「提督さん、お疲れ様、鹿島です。よろしくお願いします」
「……」
朝九時ちょうど。
練習巡洋艦が配属され、着任する今日。執務室に練習巡洋艦である鹿島が来ていた。見た事のある表情に提督は突然嘆くように怒鳴る。
「よりにもよって何でお前なんだよ!!!」
「えっ、どういう事?」
窓際の机にて仕事をしていた時雨が不思議そうに問い掛けた。鹿島と対面して数秒で提督は頭を抱える。鹿島は不気味な笑顔を浮かべニコニコとしていた。
「久しぶりの対応にしては酷くありませんか? 元は貴方の艦娘だったのに」
「え!? 摩耶さんやプリンツさんと同じく!?」
「お、鹿島来てたのか」
提督の大声に駆けつけ、摩耶が執務室に入ってきた。面識があるのかフレンドリーに話しかけてきている。
「摩耶さん。お久しぶりです」
「確かに久しぶりだな」
「摩耶さん、提督と鹿島さんはどんな関係なの?」
「あー……提督と鹿島はあたしらと同じく一応元上司と部下の関係で、まぁその……色々あったんだよ」
鹿島は提督が無名の頃に所属していた地方の鎮守府に異動してきた艦娘だ。
着任仕立てから鹿島の性格は常軌を逸しており、人を躾けるのが大好きなサディスト。周りからも引かれる程の捻くれた艦娘だった。
その性格になってしまった理由として前鎮守府で艦娘の躾をしていた鹿島は、長年艦娘を躾ける度に興奮を覚えてしまい、その行為は次第にエスカレートし始めた結果、人間にも手を出していた。
その為、当時から捻くれていた提督の元へ異動となり、化け物同士をぶつけるような争いが始まったのである。上の思惑通りなのか提督と鹿島は熾烈を極める程の争いになり、ありとあらゆる手段で鹿島の性格を矯正しようとする提督と何がなんでも理由をつけて好きになってしまった提督を躾けたがる鹿島の醜く酷い争いが勃発。
提督が大本営に異動した際も鹿島は大本営直属の艦隊に無理矢理編入して付いてきたのだ。元帥に気に入られたのか、秘書艦を務めるようになり、争いはまた起きてしまった。
「えぇ……」
「また貴方と共に戦える事を光栄に思います」
「戦うの意味が間違ってないかー? お前の意地汚さとずる賢さを考慮すれば、幾度となく人間を社会的地位に落とすなど容易い事だろう。だが俺は違う、お前みたいな腹黒女なんぞ敵ではない」
「減らず口で金遣いの荒い貴方の事がずっと好きでやってきたのにそんな虚言は傷つきます」
「どこが虚言だぁ、減らず口もそこまでだぞ」
「そっくりそのままお返し致します」
二人が顔を近づけ、互いに睨み合う。火花を散らし、一触即発だ。
口は笑っているが目は全く笑っていない。摩耶は面倒な事に巻き込まれると頭を抱えているようだ。
「うわぁ……」
「相当やばいみたいだね……」
「何故お前がここに配属された」
「勿論戦力強化ですよ。この鎮守府の艦娘達の訓練艦として着任しました」
「でも本当は違うだろ?」
提督が怪しむ様に言葉で仕掛けてきた。
鹿島は目を細め、そっと溜息を吐いた。
「……あららバレてましたか。もうちょっと大本営も隠す技術が必要ですね」
「艦娘に監視されるのは癪だが、色々あって仕方ない事にしている。何も不自由に縛り付ける訳じゃない。それ以前にこの鎮守府の事は事前に知っているんだろう?」
「はい。知っていますよ。その事は大本営には報告しません、元帥さんは把握してますし、報告すればするだけ色々と面倒になるので」
勿論この鎮守府の事情は既に把握済みの様だ。
というよりも把握してもらわなければこちらが不利でしかない。艦娘の激変的な性格や行動の理由が前任と関係している以上、下手に行動すれば怪しまれるのは当然だ。元帥には報告し、理由も説明しているので誤解は無い。
だがそれ以外の人物に知られればややこしい事になる。それは提督や元帥共に避けたい事実だ。また存在α、基い蒼色に干渉している事がバレては何をされるか分からない。慎重にやっていく必要がある。
「なら構わない。自由にしたまえ」
「提督の事もですか?」
「どうなったらそう解釈出来るんだ、馬鹿なのかお前は」
「えー本当に好きなのにー……」
「おいこの腹黒女をさっさと視界から消してくれェ!!」
摩耶が鹿島を連れていき、執務室を出ていく。鹿島が去るなり提督は椅子に寄り掛かり、軍帽で顔を隠した。
「また苦労が重なる……のかな?」
「あの提督の様子だとそうみたいだね」
「最悪だ」
こうして提督と鹿島のどうでもいい醜く酷い戦争が始まる事となった。
「訓練艦として練習巡洋艦である鹿島が来てくれました。皆さん、仲良くしてくださいね!」
「鹿島です! よろしくお願いします!」
鹿島の着任により、艦娘達は歓迎の声で溢れた。練習巡洋艦と聞いて訓練がより良い物になると活気になっているようだ。遠くから眺めていた憲兵や整備士達は鼻の下を伸ばしている。
「まーた可愛い子が入ってきましたね先輩」
「やめろ馬鹿。隊長に言われただろ、アイツは監視目的でこの鎮守府に来てるって」
「そりゃそうですけど巷では艦娘の中で人気なんですよ? 見蕩れるなと言われるのが無理ありますぜぐへへ」
「だとしてもだ、ふざけるのも大概にしろ後輩。俺達は真面目でいなければならない。警備を続けるぞ」
「何も冗談ですよー、了解っす!」
今日も一日、時が過ぎていく。
艦娘達は鹿島の指導の元へ訓練に。
憲兵隊は鎮守府の警備、整備士は明石と熱心に開発。
提督と灰色は書類の穴埋め。
「羽黒! ここ間違ってるぞ、最初からやり直せ!」
「ご、ごめんなさい!! 今すぐやりますぅ……!」
今日の秘書艦は羽黒。
気が弱く臆病な艦娘だ。現に提督に叱られ、泣いて怯えている。
「羽黒! それは灰の仕事だ、何やってる!!」
「ご、ごめんなさいぃぃ!!」
「羽黒!! 判子押す所間違ってるぞ!!」
「すいません! すいません! すいません! すいません!」
書類の間違いを何度も指摘され、幾度となく頭を下げる羽黒。
まるで会社の上司と新社会人の様な光景だ、ドラマでこういう場面を見た事がある。
「白さん、お疲れ様でした。先に終わらせていただきます」
「提督、お疲れ様ー」
「はいはい、お疲れお疲れー」
夕方十七時、灰色と時雨はさきに仕事と終えて執務室を出ていった。羽黒は一生懸命書類を書き直し、提督は羽黒が改めて書いた書類を添削している。
やがて夜になり、消灯時間が過ぎようとしていた。
「羽黒」
「は、はい!!」
「資材の件だが、鋼材が三千以下ってのは本当か?」
また叱られると思ったのか頭を守る様に腕を上げる。しかし午前の事とは違って真剣に物事を聞いてきた。
「確認した時は……そうでした……」
「ならいい。後で駿河からボーキサイトと鋼材を交換するか」
提督はノートパソコンで何か仕事をしている。羽黒の報告を聞くなり画面を変えて、何かを作っていた。カタカタとキーボードを打つ音が静かな執務室で聞こえる。ディスプレイの画面に照らされた提督は一言も発さずに真剣な目だった。
「……提督は先に終わらない……んですか?」
「どうしてー?」
「い、いや! もう仕事なんて午前中で終わってるのに……こうして夜まで付き合ってくれるのが、よく分からなくて……」
とっくに提督が請け負った仕事は全て午前中に終えている。本来ならば暇を持て余していた所だが今日の提督はずっと執務室に籠るようになっていた。
羽黒の面倒を見ているのか、それとも別の仕事が急に入ったのか、羽黒には分からない。
「勘違いも甚だしい所だぁ、別にお前の為に執務室に残ってる訳じゃない。俺は静かになった執務室でないと別の仕事に集中出来ないんだ。ただ単にお前は仕事が終わるまで馬鹿みたいに静かだから気にしていないだけだぞ臆病虫。分かったらさっさと終わらせて出ていけ」
「分かり……ました……」
静かな執務室でないと集中出来ない。羽黒は仕事中はずっと静かなので虫同然と言われている気分だった。
それはつまり自身はここにいないも当然、という事だろうか。何故か心を抉られたような悲しい気持ちになってしまった。
「失礼しました……」
消灯時間が過ぎ、皆が眠りにつく二十二時。仕事をようやく終えた羽黒は執務室から脱出出来たようだ。しかしそこに仕事を終えた達成感は無く、提督に迷惑を掛けた申し訳ない気持ちで膨れ上がっていた。
「はぁ……怒られちゃったなー……」
「お疲れ様ね、羽黒」
部屋に戻り、溜息を吐く羽黒。まだ起きていた足柄が声を掛けてくれた。布団を用意しながらずっと待ってくれていたのだろう。羽黒は一気に気が緩み、足柄に飛びかかった。
「足柄姉さん~」
「あらあら、この様子だとやられたわね」
「あの人怖いんですよ~苦手です~」
「まぁあの性格からして羽黒には少しキツすぎるのもあるから、仕方ないわよ」
「鹿島ァァァァァ!!!!」
突然提督の怒声が鎮守府中に響き渡る。思わず身体を跳ねらせた足柄と羽黒は廊下を覗いた。鹿島と名を叫んだ声だ、何かあったのだろうか。摩耶からこれから苦労するぞと警告されている。
「何よこの大声は!?」
他の艦娘達も部屋のドアを開き、廊下を覗いていた。隣の部屋にいた最上達が窓を覗いては指をさす。足柄と羽黒も外の光景を目にした。
するとそこには──、
「またやってきたなこの常習犯め!! お前の所為で俺がどれだけ迷惑な思いしてるか分かってるのかァァァ!!!」
「いいやー知りませーん!」
広場にて提督と鹿島が戯れていた。ニコニコとしている鹿島を激怒した提督が追い掛けている。
「これでお前が襲ってくるの百二十五回目だぞ!! どれだけやりゃあ気が済むんだゴラァァァァ!!!」
「正確には二百二十五回ですよー」
「今度こそぶった切ってやる!!」
綺麗な青い海を背景に走るカップルとは程遠い、殺伐としている光景だ。女の子走りで逃げる鹿島を提督が軍刀で攻撃している。岸に追い詰められた鹿島は背後に振り向き、提督と対面。お互いに息切れ状態だ。
「ふふっ……今の不貞行為を大本営に報告すれば只では済みませんよ!!」
「そういうお前もこっちには証拠が残ってんだぞ!! そう簡単に済ませると思うなァ!!」
「ならば……戦争する他ない様ですね!!」
「望む所だ、腹黒女ァァ!!」
戦争という言葉に艦娘達は提督が戦うのかと目を光らせている。何故なら提督は軍刀を構えている。一方で鹿島は両腕を巧みに使い、訳の分からない拳法の構えをしていた。誰もが唾を飲み込む。
膠着状態である中、二人の殺気は尋常ではなかった。が──、
「「……じゃんけんポン!!」」
「え?」
「負けた……この私が……じゃんけんに……じゃんけん如きに……!!」
「これで貴様の人生もバットエンドだぁ、遺言書を書く時間をあげようか?」
「おいおい紙もペンも無いのにどうやって遺言書を書けっていうんだ?」
「身体の中に流れてるじゃないかぁ、真っ赤なインクがいっぱいと」
突然意味の分からない会話をする二人。じゃんけんに負けた鹿島は手でジェスチャーしながら余裕そうに命乞いをしている。じゃんけんに勝った提督は本物の銃を構え、鹿島に向けていた。艦娘達は拍子抜けた顔をしている。
「オーケー分かった。そう焦るな、時間はたっぷりあるんだ。人生の最後ぐらい美しい月を拝ませてくれ」
「ならもっと美しくしてやってもいいんだぜ? 紅い花が咲き乱れて月が更に美しく見える」
「おいおい落ち着け。お前の国の花見はそんなやり方なのか? アジアンでもそんな事はしないぜ」
「バン!」
銃声の擬音語に艦娘達は目を瞑る。
しかし本物の銃声はせず、鹿島は地にひれ伏した。
「うっ……何だよこれ……俺の服にイチゴジャムがついてるじゃねぇか……パンでも持ってくれば良かったぜ……」
「本来なら貴様の脳天をぶちまけたい所だが、生憎俺は慈悲深くてね……最後の頼みぐらい聞いてやるよ」
「そいつはありがてぇ……なら最後に一つだけ……俺が貯めた金で貧しい子供達を……救ってやってくれ……!」
「敵である俺に未来を託すか……気に入った。殺すのは後にしてやる」
「あの二人、本当は仲良いんじゃないの?」
「まぁ……否定は出来ないな」
「もしかして摩耶が言ってた事って……これ?」
「これ」
摩耶の言葉に足柄は思わず溜息を吐いた。成程、摩耶が苦労する理由が分かる気がする。この二人のどうでもいい争いで関係の無い自分達が勝手に巻き込まれるという訳だ。摩耶やプリンツに至っては慣れたのか驚きもしていない。
「あ、因みに酷い時ではこれが一日に五回ありましたよ」
「……」
一番好きな結末は何ですか?
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ハッピーエンド
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バットエンド
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ビターエンド
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メリーバットエンド