日が暮れ、朝を迎える。時雨達を連行する直属の憲兵隊が到着。地下営倉から犯人グループ五人、医務室から時雨と夕立が手錠をされて輸送艦に連行されていく。長女の白露と別れを告げた後、二人は複雑な表情をしていた。早起きしていた艦娘達は一連の光景に言葉を失っている。提督を中心に摩耶、灰色、憲兵隊隊長、白髭、白露は太陽の光に照らされ、影が並ぶ。
「……今まで受けた任務や仕事は全て破棄だ。急ぐぞ」
「「「了解」」」
早朝から会議が始まる。先程の六人でテーブルを囲み、事件の真相について話し合う。
「摩耶、まとめた書類の手配を」
「分かった」
提督は事前に揃えた書類にはこの鎮守府の悪事、前任の行動、艦娘の過去、これまでの計画など事細かに記されていた。時雨と夕立の経歴を知ってもらう為に用意したものだ。この際機密だろうが極秘だろうが関係ない、勝つ為ならばとんな手段でも投じる。
「これが俺が知りうるこの鎮守府の全てだ。そして一昨日の事件の首謀者は……あくまでも可能性だが駿河鎮守府の■■少尉だ」
「すいません白殿、何故■■少尉は白殿を狙ったのでしょうか?」
「その書類にも書いてある通り、以前ソイツと一度演習した事がある。勿論勝利は俺達、その時にだがあまりにもガキだから本当の事を二回ぐらい指摘してやった。恐らく馬鹿にされたのが悔しくて俺を貶めようとこんな事をしたんだろう」
大体首謀の動機は特定出来る。■■少尉は自身のプライドまで踏み躙られ、面子まで潰された提督に何かしらの恨みがあったのだろう。まさに子供だ、大人の成り方を忘れてしまっているらしい。
「成程……確か■■少尉は■■大将のご子息でしたね。とても性格が弄れているとよく耳にします」
「アイツは儂も苦手じゃったなぁ……何かと自分の都合いい文句ばかり吐きおったわ」
隊長や白髭が愚痴を零す。どうやら■■少尉の悪い噂は提督と同じく絶えないらしい。白髭にとっては自分勝手な性格に飽き飽きしていた。
「ですが■■先輩が人を動かす程の権力を持ってるのでしょうか?」
「■■大将の愚息だぞ? ありとあらゆる手段を持ち合わせてるはずだ。まさに虎の威を借る狐と言える」
■■少尉は灰色の先輩だ。あまり良い印象は持っておらず、同期や他の先輩も一目置いていたとか。よく■■大将の息子だぞと脅された事もあった。
「逃げた整備士の経歴は全て虚偽の内容だった。鼻からこの事件を起こす為に潜入したのだろう、綿密に計画は練っていたようだ」
夜逃げした整備士の経歴は全て嘘だった。経歴や名前、住所も全て他人の物だ。簡単に探して捕まえる事は出来ない。
「八方塞がりという訳か……」
「相手は見事にこちらの手を潰している。そう簡単に見破らせてはくれないらしい」
「外では多くのマスコミやメディア、デモ隊が出待ちしてて、いつ何されてもおかしくない状態。クレームの電話は鳴り止まる事を知らずに毎秒対応に追われてる」
「鎮守府襲撃から印象はガタ落ち、他鎮守府とも連絡つかずに孤立状態。孤影悄然だな」
「人って凄いですね」
白露や摩耶の言う通り、外からの反応は凄まじいものだ。門前ではメディアやデモ隊の人混みで溢れて騒いでいる。憲兵達が必死に抑えてるも、勢いは止まらない。他の鎮守府とも連絡は拒否され、協力は頼められない状態だ。
「本当に関心ものだぁ、全く関係の無いゴミ共が人の悪い所を見れば即座に追求してくる。人間の素晴らしい所だ」
「一応クレーム対応は憲兵達が対応してくれていますが……」
「気にするなと言っておけ。わざわざクレームを言いに来る奴は無能故に暇を持て余していて、その癖無闇にプライドだけは高い嫉妬深いクズの様な人間だ。寧ろ言い返してやれ」
提督が堂々と言い張った。一々関係の無い人間のクレームを気にした所で何も変わりはしない。時には無視するのも必要だ。
「白殿、私から提案なのですが……」
「何かね隊長君」
「私の友人に探偵をしている者がいます。掛け合ってみますか?」
会議が進む中、憲兵隊隊長が手を挙げて提案を申し出た。探偵をしている友人がいるらしい。ちょうどいい、駿河鎮守府について調べてもらえればこちらが有利になる可能性がある。
「ぜひ頼む。報酬は五千万下から言い値で払ってやると言っておけ」
「かしこまりました」
莫大な報酬を払う覚悟まで提督は出来ている。これは戦争だ、■■少尉と提督の互いの誇りを賭けた戦い。勝つ為ならばどんな手段でも使う。勝利を勝ち取る上で重要な事だ。
「時雨や夕立の討議は俺も出席予定だ。今度は律儀に時間を変えているが、瑞鳳達からは本当の開始時間を把握している。灰も来い」
「分かりました」
「その討議までに証拠を揃える必要がある。隊長君と白髭は周辺の整備士と憲兵から証言を全て取ってこい。また犯人グループの立ち振る舞いや印象、事件発生前と発生後のアリバイを取ってくるんだ。いいな?」
「任せてください!」
「任せな!!」
それぞれ指示を与える。討議では時雨と夕立を弁護する事になるだろう。その前に明確な証拠と証言の提出がある。戦う為に武器は必要不可欠、本戦に備え武器を揃える必要があるのだ。
「馬鹿共には後で事情を説明した後、訓練を一定期間中止させる。摩耶は後で全員に部屋で大人しくするように呼び掛けろ、尚やりたい事と購買申請書はいつでも受け取ると言っておけ」
「分かったぜ」
「灰は白露と行動し、馬鹿共から白髭達と同じ様に証言を取ってくるんだ。勿論全員分、時間は無いと思え」
「分かりました!」
全員に指示は与えた。
これからは熾烈な戦いになる。口論での手加減は必要ない。
「各自、信用という言葉に気をつけろ。時雨夕立奪還計画を実行に移す!! 計画始動だ!!」
全力で楯突く相手をぶっ潰す。それが提督の信条だ。
「──という訳だ。悪いが一時全ての任務を哨戒任務に限定する。訓練も全て中止、事が晴れるまでは部屋で静かに暮らしてるといい。私からは以上だ。摩耶、後は頼んだ」
「分かった」
突然の出来事に困惑している艦娘達に事情を説明した。時雨と夕立が連行され、事が終わるまで帰ってこない事。これから会議で忙しくなる事。いずれも艦娘達には把握してもらわなければならない。多少質問も出てきたが、提督は全て無視した。
「提督、なんで……」
「今はあまり触れない方がいい。提督は今……本気になってる」
「動け。着いたぞ」
連行された時雨と夕立は大本営に到着。厳重な警備の元、輸送艦や輸送車に運ばれた。そして大本営の地下にある留置所に収容される。
「しばらくここで生活してもらう。後に尋問が予定されているので、事実を話すように」
「分かり……ました……」
鉄格子は艦娘専用に設計され、簡単には破壊できない。また両腕は特殊な手錠で拘束され、艤装は展開不可能。畳二枚分の牢屋で時雨と夕立は待機する事となった。
「寒いな……それに少し臭う……」
留置所は地下に設置されている為に陽の光は全く届かない。廊下と部屋は薄く蛍光灯で照らされている。心做しか肌寒く感じた。それに生臭く、鼻が捩れる。
「自分が自分である事を見失うな……か」
提督に言われた言葉を思い出した。この先どんな事があろうとも自分が自分である事を見失ってはいけない。提督に初めて励まされたような気がした。しかも自分達の為に。
何故だろうか、あんなに優しくされたのは初めてだった。複雑な感情が時雨の中で湧き出てくる。本当は人間なんて嫌いなのに。
「■■■鎮守府所属、白露型駆逐艦二番艦時雨。早速ですまないが尋問の時間だ」
「はい……」
手錠をされた状態で牢屋を抜け、尋問室まで四人の憲兵と一人の艦娘、ガングートに監視されながら向かう。鎮守府襲撃の際に共に戦ってくれた仲間だが、時雨の事は全う思い出していないらしい。尋問室の中に入ると、まるで刑事ドラマのような取調室になっていた。既に尋問官が入室しており、憲兵達は一時廊下にて待機。尋問室ではガングートが監視する中で尋問が始まった。
「初めまして。貴方の尋問官を務める■■■■です。本日はよろしくお願いします」
「よろしく……お願いします……」
尋問官の人は女性だった。長い黒髪に黒眼鏡、見た事のない軍服をしている。とても礼儀正しく、真面目な姿だ。
「さて早速ですが、時雨さんは■■■鎮守府の憲兵三名と整備士二名に対し、暴行を加えたという事になっていますが暴行の動機は何でしょうか?」
まず尋問官が聞いてきたのは暴行の動機について。尋問官は時雨と夕立が暴行した程で話を進めている。時雨は慌てて拒否の発言をした。
「ど、動機なんてありません! 僕達はそもそも被害者なんです!!」
「被害者? どういう事でしょうか?」
「僕はその五人に襲われそうになって、その時に忘れ物を届けてくれた夕立が助けてくれたんです!!」
本当の事を伝える時雨。嘘偽りなどなく、事実を必死に喋った。信じてほしいが為に何度でも言い続ける。時雨にとって夕立を救える唯一の手段でもあった。
「襲われそうになった、ですか……では何故そうなったのか供述してくださいますか?」
「はい……僕はあの事件が起こる前に明石さんが呼んでいると言われて、工廠に向かいました。しかし工廠には明石さんの姿が見えないので整備士の人に聞いたら第四倉庫にいると言われ、そのまま第四倉庫に向かったんです。ですが第四倉庫にもいない為にドアから出ようとしたらいきなり手錠と猿轡をされて、倉庫の……お、奥……奥、まで……」
徐々に身体が震え、まともに喋れなくなる。過去のトラウマを思い出してしまい、時雨はパニック状態に陥る寸前だった。異変に気付いたガングートが傍に寄り添い、時雨の背中を手で擦る。
「どうしました? 身体が震えていますが……」
「奥、まで連れて……いかれて……」
それでも時雨はトラウマに囚われようとも信じてもらいたい一心で話を続ける。しかし簡単に抗える訳ではなく、身体が小刻みから暴れる程に震え出した。過呼吸を引き起こし、上手く呼吸が出来ない。
「わわわ分かりました! 話さなくて大丈夫です、一回落ち着きましょう……ね?」
尋問官とガングートに窘められ、徐々に落ち着きを取り戻す。過呼吸も治まり、ガングートが抱き寄せて大丈夫だと親身になって寄ってくれた。まるで子供のように時雨はガングートに抱き着く。尋問官も仕方なく落ち着きを取り戻すまでは許可してくれた。
「……時雨さんの供述はどれも事件とは真逆の物ですね……しかもこの震えた様子は少し……」
「ご、ごめんなさい……」
「いいえ大丈夫ですよ。では少し話を切り替えましょう。夕立さんとは普段、仲は良いですよね?」
話を切り替え、尋問を続ける。今度は夕立の事を聞いてきた。夕立は襲われかけた時雨を助けてくれた大事な妹だ。夕立は何も悪くない。
「はい……」
「何か夕立さんから少し不可解な行動とかはありませんか?」
そんな行動など一つもない。夕立は憲兵や整備士に対して悪いイメージは持っていなかった。第一に夕立の暴行は正当防衛として認められていいはずだ。
「ありません……!」
「本当にですか?」
「絶対に……!」
尋問官からは時雨の顔には絶対の自信があった。口調や微かな声の震え、唇の動きなど見てきたが全てが嘘偽りなく思える。本当であればもっと調べたい事があるものの、気になる事が出来た為に尋問を終わらせざるを得なかった。
「……分かりました。では初回の尋問はこれぐらいにして終わらせていただきます。次回もあると思うのでその時はまたよろしくお願いしますね」
「待ってください!! 僕達は本当にやっていません!! 信じてください!!」
「……では」
「お願いします!! 信じて──っ?」
何も答えない尋問官に無実を訴えるもガングートに止められてしまう。その時に手に何かメモのようなものを隠して渡された。ドアから憲兵達が入ってくる。そしてガングートは時雨にしか聞こえない小さな声で伝えた。
「中で隠して読め」
「……っ!」
そのまま時雨は厳重な警戒の元、牢屋の中に収容される。牢屋には一つずつ監視カメラが設置されていた。怪しい行動を取らせないよう監視する為だろう。時雨は監視カメラの方に背中を向け、ガングートから渡されたメモのようなものを読む。
「(何か違和感を感じるのは気の所為かしら……)」
尋問官は地上一階に登り、自らのオフィスへ戻る。時雨の供述をまとめあげ、報告書を作成していた。だが尋問官は少し疑問に思っていた。
「(質問に対して全てが事件とは真反対の供述……どういう事なの?)」
罪を犯した者には嘘をつく際に表情で区別出来る。目線の移動や瞬きの回数、手の動きや口の動き、汗の出方など方法は様々だ。
だがあの時雨にはその方法がどれも通じなかった。正確には全ての表情は変わらなかったのだ。そして供述した際の極端な身体の震え。パニック状態に陥るまでの何かに恐怖を感じていた。
しかもその時に供述していたのが──
『奥まで連れていかれて――』
「うーん……」