蒼天のキズナ   作:劉翼

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というわけでツバキとベラのバトル3話目です。
今回の話を100話目にしたかったためにかなり詰め込みました。

なお、2話同時更新のため、前話を見ていない方はぜひそちらからどうぞ。


第100話:動き出したココロ

 マタドガスを撃破したツバキとナオの前に現れたのは、通常の個体よりも遥かに巨大な体躯を持つドラミドロ。

 《てきおうりょく》による補正を受けた驚異的な破壊力の技を次々に放たれ、ナオは決死の抵抗を見せるも倒れ、再度飛び出したミスティが猛毒の巨龍と向かい合う。

 相手が技の温存を試みたその隙を突き、特性を強制的に変化させる“なやみのタネ”でその弱体化に成功したミスティは、“ハイドロポンプ”の反撃を受けつつ発射した“ムーンフォース”を浴びせ、ドラミドロを撃破する。

 主に勝利を届ける事に執着したドラミドロの姿勢に困惑しながらもベラが繰り出すは、体格こそ大きく劣りながら先の2体を凌駕する威圧感を発するスピアー。

 “エナジーボール”の弾幕を突破して一瞬で距離を詰めるそのスピードと、鋭い毒針の攻撃力を兼ね備えた強敵に、ミスティは追い詰められていく……。

 

 

 

 太陽光に照らされ、不気味に輝く突撃槍の穂先。

 鳴り響き続ける羽音は不安と焦燥、そして恐怖を掻き立てる。

 ミスティと対峙するスピアーの圧倒的すぎるスピードは、1回戦で見せたそれを遥かに凌駕しており、あの時はまだまだ本気など出していなかった事が窺える。

 それを封じるために放った弾幕も、強力な毒針による早業で打ち消されてしまった。

 こうなってくるとミスティでの戦闘継続は難しいかもしれないが、かといってここで退かせて他のポケモンに交代したとしても、恐らく次に出てくるであろうあのポケモンにミスティは太刀打ちできるかどうか……。

 

「考え込んでる暇なんて無いわよ! “シザークロス”!」

 

「!! 右の地面に“エナジーボール”!」

 

 両腕を振り上げて加速してきたスピアー。

 対するミスティは自慢の“エナジーボール”早撃ちの要領で素早くエネルギー球を生成してツバキの指示通りの場所へ着弾させると、その爆風で横へ吹っ飛んで回避行動を取った。

 間一髪。直後にミスティのいた場所へスピアーが両腕を交差させて振り下ろし、爆煙がX字状に切断され、地面にも同様の傷跡が刻まれた。

 

「チッ……!」

 

「あ、危なかった……」

 

 グレンジム戦でカツラのバクーダがやっていた、鈍足ポケモン用の緊急回避手段。

 見様見真似ではあったが、ミスティがバクーダほどの重量級ではないのもあってか、思いの外上手くいった。

 まぁ、間近でそれなりの規模の爆発を起こしたのでダメージもあるにはあるが、振り下ろした時の衝撃波だけで深々と抉られた地面を見れば、直撃よりは遥かにマシであった事は明白だろう。

 ミスティのタイプ構成では、どく技もむし技も弱点とはならないが、特別耐性があるわけでもない。

 ましてあれだけの威力ならば、リスク覚悟の強引な回避をしてでもかわさなければなるまい。

 

「“エナジーボール”!」

 

 ミスティは宙を舞いながら、そして着地しながら小型の“エナジーボール”のマシンガンをスピアーへ乱射し、着地の隙を狙われぬよう牽制する。

 さしものスピアーも攻撃直後にはわずか数秒ながら硬直があり、この弾幕は捌ききれず飲み込まれた。

 ……が、先述の通りにスピアーにくさタイプ技は効果が薄く、もうもうと立ち込める煙の中からすぐに飛び出してベラの前へと戻っていった。

 “エナジーボール”には相手の特殊攻撃耐性を下げる追加効果があるため、運良くそれが発動すればゴリ押しもできそうではあるが、恐らくその前にミスティが倒されるだろう。

 あのスピードを封じるなら麻痺させるのが手っ取り早いが、スフィンはどくタイプに弱いフェアリータイプなのでボックスに預けてしまっているし、ミスティは“しびれごな”をとっくの昔に忘れている。

 

「小賢しい……! “どくづき”よ!」

 

 スピアーは指示を受けて即座に加速すると、ジグザグの軌道でありながら異常なまでの速度で離れた位置のミスティへ迫ってきた。

 やはり機動力が段違いだ。

 

「(同じ手はたぶん通じない! それなら……!)ミスティ、回りながら“ねむりごな”!」

 

 ミスティは身体を捻るとその場で跳ね、回転しながら周囲に“ねむりごな”を散布する。

 セキチクジムにてアンズのズバットとのバトルでも披露した、回転しつつ粉技をバラ撒き、自分を覆う防壁として利用する戦術。

 素早ければ素早いほど急激な減速が効かず、この粉の檻の中へ自ら突っ込む事になる。

 

「やるじゃない。でもねぇ……そんなもん、アタシのピースなら避け方なんていくらでもあんのよっ! 加速!」

 

 ベラの命令にスピアーは無言で応え、減速したり進路変更するどころかさらにスピードを上げてくる。

 ……そこからは一瞬の出来事だった。

 拡散する青白い粉。仰向けの体勢で地面を跳ねるミスティの身体。

 あまりの高速飛行によって発生した風圧が、スピアーの進路上の“ねむりごな”を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「ミスティっ!!」

 

 ツバキの声を受け、ミスティは接地した両手で身体を押し上げ、ふらふら立ち上がった。

 度重なるダメージにより、気を抜けばそのまま倒れてしまいそうなほどに疲弊し、足取りもおぼつかない。

 それでもその視線は常にスピアーを追い続ける。

 実のところ、肉体はとうの昔に限界を迎え、本来ならば戦闘不能となっているはず。

 だが、生来の負けん気の強さとツバキへの献身が不屈の闘志となり、精神力だけが全身の筋肉を繋ぎ止める糸となって身体を支えているのだ。

 

「(コイツまた……!)」

 

 ナオに続いて異常なほどの耐久力でまたも凌いだミスティに、ベラの苛立ちが募る。

 ……しかし、同時に何か高揚感のような物も胸の奥から沸々と湧き上がってきた事に戸惑いも感じている。

 

「……とどめよ! “どくづき”! 最高速で決めなさいっ!」

 

 空中で大きく旋回したスピアーは、地上の標的をその赤い目で捉えると、両腕を揃えて羽ばたき、驚異の加速力で真っ直ぐに突撃してきた。

 今のミスティでは、耐えるもかわすもまず不可能。

 決着は一瞬だ。

 

「スピアー驚くべき加速っ! 間違い無く今大会最高速度っ!! MAXスピードでぇぇぇすっっ!!」

 

 ブルースの早口の実況の合間にスピアーの槍はミスティに直撃し、その身体をフィールドの外まで撥ね飛ばす。

 ……はずであった。

 だが、大きく後退こそさせられたが、ミスティはフィールド内に健在。スピアーもミスティの前でホバリングしたままだ。

 

「ミスティ!?」

 

「ピース……!?」

 

 スピアーは、その目の形ゆえに表情こそわからないが、焦っている事は誰の目にも明らかだった。

 何故なら、ミスティにガッチリ掴まれた槍の穂先を、上半身を揺らして何度も何度も引き戻そうとしているのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 槍が痛々しく胴にめり込んだミスティは、強気な眼差しのままに「してやったり」とニヤリと笑う。

 

「……っ! ね…………“ねむりごな”っ!!」

 

 その指示を待ってましたとばかりに声を上げるミスティ。

 ボンッという音と共に、めしべから青白い粉が勢いよく噴出された。

 慌てて羽を羽ばたかせて“ねむりごな”を撥ね除けようとするスピアーだったが、ミスティが最後の力で放ったそれは、視界の色を塗り替えるほどに量も密度も桁違いだ。

 やがてミスティに掴まれた腕から力が抜け、羽の動きもスローモーションがかかったように遅くなり、スピアーはその場に墜落して寝息を立て始めた。

 それを見届けたミスティは、誇らしげに空を見上げ、ゆっくりと後ろへ倒れてそのまま動かなくなってしまった。

 

「……ラ……ラフレシア戦闘不能っ! スピアーの勝ちっ!」

 

「執念で粘りに粘ったラフレシアついに倒れるぅぅーーーーっっ!! しかし、最後の最後でスピアーを眠らせ、そのスピードを殺しましたぁっ!!」

 

「ミスティ…………ありがとう……ありがとう……!」

 

 ツバキはミスティを戻したボールを両手で握り締め、額にこつりと当てて精一杯の感謝を伝える。

 ポポを除けば最古参となる皆の姉御としての意地を見せ、恐らくはベラの手持ちで2番目の強敵を無力化して見せたミスティの姿は、ツバキにより強く勝利を決意させた。

 滲んだ涙を拭ったツバキは、3番手となるポケモンのボールを取り出し、自分と先に倒れた2体の想いを込めるように一呼吸おいてからフィールドへと投げ入れる。

 

「……お願い! シェルルっ!」

 

 その意志と覚悟を受け継ぎ、白き甲冑纏う魔人が戦場に立つ。

 己を鼓舞するためか、はたまた相対する者を威嚇するためか、黒く鋭い爪を振りかざして咆哮を上げる。

 その左腕にはシルバーからもらった達人の帯が巻かれ、風に翻っている。

 

「ツバキ選手の3番手は……なんとグソクムシャっ! カントーではなかなか見られないポケモンが現れましたぁっ!」

 

「(発電所の時にいたちっこい虫ポケモンが進化した奴ね……見た目からして重戦車系能力。地面の陥没具合から体重は100~110kg。装甲の形状から察するに……タイプはみずとむし。泳ぐ速度はまぁまぁだろうけど、地上では鈍重なはず。“アクアジェット”でそれを補うつもりね)」

 

 ベラにとっては初めて見るポケモンであったが、さすがの観察力と豊富な経験則から、即座にその特徴の大部分を分析し、的中させた。

 

「では、スピアー対グソクムシャ。バトル…………再開っ!」

 

 再開とは言っても、スピアーは依然として眠りについたまま。ツバキからすれば渾身の一撃を打ち込むチャンスだ。

 

「シェルル! “いわなだれ”っ!」

 

 シェルルが両腕の爪を地面へ突き立てて全身の覇気を送り込むと、浮かび上がった巨大な岩塊が狙いを定めてスピアーに迫る。

 無論、眠りこけているスピアーは回避ができず、瞬きする間にその下敷きになった。

 むしタイプを持つスピアーに、いわ技の“いわなだれ”は効果抜群。

 しかも当てた技が弱点の場合に威力を向上させる達人の帯も巻いているため、スピアーが耐久に優れているわけでない事もあってダメージは極めて大きい。

 

「これは効いたぁぁーーーーっっ!! 無防備なところへ“いわなだれ”の痛ぅぅ烈な一撃ぃっっ!!」

 

「……目、覚めたわね?」

 

 腕を組んでいたベラの呟きに反応するように岩が吹き飛び、中から現れたスピアーの羽が動き出し、勢いよく飛び出したかと思うと下降し、地面すれすれでホバリング。

 すぐさま状況を理解すると、急ぎベラの前へと戻る。

 

「……行けるわね、ピース」

 

 返事の代わりに、スピアーは寝起きの身体を慣らすように、その場で両腕の槍を目にも止まらぬ速度で突き出す。

 並のスピアーならば致命傷となって目を回しているほどのダメージを受けながら、なおもそのスピードは鈍っていないのだから、まったくもって化け物じみている。

 

「さぁ、お返しといきましょうか? “シザークロス”!」

 

 くるりと軽快に宙返りをしたスピアーが、相変わらずのスピードで突っ込みながら腕を振り上げる。

 

「“アクアジェット”っ!」

 

 対するシェルルは全身に水の膜を纏うと水の噴射で飛び出し、“シザークロス”の一撃を紙一重でかわす。

 が、ここで飛び上がってしまったのは失策だった。

 

「真下がガラ空きよ。“どくづき”!」

 

 ヘラクロス戦で見せた動き再び。スピアーは右腕を地面に突き刺し、そこを軸に回転すると上空のシェルルに高速で肉薄し、毒の滲む両腕の槍を突き出してその背中に一撃を加える。

 予想を遥かに上回る早さでのリカバリーに、シェルルは完全に不意を打たれてしまう。

 だが、そうこうポケモンの名は伊達ではない。その頑強な甲殻はスピアーの槍ですらも完全に貫く事はできず、わずかに先端が刺さる程度。

 とはいえ、スピアーと違ってシェルルは自由自在な飛行などはできない。

 殻で防いだとしても、そこからどうにかできるわけではなく、腕を振ってスピアーを払いのけて着地するだけだ。

 “アクアジェット”による飛行も、噴射の角度を変えれば方向転換は一応できるが、基本的には直線的な軌道のみ。突進力はあるが、小回りの利く飛行能力を持った相手となれば空中戦では到底敵わない。

 

「(やっぱりなんとかして地面へ引きずり下ろさないと……!)」

 

 スピードでは劣るが、パワーならばこちらの方が遥かに上。相手を掴みさえできれば勝機はある。

 鍵となるのは“アクアジェット”と……。

 

「考えてる暇なんて無いって言ったわよねぇ? “つばめがえし”!」

 

 腕を交差して前傾姿勢となったスピアーが、“しんそく”と見紛うほどの速度でシェルルへ真っ直ぐに突っ込み、ツバキが指示を出す間すら与えず、唯一甲殻に覆われていない腹部へ槍による一閃を叩き付けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……えっ……? ……シェルル? シェルルっ!?」

 

 ツバキは数度の瞬きの後、驚いたようにシェルルに声をかける。

 この反応は当然と言えば当然。何故なら、ブルースや観客はおろか、ツバキですらも“つばめがえし”の一連の動作を認識できず、スピアーの姿がぶれたかと思った次の瞬間、突然シェルルがダメージを受けたようにしか見えなかったのだ。

 

「な……何が起きたのでしょうっ!? グソクムシャが膝をつきましたっ!? 皆様の中に、今何が起きたかを把握できた方はいらっしゃいますか!?」

 

「うふふふ……“アクアジェット”でかわしても良いのよ? この技にかかれば、どんな回避も無駄な足掻きだけどねぇ……」

 

 “つばめがえし”は所謂必中技と呼ばれるもので、先制技と呼ばれる“でんこうせっか”などが瞬発力、加速力による機動性強化を主としているのに対し、こちらは攻撃動作の高速化に重点を置いて相手の回避を許さない。

 

「(元々のスピードもあって速すぎる……!)」

 

 真っ向からの“どくづき”をミスティに止められたからか、“つばめがえし”による回避不能の戦法に切り換えてきた。

 ひこうタイプ技故、防御力に優れるとはいえむしタイプのシェルルには楽観視できないダメージとなる。

 

「(なんとか……なんとか攻撃の予兆さえ掴めれば……!)」

 

 ツバキの考えている反撃の一手は、相手の動きを追えなければ使えない。

 なんとしてでも一瞬……ほんの一瞬だけでもあの超高速攻撃の予備動作を読めれば手はある。

 どんな生き物であれ、どんなに高速であれ、動くには必ずその前兆があるはずだ。

 羽か? 足か? 胴か? それとも纏う空気か?

 

「“つばめがえし”!」

 

 再びあの攻撃。

 ベラが指示を終える頃には、すでに攻撃がシェルルの右の脇腹を打っていた。

 あれだけのスピードでありながら、身構えるシェルルのガードを的確にすり抜け、弱点となる部位をピンポイントに突いてくる。

 しかし、その一撃の前にツバキの耳がナニかを捉えた。

 

「(……今の……? …………それしか無い……よね……! ここまで来たら!)」

 

 賭け。

 もはやツバキのバトルにおいてはお約束とでも言うべき展開になってしまったが、強敵相手となれば安定だけではどうにもならないものだ。

 

「(さすがにしぶといわね……タフな奴。けど、どう足掻いたってアンタはピースを捉えられない!)“つばめがえし”!」

 

 ――ブゥン

 その音が鼓膜を震わせた瞬間、反射的にツバキは叫んでいた。

 

「“ふいうち”っ!!」

 

 一瞬で距離を詰め、薙ぎ払うように槍を振るうスピアー。

 時間が止まったような感覚の中、目の前に白い甲殻の欠片がわずかに舞う。

 そして、背後の気配に気付いた時には、巨大な腕を振り下ろしての一撃で地面へ叩き付けられていた。

 

「なっ……!?」

 

 自身の持つポケモンの中でも最速を誇るスピアーの一撃をいなされ、ベラの表情が驚愕で固定されてしまう。

 ……初動の勢いを付けるべく、わずかに上昇するために動かす羽の動き。

 だが、虫……特に蜂の羽の動きというものは、身体のサイズに対して大きな羽を高速で動かす都合上、どうしても大きくなる。

 スピアーの動きは速いといえど音速の域には達していない。そのため、その大きな音がわずかながらスピアー本体より先に届いたのだ。

 そこからは直感的というか、本能的というか……考えるより先に言葉が口をついて出ていた。

 スピアーは飛び立とうともがくが、剛力を誇るシェルルの腕の拘束から逃れる事ができない。

 

「“いわなだれ”っ!」

 

 シェルルは右腕でスピアーの背中を抑えたまま、左腕を地面へと突き刺す。

 地響きが次第に大きくなり、何かが地中からせり上がってくるような感覚。

 そして、シェルルが“アクアジェット”の噴射で緊急離脱すると同時に、凄まじい勢いで飛び出した大量の岩が、スピアーの身体を連続で打ち、そのままぐんぐん上空へと連れ去っていき、スピアーを中心にして団子のように纏まった。

 

「ピースっ!」

 

 すでに1発“いわなだれ”を受けていたスピアーにとっては今度こそ致命傷。

 もはやベラの声が聞こえているかすら怪しい。

 着地したシェルルが、その岩を背にして右腕を横に払うと、岩のボールの隙間から幾条もの光が漏れ、直後、内包されたエネルギーが爆発を起こして粉々に砕け散った。

 

「強ぉぉぉぉ烈っっ!! 弱点のいわ技を2発も受けてしまったスピアーっっ! どうなった!? どうなったんだぁぁーーーーっっ!?」

 

 もうもうと広がる白煙。

 誰もがその中に見えるであろうシルエットを探す。

 ……その時、煙の一部が裂け、右腕を突き出したスピアーがシェルル目掛けて真っ直ぐに突進してきた。

 

「嘘っ……!?」

 

「ピース……!?」

 

 シェルルは頑強な盾の如き左腕を構えるが、スピアーも力任せに振るった左腕でそのガードをこじ開け、シェルルの腹部に紫色のオーラを纏った右腕を突き立てる。

 そして、その直後……点滅する複眼から光が失われ、羽も停止し、ドサッと音を立てて地面へ落下した。

 その身体は見るからにボロボロになっており、どうして最後の最後で動けていたのかが不思議なほどであった。

 

「……ス…………スピアー……戦闘不能……戦闘不能!! グソクムシャの勝ちっ!!」

 

 大きな歓声。

 観客席の熱狂はますます高まり、この日最高潮とすら言えるほどだ。

 

「ピース……お疲れ」

 

 ドラミドロ同様に最後の抵抗を見せたスピアーだが、それはあまりにも無様であまりに見苦しい。

 そのはずなのに、ベラの心の奥底から湧き上がるは不快感でなく高揚感。

 

「(……わけわかんない)」

 

 複雑な心境のまま、ベラは最後のボールを手にした。

 

「っっ……!?」

 

 あれほど熱狂していた観客席が静まり返り、トレーナーと共に観戦していたポケモンの一部が慌ててボールへと戻る。

 向かい立つツバキも、頬にも背中にも嫌な汗が伝わるのを感じる。

 それらは全て、ベラの握ったボールから発せられる覇気と闘気のあまりの鋭さによって引き起こされたものだ。

 

「(く……来る……!)」

 

「……そう、アンタも戦いたいのね。アタシの命令じゃなく……自分の意志で。……良いわ。暴れなさい……ラピオっっ!!」

 

 カタカタと揺れるボールが空高く舞い、巨大な蠍が姿を現す。

 蛇腹状の腕を伸ばし、ハサミのように向かい合って並ぶ鋭い鉤爪を地面へ突き刺して咆哮する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ばけさそりポケモン『ドラピオン』。

 発電所占拠事件の際には警官隊の繰り出したポケモン43体を単騎で全滅させ、フリーザー捕獲に際しては伝説級ポケモンの“ふぶき”すらも真っ向から粉砕して作戦を成功させた、ベラが擁する最強にして最凶のポケモンだ。

 おまけに胴体には体力を犠牲に火力を上げる命の珠を括り付けており、そこから放たれる一撃一撃が恐ろしい威力となっているであろう事は明白。

 

「ぅ……く……!」

 

 以前よりも凄みを増したドラピオンのプレッシャーに、ツバキは脚が震えてよろめくが、気合いで持ちこたえる。

 

「……何してるの? 早く再開の宣言をしてちょうだい」

 

 試合の当事者を除けば最も近くでそのプレッシャーを浴びて放心していた審判だったが、ベラに催促されて正気に戻った。

 

「あっ……は、はいっ! で、では……ドラピオン対グソクムシャ。バトル…………再開っ!」

 

 試合が始まるが、両者は距離を保ったまますぐには動かない。

 ツバキはちらりとシェルルの背中に目を向ける。

 ……どう見ても苦し気。かなり息が荒く、ここからは見えないが顔色も悪いだろう。

 

「(……やっぱりさっきスピアーが最後に使ったのは“どくづき”! シェルルが毒にやられてる……!)」

 

 この試合だけで何度毒状態にされた事だろう。

 幾度も幾度も苦しみを与え、消耗を誘うどくタイプの恐ろしさをこれでもかと実感させられている。

 

「来ないなら……こっちから行かせてもらうわよっ! “ミサイルばり”!」

 

 ドラピオンが上空へ開いた大口から5発の針が発射され、その先端をガクンとシェルルへ向けて加速する。

 ツバキの記憶では、“ミサイルばり”の名が示す通り、それなりの誘導性能もあったはずなので、下手な回避は逆効果だ。

 

「“たきのぼり”で弾いてっ!」

 

 シェルルが両腕に水流を纏うと腰を落として身構え、針がリーチに入るや右腕、少し遅れて左腕の順にアッパーを繰り出して迎撃する。

 1本ずつ処理していては間に合わないので、威力のある攻撃で纏めて弾き飛ばす作戦だ。

 

「すぐに“アクアジェット”!」

 

 迎撃を終えると即座に腕の水を拡散させ、それを改めて全身に纏って一気に加速する。

 “ミサイルばり”迎撃直後の隙を狙われる可能性も十分にあり得る以上、瞬発力に優れた技で機先を制するのが吉と考えたのだ。

 

「技の流れが非常にスムーズ! 迎撃から即座に反撃へと繋げます!」

 

「受け止めなさい! “クロスポイズン”!」

 

 それに対してドラピオンは、その場から動かず交差させた両腕を紫のオーラでコーティングし、シェルルの水圧を活かした突進を受け止めて見せる。

 持ち前のパワーと加速の組み合わさった突撃は威力抜群……の、はずなのだが、ドラピオンの身体はわずかに後退させられた程度。

 よく見れば、4本の脚から伸びる爪を地面に食い込ませてアンカーの役目を果たしている。これではよほど馬鹿げた勢いでなければよろけさせる事すらできない。

 

「なんとドラピオン、あの勢いを真正面から受け止めましたっ! なんてパワーっ! なんて安定性っ!!」

 

 そうこうしている内にシェルルの勢いが落ち、その隙を突いたドラピオンがそのまま腕を振り抜き、“クロスポイズン”を叩き込む。

 シェルルの甲殻は確かに強固で衝撃には強いが、このように怪力で押されるのには弱い。

 大きく後退させられたシェルルへ、ドラピオンのさらなる追撃が迫る。

 

「投げ飛ばしなさい!」

 

 胴と腕を伸ばしたドラピオンは、層になっているシェルルの殻の隙間に爪を差し込んでガッチリ掴むと、大きく身体を捻って上空へと放り投げる。

 

「“かみくだく”!」

 

 頭を180°回転させて空中のシェルルを視界に捉えるや否や、口を大きく開いて頭部にエネルギーを集中させる。

 それは即座に禍々しい牙の形となって実体化し、見る見る内に巨大化してシェルルをその大顎の餌食にせんと襲いかかる。

 フリーザーの“ふぶき”と相殺するほどのエネルギー密度だ。マトモに受ければただでは済まない。

 

「“アクアジェット”で真下によけてっ!」

 

 シェルルは手脚をバタつかせて身体の正面を地面へ向けると、背中の殻の隙間から水を噴射して隕石のように落下し、凶悪な顎の一撃を回避した。

 ベラのポケモンの攻撃は、いずれも多少のダメージ覚悟でもかわさなければまずい物ばかり。

 回避にもリスクが伴うため、毒による持続的な消耗と相まって非常に苦しい戦いを強いられている。

 

「ほらほらぁ! 必死で逃げなきゃ一瞬で消し飛ぶわよっ!! “ミサイルばり”!」

 

 着地の際に膝にダメージが入って立ち上がりの遅れたシェルルへの容赦無い追撃。

 4発の針が弧を描いて飛来し、シェルルへの着弾と共に大爆発を起こした。

 

「無慈悲っ! 息を整える事すら許さぬ攻撃のラッシュ! ラッシュっ!! まさに暴君っ!!」

 

 毒で弱った相手への絶え間無い追い討ち。躊躇も情け容赦も無いその猛攻こそ、彼女がかつて暴君と呼ばれた所以。

 暴君は自身の君臨する戦場に、己と忠臣以外の存在を許さないのである。

 

「シェルルっ……!」

 

 ツバキの呼びかけに応じたシェルルが黒煙から飛び出し、左腕の盾をクッションにして着地。

 宙に浮いている間に身体の角度を調整し、慣性で吹っ飛びそうになりそうなところを地面に両手の爪を突き立てる事で強引に押し止める。

 

「“いわなだれ”!」

 

 爪を突き刺した状態である事を活用し、そのまま自身のエネルギーを地面へ流して“いわなだれ”に繋げる。

 シェルルの左右から30個はあろうかという岩の塊が浮上し、一際高く飛び上がった後にドラピオンへ弾丸のように襲いかかる。

 

「しゃらくさい! “あくのはどう”!」

 

 ドラピオンが大きく息を吸い込み、生成したエネルギーを全身に行き渡らせる。

 そして、一瞬の静寂の後の咆哮と共にドス黒いエネルギー弾が広範囲に拡散。降り注ぐ岩をことごとく破砕し、その先にいたシェルルにまで着弾した。

 禍々しいエネルギーを弾丸にして発射する“あくのはどう”。

 ここまで“ミサイルばり”、“クロスポイズン”、“かみくだく”を見せているため、以前のバトル時からの変化は“どくどく”からこの技に置き換わっただけとなる。

 いわゆるフルアタと呼ばれる全て攻撃技の構成であり、どくタイプ特有の嫌らしさは消えたものの、ベラの個体は元々が怪物じみた能力なため、特殊遠距離攻撃も備えた事で危険度はむしろ跳ね上がっている。

 と、ここでシェルルの身体が震え出す。

 ツバキはすぐさまシェルルの特性である《ききかいひ》であると理解した。

 体力が半分を切ると控えと交代する特性だが、他ならぬシェルル自身がその効力に抵抗しようとしている。

 

「……シェルル、無理しないで。ここは一旦引いて!」

 

 ツバキからのその言葉を受け、ようやくシェルルは渋々ながら納得してボールへと戻った。

 

「お疲れ様。少し休んでてね」

 

 グソクムシャは物理面において高い戦闘能力を有する強力なポケモンだが、この特性がなかなかに扱い辛い。

 能力を強化する技はボールに戻るとリセットされるので効果が薄く、“であいがしら”や“ふいうち”など補う手段もあるが、基礎的な素早さは低いので先手を打たれやすい。

 総合的に見ると、育て方やバトル中の体力配分、後続のポケモンとの連携などを緻密に吟味する必要のある玄人向けのポケモンと言えるだろう。

 ともあれ、これでツバキの4体目がとうとう明らかとなる。

 

「……行くよ。この大舞台に、一緒に羽ばたこう! お願いっ! ポポくんっ!!」

 

 祈るように両手で持ったボールがふわりと空へと舞い上がり、中から飛び出した光が、翼を広げた巨鳥の姿を構築する。

 その身に秘めた闘志を現出させるように力強く羽ばたくと、一陣の風がフィールドを駆け抜けた。

 

「……来たわね」

 

 そよぐ髪を右手で押さえ、ベラが上空の影を睨む。

 

「ツバキ選手最後のポケモンは……ピジョットだぁっ!」

 

 甲高い鳴き声が会場を震わせる。鬣のような美しい飾り羽を靡かせつつゆっくりと高度を下げ、砂埃を巻き上げながら鋭い爪を地面へ食い込ませた。

 ツバキの切り札にして最初の、そして最高のパートナー・ポポ。

 小さい頃から、きっと一緒に立とうと約束していた舞台に、ついにポポは降り立った。

 だが、ここすらもまだ通過点に過ぎない。

 ツバキはポポを始めとする仲間と共に過ごした旅の中で、さらにその先へと進む事を決めたのだから。

 人の抱く目標、夢という、際限無く大きくなっていく山の頂は、まだまだここではないのだ。

 

「それでは、ドラピオン対ピジョット。バトル…………再開っ!」

 

 ……開始の合図が出されてもベラは動かない。待っているのだ。討つべき相手が現れるのを。

 

「来なさい。アンタ達の力の全て……真っ向からねじ伏せてあげるわ」

 

「……それなら、お言葉に甘えて。行くよ、ポポくん」

 

 ツバキは首にかけたペンダントを外すと、キーストーンを強く握り込んで力と想いを精一杯込める。

 

「重ねた想いを翼に変えて……わたし達の全部をあなたに届けます! これがわたし達の……キズナのカタチ! ポポくん! メガシンカっ!!」

 

 指の合間から溢れた虹色の光が、人々の視界を支配する。

 眩しいはずなのに、誰もが視線を逸らせず釘付けになってしまう、不思議な光。

 

「こ、この輝きはまさか……! ツバキ選手まさかの……メガシンカ使いっっ!?(……ま、間違い無い……半年だ……まだ半年なんだ彼女は……なのにもうメガシンカを……!?)」

 

 ブルースは手元の選手データとフィールドのツバキを交互に見比べる。

 トレーナー歴半年ほどの少女が、そのわずかな期間の間にここまで辿り着く実力を身に付けたのも驚きなのに、人とポケモンの絆の極地とまで言えるメガシンカすらも習得しているとは。

 この少女はこのまま行ったらどれだけの力をその身に宿してしまうのだろうか?

 ブルースならずとも、自然と興味を持ってしまうだろう。

 

「(……変な感じ……この光を見てると、胸の奥が熱くなる……)」

 

 ベラもまた、その輝きから目を離す事ができていない。

 自身のパートナーに辛酸を舐めさせた仇敵が姿を現そうとしているのに、不思議と清々しい気分になっていく。

 

「(……この変な感じも、アイツらを倒せば消えるに違いないわ……! アタシがアタシに戻るはずよ……!)」

 

 彼女はまだ気付かない。いや、認めない。

 それはおかしな変化をしようとしているのではなく、かつての……トレーナーになりたての頃の自分の心に戻りつつあるのだ、という事を。

 彼女にとっての自分らしさとは、今の歪み、湾曲した心なのだと錯覚しているのだ。

 だが、無意識の奥の奥……深層心理の底に眠る本来の自分が、声にならない叫びを上げている。

 「あの頃に戻りたい」

 「ポケモンと一緒にいるだけで楽しかった頃へ帰りたい」

 その叫び声のせめてもの抵抗。ツバキとポポの絆が生み出した輝きを、半ば羨望のような眼差しで見つめる。

 

 

 

「……うっそぉ……ツバキ、メガシンカ使えたの~……?」

 

 口をあんぐり開けたボックが、心底驚いたという表情でイソラに尋ねる。

 出会ってからリーグ開催までの間、何度も特訓を兼ねたバトルを重ねてきたが、そんな様子は微塵も見られなかったのだから無理も無い。

 

「ああ。ポケモンとの絆の強さは言うまでもなく、あとはどう心を一体にするかだったが、それも私の見ていないところでマスターしてしまった。ボックも私も、うかうかしていたら追い付かれるどころか置いていかれてしまうかもな?」

 

「……うへぇ~……ライバルとしての道は険しそうだぁ~……」

 

 もっとも、イソラは簡単に追い抜かせるつもりは無いし、ボックも負けたままで終わる気などさらさら無いのだが。

 

 

 

 明らかに増加した全身の筋肉。

 鋭さを増した眼光。

 脚も太く、大きくなり、それに伴って爪も鋭く大型化。

 美しくたなびいていた飾り羽は中央の1房を除いて短くなり、美しさよりもワイルドさを醸し出す。

 ポッポ系統は本来、鳩に酷似した特徴を持つのだが、この姿はさながら猛禽類。

 元々強かった羽ばたく力は、その筋力増強と共に荒々しさと激しさを増し、翼を振るうごとにフィールド表面が削り取られていく。

 

「ポポくん、絶対に気を抜かないで。それで……絶対にわたし達の想いをベラさんに届けよう!」

 

 静かに語りかけるツバキの声に、大気を震わせる鳴き声が答える。

 

「……うん、行くよ! “でんこうせっか”!」

 

 軽く羽ばたいてホバリングしたポポの姿が霞むように掻き消え、一瞬にしてドラピオンの背後へ移動。そのまま突進攻撃を仕掛ける。

 

「相変わらずウザいくらいすばしっこいわね……! “クロスポイズン”!」

 

 しかし、180°回転する頭部に、伸縮する蛇腹状の腕と胴を持つドラピオンの可動域は極めて広く、死角という物はほぼ存在していない。

 すぐさま身体の向きはそのままに、頭と腕を反転させ、毒の滲む爪を振り上げる。

 が、いかにベラのドラピオンと言えど、スピードならばポポは負けはしない。

 振り上げた両腕が振り下ろされる前に、その胴体へ一撃を加えて素早く離脱。

 

「逃がさない! “あくのはどう”!」

 

 さすがの耐久力。高速の一閃を受けながらも、ドラピオンは即座に反撃態勢へ移行した。

 撤退を図るポポの背後から、ドラピオンの放った邪悪なオーラを固着させたエネルギー弾が迫る。

 右へ左へバレルロールし、高度を上下させて回避を試みるが、大型化した翼が仇となってついに着弾。

 だが、多少のダメージでは怯まぬ屈強な肉体も同時に得ているポポは、若干体勢を崩しながらもツバキの元へと帰還した。

 

「まずは互いに相手への一撃を加える事に成功! しかし、体格の観点から見ると、ピジョットへのダメージの方が大きいと言えるでしょうか!?」

 

 ドラピオンは関節こそ柔軟に伸縮するが、それを覆っている甲殻自体は非常に堅牢であり、物理的な攻撃は効果が薄い。

 だが、“ぼうふう”は以前、上半身の回転で起こした風圧で相殺されてしまった上、技の発動にも予備動作が必要で隙が発生しやすい。

 あれから特訓を重ね、メガシンカによるパワーアップもあるので、あの時の二の舞になはならないとは思うが、相手も着実に手強くなっている。下手な事はしない方が賢明だ。

 ならば、イソラから教えてもらった『あの技』が役に立つだろう。“ぼうふう”よりも威力は劣るが、その分隙は少ない。

 あとはそれを使うタイミングを逃さない事だ。

 両者は睨み合い、次なる一手の指示を下されるその瞬間を、一瞬の油断も無く待っている。

 

 

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「“ミサイルばり”よ!」

 

 再び距離を取ったポポへ、誘導弾による遠隔攻撃。

 4発の針が四方に拡散した後、弧を描いて囲い込むように急接近する。

 わずかずつ時間差で放たれている上、明らかに中心部が意図的に空けられており、そこに逃げ込めばドラピオン本体の攻撃が待っているというオチ……つまりはわざと安全圏を用意しておく、マタドガスの時と同様の罠だ。

 だが、今回その対象となったのは機動性トップクラスのポポ。

 サイコパワーで浮遊していたナオとは異なり、完全な飛行能力を有している。

 

「“でんこうせっか”でよけて!」

 

 故に、一見逃げ場が少なく見えても、空中という3次元空間を味方に付けているポポならば回避ルートの選択肢はいくらでもある。

 ポポは目だけを動かして4発の針を確認し、現在の軌道と、こちらが動いた際に予想される軌道変化から逆算して最も安全なルートを導き出すと、一際強く羽ばたいてから飛翔して急加速。

 まず2発の合間を潜り抜けながら上昇し、追い縋る次の2発を視界に収める。

 翼を折り畳んで失速すると、そのまま自由落下で1発回避。

 最後の1発がこちらの動きを予測して軌道を変えると、今度は逆に大きく翼を広げて空中ブレーキをかけて真下を通過させ、馬力の上がった足を振り下ろして叩き落とした。

 かわした3発も勢いを失い、次々に落下していく。

 どうやらドラピオンの意思で動かしているのではなく、それ自体がある程度の独立性を持って誘導しているようだ。それはそれでどうやって鍛えればそうなるのか知りたいところではあるが。

 

「っ……! あれを全部かわすなんてやるじゃない……! なら、これはどうかしら!? “あくのはどう”っ!」

 

 ドラピオンが身体を縮込ませるように両腕を交差させてエネルギーをチャージし始める。

 わずかではあるが、発生した隙。それをツバキは見逃さなかった。

 

「(ここだっ!)ポポくん! “ねっぷう”!」

 

 ポポが翼を大きく後方へ反らし、羽の1枚1枚が熱を帯びる。

 そのまま全力で前方へ羽ばたくと、熱波と強風の二重攻撃となってドラピオンを襲う。

 イソラもオニドリルを始め、何体かのポケモンに覚えさせている“ねっぷう”。

 ほのおタイプ技ではあるが、翼のあるポケモンであればその多くが習得できるため、相性補完の意味でも有用な技だ

 当然物理攻撃でなく特殊攻撃なので、堅固なドラピオンにも大きなダメージが見込める。

 

「熱っ……! チィっ……! こんなもの……吹き飛ばしてやんなさい!」

 

 目には目を、特殊技には特殊技を。

 じりじりと身を焦がす熱に耐えながら、ドラピオンは蓄えたエネルギーを、弾丸状でなく技名通り波のように前方広範囲へ放出。

 使い手と同様のあくタイプ技な事もあってその勢いは凄まじく、瞬く間に“ねっぷう”を押し返し始めた。

 

「……ダメだ……! 上昇っ!」

 

 無理は禁物だ。

 攻撃を中断したポポは、前方上空へ一直線に退避する。

 “あくのはどう”は縦横共に扇状に広がっているので、距離があるほど被弾リスクが高い。

 そのため、ただ上昇するよりは、前進しながら上昇した方がまだ回避がしやすいのだ。

 だが、その拡散速度がツバキとポポの想定を大きく上回っており、早々と回避に走ったにも関わらず、ポポは脚に被弾してしまいバランスを崩す。

 尾羽を大きく動かして体勢を戻しつつ全力で羽ばたいて上昇し、どうにかその禍々しい波動に飲み込まれる事は避けられたが、被弾した脚に、焼かれたようにずきずきとした痛みが走る。

 弾丸状、波動状の2種類を使い分ける“あくのはどう”……これほど厄介だとは。

 

「(脚だけでもあんなにダメージが……! あれに飲み込まれたら、それだけで終わっちゃいそう……!)」

 

 それだけはなんとしてでも回避せねば。

 次に撃たれたら、“でんこうせっか”の使用も躊躇せず行う必要がありそうだ。

 だが、相手は命の珠の効果により、技を使えば使うほど体力が削られているはず。

 上手く攻撃をかわし続ける事ができれば有利になってはいくが、相手はあのベラ。同じミスを繰り返しはしないだろう。

 

「そっちから近付いて来ないなら、それはそれでやりようはあるわ。“ミサイルばり”よ!」

 

 今度は隙の少ない“ミサイルばり”での遠距離攻撃。

 むしタイプ技なので、ひこうタイプのポポには相性の上では効果が薄い。

 ただ、誘導性がある上、1発当たれば残りも次々ヒットするのが厄介で、ドラピオン自身の地力の高さに加えて命の珠の補正もあり、軽視はできない。

 何よりこちらが空中にいる、というのが厄介さを大きく引き上げている。

 バトルにおいて空を飛べる事は大きなアドバンテージだが、地面を踏み締めて踏ん張る事も、受け身を取る事もできないため、わずかな衝撃で体勢を崩しやすいのだ。

 しかも、今度は5発が時間差でなく完全同時に飛んできた。1発1発かわす事はできない。

 

「それなら“ねっぷう”で!」

 

 あくまでも“ミサイルばり”の迎撃だけが目的なので、最初に使った時ほどの威力は不要。

 身体を傾けて右翼のみを振りかぶると、勢いよく薙ぎ払い、前方から迫る5発の針をその熱波に飲み込む。

 

「“クロスポイズン”!」

 

「っ!?」

 

 だが、まさにその威力を落とした“ねっぷう”こそ、ベラが想定した付け入る隙だった。

 両腕を左右に薙ぐように振るい、熱波を切り裂いて突っ込んできたドラピオンが、その風圧にほんの一瞬目を瞑ってしまったポポへ、ハンマーのように腕を叩き付けた。

 そのままポポは真っ逆さま。地面へ激突すればそのダメージは計り知れない。

 

「っ……“ブレイブバード”っ!」

 

 迷っている暇は無い。

 翼を広げた鳥のようなオーラがポポの全身を覆い、落下速度を増していく。

 そして、地面すれすれでガクンと方向転換し、カタカナの『レ』のような軌道で上昇すると、落下中のドラピオンへ突撃を仕掛けた。

 強力なポケモンとはいえ、その主な活動範囲は地上である以上、空中では無防備であり、あえなく胴体の隙間にポポのクチバシが突き立てられる。

 その勢い、そして支えとなる物の無い空中という事も相まって、ドラピオンの身体は大きく吹き飛ばされ、今度はこちらが地面へ急降下する事になってしまう。

 

「ラピオ! 受け身を取りなさい!」

 

 頭から落下していくドラピオンは両腕を一旦引いた後、勢いよく伸ばして地面を叩き、その衝撃で滞空すると、その身体の形状からは想像もできないほどに軽快な動作で宙返りを披露し、無事に脚から着地した。

 

「(あの身体であんなに身軽に動けるの……!? ……やっぱりあのドラピオン……強すぎる……! それを育てて使いこなすベラさんも桁違いに強い……!)」

 

「(あの状態からすぐさま“ブレイブバード”で復帰するなんて……ホントにやってくれるわね……! ったく、チビのクセに頭の回転早すぎんのよ……!)」

 

 互いに知恵を振り絞っての技の応酬。

 攻めればいなされ、攻められれば防ぐ。空と陸の境界など存在しないかのような一進一退の攻防が続いていく。

 本人達は気付いてないが、その表情には徐々に笑みが浮かび、頬を伝う汗を無意識に拭っていた。

 ポケモンバトルの醍醐味は、トレーナーとポケモンがそれまでに積み上げた十人十色の全力のぶつかり合い。

 使うポケモン、選ぶ技、重視する戦い方……それら全てトレーナー毎に異なる信念の元に決まり、1つとして同じパターンは存在しない。

 その異なる信念同士を激突させ、自分とは違う世界を垣間見る事。そして、そこに自分の存在した証を刻む事こそ、トレーナーとしての本能が求める至福なのだ。

 それは決して、遊び半分では到達できない世界。

 ベラは今、あまりに才気に恵まれすぎていたがために見る事の叶わなかったその領域……『本気の世界』へ踏み込もうとしているのだ。

 

「“あくのはどう”をバラ撒いてやんなさいっ!」

 

「“ねっぷう”で押し返して!」

 

 今度は再び弾丸状の“あくのはどう”で対空弾幕を張ってこちらの行動を妨害しようと試みる。

 あの押し流すような波動状態でないならばこちらに分がある。

 ……と、思ったのだが、エネルギーを凝縮して弾丸にしているためか、何発かは相殺しきれず貫通し、ポポを襲った。

 

「上昇っ!」

 

 尾羽を団扇のように力強く振って高度を上げ、ギリギリで回避する。

 ……どうやら“あくのはどう”を撃たれたら下手に防ごうとせず、素直に回避に専念した方が良さそうだ。

 

「跳びなさいっ! “かみくだく”!」

 

 と、そこへすかさず必殺の威力を誇る“かみくだく”。

 腕と尻尾を勢いよく打ち付け、地面を陥没させながら飛び跳ねたドラピオンからエネルギーが放出され、無数の糸のように絡みつつ鋭利な牙の並ぶ禍々しい大口を紡ぎ上げ、“あくのはどう”に気を取られていたポポを飲み込もうと襲いかかる。

 ドラピオンの身体構造は、力学的に考えてもジャンプなどするためにはできていないのだが、それが飛行しているポポと同程度の高度まで単純なパワーだけで上昇できるのだから、もはや常識を大きく逸脱している。

 やはりというべきか、人間の構築した既存の常識などは、ポケモンという不可思議な生き物の前では容易く覆されてしまうようだ。

 

「(これをかわしても、また同じ事の繰り返し……距離を取って、遠くから攻撃されて、よけた隙に近付かれて……ここで流れを変えるしか無い……!)……ポポくん! そのまま“ブレイブバード”っ!!」

 

 ポポは身を翻すと、迫る顎門を避けるどころか、槍のように先端を鋭くしたオーラを纏ってその中へ突っ込んでいく。

 

「な……なんとぉぉーーーーっっ!? ピジョット、まさかの迫り来る巨大な口の中への突撃ぃぃーーーーっっ!?」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 ベラもドラピオンも、相手はこの攻撃に対して回避に動くと考えていたため、急激な加速で接近してきたポポへの対応が遅れ、牙が噛み合う前にその内部へ侵入されてしまう。

 ベラのドラピオンの“かみくだく”は、実体化させたエネルギーの塊。

 それ自体がある程度の攻撃力を持つが、特にエネルギー密度が高いのは上下の牙部分であり、フリーザーの“ふぶき”を無効にした時もこの部分で相手の技の威力をほぼ殺し、内部で消滅させていた。

 つまり、牙を通過されてしまうとそのダメージは著しく低下してしまう。

 まして、今のポポは攻防一対の強力なオーラで身を守っている。……という事は。

 

「出てくるわよ! “クロスポイズン”で受け止めなさいっ!!」

 

 言うが早いか、悪魔のような様相の漆黒のエネルギー体の内部から無数の光の筋が伸び、次の瞬間、眩い光の槍が悪魔を突き破ってまっすぐにドラピオンへ突っ込んできた。

 対するドラピオンは両腕を紫色に発光させ、X字を描くように振り下ろし、その槍の穂先を受け止める。

 

「押してっっ!!」

 

「押し返しなさいっっ!!」

 

 ポポの勢いは盛んであり、そのままぐんぐん押し込まれ、とうとう地上へ降下。

 なおも突き穿つかのように押してくるが、ドラピオンも脚の爪を地面へ食い込ませて抵抗を開始。

 がりがりと地面が削られ、抉られ、ドラピオンの込めた力とポポの押し込む力がいかに強いかを物語る。

 だが、徐々にポポ側の力が弱まり、互いに拮抗し始める。

 ポポもドラピオンも、ここまでのダメージですでに疲労が溜まりに溜まっている。

 特にドラピオンはシェルルからの連戦に命の珠の反動もあって、本来ならば純粋なパワー勝負であれば優勢なはずのポポとも互角程度に落ち込んでいる。

 押すも引くもならずの取っ組み合いとなった2体の姿に、誰もが息を飲み、手を握り締めて見守るしか無い。

 それはベラも同じであり、爪が食い込むほど握られた手には汗が滲む。

 ツバキの熱意、会場の熱狂、そして、激突する2体の熱気に浮かされたような感覚。

 それなのに、頭は不思議なくらいに冴え渡り、心の底から何か知らない感情がマグマのようにふつふつと燃え上がり、噴き上がる。

 そして、その感情がとうとう、歪な膜を破って外の世界へと飛び出した。

 

「…………って……」

 

 そよ風の音にすら掻き消されそうな、か細い声。

 だが、ドラピオンにはその声が確かに聞こえ、驚いたように視線だけをベラへと向ける。

 

「…………勝って……!」

 

 より鮮明に、そして明確な意志の籠った声が、まるで耳元で囁かれたかのよう。

 直後、大きく息を吸ったベラの口が開かれた。

 

「……勝って! 勝ちなさいラピオっっ!!

 

 ドラピオンは目を見開く。

 ……それは、ドラピオン……いや、彼だけではない。

 ベラの持つ全てのポケモンが、ずっとずっと待ち望んでいた言葉。

 ポケモンバトルに暇潰しや憂さ晴らし以上の意味を見出ださず、その勝敗自体には一切執着してこなかった彼女の、初めての勝利への渇望。

 ……嘘偽りの無い、心からの叫び。

 

〈……君のその言葉を……私達は待っていた〉

 

「……!?」

 

 ベラの耳……いや、脳内に直接声が響いたような気がした。

 だが、それを掻き消すかのようにドラピオンの咆哮が会場中に轟き、聞いた者全ての心身を震わせる。

 ポポを受け止めたその腕に力が込められ、思い切り振り抜くとポポの身体が弾き飛ばされた。

 ベラから本当に聞きたかった命令を受け、ドラピオンの雰囲気が一変する。

 そこまでの疲弊と消耗が消え去ったかのように、表情も仕草も生き生きとしているのだ。

 無論、それは空元気であろうが、バトルにおいて戦意が高まった事は大きな意味を持つ。

 

「くっ……! 一旦引いて態勢を立て直して!」

 

 元々パワー面では不利な以上、戦意高揚した相手と正面きっての戦闘を継続するのは危険だ。

 くるりとロールしたポポは、ツバキの前へと戻りドラピオンを睨む。

 

「……ラピオ。アイツの動きの癖は見切ったわね? ……そろそろ決めるわよ」

 

 脳に直接語りかけるような声に妙な懐かしさを感じながら、バトルに集中すべく頭を振って雑念を捨てるベラ。

 闘志こそ再燃したが、蓄積したダメージ自体はかなり危ういだろう。

 余計な事に気を取られていては、ツバキには勝てない。

 ……そう、ベラは今、明確に「勝ちたい」と願っているのだ。

 

「(“でんこうせっか”を使われたら動きを追いきれない。その前に接近戦に持ち込んで、パワーでねじ伏せる……!)ラピオ! “ミサイルばり”よ!」

 

 ドラピオンの口が開いて5発の針が順次発射され、拡散した後ポポを包み込むような軌道で襲い来る。

 同時にドラピオン自身も4本の脚と両腕を器用に動かす6足歩行でポポへ向けて移動を始め、次にどのような命令が出ても対応できる準備にかかる。

 ドラピオンの鋏状の爪は、その形状と握力により車を一瞬にしてスクラップに変えてしまうほどと言われる。

 掴んでしまえばもはや逃れる術は無く、その後は一方的な蹂躙が待っているのだ。

 

「(さっきみたいに“ねっぷう”を使ったらまた同じ事に……! しかも後ろからドラピオンも来てるから、“でんこうせっか”でよけても、その後の隙を狙われる……!)」

 

 隙を生じぬ二段構えとは良く言ったものである。

 時間差で飛んでいく遠距離攻撃に自身も続く事で、相手の対応に合わせてこちらも柔軟な追撃が可能というわけだ。

 “ブレイブバード”、“ぼうふう”は強力だが隙があり、“ねっぷう”も針と相手を同時に焼くほどの威力を出すには少し準備がいる。

 “でんこうせっか”も針を回避した瞬間を狙われれば危険であり、そもそもこちらの回避ルートを絞り込み、即座に追撃できるような弾道で撃っていると見るべきだろう。

 

「(……守るのもよけるのもダメなら、攻めるだけ!)正面に“でんこうせっか”! 当たって砕け……ちゃダメだけど!」

 

 ポポもそれ以外手段が無いと理解し、覚悟を決めるように鳴きながら羽ばたくと、向かってくる針とドラピオン目掛けて突っ込んでいく。

 無論、かわせそうな物はギリギリでもかわすが、最悪被弾もやむ無しという覚悟の上での突撃だ。

 飛んでいる時は何より翼に大きな衝撃が加わるのが危険なので、翼を畳んで被弾面積を抑え、万一着弾しても被害が小さくなるよう工夫する。

 案の定1発目と2発目を紙一重でかわした直後、左翼を3発目が掠り、わずかにバランスが崩れたところに4発目と5発目が迫り来る。

 ポポは飛来する針の内1発を、首を振って硬いクチバシで弾いたが、最後の1発は右翼にヒットした。

 だが、傾ぐ身体を根性で立て直し、一瞬落ちたスピードも即座に取り戻すどころか加速させていく。

 もはや体力は限界。加速しつつ敵を正面に捉えたこの機を逃せば、もう逆転の目は無い。

 それはドラピオンも同じで、命の珠の反動を考慮すると技を使える猶予はあと一撃。

 

「突っ込んでくるとはね……! でも、これでトドメよ! “クロスポイズン”っ!!」

 

 これを最後の一撃とすべく、残った力のほぼ全てを振り絞って両腕を振り上げる。

 溢れたエネルギーが放出され、毒々しい紫色のオーラが火の粉のように散り、雷撃のように迸る。

 

「ここで終わりにするっ! 加速を利用して“ブレイブバード”っっ!!」

 

 ポポも最大加速のままに身体をオーラで覆う。

 今出せる力での最大威力を出すべく、オーラで巨鳥を象ってきたこれまでの“ブレイブバード”とは異なり、纏うオーラが守るは突撃姿勢となった身体の前部のみ。

 ほぼ全エネルギーを凝縮し、“ブレイブバード”本来の突撃形態ではなく、ごく限定的な部位にのみ圧縮した高密度のエネルギーで打ち貫く、まさに『貫徹』に特化した形態へ。

 

 

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 一閃。

 

 

 

 それまでの泥臭いほどの力のぶつかり合い、根性のままに繰り出していた技の応酬とは真逆。

 両者が最大戦速で激突し、交差したその刹那の一瞬で全てが決まった。

 圧縮されたエネルギー同士は、衝突と同時に爆発を起こすかと思われたが、一瞬の静寂の後に膨大な数の光の粒子となって弾け、会場中を照らし出した。

 全身全霊を込めた一撃を交わした2体は、地面に荒々しく爪跡を残しながら6~7mほど進んだところで停止する。

 蛍のように光球が舞う中、ぐらりとポポの身体が揺れ、その身体が発光したかと思うと、光の膜が剥がれ落ちて空中へと消えていき、メガシンカが解けて元の姿へと戻っていった。

 

「っ……! ポポ……くん……」

 

 ドラピオンは振り向き、地に伏したポポの姿を見届けると、会場を揺るがすほどの咆哮を響かせる。

 そして、全てを出しきって放心したその表情のまま身体が傾き、土煙を上げて倒れた。

 

「……ラピオ……」

 

 ツバキもベラも、倒れたパートナーを見て、その場でしばし硬直する外無かった。

 

 

 

「そ……そんな……引き分け……? ここまで来て……?」

 

「いや」

 

 衝撃の結末に落胆したようなボックだったが、イソラが即座に否定した。

 

「忘れたのか? 今、ツバキの手元には……」

 

「え……? あっ…………そっか、グソクムシャ……!」

 

 エース同士のあまりの熱戦に完全に失念していたが、ツバキの元には《ききかいひ》で戻ったシェルルが残っている。

 それはつまり、ツバキがベラの手持ちを全て破り、決勝戦へ駒を進めた事を意味する。

 

「……しかし危なかった。もしもスピアーとドラピオンの持ち物が逆であったなら、ツバキは負けていただろう。あのドラピオンは強すぎる。今のツバキがマトモにやり合っても、石造りの城をスコップで崩そうとしているようなもの……命の珠の反動があったが故の勝利だ。もちろん、ツバキの勝利のために実力以上の粘りを見せたポケモン達の力も大きいがな」

 

 口にこそ出さないが、仮に命の珠以外を持ったドラピオンと戦えば、自分のオニドリルでも勝てるか否かは五分であろうとイソラは分析する。

 メガシンカ体2体とも互角に戦えるオニドリルですら必勝とはならないのだから、ベラのドラピオンがいかに怪物じみているかも窺えるというもの。

 

 

 

「……ド……ドラピオン、ピジョット共に戦闘、不能…………両者戦闘不能っっ!! 引き分けです! よって勝者! グレンタウンのツバキ選手っっ!!」

 

 駆け寄った審判は、2度3度とポポとドラピオンを交互に確認すると、これまで以上の大声で高らかに宣言した。

 

「き…………決まりましたぁぁぁぁーーーーーーっっ!!! パワー! スピード! テクニック! 全てを激しくぶつけ合った熱い激闘を制したのは、まさかまさかのツバキ選手ぅぅーーーーっっ!! よもやのかの暴君を破っての勝利っ!! 熱すぎるバトルとこの大番狂わせの結果に、わたくし心臓の鼓動が恐ろしく早くなっておりますっっ!! ベラ選手! ツバキ選手! 両者共に素晴らしいバトルでしたっ! ありがとう! ありがとうっっ!!」

 

 空気すら揺るがす大歓声の中、ベラは呆然とドラピオンを見つめ続けていた。

 

「…………負け、た……? アタシが……アタシのラピオが……?」

 

 アジトでのバトルで不覚こそ取ったが、それまではその圧倒的な実力で不敗神話すらも語られた最高のパートナーが……敗れた。

 

「(なんで……どうして……? 前みたいな遊びじゃない……本気……全力だったのに…………本気? アタシ……本気になってたの? バトルなんかに?)」

 

 バトルが終わり、全ての感覚がクールダウンした途端、バトル中の事がまるで夢だったかのように思えて現実感を失う。

 だが、現にドラピオンは激しいバトルに力尽き、自身の視界の先に倒れている。

 その時だ。

 水滴の滴るような音に気付いたベラが視線を落とすと、地面が水玉模様に彩られていくのが見えた。

 

「(水……雨……? こんな天気で? …………違う……これ……アタシ……?)」

 

 すぐにそれが雨ではなく、自身の目尻から溢れ、頬を伝って落ちていく涙である事に気付いた。

 

 

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「(……? 何これ……涙……? なんで? なんで泣いてんのよ? 意味わかんない。止まらない? なんで?)」

 

 拭っても拭っても、際限無くぼろぼろと零れる涙と共に、心の奥底から湧き上がる感情。

 不快感ではない。むしろ清々しくすらあるのに、決してそれだけではない違和感。

 

「(何? なんなの、これ? 知らない……こんな気持ち……こんな感情知らない……! アタシ……こんなの……!)」

 

「ベラさん」

 

 フィールド補修班が忙しなく走る中、倒れたポポに寄り添うツバキがベラへと声をかける。

 

「……わかります、わたしにも。今までたくさん経験しましたから。……今……悔しいんですよね?」

 

「……くや……しい……?」

 

 涙を流しながら、まるで知らない単語を聞いた子供のように目を開いてツバキの言葉を反復する。

 

「はい。わたしも、初めてベラさんとバトルして負けた後、すごく悔しかったです。あの時のわたしには、ベラさんのバトルへの姿勢はよくわからなかったから、絶対に負けたくなかった。……だから、あの後は皆と一緒にたくさん……たくさんたくさん特訓を頑張って、バトルもたくさんして……そうやって、ここまで来ました。……ね? 今回も、今までも……きっとこれからも。いつも頑張ってくれてありがとう、ポポくん」

 

 優しく頭を撫でるツバキの声に反応して目を開いたポポも、同意するように小さく鳴いた。

 悔しい。

 遊びではない、真剣勝負。本気と本気のぶつかり合いだからこそ、自分の本気が一歩及ばなかった事が悔しくてたまらない。

 それは、これまで本気でバトルをした事の無かったベラには完全に未知の感情だ。

 

「……悔しい……これが……悔しい……? …………そう……アタシ…………勝ちたかったのね……アンタに……本気の勝負で……」

 

 そこまで言って、ベラはようやくふらふらとドラピオンへ歩み寄る。

 両手で涙を拭うとその場にしゃがみ込み、ドラピオンの身体を労るように撫でながら語りかける。

 

「……ラピオ。……ごめんね……負けたわ、アタシ……」

 

〈……ベラ……〉

 

 ……今度ははっきり聞こえた。

 ベラは周りを見渡した後、ドラピオンへと視線を下ろす。

 

「……ラピオ……? 今の……声……」

 

〈ベラ……? ……そうか。また私達の声が……届くようになったのか……。覚えていないか、ベラ。昔……君がまだ我々……君達がポケモンと呼ぶ存在に触れ始めたばかりの頃……君と私達はよく話していたんだ。こうして、言葉と心で〉

 

 ……覚えている。この声を。

 幼い頃から、ベラの周りには人間以外の声も溢れていた。

 ……トキワシティ出身のトレーナーには、ごく稀に特殊な力の素養を持って生まれる事があるという噂がある。

 その者はポケモンの声を理解し、通常よりも遥かに深く心を通わせる事ができるという。ベラはまさにその力を生まれながらに発現させていたのだ。

 だが、周りの大人も子供も、それを言葉ではなくただの鳴き声としか認識できていなかった。

 そして、いつからかベラ自身にもその声は届かなくなり、あれは子供故の夢想、幻聴の類だった、と自分を無理矢理納得させるようになっていったのだ。

 ……それでも、ベラの心の中にはいつも、いつまでも彼らの声がうっすらと残り続けていた。

 

「……忘れるわけ……ないでしょ……! どれだけ……どれ、だけ……また……聞きたいって……!」

 

〈……私達は……ずっと声を上げ続けていた。君にまた声を聞いてほしい、と。だが……いつしか君の心は歪み始め、どす黒い靄のような物がかかっていった。……恐らくはその歪みと靄に遮られ、私達の声は掻き消されてしまったのだろう〉

 

 ドラピオンのその言葉を聞いたベラはハッとして記憶の糸を手繰り寄せる。

 言われてみれば、ポケモンバトルをするようになって少ししてからだ。彼らの声が聞こえにくく、そして聞こえなくなっていったのは。

 天賦の才を持って生まれた強者故に心を蝕む退屈と渇きを満たすため、弱者をいたぶる事に愉悦と快楽を求め始めると、もはやその声は完全に届かなくなっていた。

 ……聞きたいと願っていた仲間達の声を遮っていたのは、己の充足感のために歪み続ける自分自身だったのだ。

 

〈……すまなかった、ベラ。そうなる前に君を止める事ができていれば……私達はずっとその事を悔やんでいた。私達にせめてできる事は、声をかけ続けながら、君の隣を歩み続ける事だけだったんだ……〉

 

「……謝ってんじゃないわよ……バカ…………謝りたいのは……アタシの方なのに……!」

 

 1度は抑えた涙が再び零れ始め、ベラは両腕でドラピオンを抱き締めて嗚咽の声を漏らす。

 

〈だが……こうしてまた声が届くようになったという事は、君の心が正常に戻り始めているのだろう。……あの少女との本気のバトル……楽しかったのだろう?〉

 

「…………うん……今まで弱い奴を虐めて愉しんでたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい楽しかったし……悔しかった。……そう……アイツらがあんなにもバトルに熱くなれる理由……ようやくわかった。本気で戦うと、こんなにも心が満たされるのね……」

 

 その言葉を聞いたドラピオンは、横たえた身体を起こしてベラを見下ろす。

 

〈そう感じる事ができたのなら、もう大丈夫だ。君の心が歪に捩れる事も無くなるだろう。今回のその悔しさを、次のバトル、そのさらに次のバトルで勝利を掴むための活力としよう。私達も君と同じ気持ちでいるのだから〉

 

「……アタシにもできる? 今からでも……やり直せる?」

 

〈むしろ、ここからが始まりだとも。……一緒に強くなっていこう、ベラ。心も、身体も〉

 

 と、傷付いた身体で無理をしたためか、ドラピオンの身体が揺れ、ベラが両手で支える。

 

「……そうね。でも今は、アンタ達を休ませるのが先。その後の事は……今はいいわ」

 

 赤くなった目元のまま、ベラは柔らかい笑みを浮かべてドラピオンをボールに戻し立ち上がると、ツバキに向き直る。

 

「負けたわ。本当にやってくれるわねアンタ」

 

「ベラさん……」

 

 そして、つかつかと歩み寄ると、右手を差し出した。

 

「……それと……その………………ぁ…………あり……がと…………」

 

 視線を泳がせて頬を赤らめながら、彼女なりに精一杯の気持ちを込めたであろう感謝の一言を小声で呟く姿は、それまでの残忍にして横暴、享楽主義な暴君の姿とはまるで逆。

 その仕草に妙な微笑ましさを覚えたツバキは、彼女の心を正しい方向へ引き戻す事ができた実感を得て、満面の笑みを浮かべて握手に応じた。

 

「……はいっ! またバトル、してください!」

 

「……き……気が向いたらね……」

 

 まぁ、ベラからすればツバキはあまりにまっすぐすぎて直視できないというのが本音。

 バトル本来の楽しさを教えてくれた事には感謝しているが、ベラ自身の性格もあり、とてもその純真な目を見ながら謝意を示す事などできそうもない。

 

「そ、それじゃ……せいぜい頑張る事ね」

 

 これまで他人に感謝するという事自体をほぼしてこなかったベラは、もう居心地の悪さと羞恥心の限界とばかりに手を振りほどくように離し、踵を返して歩き出した。

 

「頑張りますっ! ありがとうございましたっ!」

 

「(声デカいってのよいちいち……!)」

 

 幸い周りで補修作業が突貫で進められているので、2人の会話は他には聞こえなかったが、やはりベラには素直なツバキの言葉がちくちく刺さるらしい。

 バトルの高揚感の余韻と恥ずかしさから顔は真っ赤だが、ぶっきらぼうに手を振り、歩き去っていく彼女の口元には笑みが浮かび、その胸の内はこれまでに無い温かな気持ちで満たされていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

えー……文章纏めれば良いだけなので時間はかからないと言って1ヵ月経ってしまいましたね。
正直に言います。モチベ下がってました。
ツバキ対ベラは初期構想からあったレベルで書きたかったはずなのに、まったく思い通りの文章が書けないモヤモヤが1つ。
で、もう1つに早く書かねばってのが枷になってめっちゃ重荷になっていましたが、どうにかこうにかその荷を一旦降ろせました。
さすがに今回の長期活動休止は極めてイレギュラーなので、同じような事は起こらない。……はずです。

たぶん失踪を疑われた方も多いと思います。
まことに申し訳ありませんでした!
今後も細々書いていきますので、気が向いた時にでも見てやってください!
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