結城友奈は勇者である~勇者と大神と妖怪絵巻~   作:バロックス(駄犬

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休暇期間に書き溜めると言っておきながら、このお話だけで終わってしまった……だらしない作者で済まない。

誤字報告、ありがとうございます!


其ノ十二、乃木園子と夜桜

『うっひゃー、“病院”ってのはこんなにデッケェ建物なのかィ?オイラたちのいた世界のナカツクニじゃ考えられねぇなァ』

 

 

 先日、ウシワカに言われたとおりの場所へとやって来たアマテラスとイッスンは大赦系列の病院その入り口を前に佇む。

 ケガしたり、病気になった人々を治療するための建物の大きさは自分たちが居た世界の医療施設よりもはるかに大きい。

 

 

 村など、小さな集落の場合は医者などは居ても小さな平屋で治療が行われる。ナカツクニの栄えた場所なら大きな部屋で治療を行えたりもするが、一度に収容できる人数と医薬品、患者の世話をする看護師や医者の数においては圧倒的にこの世界の医療が進んでいることを証明していた。

 

 

 

「ハロー、アマテラス君……って、なんだゴムマリ君も来たのか」

 

「あったり前だィ。テメェに指図される覚えなんてこっちはねェんだからよォ」

 

 

 玄関先で風のように突如として表れたウシワカがアマテラスの頭部に乗るイッスンを見てワザとらしくため息をついている。

 自身をお呼びじゃない客と称されたイッスンの顔がみるみる赤くなると怒りを露にして飛び跳ね始めた。

 

 

『……アゥ』

 

 

「おっとソーリーソーリー、こんなところでオイルをセールしてる(油を売っている)場合じゃなかったね。付いてきたまえ、大赦のスタッフには許可をもらってあるからこのまま正面から入ってきてもオーケーだよ」

 

 

 今にも喧嘩が勃発しそうな両者の間にアマテラスの大欠伸が割って入る。無駄な時間を割くだけの喧嘩を行うことなどナンセンスだと気づいたウシワカは本来の目的を思い出し、アマテラス達を病院の中へ案内する。

 

 病院の中は不思議な事に人が少なかった。

 受付の場所にいる看護婦や、清掃員と最低限の人だけで患者の姿などはどこにも見当たらない。

 

 

「ユーたちが入るこの時間帯だけは患者は病室に、医師や看護師は病室に籠ってもらっている。事前に大赦を通して連絡していたからね」

 

 

 病院という場所に犬が入ってくることはあまり好ましくない、と言われればそれまでだが彼の所属する組織の圧力を使ってまでの人払いはやり過ぎているような気もする。

 

 

「ま、これでも大赦の中じゃそれなりの地位にいるもんでねぇ」

 

 

 自慢げに語るウシワカに引き連れられたアマテラス達は病院の奥へ奥へと進んでいく。

 次第に電灯が目立つほどに薄暗くなっていき、何故か階段ではなくエレベーターを利用して地上より遥か下の地下へと移動していく。

 

 完全に灯りがなければ見えなくなるくらいの薄暗さを持った場所に来たことでイッスンはようやく事の異常さに気付いた。普通の人が病院で治療を受けるのにこんな人気のない地下まで連れていかれるだろうか。

 

 イッスンは二つの予想を立てた。これから自分たちが出会うであろう人物について。 

 一つ目は、あまりにも大きな病か怪我をしたことで集中的に治療するために隔離されている事。

 二つ目は、社会的にも大きな権力を持っていて、大赦的に特別な待遇を受けているほどの人物だという事。

 

 

 イッスンは二つ目の、大きな権力を持つ人物だと想像した。

いつの時代も、偉い人間に限り大きな屋敷や大きな部屋を与えられる。それは元居た世界のナカツクニでも同じことだった。

 

 

「お願いがあるんだ」

 

 

 病院に入って10分程経ち、ようやくたどり着いた扉の前でウシワカが立ち止まった。

 

 

「できれば、いつものユーたちのまま接してあげて欲しい」

 

『アン?どういうことだィ?』

 

「そのままの意味だ。ナカツクニでユーたちが旅の途中に人々と語り合うように、ミーとアマテラス君がイチャイチャしてたかのように、ミーとゴムマリ君で繰り広げていた馬鹿らしい喧嘩のように」

 

 

『馬鹿ってなんだィ、馬鹿ってェ!』

 

「そうそう、そんな感じ。扉の向こうの子の独特のテンションに呑まれないようにね……じゃ、開けるよ」

 

 

 ウシワカはどこか安心したような顔で扉の取っ手に手を掛け、静かに開けると――――、

 

 

 

 

 

「HEY!先生ェお帰りィ!園子は今日も元気だぜェェェ!!」

 

 

 勢いのある奇声を発する金髪少女がベッドの上に居た。

 

 勇者、乃木園子。

 神に見初められた無垢な少女との出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い寝室がある。

 淡い照明の光の下、周囲を木の柵で囲んだベッドの上で少女は歓喜の声を上げていた。

 壁一面に貼り付けられた人型の紙が奇妙な雰囲気を演出する。

 

 

 そんな普通の人が見れば、異様としか言えない部屋の雰囲気を払拭するように明るい声が響く。

 

 

 

「うわぁ!先生見て見て!小人、小人だよ~私生まれて小人なんて初めて見たんよ!」

 

「HAHA、園子君。これは小人なんかじゃないよ、そんな大したものじゃない……ゴムマリ君だ」

 

『ど、どっちでもねェ!こ、この烏野郎、オイラを早く降ろせってんだァ ぶった切るぞォ!』

 

『……』

 

 

 きゃっきゃと、まるで動物園で珍しいものを見たかのような瞳の園子。 

 そしてイッスンは謎の法衣を纏った鳥のような生物の嘴に咥えられていた。

 

 

 セバスチャン……もとい、園子の精霊、烏天狗である。

 

 

 空中で足をブンブンと振って逃れようと暴れるイッスンだが、鳥は微動だにしない。

 やがて鳥はイッスンの忠告を素直に聞いたのか、興味が失せたのか予告も無しに彼を手放した。

 あたふたと落下するイッスンだが、真下は柔らかな少女の膝の上だ。ぽむ、と弾んで事なきを得る。

 

 

 園子と呼ばれる少女は首だけを動かしては膝上にいるイッスンへ笑いかけていた。

 

 

「ほほーう、ゴム太郎は全国を旅する絵師さんなんだね~」

 

『そうそう、オイラが神の威光を世に知らしめる天道太子……あん?ゴム太郎?』

 

「親しみやすいあだ名を作ったんよ。先生からはゴムマリ君って聞いてたから、ゴム太郎なんよ~」

 

『ウシワカァ!変な名前を教えんなァ!』

 

「フフフ……ユーのネームをロクにコールしたことがなかったらね。暫く顔も見せてなかったし、ほんとに忘れちゃったんだ☆ フルネームは“イッシャク”だったかな?」

 

『それはオイラのジジイの名前だァ!オイラは天道太子・イッスン様だィ!』

 

「ええ~ゴム太郎じゃないの~?」

 

『違う違う、なんで残念そうなんだよ……いいだろォ、イッスンで』

 

「ダメなんよ~イッスンだとこれから先、呼びにくくなるかもしれないんよ~」

 

『ええ……』

 

「分かったんよ!じゃあ間をとって、ここは“イっちゃん”!」

 

 

 一体、ゴム太郎とイッスンの間のどこに妥協点を見つけたのだろう。

 名前一つを呼ぶだけで、園子という少女は目を湿らせてイッスンを見つめる。

 乃木園子という少女はファーストコンタクトからやたらとハイテンションで活発な印象が強かった。

 

 

 

『ん、んでよォ……園子ちゃん、だっけェ?精霊がいるってことはよォ、園子ちゃんも勇者ってことなのかァ?』

 

「そうなんよ~、二年前は大橋の方で勇者やってました~乃木園子だゼッ!」

 

 ほんわかした緩み切った顔から180くらいテンションを切り替えていく様にはイッスンは困惑せざるを得なかった。

 悪い事ではない、悪い事ではないのだがあまりにも自由すぎる。フリーダム園子だ。

 

 

 隣に居たウシワカがコホンと小さく咳をして、

 

 

「彼女はバーテックスとの戦いで大けがをしてしまってね……今は身体を動かすのも困難な状態なんだ。戦線離脱して、今は治療に専念してもらっている」

 

 

 園子の身体にはいたるところに包帯が巻かれている。

 顔は左目を残して全体を覆うように。

 首や両の腕には隙間なく。

 布団を掛けているため分からないがこの状態だと恐らく両足もそうなのだろう。

 

 

 人類を未知の敵、バーテックスから守護する勇者、その御役目の危険さをイッスンは園子の姿から感じ取った。

 

 

『痛くねェのか?』

 

「うーんとね、ケガの痛みはない、かなぁ。でも書いてる小説の更新が出来ないのはちょっと退屈なんよ」

 

 

 けろっとした顔で園子は言う。

 傍から見れば爆撃でも受けたのではないかと思われるほどの重傷具合。痛くないはずがない。

 無理をしているのではないかと園子の身を案じたが、その様子は身体を動かせないという点だけを除けば健康体そのものだった。

 

 

 病は気から、ともいう。

 きっと園子は平然な顔をしているが、その言葉を意識して、強い心を維持しているのかもしれない。

 頑張り屋さんだ、応援しなければとイッスンは思った。

 

 

『……』

 

「アマ公、こっちおいで~」

 

『コイツの呼び名はアマ公かィ』

 

 

 ただ一匹、床に座りながらじーっと園子を見つめていたアマテラスは彼女の呼びかけに応じると、ベッドの上に乗った。

 ベッドが余分に大きかったためか、園子の脇部分には人一人分が入れるくらいのスペースが出来ている。

 園子の身体を踏まないように細心の注意を払いながら、アマテラスはその隙間へ納まった。

 

 

「ごめんね~、私手が動かせないから撫でられないんだ~」

 

 

 数ミリも動かすことが出来ない自分の身体がアマテラスを撫でることが出来ないことを謝る園子。

 だがアマテラスは悲しみからくる作り笑いを浮かべる彼女に対して更に近づいて、身を寄せる。

 

 園子の胸部分に身体を軽く乗せると、首から頬に掛けてアマテラスは自らの頬を擦りつける。

 ふわりとした毛並みの感触が包帯越しの首筋と、顔にある肌の部分が触れて園子の顔が一層緩んだ。

 

 

「ふわぁ……柔らかいねアマ公~、ありがとう~」

 

『アウ!』

 

「あはは!く、くすぐったいんよ~」

 

 

 頬を擦りつけたら、今度は肌部分を舌でぺろぺろと舐め始める。

 くすぐったいよ、と言う園子であったが顔には先ほどとは違う笑みがあった。

 

 

「さて、園子君。今日は彼らに話したいことがあったんじゃないかい?」

 

「あー!そうだったよー」

 

 

 アマテラスの唾液に塗れた園子の顔をウシワカが湿ったタオルで拭う。

 可能な範囲の園子の世話をするのも彼の役目らしい。

 

 

「知りたいでしょ~、最近復活したっていうヤマタノオロチサンのことだよ~」

 

『あんな恐ろしい大妖怪をどこぞの親戚みたいな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園子の口から語られたのはこの世界に突如として表れたヤマタノオロチの情報だった。

 

 

 山奥の祠にてヤマタノオロチの封印が解かれてしまったのだという事。

 復活と同時に各地方の妖怪の動きが活発になり始め、人里にも表れ始めたという事だ。

 

 

 そしてヤマタノオロチが復活した影響で、この地域の霊脈へと妖気が流れ込んだらしい。

 霊脈は、この世界を守護する神樹と直結しており、勇者システムに影響が出たという。

 

 

 精霊の暴走。

 勇者をサポートする精霊は、伝承にて存在していた妖怪などをベースに作られている。

 それが今回、ヤマタノオロチの妖気に充てられて妖怪としての本能を取り戻してしまった。

 過去に犬吠崎風の精霊、犬神が妖怪化していたのもそれが原因だった。

 

 

「本来ならバーテックスが来た時しか展開されない樹海化が妖怪が出てきたときに発動するのも、神樹様がバーテックスと同等の脅威として判断したからなんだよ。

 

 精霊の元になった妖怪には強力な妖怪も多いし、もし現実の世界で暴れられちゃったら大変なことになるから」

 

 

 園子は続ける。

 

 

「かつて災厄をもたらした大妖怪が復活し、同じことを繰り返そうとしている――――大赦の人はそう言っていた」

 

 

 

 

 

 

 大赦曰く、この世界が神世紀と名乗る300年前―――――旧世紀と呼ばれる時代にヤマタノオロチは存在していた。

 妖怪たちを操り、四国を闇にもたらそうと暴れまわっていたらしい。

 

 

 そのヤマタノオロチも元々は壁の向こう側からやって来た存在で、バーテックスと同様突如現れたというのだ。

 

 

『さ、300年も昔ィ!? し、信じられねェ……!

 そんな遥か昔からこの世界にナカツクニの妖怪たちが存在してたってのかァ!?――――いや、ちょっと待てよ、

 壁の外は生物が生きていけないほどのウィルスで充満してるってのがオイラの聞いた話だィ。

 

 でも、妖怪たちは四国の壁の外から来たんだろォ?

 なんでそんな場所から現れたんだィ、おかしくねェかァ!?』

 

 

「……」

 

「……」

 

『な、なんだィ二人して黙り込んじまってェ』

 

 

 何か返答に困る事を口走っただろうか、とイッスンが戸惑っているとウシワカが口を開いた。

 

「……さぁ、何でなのかなぁ」

 

『テメェ、何か知ってるだろ』

 

「一つだけ言えるのは……ユーが思っているほど、この世界に起きつつある出来事はあまり良くない、ということだよ」

 

『ンな事ぁ言われなくても分かってんだィ!オロチの野郎が蘇ってんのも、妖怪がいるってこともなァ!』

 

 

 まーたいつものはぐらかしかィ。

 そう言って、イッスンはアマテラスの頭に飛び乗ると、むすっとした顔で座り込んだのだった。

 

 

 ウシワカがこうやって話を隠そうとするときは、いつだって誰よりも先に真実へと到達している時だ。

 

 

 ウシワカはかつて言っていた。

 “この世界の成り立ちを知っている”、と。

 

 

 アマテラスとウシワカの存在、妖怪の出現とこの世界の謎もこの男ならばすべて理解している。

 しかし、ここで無理に問いただそうとしてもウシワカは決して語ることは無いだろう。

 それがいま必要か?

 まだ時ではない、と言われて逸らされるのは目に見えていた。

 いつだってウシワカはイッスンやアマテラス達が自力で真実に辿り着くまでには明かさないつもりなのだ。

 

 

 ならば必ず相棒と共に真実に辿り着いて見せる、そう決意したイッスンだった。

 

 

 

「あ、そうだそうだ。ねぇねぇイっちゃん」

 

『なんだィ園子ちゃんよォ』

 

 

 園子が何やら熱い眼差しでこちらの方を見ている。

 

 

「えーっとね、アマ公って不思議な技がつかえるんでしょ~?話に聞いてるよ~」

 

 

 園子は現在の勇者達の戦いの情報を大赦を通して耳にしている。

 その中では怪しげな術を使う犬がいるということも。

 

 

「神様……なんだよねぇ~?」

 

『オウよ、コイツぁ普段はこんな冴えねぇツラァしてるが――――やる時はやる大神サマだィ!』

 

「それじゃあ園子のお願い、聞いてもらってもいい~?」

 

『なんだィ言ってみなァ!力になるぜェ!』

 

「あの――――園子くん?」

 

 

 何か違わないかい?と言いかけていたウシワカはお願いを聞いてもらってはしゃいでいる園子を見て口を閉じた。仮にも、神様と呼ばれる存在からお願いを聞いてもらうことはとても嬉しい事なのだろう。

 そう考えると、無理に口をはさむことはよした方がよさそうだとウシワカは判断した。

 

 

 

「私ね、桜が見たいんよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香川県綾川町に咲く枝垂れ桜は全国的に有名だ。

 山奥に咲き誇るその桜は昭和50年に植えられて、その樹齢は約200年と言われている。

 桜が咲く時期になると、各地方から観光客に溢れる程だ。

 

 

 だが、それも旧世紀における西暦の話だ。

 今は神世紀300年。当時の地形は多くは変わらないものの変化してしまった町の名前はいくらでもある。

 調べたところ、アマテラスがいる場所からその枝垂れ桜があると言われる場所はかなり遠い場所にあった。

 

 

 彼らが行くには車などを使わなければならないが桜を見たいという園子の身体は真っ当に動くことが出来ない。

 重症の少女を車に乗せて移動するなどもってのほかだ。

 

 

「フフ……ミーは不可能を可能にする男さ、園子君……この写真を見てごらん」

 

「えー?」

 

 

 ウシワカは園子に一枚の写真を見せた。

 どこにでもある山奥の風景、だがその場所には一つだけ神社が見える。

 

 

「この神社を強く意識してみてくれ」

 

 

 園子は言われたとおりに瞳を閉じて、意識を集中させると園子の病室が光に包まれた。

 その場にいた人物たちが光と一緒に同化していくように。

 

 

 気が付くと、周囲は日の暮れ出した山奥へと変貌を遂げていた。

 

 

 

 

『オォオ!すっげェ!いつのまに場所が変わってらァ!』

 

 

 

 先ほどの病室とは打って変わった外の景色に驚愕したイッスンの声が響く。

 なかなかどうして、室内から屋外へ一歩も動いていないのに移動できたのか。

 

 

「私ね~、ちょっとだけワープできるんよ~。範囲はあるけど、神樹様を祀ってる神社とか、祠がある場所がイメージできればこうやって移動はできるんさ~」

 

『何それスゴイ』

 

 

 まるでイッスン達の世界で言う『人魚の古銭』を思い浮かべる。

 あれは特定の場所に存在する池にそれを投げ入れると、特定の池や泉を繋げることが出来て瞬時に行き来することが出来る。

 しかし特に道具も写真一枚でどこへでも行けてしまう園子の移動術の方が容易だ。

 

 どちらかと言えば、物実の鏡(ものざねのかがみ)同士の空間を繋げる筆しらべ『霧隠れ』の派生、『霧飛』の方がしっくりくるだろうか。

 

 

『たまげたぜェ、園子ちゃんはまるで神様だなァ』

 

「えへっへぇ、似たようなもんなんよ~」

 

『……?』

 

 

 冗談を言ったつもりが笑顔で肯定されたような気がして、イッスンが首を傾げる。

 勇者という意味で特別だから似たようなものなのだろう、そう判断したイッスンは会話を流し、先に進めることにした。

 

 

『んで?何でこの場所なんだィ、ウシワカ』

 

「まぁ、昔の友人とここで枝垂れ桜を見ていた事があってね。その時の桜がとてもビューティフルだったのを覚えていたから――――、

 どうせなら、一番の桜を見せてあげたいじゃないか。久しぶりに来てみたけれど、あまり周りの景色は変わっていないね」

 

 

 どこか遠く、はるか遠く、記憶の彼方。

 何十年、いやそれ以上の長い年月を経た友人との記憶を思い出すような瞳をするウシワカは感慨に耽っているようだった。

 きっと、ウシワカがこの世界に来た時に仲良くなった者なのだろう。

 

 

「でも先生、その枝垂れ桜ってもう枯れてるよ?」

 

 

 園子の目線の先には一際大きな木、桜の木がある。

 伸びた枝先が垂れるようになっているその木は紛うこと無き枝垂れ桜だ。

 

 

 しかし、今は五月。

 桜のシーズンはとっくに過ぎ去っている。

 そして枝垂れ桜の開花は3月から4月の下旬にかけて。気温が上昇してくるともっと早い。

 一般的に有名なソメイヨシノなどより1週間ほど早く他の桜が見ごろになる4月の後半などになってしまえばもう見頃(ピーク)は過ぎて散り始める。

 

 

 だから目の前にある枝垂れ桜は全てが新緑の葉桜だった。

 全てが来年の春に向けて備えている証である。

 

 

「ノンノン園子君、ここからが彼らの出番なワケだ。それじゃあゴムマリ君、アマテラス君あとは任せていいかい?」

 

『けッ、しょうがねぇなァ!園子ちゃんの為だィ。アマ公、見せてやろうぜェ……アレだァ!』

 

『アウッ』

 

 

 イッスンの期待に応えるようにアマテラスが短く吠えると、ほとんどが葉桜となってしまった桜の木を前にちょこんと座る。

 

 

 見頃を過ぎ、咲き終えた桜の木は既に見てくれはただの木でしかない。

 咲くことに力を削いだのか、全体的にやせ細っているようにも見える。

 

 

 なればこそ、大神アマテラスはその桜の木に再び命を吹き込まんとする。

 

 

 アマテラスは緩やかに首を擡げると眼前の桜の木を見据えて遠吠えを放った。

 

 

 山奥に響く遠吠えは、反響し合って鳴り響いた。 

 園子はその遠吠えを美しいと思った。

 目の前で聞いていても五月蠅いとも、煩わしくもない。

 いつまで聞いていたいと思えるくらいに心地が良い。

 淀んでいた心が洗われる、厄を祓うような神聖な力を感じた。

 

 

「え……うそ」

 

 

 犬が泣く理由には種類があるが、その一つには自らのエネルギーを発散させるという運動欲求を満たすものがある。

 それは即ち、自身のエネルギーの放出だ。

 

 

 園子が目にしたのは、人生において初めての経験とも呼べる信じられない光景だった。

 アマテラスが放った遠吠えと呼応するように、葉桜のみだった味気ない木が徐々に豊かな色に染まり始めた。

 

 枝からは芽が生まれ、花びらが姿を見せ、淡い色を付け始める。

 三分咲き。

 五分咲き。

 八分咲き。

 

 まるでその場所だけ時の流れが違うように、瑞々しい色彩をもつピンクの花びらが垂れる枝を覆う瞬間。

 少女たちの目の前に全盛の枝垂れ桜が満開となって咲き誇る。

 時が一年先まで進んだかのような、数か月時間が遡ったかのような感覚だった。

 

 

「うわぁ……すっごくきれいなんよ~!!」

 

 

 

 目の前で起きた現象を説明してくれと園子は野暮なことは言わない。

 現実はかけ離れたことなんて、どうでもいいと思えるくらいにその桜の美しさに見とれていたのだ。

 

 

『どうだィ!これがアマ公が持つ十三の筆しらべが一つ“桜花”!アマ公にかかりゃあ――――、

蕾の衣(つぼみのころも)花色衣(はないろころも)仇花(あだばな)無駄花(むだばな)常花(とこはな)よォ!』

 

 

 筆しらべ『桜花』。

 それはあらゆる木々に命を与え、美しい花を開かせるアマテラスの力である。

 

 

「夜だから桜が映えるね……夜桜かぁ」

 

 

 その時、枝垂れ桜の花びらが園子のベッドに舞い降りた。

 首を動かし、上を見上げれば桜を綺麗に彩り照らす極上の月の姿があった。

 

 

 

 

 

―――――『月の模様……って、うさぎさんがお餅をついてるんじゃないの?』

 

 

―――――『アタシは違うと思うんだよなぁ。』

 

 

―――――『?銀は何に見えるの……?』

 

 

―――――『ずばり、焼き肉だ!』

 

 

―――――『えぇ~!それって、ミノさんが今食べたいものじゃないの~?』 

 

 

―――――『そうともいう!』

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 乃木園子は思い出す。かつての仲間たちと過ごした日々を。

 

 元気で、いつでも前に出て自分たちを引っ張ってくれる少女、三ノ輪銀と。

 どこか硬くて、でも仲間想いの優しい少女鷲尾須美との、幼いころの思い出。

 

 

 あの時は中秋の名月で、皆で月見をしていた。

 園子を含めた三人で公園の芝生の上に座って、園子が用意した御団子を皆で食べる。

 銀が月見そっちのけで団子を食べすぎて須美がそれを窘めて。

 月の模様が何に見えるのか議論して。

 須美が月にまつわる童話を聞かせてくれて。

 

 

 他愛もない一日。しかし園子にとっては大切な友達と一緒に過ごした大切な記憶だった。

 

 

「わっしー、ミノさん……」

 

 

 だが、その少女と園子は今となっては遠くへ離れてしまった。

 一人は記憶を失い別の中学へ、もう一人はどう足掻いても願っても、決して再会することは出来ない。

 

 

 会いに行きたい。その気持ちはいつもある。片時も忘れたことがない。

 

 

 しかし園子はこの身体では友達を探すことも出来ないし、何より大赦の大人たちが会わせることを拒んでいた。

 まるで二人を絶対に引き合わせないように。都合の悪いことが起きるから、園子を誰にも目の届かない場所に押し込むように。

 

 

 

 勇者は諦めない、根性だ。

 そう言ってくれた少女がいて、園子はこの身体になっても諦めなかった。

 動くことのない身体だと分かっていても、これから先、友達と会えなくなると言われても決して諦めずにいた。

 

 

 

 その言葉が――――御役目で命を落とした仲間の言葉が、今の園子を支え続けていた。

 信じてさえいれば、諦めさえしなければきっとまた会えると、そう思っていた。

 

 

 だが、大赦の大人たちは厳格に園子を仲間の場所へと行かせなかった。

 大人たちは子供にたくさんの隠し事をしている。園子がこの身体になった要因も、大人たちは園子たちに隠していた。

 それは子供にしか世界の命運を任せることしかできないと悔やむ大人たちの悪意のようで、良心でもあった。

 

 

 命をかけて戦う勇者が戦うことを拒まないように、精神的な不安要素を抱かせまいと行った大人側の配慮。

 許せないやり方だと思った。

 だけど園子は口には出さなかった。

 犠牲を払ったとはいえ、確かに世界を守ることが出来たのだから。

 

 

 泣きながら園子に礼を言い、謝る大人が居た。

 園子の身体が動かなくなったことに責任を感じて、彼女の前から姿を消した大人も居た。

 

 

 大人も傷ついて、子供の園子も傷ついた。

 だから、園子は何も言わない。

 仕方がない事なのだと、納得した。 

 

 

 神に近しい存在として祀られてから大赦の人と以外会えなくなって。

 世話係の神官から堅苦しい口上を聞く毎日を過ごして。

 

 

 いつしか園子は友達と会うことを諦めないし、友達と会えなくても仕方ない事だと矛盾に満ちた状態になっていた。

 それほどに心が摩耗してしまっていたのだ。

 

 

『な、なんだィ園子ちゃん、泣くほど嬉しかったのかァ?』

 

「え、えへへ……ごめんね~、ちょっと昔の友達の事思い出しちゃって……今どこで何してるんだろう、って思ったら涙が出てきたんよ~…………会いたいなぁ」

 

 

 だけど、この場所で。

 久しぶりに出た外の景色を見て、あの頃を思い出して。

 涙と共に感情が溢れ出した。

 

 

「園子君……」

 

 

 拭うことの出来ない涙をウシワカが代わって拭う。

 ウシワカの表情は、拭っても拭っても決して消えることのない罪の色を宿していた。

 

 もうすぐ、この場所から帰らなければならない。

 一時的にこの場所に移動したことは大赦の者たちが気づくのも時間の問題だ。 

 園子の感情など無視して、大赦は園子を連れ戻す。また、病院の奥で一人過ごす時間が始まるのだ。

 

 

 その時だった、園子の膝の上でイッスンが口を開いたのは。

 

 

 

『なら、会いにいこうぜェ園子ちゃん』

 

「イっちゃん……」

 

「ゴムマリ君……彼女は―――」

 

『オイラ、この世界の事はまだ分かってねェからよ。

園子ちゃんがなんでこうなっちまったのかなんて分からねェし、オイラじゃどうしようもねぇ事なのかもしれねェ――――でもこれだけは言えンだァ』

 

 

 天道太子、イッスンは言う。

 

 

『自分が諦めてねェんだったらよォ、いつか会えるんだって信じてンだオイラは―――、

 絶対に会えなくなる時はよォ、“本当に諦めちまった時”なんだィ』

 

 

 それは彼自身が証明して見せた事実。

 戦いが終わり、3年の月日が流れてもなお彼はアマテラスがいる天への道を探し続けた。

 

 旅をした。

 たった一人で、ナカツクニのありとあらゆる場所を訪れた。

 訪れた先で、神への信仰心を説く天道太子としての役割を果たしながら。

 雨が降っても、雪が降っても、歩くことをやめず足袋がボロボロになるまで歩き続けた。

 

 

 何十年、何百年の年月が掛かろうとも。

 もう一度、最高の相棒と再会するために。 

 そして今、奇跡はこうして起きている。

 イッスンがこの世界でアマテラスやウシワカと再会できたように。

 

 

 大事なのは心だ。

 友を思う心と、決して曲げない信念が自分の身体を突き動かす。

 

 

『もし今、園子ちゃんの中でイチバン辛いってンなら……今が踏ん張り時なんじゃねェか――――、根性出せェ、勇者なんだろォ!』

 

 

 勇者、根性。

 イッスンの口から聞いたその二つのワードはかつての友達が口にしていた言葉だ。

 それを聞いて、園子の瞳に生気が宿る。

 心の中に、揺らめいて消え入りそうだった火が再び燃え上がる。

 

 

「ありがとうイっちゃん。私、絶対諦めないんよ~、わっしーに会えるようにもっと自分でいっぱい動いてみるんよ!」

 

『その意気だぜェ!さっさと怪我を治してェ――――、大事なダチに会いに行こうぜェ!』

 

「えへへ~、じゃあまずは身体が治った時の為に書く小説のネタ作りに勤しむんよ~。

 わっしーとの再会を考えながら小説のネタも作る……一石二鳥なんさ!」

 

『それなんか違くねェか?』

 

 

 いつものような、台風をぶっ飛ばすような笑みを浮かべた園子はもう涙を流していなかった。

 ただ、もう一度友達に会うために、そんな熱い決意を胸に宿していた。

 

 

 信じていれば、諦めなければきっと会える。

 身体を動かせない園子の心が前へと進んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「礼を言わせてもらうよアマテラス君、それに………………ゴムマリくんにも」

 

『今スッゲェ間があった気がしたんだが気のせいかァ?』

 

 

 

 場所は変わり、人気のなくなった大赦病院の前。

 アマテラス達は元の場所へと戻ってきていた。

 

 

 案の定、大赦の面々が転移した園子を探しに現れた。

 園子の地位が高いためか到着した仮面神官が全員膝をついた光景をイッスンは決して忘れることは無い。

 同時にアマテラスに対して、深々と頭を下げていたことが気になっていたのだが。

 

 

「園子君があの身体になってしまったのはミーにも責任の一端があってね。

 でも彼女は本当の不満を口にしない子だから……なんとかしたくてね」

 

 

 それがアマテラスを頼った理由でもあるのだろう。

 園子は多分不満があっても口にはしない。むしろ、強気に、笑顔で耐えてしまう。

 

 

「彼女の闘志に火が宿ったのはユーたちのお陰さ……いずれ形にさせてくれ」

 

『なんかヤケに褒めちぎてくるじゃねェか』

 

 

 調子が狂う、と言ったところでイッスンは聞く。

 

 

『もう一個あんだろ、ウシワカ……園子ちゃんについて隠してることがよォ』

 

『アウ?』

 

『アマ公も気づいてんだろうォ、園子ちゃんの身体に触れた時……邪気のようなモンを感じたんだァ』

 

 

 アマテラスは恍けているように見えるが、その鼻は確かに園子の身体に触れた際に異常を感じ取っていた。

 夏凜が妖気に毒されたかのような邪気、人を狂わせる邪な陰の気が園子から溢れていたのだ。

 

 

『しかもアリャア、そこらへんの妖気とは比べ物にならねェ……数々の怨念が合わさってとんでもねェ事になってやがる、アレは―――――“呪い”だ』

 

 殺意、憎悪、怨念。

 園子の身体に纏わりつくその複数の邪気は絡み合い、明確に園子を蝕んでいる。

 並大抵の人間が正気を保っている事すらも珍しいほどに。

 

 

 ウシワカが重苦しい雰囲気で口を開く。

 

 

「隠していた訳じゃない。園子君は最後まで、その事を口にしなかった。

 ユーたちに迷惑が掛かるのを好ましく思わなかったんだね我慢強い子だから……だからこの場でミーがリークするつもりだったよ」

 

『御託はいいンだィ。なんなんだァ、あの呪いの正体はよォ?』

 

「……ヤマタノオロチの呪いだ」

 

『――――ッッ!!』

 

 

「オロチが復活してから数日、彼女の身体に蛇の紋様が現れ始めたんだ。

最初は下半身から、徐々に上半身へとその紋様が広がりつつある……アレが出始めてから、彼女は時折来る痛みに苦しんでいた」

 

 

 まるで乃木園子に恨みがあるように。

 対象を限定して発動しているこの呪いは日にちを追うごとに悪化し、身体には焼けるような痛みが広がる。

 

 

『紋様が全身に広がったらどうなるンだィ』

 

 

「大赦の調べによれば、呪いは彼女の身体を蝕み弱体化させ……最後は死に至る」

 

『――――!!』

 

『な、なんだとォ!?』

 

 アマテラスもイッスンも空気が凍り付いたのを感じた。

 あの朗らかな、人類を守る為に戦ってきた少女が理由もない呪いで死ぬ結末を迎えるかもしれないという事実に。

 

 

「いかなる術式も受け付けない……一つだけ分かるのは、ヤマタノオロチが関係してるという事だけだ。

 呪いの進行は比較的に緩やかだ……ヤマタノオロチのもたらす呪詛は対象の精神状況によって左右される、園子君のハートの強さのお陰だね。

 

 大赦も総動員して解決の糸口を探るが、ユーたちにも手を貸してもらいたい」

 

 

『あぁッ!園子ちゃんを死なせるかってんだッ!任せなってェ、なぁアマ公!』

 

『アウッ』

 

 

 イッスンの言葉に相棒のアマテラスは当然だ、と言うように吠えた。

 ガルルル、と唸るアマテラスからは怒りのようなものをイッスンは感じ取る。

 それはヤマタノオロチ、許すまじという大神アマテラスの明確な怒りであった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――『ヤマタノオロチの討伐』。

 

 

 その言葉を胸に、勇者・乃木園子を救うべくアマテラス大神とウシワカは一時的に同盟を結んだのじゃった。

 元の世界では事あるごとに衝突していた者たちが一人の少女を救うために手を結ぶ――――、

 それはそれは不思議と悪い気もせず、むしろ頼りがいのある仲間を得たようじゃった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、闇もまた彼らが想像していたよりも遥かに強大であった。

 結束を固めるアマテラス達を遠くから見つめる一匹の鼠は妖しく目を光らせると、一目散に去っていったのだ。

 

 

 

―――――まるで、己の主人に事の次第を伝えるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの時、風雲急を告げるかの如く四国には前代未聞の『暴風』が吹き荒れておった。

 『暴風』が織りなす物語は勇者と大神達に深く関わってくるのじゃが………続きは、次のお話にて。

 

 

 

 

 

 

 

 




・筆しらべ《桜花――花咲》
木や花に円を描く様に筆を走らせると発動するアマテラスの失われた力の一つ。道中に存在する枯れた木や花の蕾、植物の芽を咲かせる力を持つ。この筆しらべは戦闘にも生かせることができ、敵が投げてくる蕾型の妖気爆弾は蕾を桜花の力を使うことで無効にすることが出来る。また、花を模している勇者たちに桜花を使うと……?


・綾川の枝垂れ桜
遥か昔、遠い昔。ウシワカが親しい友と一緒に訪れた綾川で見た大きな桜。西暦時代にて樹齢200年、神世紀まで300年とその桜の樹齢は単純計算で500年以上となるが別の地域では2000年という樹齢の枝垂れ桜が存在する。これは枝垂れ桜の特徴で、枝垂れ桜が特に樹齢が長いためである。
ウシワカはこの桜をたった3人だけでなく、もっといろんな人に見せておけばと思った。そう思っていたはずなのに今はそれが叶うことはない。その時に呑んだお酒はちょっとだけ苦かった。彼が園子に見せた写真は彼が一人で来た時にたまたま取った写真。


筆しらべ編もようやく折り返しです。
中途半端ではありますが、四つ程取り戻したらベリーハードの結城友奈の章へ突入します。

アマテラスの家庭訪問。誰の家にいく?

  • 結城さん家
  • 東郷さん家
  • 犬吠埼さん家
  • 三好さん家の花凛
  • 乃木さん家(病院)
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