「時に比企谷君や、甘いものは好きかね?」
「愚問って言葉を辞書で引いてもらってもいいですか?」
とある休日の朝。俺と陽乃さんは、南船橋の東京ベイまで足を延ばしていた。南船橋で東京ベイってなんなんだよ。某夢の国かよ。反千葉のら〇ぽーとは今すぐ「千葉ベイ」に改名しろ!
そんな俺の千葉愛もどこ吹く風。陽乃さんはG〇DIVAの看板の前でやれやれ、と肩をすくめる。
「わかってないねぇ、君。酒飲みの中には無類の甘党だっていっぱいいるし、トマトは嫌いでもケチャップは好きと言う人間も多い。人の嗜好っていうのは時に矛盾するものだし、白と黒の2つで分けられるようなものじゃない。むしろそれが普通なのだよ」
「だからあんたの横でマックスコーヒーを飲む俺に、甘いものが好きかどうか尋ねたと」
「That’s right!」
抜群の発音で俺の頬にサムズアップを押し付ける鬱陶しい指を払う。やはりこの人はどこかズレている。問題は甘いか辛いか、好むか好まざるかではない。単純に俺の経済的問題だ。
軒先のメニューを見て――主にそこに書かれた値段を見て――俺は何とか反論する。
「陽乃さん、俺はあんたといるとよく思うんですよ。例えばこのチョコ屋のソフトクリームは最低500円、高くて800円近くします。が、その辺のコンビニでも最高級のソフトクリームはいいとこ300円です。安ければ60円で買えます。この店の500円はコンビニの60円の10倍近い美味さがあるんですかね」
「それこそ愚問と断ずるしかないね、比企谷君」
チッチッチッ。彼女は長い人差し指を振る。
「ここで食べることに意味があるんだよ。君と私がなんとも奇跡的に予定を調整し、今日一緒に東京ベイまで来た。そこで少しは特別なものを食べて、思い出を作りたい。それはコンビニでもconvenienceに買えないものの一つだ」
「いつも朝っぱらから一方的に呼び出してるくせに……」
「何か言ったかな?」
「いえ、何も」
未だに渋る俺に、陽乃さんはため息を吐く。
「大体それなら奢るって言ってるじゃん、いつも。私がしたくてしてることなんだから」
「養われる気はありますが、施しを受ける気はありません」
「頑固だねぇ……」
そう。彼女に施しを受ける気など、全くしなかった。どんな小さなものでも雪ノ下陽乃に奢られるわけにはいかない。ただの意地なのかもしれない。悪魔のような女に借りを作りたくないだけなのかもしれない。理由ははっきりとしていない。
彼女は呆れたように、ため息を深くする。仕方ない。俺もうまく説明できないのだから。
しかし次の瞬間、その目が獲物を狙う猫のように細くなる。彼我の距離が縮まった。
あっという間もなく、陽乃さんは俺の懐に潜り、囁く。
「じゃあ、一生養ってあげようか? 別に君は何もしなくていい。私に食べさせてもらって、私に生かされて、私のために呼吸をするの」
素敵だと思わない?
甘い誘い、なのだろう。人によっては。しかし俺の顔は苦み走るばかりだ。
「遠慮しておきます。ヒモにも相手を選ぶ権利はあるので」
「つれないねぇ、本当に」
ピン、と俺の前髪を弾き、彼女は店の方を向く。
「で、ここのソフトクリーム、食べるの?食べないの?」
「……喜んで食べさせていただきます。自腹で」
「よろしい」
満足そうに頷く彼女を前に、俺は未練がましく財布の中身を覗く。
この調子で買い食いして、プレゼント分の金、残るか?
「ガハマちゃん、来ないねぇ」
放課後の奉仕部室。雪ノ下陽乃は白々しく言ってのけた。雪ノ下雪乃の表情が歪む。
「……誰のせいなのかしらね」
「さあ、誰のせいなんだろうね」
陽乃さんはチラリと由比ヶ浜の椅子に目をやる。あの東京わんにゃんしょーの後から、由比ヶ浜はパタリとこの部室に姿を見せなくなった。きっかけが陽乃さんであることに間違いはないが、根本的な原因は彼女ではない。
雪ノ下もそれが分かっているのだろうか。陽乃さんの軽口にも今度は反応せず、切り出す。
「由比ヶ浜さんが奉仕部に来なくなって、2週間が経ったわ。私は少なくともケジメはつけるべきだと思っている。比企谷君、あなたはどう?」
「え、お姉さんはぁ――」「黙って」
きっぱりと雪ノ下は陽乃さんを撥ね付けた。
「あなたが由比ヶ浜さんをどう思おうが、この男と付き合おうが。私には関係ないし興味もない。でも――あなたはここの部員じゃない」
真っ直ぐに、雪ノ下は陽乃さんを見た。陽乃さんも今度は茶化すこと無く、正面からその視線に応じる。
コクリと小さく、陽乃さんは頷いた。
「うん、その通りだ。邪魔してごめんね」
続けて。陽乃さんは嫌に素直に雪ノ下の言葉に応じ、俺に続きを促す。素直過ぎて気味が悪い。重い口を何とか開く。
「基本的にあれだ、部活動なんてのは個人の自由だ。やりたきゃやればいいし、嫌になったら辞めればいい」
「ええ、そうね」
「でもあいつは、別にここを辞めたいようには見えなかった。ここが嫌いなようにも見えなかった。言えるのはそんくらいだな」
俺の言葉に、雪ノ下は神妙に頷く。どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。彼女は携帯電話を開く。
「時に比企谷君。あなた、由比ヶ浜さんのメールアドレスを知っているかしら?」
「なんだ、唐突に」
「いいから」
「いや、知らんけど」
「えー、私は知ってるよー」
え、マジ?
つい漏れかける声を押しとどめる。ふ、ふーん。別にいいし。部活仲間のメアドは知らないのに、わけわからん部外者の女は知ってるとか。べべべ、別に気にしてないし。
雪ノ下は目を瞑り、こめかみをおさえる。
「……まあいいわ。彼女のメールアドレスには「618」という数字が入っていた。恐らく6月18日が彼女の誕生日だと思う」
「え、私直接聞いたけど、6月18日がガハマちゃんの誕生日だよ?」
今度こそ部室に重い沈黙が降りる。コミュ力の差と言うのは、何とも残酷である。
しばし呆然としていた雪ノ下だったが、ぱん、と手を打って震える声を押さえつける。
「と、ということでまあ、彼女の誕生日を祝うことで一つのけじめにしたいと思っているのだけど、どうかしら」
「まあ、いいんじゃねえの」
「ついては彼女に送る誕生日プレゼントについて――」「いいね!一緒に買いに行こう!」
おー!と陽乃さんは手をあげるが由比ヶ浜がいない今、それに付き合う人間はいない。雪ノ下は死んだ目で事務的に口を開く。
「……どうぞご自由に。私は私で行くから、あなたたちは勝手にして」
「なんで、一緒に行こうよ。雪乃ちゃんじゃ女子高生へのプレゼントは分からないでしょう?」
あまりにもストレートな指摘に現役女子高生・雪ノ下雪乃は苦虫を100匹くらい噛み潰したような顔になる。彼女は何とか声を絞り出した。
「……ええ。でもご心配なく。既に小町さんにアポを取っているわ。二人で行く約束をしているから、絶対についてこないで」
「な、なに!?まて、なら俺もそっちに――」「比企谷君?」
首根っこを掴まれる。そこにあるのは陽乃さんの輝くような笑顔。
前を見れば雪ノ下の死んだ目。その目は俺に「その女はお前に任せた」と言外に訴えかけてくる。「お前に押し付けた」だったかもしれない。
「ショッピング楽しみですねー、陽乃さん。雪ノ下、小町のこと頼んだぞー」
棒読みながら、俺はそう呟くしかなかった。
時は戻り、東京ベイ。緑の白地の雑貨屋に入った。陽乃さんは目を瞑りソフトクリームの余韻に浸っていた。
「おいしかったね!ソフトクリーム」
「ええ、ガリガリ君の2倍くらいは」
「全く何処までも無粋だよ、君」
彼女は目を細める。自腹で500円も払ったのだ、感想くらい自由に言わせて欲しい。
陽乃さんは店の中をきょろきょろと見まわす。
「さて、ガハマちゃんへのプレゼントか」
「当てはあるんですか?」
「ま、いくつかはね。問題は私じゃなくて君でしょ」
「……まあ、返す言葉はないですね」
「参考までに、今まで女の子にプレゼントあげたこととかあるの?」
「一回だけ」
俺が人差し指を立てると、陽乃さんの声が跳ねる。
「へぇ!どんなの?」
「中1の時に気になってた女子に、おすすめのアニソンメドレー100選をCDに焼いて持っていきました」
人で溢れる雑貨屋の一角の空気が、凍り付いた。
「まじで?」
「まじで」
「……」
「……」
降りる沈黙が重い。
「……うん、個性的だね」
陽乃さんは何とか一言呟いた。うん、言わなきゃよかった。俺は小さくため息を吐く。
「ってわけで俺はノープランです。なんならあんたに選んでもらった方が――」「それはダメだよ」
思ったよりきっぱりと、淡い要求は断られる。あのねぇ、と陽乃さんは小さい子に諭すように口を開く。
「プレゼントっていうのは、モノを渡すことが一番の目的じゃないの。渡す相手のことを考えて考えて考えて、何を渡したら相手は喜ぶか。自分は何をその人に使って欲しいかを決断することが本質にある」
「プレゼント選び一つに大袈裟なことで」
「君だって大概大袈裟じゃない。アニソン100選メドレーCD(爆)」
「(爆)ったのは事実でした」
俺の小さな反論も黒歴史を突き付けられると機能しない。また彼女は諭すように続ける。
「比企谷君のアニソン100選メドレーCD(苦笑)だって、別にモノが悪いわけじゃないの。ただ相手のことを全く考えてない、自分の都合だけを押し付けていること自体が本質からズレてるってだけ」
「ド正論で中二病の黒歴史をぶん殴るの、楽しいですか?」
「かなり?」
本当に楽しんでやがる、こいつ。腹の立つ笑みにそう確信するが、俺にプレゼントを選ぶ技術がないのは事実。辛抱強く彼女の言葉に耳を傾ける。
「というわけで。君のガハマちゃんに対する印象とかイメージから、彼女が使いそうで邪魔にならず、貰って重くない、捨てる時にも罪悪感がないものを考えてみようか」
陽乃さんの提案に、首を傾げる。
「ハードルが低いか高いかよくわかりませんね」
「お姉さんがいくらでも付き合ってあげるから、安心しなさい!」
無責任な笑い声が、今回ばかりは頼もしかった。
ホントはプレゼント回は一話でまとまる予定だったんです。でも1万字超えちゃったんで二話に分けました。悪しからず。後相変わらず時系列ぐちゃぐちゃでわかりにくくてごめんね。
ていうか次の話結構へびーなので皆さんご覚悟を。ああああああ上げるのこわい。