人の尊厳と戦士の宿命について、対照的な二人の意見が交錯する。
武蔵がそして大和への伝言を伝えた時、2人は……
前作「航空母艦瑞鶴の憂鬱」につづいてシリアスに戦士と戦争の存在について問いかける内容ですが、前作に比べると多少のギャグも交えて読みやすくなっているかと思います。派手な海戦のシーンも前作に続き入れています。多少娯楽性は上がったかなと。
どうか一人でも多くの方の目に触れることができますように。
「戦艦大和の春愁」
桜花風舞。
はらはらと散る桜の花びら。はらはらと、はらはらと、後から後から途切れることもなく。
必死に生き急ぐ人の姿のように。
忘我のまま死に急ぐ人の姿のように。
悲しく。
美しく。
私は自らその桜花の雪に包まれながら酒を飲む。
一人で。
誰も知らない場所ですし。
ある日ぼんやりと旧鎮守府の複雑怪奇に入り組んだ迷路のような廃墟をさまよっていた時に、まったくの偶然に見つけた場所。四方を壁に囲われた大して広くはない空き地。丈の低い緑の草に覆われて空き地はその中心へとなだらかに高くなっている。
そしてその天辺にひともとの桜の樹が植えられていました。
その場所を見つけたのは、ちょうど桜の花が咲きほころび始めた頃でした。
その日からそこが私の隠れ家になりました。
そして花の季節になるごとに、私はそこで一人酒を飲む習わしになりました。
誰気兼ねなく柔らかな草地に胡坐をかいて。他人に対しても、自分に対しても礼節に厳しい私にして信じられない行儀の悪さでしょうか?
でもなぜだかここは私を自然な自分でいることを許してくれる、そんな気がしているのです。だからもう思い切ってお行儀などというものをいっそ脱ぎ捨ててしまうことにしました。
そう決めた時、自分で自分に驚きました。これが私の本来の姿なのかと。
世界最大最強の戦艦大和の有り姿。
酒杯の酒に映るのは、ただどこにでもいる普通の女性の、少し怪訝そうな表情をした顔でした。
私は特に花の散りゆく時が好きです。
愛用の酒杯は、朱塗りに金銀の花びらが散るさまを描いたもの。なみなみと注いだ酒に、折節薄紅の花びらが舞い落ちて来ます。
そのまま花びらを浮かべて悠々と酒を飲みます。
舞い散る桜の美しさに静かに浸りながら。
そして折節そこに前世の記憶を重ねようとしてしまいます。
あの最後の作戦に出撃した日のこと。
私はただ美しく滅びたいとばかり願っていました。
そう、この花びらたちのように。
それが叶わぬ願いであると知りながら。
でも私が憧れるような滅びの美は、決して退廃的なものなどではないのです。見上げればそこに、桜花は凛と咲き誇り、凛と舞い散る。その生の、その死の潔さ、矜持の高さ。私もいつの日か、こんな風に綺麗に散り滅びることが許されればよいのに。
ここに転生して再び戦争の日々を生き始めて。
あれはもう何か月前のことになるのかしら。
妹の武蔵が前世で沈没した海域での戦闘。
忽然として現れた多数の敵航空部隊の襲撃を受けた。
先頭を切って突進していた武蔵は、巨体があだになり敵機の集中攻撃にさらされた。
まるで史実の最後の海戦の時のように。
私は、全火力を対空兵装に回して。自らは、まるで敵戦艦、重巡洋艦の砲撃の的になろうとでも言うように無防備をさらしながら、必死に武蔵に執拗に攻撃を繰り返す敵機に全火力を集中しました。
自らも大破してなお武蔵をかばい続けて……
あなたはここで沈んではなりません、生き延びなさい、と、声を嗄らして叫びながら。
敵機の猛攻が過ぎ去ったところで、敵機動部隊の無数の艦艇が目の前に迫っていました。
激戦などという言葉で語ることのできない激烈な戦闘でした。
狂ったように闇雲に撃ち合いました。殺し合いました。いや「狂ったように」ではないですね。戦闘の目的が分からない深海棲艦たちとの闘いに、私たちはすでにまともに理性を保てていませんからね。
狂っていました。ただ純粋に。恐ろしいほどに純粋に。
双方満身創痍の末、ついに敵主力大型戦艦と対峙しました。
敵艦本体は水面下。すでに味方艦隊の魚雷は撃ち尽くされていました。
私は命じました。
「潜水艦隊、全艦、私の下に回り右舷を持ち上げてください」
「何ですって?大和さん何をなさる気ですか?!少しバランスが崩れたら沈んでしまいます。浸水が激しいのでしょう?そんなことをすれば転覆の危険が……」
「いいの、いいのです、早くしてください、時間がありません!」
「もう……どうなっても知りませんよ!」
四隻の潜水艦が必死の全出力で私の巨体を持ち上げようとしました。
徐々に左舷側に傾く私の船体。
「よろしい、これでいいでしょう」
敵主力艦はすでに至近距離まで接近してきていました。私は主砲をすべて左舷方向へ転回。全砲身を仰角ゼロにして海面に向けました。
「主砲全門発射!」
轟く轟音。満身創痍の私の船体が危ういほどに揺れる。軋み悲鳴を上げる。そしてまた間髪をいれず第二弾を撃ち放ちました。
放たれた十八発の九一式徹甲弾は水面下を真っ直ぐに走り、敵主力艦の巨大な船体に見事全弾命中しました。
あの無茶な攻撃が奏功したおかげで私たちは全艦生きて帰ることができたのでした。思い返せば奇跡のような全艦帰投。それぞれ損傷は激しかったのですが、全艦が生きて帰ってきました。
私はあの最後の砲撃を必死に支えてくれた潜水艦たちをねぎらおうと、汀に倒れ伏している彼女たちに歩み寄りました。
「よく働いてくれました。感謝します。そしてよく生きて帰ってくれました」
「大和さん、正直なところ、あのときのダメージが一番大きかったですよ。艦首がつぶれちゃいました」
「大和さん、お尻でかすぎ」
「な、何ですって?」
「重かったあ」
「でもさ、ふわっふわっで気持ちいい感じもあったよね」
「うんうん」
「あなたたち何を……」
「ほう、どれどれ……」
私の背後にいた武蔵が私のお尻をがしっと掴み、もみしだき始めたのでした。
「ふむ、なるほど、これはなかなか」
「え?あ?ひゃあ!」
私は不意をうたれて、子供のような悲鳴を上げて飛び上がってしまいました。いつも凛々しく威厳を保っている私の意外な反応に、周囲の艦娘たちが笑いを弾けさせました。
「ふん、大和、ウェイトコントロールに問題があるのではないか?姉妹艦の私よりも二回りはでかいぞ」
「武蔵、あなたまで何を言うんですか、恥ずかしいではないですか。それに私は誰より厳しくウェイトコントロールを欠かしていないのですよ」
鎮守府はいっぺんに明るくあたたかな笑いに包まれました。
ほっとしたら不意に膝の力が抜けて、私はその場にくずおれかけました。その私を側から武蔵が支えてくれました。
そして笑顔を急にきりりと厳しくして私を叱りました。
「ふん、姉貴、どうしていつもそう無茶ばかりする?まったく」
「すまないですね、武蔵」
「姉妹だろうが。当然のことだ」
武蔵は眉間にしわを寄せて吐き捨てるように言いました。けれどその耳が真っ赤になっているのを、私は見逃しはしませんでした……
と、その時でした。
思いもうけず人の気配を感じて私ははっと回想から我に返りました。
今までこの秘密の庭で人と出くわしたことは一度もありませんでしたから。
いったい誰が?
私は少し慌てました。誰もいないと油断しきって行儀も何も忘れて飲み食いしていたから。スカートの裾も気付けば少しまくれていたので、慌てて衣服の乱れも直しました。
狭い建物の間を抜けて現れた人影に、私は驚きと安堵を一緒に感じました。
「何者かと思えば、武蔵ではありませんか」
「姉貴か。こんなところにいたのか」
武蔵もこんなところで私に出くわして、ひどく驚いている様子でした。
「あ……私を探していたんですか?」
「ああ、いい加減探しあぐねた頃に、旧鎮守府の迷路のような建物の間で道に迷ってしまってな」
「では偶然にここにたどり着いたと?」
「ただもうめくら滅法に歩き続けていたら、ふと人の気配を感じてな」
「姉妹……だからでしょうか?」
「私はテレパシーだとか、あやしげなものは信じないたちなんだがな。確かに不思議なこともあるもんだ。迷い迷った末に、探していた姉貴に出くわすとは」
「そこまでして私を探す用件があるのですか?」
「いや……まあ、大した用事じゃないんだ、提督から頼まれたんだが。野暮用だよ」
「急ぎの話ですか?」
「いや……ほんとにそう、いや、大して急ぐ話ではないんだ
私は、歯切れの悪い武蔵に不審を抱きました
「いつになく歯切れが悪いのですね、武蔵」
「話下手はいつものことだろう」
「だからこそ、あなたの話はいつも単刀直入でわかりやすいのですが」
「ふん、今日は何か悪いものでも食べたんだろう」
「自分のことでしょうに」
溜息をつく私に、武蔵はぷいと横を向いてしまいました。
「で、姉貴は結局こんなところで何をしているんだ?」
「仕方ありませんね……ここのことは誰にも教えたくなかったのですけれど」
「もう見つけてしまったからな。だが、おそらくもう一度俺だけで見つけようとしても無理だと思うぞ。ここが旧鎮守府のどの辺りなのかすら、俺にはさっぱりわからない」
「そうですか。でも……あなたにはむしろ教えておくべきだったのかもしれませんね。緊急時に私が誰にも見つけられないではどうにもなりませんしね」
「そんなに特別な場所なのか」
「そうですね……ここは外の世界でもあれば、私の心の中の世界でもある、そういう場所なのです」
「また姉貴の詩人病か。何を言いたいのやらさっぱりわからない」
「ふふふ、まあそれはよいです。ここに足を踏み入れたからには、歓待せねばなりませんね。ようこそ私の心の部屋へ。さあ、私の隣に座りなさい。酒も肴も十分ありますから」
「よく、それだけ運び込んだな。じゃあ、遠慮せず、よばれようか」
「姉妹の間に遠慮も何もありません」
「盃は一つか」
「代わる代わる飲めばよいでしょう。ほら、あなたの番です」
武蔵は私がなみなみと酒を注いだ盃を一息に飲み干すと叫んだ。
「ぷはっ、これはいい酒だな。いったいどこで手に入れた」
「花の季節に飲もうと前々から準備しておいたものです。見事な辛口でしょう?」
「ああ、これはいい」
「もう一杯、おあがりなさい」
武蔵は今度は、一口一口ゆっくりと味わいながら盃を少しずつあけていった。
「で、こんなところで、一人で花見をしながら、何を考えていたんだ?」
「何か考えたり、何も考えなかったり、ですね。ただこの桜に見とれているのも気持ちの良いものですよ」
「俺は一向に風流など解さぬが……ふん、でも確かに美しいな。よい枝ぶりに、綺麗に花も咲き誇っているな」
私たちは、しばらく黙って盃を酌み交わしていました。
「不思議なことですが、武蔵、あなたが現れた時、ちょうど私はあなたのことを考えていたのです」
「私のことを?」
私はあの日の戦闘を思い返していたことを、そしてその後のあの気恥ずかしいエピソードのことも隠さず武蔵に打ち明けました。
「まったくあの時は恥ずかしさで轟沈しかけました」
「ははは、だが姉貴の尻のでかさは確かに艦隊一だな」
大和は恨めしそうに武蔵をじと目でにらむ。
「そ、そんなこと、わからないでしょう」
「確かめてみればよいではないか。私と測りっこしてみないか」
「まったく、憎たらしい妹ですね」
「まあ、そういうなよ、姉貴。そもそも俺たちクラスの重武装を支えるには、本体である私たちに大きなウェイトが必要なんだ。五十センチ砲の開発が進められていることは、姉貴も聞き及んでいるだろう?」
「ええ。もはや誰もが知っている機密事項ですから」
「今現在そんな化物を実装できるのは、私と姉貴くらいだろう?そしてそうなれば、本体である私たちのウェイトも増やす必要があるわけだ。私はまだまだだが、姉貴の尻はすでに準備万端と言うことだ。でか尻は、大和型戦艦の逃れられない定めであり、誇りなんだよ」
私は大きくため息をついて、ぐいと酒を煽りました。
「いい飲みっぷりだ、姉貴」
「武蔵、それでは私は永遠に艦娘たちに「でか尻でか尻」とからかわれ続けなくてはならないということなのですか?」
「最強であることの試練と思え」
「つまらない試練ですこと」
「最強はつまらんことか」
再びため息をつく私。
「いいえ、それは私の誇りです」
「ならばその尻も誇れ。ふん、この間もんだ時より、さらに一回り立派になったようだな。またさわらせろ」
「武蔵、あなたもよほど九一式徹甲弾を浴びせられたいようですね?」
「おっと、怒るな、姉貴、冗談だ、冗談」
「言って悪い冗談もあります」
「涙目をするなよ。まったく可愛らしい姉だな。皆にからかわれると言うが、皆おまえを頼りにし、憧れてもいるんだ。なんだったかな、ええと……何か舶来言葉で姉貴のことを呼んでいたな……ああそうだ、ダイナマイト・ボディ・セクシーガールだったかな?」
「何です、その破廉恥な呼び方は。聞いたことがありません」
「ああ、皆親しみを込めて、陰でそう呼んでいるんだ」
「親しみを込めているのなら目の前で言ってほしいものです。ただし無傷で帰れないことは覚悟してもらいましょう」
「そんな命知らずはいない様子だな」
「まったく……それでほんとうに親しまれているのですか、私は」
「あははははは」
いつも強面をしている妹が無邪気に笑ってくれるのが嬉しくて、私も自然頬笑みを浮かべていた。
「あ、そう言えば……武蔵、この間から少し気になっていることがあるんです」
「何だ?」
「お尻の話など続けたくないのですが……いえ、先週の宴席でのことなのです、立ち上がった拍子にちょっとよろけてしまって、隣にいた龍田の顔に軽く尻をぶつけてしまったんです」
「ふむ。それで?」
「そうしたらな、龍田が酔いにすわった目でじろりと睨みながら、何か呟いたのですが、よく聞き取れなくて。ばくじ……おん……とか何とか。あなた、心当たりの言葉はないですか?」
武蔵はなぜか急に酒にむせて咳こみました。
「どうしたのですか、武蔵?」
「いや、すまん、あんまり驚いちまって……龍田のやつ、ほんとに姉貴を前にそれを言ったのか?」
「嫌な予感のすることを言いますね。ええ……言いかけて口をつぐんだ感じでしたが。座っていた目に意識が戻って、一瞬顔が真っ青になってから、ほらあのいつもの愛想笑いの顔に戻って、私今何か言いましたっけ、ですって」
「ほんとに俺にその言葉を言わせたいのか?」
「だから何なんですか、その嫌な感じの物言いは?」
私は早くも少し涙目でした。
「どうせお尻のことなのでしょう。わかっているんですよ?」
「姉貴、人間知らずにいた方が良いこともある」
「私のお尻に人類存亡をかけた秘密でも隠されているような言い方はやめなさいったら。そんな言い方までされて訊かずにいられるものですか。武蔵、あなた、わざとそんな言い方をして私を焦らして遊んでいませんか?」
「まあなあ、姉貴をからかうのは好きなんだが、さすがにこれはなあ……」
武蔵はあたりを見回すと、折れた枝を一本拾い上げて、何でよりによって俺が、とかぶつぶつぼやきながら、さらさらと地面に文字を書き連ねた。
爆尻女。
「俺が思うにこう言ったんだと思うがな」
「その様子では普段からそう呼ばれているようですね」
「お……俺は、その、知らんぞ」
「知らない人が漢字でさらさら書けるのですか?あの性悪女が……よほど九一式徹甲弾の味が知りたいと……」
「おいおい姉貴、いつもおっとりした性格の癖に、どうしてそう突如喧嘩っ早くなるんだ?先月長門とど派手な撃ち合いになって宿舎建屋を一つ全壊させたばかりだろうが」
「あれはその……今のとは別のお話です」
「どう別なんだ?」
私は深くため息をつきながら、
「ねえ、武蔵、私はお尻のことでからかわれたくらいで、主砲の砲門をむやみやたらに開いたりはしません。あなたや、龍田を本気で砲撃しようなんて思ってはいません。わかっているでしょう?」
「ああ……そうなのか?」
「私は周囲からどんな目で見られているのですか?!」
「いや、悪かった、姉貴。違うんだ、違うんだよ。俺はあんたが長門とマジで撃ち合いをおっぱじめた時には心底驚いたんだよ。いやむしろ、あんたはどんな理由があっても、味方の者に砲門を向けるような人間では決してないとわかっている。だからな、姉貴、あの一件、俺はどうにも気になって仕方ないんだ。だから姉貴の心が知りたくてな。からかったのは悪かったが、どうもストレートに質問する度胸がなくてな、つまらん枕話をしてしまったんだ。謝る。で、姉貴、あらためて問うよ、あんた、何のつもりで長門を本気で撃ったんだ?」
私は一際大きくため息をついて顔を空に向けました。ひそめた眉に、はらりとひとひら、桜の花びらが掠めました。私は眩しげに眼を細めると、またひとつため息をついてから、うっすらと笑みを浮かべました。
「ねえ、武蔵、あなたは、心の中にそれだけは絶対に譲れないものはないですか?」
「唐突だな。そんなことは考えたこともなかったぞ」
「気付いていないだけではありませんか?」
「わからん。俺はとうに好き勝手放題に生きているからな。最初から何一つ譲る気なんかないんじゃないかな」
「ふふ、そうですか、なるほど、あなたらしい答えです。姉として、はらはらさせられ通しで、実に胃と心臓に悪い妹ですけれど、私はあなたのその迷いのない真っ直ぐさが好きです」
「よしてくれ。姉に告られても全然嬉しくない」
「また馬鹿なことを。誰が告りなどするものですか」
「すまん。問うておいて自分で話を脱線させてしまったよ。で、姉貴のその譲れないものとやらって何なんだ?」
「戦士としての矜持とでもいうのでしょうか?」
「俺にもわかる言葉にしてほしいな。姉貴は哲学者だから、時々わけのわからん言葉を使うからいかん」
「長門という人は、日ごろから喧嘩に強いということを鼻にかけているでしょう?実はずっとあの子のそういう言動や態度が気になっていたんです。先月、提督を囲む食事会で、あの子、戦争は思う存分派手に殴り合いができるから楽しくて仕方ないとか言い出して」
「ふむ」
「たまりかねて私は、戦争は遊びではないのですよ、と諭しただけです。そうしたら、いきなりの罵詈雑言、おまえは滅多に出撃もせず、鎮守府でごろごろしている腰抜けだろう、無駄飯ぐらいが、喧嘩の楽しさを私が今教えてやろうか、戦争は遊びじゃない?知った風なことを言う、戦争なんかお遊びさ、遠慮会釈もなく殴り合いして、相手をぶっ殺してもお咎めなし、これを楽しまずにどうする?とまくしたてて来たのです」
「相当酔っていたんだろう?」
「ええ、でもあの子の目を見れば、本心をぶちまけているんだということはすぐに分かりました。だから酒の上の不埒と片付けられなかったんです。今まであの子に対してくすぶっていた思いに火がついてしまって、私も激昂して言い返してしまいました。戦争は互いに守るべきものたちのために我が身我が生命を捧げて臨む神聖なものです、ただの殴り合いだなどと品格のないことを言ってはなりません、戦士としての矜持のかけらもなく、頑是ない子供のようにただ殴り合いに興じるなどとは言語道断、あなたにこの国を守る戦士を名乗る資格はありません、即刻ここを立ち去りなさい、山で熊か猪とでも遊んでいるがいいのですって……」
「ぷっ……あっははは、ほんとうに姉貴がそれを言ったのか?満座の宴席、しかも提督の前で?」
「笑わないで頂戴、武蔵。思い出すたび、穴があったら入りたい気分なんですから。でもね、武蔵、あのときはどうしても譲れなかったのですよ。戦争なんかただの喧嘩だなどと言われたら、私の戦士としての誇りを土足で踏みにじられたような気がして。どんな苛烈で酷い戦いでも、自身を気高い戦士として誇り、敵をもまた気高い戦士として敬い、互いの死力を尽くして戦う。礼節もない、誇りもない、バカみたいな殴り合いなどと、戦いにおいて守られるべき品格を地に落とすものです。私には許せなかった。過去すべての戦士たち、気高く美しく生き、そして死んでいったすべてのものたちの尊厳への侮辱だと感じてしまったから」
「長門も長門だがな……姉貴、あんたはほんとうに戦争に、美だの誉れだのというものを持ち込んでいるのか?」
「あなたはちがうのですか、武蔵?」
「考えたこともないことなんだがな」
「では武蔵、あらためて問いましょう。あなたにとって、戦争とは何ですか?」
「ふむ……姉貴が相手だ、率直に言わせてもらうよ」
「ええ、姉妹の間で嘘はなしにしましょう。前置きもいりません」
「姉貴、何を甘っちょろいことをほざくんだ。戦争など所詮、泥をすすり、泥をかぶり、どれだけ醜かろう、ただ生き抜こうとあがくものでしかない。そこに美なんぞも誇りなんぞも関係ないさ。聡明なあんたが、それが現実と知らないとは思えない」
「ふふ、ほんとうに容赦ない物言いですね。でもね、武蔵、それこそ知った風なことを言うというものではないですか?」
「私が何か浅はかなことを言ったと?どこがだ?私は徹頭徹尾地に足つけてものを言うだけだ」
「地に足ついているのはよいことだと思います。でもなぜ好き好んで、そんな地べたを這いずるような真似をしなくてはならないんでしょう?」
「それが現実だと言っている」
「その現実とやらに私たちが膝を屈しなくてはいけない理由があるのですか?」
「異なことを言うんだな。現実とは人としてどうやっても逃れられないもののことだ。理由など問うても無意味だよ」
「では現実とは、逃れようもなくこの身に襲い掛かってくるものだとは認めましょう。でも、武蔵、その襲い掛かってくるものに抗うことに意味はないのでしょうか?」
「最初に言ったはずだ。現実と言う泥沼で泥まみれになっても生きることが戦争だと、そしてまさしくそれが戦うということだと」
「そうですか……ようやく私たちの食い違いが少しわかって来た気がします。そうですね、私もまた戦争においては、この身を泥まみれにもしましょう。でもね、武蔵、私は、この心まで泥まみれにしなくてはいけないのですか?」
「現実を受け入れるとはそういうことだ」
「ならば私は受け入れません。武蔵、それが私の言う戦いです」
「ふん、哲学者の本領発揮の禅問答が始まったか」
「現実が逃れがたくここにあることは認めます。でも私の心に、その現実は一指も触れることはできないのですよ。私が私の心を高く守り続けられるならば。心は決して外から汚すことのできるものではありません。武蔵、私にも率直に言うことを赦してくださいね。心は汚されることなどありません。ただ自ら汚れることができるだけです」
「私はただ自ら望んで汚れているのだと?」
「そうです」
「とんだロマンティシズムだよ、姉貴、ただの理想論だ。理想は現実を前にあんたを守ってなどくれない。理想も誇りも何の意味もない。現実はただ無慈悲で残酷なものだ」
武蔵はまっすぐに大和の目を見つめて言い放った。次の瞬間、武蔵は気づいた。姉の目の中に浮かんでいる悲しみの深さに。そして言葉を失う。
私は暮れ始めた夕空を見上げた。と、ひとすじ頬に涙のしずくが流れ落ちたことに武蔵は気づいたでしょうか。
それはきっと何より美しく、澄んで透明な涙だったのでしょう。
武蔵はしばし言葉を失ったようでした。私もあえてその沈黙を破ろうとはしませんでした。互いがギリギリのところで叫んだ言葉が、互いの心の奥底にしっかりと刻み込まれるまで。
互いの言葉が互いの腑に落ちて……
二人声をそろえて小さく笑ってしまいました。やっはり私たちは姉妹の血で結ばれている、そう感じて心がかあっと熱くなりました。
また涙を流してしまいそうで、それが武蔵を傷つけてしまいそうで、私はそれをかみ殺して言葉を紡ぎ出しました。
「姉妹の間で嘘はなし、でしたね。私自身がついさっき言ったことなのに。ええ武蔵、ほんとうはわかっているのですよ。私もまたあなたと同じく、一度は守りたくて守れなかった人々共に海底に沈みました。そこには理想も誇りもなかった。ええそうでした、現実はあの時、私の心から、理想も誇りも、私の持っていたすべての思いを引きはがして奪い取っていきました」
「姉貴……」
「ねえ武蔵、私たちは戦わねばならない存在です。そして遅かれ早かれ、いつか死ぬものと運命づけられています。ならば、私の望みは一つだけ。ただ生きている限りは美しく生き、死ぬに当たっては美しく死にたい。今度は、今度こそは、私は、そう、この桜のように潔く生き、潔く死にたい。でも現実はそんな感傷的な思いなど赦してはくれないというのですね。死を目の前にしたものにとって、ほんのささやかな望みでしかないと思うのですけれど」
武蔵は俯き、唇をかみました。苦しそうな表情でした。今にも泣き出しそうな。それは私が一度も見たことのない表情でした。
「そうだ」
「その上まだ私に生き続けろというのですね?」
「その通りだよ。何度でも言ってやる、生きろ、姉貴、あんたは生き抜かなきゃいけないんだよ。連合艦隊最強の艦がなすべきことはそれだけだ」
「でも武蔵、私はあの日、死ねと命じられたのですよ?私に乗ることを定められ、なのに私が守れなかったあの愛しい人たちと一緒に死ににゆけと」
「姉貴、戦争を命じる者たちには、戦争のなんたるかなどわかってはいないのだよ。そうだ、奴らは何の躊躇も、呵責もなく、兵たちに死にに行けと命じるんだ。でもな、姉貴、あんたとその日運命を共にした者たちは、おまえに何を望んでいたと思う?」
「この私に今それを問うのですか?」
「ああ、今に限るものか、いついかなる時であろう、場所であろう、私は同じことを問い詰めてやるさ。姉貴、あいつらはただあんたに、生きろ、と望んでいたんだよ。ほんとうにあんたはそれがわからないようなおめでたい頭をしているとでも言うつもりか?ありえないよ。あんたは俺の姉だ。あんたの心など、先刻おみとおしさ。ふん、時々あんたのその感傷癖は鼻につく。二度と俺の前で、そんなことをのたまうなよ。それでも死に急ぎたいと言いはるのなら、俺があんたの土手っ腹に、この46センチ砲を叩き込んでやる」
「ふ……」
私はふと顔を伏せ、わずかに息を漏らした。そして刹那の沈黙の後破顔一笑しました。
「ははは、あははははは……」
「何を笑う、姉貴?俺は大真面目なんだぞ。お前のいつもの台詞だろうが、人の真心を笑うなと」
「ふふ、ごめんなさいね、武蔵。でもなクールビューティーとか何とか、何でも斜に構えてばっさり切り捨てているあなたが、そんなに感情を顕にするのが意外過ぎたんですよ。まるでいつもと逆じゃあのませんか。ねえ武蔵、何をあなたらしくもなく熱くなっているのです?」
「ちっ……」
武蔵はむくれて顔をそらすと、ぐいと酒盃を大きく煽りました。
「でも……そうですね、武蔵、あなたの言うとおりなのかもしれません。いや、その通りなのでしょう。笑える話ですね。私はここまでおめでたいたわけものだったのですね」
「姉貴、誤解するなよ?俺はあんたを責めてもいなければ、見下してもいない。あんたはいつも一途で誠実な将だよ。だがな……ああ、まったく姉貴ときたら俺にそこまで言わせるのか?その将たるおまえが死に急いでどうする?」
「ええ……まったくその通りですね。でもね、武蔵、その通りなのだとしたら、あの日沈んでしまった私は、あまりにも情けないではありませんか、悲しいではありませんか。あの国の、こんなはかない花の散りざまを、時をこえて愛で続けてきたたおやかな心の人たちに対して。武蔵、それは悲しすぎます、私には悲しすぎるのですよ」
私はつと顔を上げると目を細めて舞い散る花びらを見上げました。と、その花びら花びらのあわいに、すっとひとすじ、花の薄紅を移して光る涙の粒がこぼれ、舞い落ちました。
武蔵は無言で私の手にした酒盃になみなみと酒をついでくれました。私もまた無言のまま、我ながら見事な飲みっぷりで酒盃に溢れる酒を一気に飲み干したのでした。
「もっと飲めよ、姉貴、歌い踊りたくなるまでな」
「武蔵、あなたときたら、私がいくら飲もうと、そんな風に酔わないことは知っているでしょう?」。
「この先に、どんな言葉があると言うんだ?飲め、歌え、踊れ、そして、なあ姉貴……」
武蔵はふと唇を噛み、顔を背けながら、潰れた声で言った。
「生きろ、生きろ、生きろ。言葉の届かぬ先にあるおまえの心はそう命じているはずだ。そして俺の言葉もまた届かぬ俺の心も、そう叫び続けるんだよ」
「ふふ、まったくあなたらしくもない。いつからそんなに口数が多くなったのかしら?」
おどけた風にきいてみる。武蔵はしかめ面を返すと、自分もぐいと一息に酒盃の酒を飲み干しました。私は無言で空になった酒盃になみなみと酒を注ぎました。
そしてしばらく二人、黙って舞い散る花のひと時の雪景色を見上げていました。
「なあ、姉貴……姉貴はこの花が好きなのだろう?」
「ええ、何よりも好きです」
「来年の春もまた、この花を見たいのだろう?」
「ええ……」
「そしてその次の年も」
「ええ……」
「叶うならいつまでも」
「ええ、そうね、武蔵」
「ならば生きろ。美しく散る花の如くなどと、世迷言をたれつつ死に急ぐな。あんたが沈んで救われるものなど何もないんだよ。あんたは絶対に沈んではならない」
「あなたもで同じでしょう、武蔵?」
「ああ、俺は二度と沈まん。再生したその瞬間にそう誓った」
「誰に誓ったの?それとも何に?」
「自分にだよ、姉貴、それ以外の誰に、何に誓うと言うんだ?」
「そうですか」
「約束しろ、姉貴、あんたのその酒盃にかけて決して沈まぬと」
舞い散る花の雪模様に時はしめやかに移ろい、いつか日も傾き私の隠れ家は、はや夕暮れの柔らかな光に静かに身を浸し始めていました。私たちは、いつの間にどちらからともなく、互いに背をもたせかけ合って、無言のまま酒を酌み交わしていました。
「ねえ武蔵……」
「うん?……」
「ありがとう」
「ふん、だから気恥ずかしいことを一一口に出すな」
「ふふ、ようやくあなたらしい台詞を聞きました」
「ああ、自分で言ったのに、今は自分で恥ずかしくてかなわん。酒のせいか、姉貴のせいか」
「人のせいにしないでちょうだいな。おまえの真心とやらだったのでしょう?」
「全部撤回して取り消すぞ」
「かまいませんが、もう一言一句私の心に刻み込まれています。これは消せないと思いますよ?」
「それならそれでいいんだ。ただもう俺の前で口に出してくれるな。あまりに恥ずかしい」
「ふふふ……ほんとうにあなたらしい台詞に戻りました」
「姉貴もな」
「あら、そうですか?」
夕闇に賤母始めた桜の樹の下で二人、背を持たせ掛け合って、今度は大きく声をそろえて笑いました。
「ああ。ふん……恥かきついでだ、俺はな、姉貴、そういうあんたの背中に憧れて歩いてきたんだ。だからな、どんな思いがあろう、あんたはいつもその背に俺たちの心を背負ってなお、まっすぐに背を伸ばして、凛と戦場に立つあんたでいてくれ」
「私にそんな資格があるというのですか?」
「それは、あんたにしかできないことなんだ」
「わかりました、武蔵。どうせ私は頭が悪いのです。つまるところ馬鹿正直に、そんな真っ直ぐなばかりのあり方しかできません」
「それがいいんだ、姉貴。もう惑うな。まっすぐに立つ背中を、いつも俺たちに見せていてくれ」
と、武蔵が不意にぶるりと体を震わせた。
「ん?どうかしましたか、武蔵?」
「ああ……あのな、姉貴……折角の雰囲気をぶち壊して悪いんだが、この辺に厠はあるか?」
「厠?ずいぶんアンティークな言葉だこと。そうですね……あるにはあるのですが、当然のことながら水が通じていません。後を流せませんが」
「それは困ったな……」
「おしっこならやりっぱなしでも構わないのではないかしら?」
「それが……な……大きいほうだ」
「済ませてからここに来なさい、こんなところまで来てから何を言っているのです?」
「厠に向かう途中で提督に、おまえの行方を尋ねられたから、大急ぎで走り回ったから忘れていたんだよ。それをさっき思い出したんだ。地べたに座り込んで腹も冷えたんだろう、催してきてな、どうにも我慢できん」
「仕方ありませんね……実は教えたくないのですが……ほら、あの後ろの建屋の向うに、丈の高い草の茂った中庭のような場所があるのです。草でお尻は隠せるし、四方、建屋に窓がありませんし。まあ、誰も来るはずもありませんが」
「そうか。それなら少しは落ち着いてやれるか。気は進まないが致し方ない」
立ち上がり歩き出した武蔵に、私は唐突に声をかけました。
「ああ……ちょっと待って、武蔵……」
「ん?何だよ?」
と、私は不意に立ち上がり、早足に武蔵の前を歩き出しました。
「どうしたんだよ、姉貴?」
「一緒に行きます」
「はっ?まさか姉貴、覗きの趣味が……」
「な……人を変態扱いしないでください、お尻の穴に91徹甲弾を撃ち込みますよ」
「そりゃ覗き以上の変態的行為だな」
「あなたのせいで、私まで催してきたんですっ」
「大きいほう?」
「言わせないでちょうだい」
「やれやれ、つれしょんと言うのは聞いたことがあるが、つれうんことはな。いくら姉妹でもきつくないか?」
「我慢ならないのでしょう?黙ってついて来なさい」
「はいはい」
武蔵は少し振り返った姉が耳まで真っ赤になっているのに気付い様子でした。
「ふん……私のほうも柄にもなく恥じらってしまったではないか。これでは強面キャラのにらみが利かなくなるではないか」
私の心を測り兼ねてか武蔵はぶつぶつと毒づきました。
「ああ、それから、武蔵……」
「今度はなんだ?」
「その……ね、足元に気を付けてください」
「穴でも開いているのか?」
「いえその……ね……私がやらかしたのを踏まないように……」
「やけに場所に詳しいと思ったら、姉貴のトイレ場所かよ。犬猫か?!姉貴こそ、こんな場所にこもるんなら厠なんぞ済ませて来いよ」
「ああもう……いいから、黙ってついて来なさいと言うのに」
少し歩くと私の言った通りの場所に出ました。
「武蔵、ここなら平気です、あなたはこの辺りでなさい。私は……ああ、こあっちででも」
相変わらず真っ赤になったまま、そう言い放つと、私は武蔵に背を向けて、もう断りもせずにパンツを下してしゃがみこんでしまいました。
「そうだな、差し向かいでってのは、さすがに勘弁だよな」
「私だって恥ずかしいのです」
「少し近すぎないか?」
「このくらい離れれば匂いも届かないでしょう。音が恥ずかしければ、何かしゃべり続けなさい」
「それはいささか落ち着かないな。俺は姉貴が思っている以上にデリケートだぞ」
「その言葉、のしを100枚ほどつけてお返ししますよ」
「姉貴の恥ずかしがりは、よく知っているよ。よくこんな……一緒にしようなんて言い出したな」
「我慢できないと言ったのはあなたの方でしょう?さっさとしなさい」
「もう始めてるよ」
「一言言いなさい。我慢して待っていたのですよ」
「いっせいのせっ、でやるもんでもあるまいが」
会話が途切れました。
かすかにお互いの音が聞こえてしまう。けれど武蔵はふと気づいたようでした。
「不思議と恥ずかしさがなくなるもんだな」
「でしょう?」
「何だ、姉貴、他の誰かと経験済みか?」
「なっ?!もう馬鹿馬鹿、これが初めてですし、心を許した妹以外とこんなことするものですか!」
「そんなものだったか」
「そんなものですっ!」
また会話が途切れました。しばしの沈黙の中で武蔵はまた別のことに気付いたようです。
「なあ姉貴?……」
「うん?……」
「もしかしてあんた、わざわざここにしに来てるんじゃないか?その……何だ……」
{うんこですか?}
「ははは、乙女の慎みはどこに行ったんだ?」
何がそんなにおかしかったのか、けれど二人はまた声を合わせてしばらく笑い続けました。
「催すたびになんてことはないですよ。たまにです、たまに」
「ふん、でも何だか、その気持ちがわかるような気がしてきた」
「そうですか……あなたも感じるのですね……この、何というか……」
「何とも言えない解放感、か?」
「まあ……そんなところでしょうか」
「それだけではないのか?」
「自分で味わってみなさい。この静けさの中の余韻を」
私たちは、しばらくまたしじまに落ちる。
「頭上建物で狭く切り取られた空が何でこんなに広く見えるのかな、姉貴?」
「ふふ、それが見えたのなら正解ですね。それを見せたかったの。一緒に見たかったの。武蔵。あなたと」
「一緒にか」
「ええ」
「野でしながら」
「それはもう言わないことにして頂戴」
「あはは、姉貴、今更恥じらう心があるなら、最初からこんなことしなければよかろうが」
私はただ黙って肩をすくめました。
「何だ、まあ、何とも状況にふさわしくない言葉にも思えるが……」
「うん?」
「誘ってくれてありがとうな、姉貴」
「それでこそ私の妹です」
「人にはとても話せんが」
「話されてたまりますか。姉妹だけの秘密です。絶対ですよ」
「わかった、わかった、約束するから」
「あなたは酔っぱらうと約束も何もなくなりますから」
「それは姉貴も一緒だろうが」
「それは……まあ、そうですけど」
「そういえば姉貴、さっき異なことを言っていたな。この場所、できれば教えたくないとか」
「ええ……この一年というもの、向うの桜の木の下も、この草原も、私だけの、私がだれでもないただの私になれる場所なのです。そこに他人を招じ入れるのは、自分の心の大切な部分に土足で踏み込まれるようなものだから」
「なるほど」
「わかってくれるのですか?」
「ああ。今ならな。こうして言葉通りの臭い仲になって初めて分かったさ」
「わざわざ嫌な言葉を使わなくてもいいでしょう」
「ははは、今更乙女の慎みを持ち出すのか?」
「わかってくれたのじゃなかったのですか?」
「ははは、すまん、ちょっといじめてみたくなっただけだ。龍田じゃないが、姉貴は大いにいじりがいがあるからな」
「ふん、まったくあなたはかわいくない」
「この世の中に二人だけの姉妹だぞ?」
「ふん……」
「姉貴……」
「今度はなんです?この上からかわれても、もう乗ってあげませんよ?」
「ちがうよ、姉貴……ただな、ただこうしているのが、何でこんなに心地いいのかなと思ってな」
「ふふ、ええ、そうでしょう?」
「姉貴……」
「なんです?」
「悪くない、悪くないよ、これ、何だか楽しくなってすら来たな」
「とうに忘れていた子供の心ってやつではありませんか?」
「このままの姿で突然この世に抛りだされた俺たちは知らないはずの心だろ?」
「ええそうね……ああ、でもね、そんな気がするのですよ。こうして空を見上げているときの気持ちを名付けるとしたらって」
「乙女の慎みまで脱ぎ捨てたところで?」
「ふう……ええその通りです。丸裸の真っ白な自分に帰って」
「そうだな、おろしたてのまっさらの白いシャツになった気分だ」
「いいたとえですね。あなたらしくもない。いつから詩人に転職したのですか?」
「おっと、いかんいかん、姉貴の世界に飲み込まれかけているらしい」
「でもそれも悪くないと言ったではありませんか」
「ふん、二度と言わん」
「あはは、それでいいのです、あなたはね。さて、済みましたか、武蔵?」
「ああ、とっくに」
「戻りましょう。飲みなおしますよ」
「そうだな……おっと、姉貴、後を埋めたりしなくていいのか?」
「あなたときたら普段がさつなくせに妙なところで気が回るんですね」
「余計なお世話だ」
「あのね、いつかその、あの、自分のものをね、発掘してしまったら気まずいかなって」
「姉貴こそ、よくわからない気のまわり方だ。埋めた後に木の枝でもさしておけばよかろうが」
「うん……そうですね、そういわれてみれば」
「何ならでかでかと幟でも立てろ。「戦艦大和の魂、ここに眠る」とか」
「何てことを言いだすのですか?!」
「冗談だ。いいから、ちゃっちゃと埋めろ、で、これからは必ず埋めろ」
「はいはい」
「しかし姉貴……」
「うん?」
「あんただけの秘密の場所に今日俺が踏み込んだ。いつ他の誰がここを探し当てるか、わかったものでもあるまいと思うのだがな」
「この一年、終日ここにこもりきりの日もありました。一日中私を探し回った者たちも少なくないと聞きます。でもここにたどり着けたのはあなたただ一人です」
「姉妹の絆とか言い出すんじゃなかろうな」
「あなたなら、最近提督の凝っている確率とかで物事を考えますか?」
「あのさいころ遊びのことか?俺はああいうのは好かん。賽の目のいうことを聞くくらいなら、姉貴の馬鹿馬鹿しいロマンティシズムの方を信じることにするさ」
「馬鹿馬鹿しいとはご挨拶ですね」
「すまんすまん、酔いが足らんようだ」
「酒ならいくらでもあります。こうなったら、夜桜になるまで飲み倒してしまいましょう」
「受けて立つさ。だが、姉貴、真っ暗になるんじゃないのか?」
「カンテラを一つ用意してあるのです。カンテラの明かりに照らされた夜桜はそれは美しいものですよ」
「なあ姉貴……」
「何です、武蔵?」
「提督があんたを呼んでいる用事なんだがな、俺は内容を知っているんだ」
「うん?それがどうかしたのですか?」
「次の作戦のことさ」
「ああ」
「沖縄近海での戦闘になる」
「そうですか」
「そして提督は、できればおまえに旗艦を任せたいと考えている」
「そうですか」
「どうする、姉貴?遠慮するか?いや……もう答えは出ているようだな。愚問もいいところか」
「ええ、武蔵、私は行きますとも、迷いなどかけらもありません」
「なあ、いいか、姉貴、今度は俺があんたをかばう。かばうと言ったらかばう。あんたに拒否権は与えない」
「何の権限でそこまで言い切るのです?」
「権限など知ったことか。私がしたいからするんだ。誰にも文句は言わせない」
「わかりましたよ、武蔵、止め立てはしません。でもね」
「うん?」
「私はどうにせよ決して沈みません。私は最強の戦艦ですからね。あなたがそう言ったんですよ?」
「ははは、姉貴、いつもながらあんたの酒は、ほんとにいい酒だ。こんなに気持ちよく飲めるのは、やはり姉貴と二人の時だけだな」
「ええ、ほんとうにそうですね……」
「だが、すでに酒が足りないようだ。それに飲み明かすなら食い物も欲しい。どれ、間宮を何とか口説いて飲み食いするものを調達してきてやろう」
武蔵が立ち上がると、私も一緒に立ち上がりました。
「うん?私一人で平気だぞ、姉貴」
「いいえ、私は提督のところへ行きます。一言伝えたらすぐ戻ります」
「何と言ってやるんだ?」
「私は行きます……とだけ」
「うん……いいな、その方がさらに酒がうまくなる。じゃあ先に行け。俺はここでいったんお前を見送ろう」
「ありがとう、武蔵」
そして私はひときわ胸を張り、桜花の驟雨の中、天高く蒼空に向かって叫びました。
「戦艦大和、推して参ります」
ほんとに前作「航空母艦瑞鶴の憂鬱」にテーマが似通ってしまったので、「またかよ」という印象かもしれませんが……最後までお目を通してくださった方、ありがとうございます。
ちょっと(かなり?)艦娘2人には恥ずかしいシーンなども入れてしまいましたが、眉を顰める方も多いかと。申し訳ありません。でもそういうあられもなく自然な2人を感じていただたらとの思いからあえて削除せず、そのまま公開に踏み切りました。
嫌だった方には、ほんとに申し訳ありません。
次は第六駆逐隊ものでがらりと雰囲気を変えて、書けたらなあと思っているのですが、執筆予定不明、まだいつかお届けできるかわかりません。
もし書き上げることができましたら、またこの場をお借りしてお目にかかります。