結城友奈は勇者である~勇者と大神と妖怪絵巻~   作:バロックス(駄犬

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プロローグが短いなんて常識、いったいいつ、だれが決めたんだい。
いや、短くまとめようとしたんですがね。用語説明とか時系列とか整理してたら軽く一万越えまして…分けた方が良かったかな、とちょっと後悔している。

イッスンって種族違うけど幼馴染の女性が二人も居るって……どういうことなの?もげてよ。



其ノ零点伍、天道太子と幽門扉

――――極寒の地、『カムイ』。

 

 ナカツクニの北国に位置するその国は特殊な気候により、年柄年中気温が低い。

 故に、そこに住まう人々の家にはそれなりの暖路や火の元になる素材、秋までに蓄えた食料などが沢山あるのである。

 

 

 ではそこに住まう人々の生活状況は厳しいモノなのかと問われればそうではない。 

 

 

 カムイという国の中央には聳え立つ二つの巨峰、『エゾフジ』が小規模な火山活動を起している。

 

 

 このエゾフジによる火山活動があるからこそ、カムイという国は年柄年中寒い気候に晒されていてもある程度が緩和され、村人たちは今を生きる事が出来ているのである。

 

 

 そしてカムイには不帰の森と言われる『ヨシペタイ』という魔の森がある。

 その複雑な内部の森の構造と、森の花粉は獣など動物を惑わす力があり、

 一度入れば泥沼に浸かるかの如く、出られなくなることがある故にそう名付けられた。

 

 

 

 その雪原が広がる、『ヨシペタイ』を駆け抜けていく一頭の『狼』がいた。

 深く積もっている筈の雪の上をその身軽さを持って悠々と走る様はまるで重力を感じさせないかのよう。

 

 

 

 否、その狼は知っているのである。

 雪の浅く、走れる個所を、

 どんなに走っても割れぬ氷の橋の場所を、

 妖術かかっていない森の枝の隙間を、

 

 

 それはその狼が一度は通った場所が故。

 死にかけるほどの体験をして、なお一度この場所を通り、生還を果たしたその狼にとって不帰の森は難易度低めの迷宮のようなものだった。

 

 

 

 狼の早駆けは見事な物で、転がってくる大雪や降りかかってくる巨大な氷柱を躱し続けると狭まっていた視界が一気に広がる空間へと躍り出た。

 

 

 そこには今まで見てきた雪と怪しく動く木に覆われていた道とは打って変わり、緑が広がり草木や花が咲き誇っている。

 異様な温かさにリスやキツネなどが呑気に昼寝をするくらいだ。

 

 

 

 明確な春と冬の気候に分けられるこの広場の中央には大きな株がある。

 狼はその株を見据えると、

 

 

『イッスン、ついたよー』

 

 

 と、抑揚のある声で『喋る。』

 首を曲げ、自身の背中にいるであろうその人物に声を掛けるが、狼の問いに答える者はその背中には見受けられなかった。

 

 

 

『あれ? ここに来るまで落としちゃったかな?おーい、イッスーン!』

『ちょ、ま、待てカイポク! お、オメェがあんな無茶な速さで走り回るもんだからオイラ気分が……オエッ』

 

 その後ろで、はっきりと耳に聞こえる声がある。だが、声の主はこれまでの狼の無限軌道の動きに酔ったのか、非常に気分が悪そうな声であった。

 

『ちょっと!私の背中で吐かないでよね!』

 

 カイボクと呼ばれるその狼が背中に寒気を感じて地面から跳ねるように飛び上がると小さく光を纏い、その姿を変化させた。

 同時に地面から跳ねたその弾みで鹿の背中から米粒程度の小さな『何か』が放り出される。

 

 

『ぐへっ! オエッ、や、やりやがたなァカイポク……!』

 

 放り出された小さなその物体は確かに言葉を喋る生物であった。

 虫でもなければ動物でもなく、その姿は縮小すればちゃんと人の形をしている。

 

 妖精・コロポックルであるイッスンが地面に放り出されたのを恨んで見上げると、

 そこには先ほどの狼は見当たらず、代わりに一人の少女の姿があった。

 

『ここまで運んであげた恩を下呂で返されちゃあ溜まったもんじゃないからね。 久々に帰ってきたと思ったら”ポンコタンまで運んで”って、言い出したのはお前じゃないか』

 

 カイポクと呼ばれる少女は不機嫌そうに腕を組んで答えて見せた。

 

『それに、あれくらいの速さで驚いてちゃいけないよ、私と勝負したあの”アマテラス”はもっと速かった!!』

『そういうやァオメェ、アマ公と競争してたんだっけなァ……この森でよォ』

 

 カイポクの走る事に関しては、オイナ族で右に出る者はいなかった、不帰の森であるヨシペタイを競争経路に用いていた彼女は最速の女王として永く君臨していたのである。

 イッスンの相棒であるアマテラスが彼女との競争に勝利しヨシペタイにおける最速伝説を叩きつけるでは。

 

『そうだよ……だから私も負けないように日々修業してるっていうのに、その日々の努力を……お前という奴は下呂で汚そうと……』

『わ、悪かった悪かったァ! 礼はするからよォ機嫌直せってェ~!』

 

 雪を掌一杯に集めるとそれを固めて球にして、イッスンに向けて投げつける。

 拳大の大きさの雪玉はイッスンから見れば巨大な岩のようなものが迫ってくるのと同じであった。

 

 

 オイナ族のカイポクとコロポックル族のイッスンは種族は違えど幼馴染である。

 出会いはかつての吹雪が荒れ狂うヨシペタイでの出来事のなのだが、そのお話は長くなるのでここでは割愛させていただく。

 

 

『さてと、約束通りお前を送り届けたから私は修行を再開するとするよ』

『なんでェ、もう行っちまうってのかィ?』

 

 再び狼の姿に戻ったカイポクを見上げるイッスン。

 カイポクは小さく鼻を鳴らすと、

 

 

『呑気に過ごしてたんじゃいつまで経ってもアマテラスに追いつけないからね……ヨシペタイ往復走、あと三百本残ってるんだ!!』

『そ、そうかィ…んじゃあよォまた今度だなァ、オキクルミの奴にもヨロシク言っといてくれェ』

『伝えておくよ……そうだ、言い忘れてた』

『ン……?』

『お帰り、イッスン』

『……オウ』

 

 

 

 

 

―――――

 

 

―――

 

 

――

 

 

 

――――天道太子。

 

 それは、神の旅に同行し、その姿や戦いを絵に映し取り、人々の信仰心を説いて回るコロポックルの絵師、『信仰伝道師』に与えられる最高の称号である。

 

 

 神と名のつく者の力の源は『人々の信仰』である。どんなに力を有している神であっても、人々から『崇められ』、『畏れられ』なければその力を失ってしまう。

 

 

 天道太子とは、神の力を常に高め、維持し続けるためにその『御姿』を描いた『絵』などを配ったりと神と人と交信する役を担っている――――、要は神と人を繋ぐ橋渡し役だ。

 そしてその七代目―――、第七代天道太子の名を継いだのが、イッスンである。

 

 

『よいしょっとォ……さぁてさてェ……』

 

 長い旅路の中、ひと時の休息。

 自身の生まれた里、『コンポタン』へと帰省を果たしたイッスンは自室へと戻ると、すぐさま絵を描く……という訳でもなく。

 

『グフフフフフ……やっぱナカツクニには美女が多いぜェ……オイラの美人画集はついに百枚を超えたァ!』

 

 室内に広がる紙に描かれているのはどれも女性の容姿ばかりであった。

 しかもその容姿は妖媚に描かれ、その世界の男が見ればたちまち顔元をニヤケさせる事間違いなし。

 

 

 イッスンは天道太子という使命の片手間、その才ある筆技を持ってナカツクニ中の美女の姿を描いては自身の部屋に保管していたのであった。

 それが今回の旅でついに百枚を超えたのである。

 

『旅絵師の頃とは違って見事な出来―――、オイラも腕を上げたもんだぜェ」

 

 かつては絵の世界から逃れ、描くことを嫌っていたイッスンだが今は絵を描くことに抵抗は無い。

 

 アマテラスとの旅で得た彼の眼力と筆業は瞬く間にその才を伸ばし、祖父であるイッシャクの美人画に負けずとも劣らずの実力を身につけていったのだ。

 

 

 その才の遣いどころを些か間違っている気はするのだが。

 

 

『っとチンタラしてたらいけねェや、速いトコこのイッスン様の美人画集を掛け軸裏の秘密の場所に―――』

『ちょっとイッスン!帰って来たんだったら一声かけなさいよね!』

 

 突如、玄関先の紅葉の葉っぱの扉が勢いよくまくり上げられると、一人の少女が入り込んできた。同じコロポックル族のミヤビである。

 

『なッ―――み、ミヤビ!?』

『あれ、どうしたのイッスン。 蛇に睨まれた蛙みたいに固まって――――』

 

 幼馴染であるミヤビがその目に捉えたのはイッスンの画集。しかしそれは美人画のものだ。

 妖美な姿を映した美人画とは、現代に言い換えればエロ本のようなものである。

 

 それを幼馴染に見られるというこの現象は、『中学生男子が自室でエロ本を見ていたら母親に見つかった』というものに似ているだろうか。

 ミヤビはそれを見るとわなわなと肩を震わせて、

 

 

『さ、ささささ三年も旅に出て美人画なんて書いて戻って来るんじゃないよ、イッスンの馬鹿―――――――!!!』

『ぐへっ!?』

 

 頬を紅潮させてミヤビが投げつけてきた木の実をイッスンはその顔面に貰った。

 木の実の果肉が破裂し、果汁が部屋中と美人画にまき散らされながらもイッスンは思うのである。

 

 

 

 あぁ、そう言えばもう三年も経ってんだなァ、と。

 

 

 イッスンとアマテラスの旅が終わり、アマテラスが天の国『タカマガハラ』へ旅立ってから三年の年月が経っていた。

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

―――

 

 

――

 

 

 

 

―――ヨシペタイ奥地。

 

 

 

 イッスンの里、ポンコタンの奥地には更に深いヨシペタイの森が広がっている。

 そこは不帰の森の真骨頂、里までたどり着くまでの道筋とは比べ物にならないくらいに入り組んでいる魔境だ。

 

 

 その奥地へと足を進めると、里に辿り着いたと同じように視界が開ける広場へと出る。そこには、ぽつんと巨大な石でできた扉のようなものがあった。

 

 

 『幽門扉(ゆうもんぴ)』。

 イッスンが生まれる前、神話の時代から存在しているその名を持つ扉のような遺跡は今は固く閉ざされている。

 

 しかし、一度開かれればその時代に災いを呼び起こすとして限られた一族のものにしかこの扉を開ける術はなかった。

 その扉の先はとても時間の流れが乱れた異空間で、『違う時代の違う場所』に行けるという言い伝えがあったのである。

 

 

 かつてはアマテラスとともに一度は訪れ、その扉をくぐって百年前の神木村へと遡行したこともあるその場所で―――、

 イッスンはたき火を焚いて、その微動だにしない扉を眺めていたのだ。

 

 

『お前がいなくなって早三年―――、天道太子としての務めも楽なモンじゃねぇなァ……アマ公』

 

 過去の冒険に思いを馳せながら、

 イッスンが口にするのは、かつての相棒の名だ。

 

 

 彼には唯一無二の相棒が居た。名をアマテラス大神という。

 旅絵師としてナカツクニを旅していたイッスンはアマテラスともにそれぞれの目的の元、旅を共にしていた。

 

 

 イッスンはその神々しい筆技の数々を盗み、自分の物とする旅を、

 アマテラスは失われた力と、闇に覆われたナカツクニに光を取り戻す旅を、

 

 

 その廻った旅の最中で様々な人間、妖怪、様々な種族の者達と出会い、蔓延る悪を打倒す―――、

 それがイッスンとアマテラスの旅路であった。

 

 

 そして最後、ナカツクニに邪悪をもたらした巨悪を打ち滅ぼした。

 

 闇の根源、『常闇の皇(とこやみのすめらぎ)』を葬り去ったアマテラスは、天神族の生き残りである英語がペラペラなキザ野郎と共に、かつてアマテラスが住んでいた神々の国、『タカマガハラ』へと再建の為に帰って行ったのだ。

 

 

 

 

―――――待ってろよォ……人間たちに信仰心を説いて回ったら――――、必ずお前の不景気なツラぁ拝みに行ってやるからなァ……それまで達者でいるんだぜェ毛むくじゃらァ!!

 

 

『――と言ってみたのはいいんだけどよォ……』

 

 月の民が作ったと言われた『箱舟ヤマト』に乗ったアマテラスがタカマガハラへ去りゆく際に口にしていた自身の言葉を思い返しては焚き火の前で呻るイッスン。

 

 

 

 天道太子としての使命。

 神の威光を世に知らしめる、人と神の橋渡しというイッスンの御役目は順調と言ってもいいだろう。

 

 現に、アマテラスがタカマガハラへと旅立って三年が経った今も、神への信仰心は未だ衰えず、妖怪も大手を振って歩くことも無く、ナカツクニは平和に保たれている。

 

 

 その維持されている平和も、イッスンの天道太子としての務めあってこそである。

 

 

 九ヶ月とか三年程度で信仰心が衰えてしまっては困るのだが。

 

 

 

 一つだけイッスンにとって順調と行かなかったのはアマテラスが住まうタカマガハラへと至る『天の道』が、未だに見つからない事だろうか。

 

 

『やっぱ簡単なモンじゃねェよなァ……アマ公のいる場所に辿り着くには空飛ばなきゃならんわけだし……それこそ『箱舟ヤマト』みてェなデッケェ船がねェとよォ……』

 

 アマテラスたちが乗っていった箱舟ヤマトは、もともとはタカマガハラよりも遥か遠くの空にある『月の民』のが建造したと言われている。

 それは、このナカツクニにはない技術であり、箱舟ヤマトが起動し空を飛ぶ瞬間を見るまでは人が空を飛ぶというのはこれまで考えられなかったのだ。

 

 

 

 だがそのヤマトも今はここにはない。

 今思えば、あの時意地でもしがみついて大和に乗り込んでおけばよかったと、酷く後悔をしたイッスンである。

 

 

『もしかしたら天の道に至るための方法なんてもう……だとしたらオイラは二度とアマ公に――――』

 

 次の瞬間、イッスンは慌てて口を結んだ。

 もしここで口にすれば、それが現実となり、本当に二度とアマテラスたちと会えなくなりそうな気がしたからだ。

 

 

 

 代わりに胸の内に生じた莫大な感情がイッスンを飲み込もうとする。

 

 共にナカツクニを駆けた冒険の日々、

 アマテラスとともに明け暮れた戦いの記憶。

 

 

 付き合いの長さゆえに生まれた喜怒哀楽がイッスンの心に闇が差そうとし、

 このまま二度と会えないかもしれないという不安に怯えたように目を伏せた。

 

 

 だがイッスンはその感情をぐっと飲み込んで、

 

 

『……だぁーッ! オイラッたら何考えてんだィ! ここで辛気臭ェ事言っちまったら、ソレこそアマ公に笑われちまわァ!』

 

 自身の顔を数発、両の手でぱん、ぱん、と叩いて喝を入れる。

 いつだって、イッスンは自分の信じる道を進んできた。

 

 

 絵の世界に嫌気が差し、里を抜けて、旅絵師として面白おかしく世界を歩き回ろうとした時期。

 

 

 自堕落に、そして腐っていたイッスンが道中でアマテラスと出会い、様々な『覚悟』を決めた人や動物、果ては敵である妖怪の生き様はイッスンの心に影響を与え、

 長い旅の果てに、自身の本来の役目である『天道太子』としての使命を全うする覚悟を決めたのだ。

 

 

 

 

 そしてイッスンは決めているのだ。

 一度しがみついたら、何をされても絶対に離れない、と。

 

 

 それを途中で諦めようものなら、それこそ相棒であるアマテラスにも笑われてしまう。

 踏ん張りどころだ、とイッスンは気合を入れた。

 

 

『このイッスン様は例え何十年、何百年かかろうと必ずアイツの……アマ公のいる場所へ―――――』

 

 

 辿り着いて見せる。そう口にしようとした時だ―――、

 

 眼前の『幽門扉』が突如として光を放ち始めたのだ。

 

 

 誰もが押しても叩いても決して開くことのない幽門扉が、イッスンの目の前で徐々に開き始めている。

 この扉はコロポックル族の中でも、イッスンの一族しか開く事が出来ない筈なのに。

 

 

『なッ!? なんだァ!? なんで幽門扉が勝手に開こうとしてんだァ!?』

 

 

 

 その扉が今まさに開こうとしている。しかも、一度開いたら最後、この扉は開き切ってしまう。

 途中で閉じる手段をイッスンは持っていなかった。

 

 

 そして先程までぱちぱちと快活な音を立てて小枝を鳴らしていた焚き火が消えると共に、

 

『うおぉあ!? か、身体が扉の方へどんどん吸い込まれていきやがる!? チィ! 『電光丸』ッ!』

 

 大気を吸い込まんと唸りを上げる扉の方へ、身体が徐々に引き寄せられていく。

 イッスンは腰に携えていた愛刀・電光丸を地面に突き刺して、堪えようとしたが―――、

 

 

『――げ、限界だァ!! うああああ!!』

 

 

 その小さな身体と自身の愛刀が浮き上がり、扉へと吸い込まれるまで数秒と掛からなかった。

 

 イッスンの情けない叫び声が遠くなると扉は、絶対にイッスンを戻って来させないと言わんばかりに、がたんっ、と勢いよく閉じたのだった。

 

 

 

 

 閉じた幽門扉は再び淡く光を灯しはじめる。

 消えたばかりの焚き火の残り火が放つ弱弱しい煙だけが、その広場に残っていのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 暗闇の河の中を、ひたすら流されるような感覚だった。

 

 目を開いてもどこまでも広がる暗黒の世界、

 身を捩り、手を漕いでも前に進んでいるという感覚が生まれない。

 

 

 

 

 何がどうなってんだィ。

 

 

 

 扉に吸い込まれたイッスンが意識を取り戻し、いの一番にその言葉を脳裏に浮かべる。

 そして突如、水の中を漂っていたような浮遊感から、固い床に叩きつけられたように背中に衝撃が走った。

 

 

『ぐっ……お、い、てェ…』

 

 背中を襲う鈍い痛みに堪えながらも、長い暗闇の中にいたためか目を開くことが出来ない。

 完全に開くには少しだけ時間が掛かるだろう。

 

 

 そう思っていた矢先、

 

 

 ぬちょ、ぬちょ。

 

 

『ひッ!? な、なんだァ!?』

 

 

 イッスンの顔を『何か柔らかい感触』が這い回った。 

 肉のような柔らかさをもつ不気味な感触にイッスンが呆気にとられるが、目を開けないイッスンはそれが何なのかを確認できない。

 

 

 顔に引っ付いた粘つく液体は生暖かく、イッスンの全身を濡らしていた。

 若干の荒い息遣いが聞こえてくる。 どうやら動物が、自分を舐めているのか。その思考にイッスンは至った。

 

 

『ちょ、ま、待てィ! この野郎、オイラをヨダレまみれにしやがってェ――――、オイラは喰いモンじゃねェぞォ! このイッスン様にそんな事しやがる太ェ野郎の面ァ、今すぐ拝んで……』

 

 

 徐々に明るくなるイッスンの視界。台詞の勢いが弱まったのは、おぼろげながらも浮かんでいたシルエットにイッスンは見覚えがあったからだ。

 

 

 頭にちょんと立つ三角の耳は犬特有のそれで、

 ぴくぴくと動く耳の後ろでは尻尾がぶんぶんと楽しげに揺れている。

 

 

 一度は経験したことがあるこのシチュエーションにイッスンの胸がどきん、と動悸を打った。

 

 まさか、と息を呑んだイッスンは遂に自身を舐めまわしていた者の正体をその双眸に捉える。

 

 

 

 

 

 

 

『……ったくよォ、オメェのその不景気な面ァ、三年経ってホント変わらねェなァ――――』

 

 

 悪態を突く台詞とは裏腹に、心の層のずっと奥深いところから、感情が泉のように湧いてくる。

 

 

 忘れるわけがない。

 

 忘れられるはずがない。

 

 その白い毛並を、

 赤き隈取りを、

 悪を祓う鏡を模した神器を、

 どこか抜けていて、能天気でポァっとした顔を。

 

 

 かつての相棒の姿を。

 

 

『アマ公……ッ!!』

『ワンッ!!』

 

 その言葉に答えるようにイッスンの相棒、アマテラス大神は短く吠えた。

 それは威嚇するためのものではない、いかにも親しげな、特別な種類の吠え方で。

 

 しばらく見つめ合っていた一人と一匹、募る思いもあるわけだが漸くイッスンから口を開く。

 

 

『へっへ……どうだィアマ公、お前が居なくなってから三年…オイラ必死にオメェさんの威光を世に知らしめる”天道太子”の御役目を果たしてきたんだぜェ…アマ公の方はどうだィ、

タカマガハラの再建は上手くイってんのかァ――――』

 

 

 がぶ。

 

 しんみりと今の状況を語るイッスンをアマテラスは無造作に口の中へと咥えこんだ。

 その姿が見えなくなるほど口の中に入り込んだイッスンが口内で暴れ回った結果、異物を押し出すかのようにアマテラスがすぐさま口からイッスンを吐き出す。

 

 

『オ”ッ、オエェェェ~~~!!』

 

 今までより一層濃い唾液の粘膜と匂いを全身に纏ったイッスンは地面を転がる。

 

『お、お前ェ…オイラを口の中に入れやがってェ! また大和男子のオイラを唾液まみれにしやがったなァ!?』

 

 睨み付けるように見上げるイッスンだがこのやり取りすらも最初に出会った時のことを思い出すようで懐かしい。

 だから自然と顔こそ怒りを露わにしているのだが、イッスンの口調はとても優しいものであった。

 

『……ン?』

 

 再会を懐かしんだのも束の間、イッスンが違和感に気付いて小さく唸った。

 イッスンはアマテラスを見つめながら、

 

『……お前、本当にあの”アマ公”か?』

 

 

 姿形こそ、イッスンの知っている白野威の生まれ変わりであるアマテラス大神。

 だが、このアマテラスから感じる違和感は何だろうか。

 

 

 よく見ればこれまで魔を祓っていた神々しき力を思わせる御姿には程遠いと思うくらいにあまりにも弱弱しかった。

 まるで旅を始めた頃のような、

 イッスンの問いに対してアマテラスはというと、

 

 

 

『…アウ?』

 

 

  首を傾げて唸るばかりだった。

 

 

『……相変わらずトボケたような顔しやがってよォ、まぁいいかァ…それよりも――――、

いったいここはどこだなんだァ?ナカツクニにこんな場所なんてあったっけェ?』

 

 

 全国行脚の旅絵師としてナカツクニを歩き回ったイッスンだが、今いるその場所から見える景色はナカツクニでは見慣れないものであった。

 

 

 イッスンが知る限り、ナカツクニでは見た事がない形の建物が密集して作られている。集落、もしくは規模的には平安京のような都を窺わせた。

 土一辺倒の道路は少なく、人が歩くであろう道には前面に石が塗装されていて、その道を原理は良くわからないが車輪のついた物体が高速で行き交っていた。

 

 

 

 唯一のイッスンの認識の中で共通だったのは、今いるこの場所が彼がよく知る神社の境内であったという事だろうか。

 それともう一つ、見上げるのは空。

 

 

『イヤな空だぜェ……まるであのオロチが復活した時のような邪悪な色した空だァ―――』

 

 

 天を覆う暗雲は雷雲を呼び寄せ、まるで不吉な何かを告げるように唸っている。

 

 

『オイラは最初お前がいるからてっきり”天の国タカマガハラ”に来たんだと思ったが、どうやら違ェみてェだなァ……』

 

 

 そもそも神々の国において、神を祀る『神社』が存在するのがおかしいのである。

 だからイッスンは自身がいるこの場所が自分が探し求めていたタカマガハラでないと気付くことが出来た。

 

 

 なら、ここはどこなのだ?

 と、アマテラスではないが首を傾げるイッスンの後ろで――――、

 

 

『キキッ』

 

『な、何ィイ!?』

 

 

 猿のような声に振り向いてみれば、イッスンもよく知る顔が目に飛び込んでくる。

 緑色の身体に小さな二つのツノ、そして背に背負った竹棒と梵字の描かれた布のお面。

 

『こいつァ、緑天邪鬼じゃねェかァ!

アマ公が常闇の皇を倒してからすっかりナリを顰めてたってのにこんな堂々と現れるなんてェ…オイラの知らない間に人間たちの”神への信仰心”が薄れてきちまったってのかァ!?』

 

 声をあげるイッスンに対して、下級妖怪である緑天邪鬼は神であるアマテラスを前にして一向に怯んでいる様子は無かった。

 

『♪~♪』

 

 

 それどころか、こちらに尻を向けてはぺしん、ぺしんと叩き景気の良い音を奏でて挑発する程であった。

 

 

『な、無礼やがってェ……アマ公、取り敢えず話は後だァ。 まずは生意気にお前に喧嘩を売ったこの妖怪に目に物を見せてやろうじゃねェかァ!』

 

『アウ?』

 

『ば、馬鹿野郎! 何呑気に”え?なんで?”みてェな面ァしてんだァ!? ま、まさか三年経った程度で戦い方を忘れちまったんじゃねェだろうなァ~!?』

 

 

 アマテラスの鼻の上でぴょんぴょんと跳ねるイッスン。どんな人間も平和に浸かればボケて衰えるものだが、犬も神様も例外ではなかったという事にイッスンの口もとが引き攣った。

 

 

『え、えーとよォ、だからまず基本的な動きは―――――、

左スティックをクルクルッと回してェ、□ボタンで頭突きとか鏡で攻撃したり、×ボタンでジャンプしたりよォ――――』

 

『……アウ?』

 

『あとはLボタン押しながら□ボタンと左スティックで筆神サマの紋所を描いてェ―――って、寝るなァ!!』

 

 

 あまりにも不可解な単語ばかりが出てきたのでアマテラスは敵を前にして堂々と蹲って眠ってしまった。

 

 

『キー…』

 

『お前も寝てるんかィ!!』

 

 

 緑天邪鬼も難しいお話の内容に飽きて居眠りをしていた。お互いに緊張感のなさが窺える。

 

『キ? キキッ!?』

 

 直後、イッスンの突っ込みに反応して緑天邪鬼が意識を取り戻した。頭をぶんぶんと振ってイッスン達を視界に捉えると、

先程の呑気な雰囲気を一変させて睨んでは距離をじりじりと縮めていく。

 

 

『お、オイ…ヤベェぞアマ公!  このままじゃオイラ達やられちまうってェ!起きろォ~~~!!」

 

 

 頭の上でぴょんぴょんと跳ねては踏みつけるようにしてアマテラスの覚醒を促すイッスン。

 だがアマテラスは一向に起きようとしない、こうなったら電光丸で無理やり叩き起こそうと腰の刀に手を掛けようとした時―――、

 

 

『キ―――!!』

 

『うおぉぉぉ!!来たぞアマ公ォ、な、なんとかしろィ!!』

 

 

 飛び上がって襲い掛かってくるに最大限の危機を覚えたイッスンは一心にして叫ぶ。そして、その叫びが漸く届いたのか、

 

 

『ガウッ!!』

 

 

 目を大きく見開いたアマテラスが飛び上がると、真下から突き上げるように緑天邪鬼のどてっ腹に頭突きをかましたのだ。

 

 

『ギッ…!!』

 

 

 アマテラスの頭は大岩も砕くほどの石頭である。それが腹の部分に食らおうものなら、下級妖怪である緑天邪鬼にとっては致命的なダメージに成り得るのである。

 アッパーをかましたように更に浮き上がった緑天邪鬼を、今度は背にある鏡を浮かせては高速回転させて殴りつける。

 

 

 ゴリッと鈍い音を立てて顔面を抉った鏡の攻撃にイッスンは素直に思ったのである。

 

 

 アレ、めちゃくちゃ痛そうだな、と。

 

 

 緑天邪鬼は地面に落下すると痛む顔面を押さえながら自分が相手にしている者との実力差を感じ取ったか、

 

『ひ、ヒィ!お、オラまだ死にたくねぇだァ!!』

 

 憔悴した様子で明後日の方角へと駆け出した。

 

『へっへェ~! 下っ端妖怪が一昨日きやがれってんだァ!』

 

 文字通り尻尾を巻いて逃げた緑天邪鬼に対して勝ち誇った笑みを浮かべるイッスン。

 そこには先ほどまでのビビっていた様子はどこにもなかった。

 

 

『ったくよォ、ヒヤヒヤさせやがるぜェ! 闘いのカンってやつはまだ衰えてねェワケだなアマ公!』

 

 一時は身の危険を感じたイッスン。そして今のアマテラスの戦い方にも疑問が生れてきたのだ。

 イッスンは鼻の上で腕を組んでアマテラスに問う。

 

『というかアマ公……お前、”筆業(ふでわざ)”はどうしたんだィ』

『…アウ?』

 

 

 アマテラスはどうして、『筆業』を使わなかったのか。

 

 『筆業』とは。別名、『筆しらべ』と呼ばれる。

 アマテラスの神通力を用いて自然を操り、生き物を癒すことも妖怪を滅することも出来る力のことである。

 

 この世界を絵と見立て、その力を宿した『筆神』の紋所を描くことで世にも奇怪な現象を引き起こすのである。

 筆しらべには様々な力があり、いくつか種類を挙げるならば、

 

 

 頑強な大岩をも両断する『一閃』、

 万物を元通りにする『画龍』、

 華華しい輝きを放つ『輝球』、

 花を咲かせ、邪気を祓う『桜花』、

 風を自在に操る『疾風』、

 

 

 その他にも合わせて力は全てで十三。神々は動物を模した姿で現れる。

 以前のナカツクニでの旅の際では、一つの筆しらべを残して散り散りになった力を探していたのだ。

 

 筆しらべを使えばあのような下級妖怪は直接触れずとも倒せるはずなのに、それをしない理由が分からなかった。

 

 

 

 

 

『嗚呼、目覚められたのですか…アマテラス大神……』

 

 桜の花弁が舞うと同時であった。

 不意に、イッスンの耳に聞こえてきた声。

 

『だ、誰だァ!?』

 

 辺りを見渡しても姿を現す事も無い声の主にイッスンが身構える。

 艶のかかった声色からして女性。それでも、得体の知れない感覚が、イッスンに最大の注意を払えと警笛を告げていた。

 

 

『こちらです……』

 

 声の主はイッスンの頭上からしたのである。

 アマテラスと同じく上を見上げると、しなびた木より一人の羽衣を身に纏った女性の姿が浮かび上がった。

 

『さ、サクヤのネェちゃん!?』

 

 イッスンは驚愕する。 目の前にいたのは、ナカツクニの神木村を守護している木の精霊、サクヤ姫の姿であったからだ。

 しかし、目の前のサクヤは頭に疑問の形を浮かばせ、

 

『この玉虫は一体……私はサクヤという者ではありません、”ククノチ”…それがこの一帯の守護を任されている私の名であります』

『え、ええ……じゃ、じゃあオイラが知っている木精サクヤ姫と瓜二つだけど、まったくの別人って事かよォ!』

 

  それよりも、と話を進めるのはククノチだ。

 

『よくぞこの場所に戻られました、その穢れなき純白の御芳容は正しく、我らが慈母に坐すアマテラス大神!』

『アウ?』

『かつて”強大な魔の者”を退治し、この圀を救い給うたその威風、些かも変わりありませぬ……グスッ』

 

 アマテラスの姿を見て涙ぐむククノチ。この場所に戻ってきた事を祝福されている当の本人はというと、

 

『クゥ……』

 

 話が良くわからん、と言った所かアマテラスは地面に伏せてそのまま眠ってしまっていた。

 これにはククノチも数度目を瞬きさせ、呆気にとられるが咳払いをして気を取り直す。

 

『と……ともかくアマテラス大神、この猛き狂う雲のさまをご覧遊ばされよ』

 

 ククノチが指差すのは暗雲立ち込める空だ。

 

『つい最近までは静かであったこの四国に、再び物の怪が蔓延り、緑豊かなこの国を汚していましたが…これほど不吉な暗雲は私も見たことがありませぬ。

どうか、貴方の通力で闇を祓い――――、悪しき者どもを成敗し給い(たま)そして―――』

 

 ククノチの口が止まる。その理由は、急に体の胸の辺りに感じたもどかしいこそばゆさ。

 

『……なんぞ? きゅ、急に懐がこそばゆく……ホホッ ウフフフフ…』

    

 まるで何かが服の下で蠢いている感覚にククノチは肩を震わせ、くすぐったさから笑みと吐息が漏れる。

 ククノチはぐっとこらえようとしたが耐えきれず、 

 

『アハハハハッハ!』

 

 ついには盛大に吹きだしてしまったのだった。 

 それと同時に胸の辺りから小さな玉粒…、イッスンが飛び出してきたのである。

 

『ケッ、サクヤの姉ちゃんよりも大したカラダでもねェのにギャーギャー騒ぎやがってェ……難しい話してッから面白くしてやったのによォ!』

 

 地に着地し、吐き捨てるように言うイッスンは自身の知っているサクヤとの身体の差を直に確認しては、明らかに劣る部分を見つけてさぞ残念がっていた。

 

『こ、コレ玉虫や大したことのない体とはどういう意味です?』

『そのままの意味でィ!サクヤ姉ちゃんよりもお前さんは圧倒的に”ボイン”が足りねぇんだよォ!あとオイラは玉虫じゃねェ! 神の威光を世に知らしめる天道太子、イッスン様だィ!』

『天道太子? はて……それは一体……』

『……へ?』

 

 

 首を傾げたククノチを見てイッスンは絶句した。

 まさか、天道太子を知らない輩がこの世にいるとは、イッスンも思わなんだ。

 

 曲がりなりにも三年間、ナカツクニの平和を維持し、神への信仰心を説いて回った天道太子を全く持って知らない、

 それは当事者であるイッスンにとっては屈辱以外の他ならない。

 

 

 もう一回その身体にモノを教えてやろうか、とイッスンが額に青筋を浮かべながら飛び掛かろうとするが、

 

 

『嗚呼……申し訳ありませんアマテラス大神、この邪気の中で失われし我が霊力ではこの世界に現界する時間は限られているのです……もう、力が―――』

 

 一たび風が吹けば消え入りそうな声でそう呟くククノチの身体は次第に透け始めていた。

 

 

『ちょ、ちょっと待てィ! 四国ってなんだァ!? オイラ達がいたナカツクニとは違う国なのかァ!?

この世界の事についてオイラまったく無知なままなんだぞォ! なんも説明の無いまま放りだされて物語どうやって進めろってんだァ!!』

 

 

『この世界には妖怪以外にも人類を滅ぼさんとしてる者達が居るのです……それに抗う存在も、たしかに存在します……』

 

 

 力を振り絞って声を出すククノチがアマテラスたちを見据えて告げる。

 

 

『”勇者”に会うのですアマテラス大神……その者達ならば、”失われた力”を取り戻す手助けをしてくれるはずです…力が戻るまでの間、私は貴方を助ける事が出来ませんが―――、

大神たる貴方ならば必ずや正しき道を見出し、その神業で天地万有を生成化育し給う事でしょう』

 

 

 ククノチが消え行くと同時に、彼女の背後にあった木が桜色の光を帯びていった。

 光を得たのは一瞬の事で、木は邪気に汚されたように再び色を失ったが。

 

 

 神社境内に取り残されたイッスンとアマテラスがぽつん、と佇んでいる。

 

 

『”失われた力”……あのククノチってお嬢ちゃんが言っている事が正しいならアマ公お前―――、

"また筆しらべの力を失っちまった"のかァ!!?』

 

 

『アウ?』

『一閃は!?迅雷は!?水郷は!?紅蓮は!?霧隠は!?』

『……?』

 

 またしても、何のこと?と首を傾げるアマテラスを見てイッスンは確信する。

 先ほどの戦いの際、アマテラスは筆しらべを使わなかったのではない、『使えなかった』のだ。

 

『あ、あんだけ苦労して集めた筆業が失われちまうなんて……、一体お前に何があったてんだァ!?』

 

 膝を着き、項垂れるイッスン。

 必死の想いで筆しらべを探したあのイッスン達の苦労が、またしても水の泡となってしまったのである。

 

 

 いったい、イッスンと離れている三年の間にアマテラスの身に何が起きてしまったのか。

 

 

『全くよォ――――、』

 

 だがイッスンはアマテラスの鼻の上で小さく笑ったのだ。

 

『お前のことだィ、またどうせドジ踏んじまったんだろォ? 本当にお前はオイラがいねェとてんでダメなんだからなァ!』

 

 

 アマテラスが人間も妖怪も動物も世を生きる者すべてを見捨てられない、生粋のお人好しなのはイッスンも知っている。

 それが元で何度も危機に陥ったことがあったが、その度にイッスンと共に乗り越えてきたのだ。

 

 

 だからきっと今回も、筆しらべの力を失ったのもちょっとしたドジからなのだろう。

 イッスンはそう思った。

 

 

 ならば、天道太子としてでなく、アマテラスの相棒としてイッスンがやれることはただ一つだ。

 

 

『よォし!決めたぜアマ公! お前の筆しらべを全て取り戻す旅路、このイッスン様がお供してやるぜェ!

―――んでもって筆しらべとこのワケわかんねェ国でのいざこざを終わらせたらよォ、オイラを”タカマガハラ”まで連れて行きなァ!』

 

 

 景気よく言い放つイッスンはすぐに鼻の下を伸ばし、

 

 

『タカマガハラに戻って来るであろう素敵な美女たちがオイラを待って―――、イヤイヤ全国行脚、元・旅絵師としては数々の未知に包まれた場所を解き明かすこともまたオイラの使命――――』

『ワウ……』

 

『お、オイコラァ! 溜息なんてついてんじゃねェ! さっさと手がかりになるその”勇者”ってヤツに会いに行くとするぜェ――――と、その前に』

 

 

 ため息をつくアマテラスに咳払いをしながら、イッスンは邪気を孕んだ暗雲に染まっている空を見据える。

 

 

『旅を始める前に、お前みたいな”不景気なツラしたお空”をどうにかしてからにしようかァ!』

 

 

『アウ?』

 

 

『へっへ、大神様の初仕事だァ! 大丈夫、お前なら出来らァ!』

 

 

 そう言い切れる確信がイッスンにはあった。

 たとえ筆しらべの力を失っていたとしても、アマテラス自身の本来の力は失われず、その身に宿っている筈だと。

 

 

『”お空に一筆でクルッ”とよォ! さっさとお天道様をたたき起こしてやりなァアマ公!』

 

 

 イッスンの言葉に呼応するように、アマテラスは暗雲立ち込める空を見つめ――――、

 

 

 何かを思い出したかのように、狼のような遠吠えを放った。

 

 

 遠吠えと共に空を覆っていた黒い雲が割れ、その隙間から一筋の陽光が差し込む。

 陽光は瞬く間に広がり、邪悪な気を宿していた辺り一面は日の光と共に浄化され、瑞々しい輝きを放った。

 

 

 人々を照らす灼熱の化身、太陽がその姿を現す。

 

 

 花は咲き、草木は踊り、水は輝きを増す。

 新たに命が吹き込まれ、蘇る瞬間――――。

 

 

 『光明』。

 太陽神であるアマテラスが持つ、本来の筆しらべの力。

 この太陽を拝むのは何度目になるだろうかと思うイッスンだが、アマテラスの太陽を見ては思うのである。

 

 

 やっぱり、この太陽はきれいだなァ、と。

 

 

 そして感謝するのである。

 また相棒と旅が出来ることを。

 

 

『さァ行くぜェ! 大神サマと天道太子イッスン様の世直しの旅の始まりだァ!』

『アウッ!』

 

 

 一人と一匹は勢いよく神社の境内を飛び出していく。

 大地を照りつけ空に浮かぶ太陽は、彼らの旅路を祝福するように光り輝いていたのだった。 

 

 

 




これより大神様と天道太子の長い長い旅が始まるので御座います。
カイポクさんってアイヌ神話だとオキクルミの奥さんになる女神らしいですね。

オキクルミさんが尻に敷かれる未来しか見えない。

現時点でアマ公が使えるスキルは石頭くらいです。
色々と矛盾点とか至らない点が出てくると思いますが、意見など感想欄で教えていただけると助かります。

大神のラスボスは常闇の皇ではなくカイポクだと私は思っている。
ちなみにククノチサマは貧乳。どれくらいかというと樹ちゃんくらい。

アマテラスの家庭訪問。誰の家にいく?

  • 結城さん家
  • 東郷さん家
  • 犬吠埼さん家
  • 三好さん家の花凛
  • 乃木さん家(病院)

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