「着いた……」
灰色は一度大阪駅のカプセルホテルに宿泊。夜を過ごした後に昼の新幹線で静岡駅に到着し、用宗駅まで電車で移動する。灰色の実家は駿河にあり、海を見渡せる場所に家があった。
「ただいまー……と言っても今は仕事中か」
親は仕事中で家には誰もいない。久しく家に帰った灰色は自分の部屋に戻り、ベッドに転がる。懐かしい匂いに眠くなりそうだった。だが灰色は──、
「……よし!」
『■■■鎮守府暴行事件の容疑を認めた白露型駆逐艦二番艦時雨、その四番艦夕立は先日開かれた日本海軍の会議で解体処分に決定され、速やかに刑が執行すると報じられました。これを受け、各地の鎮守府では──』
テレビの電源をリモコンで消し、軍帽で顔を隠す。雨は小降りで、シトシトと静かに降っている。時雨と夕立の解体処分まで後六日。やる気も活気も無い提督は仕事に手を止めていた。
「……」
「寝てないだろ」
摩耶が珈琲を差し出し、話し掛けてくれた。提督の気持ちは摩耶が一番よく分かっている。軍帽で顔は隠されているが、雰囲気からしてあの日から全く寝ていない。
「分かるか」
「何年提督と一緒にいると思ってんだ」
仕事の書類をまとめ、別の書類を手に触れる。いつまのように摩耶は仕事を手伝った。提督は机に足を乗せたまま、軍帽で顔を隠し続けている。
「今日も仕事をしようぜ。アンタがへこたれてちゃ、この鎮守府の空気は重いままだ。それに……――」
「――形勢逆転の種は残しておいたんだろ?」
「だけどその種も未確定要素な上に可能性は塵一つ程度。到底芽生えるとは思えない。だから賭けてるんだよな……自分の存在と、この鎮守府にいる艦娘達の事を」
「摩耶、それ以上喋るな。身の毛がよだつ」
「はいはい分かったよ」
「失礼するわ」
提督の許可すらなく加賀と鈴谷、白露に天龍や金剛、差別された艦娘や着任したばかりの艦娘達が一斉に執務室の中へ入ってきた。執務室が騒がしくなり、大所帯になる。
「まだ何も言ってないだろ、許可無しに入ってくるな」
「言ったところで入らせてはくれないでしょう。貴方の思惑なんて見え見えだわ」
「……」
反論しない。
いつもの提督なら百倍にして悪口を返すだろう。だが沈黙し続けたまま顔を見せもしない。
「悪口を言わない辺り……本当に負けてしまったのね」
「帰れ。お前らとは声も聞きたくない」
最低限の会話で返す提督。すると加賀は突然提督に駆け寄り、胸倉を掴む。そして提督の頬を思い切り叩き飛ばした。
「加賀っ!?」
「加賀さんっ!?」
壁に打ち付けられ、提督は怯む。一連の行動に加賀以外の艦娘達は名前を叫んで驚いた。初めて提督を殴った加賀。そこには感情を表に出さないとは全く思えない、怒りをあらわにする加賀がいた。加賀は怯む提督の胸倉を再び掴み、怒鳴りつける。
「何こんな所でへこたれてるのよ!! 貴方は楯突いた奴らを捩じ伏せるのが好きなんじゃないの!? 得意なんじゃないの!?」
加賀の言葉に皆聞き入っていた。今まで提督がしてきた事を目の前で見てきたからこそ言いたかった事だった。
「最後まで戦えと言ったのは貴方でしょう!! どんな可能性でもどんな窮地になっても抗い続けろと……私達に教えてくれたのは貴方でしょう!!」
加賀は必死な声で提督に訴える。悲しくも強く怒鳴る声に感情が溢れているのが分かった。これだけ感情を表に出さない加賀が溢れ出させているのは鎮守府襲撃以降だ。
「逆に捩じ伏せられて……恥ずかしくないのかしら!? ……貴方一人じゃないのよ!! 私達は──」
「──共に戦う、仲間でしょう!!!」
提督と艦娘達は鎮守府襲撃の時から共に戦う仲間として抗っていた。襲撃以降も古鷹の事や榛名の事、■■の事など必死に、一緒に戦っていた。
だからこそ今回の時雨と夕立の事も提督は一人ではない、自分達がいるのだと、共に戦う仲間だと訴えたのだ。提督が戦うなら自分達も戦う、命を投げ打っても構わないと。
「……偉そうに。そういうのはな、もう少し戦力になる奴が言う言葉なんだよ」
加賀がある物を差し出す。それはビニール袋に包まれた、ある録音テープ。加賀は袋を提督の顔に触れるほど近付け、目に収めるようにする。
「それは……?」
「時雨と■■少尉の尋問時の録音テープ。先程ある女性から受け取ったわ、その女性も今ここで待っている。憲兵や整備士達とも手を組んで暴動を起こすつもりよ。少しは戦力になれるはずだと思うのだけれど」
それを聞いた提督は顔を隠すビニール袋を掴み、無理矢理証拠を奪う。そして提督は立ち上がり、落ちた軍帽を被った。活気を取り戻していく提督に艦娘達は次第に頬が緩む。塵一つの可能性だった種が芽生え、蕾が出来上がる。
「……やられたらやり返す、じゅ──」「ッヘーイ!! やられたらやり返す、やられなくてもやり返す、身に覚えのないやつにもやり返す、誰彼構わず八つ当たりだ!!」
「それはただの迷惑よ」
「成程ねぇ……」
「あの男……!!」
「痛い目見なきゃ駄目なようね」
「一度ぶん殴らなきゃ気が済まねぇ……!!」
「ステイステイ……お前らキレるのは最もだが、ここでは抑えるように。勝手に暴れてはこちらが困る」
執務室の応接間で録音テープの内容を聞いていた提督と艦娘達。目の前には尋問官と名乗る女性が座っていた。録音テープを聞いて艦娘達は腸が煮えくり返る程怒りをあらわにする。暴れては困ると提督が呼び掛けた。
「録音テープの内容は本当か?」
「はい、本当です。■■■■■憲兵隊隊長から渡されました」
「え、あの人!?」
突然瑞鶴が驚き出す。それを提督と艦娘達は一斉に視線を瑞鶴に向けた。どうやら瑞鶴にはこの男と面識があるらしい。後で聞く必要がある。
「あ、いや……何でもないです」
「瑞鶴の話は後で聞くとして、今時雨と夕立はどういう状態になっている?」
「今は旧式解体の処刑を待つばかりで自分達の事を鉄屑だと思い込んでいます」
■■少尉の尋問後に様子を伺った女性尋問官は時雨に違和感を感じていたらしい。この録音テープを聞いて、違和感の正体が判明した。
「まぁ拷問紛いの事をすれば、洗脳のように刷り込まれるのも難しい事じゃない。■■尋問官、憲兵隊隊長■■■■■大佐とは連絡が取れるか?」
「は、はい。一応メールアドレスは交換してあります」
「よろしい。ではその大佐に今度の会議で証人として出てもらおう」
会議と聞いて艦娘達がざわめく。会議は開けないと提督自身が明言していた。天龍が不思議そうに問い掛ける。
「会議はもう無いんじゃないのか?」
「手段が無ければの話だ。あのクソジジイはわざと解体の日にちを一週間後にした、この意味が分かるか?」
「……もしかして、何か証拠が見つかれば会議を開かせる猶予を作ったって事?」
「そういう事だ。クソジジイは表では時雨と夕立を旧式解体処分と発表しているが、本人自体は旧式解体を良く思っていないんだよ。だから少しでも処分を軽くさせる為にわざと猶予期間を作った」
元帥自身は旧式解体法を良く思っていない。解体にしては残酷で凄惨、非人道的な方法に頭を悩ませていた。何年か前に辞職した前元帥が提案した方法であり、その当時は艦娘については良く分からなかったという適当な理由でそういった方法が取られた。
しかし艦娘をぞんざいに扱う荒れたやり方として、国民から反対運動が活発化。新しく就いた今元帥が部下の考えにより新式解体法を提案し、その方法を取るように義務づけている。
「あの元帥も良い所はあるのね」
「……かもな、感傷に浸る暇はない。時間は限られている。後は……」
提督は窓を見つめ、雨降る景色を眺める。もう一つの種の成長具合を確かめている。あんな風に艦娘達に言われたら、信じる他は無い。
「後は?」
「アイツ次第だ……灰。そして白露」
「な、なに?」
「今度こそ救えるぞ。だから今すぐ灰の元へ向かえ」
白露を急いで灰色の元へ向かわせた。時雨と夕立の為ならば自身を犠牲にしてでも救うような妹思いな艦娘だ。灰色とは相性もいい、必ず役に立てるはずだろう。白露は願いが届いたのか笑顔を零した。
「分かった! ありがとう提督!」
――駿河鎮守府
「ここが駿河鎮守府……」
家から歩いて二十分。駿河鎮守府に辿り着いた灰色は建物を眺めていた。荒くれ鎮守府とほぼ同等の規模を誇り、静岡県の海を護っている。
「地元が駿河なのも何かの縁かな」
荒くれ鎮守府を出ていく前に憲兵隊隊長にあるメモ書きを渡された。
その内容は──、
『私の友人からある情報を入手した。間に合わなくて申し訳ない、この鎮守府は警備が厳重で潜入と調査に時間がかかってしまったらしい。だが写真を撮った人物は特定出来たようだ。その人物の名は──』
「──駿河鎮守府所属青葉型重巡洋艦一番艦、青葉か。ん?」
スマホから通知音が鳴り、メッセージ内容を確かめる。それは摩耶のLINEから、白露が手伝いに来るという内容だった。
「白露が来てくれるのか、ありがたいです……っと。さて……」
「やぁ■■、久しぶりだね」
駿河鎮守府の門前に立っていた灰色は昔お世話になった先輩と出会う約束をしていた。駿河鎮守府に潜入する為、本当の事は秘密にしたまま突然編成された新人の憲兵という名目で許可を貰っている。灰という名前は偽名なので疑問に思われる事は無い。服装も変更し、■■少尉にバレないように憲兵として工作している。
「せ、先輩! ご無沙汰しております!」
「そんなかしこまらなくていいよ」
灰色の先輩はお人好しな性格で艦娘達からも慕われている。灰色もこの先輩に影響され、艦娘が人である事を肯定した。だがこの駿河鎮守府は■■少尉が支配している。簡単に刃向かえる訳では無いらしく、いいように扱われているとか。
「それにしても散々な目にあったね……」
「先輩! あの事件はそもそも……!」
「分かってるよ。工作された事件ぐらい、だけどこの鎮守府は■■少尉が支配しているようなもの。身勝手に行動する事は許されないし、この事件も関わるなってキツく言われてるんだ」
■■少尉からは既に手が回っているようだ。この事件の真相を知っている以上は外に出る事も許されない。灰色と出会う事も■■少尉には内密になっているのでバレれば先輩や灰色はどうなるか分からない。
「それでは……」
「でも大丈夫。うちの仲良い憲兵さんが新人として編入させてくれるよ。あ、連れている艦娘とかいるのかい?」
「後で白露が来るんですが……」
「分かった。だったら来た時に連絡してね」
灰色が駿河鎮守府に潜入し、五時間が経過。午前十三時、艦娘達は食堂に。■■少尉は午後の会議で留守中だ。
「青葉さん、ですよね?」
「っ……何でしょうか」
重巡寮の見回りをしていた灰色が青葉とすれ違う。そしてすれ違いざまに問い掛ける。
「あの写真を撮ったのは貴方で間違いないですよね?」
「……何の事だかさっぱり」
「■■少尉に脅迫され、■■■鎮守府に潜入し、あの写真を撮った事ですよ」
「何を仰っているのか分かりません」
青葉は変装した灰色を無視して過ぎ去る。無関係の人間に話す事は何も無い。話すだけ無駄だ。
「一応聞きますが……青葉さんは自身の事をどう思ってます? 人間? それとも……兵器?」
「……当たり前じゃないですか。貴方が思うように……兵器です」
──二十三時間後。
部屋に出る青葉を白露は待ち構えていた。この駿河鎮守府に白露は所属していない、明らかに他所の鎮守府の白露だ。となればあの事件現場の鎮守府の所属だろう。時雨と夕立が旧式解体されると聞いて写真を撮った青葉を問い詰めに変装した憲兵と共に来たに違いない。
呆れた青葉は見向きもせずに過ぎ去ろうとした。
「……本当は苦しいんだよね? このまま生きていくのが」
しかし白露の言葉を聞いて立ち止まった。思わず青葉は手を強く握って噛み締める。自身の事を哀れみの目で見られているようで腹が立った。すると今度は反対側からあの■■■鎮守府の者と思わしき憲兵まで現れる。
「■■少尉に脅されて保身に走るのは分かります。でも無実の罪で解体処分されたら、貴方は一生十字架を背負う事になるんですよ?」
「……」
「貴方が解体のボタンを押すんです。もしこの鎮守府に時雨と夕立が着任すれば、貴方は笑顔で迎えられますか?」
立ち止まる青葉に歩み寄る白露と灰色。どう考えても逃げ去る術は無い。青葉は焦りながら二人を警戒する。そして灰色と白露は切り札を出してきた。
「もし協力してくだされば、この鎮守府を支配する■■少尉の権威を必ず落とす事が出来ます」
あの忌まわしき男を地に落とす事が出来る。瞼をより一層と開き、その可能性を目の当たりにした。確かに外部の二人ならあの男をどうにかしてくれるだろう。だがしかし青葉にとっては──、
「……戯言を!!」
青葉が怒鳴る。
その声は廊下全体に響いた。
「私が解体のボタンを押す!? そんな事私でも分かってますよ!! あの男に脅迫されて! 一方的に余所の時雨と夕立を貶めるような真似をして! 周りからも疎遠になって! 自分を守る為に、生き抜く為にあんな事をした!! それなのに!」
「っ……?」
「何で……今を生きるのが……! こんなにも苦しいんですか……!!」
顔を俯き、胸に握った手を寄せる。頬から涙が曲線を描く様に伝っていた。保身の為に自身の愚かな行為で関係のない他人を傷付ける。全くもって最低最悪だ。生き抜く為にやった事だ、後悔はしないはずだった。だがその生きている今は死にたい程苦しい。自身が犯した罪の意識に耐えられなかった。
「こんな事をする為に……! 私は生まれた訳じゃない……!」
青葉の状況は荒くれ鎮守府の状況とほぼ一致していた。かつては自分やその他の艦娘達も保身の為に、仲間を蹴落としまで生き抜いていた。この駿河鎮守府はあの荒くれ鎮守府の二の舞になりつつある。
「所詮は何も出来ない兵器なんですよ……ああやって人に使われる、どうしようもない兵器なんです」
「違う」
「っ? 違うってどういう……? 貴方だって私の事を何も出来ないへ──」「違うよ」
「っ……!」
二度も否定され、青葉が後退る。
これだけ否定されたのは初めてでは無いのに、何故か動揺してしまった。
「君はどこかで……人間でありたいと思ってるはずなんだ」
「そ、そんな訳……え……?」
無意識に涙が流れているのが分かった。頬に指を寄せると液体が冷たく触れる。指が、手が、腕が震えていた。必死に抑えようとするも震えは止まらない、目から流れる涙も止まらない。
「違う……私は……!!」
『兵器が喚くなよ、うざったい』
「ごめんなさい……!」
『今度泣きだしたら解体だからな。あ、勿論旧式だぞ? 分かってるよな?』
「嫌だ……出ないで……!」
『何回泣けば気が済むんだこの鉄屑がァ!!』
止まらない。
涙が止まらない。
泣いては駄目なのに。泣いたら殺される。
嫌だ、死にたくない。まだ私は──、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ──っ!?」
突然手を叩く音が耳の中で響いた。前を見ればあの男がいる。男は青葉の肩を掴み、必死そうに訴えた。
「君が目の前にいる男は!! あんなクズ野郎じゃない!! 君を救いたいと心の底から願ってる……!! 馬鹿正直な僕だ!!」
「……ッ……私を……!!?」
「あぁそうだ! 笑いたければ笑え!! 嫌だというならこの手を払ってみせろ!! 僕は君に何度でも絶対に言い続ける!! 君が兵器か人間かなんて選ぶのは君の自由なんだ!! だけど僕は君の事を素晴らしい、最も誇るべき人間だと思ってる!!!」
その手を青葉は払う事が出来なかった。それはどこかで人間になりたいと思っていた自分がいたから。何ヶ月間も苦しい日々を送り続けて、何度蔑まれていても思いたかった。たまに建物の窓から見た事がある。二人の女子高生が歩きながら楽しそうに話していたのを。
憧れ続けた。自分もあの女子高生のように友達と楽しく話しながら過ごしてみたい、と。
でもそれは叶わない、何故なら自分達は兵器だから。兵器は人の心を持つべからず、生まれた時からそのルールが捩じ込まれていた。自分達の存在は人間が決める事だと思い込んでいた。
だが──、
「本当に……思ってもいいんですか……!」
「当たり前じゃないか」
「泣いてもいいんですか……!!」
「いいんだよ」
「でもここだと……!!」
「大丈夫さ、君がいればこんな地獄なんて一日で終わる」
青葉は膝から崩れ落ち、声を消しながら泣き出した。手で顔を隠して、溢れ出る涙を抑える。灰色と白露は傍に寄り添い、青葉を抱き締める。青葉も灰色の胸に縋り付き、泣きじゃくる子供のように身体を委ねた。
「だから……君の正直な気持ちを聞かせて?」
ごめんなさい、投稿予定時間が間違ってました。
許してください。