伝説の三鳥を捕獲したロケット団の企みを阻止するべくそのアジトへと突入したツバキ、イソラ、スカーレットの3人。
しかし、その動きをロケット団幹部・三凶星に察知され、彼らの仕掛けたワープパネルの罠によって2組に分断されてしまう。
幸いにして同じアジト内の別の場所へ転送されただけとわかり、ツバキ、そしてイソラとスカーレット組はそれぞれ独自に先へ……アジト最深部を目指して歩みを進める。
「ケーン、“だいもんじ”!」
ケーンの背中と頭部から炎が吹き出し、体内のエネルギーを活性化させると、口から勢いよく放射した炎が『大』の字の形へ変化して紫色をしたボール状のポケモンを焼き尽くした。
「あっちちち! く、くそっ、俺のドガースが……! 覚えてろっ!」
慌てて自分のポケモンをボールへ戻した男が逃げ去っていくのを確認し、ツバキはほっと一息。
「ふぅっ……やったねケーン! こういう狭い場所だと、“だいもんじ”は頼りになるね」
カツラからもらった技マシンで覚えさせた“だいもんじ”。
本来は隙が大きく命中率に難のある技だが、天井と壁に逃げ場を塞がれる屋内の通路においては回避はほぼ不可能であり、単純な威力の高さという恩恵のみを受けられる。
「今ので7人は倒したけど……まだ先はありそうだなぁ……」
イソラの語った通り、今となっては下級団員程度ならば十分に撃退可能な実力をツバキは備えている。
イソラ達と分断されてからここまで、ポケモンを入れ替えながら、主に通路で遭遇するロケット団員とのバトルを繰り返して進んできた。
「……ここまでは一本道だったから良かったけど、もし分かれ道があったらどうしよう…………ううん! 悩んでる暇があったら行動! だよね!」
ぶんぶんと頭を振って不安と迷いを振り払うと、ツバキはケーンと共にアジト内を走る。
その時。
「そこまでだ、この先には行かせん」
立ちはだかったのは、これまでの下っ端とは明らかに纏う雰囲気の異なる、短い黒髪に眼鏡という出で立ちの男性だ。
「……誰ですか」
「俺はシュルマ。ウィルゴ様の副官を務めている。この先でウィルゴ様が君を待っているが……残念ながら君がそこへ行く事は無い。ここで俺に倒されるからだ」
シュルマはモンスターボールを手に取り、身構える。
「……いいえ、行かせてもらいます。行かなきゃいけないんです!」
「……何故だ? 確かに我々は伝説の三鳥を捕らえているが……それは君に直接関係のある事ではないだろう? なのに何故ノコノコとこんな所まで乗り込んできた?」
「苦しめられてるポケモンがいたら助ける! 当たり前の事です!」
「……っ!!」
はっきりと断言したツバキに、シュルマは一瞬だけ目を丸くした。
「…………ならば……ならば、やってみろ! 俺を倒して先へ進んでみろ……! 行けっ、アーボック!」
シュルマの投げたボールから現れたのは、腹部に恐ろしい顔のような模様を持つ、コブラポケモン『アーボック』だ。
だが、以前にツバキがポケモン図鑑で見た事のある模様とはやや趣が異なり、より威圧感を感じさせる意匠だ。
その模様の凄みに、ケーンは怯んで一歩後退するが、すぐに炎を燃やして己を奮い立たせた。
「び、びっくりした……でも、ここで引く事なんてできない! 一緒に頑張ろう、ケーン!」
「(……なんてまっすぐな子だ……ただただポケモンを愛し、救うための理由など1つあれば良い、か……そしてこの熱意……もしかしたらこの子なら……)」
シュルマはケーンを激励し、自身も拳を握り込んで気合いを入れるツバキを見てふと思案する。
「行きますっ! ケーン、“ニトロチャージ”!」
瞼の向こうで燃え上がる炎の輝きが、シュルマの中の静寂を破った。
「っ……! “とぐろをまく”!」
アーボックはその長い身体を素早く螺旋状に巻き込んで防御態勢を取ると同時に、精神統一によって雑念を切り捨て、戦意を研ぎ澄ます。
直後、炎を纏ったケーンの突進が、とぐろを巻いたアーボックの胴に激突した。
……が、がっちり防御の構えを取っていたアーボックの身体は、その程度ではビクともしない。
「“とぐろをまく”は攻撃力と防御力を同時に増強し、精神の集中によって敵の動きを捉えやすくなる技。加えて君のマグマラシは、アーボックの特性である《いかく》に怯え、戦闘意欲を削がれている。そんな攻撃ではアーボックをたじろがせる事もできないぞ」
「くっ……! それなら、“だいもんじ”!」
後方へ跳び退いたケーンの背中から炎が吹き出す。
「この熱量……まともに受ければキツいか。“アクアテール”!」
相手は中間進化体とはいえ、ほのおタイプ技屈指の火力を誇る“だいもんじ”は、能力の不足を補うに十分。
ならばと考えたシュルマの指示を受け、アーボックがぐるぐると尻尾を回して水分を集めると、瞬く間に大容量の水がその尻尾を覆った。
そのまま回転を始めた水をぶちまけるかのように勢いよく尻尾を振れば、さながら濁流のようにケーンを飲み込もうとする。
「……! “だいもんじ”を床に撃って!」
目標変更。
炎をチャージしてアーボックへと向けていた頭を真下へ向け、一気に“だいもんじ”を噴射すれば、ケーンの身体はロケットや熱気球のごとく宙に浮かび上がる。
「何っ……!?」
“だいもんじ”のまさかの使い方にシュルマが目を剥く。
これはグレンジムでのカツラ戦で、相手のエンブオーが倒れ込みそうになるのを“だいもんじ”で姿勢制御していたのを参考に、ケーンはエンブオーよりもずっと軽い事を利用して考案した回避方法だ。
ケーンは流れてきた水を無事にかわし、代わりにツバキの膝下が少し濡れてしまったが、気にしている場合ではない。
「そのまま“でんこうせっか”!」
天井近くまで上昇したケーンは、天井、壁と蹴って加速しつつ移動し、次の瞬間にはアーボックの背後へと着地していた。
「っ!!」
「“だいもんじ”!」
そしてその背中へと高熱の炎が放射された。
素早く発射するために多少チャージが足りないが、それでもアーボックにはかなりのダメージが入ったようだ。
しかし。
「“ポイズンテール”!」
真横から紫色に発光するアーボックの尻尾がケーンに叩き付けられた。
「ケーンっ!」
弾き飛ばされたケーンは通路の壁に激突し、さらにその表情は青ざめ、苦悶の色が浮かぶ。
「毒状態……!」
こうなるともう時間が経つほどに状況は悪くなる一方だ。
それでもシュルマは追撃の手は緩めない。
「“アイアンテール”!」
今度は尻尾が金属質の輝きを放つと共にピンと伸びて硬質化し、ケーン目掛け振り下ろされる。
「“でんこうせっか”でよけて!」
間一髪のところでケーンは転がるように横へと加速して“アイアンテール”を回避し、壁が身代わりとして粉々に粉砕された。
“アクアテール”、“ポイズンテール”、そして“アイアンテール”……このアーボックは攻撃技の全てをその尻尾を使って行うようだ。
「(下手に後ろに回ると危ない……! だけど、正面からじゃ“だいもんじ”は隙が………………っ!)」
そこまで考えてツバキは地の利に気付く。
「これなら行けるかも……! ケーン……苦しいだろうけど、もう少しだけお願い! “ニトロチャージ”で脇をすり抜けて!」
ケーンが頷き、炎を纏って通路を駆け抜ける。
そしてアーボックの真横を抜けると、そのまま周りをぐるぐると走り回る。
「(スピードによる攪乱か……だが、今のアーボックに“ニトロチャージ”や“でんこうせっか”の打撃はほとんど効かない……注意すべきは“だいもんじ”だが、この至近距離でチャージ無しで撃たれる程度ならば大した事はない)……惑わされるなアーボック。冷静に相手の動きのクセを見抜くんだ」
アーボックは頷いた……のだが、そこでシュルマは違和感を感じる。
言葉をかけてから頷くまで、少し間があったのだ。
「……? アーボッ…………っ!」
シュルマの頬を伝う1滴の汗。
それが答えだった。
「(気温が高くなっている……!? これは……“ニトロチャージ”の熱か!)」
そう、“ニトロチャージ”で炎を纏ったまま走り続けるケーンによって周囲の温度が高まり、その熱は回転の中心にいるアーボックの体温を急激に引き上げ、意識を朦朧とさせていたのである。
直接的な攻撃ではなく、技の副産物によって状況を変化させ、相手を内側から消耗させる……シュルマは眼前の少女がこのような機転を利かせた事に驚きつつも、その目論みに早めに気付けた事でほくそ笑む。
「ふっ……なかなか味な真似をするが……残念だったな! “ポイズンテール”で薙ぎ払え!」
アーボックはとぐろを巻いた状態で尻尾を伸ばし、毒を染み出させて振り回した。
アーボックの周りを駆けるケーンに、正面から“ポイズンテール”が迫り……。
「今っ! “でんこうせっか”でジャンプ!」
ケーンはアーボックの尻尾を飛び越えると、そのまま壁を蹴って一気に天井にまで跳び上がった。
「なっ……!?」
「“だいもんじ”!」
熱によって頭の働かないアーボックは、目の前から消えたケーンの居場所が真上である事に気付かず、周りをキョロキョロと見回している。
「真上に……尻尾は伸ばせませんよね……! 発射ぁ!!」
死角。
尻尾を駆使して多様な攻撃を仕掛けるシュルマのアーボックだが、それ故に尻尾の届かない場所に陣取られれば打つ手が無いのである。
「ア、アーボックっ!」
頭上で高まる熱に、ようやくアーボックが頭を上げるが時すでに遅し。
ケーンの口から発射された『大』の字の炎がアーボックの視界を完全に支配し、直後、その身体が激しく燃え上がった。
炎はしばらく燃え続けた後に鎮火し、アーボックは長い身体をくたっと横たえた。
「……負け……か…………よくやった、アーボック……休んでくれ」
シュルマは膝をつきつつもアーボックをボールへ戻して労いの声をかける。
「はぁっ……はぁっ……ケーン……ご苦労様……」
見ればツバキもまた熱に緊張感も加わってか、かなり汗をかいて息が荒いが、それでもケーンを抱きかかえ、毒消しを塗り込んでいる。
「(あの発想力……熱意……そしてバトルへの必死さ…………この子ならば可能かもしれない……!)……君、トレーナーになってどのくらいだ?」
「……え? ま、まだなったばかり……ですけど……」
突然敵に妙な事を尋ねてきたシュルマの態度を怪しみながらも、ツバキは答える。
「……そうか、その必死さは新人故、か………………実は君に……頼みがある……聞いてほしい」
「……頼み……?」
「ウィルゴ様……いや…………ベラに……勝ってくれ。勝って、彼女を表の世界へ引き戻してくれ……!」
ツバキには、シュルマの言葉の意味がよくわからなかった。
ロケット団員が、その幹部を倒してほしいと願っているのだから無理も無い。
「どうして……?」
「……俺とベラは同じトキワシティで育った幼馴染みで、いつも一緒だった……いや、俺が勝手に彼女に付きまとってただけなんだが…………ともかく、そんな昔からの知り合いがロケット団だなんだって裏の世界にいるのはもう我慢がならないんだ!」
「そ……そんな事を言われても……」
「……少し、彼女の事を話そう。ベラは……ベラの心は少し特殊で、常に退屈という名の渇きに苛まれているんだ」
「……渇き……ですか?」
座り込んだシュルマの前に、ツバキもいつの間にかケーンをボールへ戻してしゃがみ込んでいた。
「そうだ。それは凄まじい疼きとなって彼女を蝕み……結果、彼女はその渇きを潤し、心を満たすために必死になってしまい、いつしか精神にも歪みが生じ始めた。言ってしまえばロケット団へ加わったのも、裏世界の刺激が心を満たしてくれると考えたからだ」
「……でも……」
「わかっている……どんな理由があれ、ロケット団として活動した事は許されない……それでも……彼女に救いを与えてほしいんだ……頼む……」
だんだんとシュルマの声が、嗚咽の混ざったそれへと変わってきて、ツバキは驚いてしまう。
「あ、あのっ……? どうして……わたしにそんな……もっと強い人だって……」
「君じゃないと駄目なんだ。相応に経験を積んだ優秀なトレーナーは、大なり小なり達観した部分があり、バトルに遊び以上の意味を見出だせていないベラへは熱を伝えきれないんだ。だが、君は必死だ……新人特有のその感情剥き出しの必死さなら、彼女に変化をもたらせるかもしれない。加えて君はどうやらかなりのバトルの才能を秘めている。彼女に一矢報いられる新人という厳しい条件を、君ならクリアできるかもしれないんだ」
シュルマは眼鏡を外して目を擦ると、じっとツバキを見据える。
「ベラは才能があった……あまりにもありすぎた。周りとの実力差は一回りも二回りも広がり、遊び半分ですら誰も勝てなくなってしまった。結果として1度もバトルに本気で臨む事無く今に至ってしまっている。だが、バトルの醍醐味は互いの全力と全力……本気のぶつかり合いだろう。それを楽しい事と理解してくれれば……彼女は表の世界でも生きていけるはずなんだ……!」
ベラの事を案じて語るシュルマの目に宿る熱意は本物。
その事がツバキにも理解できるほどに彼は真剣なのだ。
「……約束はできません。ベラさんは強いですから、勝てる保証なんてありません。でも……わたしだってポケモントレーナー……気持ちだけは勝つつもりでバトルします」
「それでかまわない。……すまない……悪人のくせに君みたいな子にこんな事を頼むなんて、ムシの良い話だと自分でも思う……だが、俺じゃあもう彼女の心を動かせないんだ……」
立ち上がったツバキに対し、シュルマはこれでもかと頭を下げ続ける。
「いえ……ロケット団は嫌いですけど……あなたは良い人だって、そう思えます。……ありがとうございました。ロケット団の中にもあなたみたいな人がいるってわかって、わたし少しホッとしました。それじゃ……」
ツバキは悪の組織に向けるとは思えない柔らかい笑みを浮かべると、ペコリと頭を下げて通路の先へと進んでいった。
「……俺に……ベラやあの子の才能の半分でもあれば…………くそっ……!」
幼馴染みの心を救う事すら、通りすがりの幼い少女に託すしかない己の不甲斐なさに、シュルマは拳を壁に打ち付けた……。
つづく
今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございました!
当然の事ながら今回登場したアーボックの模様は公式には存在しません。
いつか全模様出揃った時の事は考えない。