アケビから借りた懐中電灯を頼りに、クロバットの案内でイワヤマトンネル内を進むツバキとイソラ。
「あわわわわわ!!」
……だったのだが……。
「不覚……! あんな所にイワークの尻尾があったとは……!」
そう、懐中電灯のバッテリーが減り、光量が少なくなってきた事に焦った2人は、足早に抜けてしまおうとしたところ、眠っていたいわへびポケモン『イワーク』の尻尾につまずいてしまったのである。
気持ち良く眠っているところを叩き起こされれば、機嫌が悪くなるのは人もポケモンも同じ……案の定イワークは怒り、追いかけ回される羽目になった。
イワークは一般的に攻撃力の低いポケモンと認識されている。
だがそれはポケモン同士ならの話であり、非力な人間にとってはその頑強な岩でできた巨体そのものが凶器である。
「ええい、こちらの不手際故、バトルで傷付けるのは忍びないが……ここはこれが最もベストな方法だ! クロバット、“クロスポイズン”!」
イソラ達の前を飛んでいたクロバットが反転してイワークに向かい、紫色に発光する翼を打ち付ける。
どくタイプ技の“クロスポイズン”は、いわ・じめんタイプのイワークにはほとんどダメージが無いが、本格的に倒すでも弱らせるでもなく、一瞬隙を作れれば良いため、これで十分なのである。
「動きが止まった……! “さいみんじゅつ”!」
足(?)を止めたイワークの眼前に移動したクロバットの目が光り、視線を合わせたイワークを眠気が襲う。
次の瞬間にはイワークは目を閉じ、その巨体を地面に横たえていた。
「騒がせてすまなかったなイワーク」
「ごめんね……」
イソラは眠るイワークにキズぐすりを吹きかけると、ツバキと共にそっとその場を離れていった。
同じ轍を踏まぬよう注意しながら進んだ2人の目に、自分達の懐中電灯とは違う、自然の光が飛び込んできた。
「出口か」
「バッテリー切れ寸前だったね。無事に抜けられて良かったぁ……」
洞窟を抜けると、日は今にも沈むところであった。
「やれやれ、どうにか完全に夜になる前にポケモンセンターに辿り着けたか……ん? この音は……」
イワヤマトンネル出口近くのポケモンセンターに入ろうとしたイソラは、少し離れた場所で鳴っているパトカーのサイレン音を聞く。
「何かあったのかなぁ…………お姉ちゃん?」
「(あの方向は確か……カントー発電所……!? 発電所に何かあったとしたら……!)」
ツバキの呟きにも反応せず、イソラはサイレンの音のする方角を見つめていたが、ツバキの方を振り向くと、その肩に手を置いた。
「ツバキ、先にポケモンセンターに入って休んでいなさい。洞窟を抜けるので疲れたろう?」
「え……? で、でも……お姉ちゃんは……?」
「私はちょっと、あれの様子を見てくる。何も無ければ良いのだが……ともかくすぐに戻るから、大人しくしているんだ、良いな?」
そう言うとイソラは、ポケモンセンターの明かりを背に受けながら、夜の闇へと消えた。
「……お姉ちゃん……」
イソラが到着すると、発電所の周囲はすでに警察によって封鎖され、野次馬も押しかけて多数の人だかりができており、肝心の発電所の状況がわからない。
仕方ないので、イソラは手近な野次馬に尋ねる事にする。
「何があったのですか?」
「ん? ああ、発電所の占拠事件だってよ。なんでも犯人側から警察に電話があって、所員と発電機の安全と引き換えに十何億って金を要求したらしい」
「そうそう、しかも犯人はロケット団を名乗ったそうだぜ!」
「っ……!!」
割り込んできた男性の言葉に、イソラの表情が強張る。
「……そうですか、ありがとうございます」
イソラは無理矢理笑みを浮かべると、人混みをかき分けてその場を立ち去り、周囲の地形を観察し始める。
そして、発電所の裏に他よりも少し出っ張った丘を見つけると、そこへ向けて走り出す。
「(またか……また貴様らかロケット団……! だが、ツバキがこれからポケモン達と共に生きていく世界に、貴様らをのさばらせはせん……絶対に……!)」
怒りを抑えながら丘へと登ったイソラは、腰のモンスターボールを1つ取ると、中からよろいどりポケモン『エアームド』を繰り出した。
「頼むぞ。できるだけ低く……」
「お姉ちゃん!」
エアームドの背に乗ろうとした瞬間、背後から愛しい妹分の声が聞こえた。
「ツバキ……!? 大人しく待っていろと言っただろう! 早く戻って……」
「行くならわたしも! さっき、ポケモンセンターのニュースで見たよ……ロケット団なんでしょ!?」
ここにツバキがいる事自体に驚いたのに、さらに驚く事を言われてしまう。
「なっ……馬鹿っ!! 言ったはずだ! 奴らはそこらのチンピラとは違うんだ! 人やポケモンの命を平然と奪うような連中なんだぞっ!!」
「わかってるよ!」
「いいや、わかってない! お前はその瞬間を見て…………っ!!」
イソラの脳裏に、6年前のあの現実離れした光景が蘇る。
手にした棒のような道具で、小さな怪獣のようなポケモンを、動かなくなるまで集団で殴り続ける黒衣の男達の姿。
そして、1つの生命が力尽きるのを、何もできずに物陰で震えて見ているしかなかった無力な自分。
ポケモンは人間の友達……そう信じて疑っていなかった当時12歳のイソラには、あまりにも衝撃的すぎる光景だった。
もしもツバキがあんな事になったらと思うと、イソラは身体の震えが止まらなくなってしまった。
「ダメだ……ダメだダメだっ!! もう……あんな……お前が……!! だからっ……!!」
震えを止めようと己の身を抱くイソラは、絞り出すような声でツバキを制止する。
だが、ツバキはそんなイソラの背中に腕を回すと、ギュッと力を込めて抱きしめる。
すると、不思議とイソラの震えが止まり、心が平静を取り戻してきた。
「……ツバキ……」
「お姉ちゃん……わたしもポケモントレーナーなんだよ? だから、ポケモンを苦しめるような人達は許せない……! それはお姉ちゃんだって同じでしょ……!?」
「……それは……そうだ……」
そうだ。
自分だってあの惨劇を見たからこそ、あんな連中による、あんな事を繰り返させないために強くなったのだ。
ひょっとしたらポケモンを愛する心は自分以上かもしれないツバキであれば、ポケモンを苦しめる連中だ、という事実だけで自分と同じ心境に至るかもしれない。
「(だが……それでもツバキをそんな危険な目には……!)」
しかし、たとえここでツバキを置いていったとしても、彼女のロケット団への怒りの感情を止める事はできず、独自に動こうとするだろう……なにしろ、6人もの相手の前へ、怒りのままに飛び出すような子だ。
それならば、自分の側に置いて守った方が幾分マシなのではないだろうか?
「お願い、行かせてお姉ちゃん。これが……わたしらしさだから……!」
「………………わかった……ただし、私の側から離れるなよ」
「……! うんっ! お姉ちゃんはわたしが守るよ!」
「……ああ、頼りにさせてもらう。……屋上から侵入する。恐らくは司令塔のような奴がいるはず……そいつを倒せば、統制が乱れるだろう。行くぞ」
「うん……! ポポくん、お願い!」
イソラはエアームドの背に乗り、ツバキはポポの脚に掴まって、夜空の闇に紛れて丘から飛び立っていった。
「ウインディ、“かえんほうしゃ”!」
「ライボルト、“チャージビーム”!」
2体の獣型ポケモンが、ドラピオンに向けて攻撃を仕掛ける。
「かわしてウインディに“クロスポイズン”よ」
ドラピオンが装着したヘッドセットから女性の声が響き、ドラピオンは即座に行動に移る。
蛇腹状の身体を不規則にしならせて2つの攻撃を回避すると、姿勢を低くしてウインディに迫り、毒を分泌する両腕の爪を叩き付ける。
ウインディの身体はライボルトを巻き込んで吹っ飛び、地面を滑っていく。
「“ミサイルばり”」
そして、纏まったところへドラピオンの口から5発の針が撃ち込まれ、2体はそのまま動かなくなる。
その時、ドラピオンの足下の地面が盛り上がり、鼠のようなポケモンが勢いよく飛び出した。
ねずみポケモン『ラッタ』の“あなをほる”攻撃だ。
「“かみくだく”」
ドラピオンは大口を開け、飛び出してきたラッタを口で捕らえると、頑強な牙と顎でメキメキとその身体を痛めつけて空中へ放り投げる。
「“ミサイルばり”」
そして、容赦の無い追撃が撃ち出されて爆発し、ラッタは煙を引きながら地面へと落下した。
「つ……強すぎる……! もう40体以上相手にしているんだぞ……!? 化け物かアイツは……!」
「た、隊長……連れてきたポケモンが全滅しました……! ど、どうしますか……?」
「どうもこうもあるか……! こうなってしまったからには、本部に指示を仰ぐしかあるまい……! 後退! 後退だ!」
倒れたポケモンを回収した警官隊が後退し、パトカーを盾にして遠巻きに見張るだけになる。
「……つまんない」
モニタールームから画面越しにドラピオンへ指示を出していたウィルゴが、溜め息を吐く。
「少しは楽しめると思ったのにもう終わりなの? ……ま、所詮は支給されたポケモンをマニュアル通りに使うだけの連中……こんなもんか……」
座った椅子ごとぐるぐる回り、再び訪れた退屈を紛らわそうとするが、もちろんそんな事ではこの渇きは満たされない。
「各班、状況報告。A班」
「こちらA班、所内の巡回中ですが異常はありません」
「B班」
「B班です。『S』を確認、これより採取を開始します」
「C班」
「C班、動力室へ侵入成功しました。装置への充電中です」
発電所内で分散して作業をする各班の進捗状況を聞くと、ウィルゴは再びモニターへと目線を戻す。
すると……。
「……ん……?」
階段に設置された監視カメラの映像に、屋上から下りてきたと思われる女性と少女が映し出される。
「何、こいつら? 警察でも所員でもないみたいだけど……そういえばルプスの奴が、ロケット団は前にも子供に邪魔されたって言ってたけど、こいつらもそんなヒーロー願望持ちかしら?」
ウィルゴは2人の動きを観察し、少なくとも迷い込んだり、逃げ出そうというわけでない事を悟る。
そして、何かを思いついたかのように口の端を吊り上げると、ヘッドセットのマイクに呼びかける。
「ラピオ、聞こえる? 今からそっちにグロックとドーラを送るから、入れ替わりにこっちへ戻ってきてちょうだい。……警察なんかよりも面白そうなのが来たわよ♪」
そう言うと、2つのモンスターボールを開き、ポケモンを出す。
どくづきポケモン『ドクロッグ』と、メガムカデポケモン『ペンドラー』だ。
「出入口にラピオがいるわ。交代して出入口を守ってちょうだい。お願いね」
発電所の見取り図を見せながら説明すると、2体は早々と理解して走り出し、モニタールームを後にした。
「A班、屋上から3階に侵入者よ。足止めしておいて」
「侵入者!? わ、わかりました!」
「ツバキ、わかってると思うが……」
「……うん……!」
屋上からの侵入に成功した2人は、周囲を警戒しながら歩みを進める。
……と。
「っ! いたぞ、侵入者だ!」
ウィルゴの命を受けたロケット団員に発見されてしまったが、イソラはまったく慌てずに冷ややかに睨み付ける。
「ちょうど良い、貴様らの指揮官の所へ案内してもらおう」
「なんだと? ふんっ、何者か知らんが、邪魔をするならば排除する! 行け、ゴルバット!」
ロケット団員はゴルバットを繰り出すが、それを見たイソラ……そしてツバキまでもが呆れた表情を見せる。
「……愚かな集団だ、とは思っていたが……ここまで馬鹿だとは」
「な、何ぃっ!? ……って、あれ? ど、どうしたゴルバット!? 動きにキレが無いぞ!?」
イソラの暴言に怒りを露にする団員であったが、すぐにゴルバットの異常に気付く。
「こんな狭い通路で、翼の大きいゴルバットを使う奴があるか馬鹿め」
指摘するイソラに、ツバキも頷いて追従する。
「狭い場所でのひこうタイプの戦い方という物を教育してやる。行けっ、エモンガ!」
ボールから飛び出したのは、手足の間の膜を広げて空を滑空する、モモンガポケモンの『エモンガ』だ。
「そんなチマいポケモンに負けるかよ! “エアカッター”!」
「“こうそくいどう”」
壁や天井に翼の先端をぶつけながらも、ゴルバットが羽ばたいて空気の刃を飛ばしてきた。
だが、エモンガはその刃の間を縫うように飛び上がると、壁、天井、床を目にも止まらぬスピードで跳ね回って、瞬時にゴルバットの背後を取った。
「“エレキボール”」
ゴルバットが振り向く間も無く、膜を擦り合わせてから広げ、そこから発射した電気の塊をゴルバットの背中へと叩き込む。
「いたぞー!」
倒れたゴルバットをボールに戻して逃げ出した団員を追おうとしたその時、後ろから声が聞こえ、前からも足音が近付く。
「ツバキ!」
「うん! ファンファン、お願い!」
ツバキとイソラは、背中を合わせて場所を入れ替わると、それぞれ自分の正面の相手に集中する。
ツバキ側に3人、イソラ側に5人……ポケモンを愛する者達とロケット団との戦いが、本格的に始まろうとしていた。
つづく
今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!
完全にゲーム版に準拠した場合、色々と時系列などがおかしい部分もありますが、そこはパラレルワールドという事で何とぞ……。