はるのん√はまちがいだらけである。   作:あおだるま

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後書きに蛇足有り


その8

 

「進路相談会、ですか」

 

 放課後の教室。『奉仕部』とやらの意義を聞き、部長の雪ノ下雪乃との意思疎通を済ませ、勝手に入部が決まった。平塚先生によれば、異論反論抗議質問口答えは一切受け付けないとのこと。横暴である。職権濫用である。

 

 と言っても俺は、そんな彼女に文句を言う気にはなれなかった。元教え子と現教え子に彼氏、彼女がいるという事実で、彼女は本気で泣きそうになっていたのだ。なんと不憫な。……まあ陽乃さんが無駄に煽り、平塚先生の傷口を広げていたことも原因だろうが。マジで鬼。マジで悪魔。俺たちにできないことを平然とやってのける。その姿はしびれても憧れてもいけない、人生の反面教師そのもの。そんな彼女を一年も見て、俺も人間的に大分成長したのではないか。そう、丁度憐れな独身教師に同情できる心のゆとりを持つ程度には。

 

 陽乃さんは苦々しく口を開く俺を楽し気に眺め、人差し指を立てる。

 

「そ。三年生対象のね。それで私が卒業生の一人としてお呼ばれしたわけ。暇だしついでに雪乃ちゃんの顔でも見てこうと思ったんだけど――あ、このパン貰っていい?後輩とか先生のとこ回ってたら、お昼食べそびれちゃって」

「130円」

「……お姉さん、お腹空いたかなー、なんて」

「130円」

 

 譲らぬ俺に彼女の笑顔が凍り、放課後の奉仕部室に剣呑な空気が流れる。

 

「ねえ、ケチな男は嫌われるって、お姉さん教育しなかったかなぁ?」

「だから消費税まけてるじゃないですか。ああ、なんて器がでかいんだ、俺」

「うん、相変わらずお猪口くらいの器で、お姉さん安心」

 

 ふぅ。彼女は嘆息とともに自前のブラックコーヒーをあおり、俺の焼きそばパンを頬張る。硬貨が何枚か飛んできて、ジャラジャラと音を立てて落ちる。必死に落ちた百円玉を拾っていると、なぜだが無性に負けた気がするのは気のせいだろうか。いつもの彼女のニヤケ面のせいだろうか。あ、ちょうど今バカにしくさった目で笑われた。その笑顔、殴りたい。

 

「……その様子だと姉さんと親しいという話は、あながち嘘ではなさそうだけれど」

 

 雪ノ下は俺たちの会話を聞きこめかみを押さえ、紅茶で唇を濡らす。

 

「それでも冷静になって考えれば、付き合っているというのは、にわかには信じられないわね」

「そ、そうだな。……まさか比企谷に彼女が……嘘だ……こいつは絶対同類だと思ってたのに……しかも陽乃って……何かの冗談だ……最悪の組み合わせだ……災厄の組み合わせだ」

 

 どうやらまだ約一名立ち直れていない独身教師がいるらしい。彼女が独神となる日も近い。大丈夫、そうなったら八幡が貰ってあげるから。なんならお婿さんにいってあげるから。

 

「うーん。そうはいっても、もう一年付き合ってるしねぇ」

「一年……!?」

 

 目を瞬かせる雪ノ下雪乃に、陽乃さんは頭をかく。

 

「あはは。言ってなかったっけね、そういえば。でも静ちゃんは聞いてるんじゃない?私の同級生とかから」

「……あー、いや、そうか。確か陽乃に男ができたようなことは聞いた覚えがあったが、まさか……」

 

 平塚先生は顎に手を当て、思案する。まあ、そうだろうなと俺は思う。俺と陽乃さんは些か目立つ程度に千葉周辺をうろついていたし、彼女の大学でも一緒に居た。一年も経てばその噂は教師の平塚先生の耳に入っていてもおかしくはないだろう。

 

「だが、聞いていた男とはずいぶん違うような気がするのだが」

「ほら、比企谷君私とデートの時は気合入れてるから~」

 

 会うたびに俺に変装させてるのは、どこの誰なんですかね……

 

「まあいい。雪ノ下――だと、あれか。陽乃と被るな。――雪乃。ここにいる比企谷は見た目通り色んな意味で問題を抱えていてな。この部で更生させてやってくれ」

「あの、今更ですけど俺に拒否権は?」

「おっと、そろそろ時間だ。この後職員会議が入ってるものでな。私はこれで」

「っておい、あんた無責任にもほどが――」

 

 バタン。平塚先生は逃げるように扉を閉めた。どうやら独神のライフはもうゼロだったらしい。出ていく瞬間、目尻に雫が溜まっていた。あぁ……今度からはもう少し優しくしよう。

 

「あはは、行っちゃったね、静ちゃん。もうちょっと静ちゃんで遊びたかったんだけどなー」

「鬼かあんたは」

 

 優しくしようと思った俺とは逆の感想を抱く陽乃さんに、背筋が寒くなる。鬼も悪魔も生ぬるい。やっぱり魔王だ、この人。

 

「で、君。どうするの?ほんとにここ、入るの?」

「なんか俺、あの先生に頭上がんないんですよね……」

「ま、私としては別に放課後呼び出した時に来てくれればいいけど――」

「どうでもいいわ」

 

 うーん、と顎に手を当てる陽乃さんに、冷たく声がかかる。

 

「この部活に入るのも姉さんの『お遊び』に付き合うのも、結局はあなたの勝手よ。でも」

 

 雪ノ下はため息とともに読んでいた本を置き、おもむろに右手を差し出す。

 

「私の読書の邪魔はしないで頂戴。それさえ守ってくれるなら、あなたをこの部に歓迎しましょう。比企谷君」

 

 飾りのないその言葉に、俺は何も返すことができない。

 

 俺が黙ってしまった理由は、恐らくその瞳にあった。陽乃さんと限りなく近いが、どこまでも遠い。その瞳は彼女と同じように深く、思わず魅入られる。だが、違う。雪ノ下陽乃のそれがどこまでも人を引きずり込む沼のようなものだとすれば、雪ノ下雪乃のそれは、どこまでも他者を寄せ付けない。それは真冬の抜ける晴天のように。限りなく澄み切っていて、僅かな濁りをも許さない。

 

 ああ、そういうことか。俺は直感する。流石に姉妹と言ったところだ。彼女もまた、雪ノ下陽乃と同じく、嘘を許さないのだろう。その瞳は欺瞞を見透かし、試すように俺に向けられる。真逆に見える彼女たちは、俺には合わせ鏡のように映った。

 

 ならばもしかしたら俺は、彼女とでも。思考の果て。無意識に右手が、雪ノ下雪乃の握手に応じようとした。

 

 しかし。

 

「ちょっと待ってね」

 

 気づけば左手に、温かい感触があった。

 

 どうやらその手は雪ノ下陽乃に掴まれたらしい。そういえば。俺はふと思う。普段彼女の対人距離は極めて近いが、このように手を取ったことは、一年間無かったかもしれない。思ったより体温が高いなと、俺は見当違いのことに気づく。イレギュラーに、俺はうまく反応できなかったのだ。思考が明後日の方向に飛びかける。

 

 その時、手に痛みを感じた。それにより徐々に思考が覚醒する。横を見れば彼女は見たことのない満面の笑みを浮かべ、右手を見れば彼女の爪がギリギリと逆立っていた。い、痛い痛い痛い!冗談抜きで刺さってる、刺さってるから、爪。あれ、爪って刺さるものだったっけ?

 

 彼女は悶絶する俺から手を離すと、うっすら俺の血が滲んだ自らの指を、ちろりと舐める。その天使のような笑顔を、そのまま雪ノ下に向ける。

 

 その柔らかい笑みを見て、なぜか悪寒が走る。

 

 それは雪ノ下も同じだったのだろうか。彼女の肩が小さく震える。そんな彼女を見て、陽乃さんの口元がクスリと綻ぶ。

 

「まだ『お遊び』に見える?雪乃ちゃん」

「……別に、どうでもいいわ。どうせ私には関係のないことよ」

 

 笑顔のまま見つめる陽乃さんを前に、雪ノ下は何とか声を紡ぐ。表情は変わらずとも、その声は震え、瞳は揺れていた。

 

「そっか。まだ私と話してくれないんだ、雪乃ちゃんは」

 

 その雪ノ下陽乃の声はどこまでも諦観を帯びていて、わざとらしいほどに失望の念を滲ませて、雪ノ下の瞳を覗く。

 

「部活に入るって聞いたから来てみたけど、やっぱり雪乃ちゃんは雪乃ちゃんだね」

 

 その瞬間、雪ノ下の表情が凍る。恐らく。俺はその顔を見て直感する。雪ノ下陽乃のその言葉は、彼女にとって急所だったのだろう。放課後の教室に静寂が降りる。

 

 時計の秒針の刻む音が耳につく。陽乃さんは今度こそ何を言うわけでもなく雪ノ下を見つめ、彼女の視線はその瞳から逃げるように泳ぐ。泳いだ視線はついに俺に当たり、なぜか彼女は非難するように俺を見る。世間一般でいう所のそのジト目は、「お前のせいだ」という彼女の文句が透けて見える。え、なんで俺こんな目で見られてんの?

 

 交錯する視線になぜか俺も混ぜられ、教室の空気はますます淀んできた、その時。コンコンというノックの音とともに、間の抜けた声が響いた。

 

「し、失礼しまーす……え?」

 

 入ってきたのは、女生徒だった。ピンクがかった茶髪が目を引く、まさに今時の女子高生、という感じだ。短めのスカートに、胸元のネックレス、ハートのチャーム。見た目で人を決めつけたくはないが、この手の女子と関わると面倒事にしかならないと経験則で知っている。例えば俺が距離の近さに勘違いして告って翌朝クラス中にその話が広まってるとか。う、頭が……頭が痛い……

 

 だが、彼女の持ち寄る面倒事はそんなものではなかった。

 

「あれ、な、なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

 そう彼女が叫ぶと同時に、一瞬弛緩した教室になぜか緊張が走る。

 

「へぇ、ヒッキー、ねぇ」

 

 後ろから肩に手をかけられる。

 

「比企谷君もあだ名で呼んでくれるような間柄の女の子がいたなんて、お姉さん安心だよ。ねぇ、ヒッキー君?」

 

 ねぇねぇねぇ。彼女からは笑い声さえ聞こえ、振り向けばさぞや慈愛に満ちた顔をしているのだろう。

 

 しかし俺はどうしても、その魔王の顔を見ることができなかった。

 




 
「タピる」という単語をご存じでしょうか。教え子によると、jkやらjdやらdkやらの間で流行っているらしい、タピオカドリンクを飲むことに当たるそうです。
「いやそもそもdkって何だよドンキーコングがタピオカ飲むのかよ」という私の当然の疑問には、「男子高校生の略だよ」と当然のように返されました。私、ついていけません。タピる暇があったら「ストロングる」方が楽しいし、いいもん。そんな言葉はない。

というわけでストロングりながらなんとなしに書いた駄文です。本編とは一切の関係がありません。おまけです。よろしければ。台本形式って初めて書いたけどめっちゃむずいわ。


雪「タピオカチャレンジ?」
陽「うん、今snsとかではやってるんだよ。雪乃ちゃん、知らない?」
雪「……どうでもいいわ。どうせ碌なものではないでしょうし」
結「えー、あたしも知らないなー。なんなんですか、それ」
陽「あー、ガハマちゃんはあんまりtwitterとかやってなさそうだしね」
八「いかにもライン民って感じだしな」
陽「静ちゃんは知ってる?タピオカチャレンジ」
静「まあ、見たことくらいはあるが。そもそもタピオカドリンクというものがあまり好きじゃないな。わたがしを食ってる時の虚無感に近いものがある」
八「まあタピオカ自体に味ないですしね」
陽「もうっ、面白くないなぁ、二人とも。そんなんだとあっという間につまんないおばさんおじさんになるよ?」
静「おばっ――」
八「いいですね。むしろさっさとおじいさんまでワープして年金隠居生活を楽しみたい」
陽「私たち年金貰えるか微妙だけどね」
八「ジジイとか一生なりたくねえ」
陽「というわけで、ここにタピオカジュースがあります」
八「何がというわけで、なんですか。つーか俺には聞かねえのかよ、タピオカチャレンジ知ってるかどうか」
陽「君、どうせ知ってるし」
八「まあ知ってますけど」
陽「って言っても、君が知ってるのは二次元の女の子がチャレンジしてる奴でしょう?」
八「いいがかりだ。偏見だ」
陽「で、知らないガハマちゃんと雪乃ちゃんのために、ついでに三次元のを見たことない比企谷君のために実演してみようと思うんだけど……残念ながら、私一人じゃ足りないんだよね、色々」
八「まあそうかもしれませんね。サイズとか足りてませんね」
陽「比企谷君?それセクハラだからね?」
八「自分で足りないって言ったのに……」
陽「で、静ちゃん。ちょっと私の前立ってくれる?」
静「なんだ……というか近いぞ陽乃……」
陽「なーに顔赤らめてんの。そんな歳でもないでしょ。そのまま、そのままだよ……こうやって二人で挟んで……えいっ」
陽「おっ、立った立った、本当に立ったよ、比企谷君!私と静ちゃんの間でジュースが立った!ほら、写真写真!写真撮って!」
八「八幡のストローもタピオカチャレンジ大成功しちゃってるので、ちょっと無理です」
陽「もしもし、警察さんですかぁ?」
八「ごめんなさい許してください通報しないで」
雪乃「なにかと思えば、くだらない……」
陽「あっ、ごめーん。雪乃ちゃんにこれやれっていうのは、確かにあまりに酷だよね~。ガハマちゃんならともかく」
雪「……私がその程度の安い挑発に乗るとでも?」
陽「ううん。いいよいいよ。人には向き不向きがあるし、生まれ持った資質があるよ。ねえ、比企谷君?」
八「まあ、そうですね。それも個性でしょうし。気に病むことは無い」
雪「……貸しなさい」
陽「え?」
雪「そのジュースを貸しなさいと言っているの!」
陽「どうぞどうぞー」
八「思いっきり安い挑発に乗ってるじゃねえか」
雪「由比ヶ浜さん。悪いのだけれど、私の前に立ってもらえるかしら」
結「う、うん。いいけど……」
雪「もっと近く!」
結衣「は、はひぃ!」
雪「ほ、ほら見なさい!立ったわよ!」
一同「……」
雪「姉さん、負けを認めるなら、先ほどまでの無礼な発言を赦してあげてもいいわ。比企谷君もさっきの言葉、撤回しなさい」
一同「……」
雪「……二人とも、何か言いなさい」
一同「……」
雪「もう、なんなのよ……」
結「ゆ、ゆきのん?『あたし一人』でバランスとるの難しいから、そろそろいいかな?零しちゃったら大変だし」
雪「由比ヶ浜さん、絶交よ。二度と私に話しかけないで」
結「なんか酷いこと言われてる!?手伝ったのに!?」
一同(でかい)

 Fin.

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