ガングートから貰ったメモのようなもの。隠してその中を開くと小さな文字が並べられていた。
【会った事もあるだろうが私はガングートだ、現在提督と話で繋がっている。だが無闇に手を出す事は出来ない。今提督は時雨と夕立の無実を証明している為に全力で動いている。私もそのつもりだ】
ガングートも時雨達の事は把握しているようだ。事件発覚後に時雨達が連行される前日、提督は瑞鳳達と連絡を取り合っていた。会議の開始時刻や大本営の対応などを知らせている。そしてガングートは時雨達の監視官を自ら務め、大本営の動向など探っていた。
【敵は予想以上に強大になりつつある。何故か君達を徹底的に貶めようと本気だ。だがこれだけは忘れないで欲しい──】
【希望を持たずに生きる事は、死ぬ事と等しい】
【我が国での格言だ、心に納めておくように。同志ガングート】
メモのようなものをを隠し、小さい声で呟く。濡れ衣を着せられた時雨と夕立を救おうと提督や灰色、ガングート達までもが動いている。今更後には引けない。
「……」
「■■■鎮守府所属、白露型駆逐艦夕立。尋問の時間だ」
「分かり……ました……」
隣の牢屋にいる夕立が呼び出された。尋問に不安でオドオドとしている。四人の憲兵に囲まれ、ガングートが監視下の元で尋問室に入室。何分か経ち、尋問官が入ってきた。
「本日の尋問官を務めさせていただきます、■■■■と申します。よろしくお願いしますね」
「お願い……します……」
「そう畏まらずに話しやすい喋り方で大丈夫ですよ。緊張もしなくて大丈夫です」
尋問官は黒眼鏡に短髪、二十代後半の男だ。とても若く見える故に灰色に見えて仕方ない。尋問官は夕立を気遣い、話しやすくなれるように優しく話しかけてきた。
「あの薄暗い部屋の中で大変でしたね。体調は如何ですか?」
「あまり……良くないっぽい……」
「少し寒いですもんねあそこは。その姿では肌寒く感じるでしょう?」
ガングートが毛布を持ち出し、夕立の背中に掛ける。身体を覆うように優しく包まれた。
そして手に何かを持たせられる。ガングートは知らずに所定位置に戻った。
「今だけでも暖かくしていただければと思います」
「……ありがとう……っぽい……」
優しくしてもらえるのは嬉しい事だ。
だがこの場所は尋問室。普通は怪しむのが当然だろう。夕立は懐柔はされないと必死に抑え込み、尋問官を警戒する。
「いえいえ感謝されるような事ではありません。お互い仲良く話せなければ意味がありませんからね」
笑顔でフレンドリーに話し掛ける尋問官。怪し過ぎる故に何も言えない。余計な事を言えばそれこそ事実を信じてもらえないだろう。慎重にいく必要がある。
「ではこの事件の犯人として、犯行の動機を喋っていただけますか?」
「動機なんて無いっぽい。時雨が男達に襲われそうになったから助けた」
「時雨さんを助ける為に被害者達を殴った、と言う事でしょうか?」
「うん……そもそも被害者は時雨だっぽい」
尋問官は夕立の言う事を書いて簡単にまとめた。ボールペンを顎に当てて考えている。
すると次にファイルからあの写真を取り出し、夕立に見せた。
「ではこの写真は間違いであると?」
「うん……だって私は時雨を助けただけっぽい……」
それが事実だ。
何も隠す事は無い。
襲われそうになった時雨を助けただけ。それ以上の事は何もない。
「そうですか……では何故このような状況になったのか、経緯を説明出来ますか?」
「……私は時雨に忘れ物を届けて欲しいと灰さんに頼まれて、整備士の人から第四倉庫にいると言われて第四倉庫まで向かいました。中に入ると複数人の男達が時雨を襲おうとしていたので、そこからですっぽい」
男達とは時雨と夕立に暴行された被害者達だ。彼等はいずれも呼び出されてストレス発散で殴られたと供述している。
だが夕立の供述はそれとは全てが違うシチュエーションの話だった。通常なら被害者と被疑者の事件発生時の事は多少食い違いも発生する。しかしこの場合はそれぞれの供述に一貫性は無く、何もかもが違っていた。
「忘れ物とは何か覚えていますか?」
「はい。遠征任務の書類です。時雨が旗艦なので把握してほしくて、それを忘れた灰さんが届けて欲しいと言われたっぽい」
「ではその灰さんとは時雨さんを夕立さん目線でどう思っていますか?」
「普通のパートナーだと思うっぽい。毎日一緒にいるし、仲良くお喋りしてたっぽい」
意外な質問で相手の出方を探る。しかし夕立は悩む事すら無く、流暢に答えた。考える動作も無く、思いのままを喋っているとしか思えない。やはり後輩の違和感は本当のようだ。
「……そうですか。分かりました、一旦尋問は中断とさせていただきます」
「ありがとう……ございました……」
尋問室を去り、自分のオフィスへ向かう。尋問が終わったのが分かったのか、時雨の尋問官である後輩が駆け寄ってきた。
「どうでしたか先輩」
「うーん……確かに君の言う通り、何か違和感を感じるね。嘘はついていないし」
「個人的には私……夕立さんの正当防衛になるのではと思うのですが……」
「それを決めるのは上だ。僕達は犯人に対して証言や供述を言わせる事。それ以上の介入は許されないよ」
時雨と夕立の尋問官を任されている二人は報告書をまとめる。もしかしてあの時雨と夕立は犯人では無いのか。そういった疑問がいくつも浮かび、頭から離れようとしない。そう考える中、皆が一斉にして頭を下げた。
「■■少尉ですね。確か駿河鎮守府の責任者で■■大将のご子息と聞いています」
「うんそうだね。僕はあの人達と一度手続きがあるから、この書類は僕の机に置いといて」
「分かりました」
今日は■■少尉の訪問が予定されていた。あの事件を聞いて、時雨と夕立の事に興味を持っているらしい。応接間で堂々と寛ぐ少尉を前に挨拶を交わした。
「初めまして■■少尉。私は尋問官の■■■■と申します」
「あーどうも。よろしく」
「今回は何故大本営に?」
「そうそう。ちょっとあの事件の犯人である時雨と夕立を少し拝見したくて来たんだわ。今すぐ出来るよな?」
少し言葉に棘を感じるのは気の所為だろうか。何かモヤモヤする気持ちを抑え、満面の笑みで尋問官は答えた。
「はい。出来ますよ、しばらくお待ちいただけますか?」
「早めにな」
『六月二十二日午後十七時未明、■■■鎮守府にて艦娘が憲兵と整備士を暴行したとして、海軍は警察の取り調べを拒否し、こちらで処分──』
テレビのリモコンで電源を切り、提督は背筋を伸ばす。事件発覚後と時雨達の連行から提督と摩耶は報告書をまとめていた。雨は少し激しくなり、風が吹いている。
「あっという間に全国デビューだなぁ」
「悪い方向にだけどな」
「デモ隊も懲りないですね。風が吹こうが雨降ろうがお構い無しです」
鎮守府の門前では各メディアからデモ隊に切り替わり、メガホンで訴えかけてくる。天候が悪くてもデモ隊は時雨と夕立の事を攻め続けているようだ。必死に抑えている憲兵達が可哀想で仕方ない。
「気にするだけ時間の無駄だ。こちらは身の潔白を証明させるのみ。証言もある程度は整った、あのジジイにも提出済み。明日の会議で目に物見せてやる」
「大本営直属の憲兵隊がこの鎮守府の憲兵や整備士共の証言を取りまくっているぞ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。どう言おうがこの事件の被害者は時雨と夕立、捏造しようものなら何かしらボロが出るはずだ。心配はいらんよ」
かといって出ない可能性もある。もし■■少尉が本当に提督を追い詰めたくば捏造などの手段は容易い事だろう。ボロが出ない為の対策もしているはずだ。問題は誰が■■少尉の味方になっているか。もし■■大将であれば少し手間がかかる。不安の種としてはそこしかない。
「あともう一つは……」
「時雨夕立奪還計画に伏せ、別の計画を実行に移す時が来た」
別の計画の実行。この騒ぎに乗じて、提督はある計画を練り上げていた。まだ誰もが考えた事の無い、かつとても危険な計画。バレれば提督といえど命が危ない程だ。
「別の計画とは?」
「悪いがこれはお前にも伝える事は出来ない。俺の命を賭けた計画だ、後は……本人次第だな」
「……」
瑞鶴が雨に濡れる窓を複雑そうに見つめている。事件の事もあって訓練は一時中止、哨戒任務は別の艦娘が行動中。何もする事が無い瑞鶴は途方に暮れていた。無理もない、何故なら提督に最重要な任務を与えられたからだ。
『もう一度資料室に侵入するの?』
『そうだ。あまり言いたくはないが今の状況はかなり好都合になっている。会議の際に全職員は待機、廊下には誰もいない』
『監視カメラはどうするの?』
『皐月達がやったように同じ作戦で実行する。また同じく資料室に侵入し、その南京錠で鎖された黒い箱を盗むんだ』
提督には鎖された黒い箱の事を伝えている。だがその箱の中身の事はまだ伝えていなかった。あまりにも幻想的過ぎる程、自分でも信じていいのか分からない。伝えるべきなのか瑞鶴はその事も悩んでいた。
「はぁー……」
「どうしたの瑞鶴?」
「翔鶴姉! いや、少し提督に哨戒任務で旗艦に選ばれちゃってさ、リーダーって……気が重いなぁ」
思わず姉である翔鶴に誤魔化してしまった。瑞鶴は手をアタフタとさせて、驚き出す。翔鶴は悩む瑞鶴を抱きかかえ、頭をそっと撫でた。
「落ち込む事は無いわ瑞鶴。貴方は立派な艦娘じゃない。何も恐れる事は無いわ」
「う~翔鶴姉ぇ~、ごめん~」
「あらあら甘えちゃって、甘えん坊なんだから……本当に」
翔鶴が悲しげな表情を浮かべ、言葉を漏らす。瑞鶴は気にせずに翔鶴の胸にうずくまった。何度も顔を擦り付け、翔鶴に限界まで抱き締められる。
――講堂内。
「今提督は時雨達を取り返そうと必死になっている。なら私達は出来るだけの事をするまでだ。邪魔になるような事はしてはいけない」
艦娘達との会話スペースとして新たに設置された講堂では暇を持て余した艦娘達が話していた。そこでは長門が必死に呼び掛けている。天龍や加賀が長門の意見に同調した。
「この鎮守府を任されたようなモンだからな。さっきから外の連中がうるさいが一々気にしてはいられねぇ」
「同感です。提督が本気なら私達も関わってはいけないのは事実。鎮守府襲撃の際に身に染みて分かったはずよ。それに提督が気にするなと広めてるわ」
「ですがあの司令官が本気とは……どういった感じなのでしょうか……?」
浜風達がふと疑問に思った事を問い掛けた。浜風達は鎮守府襲撃以降に着任し、提督の事についてはよく知らない。
「まぁ……誰もが敵に回したくないって思うだろうな」
「私達がどんな策で立ち向かおうとも勝てるビジョンはない。ありとあらゆる手段で叩き潰しに来るからね」
「現に■■達もかつてないほど手こずってるからな」
■■達。
差別している側の艦娘達の事だろうか。確かに■■達からは動きは全く見られない。手も足も出せないのか、それとも何か企んでいるのか。いずれにせよ摩耶に言われた様に警戒しなくてはならない。艦娘同士で蔑むなど言語道断だ。
「一体何者なんでしょうか……」
「全てが晴れたら過去を教えると言われたが……いまいち想像がつかないな」
「元深海棲艦だったりして!?」
「いやそりゃ無い思うんじゃけど」
浜風達が提督の話で盛り上がる。
一方で最上と鈴谷と熊野は雨に濡れた窓を眺めていた。
「それにしても……雨、やまないね」
「どんよりって感じ」
「梅雨の季節ですし、仕方ありませんわ」
その雨はまるで時雨と夕立の心境を表しているようだった。とても冷たく、寂しい雨。雨粒一つ一つが涙のように降り注ぎ、時に吹く風が雨を複雑にしていく。水たまりに映る鼠色の空が雨粒で大きく歪み、言葉に出来ない感情を訴える。一条の光さえ通す事は許されず、綺麗だったはずの海は黒く澱んでいた。
今時雨と夕立は遠く離れた大本営で何をしているのだろうか。冤罪を晴らす為、尋問官と戦っている事だろう。とはいえ時雨と夕立は事件の犯人に貶められた被害者だ。必ず事件は暴かれるだろう。
「気になったのですが……時雨さんと夕立さんは過去に何かあったんですか?」
隣の席に座っていた秋月四姉妹が話しかけてきた。同じ駆逐艦である時雨と夕立について興味を持ったらしい。質問に対して、最上達は不穏な表情で口を開いた。
「時雨と夕立……あの二人はずっと救われなかった」
「えっ……」
今でもあの光景を思い出す。集積地棲姫討伐の為に出撃していたあの光景、あの瞬間を。
『最上、急いで時雨達を連れて帰還しなさい……私が時間を稼ぐから……!!』
『ちょ、何言ってるの山城!? そんな身体で戦える訳ないじゃんか!! いくらなんでも時雨が許──』『もう二度とこの娘達に寂しい思いはさせる訳にはいかないのよ!! それも貴方なら分かっている事でしょう!!』
『ッ……!! でも……ッ……絶対に帰ってきてよ!!』
『……当然よ……!』
その後に山城が帰還する事は無く、集積地棲姫討伐は失敗に終わった。旗艦山城を失い、時雨と夕立と扶桑は大破状態、川内と最上が中破状態に。その他も大ダメージを食らい、前任の怒りを買ってしまった。
「……二人は■■先生の治療で起き上がるけど、時雨と扶桑は山城の喪失を受け付けられずに精神が崩壊。夕立は部屋に閉じこもったけど前任が怒っちゃって、二人は拷問を受ける事になるんだけど……その後も酷くて……」
「その後……」
「……あまりにも多過ぎて数え切れないんだ。本当に自分が情過ぎて見てられないよ。あの時自分が身代わりになれば少しは救えたのかなって思うと凄く、恥ずかしい」
最上が言葉を伏せて、自身の手を握る。時雨がどういう事を受けてきたのか、それを察した秋月達は思わず身体を震わせた。言わなくても時雨や夕立が如何に凄惨な目にあったのか、想像するだけでも恐ろしい。心の拠り所を喪失し、自身を弄ばれたのだから。
「そうなんですね……」
「でも何であんなに提督や灰に親しいんだ?」
「親しいんじゃないよ。演技で誤魔化して無理に付き合ってあげてるだけ。元々提督や灰さんには何の感情も来ていないし、信じてもいない。それを私達にも、ましてや姉である私にも隠して演技で誤魔化してる。まぁ私や提督にはバレてるけどね」
白露が最上の隣に座り、扶桑が向かい席に座る。時雨と夕立の本性は既に知っていたようだ。流石時雨と夕立の姉をしているだけはある。
だがその分だけ辛い思いもしているだろう。
「白露さん……扶桑さん……!」
「時雨達は普段は普通の自分を見せてるけど、本当は人間なんて大嫌いで一人でいるのが好きだったりするの……もう元から変わってしまったわ……」
時雨と夕立の人格は元から変わってしまった。白露や扶桑、他の艦娘や人間達の前では決して笑顔を絶やさない。
しかし一人となれば時雨と夕立は感情をすぐに殺し、まるで動力を失った機械のように佇む。目に光は無く、ひたすらに自傷行為を勤しんでいた。何度か白露も止めた事はあるが、目は笑っておらず、時々舌打ちが聞こえた事がある。
「白露さんは大変そうですね」
「そうだね、一番に苦労してるよ。だからいつかは……」
報われてほしい。白露と扶桑は心からそう願っている。