トージョウリーグ決勝トーナメントへ進む8人を決める予選が始まった。
ツバキはBブロックで3回の勝利を掴まねばならず、その最初の相手として現れたのは、イッシュ地方ライモンシティからはるばる今大会に参加したトレーナー・カルミア。
ナオとケーンの広範囲攻撃で一気に決めようとするツバキであったが、防御技を駆使して攻撃を凌ぎつつ反撃を狙うマラカッチとゼブライカに苦戦を強いられる。
だが、相手にとって想定外だったナオの特性《かちき》の発動によって流れはツバキへと傾き、カルミアが態勢を立て直す前に勝利をもぎ取る事に成功。
敗れたカルミアはツバキに不器用な激励を送り、ツバキも力と意志を込めて頷く事で応えて見せたのだった。
「皆様、只今予選1回戦全ての試合終了を確認いたしました。5分間の休憩を挟み、2回戦に移りたいと思います。選手の皆様は、スタッフからポケモンの体力回復用の道具を受け取り、待機をお願いいたします」
5つのドームにアナウンスが響き渡る。
このアナウンスの3分前に試合を終えていたツバキは、すでに受け取ったアイテムでポケモンの回復までを済ませてベンチに座り、ナオとケーンの入ったモンスターボールを撫でていた。
「えへへ、ご苦労様、2人とも。カルミアさんも手強かったけど、2人のおかげでどうにか勝てたよ」
返事をするようにカタカタと揺れる2つのボール。
ポケモンと心が通じ合っている事を実感して微笑んだツバキは、LSDに表示されたトーナメント表に視線を落とす。
表示される名前は自分と自分が終えた試合の相手の物のみで、それ以外の選手の名は書かれていない。
この先、誰が自分と戦う事になるのかはわからない、という事だ。
「(……誰が相手だとしても、皆と力を合わせて絶対に勝って見せる……! わたしは……ポケモンリーグで優勝する!)」
そもそものツバキが旅に出た目的を辿ると、離島であるグレン島を離れ、広い世界を見て様々な経験をする事で気弱な自分を変えようという思いが強く、ポケモンリーグ参加もその一環に過ぎなかった。
だが、その様々な経験がツバキを変えた。今、彼女は確固たる意志を以てポケモンリーグへの参加から優勝へと自身の夢を変化させたのだ。
『夢』とは人間が人間として生きるための原動力だ。夢という名の辿り着くべき目標を持たない人間では、終着点もわからなければ進むべき道もわからない。さながら水面に浮かぶ落ち葉のように周りに流されるだけの無気力な一生を送る事になるだろう。
ツバキもまた、生まれ育った島から出る勇気が足りなければ、世界の片隅の小島でその生涯を終えていたかもしれない。
しかし、もうその心配はいらない。今やツバキの胸には大きな『夢』が根付いているのだから。
「お待たせいたしました! 只今より予選2回戦を行います! 各選手はLSDで指示された番号のフィールドへの移動をお願いいたします!」
「あっ、もう5分かぁ……。よし、次も頑張ろう!」
両手でピシャリと頬を打って気合いを入れたツバキは、指定されたバトルフィールドへと歩いていく。すると。
「……あっ! お、お前は……!?」
「え? ……あぁっ!?」
向かい側に立っていた相手の声に顔を上げると、そこには見覚えのある人物が驚いた顔でこちらを見ていた。
ツバキの1.5倍は下らないその巨躯を忘れるはずもない。1ヶ月前、セキエイスタジアムに来たばかりのツバキに難癖をつけ、イソラに弟2人と共に一蹴されたジョウト地方エンジュシティのポケモントレーナー・コウイチだ。
「……そうか。そういやあの女は参加者じゃないんだったな。チッ……今度こそ泡吹かせてやろうと思ってたのによ。……まぁ良い。俺様の前に立つ奴はチビだろうが女だろうが関係ねぇ……ぶっ飛ばすだけだ!」
「小さいからって、簡単に倒せると思わないでください! わたしもわたしのポケモン達も、たくさんの強い人達と戦って、そして勝ってここにいるんです!」
体躯も年齢も自分の遥か下で、見た目からして軟弱そうな相手とツバキを見ていたコウイチは、この強気な発言に目を丸くする。
「……ハッ……! チビのくせに言うじゃねぇか。……なるほど、ちったぁ骨がありそうだ。なら、それこそ遠慮はしねぇで叩きのめしてやるぜ!」
コウイチの威圧にも怯まず、ツバキは彼と視線をぶつけて火花を散らす。
「双方、ポケモンを出してください」
審判からの指示に、2人は同時に両手にボールを取る。
「(たぶんコウイチさんはいわタイプを出してくるはず。それならきっと、この子に覚えてもらった技が役に立つ……!)……お願いっ! ミスティ! シェルル!」
「やっちまおうぜ! ゴローニャ! バンギラス!」
4つのシルエットがボールから飛び出し、2組に分かれて対峙する。
大きな赤い花を揺らすミスティと、白い甲冑のような甲殻が照明を照り返すシェルル。
それと向かい合うは、イソラとのバトルでも現れたボール状に固まった岩石のようなポケモン、ゴローニャ。
そして、その横に重々しい音と粉塵を巻き上げて立ったのは、全身を緑色の鎧の如き頑強な皮膚で覆った2足歩行の怪獣を思わせるポケモン……よろいポケモンの『バンギラス』である。
シェルル……グソクムシャとバンギラス。奇しくも両者は『鎧』の共通点を持つポケモンを繰り出したのだ。
「(つ、強そうなポケモン……! ロケット団のドサイドンもすごかったけど、あのポケモンも本当に怪獣みたい……!)」
「(見た事ねぇポケモンだ。だが、あの4対の手脚、甲殻の形、顔つき……むしタイプか)」
アローラ地方原産とされているグソクムシャは、カントーでもジョウトでもまだまだ馴染みの無いポケモンである。
だが、コウイチも決してトレーナーとして無能なわけではなく、ポケモンの外観上の特徴からおおよそのタイプを判別する事くらいはできる。
「(いわタイプ相手にむしタイプを出しちまうとは運の無いガキだ。……いや、まさかそれも想定して出しやがったのか……? だとしたら、そもそもむしタイプじゃないのか、それともいわに対して有利な技を持ってるのか……)」
1ヶ月前、イソラに敗れてトレーナーの道理を説かれてから、コウイチはわずかながらバトルスタイルに変化があった。
それまではどんどん強くなっていく自身のポケモンのパワーを以て力任せに叩きのめし、相手の事を気にするといえばせいぜいパッと見で判断したタイプくらいなものだった。とはいえ、それでバッジ8つを集めて見せたのだから、イソラの推察通り、ポケモンを扱う才には欠けていても、強く育てる才には恵まれていたのだろう。
ともあれ、以前はごり押し脳筋と呼んで差し支えない人物であったが、あの一件以来、ほとんど無自覚ながら相手のポケモンを観察し、その能力や相手トレーナーの意図などにも思考を巡らせるようになったのである。
「イソラちゃん。あの相手トレーナー、ツバキの知り合いなのかい?」
センタードームの観客席で、立体映像として映し出された予選の様子を見ていたシャコバがイソラへ尋ねた。
「知り合いというか……1ヶ月前、つまらない事でツバキに絡んできたので叩きのめしてやったジョウト地方のトレーナーです」
「ほう、ツバキに……まぁ、イソラちゃんが叩いてくれたならそれは良いか。で、強いのか?」
一瞬眉間に皺を寄せたシャコバだったが、すでにイソラに『お仕置き』されているのならと話を続ける。
「難しいところです。なにしろ才能が歪でしてね」
「というと?」
「育成……ポケモンの得手不得手を直感的に理解し、長所を伸ばす事で効率的に強くする才能に秀でているようなのです。ただ、その強さを活かすに本人が未熟と言いますか……なまじポケモンが見る見る強くなったせいで本来するべき苦労をしなかった結果、精神面の成長が遅れ、パワーに頼った戦い方になったのではと推察しています」
以前、イソラはツバキに「人間は大きな力を持つと気も大きくなる」と語ったが、彼の場合はその力があまりに大きかったために失敗する事がほとんど無く、それが誤りである事に気付かなかったのだろう。
だが、力を過信する者はそれ以上に大きな力に打ちのめされると目が覚めるものである。
「ふぅむ、力任せな脳筋相手なら成長した今のツバキで倒せそうだが……」
「勝てなくはないでしょうが、軽視もできません。1ヶ月前とはわけが違います。人間、変わる時は本当に短期間で変わるというのは他ならぬツバキが証明しています」
「『士三日会わざれば刮目して見よ』か……確かに」
『士三日会わざれば刮目して見よ』とは、太古のとある武将にまつわる逸話であり、意味としてはイソラの語る通り、人は成長する時は成長する。なので、会わなかった期間が短くとも、相手を以前と同じと見ない事。というようなものだ。
「全選手の準備が整いました! 只今より予選2回戦を始めます!」
「おっ、始まるか」
スピーカーから響くアナウンスに、イソラとシャコバは話を切り上げてツバキの様子に目を向け、その試合をしっかり目に焼き付けんと集中した。
ツバキとコウイチ。両者のポケモンは睨み合い、バトル開始の合図を今か今かと待ち続ける。
「トージョウリーグ予選2回戦。バトル………………スタァァァーーーーっトっ!!」
そのアナウンスが終わるや否や、コウイチが動いた。
「さぁ、バンギラス! 開幕だぜ!」
その言葉を待っていたかのようにバンギラスが咆哮すると、その足元の砂がバンギラスを中心に舞い上がり始め、それは瞬く間に吹き荒ぶ風を伴ってフィールド全体を覆い隠してしまった。
「“すなあらし”……!?」
当たらずとも遠からず。これはバンギラスの特性《すなおこし》によって発生した砂嵐であるが、効果や特徴としては“すなあらし”による物と同様だ。
幾重にも吹き荒れる砂と風が視界を遮り、煽られた砂利がポケモンの体力を奪っていく上、いわタイプの身体をコーティングして特殊攻撃への耐性を引き上げてしまう。
「お前らの舞台は整った。さぁ、暴れるぞ! “ストーンエッジ”!」
コウイチの号令一下、ゴローニャとバンギラスが同時に腕をフィールドへと叩き付けると、槍のごとく鋭い岩柱が続々と突き出てミスティとシェルルに迫る。
「迎え撃……うぅん、よけて! シェルル! ミスティを抱えて“アクアジェット”!」
最初は迎撃するつもりだったツバキだが、2体分の“ストーンエッジ”は予想以上に勢いがあって数も多い。
これを受け止めるのは並大抵の技では不可能と見限り、さっさと回避の指示を飛ばした。
そして、ここで左右に分散するのは下策。各個撃破されるのがオチだろう。
シェルルは指示通りに両手でミスティを掴み、ミスティは目を閉じた上で身を任せる。そして、シェルルは全身を水流でコーティングするや、弾丸の如く加速して横へ飛び退いた。
“でんこうせっか”と同等の加速力を持つ“アクアジェット”ならば、この程度は造作も無い事だ。
「逃がすんじゃねぇ! “かえんほうしゃ”と“だいちのちから”だ!」
ゴローニャが口から炎を噴射し、バンギラスの足元から立ち上ったエネルギー体が球状に圧縮されて撃ち出される。
「“いわなだれ”!」
纏っていた水を霧散させながらミスティを放して着地したシェルルは、両腕の爪をフィールドへ突き立てて無数の岩を浮かび上がらせると、次々に落下させて積み上げ、岩の壁を作り出した。
幸いにして相手の出した技はどちらもポケモンのタイプとは違う、いわゆるサブウエポンと呼ばれる物であり、この岩の壁を一撃で粉砕するほどの威力は無かった。
とはいえ、守りに徹しているわけにもいかない。ミスティとシェルルは砂嵐によってじわじわと体力を削られ、時間をかけるほど追い込まれていくからだ。
体力が減れば、肝心な場面で思うように身体が動かないという事態も考えられる以上、むしろ押していかねばならないだろう。
「(たしかゴローニャはいわとじめんタイプ……ミスティのくさタイプ技には2重に弱い。それなら砂嵐で特殊技に強くなってても、当たればダメージは小さくないはず。それに、図鑑で確認したバンギラスのタイプはいわとあくだから、シェルルが活躍してくれる! ……はず!)」
さて、相手の弱点も見抜いたところで次に直面した問題は、シェルルが作ったこの岩の壁だ。
相手がこれをどう突破してくるか、である。2体揃って迂回してくるのか、分かれて挟み込むようにやって来るのか、正面から力任せに突破してくるのか。
それに、相手の出方次第ではこちらから動く必要もある。
「“ヘビーボンバー”だゴローニャ!」
どうやら相手から動いてくれたようだ。
手足を収納して身体を丸めたゴローニャが、大きくジャンプしてから岩の壁に激突して粉々に粉砕した。300kgの体重が高所から自由落下してきたのだから、積み上げた岩などひとたまりも無い。
「“かみくだく”!」
さらに、崩れる岩を頑丈な身体で弾きながら突っ込んできたバンギラスが大口を開け、その周りにバンギラスの頭部そっくりの漆黒のオーラを形成して襲いかかる。
「(来たっ……!)ミスティ、“エナジーボール”! 連射して!」
ミスティはバンギラスの突撃にも怯まず、頭頂部を相手に向けてめしべから膨らんだ緑色のエネルギー球をマシンガンのように乱射するが、元々強固な鎧を纏っている上に砂嵐でコーティングされたバンギラスの身体にはほとんどダメージが無く、せいぜい目眩まし程度の効果だろう。
だが、それで十分だ。頑強な鎧を纏う怪獣といえども目まで頑強なわけではない。生き物としての条件反射として眼前で強い光や衝撃が発生すると一瞬目を閉じる。それこそがこの鎧の怪物に付け入る最大のチャンスだ。
「シェルル! “アクアジェット”から“かわらわり”っ!」
「何っ!?」
目を閉じてバンギラスの視界がほんのわずかに塞がれたその瞬間、“アクアジェット”の推進力で飛び上がったシェルルが白く発光させた右腕を振り上げ、眼下の怪獣の脳天目掛けて振り下ろしたのだ。
鈍重そうな見た目のシェルルが一瞬にして頭上へ飛んだなどとは思いもしないバンギラスは無防備なままに“かわらわり”を叩き込まれ、目を白黒させてふらふらと後退りする。
いわタイプ、あくタイプ共にかくとうタイプ技には弱く、それを併せ持つバンギラスはたまったものではない。
以前のニビジム戦では、かくとう技が無いばかりにポケモンの選抜に頭を悩ませる事となってしまったため、今回は選択の幅を広げておくべく、ヤマブキジムで貰った技マシンで覚えさせておいたのだ。
「カバーしろ! “かえんほうしゃ”!」
相方のピンチにどすどすと駆けつけてきたゴローニャがシェルルへ炎を噴射し、着地したばかりのシェルルは回避行動を取れずに炎に飲まれてしまった。
「あぁっ!? ア、“アクアジェット”!」
即座に身体を水流で覆う事で消火し、発生した水蒸気に紛れて後退したが、バンギラスへ一気に追撃をかけて撃破する目論見は失敗に終わった。
「チッ……思ったよりやりやがる……」
ゴローニャは特殊技が得意なわけではないためダメージは大きくないが、畳み掛けようとした直後に気勢を削がれたのは痛い。戦いにおいて勢いとは重要な要素だ。
それでなくとも砂嵐による継続ダメージで心身共にじりじり消耗しているのだから、早めに決定打となる一撃を与えなければならない。
“かわらわり”のダメージは小さくはないようだが、それでもバンギラスは落ちていた岩を掴んで頭にぶつける事で意識をはっきりさせ、ゴローニャと並んで体勢を立て直した。
「(やっぱりいわタイプって頑丈だなぁ…………ってそんな事考えてる場合じゃないんだった……!)」
あまりのタフネスぶりについつい感心してしまったが、頭を振って雑念を吹き飛ばす。
「(今の一撃はかなり効いたみたい……よし、先にバンギラスから倒せば、後が楽になる!)」
と、決めたまでは良いのだが、ゴローニャと並ばれてしまっている現状では、迂闊に動いた瞬間に集中砲火を受けて返り討ちに合うだろう。まずは相手の連携を断つ事が肝要だ。
「……シェルル、“アクアジェット”!」
大気中の水分を集める事で一瞬にして全身を覆い、自慢の瞬発力でゴローニャとバンギラスの間を駆け抜けていく。
パワーも頑丈さもこちらに勝る相手に対し、優位に立つにはスピードを活かす他無い。
案の定、2体はシェルルのスピードを目で追いきれず、一拍遅れて振り向いた。
「落ち着け! ゴローニャ、ラフレシアに“かえんほうしゃ”! バンギラスはそのまま“ストーンエッジ”だ!」
2体でシェルルを追いそうになったが、コウイチの指示でゴローニャは再度方向転換し、牽制の意味合いも込めてミスティに対して炎を吐いて分断を狙う。
それとタイミングを同じくして、バンギラスが拳で床を打ち、突き出た岩柱が猛スピードでシェルルに追い縋る。
ツバキとしてはシェルルを先行させる事で相手の意識をそちらへ集中させた隙にミスティが接近し、“ねむりごな”を撒いて纏めて眠らせた上で、反転したシェルルと共に無防備になった2体を挟撃しようと考えていたのだが、コウイチはその手には乗らずに役割を分担して対応して見せた。この辺りの駆け引きも1ヶ月前からの成長と言えるだろう。
「っ……! “ムーンフォース”で迎え撃って! シェルルはそのまま引き付けて!」
ミスティの5枚の花びらから放出されたピンク色の小さなエネルギー粒が上空で集まって満月のような形を成し、そこから集束されたエネルギーが“かえんほうしゃ”と激突するように発射され、やや押され気味ではあるが抑え込みに成功した。
一方のシェルルは移動しながらも周りの水分を集めながら“ストーンエッジ”から逃亡を続ける。水流コーティングは砂嵐からも本体を守ってくれるフィルターの役目も持っているのだ。
「すばしっこい……! だったら、これでどうだ! バンギラス! “ストーンエッジ”を砕いて飛ばしてやれ!」
シェルルの動きを観察していたバンギラスは、狙いを定めて手近な岩柱に拳を叩きつけて粉砕すると、砕かれた大小の破片が音を立てて飛んでいく。
その速度は地面から順番に突き出ていくよりも遥かに速く、一際大きな破片がシェルルの背中に激突し、怯んでスピードが落ちたところへ残る破片、そして遅れてきた“ストーンエッジ”の本体が直撃してその身体を打ち上げた。
「ああぁっ……!?」
タイプ相性上最悪の一撃を受けて空高く舞ったシェルル。
だが、落下していく中でその視線がツバキとぶつかる。深刻なダメージを受けつつも、まだ闘志が残っているのだ。
「……うん! “アクアジェット”!」
トレーナーとして、その闘志に応えないわけにはいかない。
ツバキが自分の意志を理解してくれた事。シェルルにはそれが嬉しい。
その喜びを表現するかのように身体を回転させて体勢を直し、膝を立てて着地すると、一気に水流を纏ってバンギラスへ突撃していく。
「虫の息のくせにイキりやがって……! “ストーンエッジ”!」
「“かわらわり”!」
突っ込んでくるシェルルを迎え撃つべく突き出す岩の柱。
それに対処すべく、纏っていた水流が弾け、その勢いを殺さぬままに突進していくや、両腕を眩い光で覆って勢いよく振るい、迫る岩を砕いていく。
残った体力を使いきるかのように全力で腕を振って、1つ、2つ、3つと岩を破砕していき、鬼気迫る表情のままにバンギラスへの歩みを止める事はない。
「ぐっ……! “ストーンエッジ”を掴め、叩き付けろ!」
「そのまま“かわらわり”!」
バンギラスは近くの岩の根元を尻尾で薙いでへし折ると、勢いよく片手で持ち上げる。
そして、下段に構え直すやシェルルへ向けて足音を立てながら走り始める。
両者互いに相手へ突撃していき、ほぼ同時に腕を振りかぶる。
振り上げられる岩、振り下ろされる腕。それらの速度や勢いは互角。そして……。
「うっ……!」
「ぐっ……!」
岩の棍棒がシェルルの横っ面へ打ち付けられ、シェルルの腕がバンギラスの首筋にめり込んでいる。それはまるでクロスカウンターが決まったかのよう。
そのまま時が止まったかのように動きを止めていた2体は、相手より先に倒れるものかと言わんばかりに、ふらふらと後退りして睨み合う。
そして、持っていた岩が手を離れて砂埃と共に地に落ちると、バンギラス自身も身体が横へとぐらつき、大きな音を立てて倒れ伏した。
それを見たシェルルは表情こそわからないが、にやりと笑ったかのような雰囲気のままに身体が揺れ、砂埃を上げて仰向けに倒れた。
「バンギラス、グソクムシャ、共に戦闘不能!」
共に鎧のような頑強な身体を持っていた2体は、激しい追撃と奇襲で効果の大きい技を幾度もぶつけ合った結果、相討ち同然の形で倒れてしまった。
「うぅ……シェルル……ご苦労様、ありがとう」
「チッ…………戻れ、バンギラス」
2人は倒れたポケモンをボールへ戻すと、残る1体へと視線を戻す。
その残されたミスティとゴローニャは、“ムーンフォース”と“かえんほうしゃ”の撃ち合いを繰り返していたが、相方が倒れた事に気付くと距離を取ってトレーナーの元へと戻っていく。
「ミスティ、シェルルが頑張ってバンギラスを倒してくれたんだから、わたし達も負けてられないよ!」
「ゴローニャ、こうなるともう後がねぇ。気張って行くぞ……!」
そう、1体ずつが倒れた今、残った1体の奮戦ぶりが互いの勝敗を分ける事となる。
ミスティは“ねむりごな”や“どくどく”で搦め手を狙えるし、ゴローニャに対してタイプ相性上優位に立てるが、砂嵐によってダメージと疲労が蓄積されている。
ゴローニャは“エナジーボール”を撃たれると危ないが、砂嵐が吹いている間はそのダメージを多少軽減し、“かえんほうしゃ”で弱点を突き、質量を活かした“ヘビーボンバー”なども強力。
以上の事から一概にどちらが有利とは言い難い状況だ。
「(だからこそ、今すぐ動く!)ミスティ、“エナジーボール”!」
迷えば迷うほどに疲労は蓄積して不利になる。ならば考える前に動くのが吉だ。
「“ストーンエッジ”で防げ!」
ゴローニャが地面を踏みならすと、交差して壁になるように2本の岩柱が突き出し、飛来した“エナジーボール”を受け止めてしまった。
「もう1度“ストーンエッジ”だ!」
“エナジーボール”を防いで見せた岩柱は、今度はミスティの方へ向けて連続で突き出てきた。
あいにくとミスティには“アクアジェット”のような加速系の技は無いので、ひらりと回避とはいかない。
「えっと、えっと……! ……? 砂嵐が…………」
迫り来る刃物のように鋭利な岩の柱に焦るツバキであったが、ふと、視界を覆っていた砂嵐が少し弱くなっている事に気付く。
考えてみればこの砂嵐はバトル開始時から吹き荒び、引き起こした張本人たるバンギラスも倒れた今、経過時間的にもそろそろ収まる頃であろう。
「……そうだ! ミスティ、“エナジーボール”のエネルギーを地面に!」
その指示を受けてツバキの意図を察したミスティは、めしべに“エナジーボール”用のエネルギーを集めて膨らませると、発射せずにそのまま小さくジャンプし、頭頂部を地面に向ける。
そして、貯めたエネルギー球をその場で爆発させ、その爆風で空高く飛び上がって“ストーンエッジ”を回避したのだ。
「なんだとっ!?」
そして、そのハイジャンプは単なる回避のためだけのものではない。
「回転しながら“ねむりごな”!」
空中で身体を捻ったミスティは、ギュンギュンと音が聞こえてきそうなほどに回転し、辺りに青白い粉を飛散させる。
高所から撒かれた粉は、折良く収まりつつあった砂嵐の微弱な風に乗って拡散していき、あっという間にフィールド中を覆ってしまった。
当然の事ながらゴローニャもその影響を受けてしまい、重くなる瞼に抗いつつもとうとう完全に目を閉じていびきをかき始めた。
「ゴ、ゴローニャっ!!」
「取った……! そのまま“エナジーボール”!」
ミスティは落下しながらも高いびきのゴローニャを視界に捉えると、頭頂部をそちらへ向けてエネルギーの集束を始める。
「ゴローニャ起きろ! 起きるんだゴローニャ!」
コウイチは懸命にゴローニャへ呼びかけを続けるが、一向に目を覚ます気配は無い。
「ゴロ…………うっ……!?」
視界の端で強くなる緑色の光。それはミスティから発射されるとまっすぐにゴローニャへと向かい、大きな爆発を引き起こした。
いわとじめん複合のゴローニャに、くさタイプの“エナジーボール”は致命的なレベルのダメージだ。
だが……煙の中、動く影あり。
「えっ……!?」
ツバキは思わず声を上げて驚いてしまう。砂嵐がほぼ止んだ以上、“エナジーボール”のダメージを軽減する事はできないはずだからだ。
しかし、彼女は1つ肝心な事を忘れていた。
「……《がんじょう》……!」
そう、ポケモンバトルを複雑化させる要素の1つ、特性だ。
ここまでのバトル、ツバキはバンギラスの方へ集中的に攻撃を行い、ゴローニャに対しては牽制や相手の攻撃を防ぐ目的でしか技を使っておらず、あちらはまったくの無傷だったのだ。
故に、完調状態であれば致命傷になるダメージでもギリギリ持ちこたえる特性、《がんじょう》が発動したのだ。
砂嵐によるスリップダメージに焦り、勝負を急いだが故の見落としだ。
「よし……よしっ! いいぞゴローニャ! “かえんほうしゃ”!」
今のダメージで目覚めたゴローニャは、落下中のミスティに狙いを定めると、口から高温の炎を噴き出して反撃を仕掛ける。
ひこうタイプでもないミスティにはこれをよける術は無く、伸びてきた炎の中に飲まれてしまった。
「ミスティぃぃーーーーっっ!!」
火の玉と化したミスティが地面へ落下し、バタバタもがいてどうにかこうにか花びらについた炎を消して一息つく。
と、思ったのも束の間……よく見れば左腕に赤く火傷痕が残ってしまっている。
それに気付いたミスティは、苦悶の表情を浮かべて左腕を押さえ込んだ。
一難去ってまた一難とはこの事か。
「うぅっ……やっと砂嵐から解放されたのに……! でも、ここまで来たら負けるわけにはいかない……! ミスティ! 次で決めるよ! 苦しいだろうけど……お願い!」
「ゴローニャ! お前は強い! きっとあと一撃で勝てる! 踏ん張れ!」
互いにこのバトルの勝敗を己のポケモンの次なる一撃に賭け、あらん限りの声を張り上げて激励を送る。
向かい合って戦意を練り上げていた両者は、近くに刺さっていた“ストーンエッジ”の岩が崩れる音を合図に走り出した。
「“エナジーボール”!」
「“ストーンエッジ”!」
ミスティは走りながら頭頂部をゴローニャへ向け、めしべに緑色のエネルギーを集束させていく。
ゴローニャは残った体力を振り絞って地面へ右の拳を叩き付け、岩の柱を連続で突き出させる。
技の出はゴローニャの方がわずかに速い。しかし。
「ぐっ……!?」
コウイチは目を剥いて絶句する。
それもそのはず。突き出た“ストーンエッジ”は、正面から突っ込んでくるミスティに対し、なんと少しずつ右へ右へと逸れていってしまったのだ。
以前、ツバキはニビジムリーダーであるエーデルから“ストーンエッジ”の技マシンを受け取った際、「威力は高いが命中に難がある」と説明されたが、今その言葉の意味するところを目の当たりにする事となったわけだ。
そして、ミスティは逸れていった岩柱の合間を縫って隙だらけのゴローニャに肉薄。
そのまま超至近距離から溜めに溜めたエネルギーを球状にして一気に放出した。
先ほどとは比較にならぬ爆風が巻き起こる。その中から煙を引きながら吹き飛ばされたゴローニャが飛び出し、轟音と共にフィールドの外へ落下。
ゴローニャはうっすらと目を開け、まだ自分は戦えるとばかりに天井の照明へと震える腕を伸ばす。
「……もういい。俺様…………いや、俺達の負けだ、ゴローニャ」
力尽きて地に落ちそうになるゴローニャの腕をコウイチが支え、首を左右に振りながら自身の敗北を認める言葉を紡いだ。
それを聞いたゴローニャは無念さから悔し涙を浮かべ、ゆっくり目を閉じて動かなくなってしまった。
「……ゴローニャ、戦闘不能! ツバキ選手、予選2回戦突破!」
「…………は……はあぅぅ……か、勝てたぁ……」
この勝利にはまさに運が大きく響いた。
最後の“ストーンエッジ”が外れなければ、勝てたか怪しいものである。
「ミスティ、ご苦労様。……火傷、辛そうだね……ボールで休んでて。すぐ回復してあげるからね」
自身の元へ戻ってきたミスティを労い、ボールに戻したツバキは、同じくゴローニャをボールへ戻して背中を向けたコウイチに気付く。
「あ、あのっ!」
「負け犬は吼えねぇ。じゃあな」
声をかけようとしたが、コウイチは振り向く事無くそのままイーストドームから立ち去ってしまった。
「兄貴!」
ドームを出てしばし歩くと、コウジとコウゾウが後を追ってきた。
「あ、兄貴……その……」
「回復して帰るぞ」
弟達の声にも立ち止まらず、そのままポケモンセンターへと向かう。
「……鍛え直しだ。初心に返ってな」
握り込んだゴローニャのボールに語りかけるように紡がれる言葉。
「(次は負けねぇ。俺とゴローニャ達は今よりも強くなれるんだからよ)」
初めは気に入らない女の背中にくっついてるチビとしか思っていなかった。
だが、実際に戦ってみるとどうだ?
本人もポケモンを信頼し、ポケモンからも全幅の信頼を返され、少ない言葉でも互いに思いを交わして「まさか」という戦術を度々見せてきた。
あのチビを信頼するポケモン達は、迷いなど微塵も抱かずにその指示を実行し、結果を出す事でそれに応え、とうとう自身を破った。
……きっとあれこそが自分に足りなかったモノなのだ。自分もポケモンを信じていないわけではないが、あそこまで互いの全てを預け合える関係にあったと胸を張って言えるだろうか?
その差が今回の結果を生んだ……という事なのだろう。
「(……俺はもう1度、俺の道を作り直す。あいつとあいつのポケモンみてぇに、お前らから信頼されるように)……だから……もう1度チャンスをくれ、ゴローニャ……」
力尽きたはずのゴローニャのボールが応えるように揺れ、コウイチの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
つづく
やっとお休み取れたぁぁぁんっ!!疲れたもぉぉぉんっ!!!
はい、というわけで今回も駄文雑文中略ありがとうございます!
そして、お待たせしてしまって申し訳ありません!悪いのはうちの会社です!(責任転嫁)
ここからは自分の作品を書いていきますし、皆様の作品も追っていきます!
どうか見捨てずにもう少しお付き合いくだちい!!