サイクリングロード……もといウォーキングロードでヒノアラシのケーンを仲間に加えたツバキは16番道路を進み、ついにタマムシシティへと到着する。
そして……。
「ふわぁ~~~~…………」
後ろに倒れるのではないかと思うほどに身体を反らして建物を見上げるツバキ。頭から転げ落ちそうになったポポが慌てて羽ばたく。
クチバシティも港街だけあって広かったが、ここタマムシシティはそれに加えて建物もいちいち大きく、カントー随一の大都会という看板に偽り無しである。
デパート、マンション、ゲームコーナー……グレンタウンでは見る事の叶わない立派な建物の数々にツバキは目を丸くする。
と、壮観な街並みに圧倒されて立ち止まるツバキに通行人の肩がぶつかる。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
建物もさる事ながら、行き交う人の多さにも驚かされる。
あまりの密度に目の回ってきたツバキは、広い公園へと足を踏み入れ、ようやく一息吐く。
「皆、出ておいで」
ミスティ、ファンファン、ナオをモンスターボールから出すと、ケーンを紹介し、それぞれに挨拶を始める。
ミスティは葉でケーンの背中をポンポンと叩き、ファンファンは身体を擦り付け、ナオは軽くその頭に手を触れる。
「せっかくの広い公園だし、ケーンと仲良くなるために皆で少し遊ぼっか?」
ツバキの提案に賛同の声を上げるポケモン達。
ツバキはバッグから手のひら大のゴムボールを取り出すと、人のいない方へ軽く投げ、ポポ以外のポケモン達は我先にとボールを取りに走り出した。
「ポポくんは良いの?」
頭の上のポポに語りかけると、バサバサと羽ばたいてツバキの腕の中に潜り込んできた。
「……そういえば最近ずっと帽子の上で、こうやって抱いた事はあんまり無かったねポポくん。……えへへ、ポポくんふわふわ~♪」
ポポの羽毛に頬擦りすると、ポポはくすぐったそうな表情をしつつも拒絶はしない。
旅に出てからはほとんどツバキの頭の上がポポの定位置となっていた。それは、ツバキの腕の動きを阻害してしまわないようにというポポなりの配慮からだ。
そんなポポでも、やはりこうしてのんびりする時くらいは甘えたいものなのである。
「……こんなに大きい街なんて、グレンタウンにいた時には想像もできなかったねポポくん」
噴水の縁に座ったツバキは、膝に乗せたポポを撫で、その羽毛を指で鋤きながらタマムシシティの街並みを眺める。
「やっぱり世の中は広いね。知らなかった物が見れて、たくさんの人に会えて、新しい友達も増えて、色んな経験ができて……わたし、旅に出て良かったって思うよ。……ポポくんは?」
タマムシデパートからボールで遊ぶ4体、そしてポポへと視線を移しながら話しかけると、同意するように短い鳴き声を上げる。
「そっか、ポポくんもそう思うんだね。……あの時……クチバシティで諦めそうになった時、諦めなくて良かった……」
やがて、ポケモン達がツバキの足元に戻ってきて、一緒にボールで遊ぼうと誘う。
「ふふっ、そうだね。わたし達も遊ぼうかポポくん?」
立ち上がったツバキとポケモン達は円を作り、地面に落とさないようにボールをパスしていく。
パワーのあるファンファンがたまに見当違いの方向へ飛ばしてしまうが、ナオが超能力で止める。
ミスティやケーンがジャンプして弾き飛ばしたボールを、ポポが翼で器用にツバキへ回す。
ポケモン達と触れ合う充実した時間は瞬く間に過ぎ去り、気が付けば日が傾き始めていた。
「ふぅ……あ、もうこんな時間……残念だけど、今日はここまでだね。皆戻って」
ツバキは4体をモンスターボールに戻すと、ポケモンセンターを探して公園を出る。
……すると。
「おうおう、見かけねぇ顔だな嬢ちゃん」
「ひっ……!?」
ガラの悪い男2人に絡まれてしまった。
気弱な見た目と性格なためか、どうにもこの手の輩を引き寄せてしまうらしい。
恐々と相手の顔を見ると、それが癪に障ったのか、男達は語気を強める。
「カントー連合にガン飛ばすたぁ良い度胸だなアァン!?」
「詫びとしてポケモンと有り金全部出せやコラァ!」
「ひっ……ひぅぅ……」
気の弱いツバキにとって、こういったタイプはまさに天敵であり、ロクに言葉も出なくなってしまう。
周囲の人々は面倒事に巻き込まれまいと距離を取って足早に通りすぎてゆく。
我慢の限界を迎えたポポが男達に噛み付かんと頭の上から羽ばたいたが……。
「っ! ポポくんダメっ!」
慌ててツバキが抱き止めて制止する。
他のポケモン達も主人の異変を察したのか、腰のモンスターボールがカタカタと揺れ始めた。
「み、皆もダメ……! お、お金は……出しますから……ポケモンは……ポケモン達は……!」
「ポケモンもだよ!」
「お前みたいな弱っちそうな奴が持ってたってポケモンがかわいそうだろぉ?」
「うっ……うぅ……」
恐怖心から腰が抜け、力無くへたり込むツバキだったが、夕暮れの街に勇ましく凛とした声が響く。
「おい、何やってんだテメェら」
「あぁ!? ……げぇっ!」
男達の雰囲気が変わったのを察したツバキが顔を上げると、長大な蛇のようなポケモンを伴った女性が睨みを利かせて立っていた。
「ったく、これだからカントーのチンピラは始末がわりぃ。女子供にゃ手出ししねぇって仁義すらねぇのか、あぁ?」
「うっ……」
「これ以上姐さんのシマで好き勝手するってんなら……良いだろう、オレが相手になってやるよ。ただし、無傷で済むと思うんじゃねぇぞコラ」
女性が連れているポケモンの目付きと気配が明らかに変わり、威圧するような視線が男達を貫く。
「お…………覚えてろーっ!」
そのポケモンの威容に気圧された男達は、腰の引けた状態のまま逃げ出していった。
「はんっ、んなマヌケ面ぁ誰が覚えるかっての。……おい、何もされてねぇか?」
ツバキの前まで歩いてきた女性は屈み、座り込んだツバキと視線を合わせる。切れ長の鋭い目だが、瞳には確かな優しさが宿っている。
「……あ……は、はい……ありがとう……ございます……」
「気にすんなって。オレはよ、ああいう自分より立場のよえぇ奴相手にイキッてる連中が死ぬほど嫌いってだけなんだからよ」
歯を見せて笑いながら女性はツバキの手を取り、助け起こす。
なんだか最近色々な人に助け起こされてるなと思いながら、ツバキはスカートの埃を払う。
すると、ツバキの腰に5つのモンスターボールが着いている事に気付いた女性がそれを指差す。
「あん? なんだお前他にもポケモン持ってんじゃねぇか。それならあんな奴らシメちまえば良いのによ」
女性のその発言に、ツバキの表情が曇る。
「……それは……イヤです……。大事なポケモン達に……人を傷付けてほしく……ないです……」
「ん……。……くくっ、なるほどな、一理あるなそりゃ。……だがな」
返ってきたツバキの言葉に笑みをこぼす女性だったが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「オレが来なきゃ、その大事なポケモン達を連中に奪われてたかもしれねぇんだぞ?」
「っ!! ……そ、それは……」
「お前にも信念があるんだろうがよ、それに囚われてばっかじゃ、守りてぇもんを守れねぇ事もあるんじゃねぇのか?」
女性の言葉にツバキは無言で俯いてしまう。その言葉は決して間違っていないからだ。
「(この人がいなかったら、わたしが何もしなかったせいで……皆が……)」
「信念なんてもんは誰にだってある。だが、決めた信念を何がなんでも守る事と、もっと大事なもんのために部分的に曲げる事……どっちが正しいかなんてムズい事はオレにもわからねぇ。だからオレは、自分の心がその時々に強く求める事をするんだ。直感的に感じた事をな」
自身の胸を親指で差す女性の表情には、一切の迷いが無い。
「心が……求める事……?」
「……ま、赤の他人のオレが口うるさく言う事でもないけどな。お前の信念を決めるのも知ってるのもお前自身だ。……よっこらせっと……じゃ、オレはさっきみてぇな連中がうろついてねぇか見回りに行くからよ」
女性は背中を見せて歩き出し、最後に振り返りながら声をかけてくる。
「だがよ、後からああすりゃ良かったなんて悩むくらいなら、考える前に動く事も大切だと思うぜ。じゃあな」
「……あっ……。……考える前に……動く……」
ツバキはポポを抱いて顔を合わせる。
「……ふふっ……なんだかマチスさんに励まされた時みたいだね。……わたしは皆に人を傷付けてほしくない。でも、皆はわたしを助けたいと思ってくれた。そして、わたしは皆がやりたいと思う事をしてほしい……こういうのを堂々巡りって言うのかな?」
思案を始めたツバキの表情は険しくなり無言になっていったが、ポポに頬を突つかれ我に返る。
「……守りたい物のために、自分を曲げる事……自分の心が何を求めるか……」
ツバキはポポを抱いたまま、ひとまずポケモンセンターへ向かう。
しかし夕食を済ませ、シャワーを浴び、布団に入っても、ツバキは女性に言われた事を心の中で一晩中反復し続けたのだった。
つづく
はい、駄文雑文にお付き合いいただきありがとうございました!
クチバシティでの事が挫折なら、今回は苦悩に苛まれました。
決して好き好んでツバキを虐めてるわけじゃないデスヨ、主人公には悩みが付き物だからデスヨ。