うざい提督とブラック鎮守府   作:あばずれ

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89. 「自由」

 灰色と時雨達の件について、■■少尉は憲兵達により拘束。大本営の留置所である人物と取引していた事から脱獄出来たらしい。一定期間は無縁の呉鎮守府で預かる事になり、常に厳戒態勢に入っている。また、■■少尉の非人道的な行動の数々が世間に広められ、駿河鎮守府の責任者は灰色の先輩が担う事になった。

 

 時雨と夕立を貶めた張本人である■■少尉の供述により、駿河鎮守府に匿われていた経歴詐称の整備士、各鎮守府に異動していた憲兵三人と整備士二人は強姦未遂により逮捕。懲役六年が課せられ、刑務所にて服役している。そして写真を撮ったと証言した青葉は自ら解体を所望するも、青葉は利用されていただけだという声が多く解体は無かった事に。時雨と夕立と同じく六ヶ月の謹慎処分が言い渡された。

 

 また大本営は駿河鎮守府に注目し、半年間は憲兵や整備士を監視するらしい。雑な福利厚生や最悪な衛生環境があらわになり、これから少しずつ直していくと先輩はインタビューで語っている。

 

 灰色は■■医師の集中治療により、命は取り留める事に成功。特に右胸の外傷は酷く、完全に治るまでは時間が掛かるとの事。まだ意識は回復しておらず、医務室のベッドにて眠り続けている。白露や時雨、夕立も外傷を抱えており、謹慎も兼ねてゆっくりと治療を受けるようだ。

 

「あー……朝なのに疲れた気分ってどういう事だか」

 

 今日も面倒な一日が始まる。ここ最近は■■達に動きが全く見られない。恐らくまた何か企んでいるのだろう。どちらにせよ何十倍にして返す必要がある。警戒は怠らない様にと憲兵隊に忠告した。

 

「提督、おはよー」

「おはようございます! 司令官!」

「おっはー、提督」

「提督、おはようございます」

「……?」

 

 執務室までの歩く最中、今まで挨拶が全く無かった艦娘達が何事も無かったかように元気に挨拶をしてきた。何か寒気がする。この艦娘達に一体何が起きたのか理解ができない。

 

「何か気持ち悪いな」

 

 頬を引き攣りながら、腕を摩る提督。執務室に入ると秘書艦が手前で待機していた。今日から秘書艦が一人ずつ交代制になり、いつも通りなら摩耶がいたはずだが今日は違う艦娘だ。

 

「おはようございます提督。本日の秘書艦を務めます、神通です。よろしくお願いしますね」

「はいはい、よろしくよろしく」

 

 適当に挨拶を交わし、椅子に座る。神通も提督の隣に座り、公務が始まった。神通から見て提督の書類解消の速度は凄まじく、一時間で既に半日分の書類を書き終えていた。

 

 工廠の開発機構の改良依頼や他鎮守府から資材共有の受理、大本営からの遠征任務の報告書。また時雨と夕立の監視結果の報告書作成など真面目にこなしている。仕事中の提督は外見から見れば少し格好良く見えた。あの性格が感じられない程に真面目で、間違いがあればちゃんと指摘と訂正はしてくれる。

 

「神通、ここ間違ってるぞ。訂正しといたから、これ見て最初からやり直せ」

「す、すいません……」

「謝る暇があるなら手を動かすんだ」

「遠征から帰ってきたぜー!」

 

 執務室からノックもせずに天龍達が帰還してきた。ちょうど遠征任務から帰還し、報告書を作ってきてくれたようだ。

 

「報告書は作れたんだろうな」

「当たり前だっつーの!」

 

 天龍は元気に答える。確かに報告書に間違いはなく、初めてにしては上出来だ。そのまま天龍は駆逐艦と一緒に執務室を出ていく。会話はドア越しでも聞こえるほど賑やかだった。

 

「……なぁ神通」

「はい、何でしょうか」

「何か最近やたらと馬鹿共が親しく接してくるんだが、原因分かるか?」

 

 馬鹿共とはつまり艦娘達の事だろう。以前よりも艦娘達が活き活きとしてる事について疑問に思っていたようだ。それを聞いて神通は驚く様な顔をする。

 

「え? ご自覚無いのですか?」

「いや無いけど」

 

 思わず口を開きっぱなしにしていた神通。どうやら本当に自覚は無いらしい。

 全国中継であの言葉を言うのは勇気があるのに対して、提督は真面目に伝えていた。誰しもあの言葉に影響された事を提督は知らない。

 

「……それは恐らく提督に原因があるかと」

「俺は一体何をやらかしたんだ……」

 

 提督は両手で頭を抱え、己の記憶を思い出させる。一体何があったらこんな事が起きるのか。記憶の棚を引きずり出して考えた。神通はその姿を睦まじく見ながらも、外の背景に視線を移す。

 

 季節は既に夏、蝉の声が徐々に聞こえてくる。六月の梅雨は明け、太陽の光が地面を焦がした。海面は蒼く煌めき、雲一つない青空が広がっている。

 

「そういえば夏、ですね」

「あぁそうだな。最悪の季節だ」

「これから暑くなるので、私のやりたい事として何か清涼器具とか設置してくれませんか?」

 

 夏となれば気温が高くなる。梅雨では少し寒く感じたが、今では汗が出るほど暑く感じていた。勿論この執務室には完備しているが、艦娘達の部屋や講堂には無い。神通は自身の願いとして清涼器具を設置する事をお願いした。

 

「まぁ考えてはいる。各部屋にエアコンを設置しようか検討中だ」

「ありがとうございます。電気代は大丈夫なのでしょうか……」

「その点については大丈夫だ。お前らの給料から引いてるので問題無い」

「提督!」

 

 白露が慌てて執務室に入ってきた。提督の許可すらなく勝手に入室する艦娘達に提督はキレだす。

 

「何でノックもしないんだコイツらは!!」

「まぁまぁ……」

「灰さんが起きた!」

 

 灰色が起きたと聞いて提督は目を丸くする。意識はしばらく不明だった灰色が目覚めたらしい。経過報告を聞いた提督は自ら進んで医務室へ向かった。

 しかし医務室のドアの前で手摺に触れた時、動きを止める。

 

「……!」

「どうしたの提督」

 

 何か感じたのだろうか。微動だにせずドアを開けようとしない。何十秒かして提督は手をポンと叩き、何かを思い出したかのように声を上げた。

 

「そういえば明石達に電探が出来たと報告を受けていたのを忘れていた。神通、ついてこい」

「え? でも灰さんが……」

「いいから来い」

 

 提督が半強制的に神通を連れていこうとする。何故か灰色に会わない提督に神通は首を傾げながらも後を追った。

 すると医務室のドアから■■医師が現れる。ちょうど居合わせた提督と神通は足を止めた。

 

「あれ、■■先生?」

「あら白露ちゃん、神通さんじゃない。それに提督まで」

「先生はどうしたの?」

 

 白露に聞かれた■■医師は医務室のドアを見たまま何かを考えた。言えない理由でもあるのか隠し事をしている様に思える。窓の空に視線を移した■■医師は人差し指を上に指し、白露に答えた。

 

「……これから食堂に向かって早めのお夕食。邪魔しちゃいけないからね」

「……え? 何で?」

「それは入ったら分かるわ。白露ちゃん、貴方は入った方がいいと思うの」

「……? 分かった……」

 

 ■■医師に言われるがまま白露は医務室の中に入っていった。廊下に立つ提督と神通、■■医師はそれぞれ目的の場所へ向かう。二人共に沈黙で会話すらせず、お互いそっぽを向いている。肩を並べて黙り込む二人に神通は胃が痛くなりそうだった。

 

「……貴方が気を遣うなんて珍しいのかしら」

「随分と戯言も上手くなったようだぁ、一度大型客船エスポワールに乗って金に目がない屑共に騙されてくるといい、少しは腐った頭も冴える事だろう」

「はいはいそうね。そうしとくわ」

 

 

 

 

 

「失礼……しまーす……」

「白露、白さんは?」

「何か用事があるってそっちに行っちゃった」

「そうか。あの人らしいな」

 

 微笑みながら灰色は元気に喋っている。隣には時雨と夕立が座っていた。ベッドで上半身を起こしながら灰色は時雨と夕立と話を続ける。

 

「一週間も寝ていたみたいだね。心配させちゃったかな」

「そりゃ心配したよ。意識不明の重体だなんて聞いて心配しない方がおかしいじゃないか」

「そうだね。付きっきりで看病し続けたっぽい! あ……!」

 

 夕立があの口調に戻り、思わず口を抑える。赤面しながら周りを見渡した。灰色と時雨達は頭にはてなマークを浮かべるも夕立の事に気付いてくれた。

 

「良いんだよ。ゆっくりで」

「う、うん……」

 

 あまり会話が続かない。

 お互い緊張しているのか目すら合わせなかった。

 

「皆、変わったね。初めて会った時よりも生き生きしてる」

「そうかな……」

「何か……照れちゃうな」

「まぁそうかもね」

 

 時雨達は初めて会った時よりも少しばかり雰囲気が違っていた。光すら無かった目に輝きが戻り、笑顔も少しずつではあるが見れている。

 

「灰さんはいつ復帰出来そう?」

「んーまだ分からないかな。■■先生から絶対安静にって口を酸っぱく言われたから」

「復帰したら……その……」

「どうしたの時雨」

 

 時雨が顔を俯き、指を弄る。赤面している顔を見られたくないのか俯きながら話を続けた。

 

「僕が……秘書艦なのかな?」

「……かもね。私としてはとても嬉しいよ……あ! まだ嫌、かな?」

「い、嫌じゃないよ! そ、そっか……」

 

 沈黙が続く。

 そこに灰色はある事を時雨達に聞いてみた。

 

「……皆に……聞かせたい事があるんだ」

「え……何?」

「私の本心、聞いてくれるかな?」

 

 灰色の本心。

 聞くのは初めてだ。着任当時から皆に慕われ続け、時雨達の事を救ってくれた恩人の本心。時雨達は興味津々に答えた。

 

「うん……聞かせて」

「ありがとう……私はね子供の頃から多くの人を救えるヒーローになりたいって思ったんだ。でもそれは夢のまた夢で、私にそんな力なんて存在せず、夢は折れかけていた」

 

 多くの人を救いたい。強大な敵に立ち向かい、人々から褒め称えられるヒーローに強い憧れを持っていた。決して人に褒められたいからヒーローになりたいのではなく、多くの人を救いたいが為の憧れ。

 

 しかし実際は人が創った幻想に過ぎず、力や才能が無ければ何も出来ない。自分は傍観者でしかなかった。

 

「だけど諦めたくはなかった。自身の未来を飾るヒーローを目指す為に色々な努力をしてきたんだ。でも世間から考えればいい歳した大人がヒーローになりたいだなんてそんな幼稚な夢は馬鹿にされて当然で、周りから隠して生きてきた」

「誰にも言わなかったの?」

「うん。白さんと出会うまではね。でもそんな調子じゃ変わらないと思って白さんの前で本心を口にしたんだ」

 

 初めてこの鎮守府に着任した時、提督の目の前でヒーローになりたいと言ってみた灰色。勿論緊張で汗は止まらず、馬鹿にされるのが恐怖だった。しかし予想とは真逆で提督は否定はしなかった。

 

「実はあの時嬉しかったんだ。否定はせずとも厳しい道だと覚悟しろと言われて、自分はやっと一歩を歩み出せたって喜んでた」

 

 そしてその時はやってきた。時雨と夕立が無実の罪を着せられ、大本営に連行される時は本当に時雨と夕立を救いたかった。彼女達の精神状態や心の傷の深さを理解した灰色はどうしても動きたかった。

 

 そして提督と灰色は負けてしまい、時雨と夕立を救う事は不可能に。謹慎処分を受けた灰色は地元の駿河に戻る羽目になり、時雨と夕立からより遠のいていく。

 

 しかし灰色は諦めなかった。隊長から渡されたメモ書きと疑惑の駿河鎮守府を調査し、何とか原因を突き止める事に成功。その後は提督の活躍により、時雨と夕立を救う事が出来た。

 

「あの■■少尉が来て、夕立達が殺されそうになった時。私はそこで決心したんだ」

 

 その遅めの決心は自身を揺るがせない大切なモノだ。多くの人を救えるヒーローになるのではなく艦娘達のヒーローになるという目的の移り変わりがあり、今自分に出来る事を精一杯に考えた。結果的に夕立達を救う事は出来たが、本人達から自分はどうだったのか。改めて聞きたかった。

 

「どうかな……? 私は君達の……ヒーローになれてるかな?」

 

 救った本人から聞くのは野暮だろうか。それ以前に夕立達を救えていたのだろうか。何せ時雨の返事と提督の声を聞いた後は何も覚えていない。心臓の鼓動音が大きく聞こえるほど緊張した。

 

「……うん。灰さんは今も僕達の立派な……ヒーローだよ……!」

「そっか。ありがとう、嬉しい」

 

 少し照れくさそうにしながらも笑顔は絶やさない灰色。思った以上の答えに涙が出ていた。目に溜まっていた涙を拭い、笑って誤魔化す。

 

 

 

 

 

 ──良かった。

 

 

 

 

 

 ──自分は、ヒーローになれたんだ。

 

 

 

 

 

「はぁ~本心が言えて良かった~! とてもスッキリした気持ちだよ」

「……灰さん!」

 

 突然夕立が椅子から立ち上がる。灰色の顔をずっと見つめ、右手で左胸を抑えた。灰色は何か世間話かと素直に話を聞く。

 

「ん、何? 夕立」

「その……私も……本心……聞いてくれるかな……?」

「ぼ、僕も!」

 

 灰色の影響か、時雨と夕立も本心を聞いてほしいと頼んできた。よく見れば二人とも緊張している。灰色が緊張で心臓の鼓動音が大きく聞こえたように時雨と夕立も身体が震えていた。

 

「本当はね……夕立は人間の事が大嫌いだったの。今まで色んな事があってどうしても信用が出来なかったっぽい……でも今は違うの! 今は……提督さんと灰さんは……少し違う……っぽい……」

「ぼ、僕もね、夕立と同じで人間が嫌いだけど……今は違うんだ……! 今も少し怖いけど灰さんと提督は別だよ。秘書艦も続けたいし……! いいい一緒にいたいって思ってるよ!」

 

 白露はその光景を驚きながらも見守った。本心を誰にも話さない二人が人間の目の前で話している。緊張で声は途切れ途切れでも、二人にとっては真剣だ。

 

「……そっか。でももっと聞きたいな、君達の事。愚痴でも何でもいい、全てを言ってほしいな。君達の事、もっと大好きになれそうなんだ」

 

 大好きになれそうだ、そんな言葉を聞いたのは初めてだった。

 思いがけない言葉に思わず二人は動揺する。澄んだ瞳から自然に涙が零れ、咳が漏れそうになった。話すのが難しくなり、途切れながらも正直に今までの事を吐き出す。

 

「本当は……ほんっ、どうは……とでも……怖がっだ……!」

「辛かったね」

「何も楽しくなくて……地獄のような……日々だったぁぁ……!」

「ごめんね、傍にいられなくて」

 

 時雨と夕立は灰色の胸に抱きついた。灰色は二人を優しく抱擁し、それぞれ頭を撫でる。

 

 今までこの二人が経験した事に凄惨以外の言葉は無い。

 

 人にあらぬ扱いを受け続け、か弱い身体を弄ばれ、何度も痛めつけられた挙句、無実の罪を着せられ、死を彷徨う羽目になった。救いも無ければ希望も無い。地獄から抜け出す蜘蛛の糸すら存在しない。

 

 だがしかし、そんな二人にも光はあった。

 

「でももう大丈夫、私がいるから。君達をもう酷い目に合わせはしないよ、絶対に」

「本当に……?」

「あぁ本当さ! だって私は皆のヒーローだからね」

 

 その光は小さくも周りを照らし続け、どこまでも伸びていく。灰色という存在が光となり、遂に時雨と夕立を照らしたのだ。

 

「よしよし……今まで辛かったよな。よく耐えてこれたね……君達は頑張った、とてもよく頑張った」

 

 灰色は言葉が続く限り、二人を慰めた。

 泣きじゃくる二人はまさに子供のようだ。

 

「泣きたい時は泣いたって構わない。笑いたい時は笑っていい。君達は自由なんだから……」

 

 自由。

 

 意味がある様で抽象的な言葉。恐らく世界中の人間はこの言葉の意味を決める事は出来ないだろう。何故なら自由の定義を考えるのはその人の価値観によるものだからだ。正解など存在せず、一つだけとは限らない。時雨と夕立がこれからどんな自由を過ごすのか、それは二人にしか知らない。

 

「これから楽しい思い出をいっぱい残そう。悲しい過去なんか忘れるくらい、君達に最高の笑顔が見られるような日々が送れますように……君達の本心が聞けてよかった。ありがとう、時雨、夕立。そして白露」

「っ……何?」

「来ていいんだよ」

 

 白露も思わず涙ぐみ、二人同様灰色に抱きかかる。医務室に三人の泣き声が響いた。

 

 

 

 今宵は満月、雲一つない夜空が広がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく雨は、降らないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




Part.5 疾風頸草のアイアゲートはこれにて終了。Part.5をまとめると「敗北の少年」「泥中に咲く」みたいな感じですね。

決戦まで、あと一章。
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