タマムシジムでの熾烈な勝ち抜き戦を制し、見事レインボーバッジを手に入れたツバキは、翌日、ヤマブキシティへ向けて出発しようとしていた。
「よぉ、ツバキ。間に合ったなぁ!」
「ネリアさん? ラニーさんにアケビさんも……おはようございます」
「どうもー」
「やっほー!」
ポケモンセンターを出て、7番道路に向かおうとした矢先、走ってきたネリア達に呼び止められる。
「いや、こいつを渡し忘れててよ。どこにしまったか忘れちまって探してたんだよ」
そう言ってネリアに手渡されたのは、緑色をしたディスクだ。
「技マシン……ですか?」
「ああ、そいつの中身は“エナジーボール”。くさタイプの技だが、色んなポケモンが覚えられる便利な技だぜ!」
「わぁ……! ありがとうございます!」
受け取ったディスクをしまい込み、ペコリと頭を下げるツバキに、ネリアは感心したような笑みを浮かべた。
「へへ、本当に良い顔してるぜ今のお前。チンピラどもにブルッちまってた時とは別人だぜ」
「……はい。ポケモン達だけでなくわたしも一緒に強くなるって、改めて決心しましたから」
その言葉に偽りは無く、まだ頼りなさは残るものの、決心を固めた表情はとても生き生きとしている。
「そうか。お前はお前の信念にケジメつけたんだな。……んじゃ、頑張れよツバキ」
「はい! お世話になりました! またいつか!」
「ばいばーい!」
「元気でねー……ん?」
改めて7番道路へ歩き出したツバキに3人が手を振っていると、ラニーのポケギアからコール音が響いた。
「もしもしー……おー、これはこれはー。ネリアさん、エリカさんからお電話ですよー」
「姐さんから!? ……は、はい代わりました、ネリアです!」
ポケギアの向こうから、のんびりとしながらも芯の強そうな女性の声が聞こえてくる。
「あらあらネリアさん、お久しぶりですわ。ジムの方はいかがですか?」
「万全です! ジムも街もオレがバッチリ守ってるんで、心配はいりません!」
「そうですか~。では、もうしばらくの間その調子でお願いいたしますわ」
「はいっ! ……ん? 姐さん今なんて? もうしばらく?」
「実はカントー地方行きのつもりが、間違えてカロス地方行きの飛行機に乗ってしまいまして~。せっかくなのでしばらく旅行してから帰らせていただきますわ~。では、ごめんあそばせ」
「ちょっ、カロスって! 姐さん! ちょっと!」
ポケギアはプツンという音と共に、うんともすんとも言わなくなってしまった。
「まぁまぁネリアさーん。それだけエリカさんに信頼されてるって事じゃないですかー」
「そ、そうだよネリアさん! あたし達も一生懸命お手伝いするから!」
「……ぅぅぅ……姐さんに会いたい……」
その後しばらく、しゃがみ込んでしまったネリアを左右から励まし、慰めるラニーとアケビの姿が見られた……。
一方ツバキは7番道路に入り、道なりに進んでいた。
「ポポくん、ここで進化したんだよね。ふふっ、あの時のポポくん、格好良かったなぁ……」
肩に乗ったポポは、照れ隠しのように翼で顔を覆う。
そんなパートナーの様子に微笑みつつ、ふと森の方へと目を向けたツバキは、木々の間に何かが動いているのを見た。
それは人影のようだ。数は6人ほどで、1人は大きな袋を担いでいるように見える。
「……?」
どこかのユニフォームか、揃いの黒い服を着た一団は、森の奥へ進んでいく。
「……なんだろう……なんだか気になる……行ってみようポポくん」
ツバキは姿勢を低くし、忍び足でその一団の尾行を始める。
「なぁ、アクイラ様からは早く戻るように言われてるのに良いのかよ?」
「せっかくの混乱、利用しないでどうすんだよ。資金調達と戦力増強、どっちも必要だろうが」
口々に話しているせいか、誰もツバキに尾けられている事に気付く様子は無い。
やがて少し広い場所に出ると、抱えていた袋を下ろして休憩に入ったようだ。
「(……モンスターボール?)」
少しだけ見えた袋の中には、多数のモンスターボールらしき物が確認できた。
「しかしすげぇ数だな。どこで盗ってきたんだ?」
「ヤマブキシティだよ。たぶんポケモンコレクターかなんかの家だと思うぜ」
「って事は、珍しいポケモンもいるって事か?」
「恐らくな。これだけありゃあ、かなりの金になるだろうぜ」
「(……っ!! この人達も……この前の人達みたいにポケモンを物みたいに……!! それにもしかしてあのボール……盗んだの……!? ゆ、許せない……!!)」
気が付くとツバキは、木の陰から飛び出し、男達を睨んでいた。
「な、なんだお前は!?」
「そのボール……どうしたんですか?」
「子供にゃ関係ねぇ事だよ。とっととおうちに帰んな、シッシッ」
「盗んだんですねっ!? 持ち主に返してください!!」
声を荒げるツバキの態度が癪に障ったのか、一団の内の1人が立ち上がる。
「……よう嬢ちゃん……あんまり大人に喧嘩を売らない方が良いぞ」
男達はバラバラと分散し、半円状にツバキと向かい合う。
「ついでだし、教育がてらこいつのポケモンも持ってくか。行け、アーボック!」
「ラッタ!」
「グラエナ!」
「ヤミカラス!」
「ゴルバット!」
「ベトベトン!」
男達は次々にボールからポケモンを出す。
1対6の状況だが、今のツバキの心は恐怖よりも怒りが勝っている。
「ポポくん! ミスティ!」
ツバキは広範囲攻撃のできるポポと、各種状態異常を撒けるミスティを繰り出す。
「ガキの方は?」
「クチバ湾にでも沈めるか……でなけりゃその手の物好きに売っちまうか。いずれにせよまずは黙らせるぞ」
物騒な発言にも耳を貸さず、ツバキは攻撃の指示を出す。
「ポポくん、“たつまき”!!」
ポポが翼をはためかせ、3つの風の渦を巻き起こす。
「う、うわ……! ゴルバット、“エアカッター”だ!」
ゴルバットも対抗するように風の刃をぶつけるが、規模が違いすぎて“たつまき”に打ち消されてしまう。
3つの“たつまき”は敵ポケモン達を飲み込み、空へと放り出す。
しかし相手もそれなりに鍛えられているらしく、地面に落下しても立ち上がってくる。
「……大人を怒らせるなよ……ガキがぁっ!! お前ら、一気にやっちまえ!!」
6体のポケモンが牙を剥き、全員同時にツバキ達へと飛びかかってくる。
「“ブレイブバード”」
だが、突如横合いから一陣の突風が通り抜け、男達のポケモンを一掃した。
「っ!?」
「なんだっ!?」
その場の全員が一斉に視線を向けると、1人の女性がゆっくりと歩いてきていた。
「……ふぅ……どうにも気が乗らないが……仕方あるまい」
「……あ…………あぁ……!」
ツバキの目が徐々に見開かれ、男達への怒りに満ちていた表情が、驚愕のそれへと変わっていく。
女性はツバキと男達の間に立つと、キッと男達を睨み付けた。
「……人の妹分に手を出して……無事で済むと思うなよ貴様ら……」
「……イ……」
そう、ツバキは知っている。この女性の名を。
「……イソラお姉ちゃん!」
「……ふふっ、久しぶりだなツバキ。また大きくなったな」
それはツバキが幼い頃から近所に暮らし、まるで姉のように慕っていたポケモントレーナー・イソラだった。
イソラはツバキの方に振り向くと、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
一方、男達は戦闘不能にされたポケモンをボールへ戻し、別のボールを手に取る。
「邪魔をするな! なんなんだお前は!?」
「気にするな、ただのお姉ちゃんだ」
「馬鹿にしているのか!? えぇい、ともかく邪魔者に容赦はせん! ニューラ、ハブネーク、デルビル!」
男は新たに3体のポケモンを出し、他の男達もそれぞれ2~3体のポケモンで戦闘態勢に入る。
「……さすがに面倒だな。戻れクロバット。行け、ペラップ。……ツバキ、ポケモンを戻して少し耳を塞いでいなさい」
イソラは“ブレイブバード”を仕掛けたクロバットをボールに戻し、入れ替わりに音符のような頭をした小さな鳥ポケモンを繰り出して、優しい声色でツバキに忠告する。何がなんだかわからないが、とりあえず言われたとおりにする。
そして……。
「“ばくおんぱ”」
ペラップの口からまさに爆音のような凄まじい音が放たれ、森全体が震えるような錯覚に陥る。
あまりの衝撃に目を閉じたツバキがゆっくり目を開くと、男達とそのポケモンは全て目を回して倒れていた。
「良い働きだペラップ。戻ってくれ」
イソラはペラップを撫でながらボールへと回収した。
「なんだなんだ、ヒデェなこりゃ。……お?」
と、そこへ黒いジャケットを羽織った男性が現れる。
「……何やってんだお前ら。やる事やったらさっさと帰れと言っといただろうが」
男性は倒れていた男の胸ぐらを右手で掴んで引きずり起こす。
「ア……アクイラ様……! これはその……」
アクイラと呼ばれた男は、大量のボールが入った袋に気付くと、呆れた溜め息を吐き出した。
「勝手に命令外の事をするからこうなるんだバカが。同情も敵討ちもしてやらねえぞ。……なあアンタら」
アクイラは男を掴んでいた手を放すと、ツバキとイソラに声をかけてくる。
「このバカどもが盗んだボールは全て返す。こいつらが妙な事を言ったなら謝る。だからここは見逃しちゃくれねえか?」
「断る。貴様らを見逃せば、いずれまた同じ事をする。貴様らはこれまでもそうだっただろう? ……ロケット団……!」
ツバキの側からは見えないが、殺意にも似た感情を込めた眼差しが男達に向けられている。
「……やっぱ駄目か。仕方ねえ……ドンカラス、バルジーナ、このバカどもを回収しろ。そしてアンタの相手はこいつだ。行け、ヘルガー」
3体のポケモンを出したアクイラは、その内2体に倒れた男達を回収させ、自身はダークポケモン『ヘルガー』と共にイソラと対峙する。
イソラはみすみす敵を逃がしてしまう事に舌打ちするも、眼前の男が無視できるレベルでない事も察していた。
「ツバキ、下がっていろ」
「う、うん……」
ツバキが物陰に隠れたのを確認すると、イソラは腰のベルトからボールを取り、放り投げる。
「頼むぞアーケオス」
現れたのは黄色い羽毛と鮮やかな青い翼を持つさいこどりポケモン『アーケオス』。鳥のようだが、地上にいる姿が妙に様になるポケモンである。
睨み合うイソラとアクイラだったが、不意にアクイラが口を開く。
「……アンタの顔……どっかで見たような……」
「ロケット団などに知り合いはいないはずだがな」
「(……アーケオス……いわ・ひこうタイプ……ひこう…………っ!!)アンタまさか……『
「……だったらどうする? バトルをやめて、直接殺すか?」
一層鋭さを増すイソラの視線と言葉をぶつけられると、アクイラは笑いをこらえ始める。
「くくく……はっははは! 冗談じゃない! こんな極上のトレーナーとのバトルの機会……そんな無粋な真似で捨ててたまるものか! 行くぞ! ヘルガー、“かえんほうしゃ”だ!」
ヘルガーの口の端から炎が溢れ、大きく首をしならせて一気に解き放たれる。
ケーンの炎とは、熱量も、炎の勢いも、さながらマッチ棒と文字通りの火炎放射機のごとき差がある。
「“まもる”」
翼を交差させたアーケオスの前にエネルギー体の壁が発生し、“かえんほうしゃ”は遮られて消失する。
「“もろはのずつき”」
アーケオスの全身のエネルギーが頭部に集束していき、驚異的なスピードでヘルガーに突進する。
「(速いっ……! よけるのは間に合わねえ!)ヘルガー、“かみくだく”で迎え撃て!」
大きく口を開いたヘルガーの牙が黒いオーラを纏い、それは無数に並んだ巨大な牙の形を成し、まるでヘルガーの前に悪魔の口が現れたかのような状態を作り出した。
走り出したヘルガーのオーラと、アーケオスの頭突きが激突し、強大なエネルギー同士の衝突は周囲に凄まじい衝撃波を拡散させる。
「むうっ!」
「くっ……」
「ひゃうっ……!」
それが収まると、互いのポケモンは仕切り直しと言わんばかりにトレーナーの元へ戻る。
「強い……本当に強いな女帝! さあ、もっと……む?」
アクイラが右腕の袖を捲ろうとした時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「……ちっ……これからが楽しくなるところだったのに……! だがまあ、バカどもを逃がす時間は稼いだか……」
「逃げるか貴様っ!」
「ああ、逃げる。組織の中にあっちゃ私情もほどほどにしなきゃならねえんでな。スカタンク、“えんまく”だ」
アクイラの投げたボールから、紫色の体色をしたスカンクポケモン『スカタンク』が現れ、周囲に黒煙をばら撒き、アクイラ達の姿を隠してしまう。
「“ぼうふう”だスワンナ!」
イソラが新たにボールを投げ、白鳥のようなポケモンが出現して翼をはためかせると、強風が巻き起こり、周囲の木々を煽りながら瞬く間に煙を晴らす。
しかしアクイラの姿はどこにも無く、盗まれたボールの入った袋だけが残されていた。
「……逃げられたか……」
アーケオスとスワンナをボールに戻すと、イソラはツバキに歩み寄る。短いながらもあまりに迫力のあるバトルに腰を抜かして、動けないらしい。
そんなツバキを、イソラは子供のように抱き上げて立たせると、足腰の感覚が戻るまで支え続ける。
「……もう……大丈夫……」
「そうか?」
ようやく自分の力で立てるようになったツバキは、イソラの手を離れる。
だが改めてイソラの方へと向き直り……。
「……お姉ちゃんっ!」
満面の笑みになってギュウっと抱き付いていく。
「いつ戻ってきたの!?」
「ついこの前だ。お前が旅に出たと聞いて、追ってきたんだ」
「……! もしかして……一緒にいてくれるの!?」
「ああ、お前のポケモンリーグへの道……良ければ私も一緒に歩きたい」
ツバキの顔はさらに明るくなり、興奮からか頬も赤みを増している。
「……やったぁ! 嬉しい……! わたし嬉しいよお姉ちゃん!」
「そうだな、私もお前と一緒にいられて嬉しい。……さて、このボールを警察に届けないとな。行こうかツバキ」
ツバキの頭を撫でたイソラは、ロケット団の置いていったボールの袋を左腕で担ぎ、サイレンの鳴る方向へ歩き出す。
そしてその右手は、しっかりツバキの左手と繋がれていた。
今回も駄文雑文にお付き合いいただき、ありがとうございました!
ようやく悪の組織と遭遇&イソラと合流です。
お気付きの事と思いますが、ツバキはポケモンを物のように扱う相手にはブチ切れて自制が利かなくなる悪癖があります。