最後のジムバッジ獲得を目指してトキワシティ近郊に降り立ったツバキ達の前に現れた、ギンと名乗るトレーナー。
彼にバトルを挑まれたツバキはポポを繰り出すも、相手の操るオーダイルにはまったく歯が立たず、“ハイドロカノン”の一撃で撃墜されてしまった。
敗れたツバキにギンは語った。「ポケモンと1つになれるよう努力しろ」と。
はたしてその言葉の意味するところとは……。
ポケモンセンターのテラス……朝の日差しに照らされた見晴らしの良いその場所で、ツバキが椅子に座り、正面のテーブルにはポポが乗り、向かい合って互いの顔をじっと見つめている。
「…………いち、にの……さんっ!」
合図と共にツバキが右を向き、ポポが左を向いた。
「…………また合わない……」
「……何をしてるんだ、ツバキ……」
妹分の謎の行動に、やや顔をしかめたイソラが声をかけた。
が、振り向いたツバキの表情は真剣そのものだ。
「特訓だよ、お姉ちゃん! こうしてポポくんの目を見て、考えてる事を読み取って、ポポくんと同じ方を向けるようにする特訓!」
「……なるほど。だがツバキ、それは…………心を合わせてるのではなく、ただの読心術じゃないか?」
「…………………………」
真剣な顔のまま固まってしまった。
「あ、いやすまん……ケチをつける気じゃなかったんだが……」
「……ううん、いいの……自分でもなんか違う気がしてたし……」
ツバキはぐでーっとテーブルに突っ伏し、飛び立ったポポはツバキの背中に乗る。
「……はぁ……ポケモンと1つに……かぁ…………どうすればもっとポポくん達と心を合わせられるのかなぁ……」
背中から顔の前へと移動してきたポポを見つめて、ツバキが溜め息を吐く。
ポケモントレーナーであれば、ほぼ確実に避けられない悩みだ。
ツバキはその裏表の無い性格から、ポケモンと出会ってから仲良くなるまでが非常に早いのが特徴だが、仲良くなる事と一心同体になる事とでは微妙に違う。
「昨日も言ったが、一朝一夕でマスターできる事ではないからな……バトルの特訓をしながらそちらも考えるのが無難じゃないか?」
「……そうだね、こうしてる時間ももったいないし。でも、トキワジムのタイプが決まってないとなると、誰を手持ちにして鍛えるのが良いのかな?」
「まぁ、基本的にはどんな相手、どんなバトル形式にも対応できるよう、タイプをバラけさせるのが好ましいな。かつ、単体の戦闘能力も高めなのが良いが、そこでもパワー重視とスピード重視のバランスが大切……ん?」
ツバキへアドバイスを送るイソラから着信音が鳴り響く。
ポケギアの電話機能だ。
「すまない、少し出てくる。…………はい、イソラです。……なにかありましたか、カツラさん」
「おお、イソラくん。……いや、伝えようかは迷ったんだが……ロケット団が動いた」
「っ!! そう……ですか……」
ロケット団……忌むべきその名を聞いたイソラが唇を噛む。
「昨晩、ふたご島から連絡船に偽装した船が出た。手の者が発信器を取り付けたところ、クチバ湾の途中……タマムシシティの南で反応が弱まった後に消えたので、連中のアジトはその辺りにあると考えられる。恐らくは電波の届かない洞窟の中だ」
「……わかりました。直線距離ならすぐなのですぐに向かいます」
「入口を見つけるだけで良いぞ。すぐに警察を……」
「いえ、私がやります。……正直に言って……雑魚はともかく、三凶星は警察官程度でどうにかなる相手ではありません。束になっても勝ち目は無いでしょう」
「それは………………すまん……ワシが今すぐそこへ飛んでいければ……」
電話の向こうのカツラの声が弱々しくなる。
年長者たる自分が、若者に危険を冒させねばならぬ悔しさと申し訳なさの滲む声色から、イソラはカツラの人柄の良さを改めて感じる。
「……お任せください。いつまでも年上の方々に甘えてはいられません。……ツバキがいる以上、私もまた大人として戦います。では」
イソラは電話を切ると、ツバキの元へと戻る。
「すまないツバキ。カツラさんからで、グレンタウンに忘れ物をしたらしくてな。すぐに取りに行ってくる。悪いが特訓は1人で頼む。今日中には戻れないかもしれないから、ポケモンセンターに泊まっていてくれ」
……が、当のツバキは無言で疑念の目をイソラに向けている。
イソラの妙な早口が気になってしまったらしい。
「で、ではなるべく早く戻る! 行くぞプテラ!」
ツバキの圧に押されたイソラは、慌てて出したプテラの背中に乗ると飛び立っていった。
「……とはいえ、三凶星クラスを同時に相手するのは少々骨が折れるか…………仕方無い、ここは恥を忍んで……」
イソラはポケギア電話機能の連絡先リストを開くと、ある人物にコールを入れる。
――――2番道路・ディグダの穴入口
プテラから降りたイソラは、彼をボールに入れると近くの林の中へと分け入り、木陰に立っている人物を見つけて声をかける。
「突然呼び出してすまなかったな」
木にもたれかかってリンゴをかじっていた女性が、赤い長髪を揺らしながらゆっくりとイソラへと顔を向けた。
「………………いい。別に」
起伏の乏しい声で答えた女性は、リンゴの芯を紙袋に放り込み、真紅の瞳でじっとイソラを見据える。
それは一時期行動を共にし、その後ニビシティで別れたイソラのライバルたるシンオウ地方出身トレーナー・スカーレットだった。
「巻き込むのもどうかと思ったんだが……三凶星の内、私の知らない残り1人との戦闘経験があるのがお前だけでな……情報は多いに越した事は無いので、協力を頼みたい」
「いいよ」
悩む間も無く頷いたスカーレットに、逆にイソラの方が驚かされてしまった。
「ずいぶんアッサリしてるな……」
「…………友達。ライバル。困ったら助け合う」
ふわりと微笑んだスカーレットが左手を差し出す。
呆気に取られたイソラも、すぐに笑顔を返してその手を握って握手を交わした。
「……助かる、ありがとう」
「…………ところでツバキ……」
「いや、さすがにこんな事にツバキは巻き込めないので置いて……」
……が、スカーレットはすっと持ち上げた指先でイソラの後ろを指差した。
「………………後ろ」
まさかと思ったイソラが振り向くと、そこにはなんと、息を切らせたツバキが立っており、傍らにはポポが控える。
「お姉ちゃんっ!」
「ツ、ツバキ!? どうしてここに!?」
いつものクールな姿からは想像もできない表情で驚くイソラに、ツバキがずんずんと歩み寄る。
「お姉ちゃん、ピジョットがすっごく目が良いポケモンなの知ってるでしょ? お姉ちゃんに気付かれないくらい離れてたって、ポポくんには丸見えなんだから。ポポくんがお姉ちゃんを追いかけて行き先を突き止めて、わたしを案内してくれたの」
「は……ははは……いやー、ポケモンの特徴をよく理解できているな! さすがだ!」
「……っ! ごまかさないで!」
笑いとおだてでやり過ごそうとしたイソラの態度が癪に障ったのか、ツバキはイソラですら聞いた事が無いほどの大声を上げ、イソラもスカーレットも思わず肩をビクリと震わせる。
「お姉ちゃんがわたしをよく知ってるように、わたしもお姉ちゃんをよく知ってる! お姉ちゃんは……隠し事が下手っぴ! さっきの態度ですぐに何か隠してるってわかったよ! スカーレットさんまで呼んで、何をする気なの!?」
常とは別人のような剣幕に押されてしまい、イソラは思わず後退りするが、ツバキはツバキでさらに詰め寄ってくる。
「さぁ、どこで何をする気なの!? 教えてくれなきゃ、ポポくんに掴まってどこまでもついてっちゃうよ! 人を運ぶのに慣れてないポポくんはわたしを落としちゃうかもしれないよ! それでも良いの!?」
とうとうイソラが自分を溺愛している事を逆手に取って、自分自身を人質にし始めた。
旅の初期から考えれば、ずいぶんと強かかつたくましくなったものである。
「う……うぐぐ……」
詰めて詰めて、後退し後退し……が、そのやり取りも背後の木に阻まれて終わりを迎えた。
「………………ふふっ……。負け。イソラの」
スカーレットに肩を叩かれ、ついにイソラも観念したようで、がっくりとうなだれる。
「……うぅぅ………………ロ……ロケット団のアジトがわかったので……潰しに行くんだ……」
「……はぁ……やっぱり……ロケット団絡みだと思った」
爪先立ちをして睨んでいたツバキが、溜め息を吐きながらすとんと足をしっかり地面に付ける。
10歳という事でまだまだ小柄なツバキに、頭1つ分以上大きいイソラが押されている様はスカーレット的にはなかなか面白かったらしく、微笑ましげに2人を眺めている。
「もちろん、連れてってくれるよね? 前にも言ったけど、わたしだってロケット団みたいな人達は許せない……ダメって言われても行くからね。どうしても置いていきたいなら、気絶でもさせれば良いよ」
ツバキは鼻息荒く腕を組み、じっとイソラを睨む。
無論、イソラにそんな事ができるはずもなく、ツバキもそれを理解した上で言っているのだ。
「だ、だが……危ない事には首を突っ込まないとシャコバおじさんに……」
「それ、お姉ちゃんも言われたよね?」
動揺故か、イソラの言葉はことごとくツバキの返しで無力化されてしまっている。
ツバキの決意が固い事を理解したスカーレットが、イソラの肩に手を置いた。
「…………諦める。イソラ。それに……強い。ツバキ。底力」
「……仕方無い、か。確かにツバキもずいぶんと強くなったからな……ふぅ……また父さんやおじさんに怒られるな……」
「一緒に怒られてあげるから諦めて」
もはやどちらが年上かわかったものではない。
「……こほん…………恐らくは伝説の三鳥全てがすでにロケット団の手に落ちている。となると、連中がそれを利用して何かやらかそうとしているのは間違いあるまい。一刻も早く叩く必要がある、行くぞ」
年上としてお姉ちゃんとしての威厳を取り戻そうと、咳払いの後に方針を説明するイソラ。
が。
「あっ! ツバキは危ないからポポに掴まるんじゃなく、私とボーマンダに乗りなさい! いいな!?」
「う、うん……」
……とりあえずツバキをたじろがせる事はできたので、目的の半分ほどは達成したかもしれない。
威厳とは程遠いが。
「うむ。では……頼むぞ、ボーマンダ!」
「…………ガブリアス」
イソラのボールから現れたボーマンダの隣に、同じようにスカーレットのボールから飛び出したポケモンが着地する。
青紫色の体色をした2足歩行のポケモンであり、前腕部からは翼のようなヒレが下側に伸び、頭部左右からは楕円形の突起物が突き出ている。
マッハポケモンの『ガブリアス』である。
「お前の移動用ポケモンは相変わらずガブリアスか」
「…………落ち着く。ざらざらの感触」
スカーレットは姿勢を低くしたガブリアスの背に跨がると、その皮膚に頬擦りをする。
「……まぁ別に良いが……よし、乗れ、ツバキ」
イソラが伸ばした右手に掴まり、ツバキがボーマンダの背に乗り込む。
「……では……行くぞ!」
赤い翼をはためかせ、周囲の木々を風で煽りながら空へと羽ばたいたボーマンダを追いかけるように、助走をつけたガブリアスがジャンプして手足を折り畳み、そのまま飛び立った。
「……すごい……本当に空飛ぶポケモンだったんだあの子……」
「信じ難いがな……」
ポポやボーマンダはその立派な翼からいかにも飛ぶぞという風体だが、ガブリアスはどう見てもその類ではない。
にもかかわらず平然と空を飛んで自分達の乗るボーマンダの後ろにぴったりついてきているのだから、いったいどういう身体の構造をしているのか謎である。
そうこうしている内に16~17番道路……サイクリングロードが見えてきた。
道なりに進めばかなりの遠回りだが、やはり空を飛んで直線距離で進めるのは大きい。
「反応の消えた場所はタマムシシティの南だったな……よし、あの下をくぐるぞ」
サイクリングロードは、タマムシ側からセキチク側に向かって下り坂となっている。
その斜めになった橋と海面の間を、ボーマンダとガブリアスは器用にすり抜けると、砂浜……というにはあまりに小さいわずかな地面へと着陸する事に決めた。
ボーマンダが下りるには小さすぎるので、先にガブリアスが着地し、イソラはギリギリのところでボーマンダをボールに戻す。
イソラは自力で着地に成功し、ツバキはガブリアスがキャッチした。
「ありがとう、ガブリアス」
ツバキに頭を撫でられたガブリアスは嬉しそうに笑い、そっと彼女を地面へ降ろした。
「さて、この辺りか……ペリッパー、頼む」
ボーマンダと入れ替わりでボールから出てきたペリッパーが、雨雲を……。
「いや、バトルじゃないから《あめふらし》はいい」
呼ばなくていいと言われてしまった。
「海鳥のペリッパーならば、この辺りを飛んでいても怪しまれん。ペリッパー、中くらいの船が入れるような洞穴があるはずなんだ。探してきてくれないか?」
頷いたペリッパーが旋回してその場を離れていく。
ペリッパーがアジトの入口を発見して戻れば、三鳥救出とロケット団壊滅のための潜入、そして戦闘が始まる。
ポケモントレーナーによる悪の組織の壊滅……はたしてツバキ達の戦いはその逸話の1つとなるのか……それとも……。
つづく
はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!
いよいよロケット団とのバトルが本格的に始まります!
…これポケモンリーグ編まで含めたら100話越えるのでは……?