敗戦国の新米皇帝   作:ミッツ

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カイオスの心根

パーパルディア皇国 皇城 会議室

 

「僕を皇帝に…そう言ったか?」

 

「はい、確かにそう申し上げました。」

 

 机を挟みクーデター政権のトップ、カイオスがエーネルフの言葉を肯定し深々と頭を下げる。

 周囲にはエーネルフの側近が数名、そして新政権の重鎮達が控えている。

 

「どうか戴冠していただけないでしょうか?」

 

「いや、いやいや、ちょっと待ってくれ。戴冠するもなにも僕はまだ帰国したばかりだ。そんな重大なことすぐには決められないよ。そもそも、今回の政変だってどういった経緯があって行われたのかも知らないんだ。まずはそれについて説明を受けないと、決められるものも決められない。」

 

 突然の申し出にエーネルフが困惑するのも仕方がないことだろう。

 彼にとっては完全に寝耳に水、まったくの予想外の出来事である。

 すると、エーネルフの側近の一人が主の横からカイオスに声をかける。

 

「カイオス殿、殿下もこう仰られておられる。一度これまでに皇国で何があったのか話してくれないか?」

 

「わかりました。では、まず日本国と開戦した経緯について、それから説明いたします。」

 

 カイオスはエーネルフと彼の側近達にクーデターに至る経緯を説明し始めた。

 フェンへの懲罰派兵からの軍事侵攻。ニシノミヤコでの虐殺による宣戦布告。そこから始まった対日戦での連戦連敗。明らかにされる日本の真の実力。アルタラス解放及びルミエス女王の声明発表。そして、植民地の一斉蜂起とデュロ空爆。

 もはや敗戦は免れぬものと判断したカイオス等と、あくまでも徹底抗戦を主張する上層部の見解の相違によりクーデターに到り、実質的な降伏によって日本との講和を結んだというカイオスの説明をエーネルフは黙って聞き入っていた。

 途中短い休憩を挟みながら約2時間、ようやく皇国を取り巻く現状について説明を終えたカイオスは大きく息をついた。

 

「以上が開戦から講和までの経緯と現在の皇国を取り巻く環境です。何か質問はありますか?」

 

「そうだな。いろいろと言いたいことはあるが、最初に日本国は恐れるに足らずと報告した者は、国民に謝罪して首を差し出すべきじゃないか?」

 

 エーネルフの発言にカイオスの隣にいた黒髪の女性の肩がピクリと反応したが、あえて気が付かない振りをした。

 

「…当時はまだ日本国に関する情報も少なく、それを精査する時間もありませんでした。なので、担当者ばかりを責めるのは少々酷だと思われます。」

 

「分かってる。ちょっとした冗談だ。しかし、改めて話を聞くとよくもまぁ見事に負けたものだ。この国の悪い所が出たのもあるが、日本国の軍はこれ程までに強大なのか?魔王軍と戦ったと言われた方がまだ信じられるぞ。」

 

「全て事実であります。我が国は相手の力をよく確かめず戦争を仕掛け、完膚なきまでに叩きのめされたのです。」

 

 パーパルディアがやったのは藪をつついて蛇を出すどころかドラゴンを呼び出し、そのドラゴンの目の前で「自分達に従わないとこうなるぞ」と言って龍の卵を叩き割ったようなものだ。

 よく滅びず済んだものだと、逆に感心する。

 

「で話は戻るが、国の現状については理解できた。ならば次に僕を皇帝に推す理由を教えてくれないか。」

 

「はい。先程も申し上げた通り、講和時における日本国からの条件としてルディアス陛下の政権剥奪が求められてました。その為、現在ルディアス陛下は皇都別邸にてご静養していただいています。今後、(まつりごと)の舞台に立つことは不可能でしょう。つきましては、新たなる皇族の方に帝位を継承していただき国民に皇国の健在を示し、平和国家建設に向けた国意の統一を指し示していただきたい所存であります。」

 

「それは新たな皇帝を擁立する理由だろ。僕が知りたいのは何故僕を皇位に推すのかだ。」

 

「エーネルフ殿下におかれましては、ルディアス陛下との血縁も近く、継承順位についても問題ありません。また、ドネチア国統治においての実績もあり、新皇帝として十分な気質をお持ちであると判断したからです。」

 

「…ふむ。」

 

 カイオスからの評価を聞き、エーネルフは顎に手を当て思案する。

 言っていることに不自然な点は聞こえない。クーデターを起こした動機も国の将来を憂いたものだと理解できる。

 ならばこそ腑に落ちない。

 クーデターで政権を手にしながら、自分のような僻地の皇族を呼び戻してまで皇帝に据えようとするには、カイオスが述べた理由は些か弱い気がしたのだ。

 恐らく、彼らにはまだ此方に話していない事情があるのではと推察していると、横の席から何者かが立ち上がる気配がした。

 

「尤もらしい言い訳を述べるくらいなら正直に話したらどうだ!自分達の力だけでは国民からの支持が得られないとな!」

 

 怒声のした方に目線をやれば、エーネルフの侍従の一人であるダンデスが顔を真っ赤にしカイオス達を睨んでいた。

 恵まれた体躯から発せられた大声と圧力にカイオス達が怯んでいると、ダンデスはさらに続ける。

 

「大方各機関からも相手にされていないのだろう。だからエーネルフ殿下を担ぎ上げ、殿下からの信認を得たと喧伝し周囲に新政権の正当性を認めさせようとしたのだな。皇帝を廃しながらその権威を利用しようとするとは、貴様等に恥を恥と知る感性が無いと見える!」

 

「なんだとっ!?」

 

 ダンデスの物言いに我慢出来なくなったカイオス側の若手官僚が立ち上がった。

 

「カイオス様は無謀な戦争を終わらせ、皇国を滅亡の淵から救った憂国の士だぞ!国が滅びる瀬戸際という時に呑気に属領で傍観していた者に何が分かる!」

 

「ほざけ!貴様らなど所詮ただの簒奪者にすぎん!」

 

「おのれ!言わせておけば!」

 

「やめろ!手を出すんじゃない!」

 

「ダンデス、落ち着け!」

 

 ついに若手官僚がダンデスに詰め寄り揉み合いになると、両陣営が慌てて間に入り両者を引き離した。

 しかし両陣営共に相手を睨み付け、剣呑な空気が部屋に充満する。

 

「……カイオス殿、どうやら少し休憩をとった方がよさそうだ。我々は別室で待機するので、落ち着いたら呼びに来てはくれないか?」

 

「…分かりました。時間を取り、お互いに冷静になりましょう。」

 

 合意に至るとエーネルフは側近達を従え部屋を出る。

 カイオスはその姿をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 最後の従者が部屋を出ていき扉が閉まると、カイオスは気が抜けたように椅子に崩れ落ちた。

 

「大丈夫ですかっ!?カイオス様!」

 

「ああ、大丈夫だ。すまんが水を貰えないか?」

 

 すぐに水の入ったコップが用意されるとカイオスはそれを一気にあおった。そして、大きく溜め息をつく。

 

「これはもしかすると、失敗したかもしれないな。」

 

「何を仰りますかカイオス様。」

 

「そうです。ここで諦めるには早すぎます。」

 

 部下達がカイオスを励ますが、顔色は相変わらずすぐれない。そこにはクーデターを成功させた新政権の長としての威容は全く感じられなかった。

 

 クーデターによりルディアスを皇帝の地位から追い落とし、絶対君主制から共和制に移行しつつあるカイオス政権には現在直面している最大の問題事項があった。

 それは、新政権の人気が全く無い事である。

 皇帝ルディアスは己に権力を集中させた典型的な独裁者であった。

 自国の民以外の人間には興味を示さず、統治機構の属領での横暴を黙認し、恐怖による世界支配を野望する人間で、他国から見れば悪の帝国の親玉以外の何者でもなかった。

 だが一方で、パーパルディア国内での人気は非常に高かった。

 前皇帝の死により僅か17歳で皇位に着き、それから10年あまりで支配地域を皇国史上最大まで広げた手腕は国民に広く知られていた。

 加えて人材発掘に熱心であり、無位無冠の人間であっても能力を示せば適正なポストに配置し、その才能を存分に発揮させるのに長けていた。

 その為、パーパルディアの各政府機関にはルディアスにより見出だされた人材が重要な地位にあり、熱烈な皇帝のシンパとなっていた。

 一方で保守派とされる皇族への配慮も怠らず、皇族出身のレミールと婚約するなど彼らとも良好な関係を維持していた。

 こうした優れたバランス感覚こそルディアスの本領とも言えよう。

 国内を安定させ、外征により富を得て、国民生活を豊かにした皇帝ルディアスは一般市民からも熱く支持されていた。

 こうした各所からの支持はルディアスが構想した拡大路線の後押しとなっていたのだ。

 

 翻って新政権のトップであるカイオスはと言うと、その真面目な性格と真に国を思う気概により部下達をはじめとした比較的近しい同僚からは慕われていた。

 ただ、カイオス自体は第3外務局長という世間一般にはあまり顔を知られていない役職にいた。

 その為、クーデター後に国民に対して演説を行った直後は皇国が敗戦した衝撃もあって目立った反発は少なかったが、次第にクーデターの状況が広まっていくと政権に対する厳しい意見が飛ぶようになった。

 その筆頭は各行政機関の職員達である。

 先程も挙げたようにパーパルディアの行政機関にはルディアスのシンパが多く在籍しているが、それ以外の職員にも一部署の局長でしかなかったカイオスがクーデターによって国家元首の地位に就いたことを面白く思わない者は多くおり、彼らは皇帝の信認が無い事を理由に政権への協力を拒んでいた。

 皇族達も言わずもがな。

 ルディアスを幽閉し、レミールを無断で日本国に引き渡した新政権の所業は皇族達を激怒させた。

 彼らは表舞台にこそ出てこないものの、長年の人脈と財力によって国営企業や地方の有力者に働き掛け、政権への嫌がらせを行っている。

 そして一般市民からも国の最繁栄期を築き上げたルディアスを廃したカイオスに反発する者は多く、中にはカイオスが国家元首になるために日本と手を組み皇帝を追い落としたという陰謀論を唱える者もいた。

 

 

 このような国内状況でまともな政治など行えるわけがない。

 それどころか、逆にカウンタークーデターを起こされる恐れさえある。

 新政権には早急な対処が求められていた。

 そこでカイオスが考えたのは新たな皇帝を選出し、その権威をもって国政を動かすという、謂わば立憲君主制の確立であった。

 つまり、ダンデスの予想はほぼ正解であったのだ。

 

「折角クーデターまでして戦争を終わらせたというのに…。このままでは国が割れかねない。そうなれば今度こそパーパルディアはおしまいだ。」

 

「そうならない為にもエーネルフ殿下には即位していただかなければならないというのに、側近があの様子では…」

 

 部屋に重い空気が流れる。

 エーネルフは名実ともにパーパルディア皇族らしからぬ人物であった。

 気性は温厚で争い事を好まず、皇帝位を狙えるほどの立場でありながら辺境の属領に引きこもり、かといって私腹を肥やす訳でもなく本国への毎期の上納は欠かさず納め、余剰分は属領への投資と貯蓄に利用していた。

 パーパルディア基準で見れば余りにも甘いやり口であったが、現在のパーパルディアにとって属領に寛大な統治をしていたという実績は旧属領地域との関係改善に大きな意味がある。

 そして清廉で野心が乏しいという点も国内の復興を第一とする新政権にとって都合が良い。

 多少強引にでも皇帝に即位させるメリットはある人物であった為に、此方の問題点を隠してでも先ずは相手の承諾を得ようとしたのだが、その結果は最悪なものになってしまった。

 

「簡単には諦めてはなりません、カイオス。交渉に最も大切なのは根気だとあなたなら知っているでしょう?」

 

「エルト…」

 

 カイオスの隣にいた黒髪の女性、元第1外務局長のエルトが声をかける。

 かつて誤った日本の分析を報告し自国が日本に戦争を仕掛ける切欠を作ってしまった彼女だが、その外交能力を惜しんだカイオスにより政権に留意され統括された外務局の局長を勤めていた。

 

「確かに、意図的に此方の事情を話さなかった我々に殿下は不信感を持ったかも知れません。ですが、あの方はそれで我々との交渉を打ち切るような短慮をする人では無いと見えます。ならば今度はあなたの心根を殿下にお伝えするべきです。」

 

「私の心根か…」

 

「そうです、カイオス。あなたが誰のために、何のためにこの国を導くと決意したのか。それを真摯に明かせば殿下なら解ってくれる筈です。」

 

 エルトの言葉に知らぬ内に熱が入る。

 それを受けたカイオスの目に漸く光が灯った。

 

「そうだ。私にはやらねばならないことがある。すまない、皆迷惑をかけた。誰か殿下を呼んできてくれ。」

 

 国を導くと覚悟を決めたその時から、カイオスの目指すものは変わらない。

 エーネルフに己の心根を明かすことは、国民の理解を得るためのカイオス達の第1歩でもあった。

 

 

 

 

 

皇城内 控え室

 

 一方、別室に移動したエーネルフの眼前には先程カイオス達に啖呵を切ったダンデスが膝まづいていた。

 ダンデスはエーネルフに対して深々と頭を垂れる。

 

「出すぎた真似をして申し訳御座いませんでした。」

 

「……その様子からして、ただ単に僕が利用されるのが気にくわなかったというわけでは無さそうだな。どのような所存であのような事を?」

 

 エーネルフに問い掛けられ、ダンデスは顔を上げ己の主君の相貌を仰ぎ見た。

 

「あの場で殿下の御即位を決定付けられない為で御座います。皇族の方々に話を通さぬまま御即位したとならば、殿下が皇族の方々から不興を買われる恐れが御座います。」

 

 ダンデスの説明を受け、エーネルフは得心して頷いた。

 現在、カイオスへの不信感が最も根強いのは皇族達である。

 その皇族達を抜きにして次期皇帝に決定したとなれば、彼らからの反発は間違いない。

 最悪カイオス達共々カウンタークーデターの対象になりかねない。

 

「つまり即位するかどうかは別として、あの場で承諾するのだけはダメなんだな。」

 

「その通りで御座います。殿下はお優しい御気性であります故、あのままでは押し切られてしまうやも知れませんでしたので私の独断で会談が中断するよう仕向けました。御叱りなら如何様にも。」

 

「…真に主君を想い起こした行動であれば、それを責める謂れはない。忠心、大義であった。」

 

「…勿体なき御言葉で御座います。」

 

 ダンデスは再び頭を垂れた。

 

「ともかく、今日この場で結論を急ぐ訳にはいかないのだな?」

 

「はい。最低でも先に皇族の方々に皇位に即位する意思があることを示し、その中でも有力な方から後ろ楯を得るのが望ましいでしょう。」

 

 皇帝と従兄弟同士とはいえ、10年余りを国外で過ごしてきたエーネルフは中央との関係が薄い。

 そのため皇帝に即位するに当たっては、中央の有力者と関係を結ぶ必要性があった。

 

「そうなると、やはりあの人を頼る他無いだろうな。果たして顔を会わせてくれるかどうか…」

 

 とある人物の顔を想いだしエーネルフの顔色に憂鬱が滲む。

 例え皇帝になることがなくとも会いに行かなければならない相手であるのだが、かつて不義理をした人物でもあるのでどうにも会い難い。

 

「…殿下は皇帝になられる気が御座いますのでしょうか?」

 

「……正直に言うと気が向かない。確かにカイオス殿の言う通り、僕はルディアス陛下とも血縁が近いし、辺境とはいえまともな統治をしてきた自負もある。

 だけど、皇国民7000万を率いこの国の最大版図を築いたルディアス陛下のあとを継ぎ、敗戦のドン底に沈んだ祖国を導くというのは僕には荷が重すぎる。」

 

「では辞退されると…」

 

「ああ、出来ることならそうしたいけど…」

 

 そう話すエーネルフの顔には不安と葛藤の色が見える。

 彼自身、自分が皇帝の器にあると思った事など無い。

 そんな自分が建国以来最大の危機に瀕した母国の皇帝になるなど、考えただけで身震いがする。

 だが一方で祖国の現状を客観的に分析し、国内を安定させるには自分が皇帝に即位するのがベストだと理解することも出来た。

 ここで重責から逃げた結果、内乱が起きれば今度こそ国が滅びかねない。エーネルフはそれを理解していた。

 皇族としての責任感、そしてその重圧はエーネルフを大いに苦悩させていた。

 

 すると部屋のドアがノックされ、会談の再開を告げる声が聞こえてきた。

 

「…殿下、いずれにせよ今日この場で結論を出すことは出来ません。ですが納得のいくまで考え、殿下御自身が望まれる決断を得られましては、我ら侍従一同最後まで殿下に付き従う所存で御座います。」

 

「…すまない。ありがとう。」

 

 自分に忠誠を尽くしてくれる従者に礼を言い、エーネルフはカイオスの待つ会談の場へと向かった。

 

 

 会議室にエーネルフ達が戻ると先ずはカイオスから先程の非礼に対する謝罪があり、それを受けエーネルフ側も謝罪を返したところで会談が再開すると、先にカイオスが口を開く。

 

「再開してなんですが、本日は既に良い時間ですので今後の会談の日程を決めて解散したいと思っているのですが。」

 

「…此方としては構わないのですがよいのか?重要なことについて何一つ決まって無いが。」

 

「はい。考えてみれば帰国したばかりで御疲れのところ、この様な会談にお付き合いさせてしまった事自体、大変失礼な事でした。重ね重ね謝罪申し上げます。」

 

「いや、この国の現状を思えば早急に対策を練る必要があるのは当然の事だ。僕も気にしていない。」

 

「ご配慮、感謝いたします。」

 

 カイオスが感謝の言葉を述べると、話し合いが再開し4日後に次の会談を行うことが決定する。

 それをもって本日の会談が終了し、エーネルフ達が帰り支度をしていると、カイオスが側に寄ってきた。

 

「エーネルフ殿下、本日は大変申し訳ありませんでした。その上でこの様な申し出をするのは心苦しいのですが、このあと少しお時間をいただけないでしょうか?」

 

 カイオスの申し出にエーネルフは困惑しダンデスの顔を見ると、忠臣たる従者は小さく頷いた。

 

「別に構わないがいったいなにを?」

 

「殿下に見ていただきたい物があります。それを見ればこの国の現状がより深く理解できます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皇城から馬車に揺られること30分。

 車内から出たエーネルフが最初に感じたのは潮の香りであった。

 

「ここは…」

 

「殿下、ここはかつて海軍本部のあった軍港です。」

 

「なんだと!?ではここは、あのエストシラント港というのか!」

 

「その通りで御座います。これが今のエストシラント港です。」

 

 エーネルフは絶句し、再び目を前方に向ける。

 彼の知るエストシラント港は多くの軍艦が雄壮な姿をみせ、建国以来の歴史的な軍事施設の立ち並ぶ第3文化圏最大の港であった。

 それが今や、見る影もなくなっている。

 かつて軍艦であった物の残骸が海を埋めつくし、建物があった場所には瓦礫の山が出来ている。

 

「これは全て、日本国によるたった一度の攻撃によりもたらされたものです。彼の国の前には我が国の軍は手も足も出ませんでした。現在我が国の軍事力は全盛期の10分の1にまで落ち込んでいます。」

 

「たった一度の攻撃でこれほどまでの…」

 

 エーネルフも報告を聞いて日本国が母国を越える力を持つ国であることは理解しているつもりであった。

 だがこの瞬間、彼は日本国の力が彼の想像を遥かに上回るものであることを正しく理解した。

 エーネルフの軍事への関心は高くない。それでも、幼き日にこの場所で行われた観艦式に皇族として参加し、威風堂々とした海軍に胸を高鳴らせたのは思い出として強く記憶している。

 その場所が他国の攻撃で破壊され尽くした事実は、エーネルフの胸中に言い様のない悔しさと哀しみをもたらした。

 

「…カイオス殿、これがあなたが見せたかったものなのだな。日本が我らの想像出来ぬほどの大国であるという事実を。」

 

「…それも一つあります。ですが、私が本当に見ていただきたいものはあそこに。」

 

 そう言ってカイオスが指差す先には奇妙な一団があった。

 その多くは女性であったが年齢層はバラバラである。

 腰の曲がった老人もいれば、10代に満たない幼女もいる。身なりの良い婦人の横には、幼子を抱えた古着姿の母親がいた。

 彼らに共通しているのは一際巨大な瓦礫の山を一心に見つめている点である。

 瓦礫の山では軍人らしき男達が瓦礫の撤去作業を行っていた。

 

「あのご婦人達はいったい?」

 

「彼女達が見つめる先にあるのは海軍本部の建物であったものです。」

 

「そんな!?では彼女達は!」

 

「はい、待っているのです。大切な人が見つかるのを。」

 

 今度こそエーネルフは言葉を失ってしまう。

 彼女達はずっと待ち続けているのだろう。そしてこれからも、親愛なる人が見つかるまで待ち続けるのだ。例えそれが、悲しい再会になろうとも。

 

「一番前で撤去作業を見ているご婦人がいるでしょう。彼女の夫はワイバーン乗りでしたがフィンへの懲罰派兵の際に日本に迎撃され戦死しました。派兵を決定したのは第3外務局長であった私です。」

 

「………」

 

「彼女達には一人息子がいたのですが、最近は親に反抗ばかりしてチンピラとも付き合っていたそうです。ところが、父親が戦死したと知ると母親のもとに帰り軍に入隊すると言ったそうです。軍に入り、父の仇を取るのだと。空爆があったのは入隊した日です。私は彼女から、夫と息子の両方を奪ってしまったのかもしれません。」

 

「カイオス殿…」

 

「…殿下、私が巷で簒奪者と呼ばれています。そう言われても仕方がない事をしたとも解っています。ですがそれでも、私にはやらなければならないことがあります。」

 

 カイオスは待ち続ける人々を見つめる。その瞳には悲壮な覚悟が写っていた。

 

「私は二度とあのような悲しい人々を産み出さない国を創りたい。それが、私の偽らざる心根です。」

 

 決してその後ろ姿を忘れないように、じっと一団の姿を見つめながらカイオスは語る。

 エーネルフにはその姿がとても眩しく見えた。

 




クーデター政権にとっての最初の関門は民衆の支持を得られるかどうかだと思います。
直前まで絶対君主制が上手くいってた国で、民主制を行うのはかなり難しいです。
なのでこの作品では、パーパルディア皇国は段階的な立憲君主制に移行していくという風にしています。
次回はようやく主人公が皇帝に即位します。そして、日本の反応を少しだけ。
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