346プロダクション。女子寮。
全国から多くのアイドルたちが身を寄せるその場所で、ある者は仕事へ、ある者は一人の時間を過ごし、またある者は仲の良い者同士で集まる。
これは、その集まりのうちの一つ。
奇妙な縁で結ばれ、騒がしくもにぎやかな時間を積み重ねていく、とある四人の日常。
そう、例えば。
「「ごふぁっ」」
「吐血始まり!?」
たまさかオフの日が重なり、集まることになった土曜日。
うち一人の部屋のドアを開けた輿水幸子が、一番初めに見たのは、口から血を噴き出し倒れる二人の少女の姿だった。
血文字で「さち」と書きかけ、それから「ち」の二画目を左から始めることで、「さえ」なのか「さち」なのか、無駄にミステリを作り上げようとする。口に加えられた一房の髪の毛が嫌に似合ってしまう少女、佐久間まゆ。
その横、こちらは矢印で直接横に倒れているまゆを指し示し、身もふたもないがダイイングメッセージの理屈としては王道を行く。けれど錦の着物はけっして血で汚さない、されど自室のカーペットは赤く染めてしまったこの部屋の借主、小早川紗枝。
一目みた限りでは、互いに争い合ったようにも見える。けれど二人の服は乱れておらず、カーペットで血を擦った様子もない。
つまるところ、二人は同時に吐血して、そのまま倒れて、互いを架空の犯人に仕立て上げるようなダイイングメッセージを残した。
その、あまりにもあんまりな結論に、第一発見者たる幸子は一言。
「な、なんて醜い」
「「はうっ…………」」
反応があった。死人に口なしではなかったのか。
一言もしゃべらないどころか、細々と「ありがとう、ごさいますぅ……」だとか「えらい…………おおきに」だとか、妙に色っぽい声がする遺体だった。
その上ぴくぴくと震えている。試しにつついてみる幸子。
跳ねた。下の部屋に響かないか心配になるほど勢いよく。
さらに三つの検証を試した末、幸子は一つの結論に至った。
————これは、遺体、ではない。
「ムッフフー。さすがボク」
「そない大したことやあらへんでも自分を褒めることを忘れないうちの幸子はんが今日も世界一カワイイ」
「はい。胸を張ったことでこうして下からちらちら見える
「…………あの。お二人が変態なのは今に始まったことではないので今更引いたりとかしないですけど、そろそろどいてくれませんか。邪魔なので」
再度アレな顔をして感謝を叫ぶ紗枝とまゆ。
立ち上がり、血痕を片付ける二人の横を通り過ぎながら「とてもファンの人たちには見せられない顔ですね、相変わらず」と、口に出さずとも思う幸子は「失礼します」と一応の礼を言って、用意されていた四人分の座布団に腰かける。
丸いちゃぶ台を囲む麦藁で編まれた座布団。梅雨を間近に控えた五月の下旬、湿気の増えてくるこの季節にと紗枝が出したそれ。玄関側に幸子、その右にまゆで左に紗枝、そして向かいに美穂と座るのが、四人のいつもの定位置。
「美穂さんはまだ、ですか」
向かいの座布団には誰も座っていない。トイレやシャワーに立っている可能性もあるものの、幸子はそれを即座に否定した。
———美穂がいるのなら、あの二人があんなことをするわけがない。
それこそ借りてきた猫のように、ぎこちなさは感じさせず、その上で常軌を逸した行動だけは全くこれっぽちもしなくなる。
知り合ってまだ日の浅いうち、なぜか今と変わらず幸子を追い回していた昔の二人でさえ、美穂の前ではおとなしかった。
その理由を幸子は聞いてみたことがある。が、どちらに聞いても青い顔をするだけで結局最後まで答えてくれず、いまだ幸子には分からないままだ。
「遅くなりました。はい幸子はん、麦茶どす」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
氷の二つ入ったコップになみなみと注がれた麦茶を一口。実家通いで季節外れの猛暑の下を歩いてきた幸子の喉を、琥珀色に日差しを反射する冷たさが通り抜けた。
「まゆはんも、どうぞ。お好きに注いでください」
「はい。いただきますね、紗枝ちゃん」
いや注いであげないんですか。とは幸子は言えなかった。
手元の麦茶以上に二人の間の空気が冷えていたからだ。もう冷房とか要らないくらいに、それどころか暖房をつけたいくらいに。
一応、弁解しておくのなら、普段の二人は公私ともにここまで仲が悪いわけではない。幸子が関わっている時だけ、譲れないもののために女は時として鬼にも、そして変態にもなるのである。
かといって、この空気のまま放っておくのも居心地が悪い。(自称)大天使幸子は麦茶のピッチャー———投手ではない(ユッキ対策)———を取って、
「まゆさん、カワイイボクが注いであげますよ」
「え……」
「……な」
基本的に遠慮から入るまゆが二の句を告げぬうちに、まゆのコップに麦茶を注いだ。
「はい。どうぞ。もう注いじゃいましたから、何も考えずに飲んじゃってください。実家通いで暑い中を歩いてきたのは、まゆさんも同じでしょう?」
「…………幸子ちゃん!」
「な、ちょ」
感極まって抱き着くまゆ。
「ちょっとまゆさん!? お茶飲むんじゃないんですか?」
「ああ、ほんにずるいわぁ。幸子はん、とうぜん、うちにも幸子はんが注いだ麦茶(意味深)を飲ませてもらえるんやろねぇ?」
「ボクの注いだ麦茶に変なプレミアつけるの止めてくれませんか!?」
「幸子ちゃん。幸子ちゃんのお茶。幸子ちゃんのがまゆの中に。ふふ、ふふふふふ」
もうなんか、なんていうか、これ以上どうしようもないので、閑話休題。
「それで、どうして血を吹いて倒れていたりなんかしていたんです?」
三人で幸子が注いだ麦茶を一口。一息ついたところで幸子が聞いたそのことに、二人は、
「「幸子ちゃん(はん)が可愛すぎて…………」」
と頬を上気させ同時に答えた。
「ボクがカワイイのは当たり前です。ですけど、それはいつものことじゃないですか」
「ふふ、そやねぇ。けど、今日は特別、かいらしくみえたんどす」
「そうですねぇ。ああ、えっと、それで、倒れた理由についてですけどぉ。まゆはすこし早く着いてしまったので、紗枝ちゃんのお部屋のお掃除を手伝っていたんです」
「はぁ」
この二人は本当は仲がいいのか悪いのか、幸子には時々分からなくなる。
そう幸子が思っていたのもつかの間、座布団から腰を上げてベランダに近寄るまゆ。アルミサッシの前、外との境で一段高くなっている所を指でなぞり。
「ほこり、こんなに積もってるんですねぇ。っていうの、一度やってみたくて」
「指ピカピカじゃないですか。ほこりなんてまったくついてませんよ」
前言撤回。やっぱり仲は悪いようだ。
「あたりまえさんどす。お部屋の掃除は普段からしておくもの。今日は、臨時で物入りがありましたさかいに、ほかすものがたまたま多くなってしもうただけ。それを一緒に片付けてもろうてました」
「それで、こんなものが出てきましてぇ」
ベランダから戻る途中にCDラックから取り出した一枚を、まゆはちゃぶ台の上に置いた。
「へえ。懐かしいですね」
それはずいぶん前に幸子たちが歌ったカバーソングを収録したもの。安部菜々さんじゅうななさいが「これ、懐かしいですね」とつい先ほどの幸子と同様につぶやいたような曲から、当時の流行曲に誰もがよく知る童謡まで、本当に幅広くカバーされていた。
「せやろ? そんで片付けも終わって、せっかくやさかいにって、一曲聞いてみたんどす」
「幸子ちゃんの歌ってた曲ですよぉ。それが本当にかわいくて」
間奏中に連呼される思い人の「ちゅ」。二人の頭には血が上り次第に息も荒くなる。
————そこに、じつに面白いタイミングで、モノホン幸子が入ってきた。
「「ぐはぁです(どす)ぅ」」
「ええ……」
自分が歌った曲がかわいいと褒められた。幸子にとってこれほどうれしいことはない。ない、が。
「さすがに着眼点が気持ち悪すぎませんか?」
「「うふふ。ありがとうございまぁす(おおきに)」」
「ダメだこの変態たち、強すぎる」
「すでにI〇unesでダウンロード済みどすえ」
「あ、お買い上げありがとうございます」
「SNSのトークルームBGMにも設定してますからぁ。これからは毎日聞けますねぇ」
とっさに自分のスマホを開く幸子。聞き覚えのあるメロディが流れる。
「本当だ。……おや」
そこに交じって跳ねる軽快な通知音が一つ。
「美穂ちゃんからですかぁ?」
「はい。お菓子を買ってきてくれたみたいで、たった今、寮に戻ったらしいですね」
「あら、そないなことせんでも、うちで氷菓子用意してはりましたのに」
「暑かったでしょうから、今の美穂さんにはそっちの方が———」
「幸子ちゃーーーーーーん!!!」
そっちの方が、いいでしょうね。との幸子の声は勢いよく開けられたドアの音でかき消された。反応する三人、けれど、そこには誰の姿もなく困惑する紗枝とまゆ。なんだったのだろうと幸子に向き直って、二人は大きく口を開けた。
「ねえ…………、いいでしょ? 幸子ちゃん」
「な、ななな何がですか!?」
座布団の上、幸子にしな垂れかかる美穂。
「ほら、コレ」
そう言って、脇に放りだされた鞄から、器用にも片手でそう時間をかけずに自分のスマホを美穂は取り出す。その上、画面を見ずに操作。映し出されたSNSのトーク画面を幸子に見せる。
そこには、つい先ほどまゆによって変更されたBGMの曲名が表示されていた。
————『KISSして』と。
「わざわざ変えたりなんかして、……幸子ちゃんって、意外と欲しがりさんだったんだね」
「いや、それ変えたのボクじゃないですし……。っていうか美穂さん、大丈夫ですか? ずいぶん汗びっしょりですけど」
幸子違う、今心配するのそこやない。傍から見ていた二人は、内心でそう冷静なツッコミをする。混乱していたから、状況について行けていないから、一つの心の防衛システム。それでも視界から入ってくる尊みの暴力は、ここまで順当に補充されていたSTP(幸子・尊い・ポイントの略)並びにMTP(美穂以下略)貯蔵タンクの許容量を大幅にオーバー。
そして、二人は果てた。
一方さちみほは疑似的な二人きり状態になったことにより一気に加速する。
「大丈夫だよ。これからもっと、汗かいちゃうから。だから、ね」
「ね。じゃないです! 一体カワイイボクに何しようっていうんですか美穂さん!?」
「そんなに怖がらないで。ホントに大丈夫、だって練習、練習するだけだもん」
「そのセリフは微妙に配役間違えてる気がするんですけど!!」
幸子の声は美穂に全く届いていない。これもまた本人の名誉のために言っておくと、普段の美穂は性欲の塊だとか、劣情だとか、殺生院だとか、そういった単語からはほど遠いところにいる女の子である。
その彼女がここまで興奮している所には、きっといくつかの要因がある(と天の声は信じたい)。一つは、地元熊本を上回るコンクリートジャングル東京の暑さに美穂がまいっていたこと。二つ、幸子の蠱惑的な歌声を聞いてしまったこと。三つ、その蠱惑的な歌声で歌われた同じく蠱惑的なカバーソングを聞いてしまったこと。
三つのうち二つが幸子に起因する。つまり————
————おおよその原因は幸子がカワイイから。
(一部にとっての)全世界共通認識によるところなので、もうこの先何が起きたとしても、是非もなしと諦めることしか幸子にできることは残されていない。
「ああそうだ! どうせならキス以外の練習もしちゃおう!」
「熱意の方向性!!」
「もう、暴れないで幸子ちゃん! パンツ脱がせにくいでしょ!」
「言っちゃった! ここの作者安易な下ネタ苦手なのに使っちゃってるじゃないですか!!」
パロ台詞なので、元作品大好きだから個人的に問題はない(by天の声)。
「メタいこと言わない。いいからもっと触らせて! もっと揉ませて! もっと愛させて!!!」
「いぃやああああああああ!!!!」
これは、日々繰り返される女子寮の日常、その記録。
語ることもなく、ただ過ぎて行く昼下がりの風景を、時折こうして気まぐれに切り取っていくだけ。
それでも、言えることがあるとすれば、それはたった一つ。
——————強く生きろ、幸子。
「いやここの人たちここまでキャラ崩壊させたのあなたでしょ!!」
・紗枝
・小日向家のはんなり担当。作者の無力により京都弁の精度が落ちている。
・幸子スキー。まゆとは幸子を取り合う仲。美穂には嫌われたくない。
・まゆ
・小日向家の溺愛担当。マユなるもの、ではない。純度100%のままゆ。
・幸子スキー。紗枝とは幸子を取り合う仲。美穂には嫌われたくない。
・幸子
・小日向家の総受け担当。強く生きろ。
・世界一カワイイ(自称&小日向家の人々談)。
・美穂
・小日向家の調停役担当。小日向家の頂点に君臨する権力を持つ。
・小日向家の人々みんなスキー。暴走すると一番怖い。