蒼天のキズナ   作:劉翼

102 / 103
1話ごとの間隔が開く対価として書き溜めが習慣になってきました。
すでに次話は文章だけは書き終えて挿絵を残すのみ。今はさらに次の話に取り掛かっています。


第101話:緋色の戦場

 互いに手持ちの半数が戦闘不能となり、ますますヒートアップするツバキ対ベラの試合。

 ミスティからのバトンを受け取ったシェルルは、強固な甲殻を活かした立ち回りをするも、次第にその装甲の死角へピンポイントで攻撃を受けてしまう。

 だが、“ふいうち”の瞬間的な加速によって相手の意表を突き、“いわなだれ”で致命傷を与えての逆転を成し遂げる。

 最後に捨て身の“どくづき”で毒状態にされるものの、とうとうベラの切り札……あのドラピオンを引きずり出した。

 やはりドラピオンは桁違いに強く、命の珠によって体力を代償に爆発的な火力を有し、シェルルの攻撃は容易く受け止められて瞬く間に《ききかいひ》での撤退を余儀無くされる。

 ツバキはポポを繰り出し、バトルはエース同士の対決へ。

 メガシンカしてスピードで翻弄するポポに対し、面制圧攻撃を中心に攻め立てるドラピオン。

 1歩も譲らぬ激戦の中で、ついにベラは「勝ちたい」という意志を抱いている事を自覚し、本気をぶつけ合うバトル本来の楽しさを知る。

 技の応酬で白熱するバトルは最終局面を迎え、互いの全てを懸けた“ブレイブバード”と“クロスポイズン”の一撃を交わし、両者共に戦闘不能となる。

 結果はシェルルが手元に残っていたツバキの勝利となり、ベラは人生で初めて悔しさからの涙を流す。

 だが、ツバキとの一連のバトルを通して心の歪みが修復されたベラは、ずっと聞こえていなかったポケモン達の声を再び聞けるようになる。

 ドラピオンの言葉を受け、胸中にかかっていた靄の晴れたベラは、素直ではないもののツバキへ感謝と称賛を送り、フィールドを後にするのだった。

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 試合を終えたベラは、選手用通路を歩き、小さく息を吐いた。

 これまでに感じた事の無かった高揚感と充足感。

 それはドラピオンに語った通り、他者を圧倒的な力でいたぶっていた時とは比較にならないほどだ。

 そして、もっと早くこの事に気付けていれば良かったとも思う。せめて発電所でのバトルでツバキとポケモンが見せたあの必死な姿で考えを改めていれば。

 

「ベラ」

 

 ふと、前から呼び止められ、ベラは顔を上げる。

 そこに立っていたのは、ロケット団在籍時の副官……そして幼馴染みのシュルマだ。

 

「……リード」

 

 シュルマはウィルゴ同様あくまでロケット団でのコードネーム。

 本名のリードと呼ばれた彼は、ここに潜り込むためか、大会スタッフの服を着ている。

 この選手入退場通路には、選手用の他、緊急時避難用を兼ねたスタッフ用の出入り口もあるのだ。

 ベラはじっとリードの顔を見つめて何か考えているようで、対するリードは妙な気恥ずかしさを覚える。

 互いに無言の時間が30秒ほど過ぎた頃、リードが口を開いた。

 

「あ、あの…………た……楽しかったか?」

 

「……そうね。悪くない時間を過ごせたわ」

 

 ロケット団時代は上下関係にあったためか、ぎこちなく話しかけたリードへ、ベラはさばさばとした返事を返す。

 

「そ、そうか、それは良かったね……はは……」

 

 ベラに続くようにアジトを離れた彼は警察による逮捕を免れ、行方を眩ませたベラを探していたが、どくタイプの使い手がカントー各地のジムを猛烈な勢いで制覇していると聞き、もしやと考えてこのリーグ会場で待つ事にしたのだ。

 そして、その予感は的中した。

 彼女は現れ、ツバキとバトルし……あの少女は見事に約束を果たしてベラに勝利してくれた。

 今自分の前にいるベラは真顔ではあるが、涙を流した痕跡が目元や頬に見て取れるし、何より身に纏う雰囲気が以前と大きく異なっている。

 まだ困惑を拭えないリードへ、今度はベラから口を開いた。

 

「なんにしても丁度いいところへ来たわ」

 

 ベラはボールペンとメモ帳を取り出すと、なにやらさらさらと書き込み、そのページを破って渡してきた。

 

「……はい、これ」

 

「……? これは……?」

 

 そこには数字とアルファベットの羅列が書かれており、理解の追いつかないリード。

 だが、直後にベラが放った言葉で彼はさらに仰天する。

 

「アタシのポケモン達のボックスにアクセスするためのパスワード。世話、よろしく」

 

 そう言って横を歩き去ろうとするベラを、リードは慌てて呼び止めた。

 

「ま、待ってくれ! よろしくって……ベラはどうするつもりなんだ……!?」

 

「はぁ? 決まってんでしょ。警察よ。け・い・さ・つ。やらかした奴が行くとこなんて他に無いでしょうが」

 

 あっけらかんと言い放つベラに、リードはますます驚かされる。

 

「そ、それなら俺も……」

 

「あのねぇ……アンタ人の話聞いてた? どこの誰とも知れないどっかの施設の奴に任せるよりはアンタに頼みたいっつってんの。アンタなんてどこにでもいるモブ同然の地味顔なんだから、黙ってりゃ元ロケット団なんてわかんないわよ」

 

 さらりとひどい事を言われた気もするが、今のリードは心境的にそんな事を気にする余裕は無い。

 

「で……でも……」

 

「……ふぅん……アンタ……アタシの頼みが聞けないってわけ? このアタシの頼みが? へぇー……」

 

 明らかに不機嫌になったベラの発する空気が一変し、そこに至ってリードはハッとする。

 ロケット団時代、彼女の機嫌を損ねた団員が、顔面に拳を打ち込まれて昏倒したのを見た事があったからだ。

 「しまった」と思った時にはすでに遅く、早足で歩み寄ってきたベラによって胸倉を掴まれていた。

 リードは反射的に目を閉じ、歯を食い縛る。

 ……だが、顔面を襲うはずの痛みは一向に訪れない。

 花のような甘い香りが鼻をくすぐり、柔らかなしっとりとした感触が頬に触れた。

 

「……!?!?」

 

 驚いて目を開いたリードの視界に、背伸びでピンと立っていたベラが元の体勢に戻るのが見えた。

 

「……報酬の前払いよ。これで嫌とは言わせない」

 

 ベラの顔は上気して赤く、口調は変わらないながらも声色には緊張などが含まれている。

 

「ぇ……あ……ぁの……」

 

「返事」

 

「ぁ……は、はい……」

 

「……よろしい」

 

 そこでリードは、至極当たり前の事に今更ながら気付いてしまう。

 自分は今、ベラを見下ろす形になっている。

 これまではあれほど威圧感に満ちて、大きく見えていたというのに、今のベラは背伸びをしなければ自分の頭1つ分近く小さい。

 

「(……そう、か……俺達は……俺達の関係は……変わっていなかったんだ……)」

 

 2人の目線の差は、幼いあの日から変わってなどいない。

 ただ、ベラを想いながらも、彼女の圧倒的な強さ故に無意識に抱いていた恐怖と敬意が、強大な存在に見せていただけだったのだ。

 本当は自分の腕にも収まってしまいそうな華奢な女性だというのに。

 もしかしたら、自分でも手を伸ばせば彼女をその手で救えたのかもしれない。

 だが、募った畏敬の念が「彼女のような高く大きな存在には、自分では届かない」と誤認させていた。

 

「……ホント、よろしくね。ポケモン達はアタシの命同然……誰か1人にでも何かあったら許さないから」

 

「……わかった。しっかり面倒を見ておく。だから……絶対にポケモン達を迎えに戻ってくれ」

 

「当たり前よ。……じゃあ……」

 

 そう言って掴んでいた胸倉を放すと、ベラは振り向き、再び歩き出した。

 ……と、思いきや。

 

「……リード」

 

「え……」

 

 足を止めたベラは、顔を背けたまま彼へ最後のメッセージを伝える。

 

「……ロケット団(あんなとこ)まで付き合ってくれて……ありがとね」

 

 恐らくはその顔は真っ赤に染まっていただろう。

 ツバキの時もそうだったが、ポケモンはともかくとして他人へ感謝の気持ちを伝えるなど何年ぶりだかわからないほどなのだから。

 もはや返しの言葉を聞くのも恥ずかしいとばかりに、ベラは足早にその場を後にし、もっと早くに彼女を救えなかった事への後悔の涙を流すリードだけが残された。

 

 

 

「さぁて……衝撃の結果を生んだ第1試合の興奮もいまだ覚めませんが、次なる試合に移りましょうっ!! 果たしてこの試合を制し、決勝でツバキ選手と激突するのはどちらだぁぁーーーーっっ!? 選手……入場ぉぉぉぉーーーーっっ!!」

 

 開いたゲートから、長い真紅の髪を揺らす女性と、炎の如く燃え上がる髪の男性が現れる。

 

「苛烈なるバトルの鬼! スカーレット選手かっ! はたまた、南国の太陽が育てた烈火の闘士! ガラム選手かっ!」

 

 奇しくも両者は、高い攻撃力で一気に捩じ伏せるバトルスタイルを得意としている共通点を持つ。

 決定的に違うのは相手の攻撃への対処法で、スカーレットは一部例外はあれど、機動力で回避に重点を置いて隙を窺い、ガラムは高い耐久力で受け止めてからのカウンターが主戦術という点だ。

 

「どちらもここまでの試合で、その優れたバトルセンスを遺憾無く発揮して参りました! この試合にも期待がかかります……!」

 

 ブルースが熱く語る間にも両者は歩を進め、ついに位置につく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………よろしく」

 

「おう、こちらこそな。『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』……こんなにも早く戦えるとは思わなかったぜ。俺的戦いてぇトレーナー100選でも10の指に入るからな、あんたは」

 

「……そう。なら……」

 

 スカーレットがモンスターボールを握る。

 

「勝ちたいトレーナー100選の1番に格上げしてもらう」

 

「上等! あんたの記憶に俺の名前を刻んでもらうぜっ!!」

 

 闘争心燃える2人は、審判の指示が出る前に、握ったボールを投擲する。

 

「…………エテボース」

 

「行くぜナッシーっっ!!」

 

 開いたボールから飛び出した光が、それぞれにポケモンの姿を形成して大地に立つ。

 長い手のような2本の尻尾で器用にスカーレットの前に立ったのは、紫色の猿のような姿をしたおながポケモン『エテボース』。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 尻尾をバネのように動かして身体を上下に揺らしながら、悪戯っぽく笑っている。

 と、そのエテボースを覆い隠すように影が伸び、エテボースもスカーレットも思わず真顔で見上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こ……これは……!? もしやこれは噂に聞くアローラ地方特有の姿をしたナッシーっ!? 先のサンドパン同様の、リージョンフォームポケモンですっっ!! なんっっという大きさでしょう!?」

 

 ガッシリとした茶色の胴体から、天を衝くほどの長い長い首が伸びており、少なく見積もっても10mはあるだろう。

 その先端には四方に広がる葉を髪のように蓄えた頭部があり、そこにはヤシの実を思わせる顔が3つ並び、それぞれに異なる表情ながら、眼下の敵対者へ向ける闘志だけは共通している。

 アローラナッシーは細長い首を曲げ、遥か下にいるエテボースを品定めするかの如く観察している。

 何しろ両者の身長差は実に8~9倍差。先ほどのナオとドラミドロのそれよりさらに差が開いているのだから、見下ろされる側が受けるプレッシャーもかなりのものだろう。

 実際、エテボースはスカーレットの手持ちとしては歴戦の部類に入るが、これほどサイズ差のある相手とのバトルは初めてであり、完全に度肝を抜かれている。

 ただ、その表情に浮かぶのは決して恐怖の色ではなく、むしろ経験が無いほどの巨体を誇る相手とのバトルに高揚しているという顔だ。

 

「どうやら両者はトレーナー、ポケモン共に戦意増し増しのようです! ならば長々お待たせしては申し訳ないっ! というわけで始めてしまいましょうっっ!!」

 

 ブルースに促された審判が旗を振り上げる。

 

「はっ! それでは、トージョウリーグ準決勝第2試合、スカーレット選手対ガラム選手のバトルを開始いたします! 先鋒、エテボース対ナッシー。バトル…………開始っっ!!」

 

 旗が振り下ろされ、圧倒的な体格差の2体のバトルがスタートした。

 

「っしゃあ! まずは“りゅう”……」

 

「“ねこだまし”」

 

 ガラムが最初の指示を発しようとしたが、その最中に静かに放たれたスカーレットの方が早い。

 まさに猿の如き軽い身のこなしで一気に距離を詰めたエテボースはナッシーの首を駆け上がり、その眼前へ飛び出すと、大きく開いた尻尾でナッシーの中央の頭を挟み込むように打った。

 予想を遥かに上回る素早さで先手を打たれたナッシーは怯み、わずかに後退する。

 

「エテボース速いっ! ナッシー、その動きを捉えきれません! まずは先制攻撃を許してしまいましたぁっ!!」

 

 エテボースは華麗な宙返りでナッシーから離れると、尻尾で側転するように着地した。

 ここまでの動きを見てもわかる通り、このエテボースというポケモンは、長い2本の尻尾の先が極めて器用に発達しており、本来の手よりも繊細な作業が可能である。

 樹上の移動はもちろんの事、地上でもこれを使った移動の方がスムーズなほどで、攻撃、防御、回避、受け身など、バトルに必要な要素の大部分をこの尻尾で賄っているのだ。

 

 

 

「《テクニシャン》」

 

 ポツリとボックが呟くと、イソラがそれに反応した。

 

「ほう、よくわかったな」

 

「さすがにわかるよ~。いくらなんでも、普通の“ねこだまし”じゃあの巨体をあんなにたじろがせるのは無理だもん~」

 

 《テクニシャン》とはポケモンの特性の1つであり、本来は大した威力の無い技を器用に使いこなし、適切なタイミングと適切な攻撃部位へ打ち込む事で火力の底上げが可能というもの。

 威力は心許ないが、強力な効果を持つ技との相性が抜群で、そのタイプの主力技と同程度の威力まで引き上げられるのが強みだ。

 

「あれがなかなか厄介でな……素早い動きと、特性で強化した優秀な小技を組み合わせた戦術は、わかってはいても対処し辛い」

 

 あのエテボースと数回バトルした事のあるイソラは、過去の苦戦を思い出して溜め息を吐いた。

 

「しかし、あちらのナッシーも油断ならない相手だ。なにしろリージョンフォームのナッシーは、エスパータイプがドラゴンタイプに変化していて、巨体を活かしたパワフルな戦い方を得意とするようになっている。通常のナッシーと同じ対処法は通じないと見て良い」

 

 

 

「かぁぁ……まずは出鼻を挫かれちまったか! だが! そんなもんで俺達は止まらねぇぇーーっっ!! “タネばくだん”だっ!!」

 

 ナッシーが大きく首を揺らし、頭頂部の葉の根本から巨大な種子が発射される。

 

「……来る。備えて」

 

 身のこなしの軽いエテボースに、ただ単発の攻撃を放つだけとは思えない。

 1回戦での試合でも、彼は粗暴な風体とは裏腹に、しっかりと相手の特徴に合わせた戦術を適時組み上げていたのだから、あの種にも何か仕掛けがあるのは間違い無いだろう。

 考えてる間にも種子はぐんぐん上昇していく。

 そして、ある程度の高度まで上昇すると炸裂し、中から一回り小型の種が無数に現れ、周辺を焼き尽くす絨毯爆撃のようにバラ撒かれる。

 

「ナッシーの反撃っっ! 素早いエテボースを捉えるための広範囲爆撃だあぁぁっっ!!」

 

「…………“スピードスター”」

 

 降り注ぐ範囲が広すぎる上、最初の1発のサイズはこれまで見た事が無いほど大きく、子弾の爆発範囲もそれに比例して大きいだろう。

 回避を指示してもかわしきれないと判断し、スカーレットは迎撃を命じる。

 エテボースの尻尾の先端が光を帯びる。

 後方へ飛び退きながら軽くジャンプし、その尻尾を勢いよく振ると、星型の弾丸が少なくとも20発は空中へ向けて放たれる。

 撒かれた爆弾と星型弾は地上7、8mほどの高度で激突して相殺する。

 数が数故に全ての撃墜は叶わなかったが、そんなものは初めから狙っていない。

 要はこちらの機動力を殺されない程度に場所が開けていれば良いので、回避の妨げとなる爆弾のみ撃ち落とせばそれで十分。

 案の定相殺した爆弾はかなりの爆発力を見せており、地上で爆発していればエテボースの逃げ場が無かっただろう。

 エテボースは残された空白のエリアを走り回って爆撃の回避に成功し、ナッシーを挑発するように逆立ちして見せる。

 

「エテボースお見事っ! 最低限の逃げ道のみを確保して、無駄弾を撃たない迎撃で見事回避です!」

 

「やるねぇ、あれを完全回避とは……」

 

 だが、スカーレットは一瞬たりとも油断しない。

 先ほどの“タネばくだん”、一見するとただ無造作にバラ撒かれているようだが、驚くべきはナッシー自身の巨体に1発分の爆風すら及んでいない点。

 恐らくあの技は、身体が巨大なアローラナッシーの死角と鈍足を補うために特に力を入れて鍛えたのだろう。

 特訓に特訓を重ね、どの程度のエネルギー量を注いで、どれぐらいのサイズの種を作れば、どの方向、飛距離、散布界で小型弾が撒かれるかを、何度も失敗してダメージを受けながら習得した、緻密な計算とたゆまぬ努力の結晶。

 それはトレーナー側にとっても、ポケモンと真摯に向き合う心と、並々ならぬ忍耐が必要な苦行だっただろう。

 決して行き当たりばったりの力押しだけではないこの男の戦い方は、一切の油断ができない。

 

「…………次はこっち。“つばめがえし”」

 

 逆立ちから即座に体勢を戻したエテボースが、曲げた尻尾をバネにして飛び跳ねながらナッシーへ迫る。

 これによってただ走るよりも不規則な動作となり、軌道を読まれにくい。

 

「近付いて“タネばくだん”を使わせねぇ気だな! だが、予想はしてたぜっ!! “ドラゴンハンマー”!!」

 

 ナッシーが長大な首を右側後方へしならせる。

 

「っ! よけてっ!」

 

 だが、この時のエテボースは運悪く跳ねている最中……空中にいた。

 すかさずナッシーが勢いよく首を振り下ろし、ヤシの実よろしく頑強な頭部で、重量を乗せたヘッドバットをエテボースへ打ち付けた。

 長い上にしなりのある首によって、その攻撃範囲は見た目以上に広く、そこに速度も加わる事で回避困難な質量攻撃となるのである。

 だが、エテボースもあのスカーレットの手持ちポケモン。やられてばかりではない。

 押し潰される寸前に両足と尻尾で踏み止まり、ナッシーの力がわずかに緩んだ隙を突いて真横に抜けると、無防備な頭部へ、素早く横に薙いだ尻尾で一撃を加えた。

 

「圧倒的な巨体から放たれた大迫力の“ドラゴンハンマー”! かわす事こそできませんでしたが、どうにか凌いで反撃の一撃が入りましたぁっ!」

 

 ……が、さすがにサイズがサイズなためか、“つばめがえし”は効果抜群のはずなのに、見た目にはさほどダメージが入っているように見えない。

 こちらが攻撃力に自信があるなら、あちらは耐久力に自信があるのだろう。

 

「(……さっきの技……“ドラゴンハンマー”。正確だった。やけに。……やっぱり……)」

 

 その理由には思い当たる節があり、スカーレットは再び首を高くもたげたナッシーを見上げる。

 注目すべきはその頭……そう、3つの顔である。

 本来のナッシーは、くさとエスパータイプ。

 アローラのナッシーは、エスパーとしての素養が退化した代わりにドラゴンの本能が目覚めてタイプが変化した。

 だが、もしも3つの頭にそれぞれ意思疎通する程度のエスパー能力が残っていると仮定した場合、6つの目で得た情報を3つの脳が処理、さらにテレパシーでリアルタイムに共有し、それらを統合した演算を行えば……。

 大小のジャンプを行う事で動きを読まれ辛いとはいっても、それはあくまで普通のポケモンが相手の場合であり、上記のような処理がナッシーの脳内で実行されているなら、先読み同然の正確な攻撃が可能になってもおかしくはない。

 この仮定が正しいならば、先の“タネばくだん”の拡散範囲が緻密に計算され尽くしていたのも頷ける。

 

「……手強い」

 

 優れた情報処理能力とパワーを併せ持つ巨大なポケモン。

 敵となれば厄介極まりないはずだが、スカーレットもエテボースも、むしろ楽しげに笑みを浮かべる。

 当然だろう。

 ポケモンリーグは、トレーナーとポケモンの日々の研鑽を発揮する晴れ舞台。

 自分達の積み重ねがどこまで通用するかを試しに来ているのだから、立ちはだかる壁は高くなければ困る。

 越えるべき壁が高く分厚いほど、そこを越えた時の達成感もより大きくなるというものだ。

 だからこそ、トレーナー達はより強い相手を求め、己とポケモンの全身全霊をフルに発揮して勝利へと駆けていくのだから。

 

「……頭に“スピードスター”」

 

 ウォーミングアップは終わったとばかりにその場でとんとんと跳ねたエテボースが、尻尾を発光させながら一際大きくジャンプし、そのまま空中で身体を捻ったかと思うと高速回転を始め、先ほどよりは小さい星型の弾が四方八方へ放出される。

 だが、一定距離を飛んだそれらは、一斉に軌道を変えてナッシーへ殺到する。

 

「これは凄いっ! コマのように回転するエテボースから放たれた“スピードスター”が、ナッシーを完全に包囲する形となりましたぁっっ!! どうするナッシーーーーっっ!?」

 

 “スピードスター”は必中技にカテゴライズされる技であり、極めて高い追尾性能を誇る。

 その代償か本来は威力には乏しいのだが、エテボースはこの技と同じノーマルタイプであり、与ダメージに補正が乗る。

 もひとつオマケに《テクニシャン》でさらに威力アップである。

 

「すげぇ数だな、ざっと80発はあるか! だったらこれはどうだい! “りゅうのはどう”っ!!」

 

 ナッシーの6つの目が飛来する弾を睨み、それぞれ違う方向を向いて口を開き、その口内にエネルギーが渦を巻く。

 轟音が鳴り響き、青白いエネルギー波が発射され、照射状態のまま頭を別々に動かして迫る弾を薙ぎ払う。

 この3つの頭が別々に動いて複数の目標を同時に狙えるというのが曲者で、別方向から飛んできた弾が次々に撃墜されていく。

 無論、何発かは迎撃をすり抜けて着弾するが、いかに《テクニシャン》が適用されていても、この巨体相手には数発当たった程度では堪えない。

 だが。

 

「“つばめがえし”」

 

 ナッシーの足回りに痛みが走る。

 何事かと頭の1つが下を見ようとするが、長い首が災いして足元までは見えず、“スピードスター”の迎撃を中断しなければ何が起きているかを把握できない。

 さて、では実際には何が起きているかのかと第三者視点で見てみると、エテボースがナッシーの身体に取り付き、“つばめがえし”を繰り出しながら両脚の間を跳ね回っているのである。

 

「ぬあぁぁーーーーっっ!? や、やってくれるじゃねぇか!! このための“スピードスター”かよ!?」

 

 このガラムの言葉は正しい。

 “スピードスター”を回転しながら発射したのは、より多くの方向からナッシーを包み込む軌道にするためであり、それによってナッシーがそれぞれの方向に対応するよう仕向けるのが狙い。

 大きくジャンプしながら発射したのは、相手が迎撃する弾の高度を上げ、足元を死角にするため。

 数が多いのは、足元からの攻撃に気付いても、すぐにはそちらへ対処できない状況を作るためである。

 ここに来てナッシーの縦に大きな身体が決定的な隙を生み出してしまった。

 あまりにも巨体すぎて、上下から同時攻撃を受けるとどちらかへの対処が困難なのだ。

 機敏に動き回って回避などできる身体でもないし、そもそも相手の接近を許さないための“タネばくだん”であったが、“りゅうのはどう”を使っている最中なのでそれもできない。

 

「ナッシー苦しいっ! “スピードスター”の対処に追われ、足元のエテボースにまったく抵抗できませんっ!!」

 

 脚をちくちく攻撃しているだけなので、頭部への攻撃に比べればダメージは小さいが、相手が“スピードスター”の迎撃を終えるか中断するまでは連続で打ち込める。

 別々の方向から誘導してくる星型弾、その数実に85発。これら全てを処理するのは、3つの頭を以てしても困難だ。

 つまり、迎撃を続けるにせよ、中断するにせよ、どちらにしてもダメージは受けなければならないのである。

 

「(こうもあっさりナッシーの欠点を突かれるたぁな……! だが、こいつは簡単にゃ沈みゃあしねぇぜ!)“スピードスター”に専念しろ!」

 

 自信満々で迎撃続行を指示するガラム。

 そこになんらかの反撃の意図があると睨むスカーレットは、改めてナッシーを上から下まで観察するが……。

 

「(……何企んでる……?)」

 

 と、その時。ナッシーの頭頂部から何かが発射された。

 “タネばくだん”かとも思ったが、よく見ればそれは黄色い果実……体力を回復させるオボンの実だ。

 ある程度被弾しながらも、全“スピードスター”を片付け終えたナッシーは、落ちてきたオボンの実を一口で飲み込むと、じろりとエテボースを睨む。

 

「後ろに回って」

 

 エテボースはさっさとナッシーの脚の間を潜り抜け、背後へと回り込む。

 しかし。

 

「……そこだっ! “アクアテール”っ!!」

 

 水流を纏った尻尾が突如として眼前に現れ、振り子のように迫る。

 エテボースは間一髪で左へ飛び退いてかわしたが、なんと尻尾は意思を持つかのように身をくねらせ、今度は右側から薙ぐように迫ってきた。

 

「ガード!」

 

 まだジャンプしている途中だったために回避はできず、2本の尻尾を身体の前で交差させて防御を固める。

 が、やはりそもそもの質量が違いすぎるため、エテボースは全力で振り抜かれた“アクアテール”で吹っ飛ばされてしまう。

 そして、そこでようやくスカーレットはナッシーの尻尾を視界に収めて驚愕の表情を見せる。

 

「……! 頭……!」

 

 ゆらゆらと揺れるナッシーの尻尾……その先端には、第4の頭とでも呼ぶべき球体が付いていたのだ。

 

「ふふん、その通りよぉっ! さすがに本体たる3つの頭ほどじゃねぇが、この尻尾の頭も外敵を察知して自衛するくらいの知能がある!! こっちの反撃から逃れるために、死角に回ろうとすると思ってたぜっ!! “りゅうのはどう”!!」

 

 ナッシーが首を捻り、地面をバウンドするエテボースを射界に収める。

 開いた口から放たれた3つのエネルギー波が1本に集束し、咆哮を轟かせて迫る。

 

「どうだっ! かわせるかっっ!?」

 

「…………無理」

 

 直後、耳をつんざく爆音が響き、フィールドの一角に黒煙が上がった。

 

「エテボース危うしっっ!! あの体勢からでは回避はできなかったかぁぁーーーーっっ!?」

 

 もうもうと立ち上る煙。

 フィールドを完全に静寂が包もうとしたその瞬間。黒い煙を引きながら、中から何かが飛び出してきた。

 

「何ぃっ!?」

 

「……かわすのは無理。でも」

 

 四肢を伸ばし、丸めていた身体が元に戻り始める。

 前面を覆っていた手のような尻尾が、空気を裂く音と共に激しくしなる。

 その尾の表面は白銀に輝き、太陽光に照らされて光沢を放っている。

 

「防ぐ事はできる」

 

「ぐっ……! “アイアンテール”、か……!?」

 

 はがねタイプ技である“アイアンテール”。

 本来は鋼鉄の如く強度を増した尻尾を叩き付けて攻撃する技だが、ドラゴン技ははがねタイプに対して効果が薄い事をスカーレットは利用し、エテボースの大きな尻尾を盾にして“りゅうのはどう”を防御する使い方をしたのだ。

 しかも、エテボースは本体の手でチイラの実を握って齧っており、攻撃力を増強している。

 あまりにも想定外の出来事すぎたためか、目の前まで跳躍してきたエテボースが尻尾を振りかぶっても、ナッシーは目を白黒させるばかり。

 

「っ! “りゅうのはどう”だ!」

 

 慌てて口を開いてエネルギーチャージを始めるナッシーだが、エテボースの方がわずかに早かった。

 

「栓をして」

 

 エテボースは限界まで引き絞った鋼鉄の尻尾を、ナッシー中央の顔が開いていた口の中へ勢いよく突っ込んだ。

 

「なぁっ!?」

 

 大きな鉄の塊と化した尻尾を2つ同時に口へ放り込まれたナッシー。

 口内で迸り、発射を待つばかりとなっていたエネルギーは行き場を無くし、逆流して体内を暴れ回る。

 左右の頭はエテボースの距離が近すぎて仰角が合わず、身体の中を走るエネルギー波にもがくばかり。

 首を振り回すナッシーによってエテボースが振り落とされると、暴走するエネルギーが3つの頭の口から乱射されては空へと消えていく。

 

「致命的っ! 発射寸前だった“りゅうのはどう”がエテボースによって妨害され、壮絶な自爆となってしまったぁぁぁぁ!!」

 

 やがて動きを止めたナッシーの口からは白い蒸気のような物が立ち上る。

 誰もが戦闘続行不能かとも思ったが……。

 

「……終わってない。エテボース」

 

 スカーレットはナッシーを睨んだままエテボースに釘を刺し、まだまだ臨戦態勢を解かない。

 その時だった。

 三度ナッシーの頭頂部から何かが飛び出した。

 翳した右手で日光を妨げ、目を凝らして見れば、さっき使ったはずのオボンの実ではないか。

 

「……《しゅうかく》……!」

 

 《しゅうかく》とは、木の実を食べたポケモンが、食べた後に残った種から同じ種類の木の実を新たに生成する場合のある特性だ。

 野生でこの特性を持つポケモンは非常に珍しく、いざ探そうとすればそのポケモンの生息地に何日……運に恵まれなければ何週間何ヵ月と滞在してようやくという確率だ。

 しかも対象のポケモンのほとんどは鬱蒼としたジャングルに暮らしているため、なおさら長期の滞在が辛くなってしまう。

 見ての通り、オボンの実などの体力回復木の実を繰り返し使用する事で、ポケモン本来の実力よりも遥かにタフさが増してしまう。

 

「こいつのしぶとさは折り紙付きだぜ! “タネばくだん”!」

 

 直上に発射された種子が爆発し、またも大量の小型爆弾が散布される。

 

「“スピードスター”!」

 

 それへの対応も先ほどと同じ。進路を塞ぐ爆弾を星型弾で撃墜するべく、エテボースが尻尾を発光させる。

 だが、ここからが違う展開となった。

 

「それを待ってたぜ! “ドラゴンハンマー”だっっ!!」

 

 なんとナッシーは、降り注ぐ爆弾など気にも留めずに地鳴りを響かせながら前進し、首をしならせる。

 “スピードスター”を使う瞬間は、素早いエテボースの動きが鈍る絶好のチャンスであると理解し、リスクを犯してでも仕留めに行く選択をしたのだ。

 

「……!」

 

 実際その目論見は意表を突いており、あれだけ自身に当たらないように計算して使用していた“タネばくだん”の中へ飛び込んでくるのは、スカーレットにも予想外の行動だ。

 ナッシーは雨霰と降り続ける“タネばくだん”にも、正面から飛んでくる“スピードスター”にも気後れせずに首を振り下ろし、攻撃態勢だったエテボースに渾身の一撃を打ち付けた。

 

「エテボース!」

 

 それはスカーレットにしては珍しい叫び声。

 頭を地面にめり込ませたナッシーの首がゆっくりと持ち上げられ、クレーターの中心に大の字で倒れて目を回すエテボースの姿が晒される。

 

「……エテボース戦闘不能っ! ナッシーの勝ちっ!」

 

「な……なんという事でしょうっ! 予選からここまで、1体の脱落も無かったスカーレット選手! 今大会初の戦闘不能者が出てしまいましたぁぁっっ!! 凄いぞガラム選手ぅぅっっ!!」

 

「っっしゃあぁぁーーーーっっ!!」

 

 

 

「スカーレット相手に先に一本取ったか。ガラム……アローラリーグの時よりも……いや、それどころか1回戦よりもさらに戦術が洗練されているな……」

 

「な、なんでそんな落ち着いてるの~? ライバルなんじゃないの~!?」

 

 淡々と感心しているイソラへボックのツッコミが入るが、イソラはその表情を変える事は無い。

 

「そうだな、ライバルだし友人だ。だが、それとこれは別だ。なんならこのままスカーレットが敗退する可能性すらある。……いいかボック。ポケモンバトルの展開に『絶対』は無い。勝つも負けるも紙一重……確かに私以外に負けるなとも思うが、負ける時は負けるものだ」

 

 イソラもライバルの劣勢に思うところはあるが、あくまでトレーナーとしてのシリアスな視点で見守る。

 ……と、思いきや。

 

「しかしまぁ……恐らくはここからが本番だ」

 

「本番……?」

 

「あぁ。……ふふっ……どうやらあいつも、初手で1体倒された事で、ようやく身も心も温まってきたようだ」

 

 冷静に戦況を分析していたイソラだが、その顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

「ガラムは完全に1回戦のロウィー同様の強敵と認識された。相手の実力が高ければ高いほどにスカーレットは燃え上がる……まったく、あいつは前々から大事な時にスロースターターすぎる。……たぶん1回戦以上のバトルがここから始まる。目に焼き付けておくと良いぞ、ボック」

 

 フィールドから視線を逸らさぬままそう話すイソラの横顔は、ボックの目にはとても楽しそうに映っていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

奇をてらって先鋒戦終了時点ではスカーレットを不利にしてみました。
そしてさりげなく申し訳程度のラブコメ要素。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。