敗戦国の新米皇帝   作:ミッツ

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新皇帝のスピーチ

 皇都郊外 皇族居住地

 

 皇城より内陸に向かって馬車で15分。

 そこはパーパルディア皇国でもっとも高貴な身分の者達が住まう高級邸宅が立ち並ぶ場所である。

 その中でも一際大きな邸宅の客間にエーネルフはいた。

 その顔には緊張の色が見え、先程から落ち着きなく貧乏揺すりをする有り様である。

 そうしているうちに客間の扉が開き中に人が入ってくると、エーネルフは素早く立ち上がって入り口に向き直る。

 現れたのは壮年の男性だ。頭を剃り上げ、口髭を蓄えた容姿は相手に威圧感を与えた。

 ピシャリと伸びている姿勢は軍の教官に似た雰囲気を醸し出している。

 この人物こそ屋敷の主であり、エーネルフにとって重要な意味を持つ男であった。

 男はエーネルフの正面に立つと睨み付けるように、顔を注視した。

 

「………よくぞ、おめおめと儂の前に顔を出せたものだな。」

 

「…はい。お久しぶりです、父上。」

 

 男の名はカーネイジ。

 エーネルフの実の父親であり、皇帝ルディアスの叔父にして、かつては皇国軍最高司令を勤め上げた皇族内の重鎮である。

 

 

 

 

 

 

 重苦しい沈黙が客間を支配する。

 簡単な挨拶を交わし、使用人が飲み物を運んできたのを最後に部屋にはエーネルフとカーネイジの2人しか残されていない。

 エーネルフは中々話を切り出せずにいた。

 それでもこのまま黙っているわけにもいかず、張り付いた喉を潤わすべく手元の御茶を口に運んだ。

 

「…それで皇帝に即位する決心はついたのか。」

 

 思わず吹き出しそうになった。

 苦し気に咳き込みながら父を見ると、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「ゲホッゲホ、父上は、ご存じなのですか?私が、皇帝になるように、求められたのを。」

 

「ふん、皇族の情報網を甘く見るな。お前が帰国早々あの無礼者達のもとに連行されたいう話は、その日のうちに儂の耳にも届いておるわ。それと国の現状を合わせて考えれば、何のために奴等がお前を連れていったのか容易に想像できる。」

 

 軽々しく話しているがエーネルフの帰国を知るのは本国では限られた者だけであり、カイオス達との会談も極秘の内に行われたものだ。

 その情報を易々と入手するだけに飽きたらず、会談の内容を正確に導き出す分析力はカーネイジが一角の人物であることを表していた。

 

「恐れ入りました。仰る通り、新政権からは国内安定の為に新皇帝に即位することを求められました。私はそれを受けようと思います。」

 

「ほう。皇帝を補佐する役目から逃げ出した奴が、今度は皇帝になるとな?」

 

「…当時の私は未熟でした。国を背負う皇族としての自覚もなく、身勝手にも立場と責任を投げ出してしまいました。その結果、父上をはじめ多くの方に迷惑をかけてしまいました。」

 

 10年前、先帝が崩御しルディアスが新たな皇帝に即位する際、エーネルフは新皇帝の秘書官に就任して皇帝の職務を補佐する手筈になっていた。

 ところがエーネルフは直前になって皇城を抜け出し、皇族の権力を使って強引にドネチア国の統治機構長に就任すると、家出同然に国を出ていったのだ。

 幸いルディアスが親交の深かったエーネルフの性格をよく知っていた為に笑い話として許されたのだが、父親であるカーネイジは親として監督不届きを理由に、先帝の頃より拝命していた皇国軍最高司令の職を辞し隠居するに至った。

 

「あの時の行いが、とても許されないものである事は重々承知しております。されど、亡国の淵に立つ母国を見捨てられず、恥ずかしながら帰って参りました。今後は命を掛けて国のために身を削る所存でありますので、皇帝に即位するのを認めて頂き、皇族の方々への了承を取り次いで頂きとう御座います。何卒よろしくお願い致します!」

 

 膝に手をつき、必死の形相でエーネルフは父親に頭を垂れた。

 その様相は、判決を待つ被告人のようでもあった。

 部屋に再び重苦しい沈黙が流れる。

 そしてエーネルフにとって永遠にも近い静寂の後、カーネイジがポツリ呟く。

 

「まあ、良いのではないか。」

 

「良いのですかっ!?」

 

「何だ、まさかもう怖じ気づいたのか?」

 

「い、いえ!そう言う訳ではなく、あまりにもアッサリと認めていただいたので…」

 

 エーネルフからすれば絶対に反対されるだろう、と思っていたのでこうも簡単に了承されるのは想定外であった。

 息子の呆然とした様子にカーネイジは忌々しげに鼻を鳴らす。

 

「儂とて、お前を皇帝になど平時であれば反対だ。されど今は国の有事なれば、あらゆる手を使って国を支えるのが皇族の務めである。それに、皇族内にもお前を推す者は多くいる。」

 

 まさか自分を皇帝に推す皇族がいるとは思っていなかったエーネルフにとって、父の言葉は予想外であった。

 

「そんな、なぜ私を…」

 

「皇族が今の立場に胡座を掻き、自分達の特権ばかりを主張しているとでも思っていたのか?

 だとしたら大間違いだ。むしろ新政権の無礼者達を除けば、この国の現状を一番よく把握しているのは皇族だぞ。」

 

 一般的に権力者としての側面ばかりが強調される皇族や貴族といった特権階級であるが、曲がりなりにも彼らは国民を代表して政治に関わる者達であり、将来的に国家の中枢を担うべく幼き頃より英才教育と情操教育を施されたエリート中のエリートである。

 彼らが国の現状を客観的に捉え、新政権と同じ考えに至るのはある意味当然とも言えた。

 

「本当ならデュロを攻撃された時点で、彼らは日本国との早期講和を求める嘆願書の作成に取り掛かっていたのだぞ。それが受け入れられなければ、最悪ルディアス陛下には御病気(・・・)になっていただく手筈であった。」

 

 皇族達の忠誠心は基本的には皇帝に向けられているが、仮にもし現職の皇帝が国家体制に悪影響を与えかねないと判断された場合、皇帝が病気になったり、気が変調を患ったりといった理由で退位した事例がある。

 要するに皇族達は国と皇帝ならば、最終的には国の維持を選べるのだ。

 

「しかし、皇族の方々は新政権への協力を拒まれていると聞きましたが。」

 

「それは無礼者共が勝手に先走ったからだ。いや、それだけならまだしも、何一つ相談も無く日本国と講和するわ、了承も無く皇族を他国に引き渡すわ、新政権の陣容まで自分達の好きに決めるわ、あまつさえ次期皇帝を勝手に決めようとする。これ程までに皇族が蔑ろにされた例はないぞ!」

 

 つまり国の一大事に蚊帳の外にされたから拗ねてるのか、とエーネルフは内心で呟いたが、それが表に出ないように必死に表情を取り繕った。

 

「であれば、皇族はどうすれば新政権を御認めになるのでしょうか?」

 

「まずはこれまでの無礼の謝罪をする事であろう。要は筋を通せと言いたいのだ。そうすれば皇族がこれ以上意固地になることもない。あのカイオスとか言う男は外交においては見るべき所があるが、国内情勢についてはまるで素人だ。見識の有る者を側に置かねば、早々に立ち居か無くなるぞ。」

 

「…何だかんだで父上も新政権を気に掛けていらっしゃるのですね。」

 

「戯け!全ては国家存続のためだ。」

 

 何はともあれ、自身の皇帝即位と新政権の運営に目処がたった事でエーネルフは漸く安堵し顔を綻ばせる。

 だがカーネイジはそう簡単には事は終わらん、と息子を嗜めると、1枚の書状を取り出した。

 

「皇族からはお前が皇帝に即位するに当たって、次の事項を政権に呑ませるように要望を受け取っている。読んでみろ。」

 

 書状の内容は以下の通りである。

 

一つ、ルディアス陛下の身の安全を保障する事。

一つ、皇族の身分保障及びに財産権の保護を認める事。なお、既得権益に関しては国体の維持のため放棄の必要性がある場合、交渉の上で段階的な解体を了とする。

一つ、日本国に連行されたレミールの身柄の返還交渉を行う事。

以上の事が認められた場合、皇族一同は新政権への協力を惜しまず、私兵においては国軍に組み込むことも認める。

 

「これはまた、何とも思い切ったものですね。最低限の身分保障と財産権の保護のみ求め、既得権益の放棄も受け入れるとは…」

 

「言ったであろう。皇族はこの国の現状を最も深く理解している者達だと。同族意識は強いが、彼らとて国の維持のために身を削る事は厭わん。」

 

「なるほど。ですが、レミールの身柄の返還は流石に厳しいのでは?彼女は既に日本国に引き渡されてますし、開戦の経緯から易々と返還されるとは思えませんが。」

 

「ふん、無論本気でレミールを救い出せると考えている者は少数だろう。いわば、新政権は決して皇族を蔑ろにしていないという姿勢をどれ程示せるかを見たいのだ。それにな…」

 

 カーネイジは先程も見せた意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「元はと言えば、外務局が日本国の国力を見誤ったのが開戦の切っ掛けだ。にも拘らず当事者にのみ敗戦の責任を負わせ、講和のための生け贄とし、自分達は関係ないとばかりに国の中枢に居座る。これを道理に能わずと呼ばずに何と呼ぶ?その当て付けをしておるのだ。」

 

 その言葉を最後に三度目の沈黙が部屋を支配する。

 エーネルフは非常に複雑な面持ちであった。

 陰湿と言えば陰湿だが、皇族達の言いたいことも分からなくはない。

 開戦の切っ掛けこそレミールにあるが、カイオスや外務局にも失態があった。

 だが、敗戦の責任はルディアスやレミールに、自分達は上層部が押し進めた無謀な戦争を終わらせた功労者として政権を握ったとならば、皇族で無くとも眉を潜める者がいるだろう。

 仮に新政権の重鎮達に後ろめたい気持ちがあれば、皇族からの要望は無視出来ないかもしれない。

 

「そう言えば、お前がこうも早く皇帝に即位するのを決断するとは思っていなかったぞ。何かしら理由をつけてごねるものだと思っていた。」

 

「ああ、確かに最初は何とかして辞退したかったです。ですが、カイオス殿から此度の戦争で傷ついた国民を教えられ、自分が恥ずかしくなったのです。多くの国民が苦しい思いをしているのに、自分は重責から逃れる事ばかり考えてました。それに…」

 

 言葉を言い淀んだエーネルフの脳裏には、あの日決意の籠った目で遺族達を見るカイオスの姿が写っていた。

 

「私もこの国に住む人々の為に命を掛けれる人間になりたい。その為に私がこの国で出来る事を全てやろう。そう思ったのです。それが、私が皇帝になる理由です。」

 

「………気付くのが10年遅いわ、愚息め。」

 

 そう呟くと、カーネイジはゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の隅の戸棚からワインと杯を2つ取り出した。

 椅子に戻り息子の前に杯を置くと、その中をワインで満たした。

 

「思えば、こうしてお前と酒を飲むのは初めてだったな。」

 

 そう言うと自分の手元に置いた杯も同じ様に酒で満たし、一口で中身を飲み干し小さく息を漏らした。

 

「儂はな、お前に陛下の側にいて欲しかった。」

 

 再び杯の中を満たし名柄、昔を懐かしむようにカーネイジは語る。

 エーネルフはそれを黙って聞く他なかった。

 

「陛下とお前が共に力を合わせ、この国を盛り立ててゆけば、パーパルディア皇国は神聖ミリシアル帝国にも並ぶ繁栄を築けると思っておった。」

 

「父上…。」

 

「だが、それも最早叶わぬ夢だ。せめて、もっと早くお前が気付き、帰って来てくれていれば……」

 

 悔やんでも悔やみきれぬ様子で、カーネイジがポツリ、ポツリと漏らす。

 そんな、初めて知る父の姿にエーネルフの心は激しく掻き乱れた。

 自分がどれだけ期待を裏切ってきたのか、どれだけ失望させてきたのか、今この時初めて知った。

 それを知る度に喉元に苦しさが込み上げてくなる。

 そんなエーネルフを父は今までに見たことの無い真摯な眼差しで見据えた。

 

「過ぎた事を言っても仕方がない。エーネルフよ、これは父としての最後の願いだ。」

 

 父親は息子の左手の甲に両手を乗せると、そこに額が着くまで頭を下げた。

 

「どうかこの国を最後まで諦めないでくれ。列強に返り咲かずとも良い。せめてこの国に住む民が、この国に失望せぬように、何卒!!」

 

「…はい。必ずや!」。

 

 父の手の上に右手を重ねると、エーネルフは力強く宣言した。

 それを見て、カーネイジは安堵し顔を綻ばせる。

 その日、エーネルフとカーネイジは夜がふけるまで言葉を交わした。まるで、終いの別れを惜しむかのように。

 事実、彼らが親子として杯を交わすのはこれが最後となった。

 以後、二人の関係は親子から主従のものに変わり、カーネイジが鬼籍に入るまで、その関係は変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後、新政権が非公式ながら皇族にクーデター時の不手際を謝罪し、皇族も謝罪を受け入れ和解が成立した。

 

 さらにその一週間後には正規の作法を大幅に簡略した戴冠式が皇城内で取り仕切られ、これを以てパーパルディア皇国皇帝としてエーネルフの即位が認められた。

 参列者はカイオスを始めとした新政権の面子と有力な皇族のみであり、10年前に行われた先帝のそれに比べると酷く簡素なものであった。これは、一刻も早い民心の安寧を望んだエーネルフの意向を尊重し、本来数ヶ月かける準備期間を取らなかった為である。

 参列者の見守るなか、エーネルフが皇帝即位の宣誓は行い、カーネイジより王冠を被せられ戴冠を果たした。

 

 式典が終了すると、エーネルフは一旦控え室に下がった。

 このあとは魔導通信を通じて国民に皇帝即位後最初の演説を行う手はずになっている。

 

「でん、あっ、失礼しました。陛下、そろそろお時間です。」

 

 つい以前までの呼び掛けをしてしまいそうになり言い直すダンデスに、エーネルフは苦笑いをしてしまう。

 

「ダンデス、お前もまだ慣れないか?」

 

「大変申し訳御座いません。以後気を付けます。」

 

「別に僕は構わないぞ。公式の場でなければ殿下でも。」

 

 軽く冗談を言いながら、エーネルフは懐から用紙を取りだし内容を確認する。

 すると、部屋の扉がノックされカイオスが入ってきた。

 

「陛下、ご準備はよろしいでしょうか?」

 

「ああ、いつでも大丈夫だ。もう移動しても良いのか?」

 

「はい。全て整いました。それは演説の原稿ですか?」

 

 カイオスがエーネルフの持つ用紙を指して尋ねると、エーネルフは頷いた。

 

「ああ。一応内容については確認を受けているから、不興を買うようなものではないと思うが。今日は日本国も見に来ているのだろう?」

 

「…恐らくは。」

 

 カイオスは辺りを気にするような素振りを見せて肯定する。

 エーネルフは遠い目をして小さく息を吐いた。

 

「これから僕が話す言葉が、そのまま国の運命を左右するのか。」

 

 敗戦後、皇国における皇帝の権限は日本国により大きく制限されることになり、今後の政権運営はカイオス達を中心として動かされる事となっている。

 しかし、国の象徴たる皇帝の権威はいまだ健在であり、その重責もまた重く貴きものと国民は見ていた。

 皇帝に即位する決断を下し、こうして戴冠も果たした。

 実はともかく名はパーパルディア皇国皇帝となったエーネルフであるが、皇帝の重責を受け止めきるにはまだ心の余裕が足りない。

 

「陛下、あまり重く考えすぎるのも良くありません。」

 

 見かねたのか、カイオスがエーネルフに話しかける。

 

「こう言っては何ですが、日本国の軍事力をもってすれば我が国を滅ぼすのは簡単だったでしょう。そうならずにすんだのは、日本国に我が国を滅ぼす意図がなかったのが大きいと思われます。それに、話した限り日本国は揚げ足取りで理不尽な要求をしてくる国では無いと思われます。」

 

「つまり、僕が不用意発言をしても日本から制裁を受ける可能性は低いと?」

 

「無論、限度はありますでしょうが。」

 

 カイオスの言葉にエーネルフは口許に小さく笑みを浮かべた。

 

「カイオス殿、ありがとう。お陰で少し気が楽になった。」

 

「いいえ、お構い無く。それと、差し出がましいようですが今回の演説はあくまでも皇国民に対して行うものです。なので、日本国を意識して言葉を選ぶより、陛下ご自身の心の内をありのままに国民へ伝える事を重視したが宜しいかと。」

 

「私の心の内をありのままにか?」

 

「はい。少なくとも私はそれで上手くいきました。」

 

「ははっ、なるほど。確かにそうであったな。カイオス殿、重ね重ね礼を言おう。」

 

 エーネルフは軽く頭を下げると静かに瞼を閉じた。

 そのまま暫く深い呼吸を繰り返すと、スッと目を開き表情を引き締める。

 

「それでは行こうか。国民が待っている。」

 

 

 

 

 

 

 その日、皇都エストシラント各所に設置された魔導通信の受信機の周りには多くの人だかりが出来ていた。

 彼らは本日、新皇帝による国民に対しての最初の演説が行われると聞き集まったのだ。

 

「新しい皇帝は確かエーネルフ様と言ったよな。いったいどの様な方なのだろうか?」

 

「聞いた話ではここ10年ばかりは辺境の植民地にいたそうだぞ。」

 

「それってつまり、左遷させられてたということか?」

 

「いや、それが自ら望んで国を離れられたらしい。」

 

「どういうことだ?なぜそのような方が皇帝に?」

 

「さあ?おっと、始まるみたいだぞ。」

 

 国民達が見つめる先で受信機の画面がゆれ、暫くすると少し緊張した面持ちのエーネルフが映る。

 国民達は始めてみる新皇帝の姿を黙って見据えていた。

 

『パ、パーパルディアの国民よ、私はこの度パーパルディア皇国 皇帝に即位したエーネルフである。』

 

 緊張のあまりいきなり噛んでしまうも、その後はなんとか言葉を続けられた。

 画面外ではダンデスがホッと息をついている。

 

『前皇帝 ルディアス陛下は日本国との戦争による敗戦の責を取り、退位された。よって私はその後を継ぎ、皇帝に即位した次第である。

 さて、既に国民の諸君は知っていると思うが、此度の戦争で我が国は敗北し、多くのものを失った。

 中でも、60万もの貴き人命が失われたことは悔やんでも悔やみきれない。彼らは皆、我らが愛すべき家族であり、皇国の未来を背負ったかけがえの無い存在であった。彼らの命を無惨にも戦地に散らせてしまったのは、我が国の上層部の責任と言わざるを得ない。その事について謝らせて欲しい。本当に申し訳ない。』

 

 画面越しにエーネルフが頭を下げると、人だかりから大きなどよめきが起こる。

 これまで、皇帝が国民に対して謝罪するなどあった試しが無い。

 それ故に、困惑の方が先に来てしまっていた。

 

『我が国は此度の戦争で全ての属領及び属国を失った。これもまた我が国における植民地経営の失敗が関係している。

 今後は総力を上げ旧属領及び属国との関係改善に臨んでいくが、それがなされるまで国民の皆には苦しい生活を強いる事となるだろう。だがどうか、いま暫く耐えて欲しい。必ずやこれまでの不幸な過去を払拭し、彼の国々と手を取り合う日を約束しよう。

 そして…』

 

 ふと、エーネルフの言葉が途切れた。

 彼は黙って目を閉じ、考え込むような表情を見せる。

 その様子に国民はざわつき、カイオスとダンデスは心配そうに見守っていた。

 

 エーネルフの脳裏には様々な光景がよぎっていた。

 

 この国を頼むと懇願する父。

 悲しき背中を決意の籠った目で見つめる簒奪者。

 遠き地より互いの発展を願いあった盟友。

 そして、この世界の全てを手にいれると豪語した幼き日の友。

 

 彼らの情景を思いだし、エーネルフは静かに目を開いた。

 

 

『………そして、日本国について話しておかねばならない。彼の国の軍事力について疑問を持つものはいないだろう。彼らは我が国の精強たる軍を一蹴するだけの力がある。彼らによって我が軍は回復不可能な被害を受けた。

 今後我が国は日本国により多くの制約を受け、再び列強に返り咲く事は許されないかもしれない。

 それを知った上で敢えて言わせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          何が日本国だっ!!』

 

 突如としてエーネルフから発せられた怒声に多くの者が呆気に取られ、言葉を失った。

 それは直接彼と話したカイオスのみならず、長年使えてきたダンデスでさえ同様である。

 そうとは知らずにエーネルフは演説を続ける。

 

『我が国は日本国に敗北した。されど、日本国の奴隷となった覚えは無い!

 例え奴隷に身を落とされようと、我らは誇り高きパーパルディア人の血脈を受け継いだ末裔である。その魂まで落とされる事は無い!

 我が国は建国以来の危機に直面している。されど、誇りあるパーパルディアの民は死に絶えてなどいない。諸君らが一致団結し、この危機を乗り越えれば、再び繁栄の道を歩めると私は信じている!

 その暁には我が国の新たな歴史が刻まれるだろう。そう……』

 

 画面内でエーネルフは天を指差した。

 

『我が国は日本国に追い付く事を目標とする。』

 

 誰かが息を飲む音が聞こえる。それでも、国民は画面に映る新皇帝に釘付けとなっていた。

 

『彼の国は我が国より遥かに発展していると聞く。ならば我らは日本国より学び、研究し、より良い繁栄の道を探求しようではないか!

 例え今世にて追い付く事が叶わずとも、我らが子々孫々の代の繁栄の礎となり、パーパルディアの誇りを次代に託そうではないか!

 それが私がパーパルディア皇国皇帝として望む唯一の事である。故に…』

 

 エーネルフは再び画面の向こうへ深々と頭を下げた。

 

『どうか、力を貸して欲しい…』

 

 延々とも思える沈黙が流れる。

 誰もが口を開くことなく、真剣な面持ちで受信機の画面を見つめていた。

 その間、エーネルフは頭を上げることなく、黙って姿勢を保ち続けていた。

 

「…パーパルディア皇国万歳。」

 

 誰かがふと呟いた。

 

「…パーパルディア皇国万歳、パーパルディア皇帝万歳。」

「パーパルディア皇国万歳、パーパルディア皇帝万歳!」

 

 その声は徐々に数を増やし、大きなうねりとなっていった。

 

「パーパルディア皇国万歳!パーパルディア皇帝万歳!」

「パーパルディア皇国万歳!パーパルディア皇帝万歳!」

「パーパルディア皇国万歳!パーパルディア皇帝万歳!」

「パーパルディア皇国万歳!パーパルディア皇帝万歳!」

 

 皇都各所から広がる国民の声は収まる気配を見せず、国と新たなる国主を称え続けた。

 その声は皇城まで響いた。

 エーネルフは頭を下げ続ける。その顔は涙でグシャグシャになり、とても国民に見せられるものではなかったからだ。

 結局、中継が終了する時までエーネルフは頭を下げ続け、国民の声は収まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇都某所

 

「ええ、そうです。日本に追い付くと………では、こちらから動く必要はないと?………はい……はい………了解しました。では、そのように。…それでは失礼します。」

 

 小型無線機で通信をしていたスーツ姿の男は、通信を終えるとネクタイを緩め小さく息を吐いた。

 すると、横で話を聞いていた彼の部下が話しかける。

 

「本国はなんと?」

 

「今のところ、こちらから揺さぶったりする必要はないそうだ。しかし、条約を無視したり軍を纏めようとした場合には適切な処置をしろだと。まったく、まさか異世界でCIAの真似事をするとは思わなかったよ。」

 

「そうですね。しかし、噂とは当てになりませんね。野心に乏しく、大人しいと聞いてましたが、まさか日本に追い付こうと口にするとは。」

 

「案外、皇帝になったことで考えが変わったのかもしれんな。まあ、今のところ日本に対して敵意があるとは言えんし、暫くは様子見だな。」

 

「もし、敵意ありと判断された場合はどうするんです?」

 

「そんなの決まっているだろ。ご退場してもらうしかない。」

 

 新皇帝と日本国。

 出会いの時はすぐそこまで近づいて来ていた。

 

 


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