はるのん√はまちがいだらけである。   作:あおだるま

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その11

 陽が傾きかけた放課後の教室。奉仕部室の前には見慣れた茶髪と黒髪の女子二人が肩を寄せ、教室の中を覗いていた。耳を澄ますと教室からは二つの甲高い声が聞こえてくる。どうやら男女が一人ずつ奉仕部室にいるらしい。

 

 教室内の謎の二名の声を聞いた瞬間、背筋を嫌な予感が伝った。

 

「ぬわーーーーーーっはっはっ!我こそが八幡の前世からの因縁の宿敵、強敵と書いて友と読む。知る人ぞ知る天下の剣豪将軍、材木座義輝なりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「わー!将軍君面白-い!コートかっこいー!」

「そうであろうそうであろう。八幡の悪口トークでも盛り上がれるとは、陽乃殿も中々わかっているではないか!」

 

 中二マックスの材木座義輝とノリノリの雪ノ下陽乃。いつもの奉仕部はこの上ないカオス空間と化していた。

 材木座の切る口火に、雪ノ下陽乃は乗っかる。

 

「そうそうそう!比企谷君ひっどいもんね!まじで人格的にも、道徳的にも。性根のひねくれ方が毛根に出てるんだよ!」

「その通り、その通りだ陽乃氏!聞いてくれ、この間も体育の時間に八幡ときたら――」

 

 そこから材木座の俺(体育の「好きなやつとペアになれ」という地獄の号令)に対する愚痴が始まり、陽乃さんはやはりニコニコとそれを全肯定している。

 察するに、何らかの用事で奉仕部に来た材木座と年中暇な陽乃さんが鉢合わせた、と言ったところか。察したくなかった。断じて察したくなかった、こんなsan値爆上がりの突っ込み不在の世界。

 隣の雪ノ下と由比ヶ浜も、部室内の光景に口を開けないようだ。雪ノ下に至っては関わりたくないオーラをガンガンに出しているが、部長としての役目との板挟みになっているようだ。流石は責任感と自尊心の塊。乙!

 

「将軍君仲いいんだねぇ、比企谷君と――で、将軍君は何でここに来たの?」

「ふ。よくぞ聞いてくれた、陽乃氏。我が今日ここに馳せ参じたのもこれが理由よ!これを読んで正直な感想が聞きたくてな!」

 

 バッ。春にも関わらずロングコートを翻す巨漢、材木座義輝は、机の上に分厚い原稿用紙の束を叩き付け、なぜか胸を張る。

 

「あっ、すごいすごい!将軍君一人でこんなに文章書けるんだ!?小説家さん志望かな?……ねね、これ読んでみてもいい?」

「ぬ?構わん構わん!八幡では我の高尚な作品は理解できないようなのでな!是非第三者の貴殿にも、忌憚のない意見をよろしく頼もう」

「やったー!お姉さん楽しみだなー」

 

 先ほどまでの明るい雰囲気とは一転、陽乃さんはパラパラと無言でそれに目を通す。

 

 当の材木座はと言えば、先ほどでは流れとキャラ的に大きなことを言っていたが、所詮あれらの言動は設定だ。持ち前の速読術で分厚い原稿用紙を流すように読み進めていく陽乃さんを前に、彼の額には脂汗が浮かんできた。その巨体をもぞもぞと動かし、時とともに段々と縮こまっているようにすら感じる……つーかこの人読むのまじ早い。もうジャンプの編集並み。美少女高校生二人組が漫画家を目指す小説でも書けば、案外ウケるんじゃないだろうか。ばくまん!

 

「おい、どういう状況だこれは」

 

 あまりの空気にいたたまれなくなり由比ヶ浜に問うと、彼女もこちらに振り向き目を泳がせ、雪ノ下が相槌を打つ。

 

「し、知らないよ!あたしとゆきのんが来た時にはもうこの状態になってたし、なんか陽乃さんノリノリだし……」

「ええ、私たちが来たのも比企谷君と大して変わらないわ。姉さん、あんな得体の知れない男となぜ……比企谷君、あの男は誰?」

「知らん」

 

 雪ノ下の質問に顔を背けつつ答えると、二人から怪訝な視線を送られる。

 

「え、でもヒッキーの知り合いなんでしょう?さっき『八幡と宿敵のなんたら~』とか言ってたし」

「知らない」

「……私も彼の口からあなたの名前を聞いたけれど」

「知らないったら知らない」

 

 駄々をこねるように繰り返す俺に、二人から冷たい視線を感じる。しかしそれすら俺は無視する。知らない。知らない知らない知らない。知りたくないし関わりたくない。

 

「材木座君」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 部室内では突然陽乃さんの問いかけに、材木座は瞬時に背筋を伸ばす。そうしたくなる気持ちはわからんでもないが……剣豪将軍設定はどこいった、おい。

 

「えーっと……異能の力に目覚めた主人公が、かわいい女の子たちを無自覚に誑し込みながら俺TUEEEEする、でいいのかな?」

「は、はい……」

 

 彼女は彼の小説を読む上で、この上なく正確なまとめをする。材木座の書くラノベは細かな設定の違いはあれど、いつも大筋はそんなもんだ。

 先ほど材木座は俺の彼のラノベへの感想に文句を言っていたが、それも仕方ない。いつも同じなのだ、あいつの小説は。同じようなストーリーで同じようなキャラで、同じようなつまらなさ。もう金太郎飴かってくらい同じ。一個の壊れた引き出しでいつまで戦うんだ剣豪将軍よ。そろそろ新しい技を覚えろ剣豪将軍よ。そのくらいしか言うことがない。

 

 さて、彼女の感想はどんなものだろうか。それは俺も些か気になった。陽乃さんはふんふんと幾度か頷く。材木座は死刑宣告前の囚人の如く血走った眼を見開き、その時を待つ。

 

 ごくり。材木座のそんな音が聞こえた瞬間、陽乃さんは立ち上がった。

 

「面白いよ将軍君!」

「……へ?」

 

 突然の彼女の勢いに押されるように、材木座は体ごと椅子を引く。

 

「主人公がどんどん強くなるところとか爽快だし、少年漫画の主人公が全能になるとこだけ切り取ってるみたいで気持ちいい!人気出るよ、これ!」

「そ、そうだろうか?」

 

 目の前の絶賛を信じられないのか、材木座は聞き返す。陽乃さんは人差し指をピンと立て、ズイと材木座に近寄る。

 

「うん、そうだよ!人間的に破綻してるこんなガキになんで女の子が好意を見せるかわかんないけど、そこも世のモテない青少年たちの需要に応えてるよ!実体験があるとやっぱりリアリティが違うね!さすがぁ!」

「い、いやぁ、それほどでも……」

 

 待て材木座、だいぶディスられてるぞ。俺もお前も、世の青少年たちも。

 

 照れる材木座は、しかしすぐに現実に戻り、肩を落とす。

 

「で、でもネットの連中にはご都合すぎワロタwって……」

「これをボロクソに言うなんて、ネットで文句だけ言ってストレス発散する人間じゃない?材木座君の小説は悪くない。おもしろい!自信もって!」

「……本当だろうか?」

「ほんとに!だいじょぶだいじょぶ、君の小説は最高だ!サイトに載せれば一瞬で高評価だらけ、書籍化作家待ったなし!」

「――じゃあ可愛い声優さんとも結婚できますか?」

 

 これまで滑らかに動いていた陽乃さんの口が初めて止まり、座ったまま上目遣いを送る材木座を見据える。よく見れば彼女は後ろ手で思いっきり自分の腕をつねっていた。

 彼女の強化外骨格を最初に壊すのは、材木座かもしれない。なんか嫌すぎる。

 

「ぷ、く、ふ……で、できるよできる!顔と体と心が無理でも、金と名声さえあれば女なんてちょろいもんよ!特に声優とかやって自己顕示欲と承認欲求がカンストしてるような連中なら、なおさら楽勝だよ!」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとにほんとに!」

 

 沈黙が奉仕部室を包む。チクチクと部室内の時計の秒針だけが音を刻む。材木座はわなわなと体を震わせ、握りこぶしを作り、そして。

 

 爆発した。

 

「うおーーーーーーーーーー!我は書籍化作家にだってなれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「おーーーーー!」

「ネットの奴らに見る目がないんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「そうだそうだーーーーー!ニートどもがーーーーーー!」

「すぐにでも声優さんと結婚できるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「できるよ!将軍君ならできる!世界に力を見せつけてやろーよ!」

「「おーーーーーーー!」」

 

 10分で教室に新興宗教が生まれていた件について。

 

 洒落にならない。

 

「健全な学び舎の一角で、洗脳作業に精を出すのはやめてもらっていいですかね」

 

 流石にこれ以上は見ていられない。俺はドアを開け、ドン引きした様子の雪ノ下と由比ヶ浜も続く。

 陽乃さんは俺たちの存在に気付いていたのか、大して驚いた様子もなくあざとく頬を膨らます。

 

「む、失敬な。洗脳は暴力的手段を用いて心を支配する方法論だよ。私がやったのはマインドコントロール。そんな野蛮な代物と一緒にしないでもらいたいね」

「……じゃあマインドコントロールって何ですか」

「話術で心を支配すること」

「ほぼ同じじゃねえかおい」

「だって将軍君おもしろいんだもーん」

「理由になってないんだよなぁ……」

 

 俺の突っ込みも空しく宙に浮き、彼女はあっけらかんと笑う。この女、碌な死に方しねえぞマジで。

 

 部長としての意義を思い出したのか、今度は雪ノ下が陽乃さんに尋ねた。

 

「ね、姉さん。そちらは?」

「ああ、彼はね――」

 

 陽乃さんが材木座のほうに振り替えると、

 

「書籍化印税がっぽがぽ……アニメ化知名度うなぎ上り……声優さんと結婚……あんなことやこんなこと……デュフフ……」

「だ、だいじょぶかなこれ……なんか目いっちゃってるけど……」

「大丈夫だ。確かに洗脳じゃない。ただの煩悩だった」

「だからマインドコントロールだってば」

 

 材木座の様子を見て二、三歩後ずさる由比ヶ浜に相槌を打つ。当然最後の訂正は無視。

 材木座は今、慣れない美女からの全肯定でトリップしているだけだろう。なら、現実に戻してやればいい。俺は材木座に耳打ちする。

 

「初めてきた感想が信じられないほど正論の上、文章やストーリーともにボロクソに書かれ、一話で感想受付を停止したペンネーム『黄泉への階段』君。起きろ」

「ぐ、ぐは!?正論は、正論で我をぶつのはやめてええええええ――」

 

 がばっ。材木座の目の焦点が合い、目の前の俺を見てふひっと鼻で笑う。いちいち動作がうざいなこいつ。

 

「って八幡ではないか……ふふ、悪いが我は貴様のような陰キャ童貞にかまっている暇はないのだ……・綺麗なお姉さんにひたすら肯定してもらう至福の夢の続きが、我を待っているのだ……のだ……これでいいのだ……」

「夢と言えば夢だな。現実はただの暇で性悪なだけのドs大学生――いってぇ!?」

「はい比企谷君お口チャック」

 

 陽乃さんが笑顔で俺を殴り、場の収拾がついた。今グーだったのは気のせいでしょうかそうでしょうか。

 

「はぁ……で、材木座君?だったかしら」

「う、うむ」

 

 場の空気が整ったところで奉仕部の面々がいつもの席に座り、陽乃さんは壁にもたれかかる。

 

「奉仕部への依頼なら、ご用件をどうぞ」

 

 

『自分の書いた小説への正直な意見を貰いたい』

 

 

 キャラに合わず、材木座は簡潔に奉仕部への依頼を述べた――というか、雪ノ下が無理矢理簡潔にした。彼女は材木座の話が横道に逸れる度に短く言葉を発し、その怜悧な視線を容赦なく向けた。

 彼女曰く、

『その話し方不快だからやめて』

『話をするときは相手の目を見なさい』

『人にモノを頼むときは、簡潔に結論から述べなさい』

 

 材木座を全肯定する姉と、全否定する妹。姉妹でここまで正反対の選択を取るものかと、俺は感心を通して呆れかえったものだ。雪ノ下の罵倒のたびに巨漢を震わせて俺に抱き着いてくる材木座は別として。重い重い重い。二つの意味で。

 

 

 

 




材木座編後三話毎日投稿

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