「…………あれ……? ここ……どこだろ……」
意識が朦朧として、視界がぼやけている。
「……明るくて……賑やか……」
徐々に景色がはっきりと見えてくる。
広いバトルフィールドを備えた巨大なスタジアム……テレビで見たポケモンリーグの会場に似ている。
自分は今、そのフィールドの片側に立っているようだ。
「ツバキ」
「……お姉……ちゃん……?」
フィールドの向かい側に、イソラが優しい笑みを浮かべて立っている。
「ツバキ、ポケモンリーグ優勝おめでとう」
「優勝……? わたしが……?」
「ああ、そうだ。強くなったなツバキ。さぁ、約束通り、私とバトルをしよう。……本気のバトルを」
「本気のバトル……そう……そうだ……わたしは…………本気の……!」
何かを思い出しそうになった瞬間、イソラの投げたボールから光が溢れ、見る見る世界を包んでいった。
「……ん……」
再び目を開くと、見知らぬ天井が視界に映る。
妙な気怠さに抗って首を動かすと、目を閉じて俯くイソラが見えた。
「……お姉ちゃん……」
その声に反応し、イソラが顔を上げる。
「っ! ツバキ……! ……ああ……良かった……良かった、ツバキ……!」
ツバキに抱き付こうと腕を広げたイソラだったが、ハッとして腕を下ろした。
「あ、いや、すまない……痛い所とかはあるか?」
「……ん……痛くはないけど……身体が怠いような……」
「……無理も無い。お前は4日間ずっと眠っていたんだから」
「4日間……眠って……? ……あっ……」
そこまで言われて、ツバキは自分が何故この状況にあるのかを思い出した。
カントー発電所でロケット団の女性と戦って敗れ、吹き飛ばされたポポを庇おうとして頭を打ったのだ。
「お、お姉ちゃん! 発電所は……!?」
「大丈夫、無事だ。ロケット団は逃げていったよ」
イソラから眠っていた間の報告を受け、ツバキは安堵の息を漏らす。
とりあえず心に余裕が生まれたためか、半身を起こして窓の外へと目を向ける。
「……ここは?」
「ハナダシティの病院だ。命に別状は無いし、後遺症も無いそうだ」
「ここが……ハナダシティ……」
発電所からの距離で言えばシオンタウンが近かったが、間にイワヤマトンネルがあるため、即座に出動できる救急車が来れるのはハナダシティだけだったらしい。
しばらく2人は沈黙していたが、やがて口を開いた。
「……お姉ちゃん」「……ツバキ」
2人同時に。
「な、なんだ、ツバキ? 先に言いなさい」
「……うん。あの……約束破って側を離れて……ごめんなさい……そのせいでこんな事に……」
「な、何を言うんだ! あれはお前のせいじゃない! 拐った奴と…………ちゃんとお前を守りきれなかった私の責任だ……すまなかった、ツバキ……。たった1人の大切な妹分を守れず……何が『
イソラはツバキの謝罪を否定し、逆に自身の落ち度を謝罪すると、自虐するように呟く。
その姿は、ツバキの知るどんな姿よりも弱々しい。
「……それこそ気にしないでよ、お姉ちゃん……。それにわたし……負けちゃったよ、お姉ちゃん……絶対に……絶対に悪い人には負けたくなかったのに……!」
ポケモンを愛するはずの自分が、ポケモンを苦しめる悪人に敗れた……その事実はあまりにもショックが大きかった。
それも、苦戦させたり焦らせたりもできずに一方的に叩きのめされてしまったのだから、なおの事自分に自信が持てなくなってきた。
「……ツバキ、それは仕方ない事だ……相手が悪すぎたんだ」
「……え……? どういう事……?」
イソラはベッド脇の椅子から立ち上がると、腕を組んで語り始めた。
「お前が戦った相手……自分ではロケット団幹部のウィルゴなどと名乗っていたが……」
そして、窓辺へと歩き、窓の外を眺めて目を細める。
「……奴の名はベラ。元プロトレーナーだ」
「プロ……トレーナー……?」
プロトレーナー……その座につくには数々の実績と、試験での好成績を必要とする、ポケモンリーグ協会公認のトレーナーの事だ。
各地のジムが役割を果たせているかの調査を行ったり、ポケモンに関連する事件の解決を求められたり、イベントや大会のエキシビション役を任されるなど、ポケモンリーグのための仕事を与えられる。
そしてその代わりに、給与が支給されたり、各地のショップでサービスを受けられるパスが発行されたり、大会にシード枠で参加できたりといった特典を得られる。
「史上最年少でプロトレーナー入りを果たした人物として知られるが、同時に史上最速で引退を表明した人物でもある」
確かに、彼女の実力はプロと言われても違和感の無い物だった。
「どくタイプを巧みに操り、容赦の無い苛烈な戦術で多くのトレーナーを戦慄させ、『
イソラは複雑な表情のまま淡々と語るが、注意深く聞くと、その声がわずかに震えているのがわかる。
「お姉ちゃん……」
「……いかんな。お前に悟られるとは私もまだまだ、か……。ああ、私はベラに憧れていた……自分とほぼ変わらぬ歳でありながら、テレビの中で大人達に混じるどころか……圧倒するその姿に憧れたよ。まぁ、並みいる強豪を片端から蹴散らした後のインタビューで、「暇潰しにもならなかった」と言ってのけたのには度肝を抜かれたがな」
「……今も、尊敬してる?」
「どうだろうな……少なくとも、ロケット団にいる、という事実は、イメージを大きく変えたと思う。だが、憧れたもう1つの理由……ポケモンを愛する心だけは、ロケット団に加わっても変わっていないと思いたい。……信じたいという事は、まだ敬意のような物はあるのかもな……」
ポケモンを愛する心……言われてみれば、彼女は事ある毎にニックネームを付けたドラピオンを撫で、その時だけは狂気が薄れた優しい目をしていた気がする。
ロケット団はポケモンを苦しめる組織であるという先入観から考えもしなかったが、中にはポケモンが好きな人もいるのかもしれない。
もっとも、その場合は何故ロケット団にいるのか、という疑問は残るが。
「……今度会ったら、聞いてみようよお姉ちゃん」
「……そうだな」
と、そこで会話が1度途切れたが、イソラがポンと柏手を打つ。
「おっと、そうだ」
そして病室を出ていき、しばらくすると騒がしい足音が近付いてきた。
足音の主……達は、一気に病室内へと雪崩れ込み、ツバキの周りに集まる。
「わっ……! ポ、ポポくん、ミスティ、ファンファン、ケーン、シェルル、ルーシア……!」
それは、ツバキが心から愛する大切なポケモン達。
少し遅れてイソラも戻ってきた。
「ポケモンセンターで回復してからというもの、皆ボールに戻ろうとしなくてな。食事中も心ここにあらずという感じだった。……本当にポケモンから慕われているな、ツバキ。……だが」
が、イソラはツバキの頭上を飛び回るルーシアと、ベッドの上で跳ね回るファンファンの頭を鷲掴みして持ち上げる。
「……嬉しい気持ちはわかるが、病院では静かにしなさいお前達」
イソラのアイアンクロー!
ルーシアとファンファンはもんぜつしている!
「(ルーシアはともかく、ファンファンは30kg以上あるんだけど……片手で持ち上げるなんて、お姉ちゃんはすごいなぁ……)」
イソラのお仕置きを受けて悶えるルーシアとファンファンの姿に、他のポケモン達は大人しくなり、ツバキは微笑ましく見守る。
「……ベラさん、か……強かったなぁ……」
いまだに彼女のバトル中の狂気や恐ろしさは拭えていない。
だが、元プロトレーナーという経歴を知る事によって、“ポケモンを苦しめるだけ”と思っていた先入観が取り払われると、意外にも憎悪のような物は抜け落ち、むしろ目標にしようという気すら起きていた。
「……今度会った時は、もっと食い付ける……うぅん、勝てるように……一緒に頑張ろうね、皆」
イソラ同様、遥か高い目標ではあるが、だからこそ挑戦のし甲斐がある。
今回の事件で、ロケット団の恐ろしさや、自分の未熟さを痛感する事になったが、同時に新たな目標を見付け、ポケモン達との絆が一層強くなった事を実感できたのは、大きな収穫だと思えた。
「ただいま~。ああ、アクイラ、陽動お疲れ様」
「よう、ウィルゴ。どうだったよ?」
アジトへと帰還したウィルゴが部屋に入ると、ソファーでくつろぐアクイラが出迎えた。
「アタシを誰だと思ってんのよ? ほら、この通り『S』は確保してある……って、あんたは知ってんでしょうが、ルプス?」
ウィルゴは電気を帯びた羽の入ったカプセルを取り出し、見せつけるように振る。
それに答えたのは、部屋の中にいたもう1人の人物。
「無論だ。だからこそドサイドンを迎えにやったのだ。……しかし、これでようやく計画を第2段階に移せるか」
立ち上がったのは、顎髭を蓄え、黒いコートを纏った男性だ。
「お前が発電所で充電した装置に、『S』、『F』、『I』を組み込み、同質の力を引き寄せ捕縛する……やっとここまで来られた……」
「カプセル内に収納した物質が内包するエネルギーを、装置が解析して増幅する……だったか? どういう仕組みだか知らねえが、上手くいくのか?」
「上手くいってもらわねば困るのだ。引き寄せた後、捕縛するのは我々三凶星の役目だぞ」
そう言いながらコートの男性……ルプスは端末を操作し、モニターにポケモンの姿を映し出す。
「伝説の三鳥……サンダー、ファイヤー、フリーザー……これまでに収集した行動パターンから分析するに、自身と同質のエネルギーを感知すれば、高確率で現れるはずだ」
「それまたずいぶんと身近な伝説ねぇ……」
「そう言うな。身近だからこそ、我らの計画最初のサンプルとして相応しいのだ。なお、捕縛にはこの装置を使用する」
次いでモニターに映し出されたのは、楽器のトライアングルをそのまま大きくしたような、黒い三角形の物体。
「これは?」
「以前、どこぞのコレクターが珍しいポケモンを捕縛するために用意した装置らしい。これは回収した破片から構造を解析し、改良を加えた物だ。空中に浮かべた複数個の間に強力なエネルギーフィールドを形成し、内外を完全にシャットアウトする。内部からのエネルギー放射に対しては反射が行われ、閉じ込められた対象は自滅する事になるという代物だ」
「意地の悪い機械だなオイ……で、それで捕まえるために俺らがバトルして弱らせるわけか」
「そうだ。私はサンダーに当たる。ファイヤーはアクイラ、フリーザーはウィルゴが担当しろ」
ルプスから2人へ、担当するポケモンのデータ一式が渡される。
「ファイヤーか。熱いバトルになると良いんだがな……」
「フリーザー……ウフフ、少しはアタシを満たしてくれるかしら……?」
アクイラとウィルゴは、受け取ったデータを確認し、
それぞれに期待を胸に抱いている。
「……だがまぁ、ウィルゴは先ほど戻ったばかり……次の作戦開始は明後日からとしよう。明日はゆっくり休む事だ」
「あら、それはどうも。……久々にポケモン達を外で遊ばせようかしら?」
「変装忘れてバレるようなヘマすんじゃねえぞ。俺もたまにゃ自由に暴れさせてやっかなあ……」
翌日の行動計画を立てながら部屋を出るアクイラとウィルゴの後ろ姿に、ルプスは溜め息を吐く。
「……ふぅ……どうにも緊張感の無い奴らだ……確かにホウエンやシンオウの連中と比べればスケールは劣るが、一応は伝説のポケモンを相手にするのだがな……やれやれ……」
葉巻に火を点けたルプスは、煙を吹かして天井を見上げる。
「(まぁ、頼もしいと言えば頼もしいか……。……ともかく失敗はできん……事を急いで、アポロ殿達の轍は踏まぬようにせねば……)…………そうだ、失敗はできぬのだ……サカキ様に相応しき組織を……今一度……」
ルプスは煙の中に、姿を消した主君の姿を見た気がした。
つづく
今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!
初登場時(声のみ)以外では、登場すると必ず挿絵に描かれるウィルゴは、実は作者のお気に入りキャラです。
狂った台詞書いてて楽しい。