タマゴが孵り、喜んだのも束の間……発電所やトキワの森でのロケット団との戦いを両親に話さざるをえなくなり、当然の事ながら怒られてしまったツバキとイソラだったが、母達の取り成しでどうにかその場は収まった。
話はグレンジムへの挑戦に変わり、父・シャコバはジムトレーナーとしてツバキを遮る壁となる事を宣言し、ツバキもその宣戦布告のごとき発言に渾身の気迫を以て応じたのだった。
「やぁ、イソラくん、ツバキくん! 昨日の近所の騒ぎは君達が帰ってきたが故か!」
昼頃、ツバキ達はカツラの元を訪れていた。
カツラは孫のような2人を招き入れると、嬉しそうに茶を振る舞った。
「挨拶が遅れてごめんなさい、カツラさん……」
「かっかっか! なになに、あの騒ぎ具合からして、かなりの時間……そうさな、少なくとも1時間は近所の人達に捕まっていたのだろう? 気にする事は無い」
口を開けて笑うカツラの人としての器はさすがであり、それと同時に、外から聞こえてくる音だけでその場の状況を正確に把握する優れた洞察力と推理力は年の功とでも言うべきか。
「さて、私を訪ねてきたのは、グレンジム攻略のヒントをもらいに来た……というわけではないのだろう? イソラくん」
サングラス越しにカツラの鋭い視線を感じ、イソラは姿勢を正して頷いた。
「はい。……カツラさんは、ロケット団が活動を再開した事は?」
「知っている。カントー発電所襲撃事件は連日報道されたからな。加えてニビシティやヤマブキシティでも、それらしい者が目撃されたらしい。どちらも発電所襲撃の少し前……警察の目をそちらへ向ける陽動だったと考えるのが自然か」
「ええ。仮にロケット団が再び組織的かつ表だって活動するとしたら、何が目的だと思いますか?」
イソラの質問に対し、カツラは茶を一口啜り息を整えた。
「……そうだな……ただポケモンなどを裏で売買するならば、もっと秘密裏に行うだろう。発電所からの撤退も迅速で、作戦失敗でやむなく逃げたという感じではなく、むしろ目的を達して帰還したかのようだ」
「目的、とは?」
「……これはあくまで憶測だが……伝説のポケモン・サンダーに関する事かもしれん。あの発電所は一時期放棄されて無人となり、サンダーが住み着いていたという話がある。実際、あの辺りでの目撃情報は多いからな。それと……」
カツラは本棚のファイルから何枚か写真を取り出してツバキ達に見せた。
「これは……落雷の瞬間ですか……? ……っ!?」
「お姉ちゃん……これ、おかしいよ……」
「……気付いたか。それは昨日、シオンタウンの友人から送られてきたイワヤマトンネルを写した物だ。その部分にだけ厚い雷雲がかかっているだろう?」
「では……これはサンダーによる物だと?」
「憶測の域を出ないがね。だが、発電所襲撃事件後間も無くサンダーが現れたとすると、偶然とも思えんのだよ」
3人は写真を見ながらしばし沈黙するが、ふとツバキが思い出した事を口にする。
「伝説のポケモンといえば……お姉ちゃん、わたし達はついこの前ファイヤーを見たよね?」
「……ああ。まるでシロガネ山に引き寄せられるようにまっすぐ飛んでいた」
「ふむ…………もし……もしもだ。もしもロケット団が、ファイヤーを誘き寄せる事のできる機械のような物を使っていたとしたら……このサンダーもその被害者の可能性が出てくる。つまり、奴らの目的は……」
「伝説ポケモン……サンダー、ファイヤー……そして恐らくはフリーザーの捕獲……ですか?」
「まだ確証は無いが、だからといって放置もできない、か。こう言ってはなんだが、伝説ポケモンを奴らが従えれば、警察程度でどうにかなる話ではないからね」
もちろん警察もポケモンを所持し、犯罪への対応に協力してもらってはいるが、やはりバトルを専門とする本業のポケモントレーナーと比較すると質は劣りがち。
加えて言い方は悪くなるが、組織である以上は現場の警察官は指示待ち人間にならざるをえないのも問題である。
「どれだけできるかはわからんが、各地の知人に協力を仰ぎ、より詳細な情報を集めるとしよう」
「ありがとうございます。……実を言うと、カツラさんのその人脈を当てにしていました」
ポケモントレーナーとしてはベテランであり、ジムリーダーも長年務め、科学者として見識広く知識が豊富という、様々な分野で高名なカツラは、カントーはもちろん、他地方にも広いコネクションを持つ。
そのカツラと知り合いである事は、イソラにとって幸運だったと言えるだろう。
「情報が入ったら連絡しよう。……ツバキくんはそろそろジム戦の準備をしたいだろうしな」
カツラに視線を向けられたツバキは、はにかみながら握り拳を作り意気込みを語る。
「……えへへ、わかっちゃいますか? わたし、絶対にパパにもカツラさんにも負けたくありませんから!」
「かっかっか! 強気な事だ……以前のツバキくんからは想像もできん言葉だが、良い変化と言えるだろうな。挑戦、待っているぞ!」
「はい、失礼しました」
「では」
ロケット団に関する情報を粗方カツラに提供したツバキとイソラは、頭を下げるとカツラの自宅を後にした。
「あとは大人達に任せよう、ツバキ。お前はポケモンリーグの夢を追えば良いさ」
「うん……」
「(もっとも……父さんには悪いが、私は大人側として行動させてもらうが、な)」
イソラにとってロケット団を始めとした悪の組織は、ツバキの生きる未来には不要な存在である。
抹消する機会があるならば、両親に背き、己の全てを捨ててでも成し遂げる覚悟がある。
表には出さないものの、親に叱られた程度ではもはや止まる事が無いほどに彼らへの憎悪は積もり積もっているのだ。
「……ところでツバキ。グレンジムへの挑戦は、誰を連れていくんだ? ほのおタイプに攻撃面で有利なのは、みず、じめん、いわタイプだが……」
「どうしようかなぁ……ミスティはくさタイプだから不利だし……シェルルはむしタイプだけど、みずタイプもあるからそこまで苦手じゃないんだよね……うぅん……」
ツバキは図鑑に登録してある自身のポケモン達の個体情報を確認し、脳をフル回転させて戦術を練っている。
「しかしバルディは手持ちから外さざるをえないか……ドラゴンはほのお技に強いが、さすがに生まれたばかりではな……」
「うん……いくらなんでもいきなりジム戦には出せないよね。でもね、お姉ちゃん。わたし、バルディは連れてこうと思う」
ツバキの発言に、イソラは目を見開く。
「……バトルには出さないが連れていくのか? それは……」
「わたしが不利になる、でしょ? わかってるよ、お姉ちゃん。でも……見ててほしいんだ、バルディにわたしのバトルを。いつかはあの子も経験する世界を」
見上げてくるツバキの目は真剣そのもので、決して半端な考えで語った言葉でない事がイソラにもすぐわかった。
「……本気なんだな。なら、その分他の手持ちの選抜にはより気を配らんとな」
「うんっ! お姉ちゃん、相談に乗ってね!」
「もちろん。私にできる事なら、何でも言ってくれ」
そう話しながら2人はポケモンセンターへと入り、ツバキはイソラからのアドバイスを元に手持ちを吟味していく。
昼食を取るのも忘れ、グレンジム攻略のための戦術を話し合う内、ふと窓の外へ視線を向けた時にはすっかり日が落ちていた。
「ただいまぁ……」
「おかえり、ツバキ。まぁまぁ、疲れた顔をしちゃって♪」
頭を使いすぎてくたくたになって帰宅したツバキの頭を、ミミナがぐりぐりと撫で回した。
「おお、おかえりツバキ。遅かったな」
「ただいま、パパ。カツラさんの所へ行った後、お姉ちゃんと色々話してたから。……あのね、パパ」
「うん? なんだい?」
「わたし……明日グレンジムに挑むよ」
「……! ……そうか」
ツバキの宣言を受けたシャコバは、驚いた表情を見せた後、不敵に笑う。
「お前がどんな戦術を立てたかは聞かない。だが、パパもジムトレーナーとしてのプライドがあるからな。負けないぞ」
「……うんっ!」
シャコバが突き出した拳に、ツバキも拳を合わせる。
「(……小さな手だ。だが、昔はもっと小さかったのが、ここまで育ち、挑んでくるまでになったんだな……)」
シャコバが思い出すのは、自分の指先ほどの小さな小さな赤子の手。
微笑む愛妻と、腕の中で眠る人形のような愛娘。
10年間の思い出が巡り、今まさに自分を見上げる少女へと重なる。
「………………うっ……」
「……? パ、パパ?」
娘のこれまでの成長を思い返したシャコバが涙ぐみ、ツバキは呆気に取られてしまう。
「まぁまぁまぁ、思い出し泣きですか? まったく泣き虫ねぇ、あなたは……うふふ♪」
ミミナがハンカチでシャコバの涙を拭き取るが、なかなか収まらないようである。
「うぐぅっ……! パ……パパは……負゛けない゛からな゛ぁっ!!」
「う……うん……」
……さすがにこの泣きっぷりには若干引いてしまうツバキであった……。
「……よし、と」
翌朝、ツバキは自室の鏡の前で帽子の角度を調整し、出発の準備を終える。
すでにシャコバは家を出て、カツラと共にグレンジムで待ち構えている事だろう。
「ママ、いってきます」
「いってらっしゃい。後でママも応援に行くからね、うふふ♪」
「うん! ……ポポくん、出ておいで!」
ミミナと挨拶を交わして外に出たツバキは、モンスターボールからポポを出す。
「……今日は故郷でのジム戦……わたしにとって大きな意味を持つバトル。力を貸してね、ポポくん。わたしも精一杯頑張るから!」
ツバキの肩に掴まったポポが、了承の意を込めて翼を広げる。
「気合いが入っているな、ツバキ」
そんなツバキ達を見て、街灯に寄りかかっていたイソラが声をかける。
「おはよう、お姉ちゃん」
「ああ、おはよう。……行くか」
「うん」
さすがに地元なので迷いようの無いツバキは、グレンジムへ向けて歩き出し、その後をイソラがついていく。
無事グレンジム前へ到着したツバキは、ゆっくりとジムの扉を開き、中へと足を踏み入れた。
受付カウンターには誰もおらず、大きな扉が開け放たれている。まるでツバキを招いているかのように。
ツバキは躊躇無く内部へと踏み込んでいき、それを待っていたかのように部屋の中のバトルフィールドがライトアップされた。
「……来たな、ツバキ」
「パパ…………うん、来たよ」
フィールドの真ん中に、腕を組んで仁王立ちしたシャコバが待っていた。
「カツラさんの待つ部屋はこの先だ。そこへ行くには、パパを倒すしか道は無いぞ」
「わかってる。そのために来たんだから」
「……そうだな。イソラちゃん、審判を頼めるかな?」
「わかりました」
ツバキとシャコバの2人は視線を交わすと、それぞれフィールドの端へと立って対峙する。
「ルールは2対2のシングルバトルだ。先に相手の2体を倒した方の勝ち……シンプルだろう?」
「2体……わかった」
ツバキは部屋の隅に設置された応援席にボールを向け、バルディを出した。
飛び出したバルディは周りをキョロキョロして、ツバキを見つけると駆け寄ろうとしたが、ツバキ自身に制止された。
「止まってバルディ。……お願い、そこで見ててほしいの」
ツバキの真面目かつ真剣な眼差しに気圧され、バルディは大人しく椅子に座り込んだ。
「ありがとう、バルディ。……お待たせ、パパ」
「いや……そうか、バトルを見せるために……あのツバキが……」
またも娘の成長に感動しそうになったが、歯を食い縛ってどうにか持ちこたえる。
その時、ツバキ達の入ってきた入口から、ミミナとテンジ、イロハが入ってきた。
「まぁまぁ、ちょうど始まるところかしら?」
「カメラを見つけるのに時間かかっちゃいましたけど、間に合いましたかねぇ」
「……そのようだな」
ぞろぞろと入ってきた3人を、イソラがバルディの座る応援席へと誘導すると、ミミナがバルディを抱き上げて椅子に座り、バルディは自身の膝の上へと座らせた。
「ツバキ~、頑張ってね~! あ、あなたもね~」
「ツバキちゃんの晴れ舞台ですからねぇ、しっかり記録しないと!」
「うむ……」
応援団の登場に微笑ましい視線を送っていたイソラが、1歩フィールドへと近付いた。
「それでは、これよりジムトレーナー・シャコバと、チャレンジャー・ツバキのバトルを始めます! ルールは2対2シングル! 両者、1体目を!」
「……行くよ! パ……」
「甘ったれるなっ!!」
「っ!?」
ツバキの言葉をシャコバの怒号が制した。
「ここはバトルフィールド! トレーナーにとっての戦場だ!! そこに立ったからには俺を父親などではなく、討ち破るべき敵と思えっ!! チャレンジャー!!」
その身から発される覇気は普段の優しい父とはまるで真逆。
肌がビリビリと痺れるような感覚にツバキは俯くが、すぐに顔を上げた。
「……ごめんなさい! 改めて……行きます! シャコバさん!」
「受けて立つ! グレンジムジムトレーナー・『
親子でなく好敵手として対峙した2人のトレーナーは、握り込んだボールを同時にフィールドへと投げ込み、激戦の口火を切るシルエットが形を成した。
つづく
はい、今回も駄文雑文にお付き合いいただきありがとうございました!
親子バトル開幕。
シャコバのトレーナー装束はXYのベテラントレーナーを参考にしてアレンジしました。