ツバキが13番道路でニャスパーのナオを仲間に加えた頃、グレンタウンからチルタリスに乗って飛んできたイソラは、クチバシティの海岸にいた。
「……くしゅっ! うう……」
イソラはれっかポケモン『ファイアロー』に身を寄せながら、水分を吸って羽毛のしぼんだチルタリスを恨めしそうに見ている。
グレンタウンから順調に飛んでいたチルタリスであったが、クチバシティが見えた瞬間、なんと突然海へと急降下したのである。
「まぁ、最近あまり遊んでやれなかった私も悪いんだが……それにしたってもう少し順序という物をだな……」
そう、実はイソラは、アローラリーグに参加するにあたり使用ポケモンを吟味し、参加メンバーを集中的にトレーニングしていた。結果、長期に渡って手持ちを外れるポケモンが出る事になり、ロクに構ってやれなかったのである。
チルタリスもその1体であり、長期間遊んでもらえなかった不満から、つい海へ飛び込んでしまったのだ。
「はぁ……まぁ、やってしまったものは仕方ない。ツバキを追わねばならないが、ポケモンを蔑ろにもできないし……この際だから少し遊ぶか。皆出てこい」
イソラは腰からチルタリス、ファイアロー以外の4つのモンスターボールを外してポケモン達をボールから出す。
出てきたのはしらとりポケモン『スワンナ』、キバさそりポケモン『グライオン』、こうもりポケモン『クロバット』、そしてくちばしポケモン『オニドリル』だ。
「オニドリル、チルタリス、クロバット、スワンナ、好きに遊んできなさい。グライオンとファイアローは……ブラッシングでもするか」
水が平気な4体は嬉々として海に飛び込んで水のかけ合いを始め、イソラは残る2体にブラシをかけ始める。
「後で他のポケモン達にも構ってやらないとな……アローラリーグにかまけて相手をしてやれていなかったし」
首から背中にかけてゆっくりブラシを通すと、ファイアローは気持ち良さそうに目を細め、グライオンはまだかまだかとソワソワし始める。
「ちゃんとやるから、順番だぞグライオン。って、こらスワンナ! グライオンもファイアローも苦手なんだから、水をこっちに飛ばすんじゃない!」
悪戯好きな面のあるスワンナを叱りつつ、ブラッシングはグライオンの番となる。ファイアローと違い、グライオンは身体を硬めの甲殻で覆われているため、ブラッシングは少し強めにする必要があり、なかなか体力がいる。
グライオンのブラッシングが終わる頃、海で遊んでいた面々が戻ってきた。
「お、来たな。それじゃあドライヤーをかけるから、1列に並びなさい」
当然、細かい手入れは個々に行う必要があるが、風邪を引かせないためにも濡れた身体を乾かすのは早めにしなければならない。
温風をかけ、さて個々の手入れというところで、イソラは海岸線を歩く人影を見つける。
「ん? あれは……マチスさん!」
声をかけられたクチバジムリーダー・マチスは、イソラの姿を見て驚く。
「Oh! イソラではありマセンか! ここのところ顔を見マセンデシタね」
近付いてきたマチスは、スワンナの翼にブラシを入れるイソラの右隣に腰かける。
「少しアローラ地方に行っていまして。その前はシンオウ地方で、なかなかカントーに戻る暇が無くて」
「アローラデスか。もしや、アローラリーグに?」
「ええ。気候や風習の違いから、ポケモンもトレーナーもカントーとは大きく異なり、とても勉強になりました。……よし、次はオニドリルだ」
のしのしと歩いてきて、オニドリルはイソラがブラッシングしやすいよう、身体を縮込ませる。
「立派なオニドリルデス。もしかしなくてもこれはあの時のオニスズメデスね?」
「はい。……良かったなオニドリル、マチスさんに覚えてもらっていたぞ」
イソラに首筋を撫でられ、オニドリルは嬉しそうに声を上げる。
「忘れようにも忘れられマセン。カントーには七転八倒という言葉がありマスが、本当に8回も挑んできたのはイソラと、そのパートナーのオニスズメだけデシタから」
その言葉に、イソラは少し赤くなって気恥ずかしそうに笑う。
「ははっ……我ながら頑固で負けず嫌いでしたからね。今にして思えば随分と子供っぽかった……というより子供でしたが」
「しかし、挑戦の度に強くなっていき、結局オニスズメだけでバッジを勝ち取りマシタね」
話題がジム戦になった事で、イソラはツバキの行き先を訊ねようと思っていた事を思い出す。
「そういえばマチスさん。最近のクチバジムのチャレンジャーで、どちらに行ったか聞きたい子がいるのです。モンスターボールの意匠の帽子をかぶり、ポッポを連れた、可愛い女の子なのですが。……とても可愛い女の子なのですが!」
少々興奮気味に訊ねるイソラに、若干引きながらマチスは答える。
「いや、聞こえてマシタから、そこを強調しなくて結構デス。ふむ、もしかしなくてもツバキの事デスね、11番道路へ行きマシタが……知り合いデスか?」
「まぁ、妹みたいなものです。昔から姉妹のように育ちましたから。11番道路……という事は、シオンタウンかセキチクシティですか」
クロバットの4枚の翼を順番にマッサージしながら、イソラはマチスの話からツバキの行き先を予想する。
「あの子のご両親が、娘の1人旅を心配していらっしゃいましたので、私が同行しようと思いまして。ツバキは可愛いので、人拐いにでも遭わないか私も心配ですし」
親バカというか姉バカというかシスコンというか……ツバキの話となると2言目には可愛いと語るイソラに、マチスは抱いていた印象が変わるのを実感する。
と、そこでマチスはある話を思い出す。
「そういえば……人拐いというわけではありマセンが、最近キナ臭い話を聞きマス」
「……というと?」
チルタリスに乳液を塗りながら、イソラはマチスの言葉に耳を傾ける。
「ロケット団……聞いた事はありマスね?」
「っ! ……奴らが、何か……?」
イソラの表情が明らかにさっきまでとは違う、険しい物へと変わる。
「ジョウト地方でのコガネシティ占拠事件後、壊滅したのか鳴りを潜めていマシタが……最近再び目撃情報があるそうデス」
「……確か最近、アローラ地方でもロケット団を名乗るテロリストによる環境保護団体の施設占拠事件がありましたが……関係はあるのでしょうか?」
マチスは肩をすくめて首を振る。
「あいにくと連中の考えなどはわかりマセン。しかし、少なくとも善良な一般人やポケモンにとって有益な事はしないデショウ。警察も動いてはいるようデスが……」
イソラは少し考えた後、ポケモン達をボールに戻して立ち上がり、砂を払う。
「……マチスさん。申し訳ありませんが、これにて失礼させていただきます。ツバキが心配です」
「それが良いデショウ。またいずれ、アローラの土産話を聞かせてくだサイ」
「はい。では失礼」
軽く会釈すると、イソラは足早にその場を立ち去る。
その後もマチスは浜辺に座り込み、再びカントーに立ち込める不穏な空気を憂いていた。
「ロケット団……悪い事態にならねば良いのデスが……」
グレンタウン東部・ふたご島
「……これか。なるほど、少なくとも3年は経過しているが、まだこれほどの冷気を……よし、回収しろ」
黒いジャケットを来た男が、同じく黒い服に身を包んだ部下らしき男達に指図している。
部下達がその場に落ちている羽を4枚ほどカプセルに入れるのを見ながら、通信機を取り出した。
「ルプス。……おい、ルプス聞こえるか、アクイラだ。……ちっ、さすがに最深部からだと届きにくいか……?」
右手の通信機からのノイズに舌打ちした直後、男性の低い声が返答として返ってくる。
「こちらルプス、発見したかアクイラ」
「ああ、予想通り『I』はふたご島深部にあったぜ。回収も完了だ」
「奴の目撃情報が一番多いのがその辺りだからな。こちらもシロガネ山で『F』の採取に成功した。あとは『S』だが……」
2人の会話に、左手に持ったもう1つの通信機から気だるそうな女性の声が割り込む。
「それにはあんたらが戻って来なきゃでしょ? ま、アタシとしては手荒く力尽くで行っても良いんだけど……」
女性の言葉が終わる前に、通信機の向こうの男性が嗜める。
「よせウィルゴ。何のためにお前をそこに張り付かせたと思っている? 我々の中で、お前が最も穏便に済ませられるからなのだぞ」
「ルプスの言う通りだ。万一施設を破壊しちまったら、俺達も後から困るんだぜ? カントーの電気の大部分が……」
2人がかりで説教され、女性は辟易とした声で返す。
「だーかーらー、それはわかってるってば。アタシだっていい加減で動きたいんだから、早いとこやっちゃってよ。我慢できてあと3日ってとこだから。じゃ、どっちでも良いからよろしく」
プツンっという音と共に、女性の声が途切れる。
「……ったく、相変わらず一方的にまくし立てて切りやがるなアイツ……」
「だが、実力は確かだ。……やむをえん。アクイラ、お前はその足でヤマブキシティへ向かえ。私はオツキミ山で騒ぎを起こす」
「へいへい。……よし、お前らさっさと撤収だ。ヤマブキに直行しなきゃならなくなったからな」
部下達からのブーイングに嘆息を吐きながら、ジャケットの男はのたのたとふたご島を後にした。
つづく
はい、というわけでようやく悪役らしき連中登場です。
それにしてもポケモンの悪役というのは、ほとんどの連中がお揃いのユニフォームを街中でも着てて目立ちそうですが、警察とか怖くないんですかね。