9番道路での特訓の最中、ツバキに声をかけてきた男性。
なんと彼は、クチバジムジムトレーナー・ゲントだった……が、以前の相手を見下す高圧的な態度から一変。ぶっきらぼうながらもフレンドリーさを併せ持つ人物となり、ツバキに感謝と謝罪の言葉を述べたのだが……。
「貴様ぁぁっ!! ツバキを呼び捨てにするとは、どういう関係だ!?」
「い、いや、どういうって……」
イソラがゲントの胸ぐらを掴み、激しく揺すりながらツバキとの関係を問い詰めるが、当のゲントは突然の事に理解が追い付いていない。
そうこうしてる内に、イソラの想像はどんどん飛躍する。
「はっ……! ま、まさか……手を出したのか……? ツバキに……私のツバキにぃぃぃーーーーっっっ!!」
「ぐげっ……ぐ……ぐる……じぃ……!」
興奮のあまりどんどん力が入り、ゲントの首が締まってゆく。
慌ててツバキがイソラの腕を掴み、制止しようとする。
「お、お姉ちゃん待って! 落ち着いて! ゲントさんは前にわたしとバトルしたクチバジムのトレーナーさんなの……!」
そこでようやくイソラの力が弱まる。
「……マチスさんの所の? ……ふむ」
「げほっ、げほっ……い、いきなりなんなんだよ……」
「……まぁ良い。ともかくだ……私の目の黒い内は、私より弱い男にツバキはやらんからな」
その言葉を聞いた瞬間、ゲントの目の色が変わった。
「……理由はどうあれ、トレーナーとして堂々と弱い宣言されて黙ってられるか! あんた! 俺とバトルだ!」
ビシッとイソラを指差し、ゲントがバトルを挑む。
「ゲ、ゲントさん……やめておいた方が……」
「なぁに、パワーアップした俺のポケモンの力、見たらお前もたまげるぜ!」
「良かろう。挑まれたバトルから逃げるはトレーナーの恥だ」
「お、お姉ちゃんもやる気だし……」
かくしてイソラの一言に端を発する、トレーナーのプライドと、ツバキの将来を懸けたバトルが……今!
「アーケオス、“だいちのちから”」
「ラ、ライボルトぉっ!?」
終了した。
「じょ、冗談だろおい……俺の自慢のライボルトがあっさり……な、何者なんだあんた……」
呆然とするゲントに対し、ツバキがおずおずと口を開いた。
「お、お姉ちゃんはカントーを代表するひこうタイプのエキスパートなんです……皆からは『
「そ、そりゃまたとんでもない相手に挑んじまったな俺も……」
「ほら」
うなだれるゲントに対して、イソラがキズぐすりを投げてよこした。
「……筋は悪くないし、ポケモン達の伸び代もかなりある。だが、圧倒的に経験不足だな。特に洞察力や発想力という点ではツバキの方が大きく上回るし、しかも可愛い」
「ぐぬぬ……!」
最後の一文はどう考えても不要だが、洞察力と発想力の部分はまさにその通りなので、何も言えずにぐぬるしかない。
実際、自分はかつてツバキの発想力に負けたも同然なので、彼女のその点に関しては認めざるをえない。
「ふんっ、少なくとも、今のままでは私どころかツバキにも完敗するだろうな。もっと精進し、そのポケモン達に相応しいトレーナーになる事だ」
イソラ側も、ゲントの素質などの部分はトレーナーとしての観点から認めるが、ツバキと親しげに話す見知らぬ男という事でその警戒心と手厳しさはかなりの物である。
……親しいどころか、正真正銘初心者だったツバキを一方的に叩きのめし、危うくトレーナーとしての道を挫折させるところだったと知ったら、どんな反応をするであろうか。
「んぐぐ……! ……おー、やってやろうじゃねぇか! いつか吠え面かかせてやっから首洗って待ってろ! 俺は世界一のでんきタイプ使いになってやるんだからな!」
「身の丈を超えた宣言を大言壮語と呼ぶのを知ってるか?」
「なんだとぉ!? ……おい、ツバキ! バトルだ!」
「ふえっ!?」
唐突に話を振られ、ツバキは困惑する。
「俺だってあれから自分もポケモンも鍛え直したんだ……! あっさり完敗なんざしねぇって事を証明してやるぜ!」
言葉は乱暴だが、確かに燃え上がるような……そして真剣な熱意は感じられる。
自然、ツバキの抱いていた苦手意識は薄くなり、自分でも気が付かない内に頷いていた。
「……わかりました。お相手します……!」
「……まぁ、ツバキがやると言うなら良いが……では、シンプルに1対1で良いな?」
「うんっ!」「おうっ!」
2人が同時に返事をして、バトル形式が決まったところで、双方は出すポケモンを吟味する。
「(あいつの手持ちには確かナゾノクサがいたはず……近付くと粉技をよけにくくなるから、遠距離主体にしたいが……)」
「(ゲントさんはでんきタイプ使い……積極的に麻痺を狙ってくるかもしれない……それなら……)」
両者が答えを出したのはほぼ同時だった。
「お願いファンファン!」
「頼むぞレアコイル!」
いつもの地面とは異なる、コンクリートの上に着地したファンファンの前に浮かぶは、磁石と単眼の付いた、3つの金属質の球体……じしゃくポケモン『レアコイル』だ。
「うぐっ、読みが外れたか……! じめんタイプを持ってたとは……!」
「(……そういえば、前のゲントさんとのバトルでは、ファンファンは出さなかったんだっけ……)」
ナゾノクサを出してくるであろうという予想が空振りしてしまい、頭を抱えるゲントだったが、すぐに平静を取り戻した。
「ふー……まぁ良いさ。麻痺させるだけがでんきタイプじゃないってのを見せてやる……!」
「……それでは、ゴマゾウ対レアコイルの1本勝負。相手を戦闘不能にした側の勝利とする。バトル……開始っ!」
イソラが高く掲げた腕を降り下ろしたのを開始の合図とし、まずはゲントが動いた。
「レアコイル、“きんぞくおん”!」
レアコイルを構成する3つの球体が、互い違いに身体を擦り合わせ、金属の擦れる音が周囲に響き渡る。
「ひやあぁぁぁ~~~~!!」
あまりに不快な音に、ツバキは思わず耳を塞いでしまう。
見れば、イソラ……と、技を指示した本人であるゲントも同じような反応である。
「(“きんぞくおん”は、生理的嫌悪感を煽る音で相手の精神を掻き乱し、特殊技に対する抵抗力を下げる技……でんき技は効かないので、他の特殊技でゴリ押す腹積もりか)」
「うぅぅぅ……! ファ、ファンファン、“ころがる”!」
大きな耳が仇となり、ツバキら人間よりも影響の大きいファンファンは、よろめきながら身体を丸めて突進を始めた。
が、はがねタイプを持つレアコイルには元々効きにくい上、思うようにスピードが出なかった事もあってダメージが小さい。
「(ファンファンはでんき技を無効にできるが、じめん技を持たない上に、攻撃技がいずれもレアコイルと相性が悪い……有効打が無いか)」
「よっしゃ、このまま畳みかけるぞ! “ミラーショット”だ!」
レアコイルの身体が眩い光を放ち、それが集束して弾丸のように発射される。
「“ころがる”!」
ファンファンは“ミラーショット”の着弾寸前、“ころがる”で離脱に成功したが、逃げの一手ではどうしようもなく、かつ打つべき手が無いのは変わりが無い。
「(どうしよう……“ころがる”も“じゃれつく”もレアコイルにはあんまり効かないし、防御を弱められる技も無い……こうなったら相手の技をかわしながら、少しずつダメージを積んでいくしか……!)」
“ころがる”は相手に当てる度に勢いを増し、徐々にそのダメージを大きくする技なので、有効打の無い現状では、これを主軸に戦術を構築する必要がある。
その場合に問題となるのは、相手の特殊技だ。
こちらは“きんぞくおん”を受けて特殊技にかなり弱くなっており、1段階進化をしているレアコイルの能力も考慮すれば、1発1発が致命傷になりうる。
「ファンファン、できるだけスピードを落とさないで! 止まったら終わりだよ……!」
ゴロゴロと不規則に転がり回り、時折レアコイルへと突進……今はこれを繰り返すのが最善策だ。
「えぇい、ちょこまかと……! よぉし、レアコイル! “マグネットボム”を見せてやれ!」
その指示と共に、レアコイルのU字磁石の間に金属片が集まって塊となり、次々に射出され、転がるファンファンを追う。
「追いかけてくる……!?」
「ふふん、“マグネットボム”からは逃げられないぜ! 点火!」
ファンファンに追いついて完全に包囲した瞬間、一斉に起爆した。
至近距離での連続爆発はファンファンのスピードを殺し、着実に足を止めにかかる。
そして、その隙を見逃すほどゲントはバカでも鈍くもないようであった。
「遅くなった……今だ! “ミラーショット”!」
「っ! “こらえる”!」
再度レアコイルの身体の輝きが弾丸として撃ち出され、動きの鈍ったファンファンにヒットした。
「あぁぁ……! ファ……ファンファーーーーン!!」
“こらえる”で戦闘不能は避けたものの、爆発の勢いでファンファンの身体は空中高く放り上げられてしまう。
だが、その身体が太陽と重なった瞬間、一際強い光を放って周囲の目を眩ませる。
「何の光ぃっ!?」
「これは……このタイミングでか!」
「……もしかして……!?」
光が弱まると同時に、巨大なシルエットが地響きと共に落下し、コンクリートを陥没させた。
「な……なんだとぉ……!?」
「ファ……ファンファン……?」
鼻先から尻尾までを覆う頑強な鎧のような黒い表皮、灰色の身体から伸びる2本の鋭い牙、そして大地を震わせる重量と、それを支える太い手足。
そう、今ツバキの目の前にいるのは、ながはなポケモン『ゴマゾウ』ではなく、よろいポケモン『ドンファン』である。
「ミスティと共に、ポポに次ぐ古参だったファンファン……ついに進化したか……!」
「進化……じゃあ、本当にこの子があのファンファン……!?」
ツバキが驚いていると、ドンファンは彼女に近付き、その身体を擦り寄せてきた。
「この甘え方…………ふふっ、本当に……本当にファンファン……! こんなに強そうで立派になったのが、ファンファンなんだ……!」
嬉しさのあまり、ツバキも抱き締めるように両腕をいっぱいに広げてファンファンの身体を撫で回す。
「ぐぅ……! バトル中の進化とは……熱くしてくれるじゃねぇか……! だが! 勝つのは俺だぜツバキ!」
「っ! そうはいきません! ファンファンの初進化……絶対に勝利で飾らせてあげるんですから! ね、ファンファン……!」
ファンファンは頷くと、ツバキから離れてレアコイルと対峙する。
一方でツバキは、すぐにポケモン図鑑でドンファンのデータを確認し、体躯の変化による新たな戦術を構築する。
「(っ……! この技なら……!)……ファンファン! “マグニチュード”!」
ファンファンが重々しく前脚を持ち上げ、地面に叩き付けると、地響きが周囲にいる全てを襲った。
「(“マグニチュード”は使う度にランダムで威力の変わるじめん技……! これは“じしん”にも迫る規模だ……!)」
レアコイルは浮遊して地面から離れようとするが、“マグニチュード”によって磁場に大きな乱れが生じたのか、逆に落下してモロにダメージを受けてしまった。
「ファンファン、“ころがる”!」
そしてファンファンは、ズシンズシンと音を立てながら走り出し、身体を丸めて高速回転しながら、身動きの取れないレアコイルへと突撃する。
一気に体重が120kgまで増加したファンファンの質量による突撃は、もはやタイプ相性云々どころの問題ではなく、まして回転が加わっているとなれば、レアコイルはただただ蹂躙されるのみであった。
強烈に跳ね飛ばされたレアコイルは、3つの球体と6つの磁石をバラバラにしながら地面へと落下し、戦闘不能となってしまった。
「レ、レ、レ、レアコイルぅーーーーっ!?」
「勝負あり。このバトル、ゴマゾウ改めドンファンの勝利により、ツバキの勝ちとする」
「や、やった……! ファンファンやっt……え、ちょ……?」
ファンファンに駆け寄ろうとしたツバキだったが、先にファンファンの方からズシンズシンと地鳴りを起こしながら嬉しそうに突っ込んできた。
「ファ、ファンファン待って! ストップ! ステイ!」
「ファンファンを止めろ、ムクホーク! ウォーグル!」
イソラの投げたボールから飛び出したもうきんポケモン『ムクホーク』と、ゆうもうポケモン『ウォーグル』、そしてポポも加わって3体がかりでファンファンを食い止め、危うくツバキに激突というところで停止する。
先に述べたが、ドンファンの体重は120kg。
もしもツバキがのしかかられた場合、良くても全身複雑骨折、悪ければ命を落としかねない。
「ふぅ……あ、危なかった……こら、ファンファン。進化も含めて嬉しいのはわかるが、今のお前はゴマゾウの頃とは違う。ちょっとした事で大好きなツバキを大怪我させてしまうんだ、気を付けなさい」
そこまで言われてようやくファンファンは事の重大さに気付いたようで、耳と鼻がしょぼんと垂れてうなだれてしまう。
「ご、ごめんねファンファン、びっくりしちゃって……」
腰を抜かしていたツバキが立ち上がり、ファンファンに近付いてその鼻を撫でる。
「……その姿もすごく格好良いよ、ファンファン。……今までみたいに触れ合えないのは残念だけど……わたしがファンファンを大好きって気持ちは変わらないし、これからも強くなると思う。だから寂しがらないで、ね?」
優しく穏やかな声色で囁きながら頬擦りし、ゆっくりと牙を撫でるツバキの姿に、ファンファンは落ち着きを取り戻して大人しくなる。
「……お姉ちゃん、やっぱりゲントさんは強いと思う。ファンファンが進化してくれなかったら、わたし、きっと負けてた」
「……ふむ……確かにツバキに完敗……というのは撤回してやるか。おい。……うん?」
イソラがゲントに目を向けると、彼の視線はファンファンに優しく寄り添うツバキへ注がれ、ボーッとしている。
「……ふつくしい……」
「っ!!」
ゲントがポツリと溢したその言葉を聞いた瞬間、イソラの怒りが再び爆発した。
「やっっっぱりか貴様ぁぁぁーーーーっっっ!!」
「あ、いや違……! 決してやましい気持ちは無い! お袋みたいだなって……!」
「なお悪いわぁぁぁっっっ!!」
その辺の岩を拳で砕き、大きめの破片を握ったイソラがゲントを追い回す中、ツバキは先ほどと変わらずにファンファンを抱き締めながら目を閉じていた。
「……大好きだよ、ファンファン……」
ファンファンの温もりを肌で感じながら、ツバキは襲いくる眠気に抗う事無く意識を手放した。
つづく
はい、今回も駄文や落書きへのお付き合いありがとうございました!
ゲントくん、ロリコン疑惑。