結城友奈は勇者である~勇者と大神と妖怪絵巻~   作:バロックス(駄犬

17 / 19
2020年初投稿です。
今年もよろしくお願いしマッソー!


ジオウ1話から見てたら更新遅れました。


其ノ十一、夏凜と猫と大神と

 猫鳴りの塔、その最上階では激しい光に包まれている。

 まるで雷が落ちたような眩さと爆ぜたような衝撃が大気を震わせていた。

 

 

 妖怪・姑獲鳥の一太刀は確かに夏凜の首を捉えていた。しかし、未だに夏凜の首と胴体は繋がれたままである。それは何故か。

 

 

 姑獲鳥の刃は夏凜には届かず、夏凜を庇うように前に出現した精霊である義輝が刃を阻んでいるようにも見える。

 目に見えない光の障壁、精霊バリアが夏凜を守っていたのだ。

 

 

『――――』

 

 

 姑獲鳥がどんなに刃を押し込んでも、そのバリアを打ち破ることは出来なかった。相当に強固な守りを得ている事を察した姑獲鳥は刃を一度鞘の機能を果たしている傘へと納める。

 

 しかし、距離は空けず刀の柄に手を添えたまま微動だにしない。

 殺意の瞳でじっと見つめてくる姑獲鳥を前に夏凜は動けないでいた。

 

 

(義輝が守ってくれなかったら今頃首ちょんぱね……)

 

 

 妖怪の身でありながら見事な抜刀術である。

 足の動きから陽動の為の髑髏投げから刀を抜くまでの鮮やかさに、文字通り戦慄を抱いたくらいだ。

 精霊が持つ防御性能に助けられたことを実感した夏凜だった。

 

 

『ミィ…』

 

 

「心配しなさんな。ちゃんと私が守ってあげるわよ」

 

 

(と言っても、このままじゃ……片手でコイツとやり合うには分が悪いわね)

 

 

 片腕に収まる子猫を抱えながらの戦闘は本来二刀を扱う夏凜にとっては致命的なハンデとなっていた。

 敵の妖怪はこちらが子猫を抱いていることで充分な動きが出来ない弱点を容赦なく突いてきている。

 

 

 おまけに姑獲鳥の神速に達するであろう太刀筋を、夏凜は追うことが出来ていない。

 精霊のバリアが何度も夏凜を守護してくれる保証はないのだ。それを考慮すると攻めに転じることが出来ず、防戦一方になっていた。

 

 

 

『キエ―――ッ』

 

 

「くっ……!」

 

 

 戦いの最中、敵が待ってくれることなど稀である。姑獲鳥の一閃が再び夏凜に炸裂した。

 胴体目掛けて振るわれた大太刀は義輝が展開した精霊バリアによって再度阻まれて、眩い火花を散らす。

 

 

 バリア越しでも感じる衝撃が夏凜の肌を打つ。冷や汗が額から流れ、反撃へ移ろうとした夏凜だがそれが出来ない理由があった。

 

 

 イメージだ。

 精霊バリアを無視し、前へ踏み込み、姑獲鳥に斬りかかろうとする自分の身体が瞬時に切り捨てられる。

 皮膚を裂き、骨を砕き、血しぶきを噴かせながら倒れる己の姿が浮かんでくる。

 

 

 バーテックスと戦った時でさえ、抱くこともなかった「死への恐怖」が夏凜を踏みとどまらせていた。

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

 歯ぎしりをして、悔やむ夏凜を気にすることなく、姑獲鳥の大太刀は何度も精霊バリアを打ち据える。

 その度に大気が震えて、衝撃がバチバチとその肌を叩いた。

 

 

 考えろ、と夏凜は冷静に戦況を分析してこの状況を打破する方法を模索する。

 

 

 刀を投げるか。

 バーテックスを怯ませるほどの威力しかないものだが当たれば十分。しかし、自分でも見切れない剣捌きを持つ異形の前では意味は為さないだろう。叩き落されるのがオチだ。

 

 

 一か八か、思いっきり踏み込むか。

 勇者の身体能力をフルに稼働させた限界スピードで一撃を叩き込む。しかし、抜刀術とは本来カウンターのために存在する。いくらスピードを上げた夏凜でも敵の攻撃範囲に突っ込んでいくというのは無謀という物だろう。

 

 

(せめて、片手が使うことが出来れば)

 

 

 

 見切れない剣筋も、いずれ速さに慣れれば対応することが出来る。

 二刀を持つ夏凜は片手で攻撃を捌き、残る刀で敵を仕留めるイメージが出来ていた。

 

 

「なら……邪魔なのは」

 

 

 うっすらと、泥水のように淀んだ瞳が見据えたのは腕の中で震える子猫。

 しっかりと抱いていなければ零れ落ちてしまいそうなソレは夏凜の戦力を著しく低下させる明らかな枷。

 

 

 

――――この子猫さえ、いなければ。

 

 

 そんな考えがふと過って、夏凜は頭を振った。

 

 

「ばかッ、なに考えてんのよッ、ンなこと考えんなッ!!」

 

 

 自身を叱責し、震える子猫の身体を再度抱きしめる。

 幼い体毛の内から伝わる小さくとも、確かに感じ取られる鼓動と体温は確かに生命が呼吸し、生きている証。

 今にも壊れそうで、儚さを思わせるその存在は目の前の脅威に恐怖しながらも、身体を震わせながらも確かに生きたいと願っている。

 

 

 守る。絶対に守って見せる。

 それは夏凜が奮起するには充分な理由だ。

 

 

 妖怪の邪気に充てられて精神が安定しない?知った事か。

 

 

「こんなところで止まってられるか……」

 

 

 

 キツイ事なんて、今までたくさんあった。兄と比較される幼少の時代だけではない。

 

 

 ただ一つの椅子しかない勇者の座を競い合った訓練生時代。

 同世代の少女たちと研鑽を重ね、勇者の座をつかみ取った夏凜は一つの答えを見出した。

 

 

 この勇者の力は、ただ一人、自分だけが勝ち取ったものだ。

 

 

 数十人という実力のある勇者候補生の中には夏凜と同じように、「絶対に勇者になる」という強い意志を宿していた少女が居たのを覚えている。

 その少女は夏凜が勇者になった後、自分が選ばれなかったことで酷く錯乱したのだとか。勇者に対して、それほどの想いがあったのだ。

 

 

 競って、競って、競い合って、遂に手にしたその勇者の力は数多の候補生たちの想いの上に成り立っている。

 夏凜は勇者になることが出来なかった彼女たちの分まで、勇者として戦わなければならない。

 

 

 家族を見返すという手段であった「勇者」のはずなのにいつの間にか夏凜に芽生えた、それは確かな使命感だった。だからこそ、夏凜は止まらない。止まってはいけない。

 

 

「私は……勇者、三好夏凜ッ

 四国無双の実力を見せてやるわ、掛かってきなさいッ」

 

『――――!?』 

 

 

 自身に喝を入れる意味で放った大声に、相対していた姑獲鳥がびくんと反応した。 

 その目にもはや迷いはなく、刀を握る手には力が入り、脳内に響く邪な声を聞こえなくなっていた。

 

 

 明確な攻めの意思を感じ取った姑獲鳥は優勢であるにも関わらず、命を脅かす危機を感じ取る。

 今仕留めなければ、殺られるのはこちらの方だと判断したのだろう。刀を構える一方で、空いた片手を懐に突っ込むと再び髑髏を宙に放り投げた。

 

 

(来る……あの攻撃がッ)

 

 

 ふわり、とまるでボールをトスするかのような柔らかさで宙を舞う髑髏は敵の抜刀の予備動作。

 余計な動作に思えて、意識を髑髏に向けさせる陽動と隙を作り出す洗練された戦法。

 

 

 姑獲鳥の太刀筋を夏凜はまだ見切れていない。それでも、攻めることに不安を抱くことは無かった。

 負ければ奪われてしまうから。

 負けければ失ってしまうから。

 負ければ守れなくなってしまうから。

 

 

 でも夏凜は勇者だから。

 戦って、勝って、守る勇者だから。

 

 

 

『ニボシィ!その髑髏だァ!!』

 

 

「――――!!」

 

 

 突如聞こえたイッスンの声は、まさに救いの声だったことだろう。

 彼の言葉の意図を直感で理解した夏凜はいまだ宙を舞う髑髏に向けて刀の投擲を見舞った。

 

 

『グエッ!?』

 

 

 ガギッ、と刀身が髑髏に突き刺さり、粉々に砕け散った瞬間、姑獲鳥の動きが止まった。

 

 

「でかしたイッスン!」

 

 

 夏凜は踏み出した。小柄な体を一層低くし、陸上競技の短距離選手を凌駕するスピードに達した夏凜は身に余るその勢いを利用して刀を振るう。

 対して姑獲鳥は先の髑髏の粉砕に気を取られたのか、刀を抜くが完全に出遅れてしまっていた。

 

 

 二つの剣筋が交錯することはなく、夏凜の振りぬいた刀は姑獲鳥の身体を真っ二つに切り裂き、分かれた和服の異形が地面に倒れ込む。

 姑獲鳥は奇妙な呻き声と共に大きく手を空へと伸ばすとがたがたと震わせて、力を失ったかのように動きを止めて、やがて力尽きたのだった。

 

 

「や……やった?」

 

『やるじゃねぇか、ニボシィ!』

 

 

 先ほどの声の主、イッスンがアマテラスの頭から飛び降りて夏凜の肩へと飛び乗る。

 淡く翠色の光を宿す彼が肩の上でピョンピョンと跳ねていた。

 

 

『あの妖怪は姑獲鳥っつー妖怪でよォ、オイラ達のいたナカツクニの妖怪だィ。

 アイツから放たれる居合はやたらと早くてよォ、オイラ達も投げられた髑髏狙ってはビビったコイツをよくぶっ倒してたもんだぜェ……ってどうしたニボシ?』

 

 

 話の途中、夏凜は疲労感から座り込んだ。

 そのまま大の字になって地面に背中を付けるようにして倒れ込む。

 大きく鼻から空気を吸い込んで――――、

 

 

「疲れたぁ……」

 

 

 そう呟いた。

 

 

『なんだィ、三日三晩荒野を彷徨った後みたいな顔しやがってェ。鍛え方が足りないんじゃねェか―――――』

 

 

 極度の緊張状態から解放された蓄積された疲労の顔を見て、そう形容するイッスンは次の言葉を発する事が無く、彼からすれば謎の猫がイッスンの小さな体を咥え込んでいた。

 

 

『お、おいコラ!この猫ォ!オイラを咥えんなァ!』

 

『ミィ?』

 

『ミィ、じゃ、ねェ!!こ、コイツ!オイラをゴキブリか何かと勘違いしてんじゃねェかァ!?』

 

 

「あーもう、五月蠅い奴よね……ふふ」

 

 

 脅威が去り、恐怖から解放された子猫は口に咥えたイッスンを右へ左へとブンブン振り回す。

 その度にイッスンが発する言葉がとぎれとぎれで聞こえてくるのだ。平和な光景は思わず夏凜の頬を緩めさせた。

 

 

『わら、って、ねぇ、でェ、助けろってん、だァ!』

 

「だって、今のアンタってば可笑しくて……くふふ!」

 

 

 

 猫に弄ばれるイッスンを眺めて笑いこける夏凜がいる一方で、アマテラスは倒された妖怪・姑獲鳥の肉体に触れることで眩い光を放ち、その亡骸を小さな花へと変えさせる。

 妖怪という邪気を孕んだ存在から、不思議な力で浄化されたかのようだった。

 

 

「綺麗ね……」

 

 

 透き通るような翠の光が天へと伸びていく光景を見て、夏凜は自身の心までもが洗われるような気分になった。

 先ほどまでの鬱屈した気持ちが嘘のようだ、と少しだけ空との距離を近くした塔の上で気流に乗って流れていく雲とそこから垣間見える青い空を見て、そう思う。

 

 

 その様子を見たイッスンが尋ねる。

 

 

『ニボシィ、さっきよりイイ顔してんじゃねェか』

 

「そうかしら」

 

『ああ、憑き物が落ちたみたいだぜェ』

 

「そうかもね」

 

 

 空を見つめて、夏凜は呟く。

 

 

「私……弱くなったのかなぁ」

 

『なんでそう思うんだィ』

 

 

「仮にもアンタが言う、妖怪の妖気のせいでおかしくなってたとしても、今までの私だったら敵を前にしたら問答無用で斬りかかって殲滅しようとしていたはずなのに……それが出来なかった」

 

 

 戦いを振り返った夏凜は以前の自分なら即座に攻撃の糸口を見つけて、戦果をあげるために、実力を証明するために迷わずケガ一つ負う覚悟で斬りかかっていた事だろう。

 だが、子猫を抱き、被害が及ぶことを恐れて、敵の攻撃に怯み、前に進むことが出来なかった。

 

 

 訓練生時代に磨いてきた獰猛さが、常に抱いていた攻めの姿勢が、ここ最近、夏凜の中から消えつつある。

 これが「弱くなる」、というか、「甘くなる」、という事なのだろうか。

 

「これじゃ昔の奴らにも笑われちゃうわ……勇者失格ね」

 

『そいつァ違うんじゃねェか、ニボシよォ』

 

 

 夏凜の言葉を、猫に咥えられたままのイッスンが否定する。

 

 

『お前は妖怪に苦戦してたかもしれねェが……それはお前がこの猫を必死に守ろうとしたからじゃねェのかァ?』

 

「それは……」

 

 

『必死に生きようとしているその猫を“助けたい”って思ったからこそ、“守りたい”って思ったから無茶な戦いはしない立ち回りをしたんだ』

 

 

 夏凜は戦う中で気づいていない。

 片手で猫を抱くときは敵側に晒さずに半身になっていたことを。

 精霊バリア越しに伝わる衝撃を少しでも和らげようと、夏凜自身の身体を屈ませて猫の盾になっていたことを。

 

 

 それは、塔の頂上に辿り着いたイッスン達が目の当たりにした夏凜の戦い方を見て、悟った真実だった。

 

『オイラは思うんだがよォ、“勇者”っていうのは“戦う為”に存在するんじゃなくて、“生きとし生ける者全ての為”にいるんだと思うんだィ』

 

「生きとし生けるもの……」

 

『人のため、なんてずっとやってたら、我儘な人間の言うことを聞くだけのキカイみたいになっちまうじゃねェか。

 コイツみたいな、小さくても必死に生きようとする命もその手で救うってのも大事なんだよ……アマ公だってそうだぜ?コイツ、そこらへんで困ってるジジイやらガキが困ってたら旅そっちのけで手伝うし、腹空かしてる犬が居たら手持ちの食糧まで渡すしよォ』

 

 

 ただ一つだけ言えること、とイッスンは言う。

 

 

『お前は誰よりも今日、“勇者”だったんだィ。それだけは間違いねェ』

 

 

 迷いを振り払うとは簡単なことではない。

 一度は何か別の言葉に従い、助けようとした命を蔑ろにしようとしたかもしれない。

 妖怪の妖気というのは簡単に人を操り人形に変え、その意志を捻じ曲げようとする。

 しかし、夏凜はそれに屈することは無かった。

 

 

 まるで大妖怪・ヤマタノオロチの闇の誘いに乗らず、クシナダを救うために命を懸けて戦い、ヤマタノオロチを打倒した大剣士・スサノオのように。

 

 運命を跳ね除けた勇敢な剣士に酷似した強さを、イッスンは夏凜から感じた。

 イッスンの言葉に夏凜は小さく頷く。

 

 

「……そっか」

 

 

 ずっと、戦って敵を殲滅することがすべてだった。

 ずっと、戦果を挙げて誰かを見返すことがすべてだった。

 

 

 家族との溝から生まれた自分を認めて欲しいという承認欲求と逆境を跳ね除けようとするバネを胸に生きてきた。

 

 

 自分の為にと考えていた夏凜が、いつの間にか他者を優先するようになっていた。

 その背景には、夏凜が強引に入部させられることになった勇者部の存在が大きいのだろう。

 

 

 表と裏の世界でも勇んで他者の為に奉仕をする夏凜にとってはどうしようもない、『お人よし』達。

 最初はほんわかした雰囲気が好きではなかった夏凜も、活動を続け、他の勇者部部員と触れ合う事で次第に影響されるようになっていっているのだ。

 

 

 

 僅かな変化だからこそ実感することは難しい。

 だが、そのむずむずするような、簡単に言えば照れるような胸の奥に湧いている気持ちは夏凜にとっては悪いものではなかった。

 

 

『それに、そーやって大事そうに猫を抱きしめてンだィ。猫を蔑ろにしようだなんて考えるはずがねェぜ』

 

「なッ!?こらぁ!イッスゥゥウン!!」

 

 

 いつの間にか頬擦り擦る程に子猫を抱きしめていた夏凜はイッスンの言葉に思わず動きを止める。

 小さくて表情を把握することが難しいイッスンだが、この時は確実にニヤニヤしているに違いないと思った夏凜だった。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 突如として猫鳴りの塔上空の一部分が夜を浮かばせたのは。

 

 

 空間が歪んだように現れた夜にはただそこにあるように。そこには明るく点を灯して輝く星々が水平線に横たわる星河のように映っていた。

 

 

 最初にアマテラスが気付いて、続けてイッスンと夏凜が見上げる。

 

『こ、コイツはァもしかして……』

 

「筆しらべが出てくるときのヤツ!?」

 

 

 筆しらべ復活の前兆。

 猫鳴りの塔が天に一番近い場所にあるからか、いままで見てきた夜の中でも一際星が輝いて見えた。

 

 

 そしてアマテラスは本能の従うままに、夜空へ向けて咆哮を放つ。

 

 

 『そこにあれば成り立つであろう』と思われる星の集合体を見つめ、足りないパズルのピースを合わせるように自らの神力を注ぎ込み一つの星座を作り出す。

 埋められた星が紡ぐその星座線が眩い光を溢れさせると、背後の夜景と本来の青空、アマテラスがいる空間も包み込んでいった。

 

 

 封印が解かれたとでも言うのだろうか。

 力が満たされたとでも言うのだろうか。

 弾けた光から飛び出してきたの大きく四肢を持つ獣であり、その姿はまさしく――――、

 

 

 

 

 

 猫であった。しかもただの猫ではない。

 魚の彫刻が乗っている衝立に張り付いた猫である。

 

 

 アマテラスのような赤い紋様が身体に走っているその姿には神性さを感じさせた。

 

『シャッ』

 

 

 猫は衝立から飛び上がる。衝立は揺れて倒れることもなくその場に張り付いているかのように存在し続けていた。

 宙を駆け、こちらに向かってくる猫に違和感を覚えたのはイッスンだった。

 

 

『アレェ!?なんかデジャヴ――――』

 

 

 

 白猫はイッスンを素早く口に咥えると、身体を屈めてはバネのように跳ね上がった。

 アマテラスと夏凜を大きく飛び越えて、地面に着地した猫はイッスンを地へ転がすと顔だけをアマテラスに向けて何食わぬ顔で見つめる。

 

 

 

『……』

 

『……』

 

 

 犬と猫。種別が違えど、意思というものは通じるものがあったのか。二匹は地面を転がったイッスンの使い道を理解した。そして――――、

 

 

 

 白猫がイッスンを前足で前方へと蹴りだしたのを機に、アマテラスもその猫を追いかけるように駆けだしたのだった。

 

 

 

 猫とアマテラスが並走したかと思えば、猫がアマテラスの足元に向けてイッスンを蹴り、アマテラスが足元にイッスンを納めると、今度はアマテラスから猫へイッスンを蹴り送る。まるでサッカーのドリブルのようだった。

 

 

 土煙を上げながら猫に蹴られて転がるイッスンは堪ったものではないだろう。彼の意識の有無が危ぶまれる。

 しかしながら、和気藹々とイッスンを蹴り込みながら異空間を駆ける二匹の周りには何故か瑞々しい夏場の草原を幻視した。

 

 

「私疲れてんのかなぁ……」

 

 

 お前ら何やってんだ、というよりも。

 犬と猫が妖精をボールにしてサッカーをするという事象。目の前で起きている奇想天外な光景を見ていた夏凜は自身の目を何度か擦るのであった。

 

 

 

 それからどれくらい時間が経ったのか、白猫はアマテラス前に、衝立へと張り付いたまま語りだす。

 

 

『おお、我が慈母・アマテラス大神……邪気渦巻く塵界を憂い我天空を望むこの空に身を寄せ――――

 遥か下の世界を見下ろし侍りぬ』

 

 

 アマテラスとイッスンに挟まれるようにその場で倒れ込んでいるイッスンが頭上で星を回している事にも気を留めない。

 多分気にしたら負けなんだろうか、夏凜はその絵面がやたらとシュールであった。

 

 

 

『再び我が力必要とあらばこの“壁神”――――

 御前に天駆ける希望の橋を架け奉らん!』

 

 

 そう言い放った壁神は光輝くとその身を文字の『壁』へと変えて、ゆらゆらと浮遊しながらアマテラスの身体の中へ溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に夜はそこになく、海の色の元となる青の色と綿のような白い雲が広がるいつもの四国の空があった。

 

 

『お……お前ら、またオイラに何をしやがったァ……!?』

 

 

 気絶から目を覚ましたイッスンが頭を振ってはむくり、とその身体を起こす。

 相棒と謎の猫にサッカーボールにされた記憶は消えてしまっているのだろうか、と夏凜は思ったが言わない方が彼の為だと思い敢えて流した。

 

 

『と、とにかよォ……今のは十三分神の一人――――筆業・“壁足”の力を司る壁神サマだァ!

 コイツがあれば今までジャンプしても届かなかったところも、本来なら歩けない壁だって登ることも自由自在だァ!』

 

 

「な、なにソレ!?ここまで塔を登ってきたような不思議な力を自由に使えるようになったっていうの!?」

 

 

『おうよォ!アマ公、試しに壁に壁神サマの紋所を――――』

 

 

 何かを言いかけて、イッスンの言葉が止まった。

 

 

「どうしたの?」

 

『そうだァ、壁神サマの紋所は猫の彫像がある場所じゃないとその力を出せねぇんだった……』

 

「えぇ……なにその序盤の“ひでんわざ”みたいな力。ゲームで道を塞ぐ木を切るための技みたいな、岩を動かしてどかすみたいな……使える場所がかなり限られるじゃないの」

 

『う、うるせえ!い、一応神サマなんだィ!そんな言い方すんなよォ!お前もなんか言ってやれアマ公……って』

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 いつの間にか傍に居ないアマテラスを探し、見上げてイッスンと夏凜は叫んだ。

 

 

『壁に張り付いてるゥ―――――!?』

「壁に張り付いてるゥ―――――!?」

 

 

 

『アウ?』

 

 

 同調した二つの叫びを他所にアマテラスは壁に四足を張り付かせたまま顔だけを傾げている。

 よく見れば、壁の上から地面に掛けて猫の肉球の模様と光る道筋が筆が走ったかのように描かれていた。

 

 

 その光の道の上にアマテラスが佇んでいる。

 壁神の力である壁足が顕現していた。

 

 

『ま、まさかよォ――――

 この世界では“猫の像が無くても”、壁足の力を壁に宿せるっていうのかァ!?コイツはスゲェぜ!』

 

 

 本来のナカツクニで得た壁神の力を使うには猫の像を起点にしなければならず、それ以外では壁を登る手段は無かった。

 だが、この四国の世界では猫の像が存在しなくても『壁』であればその力を宿せる。

 それがどこまでの範囲なのか見当がつかないが、後で試す価値はあるだろう。

 

 

 

 これで新たな筆しらべが加わり、アマテラス自身のを咥えると四国に散ったとされる十三の筆しらべは五つとなった。

 残る八つの筆しらべは何処へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっハロー、元気にしてたかなぁアマテラス君にゴムマリ君?久しぶりだねぇ」

 

 

 物語を締めようとする矢先に、そいつは笛の音と共にやって来る。

 陰陽師のような和服と頭に烏天狗の被り物と、そこから扇情に広がる長髪を思わせる白の布は装飾であり、被り物の下からは僅かな金の髪が見て取れる。

 声を聴かなければ、所見は大抵美しい女性と思うのではないだろうか。

 

 

 自称・『人倫の伝道師』ことウシワカが猫鳴りの塔を後にしようとするアマテラス達の前に現れたのだった。

 

 

『ま、また出やがったなぁこのキザ野郎めェ!』

 

「つれないなぁ、力を取り戻したっぽいからせっかく祝おうと思ってたのに……ウシワカ、ちょっとショック」

 

 

『て、テメェ……!!』

 

 

 イラっ、とイッスンの額に血管が浮かぶ。以前から事あるごとに茶化す男だったからある程度耐性がついてきたかなと思っていたイッスンだったが、それはどうやら慢心だったようだ。

 今この瞬間、愛刀・電光丸で斬りたいという衝動を何とか刀の柄を震わせながら握るだけで留めている。

 

 

「ま、それはそうとして、だ」

 

 

 

 ふわ、とアマテラス達を見下ろしていた猫像の上から飛ぶと、被り物の長い装飾が広がり、空気抵抗で膨らんだ装飾を利用してムササビのように滑空する。そのままアマテラスと同じ地面へと降り立った。

 

 

「アンタ、前に東郷を助けた……」

 

「ん?あぁ、ユーは三好夏凜、だったね。ノッブの妹の」

 

「!! ……兄貴を知ってるの?」

 

 

「同じ職場で働いているからね、知っているよ。もちろん、ユーの事も聞いているよ」

 

「兄貴は……その、なにか、私のことで言ってたり……」

 

「ん?」

 

「い、いや……なんでもないわ」

 

 

「そうかい?別に色々とクエスチョンしてもらっても構わないんだが……それより、だ」

 

 

 会話を途中で区切った夏凜に違和感を覚え、首を小さく傾げるウシワカ。

 その瞳は夏凜の顔色を見て、少しばかり怪訝な表情になると懐から小さな瓶を取り出して夏凜へ手渡した。

 

 

「なによコレ?」

 

「三好シスターの夏凜君、ここ最近不調だったんじゃないかい?今のユーは身体が妖気で汚染されているよ。

これは妖気を祓うための仙薬だ……飲んでしっかり休養したまえ。効果は保証する」

 

「ど、どうも……うっわ、なんかドロドロした青汁みたいな濃い色してるんだけど……苦そうね」

 

「ニボシテイストだよ」

 

「なら安心ね」

 

『お前、ニボシならなんでもアリかィ。つーかニボシ味ってなんだよォ、魚粉でも混ぜてんのかァ?』

 

「細かい詮索はナッシングだよ、ゴムマリ君」

 

 

 ドロドロとした得体の知らない液体がニボシ味だと安堵する夏凜。

 普通の人はまず手に取る事すらも戸惑うが彼女の場合はニボシならなんでも受け入れてしまいそうだ。

 

 

「だからお前は何しにきたんだィ、用件を言え用件を」

 

「ふむ、そういえばそうだったね。実は明日辺りにアマテラス君に来てもらいたい場所があってね」

 

 

 女性の髪を掻き上げるように被り物の装飾を揺らしてウシワカは言う。

 

 

 

「ミーのフレンドがとても会いたがっているんだ。ぜひユーをプロデュースさせてくれよ。あ、ゴムマリ君は別に無理して付いてこなくてもいいからね?」

 

 

『んだとォ!?美森ちゃんを助けてくれたからオイラ達は何も言えねぇが、最終的に手伝うか決めるのはアマ公なんだからなァ!?アマ公!こんなキザ野郎のお願い、聞く訳ねェよなァ!?』

 

 

『……』

 

 

 

 

―――――ウシワカのお願いを……

 

 

  聞く    聞かない

 

 

 

 

 

 

 

▶聞く    聞かない

 

 

 

 

 

『そうそう……こんな野郎の手伝いなんてまっぴらゴメン――――――って、なにィ!?』

 

 

「そうかい!ユーならきっとオーケーしてくれるって信じてたよ!それじゃあ場所はいつものように、キミたちのもっている地図に勝手に印をつけとくね」

 

 

『あーッ! こら、テメェまた勝手に人の地図に印付けやがってェッ!』

 

 

 アマテラスの頭部で飛び跳ねながら怒りを露にするイッスンを無視してウシワカはその場から飛び上がった。

 被り物の長い装飾が羽のように広がると、突如吹いた風に乗ってふわりと浮いて先ほどまでアマテラス達を見下ろしていた猫の像へと着地する。

 

 

 その手には先ほどまで夏凜の傍にいた子猫を抱いて。

 

 

「この猫はミーの系列の動物病院で預からせてもらうよ。夏凜君、安心したまえ大赦系列の動物病院さ。それじゃあアマテラス君待ってるよ……アデュー!」

 

『ニャー』

 

 

 元気そうに手を振り、まるで「じゃあね」と猫が鳴いたのを最後にウシワカは四国の空へ飛び出し、瞬く間に姿を消していった。

 塔の最上階にて残った夏凜がポツリと呟く。

 

 

「あんたの友達、変なのばっかりね」

 

『アウ?』

 

 

 そう答えるアマテラスはどこか恍けた様子で首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 かくして、不思議な猫の鳴き声が聞こえる猫鳴りの塔の頂上で待っていたのは――――

 アマテラスの持つ筆しらべ、壁神だったのじゃった。

 夏凜が守っていた子猫は壁神の遣いで、アマテラスが現れるまでその場所でずっと守護しておったのじゃった。

 

 

 また一つ自身の力を取り戻したアマテラスは――――、

 再び現れたウシワカのお願いを聞き、彼が地図で示した場所へと次の翌朝には向かうのじゃったが。

 

 

 イッスンは辿り着いた場所で、ウシワカが口にしていた『無理して付いてこなくていい』という言葉の真意を知ることになるとは……この時は思いもしなかったのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

 

「♪~♪先生のお友達、早く来ないかな~。ねぇ、セバスチャン」

 

 大赦の病院のベッドの上では包帯に身を包んだ一人の少女が鼻歌を歌い、烏天狗の精霊に語り掛けながら。

 少女は親しみのある師であり、先生である人の「友達」を待ち続けるのであった。

 

 

 

 




アンケートは僅差で園子様の勝利。次回は園子様のところへ訪問します。
猫神サマの力は戦闘でも使えるように猫の彫像がなくても使えるようにしました。



壁足
・アマテラスの失われた力の一つ。壁などの普段は登れないような場所に猫の彫像から筆を走らせ、壁足の軌跡を描くことでアマテラスが一時的に壁などに貼り付けるようになる。
ゆゆゆ世界のみ、彫像なしで力を使用できる。


仙薬
・人の身体に溜まった妖気、穢れなどの「良くないもの」を祓う薬。過去に穢れが原因で起きてしまった悲劇を二度と起こさせないようにウシワカが完成させた。
穢れの原因を別方法で解決したので、今となっては無用の長物。



アマテラスの家庭訪問。誰の家にいく?

  • 結城さん家
  • 東郷さん家
  • 犬吠埼さん家
  • 三好さん家の花凛
  • 乃木さん家(病院)
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