セキチクジムリーダー・アンズとの激闘を制し、見事ピンクバッジを手に入れたツバキ。
昨日の戦いの疲れからポケモンセンターでポケモン達を休ませた後、すぐに眠りに落ちてしまった彼女は、日の出とほぼ同時に目を覚まし、ポケモンセンター個室の窓を開け放って早朝の風と光を身体いっぱいに浴びる。
「んんっ…………はぁ……。こんなに早く起きたのいつぶりかな……」
窓から身を乗り出せば、ポッポやムックル、レディバの群れが日差しを受けて飛び、地上に視線を落とせば、人通りの少ない道端で追いかけっこをするヨーテリー達をムーランドが見守っている。
早朝ならではの風景を楽しんだツバキは、もう一度身体を伸ばしてからシャワーを済ませ、着替えを始めた。
今日はセキチクシティを離れ、タマムシシティを目指して18番道路へ向かうのだ。
「ジョーイさん、お世話になりました」
「はい、ポケモンリーグ頑張ってね」
ジョーイさんにお礼をして、ポポを頭に乗せながらポケモンセンターを出ると、近くの木陰にアンズが寄りかかっていた。
「あ、ツバキー」
「アンズさん?」
アンズはツバキに気付くと、手を振りながら歩み寄ってくる。
「もうタマムシに行くの? もっとゆっくりしてけば良いのに」
「わたしもゆっくり見て回ろうと思ったんですけど……やっぱり、新しいポケモンやトレーナーさんに会うために、今はどんどん進んでみようかなって思って」
ツバキは静閑なセキチクシティの街並みを眺め、目を細める。
「だからポケモンリーグが終わったら、もう一度カントー地方を回ろうと思うんです。今度はゆっくり、時間をかけてポケモン達と」
「……そっか」
アンズもツバキに倣い、生まれ育った街並みを眺めて笑みを浮かべる。
「……っと、そうだ。ツバキにこれを渡そうと思ってたんだよ」
ハッとしたアンズは、懐から1つの石を取り出し、ツバキに差し出してきた。
「……? これは……」
アンズの手に収まっている石は、覗き込むと吸い込まれそうな錯覚に陥るほどに深い黒色。漆黒とはこういう物を言うのだろう。
「これは闇の石っていう物で、特定のポケモンを進化させる不思議な石なんだ。ツバキがこの先ポケモンをたくさん捕まえて、ポケモン図鑑を作るなら役に立つんじゃないかな」
「……良いんですか? いただいて……」
「拾ったは良いんだけど、アタイどくタイプ専門だからねぇ。それ使えるのゴーストかあくなんだよ。自分に使い道が無いなら、他の人に渡した方が良いからね」
「……ありがとうございます、アンズさん。大事にします」
両手で受け取ったツバキは、石をバッグにしまいながら、ふと湧いた疑問を口にする。
「ところで、わざわざこれを渡すために……?」
「ん? ああ、それもあるけど……」
その疑問に、アンズは木陰に置いた荷物を指し示した。
「ちょっとセキエイ高原に用があってね。父上にお弁当を届けるんだ」
「お父さん……確か、四天王のキョウさんですよね?」
「うん。トレーナーとしての実力はあるんだけど、その他が結構ずぼらでね。ほっとくと兵糧丸とかで済ませてロクな物食べずに修行に没頭するから、たまにこうして差し入れしなきゃいけないの。ホント手のかかる父上でさ」
文句や愚痴に聞こえる言い回しだが、その表情は明るい。アンズにとっては、これも1つの楽しみなのだろう。
「ふふっ、キョウさんが大好きなんですね」
「まぁね。トレーナーとしても尊敬してるし、不器用だけど親としての愛情も感じてるし。なによりアタイに忍やトレーナーとしての心構え、ポケモンとの付き合い方を教えてくれたのも父上だから」
子供の頃を思い出しているのか、アンズはしばし目を閉じて穏やかな表情を浮かべた。
「……さて、そろそろ行かなきゃね。昼までには戻ってジムにいなきゃ、挑戦者が来た時困るし。それじゃツバキ、頑張ってね。あんたならきっとポケモンリーグでも通用するトレーナーになれるよ!」
「……はい、頑張ります! アンズさんもお元気で!」
手を振りながら走り出したアンズは、置いておいた荷物をすり抜けざまに回収すると、モンスターボールから出したクロバットに掴まって西の方角へと飛んでいった。
その姿が見えなくなるまで見届けたツバキは、改めて18番道路へ向けて歩き出した。
「……アンズさんて元気だよね、ポポくん。わたしもあれくらい……ううん、あの半分でもハキハキできたらなぁ……」
アンズの快活さが羨ましくなったツバキは、歩きながら頭の上のポポに話しかけ、ポポは励ますように翼で頭をポンポンと叩いてくる。
「そうだよね、わたしだっていつかきっと……ん……?」
道の脇の草むらがガサガサと揺れる。
そして姿を現したのは、ねこかぶりポケモンの『ニャルマー』だ。
「わぁ、初めて見るポケモンだ……! ……へぇ、ニャルマーかぁ……よーし、ゲットしちゃおう! お願いファンファン!」
ツバキの投げたボールから、ファンファンが飛び出して着地し、野生のニャルマーと睨み合う。
ガンを飛ばされたのが気に入らなかったのか、ニャルマーが不機嫌そうに爪を伸ばして飛びかかってきた。“ひっかく”攻撃だ。
「ファンファン、“まるくなる”!」
すかさず丸くなって防御態勢に入ったファンファンの背中にニャルマーの爪が当たるが、こうなると痛いのはニャルマーの方だ。
華麗に宙返りをして後退したニャルマーは、自分の爪をペロペロと舐める。
「そのまま“ころがる”!」
ゴロゴロと転がって追撃するファンファンだが、ニャルマーは軽やかにヒラリヒラリと回避する。
やがて“ころがる”の勢いが落ちると、ファンファンは丸まった状態を解除する。
「あの子速い……! ファンファン、“じゃれつく”!」
鼻を大きく振り回してニャルマーへ真正面から突進するファンファンだったが、ニャルマーは慌てる様子も無く、目を見開いて光らせる。
すると、ファンファンの瞼が重くなり、走る速度も落ちてとうとうその場で眠ってしまった。ニャルマーの“さいみんじゅつ”である。
「あっ、ファンファン……!」
ファンファンが動きを止めた事で興味が無くなったのか、ニャルマーは再び草むらの中へと姿を消してしまった。
「……逃げられちゃった。……まぁ、仕方ないよね。起きてファンファン、ファーンファン」
優しくファンファンの頭をさすると、ゆっくりと目を開き、ハッとして辺りを見回す。
「ニャルマーには逃げられちゃった。……でも、頑張ったねファンファン」
褒めるツバキに、申し訳なさそうな表情をするファンファンだったが、突然くんくんと鼻を鳴らし始める。
「ファンファンどうしたの?」
しばし鼻を鳴らして、何かを探すように歩き回ると、立ち止まって前脚で地面を掘り始めた。
何事かとツバキも一緒になって掘ってみると、1つの石が出てきた。太陽のような形をした、ピカピカとオレンジ色に輝く石だ。
「わぁ……! お日様みたいで綺麗な石……もしかして、これも進化の石なのかな? えへへ、お手柄だねファンファン……♪」
ツバキに撫でられ、ファンファンは「名誉挽回成功」とでも言わんばかりのドヤ顔を見せる。
土を払い、ファンファンをボールに戻すと、ツバキは立ち上がり意気揚々と歩みを再開する。
「朝から良い事があって、なんだか今日は素敵な1日になるような気がする。えへへ……♪」
幸先の良さに頬が緩んだツバキは、この先の道程にも期待を膨らませる。
どんなポケモンがいるのか?
どんなトレーナーと出会えるのか?
どんな風景が待っているのか?
早朝の爽やかな空気と共に、ツバキの胸にはたくさんの希望が湧き上がる。
新しいポケモンを仲間にはできなかったものの、心理的にも物理的にも得る物の多かった、そんな1日の始まりだった。
つづく
はい、今回もお付き合いいただいてありがとうございました!第15話終了です!
しかしまぁ、カントー地方は最初のポケモンの舞台という事で、書いてると謎の安心感があります。