結城友奈は勇者である~勇者と大神と妖怪絵巻~   作:バロックス(駄犬

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また一万文字いこうとしやがったので分割です…だらしない作者で済まない……












水着メブゲットだぜフゥゥゥゥゥウゥ!!!!


其ノ参、風と犬神

―――蒼き獣が猛狂う。

 

 

 地を抉る音が響き、

 破砕し、宙に激しく飛び散る樹木の破片。

 

 

『バアアアウゥッ!!』

 

 

 犬神の爪による怒涛の攻めがアマテラス大神へ迫る。

 長爪の一振りはまさに魂を削り取らんと。

 その思惑を拒絶するように、

 

 

 

 

――――輝く様に光を放つ、白き毛並みが宙を舞う。

 

 

 その爪をアマテラスは飛び上がってはひらりと躱して見せる。

 

 

 犬神よりも遥かに巨大な樹木がその爪の餌食となる。

 樹の繊維に爪が引っ掛り、ガリガリと強引に引き裂こうとしては、無機質に真っ新な樹木の表面に五本の深い裂創を作り出す。

 

 

 アマテラスが犬神の後方で、

 その地面にすとん、とまるで重力を感じさせないように着地した。

 

 

 同時に、犬神が削った樹木が裂創からベキベキと割れるような音を奏でて盛大に倒れた。 

 アマテラスの頭部にしがみついていたイッスンは、

 

『なんつー馬鹿力だよオイ! アマ公がこんなの喰らったりしたら一溜りもねェ!』

 

 

 暴走した犬神の自力を前に危機感を覚える。

 絶大な腕力は怨念の強さを窺わせた。

 

 

 神であるアマテラスと言えど、この力をまともに受ければ命は無いだろう。

 そして戦況は犬神側に傾きつつあった。

 

 

 お返しにとばかり、アマテラスが犬神に向かって飛び上がった。

 背に持つ鏡、真経津鏡を操り、犬神の額に向けて殴る様にぶちかます。

 

 

 ゴリッ、という抉る音を叩きだし、

 イッスンは確かな手ごたえを感じるも犬神はさも影響もないように目を見開き、反撃を繰り出した。

 アマテラスは横殴りの爪を犬神の額を土台代わりに蹴って後方へと回避する。

 

 

『チィ……! やっぱ決め手がねェと駄目かァ……筆しらべがありゃあこんなヤツに苦戦する事なんてないんだけどよォ!』

 

 舌打ち交じりにイッスンが呟く。

 犬神はアマテラスを一撃のもとに葬る爪をという武器を持っているが、

 アマテラスには犬神を打倒す程の決め手が無かったのだ。

 

 

 イッスンが口にしたように、アマテラスが失った力『筆しらべ』があれば今のように苦戦することは無い。

 現在のアマテラスが使える筆しらべはアマテラスが本来持つ力、『光明』のみ。

 太陽を現すだけの『光明』は、特別な状況を除いて妖怪との戦闘では全く持って不向きである。

 

 

 これほど『一閃』が恋しくなったことはないだろう。

 

 

『チクショウ…!無いモノねだりしても仕方ねェ。力が足りねェンなら頭使って補うしかねェかァ!』

『――アウ?』

 

 イッスンは自分に再度言い聞かせる。無いモノねだりはできない、と。

 ならば、知恵を使って戦うまでだ。幸いにもこちらには普段は恍けてどうしようもないが、決める時は決めてくれる頼もしい相棒がいる。

 

 

『よーしアマ公、耳貸せ……いいかァ?』

 

 

 アマテラスの両耳を掴んで手繰り寄せて、イッスンは小さな声で作戦を伝える。

 程なくして作戦を理解したのか、

 

 

『ワウ!』

 

 

 小さくそう言って頷き、低い姿勢で構えるのだ。

 やはり長年連れ添った相棒、イッスンの作戦が例え確信の無い”思いつき”の物であっても、嫌がらずに乗ってくれる。

 

 

 イッスンはそれが堪らなく嬉しかった。

 お互いに信頼して身を任せることができるのが。

 

 

『――んじゃ、早速試してみようかィ。ビビんじゃねェぞアマ公、

ウダウダ考え込んで立ち止まるなんてオイラ達らしくもねェ……いつも言ってンだろ?こういう時は―――』

 

 

 

 そんなアマテラスを少しでも後押しできるように、

 彼らの間では常套句となったあの言葉を口にするのである。

 

 

 

 

『”考える前に飛び込め”―――ってよォ!』

『ワウッ!!』

 

 

 彼らの旅路で、立ち止まったり、思いとどまったりした時にイッスンが口癖のように口にしていた言葉に応じるように吠えたアマテラス。

 アマテラスが駆け、向かうは犬神の正面。

 

 

『ガアアアアアアッ!!』

 

 

 淀みのない直線を走るアマテラスを見据え、犬神が吠える。

 その剛爪を袈裟斬りするかのように斜めに振り下ろし、

 アマテラスは、その爪に向けて鏡を放つ。

 

 

 ガキッ、と鈍い音を一瞬だけ発し、

 鏡の打撃によって軌道を逸らした剛爪はアマテラスのいない樹海の地面へと突き刺さった。

 

 

 犬神は爪を抜き取り、再度アマテラスを切り裂かんと爪を振る。 

 

 縦横に、

 下から突き上げるように、

 

 だが、その全ての攻め手をアマテラスは鏡を操り、爪を打ち据えては軌道を逸らしていく。

 

 

 犬神の中で猛き狂う感情とは別に、”奇妙な感覚”に襲われた。

 何度アマテラスへ仕掛けても、その全てを捉える事が出来なかったからである。

 

 

 自身の爪は確かに”当たれば”白き獣の毛並みを赤く染め、肉を飛び散らせる、と自負できるものである。

 だが、それらは全て”当たれば”の話だ。

 

 アマテラスはまるで宙に浮いている和紙のようにひらりひらりと爪を躱していく。

 あまつさえ、鏡で爪の軌道を狙ったかのように逸らしていさえいた。

 

 

 犬神の視線は自然とアマテラスが背負う”鏡”へと向けられる。

 何十回と自身の爪と鏡が交錯しても、割れるどころか、ひび割れも起さない鏡。

 

 

 

 絶対の破壊力を持つ自慢の爪を受けても割れない鏡など、この世にあるのだろうか、犬神の中で疑問が生まれる。

 その巡らせていた至高が、

 

『――――ッッ!!?』

 

 瞬時として止まった理由は眼前にある。

 犬神の爪に小さく走る亀裂が、その目に映されたのだ。

 

 

『アマ公ッ!』

『ガウッ』

 

 その瞬間を見逃さなかったイッスンがその名を呼び、アマテラスが犬神よりも先に仕掛けた。

 真っ直ぐに駆けたその先に犬神を見据え、操る鏡が狙うのは先ほどヒビ割れた犬神の右爪。

 

 

 鏡が爪に押し負けることなく、亀裂を更に深く走らせた爪は僅かな破砕音とともに砕け散った。

 

 

『オオオオッ!?』

 

 

 ボロボロと砕け、地面へと落ちていく自身の爪を見た犬神が叫ぶ。

 

 

『へッ―――、当然だぜェ』

 

 その様子を見たイッスンが不敵に笑い、呟いた。

 

『アマ公の鏡、”真経津鏡”は攻撃する為だけじゃなくて、自分を護る盾でもあるんだぜェ―――、ソイツの硬さはピカイチだァ、犬っころ妖怪の爪くらいで割れるかってんだァ!』

 

 アマテラスの持つ神器は三つに分けられる。それぞれ鏡、勾玉、剣。

 鏡は、アマテラスを象徴する一つの神器だが、邪気を打ち払う攻めの神器だけではなく、敵の攻撃から身を護る盾の役割を果たす。

 

 

 かつてはあらゆる妖怪の牙を、

 英語ペラペラなキザ陰陽師の斬撃を、

 英雄と大剣士の一太刀を、

 常闇の皇の熱線を受け止めた程の防御力を持つアマテラスの神器。

 

 

 その絶大な硬さを持つ鏡と、犬神の破壊力に集約させた爪。

 例えるなら、最強の矛と最強の盾。

 

 

 矛盾の典型的な諺だが、最終的には勝敗を決めるに至るのは純粋な物質の”硬さ”である。

 

 例え破壊に特化した犬神の爪であっても、アマテラスの鏡を打ち破るには到底及ばなかったのである。

 

 

『ガァッ!!』

 

 

 そこからアマテラスの反撃が始まった。

 完全に引き足になった犬神に猛然と迫り、神器・真経津鏡を振り下ろす。

 狙いは勿論、"犬神"の武器である爪だ。 

 

 

 既に爪へのダメージは蓄積されており、右の爪は壊滅状態。

 ならば左の爪でと犬神は振りかざすが、アマテラスはそれを狙っていたのか、右腕に照準を合わせていた鏡を迫りくる左の爪へと変更する。

 

 

 鏡と爪が激しく衝突し、ガギッという音とともに左の爪も砕け散ったのだ。

 破壊された両の爪を見ては、腕を振るわせて犬神が後ずさる。

 

 

『アマ公ォ、今がチャンスだぜェ! アイツ自慢の爪がぶっ壊されて動揺してらァ――――、

今のうちにアイツに”一閃”を叩きこんで……ってまだ取り戻してなかったんだったなァ、でも―――』

 

 

 もう十分だろう。

 と、イッスンが笠をくいっと上げて上空を見上げる。 

 黒く塗りつぶされたかのような樹海の空に、犬神の真上に浮かぶのはオキザリスの勇者。

 

 

「犬神ィィィィィイ!!!」

 

 

 犬吠崎風がその手に持った大剣を掲げて叫んでいた。

 その身には余る巨大な質量を持つ大剣を点へと振り、大きく息を吸った直後、

 

「大人しくしろォォォオ!!!」

 

 怒声と共に掲げた剣を平らに、刃先を向けず、刀身部分を下に犬神の脳天目がけて振り下ろす。

 

 防御しようにも自慢の爪を破壊され、犬神には防ぐ手段が無い。

 逃げようにも、”爪の破壊と陽動を担っていたアマテラス達”によって、そのタイミングも完全に失っていた。

 

 

 直後、ゴンッ、と。

 まるで巨大なハンマーで殴りつけた様な轟音と共に大剣を打ち付けられた犬神の身体が大きく揺れる。

 

 

 自身の許容量を遥かに越える衝撃に目を回した犬神が前のめりに倒れ込むように地面へと沈んだ。

 

「犬神!」

 

 地面に着地した風は大剣を瞬時に消し去り、すぐに犬神の元へ駆け寄る。

 それと同時に犬神の身体から、浮かび上がる煙のようなものがある。

 

 黒く、瘴気のような煙が宙へ抜けていくと犬神の身体も風船の空気が抜けていくように縮んでいった。

 

 

 瘴気はゆっくりと大気へ流れて、一匹の”犬の姿”を作り出す。

 それは犬神に憑りついていた伝承”犬神”の被害に遭った犬達の怨念。

 

 犬神が暴走することになった原因だ。

 

 

「犬神……ごめん、やりすぎちゃったよね…痛くなかった?」

 

 地面に倒れている犬神を抱く様に持ち上げる。

 さっきまでの荒々しく逆立った毛並や鋭い爪はナリを顰め、小柄に丸くなったその姿は風が良く知る犬神の姿そのものだ。

 

 

 元に戻った、良かったと風が安堵したのも一瞬だった。

 犬神の様子がおかしい。

 

「犬神……?」

『……』

 

 風の腕に抱かれている犬神の身体が震えている。

 それは確かに風を目に映し、

 まるで何かに怯えるような、恐怖を抱いた眼差しを向けていた。

 

 

『な、なんだなんだァ? 犬神の怨念は取っ払ったってェのに……どうしてアイツはあんな風に震えてるんだィ? ――まるで、”あのお嬢ちゃんが自分に酷い事するんじゃないか”って感じの脅え方だぜェ』

 

 

 それを見ていたイッスンも不思議に思ったのか、腕を組みながら唸った。

 

 

 

 犬神は身体を振るわせながらも風の腕から逃げ出そうとしている。

 更には牙の無い口で風の腕に噛みつき始めていた。

 

 

「私が……酷いことをする…?」

 

 

 イッスンの言葉を聞いた風が繰り返すように口にして、何かに気付く。

 

 

 風の犬神は、”犬神”として祀る為に首を斬り落とされた犬達の怨念が憑りついていた。

 ならば、この犬神は自分の未来、その内自分に訪れるであろう悲惨な最期を予感してしまったのではないか。

 

 

――――『オマエ…モ、オレ、ヲ……キル、ノ…カ……オレ、ノ、クビヲッッ!』

 

 

 今思えば、あの言葉は怨念が喋らせたのではなく、首を斬られることを恐れた犬神の心の叫びだったのかもしれない。

 

 力を失った犬神は風に首を斬られると思っている。

 だから必死に風の腕から抜け出そうと、もがき、噛みついているのだ。

 

 

「私……アンタの事、何にも分ってなかった……」

 

 腕を噛み続ける犬神の口には肌を突き刺す様な牙は見られない。

 精霊として、勇者を傷つけないように設計されているからか、風がそれでダメージを負う事はないのだが。

 

 

 それでも、今の犬神が懸命に生きようと、風に、人間に対して恐怖を抱いていると分かった時、風の胸に小さい傷みが走った。

 

 

 腕を噛むのを止めない犬神に構わず、

 風は犬神の身体を抱く様にその胸の方へ引き寄せる。

 

 

「ごめんね……怖い思いさせて」

 

 地面に座り込んで犬神の身体を膝の上に置くと、空いた片腕を自由にして犬神の頭に手を伸ばす。

 

『……!!』

 

 

 風の手が犬神の頭に触れると一瞬だけその青い身体が震えた。

 覚悟を決めた様に、迫りくる何かに耐えるように犬神が目を瞑る。

 

 

「大丈夫……私はそんな酷い事しないから……アンタの味方だよ、犬神」

 

 

 優しく、地肌が触れるか触れないかの力加減で犬神の頭を撫でた。

 風は出来るだけ綻んだ笑みで、

 

「こわくなーい、こわくないよー……よしよし」

 

 語りかけるように、子をあやす母のように撫で続ける。

 犬神の震えが止まり、次第に風の腕を噛んでいた口が離れると、どこか安心した表情でその手を受け入れ始めた。

 

『驚いたぜェ……見ろよ犬神の顔を―――、まるで母親に抱かれた子供みてェな安らかな顔してんぜェ……』

 

 母親、か。

 そう呟いたイッスンが浮かべるのは故郷のコンポタンである。不意に、今頃里ではどうなっているのか気になったのだ。

 何せ、帰ってきたその日にこんな国に飛ばされてしまったのだから、事情を知らぬ里の者はイッスンが消えてしまったのだと思っているだろう。

 

 

 祖父のイッシャクと、祖母イッカン、なぜか幼馴染のミヤビの顔が浮かんだ。

 そんな遠くを見るように物思いに耽るイッスンをアマテラスが見つめていた。

 

 

『……』

『なんでェアマ公。 オイラが故郷に帰れなくて寂しいとでも思ってんのかァ?』

 

 

 ぺしっ、とアマテラスの黒い鼻を叩く。

 

 

『心配すんなァ、この程度でオイラが根を上げると思ってんのかィ。ま、何にも言わずにコッチに来ちまったから里の奴らは心配してるかもしれねェが―――、

この世界でオメェの筆しらべを取り戻して”元の世界に帰ったら”、ちゃんと里にも顔出しに行くからよォ』

 

 

 昔ほど、イッスンは里に帰る事に否定的ではなくなった。旅の途中で何度か祖父や里の者には手紙を出して近況を報告していたし、

 三年間里を留守にする旅に出る前はコンポタンの未来の天道太子となる幼いコロポックル達の面倒を見ていたくらいだ。

 

 

 

 そういえば、とイッスンは思う。

 ”筆しらべを全て手に入れたとして、どうやって元の国に戻ればいいのだろう”、と。

 

 

「イッスン!まだそいつ生きてる!」

 

 

 あれこれと思考を重ねるイッスンだったが、夏凛の叫ぶような突如の声に我に帰った。

 アマテラスの前方、漂っていた”犬神”の怨念が未だに蠢いていたのだ。

 

 

 それは次第に犬の形へ、

 先ほどの犬神の猛々しい姿とは程遠い、弱々しく、だが燃える炎のような真っ赤な目をしている。

 

 

 

『ラアアアアッッ!!』

 

 

 ”犬神”の怨霊が叫ぶと、それは一直線に風の元へ。

 アマテラス達は完全に沈黙したと考えていた為、風とは距離を取っていた。完全に出遅れていたのである。

 

 

『しまった! お嬢ちゃん逃げろォ!』

 

 声を張る様に叫ぶが既に”犬神”は風の眼前へと迫っていた。

 その人一人を丸めて飲み込めそうな口を大きく開き、風と犬神へ狙いを定める。

 

 

「お姉ちゃん!」

「―――ッ!!」

 

 樹が叫び、風は抱えている犬神を抱きしめて庇うように背を向けた。

 ”犬神”の牙が、風の身体に突き刺さろうとしたその瞬間である。

 

 

『―――ッッ!?』

 

 ”犬神”が驚愕するようにその瞳を見開く。

 牙は風を包み込むように発生した光の膜によって遮られていたのだ。

 

 

 それはどんなに繰り返して触れようとしても、叩いても弾き飛ばし、決して割れる事が無い程の強固さを誇っていた。

 

 近くまで駆けつけていた夏凛はその見覚えのある光を見て、

 

「――精霊のバリアが!?」

 

 視線の先、風を庇うように前に浮く犬神が光を放っている。

 勇者を護る最大の盾を、風の精霊、犬神が再起動した証だった。

 

『アマ公!きっちり仕留めろォい!』

『アウッ!!』

 

 ”犬神”が精霊バリアに気を取られている間にアマテラスが駆ける。

 助走の勢いと、飛び上がって下に落ちる重力の落下速度も加えた鏡の一撃を、その脳天に叩き込んだ。

 

 犬神はモロにその一撃受け、大きく身体を揺らした後、

 

『アアアアアッッ!!!』

 

 

 この世のものとは思えない叫び声を上げながら、

 その身を包む黒い瘴気を霧散させていったのだった。

 

『終わった……?』

「……あっ! あれ見て!!」

 

 

 程なくして、静寂が生まれたのも束の間、友奈が何かに気付く。

 消えていった”犬神”の瘴気の後には、何か小さく光る”何かが”地にうずくまっているのである。

 

 

 勇者達とアマテラスが駆け寄る。

 

 

 ぽつん、とそこにいたのは小さな犬であった。

 うずくまっている犬は柴犬だ。生後5、6ヶ月くらいだろうか、目を細めて微動だにしないその犬はまるで眠っているようである。

 

 

「なんでこんなところに小犬が―――」

 

 

 友奈が思わず手を伸ばす。

 アマテラスにしたときと同じようにその子犬に触れようとした瞬間だった。

 

 

 

 

――――ねぇ。

 

 

 

 声が聞こえた。

 弱々しく、消え入りそうな子供の声が。

 

 

 

――――おなか、すいたよ。

 

 

「この声って……」

『あぁ、この犬から聞こえて来てるみたいだぜェ』

 

 友奈の言葉にイッスンが頷く。

 どこからともなく聞こえる声はたしかに耳に届くものである。

 

 

『……』

 

 アマテラスが歩み寄ると、犬はその重い瞼を開く。

 ”揺れ動かない黒点”はアマテラス達に何かを訴えるかのようであった。

 

 

 

――――ぼく、いつになったらごはんがたべられるの……。

 

 

 

 求めるような犬の声は続く。

 

 

 

 

――――どんなにあつくても……あめがふるさむいひも、ごしゅじんはなにもたべさせてくれないんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――からだもどんどんうごかなくって、どんどんめもみえなくなってくるんだ……ごしゅじん、どこ?

 

 

 

 

『――ッ、そうかァ、お前……』

 

 いち早く、状況を理解したイッスンが呟いた。

 

『誰か―――、なんか食えるもの持ってねえかィ?』

「イッスンちゃん……?」

 

 笠を下げてやるせなさそうな口調のイッスンに友奈は疑問を持つ。

 イッスンはさらに続け、 

 

『こいつァ……怨念の元になった犬だァ…かわいそうによォ、死ぬ一歩手前まで、ずっとご主人サマを信じて餌を待ってた―――、

でも最後はよォ……だからニンゲンを信じられなくなって怨念に成り代わっちまった……』

「そんな……」

 

 犬神の伝承を聞かされた彼女たちならば理解している。その結末が悲惨なものだと。

 勇者達が揃って押し黙る中、一人友奈だけがぽつりとつぶやいた。

 

「私、持ってるよ……ビーフジャーキー…」

 

 ポケットの中から取り出した袋をすぐに開封すると、友奈は一本だけ取り出して地にうずくまる犬へと近づけた。

 

「ほら、たべて!」

 

 差し出されたビーフジャーキーに気付いたか犬がその顔を上げる。

 だが、犬は周囲を見渡し、友奈ではなく、あさっての方向を見ていた。

 何度首を回しても一度は友奈をその瞳に映している筈なのに、なにも無かったかのように、その視点が定まることはない。

 

 

 

 犬の目は、既に見えていなかったのだ。

 

 

「こっち、こっちだよ……!」

「友奈ちゃん……」

 

 未だにジャーキーを見つけられず首だけを回す犬に友奈が必死に呼びかける。

 そんな献身的な友奈の姿を美森は直視できなかった。

 美森だけではない、風や樹や夏凛も。

 

 

 犬は漸く匂いでジャーキーの位置を嗅ぎ当てたか、その顔を友奈の正面に捉えて近づこうとする。

 だが―――、

 

 

 

「あ……」

 

 

 ぽつりと呟いた友奈は息が詰まるのを感じた。

 犬は確かに声が聞こえる方へ動き始めたが、それは”首から上のみ”である。

 

 頭を振って、その勢いだけを利用して地べたを文字通り這って進む姿に誰もが言葉を詰まらせた。

 

 

『分かってんだろ……犬神になる前、犬は地面の中に首から下を生き埋めにされるんだィ。コイツは死ぬ一歩手前の状態……動かせるのは首から上までだィ』

 

 

 イッスンの悲痛で、何かをこらえるかのように言い終えて、犬が友奈の膝元に辿りつく。

 この時既に犬は息も絶え絶えであった。

 口からは荒い息を吐き、

 舌が口端から垂れたままで戻ろうとしない。

 

 

 極限の飢餓状態まで生き埋めにされた事で体力も無いに等しい状態だったのだ。

 友奈が犬の頭を支え、口元までビーフジャーキーを近づけるが、

 

 

 犬はジャーキーを咥えるだけで、すぐに地面にぽとっ、と落としてしまう。

 食べ物を噛む力すら無い程にその身体は弱り切っているのだ。

 

 

「う、うぅ……っ! あ、あぁ…っ!!」

 

 その弱り切った姿に、もう友奈は耐えきれなかった。

 心臓を締め付けられるような息苦しさに、口を覆い、堪えきれない涙を流す。

 

「こんなのってないよ…っ! この子は何にも悪い事なんてしてないのに、どうして……どうして死んだ後もこうして苦しまなきゃいけないの…っ!?」

 

 既に散らした命がこうして助けを求めている。

 

「私……なにもできないっ、なにも、助けれてない…守れてないッ!!」

 

 人々を護る力を、勇者の力を友奈は与えられた。

 攻めてくる敵を倒し、友と日常を護る力だ。

 

 だがその力は決して万能ではない。

 死してなお助けを求める子犬に手を差し伸ばす事は出来ても救う事はできない、勇者システムは完全に無力であった。

 

 

 勇者部の活動でも似たような事はあった。

 猫や犬の里親探し。

 新しい飼い主を捜すといえば聞こえはいいが、それはつまり、最後まで面倒見きれなくなってペットを捨てる無責任な飼い主が多いという事である。

 毎度のように勇者部の依頼箱にあるその依頼を見て、だれもが思う。どうして大切な家族でもあるペットを平気で捨てられるのか、と。

 

 

 友奈たちが働き掛け、新しく飼い主に拾われる動物たちも居て、

 残されたペットたちは大概が保健所送りになる。

 貰い手がいないペットたちの末路は大人たちの勝手な理由で殺処分されるのだ。

 

 

 自分達が必死に御役目に務め、人類を護っている一方で、人間たちの一方的な都合で消えている命があるのを考えると、友奈は心が痛くなった。

 

 

「ごめん、ね……ごめんね…っ! こんなんじゃ、わたし……っ!」

 

 勇者失格だよ、そう言おうとした友奈の前を通り過ぎる者がいた。

 白い獣、アマテラスである。

 

「アマちゃん……?」

『アマ公?』

 

『……』

 

 友奈とイッスンが見守る中、アマテラスは疲労に息を荒く吐く犬に顔を近づけた。

 二匹の鼻と鼻が触れ合うと、

 

『キュウン……』

 

 犬が泣くような声を出す。そしてアマテラスは顔を上げると、後ろでその光景を座りながら見守っていた友奈へと近づき、

 

「あっ、待ってアマちゃん! それはっ!!」

 

 ぱくり、と彼女の持つビーフジャーキーを口に入れたのだ。

 慌てて口に収まったジャーキーを取ろうとするが、

 

『ま、待ちなァお嬢ちゃん! なにかアマ公にも考えがあんだァ、ここはひとつ、黙って任せてやってくれねェか』

「で、でも……」

 

 イッスンに諭されたが、友奈は不安な気持ちを隠せないでいた。

 友奈はアマテラスを見る。先ほど口に入れたビーフジャーキーをひたすら噛み続けているのか、口がもごもごと蠢いている。

 

 

 暫くしてアマテラスは犬の元へと戻ると、その顔を再び近づけて―――、

 

 

 アマテラスの口から、丸くポロリと舌に乗せられている塊がある。

 咀嚼に咀嚼を重ねて、柔らかくなったビーフジャーキーだ。

 

 

 干し肉のような硬さでは今のこの犬は噛み切る事はできない、そう思ったのだろう。

 

 

 ゆっくりと。

 アマテラスの肉を乗せた舌が横になっている犬の口へ入り込んでいく。

 肉を少しずつ乗せ、アマテラスが自身の舌で少しずつ肉と一緒に犬の舌を押し込んでやると、

 遅いペースだが犬は肉を喉奥へと運び始めた。

 

 

 いきなり全ての肉を含ませてしまったら吐いてしまう。

 少量に肉を分けて押し込んで、必要であれば再度咀嚼し、唾液を加えて柔らかくして口へと運ぶ。数回ほど、アマテラスから犬への”口移し”は繰り返された。

 

 

『アマ公は太陽神とか大神サマの他に”慈母神”なんて呼ばれてたのを思い出したぜェ……ったく、お前ってやつはよォ』

 

 

 アマテラスが守るのは、人だけに非ず。

 この世に生きとして生きる全ての命を見守っているのだということを思い出したイッスンが呆れたようにため息をついた。

 

 

 だが、それでいい。

 人も、動物も、必要あれば妖怪ですら守り、見守る。

 その慈悲深さを持ったアマテラス大神だからこそ、イッスンは共に旅を続けていきたいと思ったのだ。

 

 

 やがて、アマテラスが与えたビーフジャーキーを食べきると犬は薄く、ぼやける様な光を放ち――――、

 

 

『ありがとう』

 

 

 犬は満足したように呟いて

 その一言を残して、光となって浮かび上がった。

 まるで魂の輝きを放つその光の球を樹海の地表から現れた光がそれを包んでいく。

 

 

 本来はバーテックスの”封印の儀”や”鎮花の儀”為に使用される”神樹の力”が犬の魂を浄化し、天へと連れて行ってくれたのかもしれない。

 

 

 天へとうっすらと伸びては消えていく光に向けて、友奈を含めた勇者達は手を合わせるのだった。

 解放された魂が、安らかに眠りにつくことを願いながら。

 

 




ストーリー要約
・アマ公と犬神のバトル
・真経津鏡による部位破壊達成。破壊報酬は次回にて。
*拳と拳がぶつかったらどっちが勝つと思う? 硬ェ方が勝つに決まってんじゃねぇか!という某ニードレスさんのネタ。だったと思う。
・中の悪霊出したので犬神が正気に。でも自分も首切られんじゃねぇのと怯えるが風ママの母性に包まれて事なきを得る。
・犬神の怨念復活。風を殺そうとするが再起動した犬神バリアに防がれ、アマ公にトドメを刺される。
・怨念の大元である子犬が現れ、アマ公による餌やりで成仏。
・ちなみに天邪鬼達はなんとか逃げ切りました

犬同士だから問題無いはず。口移しは。
流石は我らが慈母アマテラス大神。
ゲーム内にある動物への餌やりをちょっとイメージを変えて表現。別にエロく無いよね?大丈夫だよね?

友奈ちゃんを含めた勇者部達は曇るからこそ輝くんだ(マジキチスマイル

意見と感想がベストマッチすれば日曜日には上げられるかもしれないのでよろしくお願いします。

アマテラスの家庭訪問。誰の家にいく?

  • 結城さん家
  • 東郷さん家
  • 犬吠埼さん家
  • 三好さん家の花凛
  • 乃木さん家(病院)
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