あの会議から二日が経過。時雨と夕立の解体当日、提督と摩耶は元帥の部屋まで呼び出されていた。
今日この日、時雨と夕立の運命が左右される。提督は真面目な表情をしながらも内心は緊張していた。
「■■■鎮守府所属白露型駆逐艦二番艦、時雨。その四番艦、夕立。改めて二人の処分は……──」
「──旧式解体を取り下げ、■■■鎮守府にて六ヶ月の謹慎とする」
「……かしこまりました」
一言返して提督と摩耶は頭を下げる。元帥曰く、時雨と夕立が被害者である事を理解してくれたらしい。
「また白君と灰君の処遇については──」
――荒くれ鎮守府。
「提督……」
「……食堂に集合だ」
荒くれ鎮守府に帰還した提督と摩耶。帰ってきた二人に艦娘達が広場に集まりだす。提督の表情を伺い、時雨と夕立の処分を知りたがっているようだ。全員に知らせる為に一度食堂へ集まらせる。時雨と夕立の事を聞いて、殆どの艦娘達、憲兵隊や整備士達も集まってきていた。
「さて集まったな馬鹿共」
食堂の二階で集まってきた者立ちを見下ろす。ざわざわと時雨と夕立の処分に緊張していた。
「時雨と夕立の処分だが……」
多くの艦娘達が唾を飲む。
提督の口から発せられる処分に身体が震えそうだった。
「旧式解体は取り下げ、俺の鎮守府で六ヶ月の謹慎となりましたイェェェェェェイ!!!!」
一気に食堂が歓声の声で包まれる。提督の声と同時に表情は緩み、歓声を上げた。時雨と夕立の処分は荒くれ鎮守府にて六ヶ月の謹慎、出撃任務や遠征任務の禁止となった。旧式解体処分は取り消され、後日輸送艦にて帰還する。
「って事は……時雨と夕立が戻ってくるの!?」
「そういう事だ。灰色と白露はこちらで治療する事になった、直にこちらに戻ってくる。更には階級も元通り、中将である俺の完全勝利だフハハハ~」
「とぼけないで」
提督ら階段を下りて一階で騒ぐ艦娘達を眺める。銃を舐めて自身の完全勝利を不気味そうに喜んだ。だがしかし抗議の声が提督を邪魔をする。
「私達、のでしょう?」
「加賀さん! 皆!」
医務室で休養を受けていた加賀達が松葉杖をしながら歩いてきた。提督の完全勝利を否定し、自分達の勝利だと提言する。提督は蒼い眼で難しそうな表情をしながら加賀達を睨んだ。
「ちゃんと蹴散らしたんでしょうね?」
「銀河系の彼方まで粉々になって、ブラックホールに吸い込ませてやったよ。お前らの体当たり作戦に乗ってやった、ありがたく思え馬鹿共」
「え? じゃ、じゃあわざと殴られに行ったの?」
加賀達がコクッと首を縦に振る。加賀達は暴行された訳ではなく、わざと暴行されにいったのだ。仲間と協力し、覚悟を決めて殴られにいく事で提督に頑張ってほしかった。結果提督は本気を出し、時雨と夕立を救う事が出来たはずだが──、
「逆にあたし達が殴られて全国に伝われば世間の風上が変わるかもしれないって思ったんだろうな」
「少し煽っただけでこの始末だ」
「天上知らずの馬鹿だ、結局のところ何一つ世論は変わってはいない。ただの殴られ損だ、お前らは同情もされてないんだよバーカ」
「分かってるよ? でも私達がわざと殴られに行かなかったら提督は動けなかったでしょ? 騙されたよね」
提督と加賀達が互いに近寄り、目と目を合わせて睨み合う。火花を散らす提督達に摩耶や他の艦娘は傍でニヤニヤと微笑んだ。
「あれは会議を開かせる為の陽動作戦項目だったんだ。そうとも知らずに少しだけ唆したらまんまと騙されてたんだよ、馬鹿共め」
「気付いていましたよ。気付いた上で乗ってあげたんです、騙されましたね」
「お前らが気付いていた事も気付いた上でやってあげたんだ馬鹿共め」
「提督が気付いている事に気付いている事も気付いた上で乗ってあげたのですわ」
「お前らが気付いている事に気付いている事も気付いて──」「はい、そこまで」
永遠に続く会話に歯止めをかける摩耶。提督に負けじと加賀達が踏ん張る。仲睦まじそうに周辺の艦娘達はその様子を眺めていた。提督は言う事を聞かない加賀の額に頭突きする。
「痛っ!!」
「ありがとうございました」
二日ほど時が過ぎ、荒くれ鎮守府の医務室まで送られる灰色と白露。二人とも重度の外傷を負い、意識は不明。集中治療室にて決死の治療が行われ、命を取り留める事に成功。そして会議の途中で目を覚ましたらしい。
後日、時雨と夕立の処分が言い渡され、摩耶から連絡を聞いた時は灰色は泣いて飛び上がっていたという。
安静の為に寝たきりで輸送車に乗る二人。一つの車両に灰色と白露が用意されたベッドに寝たまま、天井を見つめている。看護師に見守られながら荒くれ鎮守府まで移動した。不思議と自動車特有の揺れは殆ど感じず、車に乗っているのを忘れるほど心地が良かった。
「……白露」
顔を横に向け、白露を見る。灰色よりも白露の方が外傷や心傷が深く、複数人に弄ばれていた。外傷は治せても心の傷は簡単に癒せない。改めて自分の無力さを思い知らされた。あの時自分は縛られたまま、白露が犯されていく様を眺める事しか出来なかった。
何がヒーローになりたいだ、力も無しに誰一人守れていないじゃないか。
「ごめんな……不甲斐ない奴で……」
「……いいや大丈夫だよ」
「ッ!? 白露!?」
白露は灰色と目を合わせ、伸ばした腕で灰色の患者服を握る。その握った手はあからさまに震えていた。恐らく白露は無理して灰色に近付こうとしている。灰色としてはどうしてもやめてほしかった。
だが──、
「怖いよ……! 怖いけど、灰さんだと何故か安心出来る。だからもう少しこのままでいさせて……」
「……分かった。あの鎮守府に着くまでこうしていよう」
「ありがとう……」
荒くれ鎮守府に着くまで白露はずっと灰色の患者服を握っていた。
やがて荒くれ鎮守府に辿り着き、医務室まで送られる二人。帰ってきた鎮守府を懐かしそうに眺めている。
「数日ぶりの鎮守府だな」
「白露ー!!」
「灰さーん!!」
送られるまでの途中に心配した艦娘達が迎えてきてくれた。寝たきりの二人を囲うように身を案じている。
「これは熱烈な歓迎だな……アハハ……」
「灰殿」
艦娘達に囲まれる中、憲兵隊隊長が話し掛けてきた。身長は大和や武蔵程だろうか、寝たきりでも艦娘達の後ろから顔がよく見える。
「よく帰ってこられました、どうですか? 私の情報は役に立てたでしょうか?」
「はい。とても役に立ちましたよ。隊長さんがいなければ、こんな事にはならなかったと思います」
「ありがとうございます……この場にいるのは少々場違いなので、これにて退かせていただきます」
一瞬白露を覗いた隊長は風のようにその場を去った。艦娘達は一連の行動にはてなマークを浮かべている。白露は隊長が去った訳を理解しつつ、心の中で感謝した。
「提督が来ましたよ」
医務室での輸送が終わり、無事にベッドに辿り着いた二人。■■医師から治療が施され、また寝たきりの日々が続く事になる。そう思ってる中、提督がわざわざ出向いて来てくれた。
「やっと帰ってきたか馬鹿共」
「はい。帰る事が出来ました。本当にありがとうございます」
「感謝の言葉はいらない。礼をしたければ行動で示せ、という訳で戻ってきて疲れているだろうが寝たきりのままで構わんから仕事だ。白露もだぞ」
「わ、分かりました……」
相変わらずの厳しさに心が折れそうになる。提督はこういう人だということを思い出した。確かに余計な迷惑をかけてしまった分、罰は罰として受け入れる他は無い。
こうした日が三日程続いた。しかも何故か書類の間違いを尽く指摘され、何度も書き直させられた。面倒見がいいのかと摩耶に問い掛けたが、サボる口実が欲しかったらしく提督らしいと自然と微笑んだ。一方で隣の白露には一切近付かず、摩耶に世話をさせている。ある意味不器用な所で優しいのかもしれない。
「司令官! 時雨さんと夕立さんを乗せた輸送艦が間もなく到着予定になります! 先程模擬訓練をしている妹達から聞きました!」
「素晴らしい報告だ朝潮、さて無残な姿でも目に納めるとしようじゃないか」
突然医務室の扉から朝潮が敬礼しながら報告してきた。なんでも時雨と夕立が戻ってくるらしい。それを聞いた提督はニヤニヤと企むように笑った。
「白露型駆逐艦二番艦、時雨。白露型駆逐艦四番艦、夕立。二人の輸送と護衛を完了しました」
「よし、下がっていいぞー」
「失礼します」
広場の港にて拘束器具を外された時雨と夕立が再びこの鎮守府に戻ってきた。船員との手続きを簡単に終わらせ、時雨と夕立に近寄る。一週間ぶりの鎮守府に彼女達は全く表情を出していなかった。というよりも表情が死んでいるように見える。
「二人とも医務室に来い」
「……分かり……ました」
提督の後を追うように時雨と夕立は鎮守府の廊下を歩く。連れていかれたのは医務室だ。大雑把に扉を開き、堂々と中へ入る。医務室には■■医師、灰色と白露がいた。提督は用意された椅子を反対に座り、背もたれに組んだ腕を乗せる。そしてその上に顎を乗せて、棒立ちする時雨と夕立を眺めた。
「さて戻ってきて部屋に休みたい所だと思うが……その傷は■■少尉にやられたんだろ? 一体何をされた?」
「……頭を殴る……身体を蹴る……髪の毛を千切る……指の骨を折る……爪の間に錆びた釘を入れる……自慰の強要……裸体の撮影──」「もういいです、やめてください」
■■医師と灰色が無理矢理話を止めさせた。これ以上話せば二人の精神は崩壊しかねない。拷問とも思える境遇に灰色や■■医師は耐え切れなかったようだ。だが提督はそんな事など気にせずに話を続ける。
「それで? お前らは自身を何だと思ってる」
「兵器です」
「理解してて何よりだ」
「人間様の命令は絶対尊守。命令される事は当たり前、破れば罰が与えられます。なので命令を」
まるでロボットのように感情のこもらない声で話す時雨と夕立。如何に二人がどんな目に会ってきたのか容易に想像が出来る。灰色と■■医師は涙するほど怒りが溢れた。■■少尉に対する憎悪が止まらない。
「そうだなー……生憎俺はお前らの命令主じゃない。隣に寝ているガキに命令をもらいたまえ」
「……えっ!?」
突然の振りに灰色は思わず声が漏れた。命令主は提督ではなく灰色だと吹っ掛ける。灰色は自分を指さし、提督に問い掛けた。
「私が……ですか……?」
「元はお前の秘書艦だろう。自由にしたまえ、お前自身の価値観を俺に押し付けたように二人を訴えてみろ」
興味無さそうに提督はさりげなく灰色に課題を出す。以前に提督に艦娘は人間だと主張したように時雨と夕立にも押し付けて二人を救えと遠回しに言われてるような気がした。それに気付いた灰色は元気な声で答えた。
「……分かりました!」
やはり提督は不器用な所で優しい。提督の傍にいた摩耶は片目を瞬きし、灰色は改めて自由の意味を理解した。
「……やっと着いた……あの野郎……!! 絶対許さねェ……!!」