないなら言ってくれー?」
うるさい。
とにかく起き上がる他ないようだ。
「おっ、起き上がったな?」
自分は応接間のソファに寝ていたようだ。目の前には摩耶がいる。
横を振り向くと新任の提督が目に映った。自分と同じく白髪長髪で少し微笑んでいる。
「俺はここの提督だ、つってももう知ってるか」
握手を求められた。
だが響は提督の手を叩き、拒否されてしまう。
「何の真似だ? 私はお前と仲良くなったつもりなど無いぞ!!」
「何当然の事言ってんだ? バカなのか?」
「ッ!! ふざけ――っ!?」
襲い掛かろうとするも隣の摩耶にやむなく止められる響。仕方無く響も我を取り戻し、ソファに座る。
「……何の用だ?」
「面倒臭いから単刀直入に聞く。響、アレってなんだ?」
それは響が医務室に入った時の事。発狂寸前に響は『違うアレは』と言っていた。それを聞いた提督は響に興味が湧き、連れ出したという。
「……教えない」
「んー困るなぁ、教えてもらわなきゃ前に進めないんだけど」
「お前に教える事なんてない!」
ドアの方を振り向くと天龍が居座っていた。剣を突き刺し、ただ立ち尽くしている。
「天龍さん、どいてよ」
「……無理だ」
「何で!? まさかこの男に手懐けられたって言うのかい!?」
「違うな、俺は手を組んだだけだ」
扱いやすいと心の中で思いつつ、摩耶にアイコンタクトを送る提督。響を再び連れ戻し、ソファに座らせる。
「何なんだ!? ここの人達はこいつの犬とでも言うのか!?」
「落ち着け響、違うあたし達は――」「うるさい!」
「摩耶は歓迎されたかもしれないけど心の中では皆この男の娼婦で紛れもない深海棲艦って思ってる!! 知った口を聞かないでくれ!!」
「んなッ……!」
「黙れ! 触るな! 近づくなぁ!!」
「はーい、響くーん!! 大声出してー!!」
提督の大声で一瞬静まり返る執務室。突然の体操お兄さんの様なテンションに反応に困っていた。
「嫌だああああああああ!!!」
突然叫び始める提督。
圧倒された他の三人は呆気に取られていた。今の状況が上手く説明つかない、というよりも理解が出来ない。何故叫んだ、何故この状況で、何故今なのか。頭がパンクしそうだ。
「あれ、俺だけ?」
三人とも同時に頷く。どうやら全員叫んでいたと思い込んでいたらしい。長い沈黙が続く。立ち上がった提督は再びソファに座る。
「……しりとりするか」
突然のしりとりに三人はずっこける。摩耶と響はソファをひっくり返して後方に倒れ、天龍は力が抜けたのか床に転び始める。
「おぉ、良い転びっぷり」
「本当にテンションが分からねぇ奴だ……」
「こういうのは何かで誤魔化すに限るんだよ天龍さん」
摩耶と響はひっくり返したソファを元に戻し、再び座る。響にさっきまでの怒りの様子は殆ど無い。
「狂ってるにも程があるよ……キチガイじゃないか」
「さっきまで狂いそうな奴がよく言えたもんだな。残念ながら俺は自覚してる狂人なんでね。キチガイと呼ばれても何らおかしくはないけどな」
「はぁ……」
「それで響君、ここは大丈夫かな?」
頭を指差す提督。それは狂ってるかどうかではなく落ち着いてるかどうかを指していた。もう落ち着いてるどころか呆れている。
何をしても出れそうにないので仕方無く話を聞く事にした。
「アレの事……教えてくれるかな?」
「……断る」
「どうしてかな?」
「お前に教える事な――」「まさか解体されたと聞いてた姉妹がまさか玩具にされて、放置されても尚まだ生きてたなんて夢にも思わなかったよな」
「ッ!?」
この男は知っている。自分達の事情を。そうだ、あの忌まわしき前任に言われた。
『暁と電はもう使い物にならないから解体に――』
思い出すだけでも腹立たしいあの顔と声。いつか殺してやると誓ったのに逃げられた。悔しいわけが無い、こんな事あっていいはずがない。亡き姉妹の為にも必ず復讐する。
そう決めていたのに――、
「俺も正直驚いたよ。捨てられた解体申請書のフォルダを見ていたら暁と雷の名前があったからな。まぁ確認するのに時間を要したがな」
「な、何で……全部知ってて……」
「あぁ知っててお前に聞いた。けど何も聞かない、何も喋らない、拒絶するだけ。やっぱりダメだな」
全て川内に教えてもらった情報だ。事前に調べてもらっている。捨てられた解体申請書のフォルダを持ってきてくれたのだ。
「待ってくれ提督、チャンスを与えてくれ」
天龍が呼び止める。チャンスとは響に行動力があるかを試すきっかけだ。天龍は提督の手の内を把握している。
仲間を増やす為にもチャンスが欲しいのだ。
「……さて響君、君は……何がしたい?」
それは朝礼で聞いたあの言葉。叶えたい事、やりたい事を出来る範囲で答えるという胡散臭い言葉。
提督はまだ本気にしていたのだろうか、呆れてしまう。
「……」
「……何も無いのか、残念だな。まぁそうなってもおかしくないか」
あぁそうだ。勝手に言えばいい
「……いやーしかし前任も惨い事するなぁ。本当に使えなくなった暁と雷を解体に見せかけて性奴隷させるとは……響も気付いていなかっただろうに……」
違う、本当は言われていたんだ! けど見捨てたわけじゃない!!
「解体する前にその身体でも堪能しようと営倉に幽閉し、遊びたい時に遊んでただろうなぁ」
違う私は……私は……!
「しかも逃げたとなればその場で放置。約一ヶ月の間、あそこに閉じ込められていたのか……悍ましいな……」
違う違う違う違う違う違う違う、私は……
「見捨ててなんかいない!!!」
耳を塞ぎ、怯える響。頭を下げて涙を流した。床には零れた涙が水たまりを作っている。
あの時前任に言われた言葉の続きは――、
『解体にはせず、営倉行きとして男共に共有しよう。響、お前はこの事を黙っていろ、さもなくばもう一人がどうなるか……』
あの時電は轟沈寸前の大破状態。資源が枯渇し、高速修復材は貴重だった。そこで前任は戦果を出せなかった暁と雷を使用不可と判断、整備員にせがまれ、解体する代わりに男達の性欲の捌け口として利用されてしまった。
「あの時は電の為……仕方無く……私は……!」
抗えなかった。
『響、知ってるか? 今お前の姉妹、大人気だぞ? 見捨てて良かったな!!』
私は何も出来ないクズだ。
「違う、私は……私は……見捨ててなんか……見捨ててなんか……!!」
もう死にたい。
『おいあの響知ってるか? 自分の代わりに姉妹を見捨てたらしいぞ?』
この世から消えて無くなりたい。
「違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!」
死ねば許されるだろうか。
「響!」
彷徨う響を誰かが両頬を叩き、目を覚まさせた。響の顔は酷く疲れている。頭の中から聞こえる声に苛まれながら必死になって生きていたのだろう。
「目を覚まして! なのです!」
「う……い、電?」
両頬を叩いたのは共に居た電だ。いつの間にか執務室にいる。恐らく天龍が待機させていたのだろう。
「響、一人で追い込まないで欲しいのです!」
「ふぇ……?」
「電、覚えてるのです! 営倉に行く前、暁と雷は言ってたのです!」
『諦めちゃ駄目よ? 響達は挫け過ぎな所あるんだからね! え? 大丈夫なのかって? ふっふーん、このレディに任せなさい!』
『必ず戻るから……響のせいにしちゃ駄目よ? 必ず……生き残ってね……! 四人揃って第六駆逐隊なんだからね!!』
「……!」
「忘れちゃ駄目なのです! 響には皆がいるのです! 今まで生き残って来たのです!」
「電……」
「今、電達がすべき事は何なのか……分かるはずなのです!!」
今私達がすべき事。そうだ、今までこの日まで生き抜いたんだ。もういないと思っていた暁と雷もあの中で必死に生き抜いていた。
今も尚、その命は鼓動を増している。それなのに私ときたら――、
「……そうだね電、忘れちゃ……駄目だよね」
「絶対に……! 絶対に! 絶対に忘れちゃ駄目なのです!!」
抱きしめ合う響と電。
辛い時代を生き抜いた理由は姉妹との絆にあった。どんな時もお互いを支え合いながら戦った。苦しくても、何かを失っても、決して諦めてはいけないと暁に教えられ、ここまで生き抜いたのだ。必ず戻ると信じて。
肝心な所を忘れて響はずっと自分を責め続けていた。一人の妹を置いていき、一人で考え、そして追い込み続けた。なんて私は愚かなのだろうか。今まで考え込んでいたのが馬鹿馬鹿しく思える。
「……えーっと、じゃあー、響」
「な、なんだい?」
「もう一度聞く、お前のやりたい事は何だ?」
提督がもう一度問い掛ける。先程は何もしたくないと答えた響。救われた自分を前に何を考えたのだろうか。
「私は……今は暁達の看病を……続けたい」
「……良いだろう。最大限手配しようじゃないか」
予測外の返答に驚く摩耶と天龍。あっさり承諾した提督に二人は違和感を感じていた。
「ほ、本当なのです!?」
「言ったろ! 出来る範囲なら何でも答えてやるってな!! この有能な俺に任せろ!! アッハッハッハッハッ!!」
「……」
「ほら、じゃあ早く行け。姉妹がお前達を待ってるぞ」
提督に誘導されるがまま響と電は執務室を出ていった。会話が聞こえなくなった辺りで天龍が物議を醸し出す。
「おい、前任の事言わなくて良かったのか?」
「あぁ今はな」
「今? この次に来るとでも?」
「あぁ来るよ。